2017年06月22日

内田洋子「イタリアのしっぽ」

イタリア、ミラノに住んだ日本人女性といえば須賀敦子。
彼女の大ファンの私は、今でも彼女の死を悲しんでいる。まだあと10年は書いて欲しかったと口惜しさは薄れることがない。
そんな須賀敦子に操を立てたわけではないが、これまで内田洋子の著作を読まずにいた。
内田洋子は30年イタリアのミラノに住むジャーナリストで、彼女のエッセイは日本エッセイストクラブ賞を受賞したことがあるほどで、これまでもちろんその名は知っていたが、なんとなく読みそびれていたのだ。
それがつい数日前のこと、夫が読んでいる途中のアイルランド作家の小説があまりに陰惨で、「なんか、明るいモノを読みたい」と言う。
彼にとって明るい読物といえば、やっぱりイタリアでしょ、と内田洋子はどぉ?と勧めてみた。
近所のライブラリーには3冊彼女の本があって、それら全部を借り受けて来た。
この「イタリアのしっぽ」はそのうちの一冊。私が先に読んじゃいました。
「しっぽ」とタイトルにあるようにこの本には、イタリア人と動物との関わり、そしてその動物と一緒のイタリア人と著者との関わりが書かれている。
なかにはしっぽのないタコも出てくる。

ちょっと田舎に行くと、と言っても都会からほんの数十分も離れたところでも、じつに様々な動物をイタリア人は飼っている。
犬や猫は当然のこと。(私たちの友人の多くは、犬には名前をつけているが、猫には名前がない場合が多い。あれはどういう理由からなのか?)
ある友人宅には馬が2頭いて、馬丁が世話をしていたし、別にチーズをつくるわけでもないのに山羊を飼っている友人もいた。
ペットというには大型の生きものでも彼らは普通に飼っているようだ。
そんな生活だから長い間のイタリア生活において、たくさんの生きものを介した物語に出会ったのだろう。

ミラノの名門の家の出の女性は獣医になったことで家から断絶され、たまたま飼い始めた著者の犬の主治医となってくれたのだが、どこか人とはうまく付き合えない彼女はやがて離婚してしまった。
別の友人女性に留守の間の犬の世話を頼んだのだが、インテリア評論家として有名な彼女の先端ファッションには似合わぬ素朴な食卓に招待され、やってきた娘たちや孫はしかし、食事が終わるとそそくさと帰って行った。その理由が強烈な猫アレルギーだった。娘たちと孫のくしゃみを寂しそうに聞くその女性。。
(おもしろいのは、孫も猫も同じように床にはいつくばって皿の料理を食べること。欧米では、はいはいをする赤ん坊って、考えてみれば不潔ですよね。外を歩いた靴そのままの床をはいはいするのだもの。)

他にもたくさんの動物とイタリ人との関わりがあるのだが、私が面白いと思ったのは、イタリア事情である。
それはミラノの天候だったり、過疎になった集落だったりするのだが、「えー、そうなの」と初めて知ったことがけっこうあった。
私はイタリアに長期滞在したことはないが、それでも1カ月とか一カ月半とかを過ごしてきた。けれどミラノには行ったことがないんですよね。
ロンバルディア州には行ったのだが州都であるミラノは一度も足を踏み入れたことがないのだ。トリノとミラノはなぜか縁がない。
だからミラノの天候は、須賀敦子の「ミラノ霧の風景」にあるように、冬の霧くらいしか想像できなかったのだが、いやはや、大変な天候の土地みたい。
9月になると秋雨が長く、10月に少し止むとすぐに冷たい風。そして冬になると霧が空を暗くし、みぞれや雪に変わる。朝などは零下となるそうだ。
この寒さが半年続いた後、瞬時の春には視界が曇るほどの花粉が舞う。
「花粉は集まり玉となって路上を転がり、浮いて飛び、屋内にまで入り込んでくる。連れ出された犬たちの鼻は、花粉まみれで真っ白だ。」というから凄まじい。
アレルギーでない人でも、くしゃみや咳が続くと言う。
夏になるとすごい湿気。背後にアルプスを背負っているので風が通り抜けないので、その湿気と熱気はどこへも行き場がないのだとか。

それには慣れたとは思うが、著者はミラノを離れ、海の傍に引っ越そうと家を探したが、海の傍は観光客が騒がしいと言われ、山の中の一軒家を買い移り住んだ。
最初は携帯電話の電波も届かなかったが、近くの過疎の集落を外国資本が買ったため、便利になったそう。
住む人がいなくなった丘の上の村全部を、そうした外国資本の会社が買って、家屋や道や設備を修復し、イギリス人やドイツ人に売りだすためだ。
そういう需要はあって、どちらにとっても悪い話ではない。
日本でも過疎や空き家が問題になるが、日本の場合はイタリアほど凝縮した集落ではなく、田舎では家が点在しているので難しいかもしれない。
丘全部を買い取ってきれいに修復すれば、それはそれで景観が保たれる。
しかも新しくピカピカの新建材の建物を建てるのではなく、昔のような石やテラコッタをそのまま使っての修復なのがいい。
イタリアのそうした村はどんなに小さくても、大きな町とほぼ同じ機能を持っていて、広場があって、協会があり、役場のような人があるまれると建物があり、もしかしたらbarもあるかもしれない。
外国人が住むだけでなく、近隣の大都市の住人の別荘地としても利用できる。私たちが車で走っていても、ローマ近郊にもそういう小さな丘の上の集落をたくさん見かけるようになった。
そういうところにはアーティストとかも多くて、文化的にも新しさと旧さがうまく共存する新しい暮らしが生れているようだ。

これから内田洋子さんの本を少しずつ読んでみよう!
posted by 北杜の星 at 07:14| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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