2017年06月20日

町田康「関東戎夷焼煮袋」

関東戎夷とは、関東は歴史文化がない蛮国ということ。
大阪生れの大阪育ち、と言っても関東に暮らして40年になる町田康。(現在は熱海に居を移している)
自分は上方人間としてのアイデンティティを失ったのでないか?と自問自答してみると、はたしてそうであるような。。
それはいけないと、関西人の矜持を取り戻すべく、まずは関西のソウル・フードから試みることにした。

関西のソウル・フードとして思い浮かべるのは、「うこん「ホルモン」「お好み焼き」「イカ焼き」「土手焼き」・・これが町田康の選んだ食べもの4品。
これらを自ら拵えよう。
でもあの町田康のことだから、すんなり作れるわけがない。話題はあっちに飛びこっちに戻り、材料を仕入れるときからゴタゴタ続き。いざ作ろうとするとまたもや問題山積なのだが、これらの問題、ぜーんぶ町田康本人が呼び起こす。
彼のファンならそのあれやこれやが楽しいのだが、ファンでない読者は「この作家はほんまに、アホンダラや」と信じ込むに違いない。
ちなみに大ファンの私にはとっても楽しい本でした。

関東に来てうどんを食した関西人の驚きたるや、これはもう誰もが経験することだし、さんざんこれまで書かれつくされているほどだけど、やっぱりあの汁の真っ黒さは受け入れがたいものがあるようだ。
私は広島にも大阪にも住んで、出汁の旨さを知っているのだが、広島の出汁と大阪の出汁は汁の色はどちらも薄いが、微妙に違うんですね。
大阪の方が出汁の味が濃くて上品。広島はいりこ(煮干し)を使うことが多いからかな?
先日、大阪出身で甲府に住む知人に京都のにしん蕎麦をプレゼントしたら、彼女は「うわあーっ、関西!」と一口食べて思わず叫んだそうだ。
懐かしかったみたいで、その懐かしさ、わかりますねぇ。

でも、人間は町田康を含めて、あんなに驚愕しイヤだったものでも、悲しいかな、慣れるんですよね。
その慣れこそが怖い。
町田康のつくった「うどん」がどうなったかは、読んでのお楽しみ。「お

この本のなかに町田康は「豚肉」についても書いているが、これって西の人間ならわかるのだけど、西で肉といえば「牛肉」のこと。でも関東では「豚」なのだ。
彼が東京に住み始めての第一印象は「とんかつの店が多い」ということだったそうだ。
私は広島や大阪での肉うどんの肉が牛肉なのに慣れていたので、関東で豚肉が入っていたのには、なんか貧乏くさい感じがしたものだ。
小さな頃のカツサンドのカツも薄い牛肉だった。
あの牛肉と豚肉の境はどのあたりなのだろうか?
近江は近江牛の産地だから牛肉かも。名古屋はどっちかな?

「イカ焼き」と関東で言うのは、お祭りの屋台などで売っている鉄板の上で丸のイカを焼き串に刺したものをいうが、関西ではちょっと違う。
コナモンではあるがタコ焼きとも違っていて、お好み焼きの具がイカという感じ。
でも私は大阪で一度も食べたことがない。町田康の文章を読むと、家で簡単に作れそうだ。

「お好み焼き」は確かに大阪も有名だが広島のソウル・フードでもあって、私は断然広島派だ。
これはもう私のお好み焼きの原風景なので誰が何と言っても変えられない。
それは大阪人も同じで譲らない。
大阪人と広島人が一致団結するとしたら、「東京のもんじゃは人間の食べるものではない」ということだろう。

「ホルモン」も「土手焼き」も経験がないので、これを読んでも「そうよ、そうよ」とうなずけなかったのが残念。
だけどなんで「イカ焼き」があって「タコ焼き」がないんでしょうね。

関東戎夷なんて言っても、40年も住めば「住めば都」です。
そのことを認めなければいけない町田康。。さらに忸怩たるものがあるでしょうが。。
ちなみに私は蕎麦好きなので、蕎麦の旨さはやはり東京。それだけで「うどん」汁の黒さは無視できるようになりました。(あれは汁であって、出汁ではありません!)。
posted by 北杜の星 at 06:57| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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