2017年04月24日

土井善晴「一汁一菜でよいという提案」

なんて素敵な本だったことだろう。
ここには日本のご飯の基本のみならず、日本人の食の哲学というか、食べることは生きることという強く優しい想いが伺える。

著者の土井善晴のお父さんは土井勝。私の母世代からすると、いわゆる料理研究家の先駆者として有名で、今では当たり前になったお節の黒豆をシワなく煮る方法などをわかりやすく教えてくれた人だった。
テレビが家庭に定着し、NHKの「今日の料理」の講師として、主婦から絶大な信頼を得ていた。
そのソフトな語り口は私もよく覚えている。
善晴氏はその後継ぎとして、お父さんがあまりにビッグネームだっただけに心配されたが、現在ではお父さんをしのぐほどの存在になっている。
その証拠に、こんなにも有意義な本を書く料理研究家となっている。
お父さんとは別の意味で、本当にビッグになったのだ。
高度経済成長期を過ぎたいまの私たちがどう生きるべきかの提案がここにある。

日本人の食卓はじつに多様だ。
伝統の和食に加え、洋食中華エスニックなど、外食で食べるだけではなく家で作って食べている。
そんな国は世界にあまりいないと思う。
イタリア人は一年365日毎日イタリア料理を家で食べているし、不味いことで知られるイギリス人だって毎日同じイギリス料理を食べている。
インドではカレーが常食で、家庭でパスタは作らないと思う。
なぜ日本人はこれほどいろんな国いの料理を作るようになったのだろうか?
(いろんな国の料理を作るから、調理器具や食器類も増えるんですよね)。
かくいう我が家のランチはイタリアンだし、ネパールカレーはかなり頻繁に作るし、時にはガレットなども焼いて食べている。。なんで?と自分でも思うのだけど。

しかし善晴氏はそんな必要はないのだと言う。
味噌汁をベースに、漬け物があって、主食のご飯があって、メインのおかずが一品あればそれで充足するのだと。
少ない料理を丁寧に作る・・
とくに味噌汁は日本人の食のベースとなるもので、ただ味噌を湯で溶くだけで味噌汁と呼べるほど、味噌の力は大きいのだそうだ。
(塩を湯で溶いても「塩汁」とは言わないとか)。

「食事」は食べると書くが、食べる行為だけで成り立っているのではない。
買い物に行き、下ごしらえをし、調理をし、食べ、後片付けをする。
食べることに関わる全てを「食事い」という言葉は指しているのだ。
もっと言えば、野菜などを作ることから始まるのかもしれないが、それは都会では無理なのでせめて感謝をして食べたい。

「食事」には日本人の美意識があった。
ハレとケの区別があった。
慎ましさと贅沢の区分けをきちんとしていた。
普通の暮らしの慎ましさが一汁一菜なのである。
そしてその一汁一菜にはちゃんと季節があった。

こういう本を読むのは本当にホッとする。
とくに歳をとって「今日は何を作ろうか」と言う時に、あまり考えなくてすむし、これで完結できるのがありがたい。
歳をとっていつも贅沢で美味しいものを食べるのは、なんだか強欲の塊のようで気味が悪い。少なくともそういうふうに老いたくはないと私は思っている。
そんな私にとってこの本は、清風のようなすがすがしい一冊だった。

どんな味噌汁を組み合わせればいいかも教えてくれてあるので、とても重宝します。
なによりもなによりも、ここには日本人の指標となる「食」があります。
お勧めの本です!!
posted by 北杜の星 at 07:32| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | タ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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