2017年07月14日

新郷由起「絶望老人」

若い世代に較べてシニアは優雅な老後と言われてきた。
戦後日本の経済発展を支え働いてきた人たちだから、年金も貯蓄もたっぷりあって困ることはないと。
しかしこの本を読むとその世代であってもまさに「絶望老人」の道を歩いているのがわかって恐ろしくなる。
そこには社会的要因も当然あるのだが、「老いる」ことの悲惨そのものが横たわっている。
でもそれははたして「自己責任」なのか?「自己責任」を問うだけで解決できるのか?
つくづく、老いることの難しさを感じさせ暗澹たる思いになる本だが、だからこそ、読むべき本でもある。

老人を狙う詐欺が多い。
他人が騙すならまだ「あり得ること」だが、血縁にも注意が必要なのだそうだ。
強欲な子どもたちもいるし、他にも無心を迫る親族もいる。
他人なら断れもしようが、身内であればむげにはできない。
ずるずるとしているうちに、老後破綻してしまう。。

私たち夫婦には子どもがいないから、最期は老人施設でと割り切っている。
それを「不幸」と考えるひとたちもいるのはわかっているが、子どもがいるからといって「同居」というのは都会では難しい。
二世代。産世代住宅が建てられたとしても、だからといって同居がスムーズにいくとは限らない。
むしろ「子どもがいるのに」ということにもなりかねない。
その点、最初から子どもがいないければ、それだけの覚悟が生まれる。
ここにも書いてあるが、「同居は地獄」「施設は天国」との事実があるそうだ。

じっさい老人施設に入居すると長生きするらしい。
温度調整はしっかりしてあり、食事は栄養士が考えてくれ、水分も時間がくれば補給してもらえるので熱中症の心配はない。
適度なリハビリ運動はあるし、趣味のサークルだってある。時々コンサートなども行われる。
絶えず人との交流があるので孤独ではない。
だから長生き。保証人の子どもなどの方が先に亡くなることもけっこうあるらしい。

もっと高級な老人ホームだと、これはもう至れり尽くせり。
だが入居者の顔には精気がなく、会話もないという。
長生きはしても認知症の可能性が高くなる。

(私たちは老人ホームに入ると決めているが、それをある女性に話したところ彼女は「うーん、私は食べることは一生自分でしていたいな」と言った。
その言葉は私の胸にグサリときて、「そういう考えもあるし、それが「生きる」ということかもしれないなと考えさせられた。)

男性の独居は女性と較べると悲惨だ。
居場所がなくて安居酒屋に入り浸り、果てはアル中。
独居ではないが、私の友人女性は夫婦仲が良くなくて、彼女は外出好きで毎日を楽しんでいたが、夫は退職後友達もいなくて毎日朝からお酒を飲んでいた。
それが15年以上続いて結局夫はアルコール性の認知症になってしまい、施設入居後1年で亡くなった。
せめて夫婦の仲が良ければ、一緒に旅行したり食事に行ったり、そんなことをしなくても、家のなかで豊かな会話があれば、アル中なんかにならなくてすんだのではないだろうか。

老いたら、夫婦仲が良いのがなにより一番。
もしも健康を失ったとしても、夫婦間に愛情があればなんとか通り抜けられると思う。
どちらかが逝ってしまった場合は、いかに孤独に強いかが問題となると私は考えている。
依存心をできるだけ少なくし、一人でいることを楽しめる人間でありたい。
そして少しでもいいから、他人に「してあげること」があれば幸せだ。
人間は迷惑をかける存在だ。だから「してもらう」時もある。それと同じくらいの「してあげられる」時があればいいと思う。
それが大袈裟ではなく、社会と繋がることだからだ。

詐欺事件の被害に遭う老人って、寂しいのじゃないかな?
この中で取材されている老人も「電話がかかってくるのがうれしかった」「来てくれるのが楽しかった」と言っている。
一人で誰と喋ることもなく暮らしていると、話しかけてくれる人が「天使」に見えるのかもしれない。
気をつけなくっちゃね。
posted by 北杜の星 at 07:37| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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