2017年07月19日

津村記久子「まぬけなこよみ」

一年は二十四節に分かれ、それがまた七十二候に分かれるというのは、俳句を詠むひとはよくご存知だろう。
暮らしの季語がそれぞれにあって、俳句には季節を表すそうした季語が不可欠。
私は俳句をしないのでそういうことに疎いから、これを見て初めて知る言葉が多かった。
(こんな年齢になって恥ずかしいことだが、世の中は知らないことばかりなんですね)。

津村記久子が編集者から季節のお題をもらって書いた七十二候72編のエッセイがこれ。
一年72編というとほとんど5日に一つという割合で、それでは忙しかっただろうと思っていたら、2年間にわたって連載されたものらしい。
お正月の初詣でからはじまって、除夜の鐘まで、彼女の日常、ちょっと非日常までが書かれている。
彼女は関西の人なので関西に関するあれこれが多い。
(つい最近読んだ町田康のなかに、津村記久子が「うどん玉が40円以上のところには住めない」と言っていたということが書いてあった。
大阪生まれの彼女にはうどんは常食であって、それが高いのは大いに困るのだそうだ。)

食べもの、行事、動植物、気候、四季の言葉そのもの・・
たくさんのことがらを一年の月日を追っている。
だけど、どうだろ、これ?
一度に全部読むのはちょっと退屈というか、中だるみがある。それは書く方のせいではなくて読む方の問題だと思う。
電車の中などで細かい時間の間に開いた頁を読むと、感じるものがあることだろう。
もともとが「脱力系」の読物だから、そのほうがいいと思う。

「骨正月」という言葉、初めて知った。
骨休みの正月?それなら15日の藪入りだけど。。と訝る気持ちだったが、骨とは鰤の骨のことだった。
お正月の鰤が1月20日頃には、骨だけが残る状態となっている・・ということらしい。
冷蔵庫のない昔、よく鰤が20日までもったものだと思うが、大事に大事に食べていたのだろう。
大きな鰤が骨だけになった姿が目に浮かぶ。

これを読んで再確認したのだが、津村記久子というひと、書く力量のある作家さんですね。
その書き方はとても丁寧。几帳面な性格が覗いている。
イヤ味でない巧みさはなかなかのもの。
かなり好きで期待する作家さんです。
posted by 北杜の星 at 07:18| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | タ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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