2017年05月09日

田中慎弥「孤独論」

作家という職業は独りきりの座業。もともと孤独なものである。
しかし編集者との仕事上での付き合いが私的に発展したり、「文壇」という括りのなかで作家同志が仲良くなったりすることはある。
ふた昔前の「第三の新人」世代の作家たちの交流ぶりは、彼らによって面白おかしくいろいろ書かれていることで有名だ。

けれどこの芥川賞作家の田中慎弥にはそうした付き合いはほとんどないと思われる。
受賞後、故郷の下関から東京に居を移したそうだが、それまでは高校卒業後、就職もせずにひたすら実家で読書と小説を書くことしかせずに暮らしてきた。
母親はたまったものじゃなかったろうと思うが、幼いころに亡くなった父はほとんど過労死に近い死にかただったので、母親は息子が生きているだけで安心していたのかもしれない。
それにしても都会ではなく小さな地方都市でのことだもの、近所親戚の「目」は大変だったにちがいない。

そんな周囲と隔絶された世界でずっと生きてきた田中慎弥の「孤独論」、興味があって読んでみた。
うーん、なかなかアナクロニズムに徹した人ですね。
原稿は今でもPCを使わず原稿用紙に鉛筆の手書き。携帯もスマートフォンも持っていない。
固定電話とFAXで編集者とやりとりしている。

そういう人だもの、もちろんあらゆる立ち回りが今風ではない。
しかしこれを読んで爽やかなのは、彼には一切の媚びがないからだ。
迎合しない。奴隷にならない。孤独を恐れない。生きるための武器は「言葉」だとはっきり認識している。
潔さがなければできない生き方だろう。

「実家は最強のアドバンテージ」などと書いているのには、ちょと自己弁護が強すぎる気はするが、誰もがある種のシェルターは持っていることを考えると、まぁそれでもいいか。
33歳で文学新人賞を獲得するまで実家にパラサイトできた幸運は、彼自身が感じているはずだから。
現在の彼は、母と自分がようやくなんとか暮らせる糧を得られるようになったと言うから、これからは恩返しだよね。

「繋がり」とか「絆」とか世の中では(それが薄れているからこそ)大声で言いたてるけど、人間は本質的には孤独なものだ。
いつも友人に囲まれて独りになる時間の少ない人は、私に言わせると「思考が浅い」印象がある。
それは頭の良さとはまた違って、結論がでなくとも、「しっかり自分で考える」ことは必要で、考えるには独りの時間がないとできない。
いつも友人とつるんでいたらそれは不可能だ。
田中慎弥の世界は、そういう独りの時間から生まれたものだ。
こう人がいてもいい、とつくづく思える何かを、彼を好き嫌いは別として、ちゃんと持っている。
社会経験がない彼だからこそ書ける内省的な小説を書いてもらいたい。
posted by 北杜の星 at 07:36| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | タ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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