2017年07月10日

大内裕和「奨学金が日本を滅ぼす」

このタイトルを見たとき「借りた奨学金を返せない人間はけしからん」という趣旨のものかと思い、読むのをよそうかと思った。
でもそういうものではなく安心。

「自己責任」という言葉は悪流行りしている。
もちろん「それって自己責任でしょ」ということは多いが、それって為政者の責任逃れでしょと言いたくなることの方が多いのも事実で、この奨学金を返せないというのもまさにそうした問題だと思う。
若者の貧困の構図が奨学金にあらわれているからだ。

そもそも親の世代の所得が減っているのだから学費に以前のようなお金がかけられなくなっている。
しかしこの国はまだまだ学歴社会。大学を卒業しないと良い会社には入れない。とい。良い会社には入れないとずっと貧乏が続くことになる。そういう貧困のスパイラル。
だから奨学金を借りての大学進学となる。

けれどこの奨学金というのはほとんどが有利子貸与。つまりは教育ローンと同じなのだ。
4年生い大学卒業までの学費を奨学金で賄おうとすると、約500万円を借りることになる。大学院までとなると700万円。
世の中が右肩上がりの時代なら何の問題もないが、昨今の日本社会の雇用では、昇給はない、ボーナスもないというブラックなものもある。
人生のスタート時にそれだけの負債があるなんて、ハードな人生だ。
ましてや知り合った男女が結婚しようとしたとして、二人合計で1千万の借金!
これでどうやって結婚し、子どもを持つことができるのか?

初めから借りた奨学金を踏み倒そうとするのではない。返そうと思っても返せないのだ。
ブラック会社を辞めたいと思っても、奨学金返済を考えたら辞めるに辞められないということも。
それを「自己責任」と言い放つのは、あまりに酷ではないだろうか。

大学側や自治体や企業などの、無償の(お礼奉公などがない)返却無用の奨学金が増えればいいのだけれど、それも今の世では期待できない。
お礼奉公不要と書いたが、納得できるお礼奉公ならいいとも考える。
例えば自治医大がそうだ。
自治医大は日本の地方自治体がお金を出して医師を養成する医科大学だが、卒業し医師免許取得後に数年間(7年くらいだったかな?)のお礼奉公をしなくてはならない。
離島などの僻地での医療に携わることが多いらしいが、それはそれで良い経験になることだろう。
奨学金制度においても、返却不要のものには、そうした制度があってもいいかも。(昔の師範学校もそうしたシステムだった)、
といっても、返却できなければ自衛隊に入れるといのは、止めてもらいたいけれど。

この本には抜本的な解決法が提示されているわけではない。
しようたって個人では解決できない。これは社会や政治や経済の問題で、その問題はあまりにも大き過ぎる。
私の世代はふらふらとした大学生いが多かったけれど、貧富の差がどんどん激しくなって、大変な学生は本当に大変なのだ。
大学在学中から若い人が心身ともに疲弊している社会って、なんかおかしいし、こんな国の未来は暗澹たるものに思えてくる。
posted by 北杜の星 at 07:14| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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