2017年05月08日

野見山暁治「遠ざかる景色」

つい最近、知人と小川国夫の話をした。彼女は小説は読まない人だが、私が「小川国夫の『アポロンの島』を読んでから、日本文学を読むようになたのよ」と話し、彼女に「アポロンの島」を貸した。
ほとんど押しつけみたいな貸し方だったが、彼女はきちんと読んでくれた。
そのときふと、画家の野見山暁治のことを思い出したのだ。
というのも戦後まもない頃、野見山も小川も同じ時期にパリに住み交流があったからだ。
当時のパリには今ほど日本人はいなかったはず。ほとんどが貧しいパリの日本人、お互い支え合いながらの付き合いだっただろう。
野見山は小川とのことをあれこれ書いている。
「遠ざかる景色」というタイトルに、もしかしたら野見山が小川国夫のことを書いているのでは?と期待した。

でも小川のことは出て来なかった。
けれど野見山暁治の文章はいつもながらとてもよかった。
彼の絵はデッサンのあの引っかき傷のようなタッチは好きなのだが、色遣いが暗過ぎる。青色はとくに暗い。
文章は「日本エッセイストクラブ賞」を受賞しているだけあって素敵。
なんというか、手垢のついていない文章だ。

この本にはそんな野見山の筆で、義弟(妹の夫)の田中小実昌のこと、自邸を設計した建築家のこと、学生の頃の旅行・・
過去の「遠ざかる景色」が描かれている。
でも書けるほどに記憶しているということは、それらの出来事はけっして遠ざかってはいないのだと思う。
記憶の引き出しに大切にしまわれている。

取り戻そうとして取り戻せなかったのが、16年ぶりに再訪したパリだ。
野見山は1952年に渡仏し64年に帰国している。その間パリに呼んだ妻を亡くしている。
16年後というと1980年ということか。
パリの街は変わっていなかった。以前あったところに以前と同じように家や道路があった。
しかし人は変わっていたと言う。人情というか、人と人との繋がりかたが変化していた。
それは悲しいだろうな。
街はそこに住む人で成り立っているのだもの。その人が変わっているということは街がもう街でなくなっていたということだ。
少なくとも野見山暁治のパリはもうなかった。

私の印象だと、ヨーロッパは1970年代半ばごろから変わったと思う。
それまでの国々の歴然とした差異や個性が薄まったし、なによりも価値観が変わった。(それでも日本ほどではないけれど)。
80年代にはもう、旧き良きヨーロッパは消えていた。

この本にはもう一つの章として、戦没画家への鎮魂の旅があるが、これについては割愛します。
あの信濃にある霊廟のような美術館が、私は理由があって大嫌いなのです。
私と同じ意見だった銀座で長く画廊をしていたHさんという女性は、野見山さんとも親しかったけど半年前にひっそりとお亡くなりになった。
野見山さんは100歳近い今も現役画家。
彼の別のエッセイ「異郷の陽だまり」には、小川国夫や木村忠太のことが書いてあるらしいので、それを読んでみましょう。

posted by 北杜の星 at 07:53| 山梨 | Comment(0) | TrackBack(0) | ナ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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