2017年06月26日

高橋三千綱「さすらいの皇帝ペンギン」

初期の高橋三千綱は読んでいたのだが、20年くらいすっかりご無沙汰だった。
最近「ありがとう肝硬変、よろしく糖尿病」という私小説を読み、彼の無頼ぶりに驚きつつも好感を持った。
今どきの作家はちんまりとまとまって、その生き方がサラリーマン的ななか、こんんな昭和な作家がまだ生き残っていることに感激。
この「さすらいの皇帝ペンギン」を読んでみることに。

あるテレビ局設立30周年記念番組を制作するにあたって、南極取材のリポーターとして抜擢された作家の楠三十郎(まんま、作者です)。
彼が仕事を引き受け南極に行って帰るまでを描くこれまた私小説だ。
南半球の夏とはいえ南極取材が大変でないはずはない。
出発までの紆余曲折、空港で、また中継地のチリに着いてからもゴタゴタは続く。
でもこれ、高橋の、いや三十郎のワガママとは思えない。誰だって怒るでしょという感じで、テレビ局の傲慢さが顕わになっている。

まずこの仕事、番組プロデューサーは三十郎に白羽の矢を立てたというが、その経緯にはウラがあった。
どうやら最初はあの冒険小説家(どう見ても椎名誠です)に依頼したが、断られた。
その時のギャラは500万円だったと後で判明するが、三十郎に提示されたのは200万円。
300万円はどこに消えたのか?
彼が後続でサンチャゴ空港に到着しても、約束の迎えはない。泊るホテルすら聞かされてない。
しかし三十郎がもっとも怒ったのは、南極への装備品のなかの毛糸の手袋だった。
他のクルーはみな登山用のしっかりした手袋を用意しているのに、自分に渡されたのが毛糸の手袋。しかもその手袋には280円の値札が。
これは凍傷にかかれと言っているも同然。
キレた三十郎は、もう止めたと違うホテルに移る。

平謝りのスタッフに条件の改善を確約させて、引き受け得ることにあいなったのだが、それからも彼らとの間には不穏な空気が流れる。
南極への経由地であるブンタアレナスの町で、三十郎は偶然会った少女から、一つの鳥籠を渡された。
その鳥籠の中には皇帝ペンギンの鄙が入っていた。
少女はこの皇帝ペンギンの鄙を南極に帰してほしいと願っているようだった。
新たなミッションを引き受けた三十郎は、カナダ人パイロットら計6人で南極へと向かう。。

というのがストーリーだが全編にあるのは、南極の自然ではなく、人間関係だ。
この人間関係で三十郎はつくづく孤独を感じ、皇帝ペンギンの鄙に「コドク」と名付ける。
しかしそうした日本のテレビクルーとの人間関係に風穴を開けるのが、各国の南極にある基地だ。
そこで皇帝ペンギンの鄙の育て方を教わったり、餌を作ってもらったりもしたが、基地には日本の基地を含めて酒があった、
そこでしこたまバーボンやモルトウィスキーをあおる三十郎。
おい、おい、肝硬変は?糖尿病は?と心配していますが、言って聞くような人ではない。
まぁあ、これだけのエネルギーがあるなら大丈夫でしょ。

南極リポーターとしての仕事がどうだったかがあまり書かれていないが、それは多分テレビで放映されたんでしょう。
この本を読んだあとで番組を見る方が面白いと思うけど、テレビ取材の裏側がいろいろわかる本だった。
そういえばカムチャッカで熊に襲われた亡くなったあの写真家の星野道夫さんは、日本のテレビ局の取材班とともにその地にいたのだが、彼らと同じテントにいるのがイヤで、自分だけのテントを張り、そこを襲われたのだと聞く。
一緒に居るのがイヤという理由には、三十郎と同じものがあったのだろうか?
これを読む限りテレビ人間の不誠実さに唖然としてしまうのだが。。
posted by 北杜の星 at 08:08| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | タ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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