2017年10月20日

大崎善生「ロスト・デイズ」

腹を立ててます。
こんな大崎善生なんて、ちょっと酷過ぎではありませんか?
あまりにもイージー。
もともと彼の恋愛ものは切なく甘くイージーではあったものの、そこには恋愛小説としての押さえどころはしっかりしていて、リアリティがそうはなくても、それなりにストーリーに入り込めていた。
だけどこれは、「これって、アリかよ」というくらい嘘くさい。
夢見心地の恋愛ではなく夫婦の問題だからこそ、よけいにリアリティが感じられない。

順一と由里子は大学のゼミで知り合った。教授からはロレンス・ダレルの「アレキサンドリア四重奏」などを教えてもらい、順一はいつかそうした小説を書きたいと願いながら出版社で編集の仕事をしている。
そんな彼らが結婚。台風の夜に、切迫流産の危機を乗り越えて、娘を得、教授に名付け親になってもらう。
順風満帆な人生が続くと思われた。
けれど順一は編集から営業部に転属となり、それをどうしても受け入れられず、酒びたりとなっていく。
由里子はそんな夫をどう見ていたのか、ひたすら子育てに没頭。家事にもいそしむ。
順一はしだいに家の中のスリッパや置物などに違和感を持つようになる。
以前の彼女なら選ばないはずのものが増えていたからだ、
彼らは娘のために一軒家を購入、移り住む。
しかし順一は気付くのだった。自分たちは人生の長い坂道をもう登りきったのではないか?すでに下り坂を歩いているのではないか?

恩師が南仏のニースで老後を過ごそうと移住したのだが、突然病気となったらしく、順一と由里子は娘を母に預けてニースに旅立つ。
小説の三分の一はこの南ヨーロッパでの出来事が綴られているのだが。。

書きたいことがわからないわけではない。
齟齬が生まれた夫婦の再生物語だ。
でも30歳ちょっとで、もう人生の坂道の下りなんて、チャンチャラおかしい。甘えるのもいい加減にしろと言いたくなる。
もちろん人生の捉え方や感じ方は人それぞれ、必ずしも年齢とは関係ない。
だけど、順一はあまりにも独りよがりのお坊ちゃんとしか言いようがない。
営業部に転属された自分にあるのは、その甘ったれた自己憐憫だ。

第一、妻の由里子の象が全然私にはわからない。
男性作家が女性を描くとこうなりますよの典型だと思う。
由里子には由里子の想いがあったはず。それが伝わってこないのだ。


「ロストデイズ」・・人生は失う日々なのか?それとも積み重ねる日々なのか?
それを問うにはあまりにもつまんない小説でした。残念です。
ただ、コート・ダ・ジュールの風景やイタリアンのジェノバあたりの描写があったのが、最期まで読みとおせた理由かな?
茶色くならないジェノヴェーゼ・ペストの作りかたがわかったのが、収穫だった。
posted by 北杜の星 at 08:09| 山梨 ☔| Comment(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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