でも物語と料理が合体するとき、その食べ物には特別な意味が生まれ、記憶となって、物語が物語り以上になり、料理が料理以上のものになる。
だからここにある料理の数々は、すこぶるおいしそうなのだ。
ごく短いお話にまつわる料理が出てくる連作短編集。
4年間付き合った彼と別れて作る一人だけのディナーのラム肉のハーブ焼き。
仕事をすぐに辞めてしまう同棲相手に「こんなはずじゃなかった」と有り金全部をはたいて炊いた松茸ご飯。
亡き妻がよく作ってくれた豚肉の柳川に挑戦する酒屋の店主・・
小説と料理のレシピと写真が各章に一緒に載っているこの本、レシピだけのものよりイマジネーションを刺激され、実際に作ってみたくなるから不思議だ。
私のような年齢になると、いまやほとんど料理本を見ながら料理をすることがない。
それは料理のベテランになったということより、なんだかパターンが決まってしまって、その枠から抜け出せない・・というか。
第一ごちゃごちゃした魚料理より、単純に焼いただけのものの方が、おいしく感じる年齢になったということもある。
だけど、ここにある料理は飾らない、真っ当な本当においしそうなものなのだ。
梅干もあれば、自家製干物もある。
変な無国籍料理や創作料理が苦手な私には、この真っ当さはとても好ましい。
角田光代って、これを読むとかなりの料理好きと知れる。
きっと腕前も上々なのだろう。
この本は文芸出版社ではなくて、「ベターホーム協会」という、「心豊かで質の高い暮らしを目指し」料理教室を開催している財団法人から出版されている。
角田光代のお母さんが、時間が出来てから「自己流ではなく基本から」と通ったのが、ベターホーム協会の横浜校だったそうである。
一時齟齬のあった母親との関係や、作家としてのスランプに悩んでいたときに、料理をすることでなんとか乗り越えられたという。
その彼女のお母さんは亡くなって、今彼女はお母さんの作ってくれた、ミートローフ、いなり寿司、しめ鯖、コロッケも上手に出来るようになった。
・・けれど「しかしひとつだけハタから放棄しているものがあって、それがおせちだった」と書いてある。
私も母から習っておけばよかったと悔しく思う料理がある。
夏に作ってくれた「鯛そうめん」だ。
いつか、いつかと思いつつ、とうとう母は死んでしまった。
それとこれは父方の祖母の料理なのだが「岩国鮨」という押し寿司。大きな型枠に、2升位の米を炊き酢飯を作り、いろいろな具を何層にも重ねるとても豪華なもので、祭りのときなどハレの日のご馳走だった。
あの宇野千代さんが岩国の人で、彼女の本にはレシピが出ているのだけれど、それを見て一度挑戦してみようかなと考えつつも実現していない。
もちろん、米2升なんてとんでもない、せいぜい5合くらいで。
でもあの木枠って売っているのかしら?合羽橋にでも行くとあるのかな。
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