2007年10月06日

穂村弘「本当はちがうんだ日記」

穂村弘は歌人であり、翻訳もし、エッセイも書く。
歌人としての彼は、ごめんなさい、知らないのだが、エッセイは大好き。
素直なようで屈折していて、でもその折曲がれ方がなんだかおかしい人だ。
優しいようでちょっと冷淡、小心者の正直さがかわいい。

「今はまだ人生のリハーサルだ。本番じゃない。
そう思うことで、私は「今」のみじめさに耐えていた。
これはほんの下書きなんだ。
いつか本番が始まる。
そうしたら物凄い鮮やかな色を塗ってやる。
塗って塗って塗りまくる。
でも、本番っていつ始まるんだ?
わからないまま、下書き、下書き、リハーサルと思い続けて数十年が経った。」

そうやって「今」をなんとかしのいできた穂村さんは、ある日、鼻毛の「シラガ」を見つけてしまう。
「まだ、何も始まっていないのに。
下書きなのに。
鼻毛が。」
その感じ、私にはよくわかる。せつない。
ちゃんと大人になれないのに、トシはどんどん増えてゆく。
そうか、鼻毛もシラガになるものなのか。

この本の中で、彼が私と同じ目の疾病を持っていることがわかった。
「今までと代わらぬ日常の中で、ただ自分の気持ちの在り方と人生における優先順位だけが大きく変わってしまう。『失明しない』ことが後半生の最大の目的になったのだ」
本が好きで、物書きなら、目がどんなに大切か。
もちろん読書好きでなくても、見えるという機能を失うことはつらく大変だ。
同じ病気だからといって、傷口を舐めあうつもりはないけれど、「それ以来、白い杖を持った人をみつめてしまう」という項には、自然と気持ちを添わせて読んでしまった。
穂村さんはまだ40歳代初めで発病したようだから、さぞ不安なことだろう。

この中で好きなのは、やはり彼らしい「クリスマス・ラテ」のような文章だ。詩的で素敵なエッセイ。
スターバックスで「タゾ・チャイ・ティー・ラテ」なるものを飲みながらの、一人の男のモノローグは、どこか悲しいげでもある。
スタバにそんな「タゾ・チャイ・ティー・ラテ(シロップ控えめ)」なんてあるの?知らなかった。今度確かめてみよう。
でも穂村さん、エスプレッソ、苦いのを我慢しないで砂糖を入れて飲んでください。
イタリア人でブラックのエスプレッソを飲む人なんて、皆無。
砂糖入れないで飲んでいると「日本にはスッケロ(砂糖)はないのか」と心配同情されてしまうよ。
posted by 北杜の星 at 08:15| ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
種村?
Posted by at 2017年02月21日 16:54
タイトルは「穂村:になっているのに、記事の中ではたしかに「種村」と書いていますね。

ご指摘ありがとうございます。
可能なら治します。
Posted by ハッチ at 2017年02月21日 21:11
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