2017年08月02日

井上荒野「赤へ」

この井上荒野の「赤へ」はあまり評判にならなかったみたいな地味な作品だが、これ、なかなかの秀作だった。
10の短編のどれにも「死」がある。
ふいに訪れる死、覚悟をしている死であっても、死はそれに直面すると平静ではいられない。
病死、事故死、自死、殺人・・
死のかたちはそれぞれ違い、死者との距離も異なる。

直接的な死が出て来ないのは最初の「虫の息」だけだ。
けれどこれにも、元左翼劇団女優の老婆の死ぬ真似がある。だから「虫の息」はこの短編集の助走的小説と言ってもいいかもしれない。

井上荒野の小説はどこか不穏な空気をいつもまとっている。
その不穏さが人々を繋げたり、離したりする。
これもそうだ。
淡々とした筆が主人公たちと周囲にある死との関係性を、客観的なものにしている。

客観的でないのが2編。これは井上荒野の私小説だが、「母のこと」はこのなかでも白眉といえるものだろう。
彼女の母ということは、作家井上光晴の妻。
光晴ほど女にモテた作家はいないと言われていて、家に帰らないこともしばしばだった。
その光晴は癌になって、「死にたくない」とあらゆる治療を受け闘病をしたが、そうした夫とは正反対の妻だったようだ。
井上荒野の母は十数年間、肺がんの治療をしていたが、他の癌も見つかった時に、「これでケリがつくわ」と言い、もう癌治療は何も受けなかったという。
その潔さは他の生活一般にも及んでいて、きっぱりとあらゆる物を整理処分した。そのなかには光晴の位牌もあって、さすがにこれはと、荒野の夫が捨てるのを止めさせたとか。
母にすれば位牌など、ただの木片にすぎなかったのだろう。

母は優しい人だったが、感傷的な人ではなかったと荒野は書く。
歳をとってもスラリと美しく、お洒落にお金を掛けているふうではなかったが、いつも綺麗にしていた。
美味しいモノが大好きで、また料理上手でもあった。
荒野の小説にはよく食べものが出てくるが、この母の料理で育った所以のことだと思う。
そんな母なのに、外食のための外出も厭うようになった。
どこにも行かず、ただ部屋で本を読んで過ごしていた。

そんな母との最期の1年間を共に暮らした荒野の想いがせつない。
一番したかったことは「母に抱きつくこと」だった。けれど母はそういうことを、うるさがる人であったし、もしそれをすると、母に死期が近づいているのを悟られるような気がしてどうしてもできなかったそうだ。
亡くなる数日前まで、弱ってはいても、変わらぬ生活をしていた母の最期の言葉が何だったのか、どうしても思い出せない。
そんな荒野を病院の医師は「だれもが、ドラマのようにはいかない。『ありがとう』なんて言って死ぬ人はいませんよ」」と慰めてくれた。

「母のこと」を読んで、なんて見事な生き方、死に方だろうと思った。
人は生きてきたようにしか死ねないものなのだ。
何事にも執着しないことの潔さが、結局は安らかな最期を導くのだろう。
こんな母を眼前にしたのだから、井上荒野は「大丈夫」という気がしている。何が大丈夫かはよくわからないのだけれど、でも大丈夫。


posted by 北杜の星 at 07:20| 山梨 ☁| Comment(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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