2017年11月09日

伊藤まさこ「おいしいってなんだろう?」

伊藤まさこさんはライフ・スタイリストというのか?アラ・フォー女性たちから大きな人気と信頼を得ている女性で、子育て中のあれこれや料理、生活用品などについて、彼女をお手本としてきた人たは多い。
彼女、数年前までは信州松本で、ある木工作家と暮らして、すっかり松本暮らしを満喫していたみたいだったけど、現在はどうなったのか?
松本を離れたという話も聞くのだけれど。。

でも例え松本を離れて住むようになったとしても、都会ではなく地方都市、それも文化の香高い松で暮らした経験は、きっと彼女のなかにいつまでもとどまることと思う。
水、空気、食材、人々・・すべてがそれまで彼女の暮らした東京とは異なるものがあったはずである。

この本には彼女なりの「おいしい」が、数人の人たちとの対談を通して、浮き彫りにされている。。
料理上手の実家のお母さんに育てられたことが、なによりも彼女の「おいしい」の原点になっている。
そのお母さんは、じつに丁寧に料理を作っていらしたそうだ。
そう、料理って丁寧さが大切なんですよね。
もちろん素材によってはパッパと思いきり良さが必要だけど、素材の下ごしらえなどを丁寧にするのは本当に大事なことだと思う。
お母さんはその食材を、普通の調味料で、普通に作っていたという。
普段のご飯のおいしさって、まさにそういうこと。特別でない普通のものが、毎日の食べものとして身体に沁み込むのだ。

そんな彼女も20代のころは毎日のようにフレンチ・レストランに行っていたそうだ。おりしもバブルの絶頂期。
けれどそんな時期であっても彼女はグルメ本で紹介される新しい店を開発するよりも、気に入ったシェフの料理を食べ込む方向性が強かったそうだ。
そういうのって、わかるような気がするなぁ。季節ごとにどんなものを食べさせてくれるのか?
私にもTというフレンチのそんな存在のシェフがいた。

でも伊藤まさこさん、現在は新橋の定食屋さんに月に一度は通うという。
定食親さんがおいしいというのは、けっこう難しんですよ。普通に美味しいものを普通に美味しく食べさる店といのは、あるようでないんです。
米、味噌、ちょっとした付け合わせ・・そういうことすべてに気を使うのはすごい労力だから。
最近は私たち夫婦も、小洒落た店より、こんんな定食屋さんが貴重になりました。

彼女、断食もここで経験しているんですね。
3日間だけの断食だけど、きっと身体の変化を自覚できたはず。
私も高熱で寝込んで、まるまる4日間、水しか飲めなかったけど、心身が浄化された実感があるもの。
それにしても彼女、とても良い鍼灸の先生にかかっているようで、10日間肉食が続いた後に治療に訪れると、その先生、「蛋白質の多い食べものを食べた顔してますね。」と言い、とうぶん野菜だけにしなさいと言い渡されたそうだ。
そういう先生がついていてくれるなら安心だ。
顔を見たり、脈を見たりで、わかるんですよね。
血液を採取して数値を見なければわからないのは、上医ではありませんよね。
posted by 北杜の星 at 07:44| 山梨 ☁| Comment(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月07日

アナスタシャ・マークス・デ・サルド「戦争がつくった現代の食卓」

この本の原題は、COMBAT=READY KITCHEN。
アメリカ陸軍の研究機関であるネイティック研究所が開発した戦争での食品が、いかなる需要で生れたか、またそれらの食品が企業によって民間に浸透したかの経緯が様々なエピソードとともに書かれている。
とても興味深い一冊。

どうも人間は平和時よりも戦争の時の方が、創造力が高まるようだ。
それは食べものに限らない。
古くはワテルローの戦いのウェリントン・ブーツ。これは将軍ウェリントンが作ったとされるゴム長靴のこと。
またトレンチコートは第一次世界大戦の時に、塹壕で闘うう戦士を寒さや汚れから守るためのコート。今では男性は冬になるとスーツの上に来ているし、女性は春コートとしてお洒落に着ている。アクアスキュータムはトレンチ・コートで有名。(すごく値段が高い)。
そして今ではあるのが普通になったコンピューターだって、元は軍事目的で作られたものだ。

戦場での戦士たちのための食事はどんなものか?
まず運送しやすい形状でなくてはならないし、気象条件を満たすものでなくてはならない。
火が使えないことも多いし、腐りやすいものは敬遠される。すぐに食べる必要だって起きる。

だから缶詰、レトルト、パウチに入ったもの、シリアル、パン、粉チーズやプロセスチーズが開発されたという。
これらの食品、どこのスーパーにも並んでいる食品だ。
まぁ、健康には良くないとされる食品がほとんど。

この本の著者はフード・ライター。常に安全な食べものを家庭の食卓にのぼらせたいと考える主婦でもある。
子どもが学校のカフェテリアで食べるのを拒否し、自らお弁当を持たせることにしたのだが、自分では自信たっぷりで使っていた食品が、じつは、カフェテリアでの食品とそう変わり内ことに気付いた。
弁当に使っていた加工食品に疑問や不信感を持った彼女は、それらの食品の由来を調査し始めた。
そしてわかったのが、「ネイティック研究所」のことだった。

膨大な参考文献に支えれて書かれたこの本、たくさんのことを私たちに考えさせてくれる。
これはアメリカだけではもちろんなく、日本の食卓事情にも大きく関わることなのだ。
開発された経緯を知ると、「うーん、なるほど」と感心しつつも、これが日常となっていることにちょっと唖然としていまう。
便利さって、所詮、こういうことなのね、と。
もともとが食品の全性より利便性で開発されているのだから、健康に良くないのは当然かもしれないのだが。。

でもこれを読んで、日本の自衛隊の食事のことを考えた。
3・11の救援活動の際の彼らの食事の貧しさを何かで読んで、「せめてもっと、なんとか美味しいものを食べさせてあげたい」と一生懸命に働く彼らが気の毒だった。
食べることは活力の最大の基本。
被災者が苦しんでいるのだからというのはわかるけど、それにしてもかわいそうだった。
先の太平洋戦争においても、日本軍と米軍の物資の隔たりはあまりにも大きく、「これじゃぁ、負けるのは当たり前」と思えたそうだ。

かなりの力作。読むのに1週間近くかかりました。読んでよかった。

posted by 北杜の星 at 07:50| 山梨 | Comment(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月06日

乙川優三郎「生きる」

点字でいろんなジャンルの本を読んでみようと、今回は初めて時代小説を試みてみた。点字本というのは言うならばカタカナ表記のようなものだから、時代小説の情緒がどこまで伝わってくるかが問題だった。
例えばこの主人公の「又右衛門」という名が「マタエモン」ではなんか調子がでないので、それがどうなのかを体験してみたかったのだ。

でも読み始めて高熱が出た。
39度5分を超えたら、目すら開けていられなくなった。とても本を読むどころではない。
次の日、1度下がったが、印字はまだまだ読む気にもなれない。でもこの点字の本、指でそろそろ触ってみると、読めるではないか!
2ページほど読んで止めたのだけど、そうか、目より疲れないんだとうれしくなった。
このところ点字を読むスピードが速くなって、一冊3巻のこれが10日ちょっとで完読できた。この速さならたいていの長編は貸し出し期限の20日以内に読める。ということは日本どこの点字図書館からでも借り受けられることになるので、新刊本だってるから、とってもうれしい。

熱があってもこれが読めたのは、でも乙川優三郎の流れるような文章のおかげだと思う。
ひっかかりがどこにもなくて簡潔な文章。それでいて雰囲気に満ちている、
じつは乙川作品はこれが初読みだった。選んだのは直木賞受賞の時代小説という条件だけだった。
大正解。すっかりファンになりました。

江戸の時代、「追腹を切る」行為は亡き藩主への忠誠を示すもので、藩主に恩義があればあるほど求められるものだった。
又右衛門の父は浪人の身から藩主に引き立てられ禄を得るようになったため、彼自身も周囲も殉死するものと見られていた。
しかし家老から殉死を禁じられ、念書を書かされたため、追腹が切れなくなった。
周りからは臆病者と冷たい目で見られ四面楚歌、嫁に行った娘からは義絶され、一人息子は自死してしまう。
ただ一人、彼を理解する妻は病弱で山深い湯の里で療養に行っているが、そこを訪れた又右衛門はそのときだけ、ほのぼのとした時間を妻と過ごすのだが。。

書くと、ストーリーはこれだけなのだが、とってもいいんです。
さまざまなしがらみや括りの時代だからこそある人間のあれこれが、とても切なくて、これぞ時代小説という感じ。
しかも「あざとい」ところがないし、時代小説の臭さも感じれr内。
他に2編の中編が収録されているが、どれも同じような印象でもの悲しい。
身分違いの女中を出世のために捨てた男の悲哀と追想など、思わずジーンとくる。
時代小説って主人公の男性よりも、脇の凛とした女性の強さがなんとも言えないんですね。
時代小説をあまり読まない私だけど、つい、はまりそうな乙川優三郎でした。
posted by 北杜の星 at 08:03| 山梨 ☀| Comment(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月20日

大崎善生「ロスト・デイズ」

腹を立ててます。
こんな大崎善生なんて、ちょっと酷過ぎではありませんか?
あまりにもイージー。
もともと彼の恋愛ものは切なく甘くイージーではあったものの、そこには恋愛小説としての押さえどころはしっかりしていて、リアリティがそうはなくても、それなりにストーリーに入り込めていた。
だけどこれは、「これって、アリかよ」というくらい嘘くさい。
夢見心地の恋愛ではなく夫婦の問題だからこそ、よけいにリアリティが感じられない。

順一と由里子は大学のゼミで知り合った。教授からはロレンス・ダレルの「アレキサンドリア四重奏」などを教えてもらい、順一はいつかそうした小説を書きたいと願いながら出版社で編集の仕事をしている。
そんな彼らが結婚。台風の夜に、切迫流産の危機を乗り越えて、娘を得、教授に名付け親になってもらう。
順風満帆な人生が続くと思われた。
けれど順一は編集から営業部に転属となり、それをどうしても受け入れられず、酒びたりとなっていく。
由里子はそんな夫をどう見ていたのか、ひたすら子育てに没頭。家事にもいそしむ。
順一はしだいに家の中のスリッパや置物などに違和感を持つようになる。
以前の彼女なら選ばないはずのものが増えていたからだ、
彼らは娘のために一軒家を購入、移り住む。
しかし順一は気付くのだった。自分たちは人生の長い坂道をもう登りきったのではないか?すでに下り坂を歩いているのではないか?

恩師が南仏のニースで老後を過ごそうと移住したのだが、突然病気となったらしく、順一と由里子は娘を母に預けてニースに旅立つ。
小説の三分の一はこの南ヨーロッパでの出来事が綴られているのだが。。

書きたいことがわからないわけではない。
齟齬が生まれた夫婦の再生物語だ。
でも30歳ちょっとで、もう人生の坂道の下りなんて、チャンチャラおかしい。甘えるのもいい加減にしろと言いたくなる。
もちろん人生の捉え方や感じ方は人それぞれ、必ずしも年齢とは関係ない。
だけど、順一はあまりにも独りよがりのお坊ちゃんとしか言いようがない。
営業部に転属された自分にあるのは、その甘ったれた自己憐憫だ。

第一、妻の由里子の象が全然私にはわからない。
男性作家が女性を描くとこうなりますよの典型だと思う。
由里子には由里子の想いがあったはず。それが伝わってこないのだ。


「ロストデイズ」・・人生は失う日々なのか?それとも積み重ねる日々なのか?
それを問うにはあまりにもつまんない小説でした。残念です。
ただ、コート・ダ・ジュールの風景やイタリアンのジェノバあたりの描写があったのが、最期まで読みとおせた理由かな?
茶色くならないジェノヴェーゼ・ペストの作りかたがわかったのが、収穫だった。
posted by 北杜の星 at 08:09| 山梨 ☔| Comment(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月17日

内田洋子「12章のイタリア」

台湾に出発する時は夏服だったのに、帰るとまるで冬。衣替えをしたけど、この雨。。
紅葉も始まって、ちょっと浦島太郎気分です。

内田洋子の新作エッセイ。
彼女のイタリアに関するエッセイはイタリア事情がよくわかるものだが、どれもエッセイの域を超えて、短編小説のように人間模様が描かれている。
在イタリア40年以上の間に出会ったさまざまな人たちの、その土地に住む幸福も不幸も鮮やかに切り取りとるその文章は過剰な思い入れがなく淡々としている。
自身の体験でありながら黒子のように自分を前に押し出さない書き方はどこか日本的ですらある。

けれどこの新刊には、彼女自身のことがかなり書かれている。
高校生の将来の進路が決まらない頃、テレビで放映された映画「ブラザーサン・シスタームーン」を観た。
見知らぬ外国の景色を目の前にして唐突に「海の向こうに行ってみよう」と思ったという。
その映画は聖フランチェスコの青年時代を描くもので、舞台はイタリア中部のウンブリアだったと後に知る。
東京外語大学のイタリア語科に入学するが、当時イタリア語はまだマイナー言語。完全な伊和辞典すらなかった。
イタリアに接したいと思ってもチャンスは多くない。デパートで催される「イタリア展」に出かけてイタリアの食べものや工芸品からイタリアの匂いを嗅いだ。

大学生の時にナポリ大学に1年間の留学。
しかし前年にナポリは大地震に見舞われていて、街は混乱。大学の授業もなかった。
日本に戻り大学を卒業。やっとちゃんとした伊和辞典が出て一心不乱に勉強するが、イタリア語での仕事はほとんどなし。
そんな彼女を救ったのが、またまた映画だった。
今度の映画はタヴィアーニ兄弟監督の「カオス・シチリア物語」。
100年前のしちりを舞台にした暗く重いテーマのオムニバス映画。彼女は俳優が話すイタリア語が全然わからなかったそうだ。
(私はこの映画が大好きで映画館で3回か4回観た)。
この映画の最後の編に、それまでとは打ってかわって、青い空と海、白い砂浜がきらきら太陽に輝くシーンがあるのだが、それを観て彼女は「海が待っている。海の向こうに行かなくては」と思ったのだ。

映画の力ってスゴイですね。
もともと「洋子」という名前は彼女のお祖父さんが、大海原に出て行く人間になるようにと名付けてくれた名前。
日本を出る運命を持つ人だった。

イタリアに行っても仕事はない。でも彼女はへこたれなかった。仕事がないなら自分で仕事をつくればいい。
そうしてミラノで通信社を立ち上げて、イタリアのニュースを日本に伝えるようになった。
・・そしてエッセイストとして活躍をするようになった。

それにしても、いろんなところに住む人だ。
ミラノはもちろん、リグーリアの船を買って船上生活をしたこともあるし、同じリグーリアの寒村にも住んでみた。フランスとの国境の丘の上にも住んだ。
そして今、ヴェネツィアの離島に家を借りて住んでいるらしい。
そのヴェネツィアの街の古本屋のショーウィンドーにある朝、ウンベルト・エコーの等身大の写真がかけてあるのを見つける。
近くのバールに入ると、そこでエコーが亡くなったことを知った。
エコーとはかつて知人から招かれて食事を共にしたこともある。物静かで博識の大学教授だった彼はしばらくして「薔薇の名前」の作者として世界に名を知られる作家となった。
小説を読まないイタリア人でさえ、イタリアの誇りと、エコーを敬っているそうだ。

このエッセイ集には「本」に関する記述がたくさんある。。
古書店、古書市、作家や評論家たちのこと・・
読書をしないという印象のあるイタリア人だけど、どこの国にも本好きはいるんですね。
そういえば、街や村で時々い「本市」が開催されて、地元の人たちがたくさん集まって見ているのを思い出した。
子どもから老人までずいぶん熱心に見ていた。古本や古い地図などの掘り出しものもあるのかもしれない。
もしイタリアに行くことがあれば覗いてみよう。

この内田洋子もとても素敵な一冊でした。

posted by 北杜の星 at 08:06| 山梨 ☔| Comment(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月03日

大山ちこ「エンディングノート」

第25回やまな文学賞受賞作品。

やまなし文学賞といってもご存知ない方が多いかもしれないが、小説と評論の2部門に分かれていて、私は評論の方は一度も読んだことはないのだが、受賞小説は毎年、山梨日日新聞社から発刊され、地元だからここ北杜市のライブラリーの所蔵書物となっている。
忘れてしまうこともあるが、できるだけ読むようにしている。
三浦哲郎も津島佑子も亡くなって、現在の選者は坂上弘、佐伯一麦、そして新しく加わった長野まゆみの3名。
選者の顔ぶれを見てわかるように、純文学系の作品が多いようだ。
「やまなし文学賞」と銘打っているが受賞者は山梨県人とは限らず、全国からの応募がある。

正直を言うと、この「エンディングノート」、最初はどうも気が乗らなかった。
テーマにどうも腰が引けたからだ。
二人の兄弟は両親の離婚を経験し、後に父の突然の孤独死にも遭う。
家族がいなくなっても自分が存在する。しかしその存在は無意味ではないのか?
自分が何の約にも立たないと気付き、もっと楽しく生きられるなら別だが、そうでなければと、弟は25歳に自ら死ぬことを決意していた。
それを知らされていた兄は、弟の25歳の誕生日に弟と母の住む町に帰省する。

兄はなぜ弟の自死を止めようとしないのか?
どこかで本気にしていないのか?いや、そうではないのだと思う。彼は知っていた。弟が死を決行するであろうことを。
生きることを見守るのと同じ気持ちで、兄は弟の死を見守ろうとしたのか?
「これから僕の明日はどんな明日になるのだろうか」。残された兄は何を抱えて生きるのか。。

淡々とした文体。熱さのない兄と弟の会話がイマドキといえばイマドキだ。
でも虚無ではない。ここにあるのはやはり絶望感なのだろうか。
それにしては重く塞ぐ気分ではなく、うまく言えないのだけど、ホッとする感じも私にはあった。
家族に対する無力感しか、弟にはなかったのだろう。それに対し為す術のない兄はただ弟を見ているしかなかった。
(弟をラクにしてやるのは、この方法しかないと傍観したのだろうか)。

主人くである兄の大学時代の友人のエピソードは、巧い挿入部だと思う。
その友人は、あいさつをするのが嫌いだと言う。なぜなら「あれって、次の会話に繋ぐクッションみたいなものだろ?あいさつをしちゃうと、その瞬間に俺は自動的に相手を受け入れてしまうんだ」。
それが会話の苦手な友人にとってはすごいストレスになるのだと言う。
けれど弟と最後に別れた兄は、何年かぶりに友人の携帯に電話をかける。
そして彼が今は結婚し子どももいることを知らされる。いまだにあいさつは嫌いのようだが、「このくらい踏ん張らないと」と自分に言い聞かせていると聞いて、電話を切ったあと、兄は「声を殺して泣いた」のだった。

踏ん張って生き延びられる人間もいる。
踏ん張ることをはなから拒絶した人間もいる。
読了後、深い想いに沈む一冊だったが、作者の文章の見事さもあって、満足度はとても高かったです。
posted by 北杜の星 at 08:08| 山梨 ☔| Comment(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月26日

温又柔 温又柔「真ん中の子どもたち」

第157回芥川賞候補作品。
選者である宮本輝のこの作品に対する選評が物議をかもしてていたので、興味を持ち、読んでみなくてはと借り出した。
宮本氏は「日本人の読み手にとっては対岸の火事で、同調しにくい。(略)他人事を延々と読まされて退屈」というのがその選評だ。

これはあんまりの良い方ではないかと思った。
小説うとはパーソナルなことを書くもの。それが日本人であっても他国の人であっても、それを「対岸の火事」とはどういうことか?
それならすべての文学は「対岸の火事」である。
いくぶん作者に同情しながら読み始めた。

台湾人の母と日本人の父のあいだに生れた主人公が、母語を何にするかを模索しながら、自分のアイデンティティを確立するというのがストーリー。
19歳から20歳までを上海に語学留学した彼女の友人たちとの交流を通してのあれこれが綴られ、やがて彼女が中国語教師となった時点で終わっている。
うーん、他人事とは思わないし、他人事であってもかまわないのだけれど、「同調しにくい」のも「退屈」ななのも、宮本輝の言うとおりではあった。
小説中にでる中国語と( )の中に訳された日本語があまりに多すぎてうっとうしいし、そのあたりに作者の独りよがりを感じてしまう。
それになりより、構成、文章、人物描写、すべてが稚拙。
母親も父親も描けていない。
宮本輝に100%賛成してはいないが、「対岸の火事」としか思えないのは、この作者の責任だと思う。

もしこれがもっときちんと書かれていると、もっと感情移入させられたと思う。
それをさせてくれないのはこの小説の大きな問題点ではないだろうか。
これを読んで、「この本、良かった」と思う一gあいるとは私は考えられない。
これを読まされた選者たちが気の毒になるくらいだ。
前段階でもっと、作品をふるいにかけるべき。

・・と、酷評となってしまって申し訳ありません。
私がこの作品の良さを読みとれなかっただけかもしれないので、どうぞご自分で読んでみてください。
posted by 北杜の星 at 08:00| 山梨 ☀| Comment(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月25日

青木俊「潔白」

すでに執行済みの死刑囚が、もし無罪だったとしたら?
事件後30年の後、遺族から異例の再審請求が出された。
一貫して無罪を主張していたその死刑囚は、刑確定後2年で、死刑に処されていた。
再審請求に、札幌地検に激震がおきた。

再審請求はよほどのことがない限り、却下される。
ということは請求が通れば、無罪となる確率が高いのだ。
裁判を覆すほどの確実な新証拠や新証言という「爆弾」があるためだ。
そうなれば地検のメンツは大潰れ。
「なんとしても『爆弾』を握りつぶせ」との指令を受け、いわくつきの検事が一から調査を始める・・

という検察組織ミステリーがこれ。
警察や検察の体質は想像以上のもので、裁判のずさんさを含めて、日本の司法に絶望してしまう。
再審請求中の死刑執行は今年も行われている。
こんなことがあっていいのか!
これはもっと世の中が問題にすべきこどなのではないかと、アムネスティの運動に参加していた私は思うのだが、そう思うのは一部の弁護士、市民団体、そしてなによりその家族だろう。
この小の再審請求者は死刑囚の残された娘。
彼女は父の無罪を信じ続け、自分で弁護士を探し、真犯人をつきとうめようとする。
また捜査のいい加減さを追及。
昔のDNA鑑定は確実なものではなく、ましてや検査技師も一人に任せていたという。
ましてやその検査技師が検察におもねるような結果を出すことに腐心していたとしらら。。

まず、「犯人ありき」。見込み捜査の恐ろしさがここにある。
状況証拠だけで、犯人と目される理不尽さ。
自白を求めるための拷問のような取り調べに、虚偽の証言をする人間もいるだろう。
密室での取り調べを可視化させようとはしているが、完全実現しているわけではないのが現実のようだ。

これ、ミステリーなので詳しいストーリーは書けないが、ラストにはちょっと驚く。
でもそう言えば、、という伏線はあったよな。。
人間のすることだから間違いは起きる。冤罪だって起きる。
だからこそ、取り返しのつかない死刑制度を撤廃すべきであるし、死刑という厳罰があっても極悪犯罪はそれでなくなるわけではないということ、たとえ犯人が死刑執行されたとしても、奪われた命は取り戻せないことを、考えてみてほしい。
それならば、無期懲役として死ぬまで罪を償わさせるほうがいいと私社思うのだけど。
でもこの死刑制度云々は難しく、アムネスティですら、死刑制度支持の会員はいた。
(もともとアムネスティは死刑制度反対の団体ではなく、政治犯解放を求める団体である)。

一気読みしながらも、いろいろ考え、考えると怖ーくなる本でした。
posted by 北杜の星 at 08:19| 山梨 ☀| Comment(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月04日

小川洋子「海」

好きな作家の素敵な文章を指で読みたいと選んだ点字の本がこの小川洋子「海」。
7つの短編集はどこか妖しくそして懐かしい雰囲気があった。

読み進んで「バタフライ和文タイプ事務所」が始まってすぐ、私は「あっ、これ!」と思わず声をあげた。
数年前に読んだ小川洋子があまりに心に残っていて、でもタイトルがどうしても思い出せず、またどの本に入っているかの記憶もなかったものが、ここで再会できたからだ。
ぜひもう一度読みたい、の願いがかなった。しかも点字本で。
こういうのが私にとっての一番の幸せで、大好物の美味しいものを食べる以上にわくわくうれしいこと。
この「バタフライ和文タイプ事務所」は「日本文学100年の名作」(池内紀、川本三郎、松田哲夫選)の第10巻に編まれている。しかもこの巻のタイトルとなっているのだ。
うーん、やっぱりこれは名作だったのですね。
ますますうれしい。

変形な道の交差する場所にある「バタフライ和文タイプ事務所」に、若い女性タイピスト「わたし」が入社してきた。
事務所では近くにある大学院の医学論文をタイプする仕事が多い。
「わたし」もそうした論文の仕事をし始めることとなった。
バタフライとは和文タイプの活字を探す盤の上の手の動きが蝶が飛ぶのに似ているからだそすだ。
ある日「わたし」の使いたい活字が損傷しているのに気付きい、3階の活字管理人室に行って、新しいのと取り替えてもらうように言われた。
診療所の待合室のようなところに小窓が開いていて、そこから管理人が新しい活字を出してくれるのだ。
彼の顔も姿も見えない。ただ彼の手が見えるだけ。その手は活字の鉛のために指が変色していた。
渡してくれる時彼はその字についての自分の講釈を聴かせてくれた。

糜爛の「糜」という字、睾丸の「睾」の字。医学論文だからこういう字があるのだろうが、管理人の字の考察がエロティックなんですよね。
しかも姿は見えない。声と指だけというのがエロティシズムを倍加させる。
彼の言葉をもっと聞きたくて、「わたし」はある活字にわざと傷をつけて、3階に持って行く・・
この活字を管理人はどう説明するのか・・

私はいつも小川洋子という作家は「偏愛」の人だと思っているのだが、この本に彼女の「偏愛」ぶりが強く表れている。
それが堪能できて、小川ワールドにすっかり浸りきれた。
でも私はこれを以前に活字で読んでいたから「字」がわかるのだが、初めて点字で読むと漢字がわからないから、面白さが響いてこないと思う。
漢字からインプットされてきたエロティシズムがあるからこそ、この作品が成り立つのだ。
(点字で読むと新たな感覚が得られてそれはそれで興味深いのではあるが、点字はいわゆるカナ表記なので、登場人物の名前の漢字がわからないのがつまらないのだ。作家だって主人公の名前を決める時にはあれこれ考えて決めるのだから、名前には多きな意味があるはず。点訳する人はせめて漢字の説明を「訳注」としてしてもらいたい。
例えば「華子」なら「華やかな華」とか。・・盲学校では点字の読み書きと同時に、当用漢字も教えているのだそうで、視覚障害者であっても漢字は知っているのし、中途失明者はなおさら漢字からのイメージが強いのだから。)

とにかくこの本を再び読めたのが、うれしいです。
posted by 北杜の星 at 08:06| 山梨 ☁| Comment(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月31日

内田洋子「ジーノの家」

このところ夫が内田洋子に凝っている。続けて数冊読んで、まだ飽きないらしい。
とくにこの「ジーノの家」は良かったたらしく、内容をあれこれ私に話してくれる。
聞いているのはかったるいので、ならば私も読んでみようと読んでみた。

これ、日本エッセイストクラブ賞を受賞しているんですね。
彼女が経験した10の物語はエッセイというよりは、短編小説のようだが、じっさいにあったことだからこそのリアリティはさすがのものがある。
人間が体験することが同じであっても、それをどう受け止めるか、そしてどう表現するかはその人の感性と能力にかかっている。
これを書いた時に彼女は在イタリア歴30年以上(現在は40年弱)、イタリアという国、イタリア人という人間への観察眼が緻密なだけでなく、彼らに気持ちを添わしながら暮らしているのが心地よく伝わって来る。

ミラノを書いても、それは華やかなファッションの街ミラノではない。
ミラノには遠く南イタリアからの移住者が多いのだが、彼らの貧しさゆえの闇の世界を覗き見る文章は、ジャーナリストとしての彼女の「眼」ではあるけれど、そこにそれ以上の感情移入があるのだ。
悪の巣窟の中で生きるしかない人達へのシンパシーがそこにはある。

久しぶりにナポリに行って、駅からタクシーに乗る話しがある。「初めてで最後のコーヒー」だ。
タクシーの運転手は彼女をたんなる観光客のいいカモを乗せたと思って、遠回りをしてメーターを稼ごうとした。
しばらくしてそれに気付いた彼女は「運転手さん、そこはもう通ったから、●●をいったん通って上に登って行ってください」と言う。
ここで運転手とケンカしてもお金は戻ってこないし、気まずくなるだけ。それならナポリの街の見物をしながら目的地まで行こうと、彼女は考えたのだ。
彼女はナポリ大学に留学して数年間ナポリで暮らしたことがあるのである。
ギョッとした運転手はおそらく、そうした彼女に敬意を払ったのだろう。●●というところは自分のシマでもあったので、彼女をバールに案内しコーヒーをおごってくれた。
コーヒーを飲んだ後で彼は会計をしたが、チップには多すぎる金額を置き、釣銭を受け取らなかった。
それは「ツケ置きのコーヒー」と呼ばれるもので、もしお金がなくてでもコーヒーを飲みたい人間が来た時のコーヒー代金だったのだ。

ナポリ人はこすっからいと言われる。
確かにそうだ。私たちはナポリで泥棒にあったし、乗る前に決めたタクシー料金だって降りると上乗せで請求されたりした。
でも私はナポリが嫌いではなかった。彼らのこすっからさには陰湿なところがなくて、「多分、彼らなりのロジックがそこにはあるのだろうな」と感じられたからだ。
上乗せ料金を請求した運転手は「早く空港に着くために、一方通行の道を逆走してやったんだぜ」と得意顔で言うのだ。
そんなこと頼んでないよと言いたいのだが、「でも、まぁ、いいか」という気になるから不思議。
だって彼らの日常は厳しい。私たちは金持ちではないがはるばる日本からナポリに旅行する余裕があるのだから。
もし同じことをミラノやフィレンツェでされていたら、猛烈に抗議したと思う。
南の人間はああしてお金を稼いで、「ツケ置きコーヒー」代を稼ぐ。それはそれで良いじゃないかという気になるんですよね。
内田洋子はそういう機微がわかる人間だ。
(私もイタリア渡航歴がけっこう長いので、そういうの、ちょっとはわかる。これは私が歳をとったせいもあるのかもしれないが。

これはイタリアではなくエジプトの話しだが、元NHKアナウンサーの下重暁子さんが夫の赴任先のエジプトに住んだ時、現地運転手さんに市場に連れて行ってもらい、彼女は値切ってしなものを買おうとしたのだが、その運転手は「彼は僕より貧乏だから」と言い値だ買ったと言う。そのとき下重さんは自分がとても恥ずかしかったとか)。
値切るのが当然で、思い通りに値切って買うと「してやったり」と思ってし、言い値で買うのはバカだとか、ゲームを知らないと言われることもあるが、そうばかりではない。
いろんな場所のいろんな人間の事情が分かれば、違う行動ができることもあるのだと私は考えるが、そういうことを私はイタリアで学んだ。

内田洋子の本を読むと、本当にイタリア人がよくわかる。
本音で、衒いのない暮らしのまっとうさは、大変だけど風通しがいい。

別の章に、ある貧しいシングル・マザーが出てくる。ミラノの暴力夫からリグーリアの寒村に逃げて来た母と息子だ。
その母親が内田洋子をランチに招く。
そのランチ、そこらへんに生えているバジリコを摘んでオイルでペスト(リグーリア州だからジェノバのペストソース)を作っているのだが、松の実は高いのでピーナツが入っている。パルミジャーノも高いのでチーズなし。それをスパゲッティに合えている。ランチはそれだけ。
普通、日本人ならそんな貧しい食卓に人は招かないと思う。しかもほとんど知らない人なのだ。
貧しいことはは困ったことだが恥ずかしいことではない。そういう気概が感じられて、そのペストソースで和えたスパゲッティのバジリコのいい香がこちらまで漂ってきそうで、私も一緒に食べたくなる、

内田洋子がこの本で書くイタリアはほとんどがミラノではない。
ミラノは夏は不快で、冬は半年続き、湿気を含んだ寒さが骨にまでこたえるらしい。
ミラノの人たちは新しい展覧会やレストランやクラブやパーティで忙しい。
この春が終わったら日本に帰ろう、夏が終わったら帰ろう・・そう思いながら30年以上が過ぎたと言う。
だからなのか、彼女はミラノを離れて、リグーリアの小さな村に住んだり、修復した船に6年間住んだりもしている。
イタリアに住むのは難儀なことが多くて、と言いながら、その難儀さを自ら求めているようなところがある。

埋もれてしまう人たちの日常をすくい取る内田洋子、夫ならずとももっと読みたくなるもの書きさんです。
posted by 北杜の星 at 07:35| 山梨 ☁| Comment(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月10日

青山七恵「訪問者」

ちょっとイレギュラーな紹介になる、というのはこの短編は文芸誌「小説トリッパー」に掲載されたもの。
最近、文芸誌をとんと読まなくなった私がなぜこれをこのところ読んでいるかの理由は後で述べます。
文芸誌の連載物はせっかちな私の性格には向かない。1カ月も次が待てないからだ。そういう意味では新聞小説はまだいい。
ましてや「小説トリッパー」は季刊誌だ。3カ月も待てないよ。
文芸誌が役立つのは、長期の海外旅行に行く時だ。何冊かの文庫本はすぐに読み終わってしまう。単行本は重すぎる。
そこにいくと文芸誌は読み応えがあるし、自分からはすすんで手に取らない作家のものも読める。評論やエッセイもあるからバラエティに富んであきない。雑誌なので読み終わって捨てても気が咎めない。
なので2週間の旅行には1冊、1カ月のときには2冊。これで概ね賄えるのだ。

短編小説はある程度まとまらなければ本にはならない。だからこれも出版されるまでには時間がかかるはず。
だからちょっと読後感想を書いてみようと思う。
これは「女ともだち」という特集の一編で、青山七恵の他に、飛鳥井千砂「甘く、おいしく」、加藤千恵「非共有」、金原ひとみ「fishy」、綿矢りさ「岩盤浴にて」の競作?となっている。
綿矢りさの「岩盤浴にて」もよかったけど、なんといっても青山七恵の「訪問者」がいつまでも引っかかっている。

ある暑い日、地方都市の大学に行ってそのままそこで就職し家を離れている姉が、久しぶりに実家に帰って来る。
一人の女ともだちを連れて。
ランチを一緒にした後、姉と友達は散歩に出て夕食にも戻らない。みんなが寝た頃になって戻って来て、友達は主人公の部屋で寝ることに。
朝起きたときにはすでに彼女たちの姿は見えなかった・・

と、これだけの話しなのだが、姉が連れて帰った女ともだちについては何もわかならないのだ。
名前もどんな友達なのかの会話もない。とにかく説明がまったくない。
わからないからこそ、その存在感が膨れ上がってくる。
姉が以前言った「小説を書く」という唐突な言葉だけが、宙に浮いて、これは何かのキーワードなのかと思うのだが、その言葉はどこにも着地しないまま。

だからこれを読んでも「察する」しかないのだ。
多分、姉は母親とうまくいっていなかったのではないだろうか?
多分、そんな母に追従しているだけの父にも苛立っていたのではないだろうか?
主人公である妹に対してはどうだったのか?
女ともだちと一緒にいると、自分が自分らしくいられるのではないか。。
でもなぜ、実家に彼女を連れて来たのか?
なんだか不思議な短編。このもやっとして、でも確かに「そこにある空気」だけが伝わってくる。
印象的な短編だった。

「小説トリッパー」には昨年冬号から、井上荒野の「あちらにいる鬼」が連載されている。
これを私はやじ馬根性丸出しで読んでいるのだ。
井上荒野の父は作家の井上光晴。彼が女性に大モテだったのは有名な話し。
そして瀬戸内晴美(寂聴)と恋愛関係にあったのも有名な話しで、彼女が仏門に入ったのは光晴との関係を清算するためとも言われていた。
その光晴と瀬戸内晴実と、光晴の妻(荒野の母)の三者を描くのがこの「あちらにいる鬼」。
まだ寂聴さんは生きているのに、こんなの書いて大丈夫なの?と心配になるのだが、これはまったくのノンフィクションとは少し趣がことなっていて、フィクション、つまりは小説であるような気もする。(もちろん彼ら3人の関係が基になっているのだけれど)。
先日荒野の「母のこと」という私小説を読んだので、とくに今回は興味津津だった。
(私、芸能ネタにはまったく興味ないのだけど、文壇ネタにはすごくミーハーなんです)。
現在3話。あと何回続くのだろうか?
3カ月も待つのはシンドイ。

posted by 北杜の星 at 07:24| 山梨 ☀| Comment(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月08日

今村夏子「星の子」

今村夏子はいま私がもっとも関心をよせる作家だ。
といってもまだ発刊されているのが「こちらあみ子」「あひる」そしてこの「星の子」の3冊のみ。
でもこれまで三島賞を受賞、芥川賞候補にもなっている。
私は批評家ではないいので彼女がこの先、書き続ける力量のあるひとかどうかの判断はつかないが、少なくとも現在まで書いたものを読むと、作品に流れる空気感には独特の感性があるし、文章は緩いなかにクスリと忍び笑いの要素もある。
平易だがけっして平坦でない文章に隠された、じつは深淵なテーマ。
なかなかに「クセモノ」新人作家だと思っている。
(広島出身というところも、応援したくなる一因かな?)

ちーちゃんは未熟児で生まれたせいか病弱で、酷い皮膚炎を患い、途方にくれた両親は知人からある「水」をもらい受け、ちーちゃんをその水で洗ってみた。
するとどうだろう?
それまで何をしても効果のなかったちーちゃんの肌がみるみる治ってきれいになったのだ。
以来、両親はその「水」を信奉し、頭の上に「水」を浸したタオルを乗っけるようになった。
「水」はある新興宗教が売っている水だった。

ちーちゃんの叔父(母の弟)は両親に「「目を覚ませ」「騙されている」と忠告するが、両親は聞く耳をもたない。
ある日叔父は、そっとその水をすべて公園の水道水と取り替える。それに怒った両親は叔父との付き合いを絶ってしまう。
そんな一家のなかで、ちーちゃんの姉だけは水にも宗教にも違和感を持ち続けていたのだあろう。家を出て行った。
家出間前、姉はちーちゃんに水取り替え事件がじつは自分の手引きだたことを告白する)。

価値観は人それぞれに違う。宗教に関してはとくにそうなのかもしれない。
それを信じる人には絶対でも、信じない人にすれば「怪しい」「騙されてる」と映る。
何を信じようが自由なはずなのに、ともすれば色眼鏡でみてしまう。
ちーちゃんも幼いころからそういう経験をしてきた。いじめられるほどではないけれど、友達からは距離をおいて見られることが多かった。
そうだからこそ、宗教の集会に参加すると、みんなからやさしく話しかけられるのがうれしかった。
そこなら、自分の居場所がちゃんとあるという安心感で息が大きく吸えた。

でも本当にちーちゃんは両親のようにその宗教を信じていたのだろうか?
それはちーちゃん自身にもわからないのではなかったか?
ただ確かなのは、自分の両親が限りなく自分を愛してくれていること。それは絶対揺るぎのない愛だ。
やがて高校生になろうとするちーちゃんが、これからどんな道を進むのか?
いつまでも星を見ながら、ちーちゃんは何を思う?

懐疑的になろうとするとどこまでも疑わしい宗教。
でも人は信じる。信じるって何なのか?
自分を愛し、自分が愛する人が信じるものならば、盲目的に信じられるのか?
ちーちゃんは案外に醒めた目を持ちながら、「信じよう」としているのではないだろうか?
今回も、はっきりした結論はでない今村夏子の作品だが、胸にいつまでも残るものでした。
そういえばこれが初めての長編なんですね。
次回作もおおいに期待!
賞はとってもらいたいけれど、賞レースとは違うところで頑張って書きつけてもらいたい作家さんです。

posted by 北杜の星 at 07:24| 山梨 ☁| Comment(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月03日

旭屋出版MOOK「珈琲女子」

ナントカ女子という言い方が流行っていますが、珈琲の世界にも女性が次々進出しているようです。
女性バリスタが多くなっているし、彼女たちがお店を持つことも増えている。
一時珈琲店がシアトル系カフェに押されて経営困難になっていたが、最近は新たな珈琲専門店をよく見かけるようになった。
街を歩いていてそうした店でホッと一息できるのはうれしい。
考えてみれば、珈琲の仕事は女性にぴったりだと思う。
重いモノを持つ必要はないし(パティシェとかパン屋というのはけっこう大変)、ローコストでもセンスある店を持つのは女性に向いているような気がする。

我が家は朝食はミルクティだが、一仕事終えたときに楽しむのはやはりコーヒーだ。
午前の10時半ごろの習慣となっている。
本当は午後や夕食の後でも飲みたいのだが、歳をとるとカフェインの影響で夜が眠れなくなる。
いろいろカフェインレスのコーヒーを試してはみるのだが、味に大満足というわけにはいかないし、カフェインレスとうたっていても残っている場合も多いみたいでやはり眠れない。
この本に「インノセントコーヒー」というある女性が開発したカフェインレスが紹介されているが、99.9%のカフェインが除去されているそうで、是非、これを試してみたい。
日本の店にはカフェインレス・コーヒーを置いていないところがまだまだ多いが、眠れない人や妊婦さんなどが安心して飲めるコーヒーを置いて欲しいものだ。

この本には「好みの味を見つける」「好みの淹れ方を見つける」「ペアリングを楽しむ」「コーヒーカクテルを楽しむ」の項に分かれている。
そのどれもに女性が活躍。
好みで言えば、私は酸味のあるのはダメで、苦みの方がいい。
これは焙煎の問題のようで、焙煎が浅いと酸味が強くなるし、焙煎が深いと苦みが多くなるようだ。
昨年、今年と私たち夫婦は友人とともに、コーヒー教室に参加した。
本業はカメラマンという松本祥孝さんという人に、美味しいコーヒーの淹れ方を教えてもらった。
豆の選び方、焙煎のしかた、そしてハンドドリップの淹れ方。

豆はブラジルを基準とするとブレンドしやすいそうだ。
焙煎は強めが私の好み。
そして淹れ方。例えば5人分を淹れる時には、5人分の豆に4人分のお湯で抽出し、後に1人分の湯を加える。
これは決して「薄める」のではなく、最後の雑味やあ澱を出さないためとか。
これを教えてもらって以来、夫はその通りに淹れるようになったが、確かに美味しいですね。

コーヒーもだが、シアトル系カフェのおかげで、日本にエスプレッソが定着した。女性バリスタが続々誕生してもきた。
本場はもちろんイタリア。
でもそのイタリアでも北と南では微妙に味が異なる。これは湯の量の違いだ。
北は湯の量が多いし南は少ない。断然南の方が美味しい。
でもこの量は日本ではあり得ないもので、日本のイタリアン・レストランの食後のエスプレッソの量の多いこと。
イタリアから日本にやってきたレストランでも最初はイタリアの量だが、だんだんと日本向けの量になってしまうのが残念だ。
(食後にカプチーノを注文うする人がいるが、あれはイタリアでは絶対に不可。)
でもイタリアではバリスタはほんとど男性で、女性は見かけない。レジに坐っているのは女主人だけど。
でもバリスタとかバーテンダーが女性って、カッコいいよね。

我が家ではカプセルではなく粉の時代からエスプレッソ・マシーンを使っていて、今は4台目。
ものすごく進化していてカプチーノなんてとても簡単に作れるようになった。
エスプレッソ・マシーン、コーヒー・メーカー、ハンドドリップ・・3種類のコーヒーをその時々で使い分けているが、作るのは夫。
どの家に行っても、コーヒーはご主人担当ということが多いみたい。

コーヒーのお供はなんといっても焼き菓子かチョコレートたと思っているが、この本には「ペアリング」で同じことが書かれていて、「やっぱりね」と思う。
たくさんでなくて、ほんの一粒、一枚で充分。
コーヒーを飲みながら、あれこれお喋りして気分転換。

これを読むと、コーヒーが飲みたくなります。
そして珈琲女子、頑張れ!と応援したくなります。
このあたりには美味しい珈琲屋さんが多い。リゾナーレのなかには軽井沢の丸山珈琲があるし。
でも他の店で珈琲女子はあまり見かけない。
八ヶ岳、狙い目ですよ!来て下さい。そしてとびっきり美味しいコーヒーを飲ませて下さい。
posted by 北杜の星 at 07:39| 山梨 ☁| Comment(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月02日

井上荒野「赤へ」

この井上荒野の「赤へ」はあまり評判にならなかったみたいな地味な作品だが、これ、なかなかの秀作だった。
10の短編のどれにも「死」がある。
ふいに訪れる死、覚悟をしている死であっても、死はそれに直面すると平静ではいられない。
病死、事故死、自死、殺人・・
死のかたちはそれぞれ違い、死者との距離も異なる。

直接的な死が出て来ないのは最初の「虫の息」だけだ。
けれどこれにも、元左翼劇団女優の老婆の死ぬ真似がある。だから「虫の息」はこの短編集の助走的小説と言ってもいいかもしれない。

井上荒野の小説はどこか不穏な空気をいつもまとっている。
その不穏さが人々を繋げたり、離したりする。
これもそうだ。
淡々とした筆が主人公たちと周囲にある死との関係性を、客観的なものにしている。

客観的でないのが2編。これは井上荒野の私小説だが、「母のこと」はこのなかでも白眉といえるものだろう。
彼女の母ということは、作家井上光晴の妻。
光晴ほど女にモテた作家はいないと言われていて、家に帰らないこともしばしばだった。
その光晴は癌になって、「死にたくない」とあらゆる治療を受け闘病をしたが、そうした夫とは正反対の妻だったようだ。
井上荒野の母は十数年間、肺がんの治療をしていたが、他の癌も見つかった時に、「これでケリがつくわ」と言い、もう癌治療は何も受けなかったという。
その潔さは他の生活一般にも及んでいて、きっぱりとあらゆる物を整理処分した。そのなかには光晴の位牌もあって、さすがにこれはと、荒野の夫が捨てるのを止めさせたとか。
母にすれば位牌など、ただの木片にすぎなかったのだろう。

母は優しい人だったが、感傷的な人ではなかったと荒野は書く。
歳をとってもスラリと美しく、お洒落にお金を掛けているふうではなかったが、いつも綺麗にしていた。
美味しいモノが大好きで、また料理上手でもあった。
荒野の小説にはよく食べものが出てくるが、この母の料理で育った所以のことだと思う。
そんな母なのに、外食のための外出も厭うようになった。
どこにも行かず、ただ部屋で本を読んで過ごしていた。

そんな母との最期の1年間を共に暮らした荒野の想いがせつない。
一番したかったことは「母に抱きつくこと」だった。けれど母はそういうことを、うるさがる人であったし、もしそれをすると、母に死期が近づいているのを悟られるような気がしてどうしてもできなかったそうだ。
亡くなる数日前まで、弱ってはいても、変わらぬ生活をしていた母の最期の言葉が何だったのか、どうしても思い出せない。
そんな荒野を病院の医師は「だれもが、ドラマのようにはいかない。『ありがとう』なんて言って死ぬ人はいませんよ」」と慰めてくれた。

「母のこと」を読んで、なんて見事な生き方、死に方だろうと思った。
人は生きてきたようにしか死ねないものなのだ。
何事にも執着しないことの潔さが、結局は安らかな最期を導くのだろう。
こんな母を眼前にしたのだから、井上荒野は「大丈夫」という気がしている。何が大丈夫かはよくわからないのだけれど、でも大丈夫。


posted by 北杜の星 at 07:20| 山梨 ☁| Comment(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月26日

内田洋子「ミラノの太陽、シチリアの月」

「イタリアのしっぽ」を面白く読んだ夫が、内田洋子第二弾として借りたのがこの本。
彼は夜寝る前のベッドでしか本は読まないので、昼間に私が読んでみた。
いくつかの章をを読んで、「あれ、この話し、知ってる。。」。
調べてみると、もうずいぶん以前にこの本、読んだことがあった。
その時は内田洋子という人をまったく知らなかったし、特別な印象も残らなかった。
でも今回は「内田洋子を読みたい」という強い気もちで読んだから、心にずっしりときた。

冬は霧で何も見えなくなるミラノにも、太陽が輝くこともある。
明るいシチリアにも夜はある。
みんなが知るイタリアとは別の顔のイタリア。
それはイタリア在住30年以上、しかもジャーナリストの目で見るイタリアだ。
自分の情緒はできるだけ排してイタリア人を見つめる内田洋子の文章は対象に溺れることなく、イタリア人の心をすくいあげている、
この距離感というか間合いがとても好きだ。

それにしてもフットワークのいい人。
友人に呼ばれると、すぐにそこに赴く。のみならず、そこに住んでしまったりもするのだから驚く。
ミラノの街の運河の前の集合住宅に住む彼女は(現在はミラノではないようだが)、いつもリグーリア州の海辺を恋しく思っている。
「そうだろうなぁ」と思う。
厳しい寒さのミラノの冬、イタリアン・リヴィエラと呼ばれるリグーリアは冬の平均気温15度前後だ。州都ジェノヴァの西は南フランス。
陽光が輝いている。
ジェノヴァの南には美しいリアス式海岸が延びていて、ポルトフィーノや世界遺産で有名なチンクエテッレなどがある。
リゾート地もあるが、観光地化されていない漁村もまだあるのではないだろうか?

私たちはもう20年くらい前にイタリアをオートバイ旅行しようと思い立ち、日本からイタリアにバイクを船で送ったことがある。
船が着きバイクを引き取ったのがジェノヴだったので、あのあたりをツーリングした。
きれいな海岸線の風を受けて快適な旅だった。ポルトフィーノは思っていたよりもはるかに小さな港で、「これが世界的なリゾート地?」とびっくりしたが、海を臨む高台には瀟洒な邸宅が並んでいた。
ランチ時だったがレストランはどこも目が飛び出るほど高くて、次の港まで走りそこの海辺で食べたのだが、魚介のパスタが美味しかったなぁ。
あのあたりに住むのはたしかに悪くない。
ジェノヴァは大都会で買い物に便利だし、トスカーナも近い。
(でも内田さん、結局はリビエラには家を買わなかった。もっと山方面の一軒家に決めたそうだ。海は最近ではすごい混雑で、とても静かには暮らせないとか。イタリアは本当に観光客がすごくて、彼女が『考える人」に連載した「イタリアン・エキスプレス」を読むと、ヴェネツィアにはもうとてもとても行けそうもないというくらい、毎日が大混雑。通りを歩くと人の体に触れるほどらしい。観光地ではない普通の田舎にでも行かないと、ゆったりできない国になってしまった。世界遺産がもっとも多い国だから仕方ないのかもしれないけれど、ため息がでてしまう。)

この本のなかの「祝宴は田舎で」を読み、これまでの私たちのイタリア旅行を思い出した。
田舎を訪れて、そこの美味しいレストランを見つけて食事をするのが好きな私たちだが、そういうレストランは週末ともなると、誰かの「お祝いパーティ」をしていることがよくあった。
卒業祝いの若者たち、洗礼式後の食事会、金婚式みたいなカップルのお祝い・・
田舎のレストランといっても、ローマやフィレンツェから車を飛ばして食事に来る客がいるくらいの店なので、味は保証付きだ。
そんなテーブルを見ると、前菜が3皿、パスタ・リゾットなどが3皿、主宰が2皿、そしてデザート、スプマンテや赤白ワイン、食後酒がエンドレスに続く。
総カロリーは4000くらいになるのではないだろうか。男も女も区別なく平らげるその食べっぷりを見ると、こちらはシュンとなってしまうほどだ。

そんな祝宴だが、「母の日」には当たらないようにしてください。
「母の日」は普段のマンマの労をねぎらって、どこの街のレストランも満員で、旅行者はランチ難民となってしまうからだ。
レストランに入って断られ、うらめしそうに中を覗くと、マンマが真ん中で喜色満面、みんなに囲まれているのが見える。

「ジーノの家 イタリア10景」で日本エッセイスクラブ賞を受賞した内田洋子。
今度はそのエッセイを読んでみます。イタリア事情やイタリア人の心の機微がよくわかると思います。

posted by 北杜の星 at 07:15| 山梨 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月25日

石田衣良・唯川恵・佐藤江梨子「TOROI1 トロワ」

いやはや。。なんとつまんない小説を読んじゃったのか。
ここ数年で最悪の本だった。
登場人物、ストーリー、文章、そのどれもが「なんで、こんなのが出版されるの!?」という感じ。
しかも私はこれを点字本で読んだので、感覚的に耐えられなかった。
最後の四分の一を残して、放り投げました。

「トロワ」というタイトルにはいくつかの意味がある。
「3」人の人物、34歳の作詞家の響樹。
響樹と付き合っている45歳の高級エステサロン経営者の季理子。
銀座のクラブでバイトする24歳の歌手志望の若いエリカ。
彼らの微妙な三角関係の「3」。
そしてこれがこの本の企画なのだと思うのだが、それぞれを「3」人の書き手が文章を担っている。

響樹は石田衣良、季理子は唯川恵、エリカは佐藤江梨子。
佐藤江梨子って作家いたっけ?と訝しがっていたら、彼女は女優さんなんですね。
テレビ、それもドラマをまったく見ない私は今の俳優さんたちをまったく知らない。そういえば「サトエリ」という名前はなんとなく記憶にはあるけど。
彼女、小説も書く人だったのか。

と、思ったけど、小説はこれが初めてなんじゃないかな?
エリカという主人公にちなんで、江梨子さんが抜擢されたのだろう。
でもね、なんとくか、役を引き受けたその勇断にまず驚く。
はっきり言って、ものすごくヘタ、まぁ、ヘタは承知のことかもしれないのだが、気になったのは、石田や唯川の文のなかのエリカとはキャラがまるで乖離している。
とってもつまんない若い女性としか感じられない。
こういう女性を、歌手として売り出そうと努力する必然性いが何も伝わってこないし、若いというだけで魅力のない子に嫉妬する季理子にも全然同情できない。
企画倒れもはなはだしいです。もっとも若い女性の稚拙さを表現しようとしたのなら、これでいいのかもしれないけれど。
それと唯川恵の文は悪くなかったが、石田はいつものように「軽く」「さっさっと」「あざとく」書かれていて、どうも鼻白む。
私はこういう作家の『巧みさ」が嫌い。

点字本は嵩ばるんですよね。だから早々に返却しました。
私が「トロワ」と聞いて頭に浮かべるのは、ルノー「3」という車のこと。
これはルノー・キャトル(4)の廉価版として1960年代初めの2年間だけ製造された車で、もともとキャトルが大衆車なのだけど、そのまた廉価版。
でもこれがシンプルでかわいい。
もう55年くらい前のものなのだけど、これを私のもっとも若い友人のS君が持っている。
ちゃんと整備しているので、スピードは出ないけど今も現役で動く。
この「トロワ」なら大歓迎なのだけど。
posted by 北杜の星 at 07:38| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月18日

江口恵子「普段使いの器は5つでじゅうぶん。」

著者はフード・インテリアスタイリスト。
仕事でたくさんの器と接してきた。
けれどある日ふと気がついた。毎日使う器は案外、いつも決まっている。。
お気に入りの小ぶりな皿は、朝はパン皿、昼はケーキ皿、夜は銘々皿として使いまわしている。
それならば思い切って、器を減らしてみたら?

そう、その通りです。
私を悩ませているのもそのこと。
他のいろんなモノは処分できつつあるのに、好きで集めた器は台所の棚にぎっしり。そのほとんどがけっこう高いお金を出して買った骨董なので、ケチな私はなかなか手放せない。
でもこの著者の言うとおりなのである。
普段使う皿はいつも決まっていて、お客様の時だけのご登場となるものが多い。
しかしそのお客様用だって、どうしても奥から出さなければならないというわけでもないのだ。

5つは無理としても、7つくらいにならないものか?と思うのだが、日本の家庭で食器が多くなるのには理由があって、日本では和食はもちろん、洋食や中華を自分の家で作る。
(こんなことは他の国ではありえないんですけどね)。
だから、多種多様の食器が必要となる。
丼だって、親子どんぶりの丼とラーメンどんぶりの丼は別となると、食器はいや増しに増す。
お椀にしても、普段のお味噌汁の椀と、お正月のお雑煮用の椀は違うしね。

なんとか食器を三分の一にしたい、せめて。。
と、この本を救世主のように手に取った。

たしかに、勉強になりました。
こういうふうに考えればいいのだと、その割り切りかたに感服。
でもどうしてもダメというか、イヤなこともあったかな。
それは、MUJIやIKEYAの食器がどんなにシンプルで使いまわしがきいても、あれらは使いたくないなぁということ。
骨董の肌触りに慣れてしまった私たち夫婦にとって、あれらはあまりに質感も情緒も無さ過ぎるような気がする。
お椀だってちゃんとした塗りのものを使いたい。

あの高峰秀子は歳をとっての台所仕事がラクになるようにと、食洗機に入れられない食器を手放したそうだ。
あんなに骨董が好きで自ら「ピッコロ・モンド」という骨董店を持っていたほどの目利きの人だというのに、さすがだなと思う。
その彼女のきっぱりさが、私にはないんですよね。

飯椀、汁椀、丼、大皿、スープ兼用のパスタ皿、中・小取り皿、小鉢、湯呑、グラス(これだって水、ワイン、ビール、シャンパンと種類があるのだけど)、あとはお客様時の大鉢と特大皿。
これくらいで収まるようにできればいい。
皿はみんなが同じお揃いでなくても、普段自分たちが楽しめるように別々のものでも構わない。

よーし、頑張ってみよう!
ある断捨離の本に「モノは7割を減らさないと、目に見えて減った感じはしない」とあったが、7割は最終目的として、まず半分。
問題はその処分する食器を、売るのか、だれかに差し上げるのか、それとも捨てるのか?
うーん、捨てるのは悲しい。。売るのは面倒。もらってくれる友人を探してみましょう。
posted by 北杜の星 at 07:59| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月12日

磯木淳寛「小商いで自由にくらす」

「思いを優先させたものづくりを身の丈サイズでおこない、顔の見えるお客さんに商品を直接手渡し、地域の小さな経済圏を活発にしていく」。

著者の提案する「小商い」とは、上記のようなもの。
その例として挙げているのが「房総いずみ地域」。
いずみ地域というのは行政区を指すものではなく、千葉の房総半島南東部にあり、茂原、大多喜、いずみ市などとその周辺のことだそうだ。
この地域には都会からの移住者が多い。
様々な経験を経た人たちがこの地で、自分らしく自由に暮らすための「小商い」は、仕事ではあるが、商売というよりも自己表現という印象がある。

自分で作った作品を自分で売る。それは自宅であったり、自宅のそばに小屋を建てて、そこで売ったり。
商品はお菓子、Tシャツ、工芸品、手芸品・・・
女性一人で、夫婦で、友人たちと・・・
これで100%の生活を賄えるかというとちょっと心配ではあるが、少なくとも独立した暮らしが営めることは確かだろう。

この本を読んで、「これって、こことまったく同じじゃん!」と思った。
私が住むのは八ヶ岳南麓。
ここも房総のいずみ地域と同様、山梨県でもあるし長野県でもある、いわゆる「八ヶ岳」と称される地域。
ここに東京や神奈川、あるいは中京方面からの山荘族や移住者がたくさん住んでいる。
軽井沢や蓼科とはまた違う雰囲気のある高原だ。

ここには小さなギャラリーやパンやお菓子を売る店が、それこそゴマンとある。
草餅とシフォンケーキだけの農家土間の店、木工作品やステンドグラスを作って販売するギャラリー、染織の店などなど、石を投げればどれかに当たるというほどのたくさんの店がある。
先日、私たち夫婦は初めてのそうした店でブランチを食べた。
そこは自宅菜園で野菜を育て、その野菜を使って煮込みスープを供しているのだ。テイクアウトがメインだが、小屋掛けのような場所で食べることもできる。
ミネストローネとサンドイッチ、じゃがいものニョッキ、タイ風グリーンカレー、豆カレーなど、どれも安くて美味しかった。
土・日だけのオープンだという。
こんなところが本当にたくさんあるのが、ここ八ヶ岳。
新しい店の情報はすぐにみんなに知れ渡り「もう行った?なかなかだったよ」と口コミで拡がるし、人気商品はスーパーで売られるようにもなったりする。
ハードな社会の縛りから自由を求めてやって来たところなのだから、こちらの会社や組織に今さら組み込まれたくはない。だからといって時間はたっぷりあるし、身体も元気。
それなら何かをしよう、という気になるのは当然で、何かをしているともっと何か、誰かと繋がることができる。


でもこういした店を開くのも利用するのも、山荘族や移住者がほとんど。
地元のひとは行かないし、買わない。
だからそういう「小商い」が地域経済の活性化になっているとは考えがたい。
これから地元のひとたちをもっと取り込んで、一緒に「小商い」が発展していけばよりいいと思う。
それがこのあたりのこれからの課題のような気がする。

posted by 北杜の星 at 07:49| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月10日

大内裕和「奨学金が日本を滅ぼす」

このタイトルを見たとき「借りた奨学金を返せない人間はけしからん」という趣旨のものかと思い、読むのをよそうかと思った。
でもそういうものではなく安心。

「自己責任」という言葉は悪流行りしている。
もちろん「それって自己責任でしょ」ということは多いが、それって為政者の責任逃れでしょと言いたくなることの方が多いのも事実で、この奨学金を返せないというのもまさにそうした問題だと思う。
若者の貧困の構図が奨学金にあらわれているからだ。

そもそも親の世代の所得が減っているのだから学費に以前のようなお金がかけられなくなっている。
しかしこの国はまだまだ学歴社会。大学を卒業しないと良い会社には入れない。とい。良い会社には入れないとずっと貧乏が続くことになる。そういう貧困のスパイラル。
だから奨学金を借りての大学進学となる。

けれどこの奨学金というのはほとんどが有利子貸与。つまりは教育ローンと同じなのだ。
4年生い大学卒業までの学費を奨学金で賄おうとすると、約500万円を借りることになる。大学院までとなると700万円。
世の中が右肩上がりの時代なら何の問題もないが、昨今の日本社会の雇用では、昇給はない、ボーナスもないというブラックなものもある。
人生のスタート時にそれだけの負債があるなんて、ハードな人生だ。
ましてや知り合った男女が結婚しようとしたとして、二人合計で1千万の借金!
これでどうやって結婚し、子どもを持つことができるのか?

初めから借りた奨学金を踏み倒そうとするのではない。返そうと思っても返せないのだ。
ブラック会社を辞めたいと思っても、奨学金返済を考えたら辞めるに辞められないということも。
それを「自己責任」と言い放つのは、あまりに酷ではないだろうか。

大学側や自治体や企業などの、無償の(お礼奉公などがない)返却無用の奨学金が増えればいいのだけれど、それも今の世では期待できない。
お礼奉公不要と書いたが、納得できるお礼奉公ならいいとも考える。
例えば自治医大がそうだ。
自治医大は日本の地方自治体がお金を出して医師を養成する医科大学だが、卒業し医師免許取得後に数年間(7年くらいだったかな?)のお礼奉公をしなくてはならない。
離島などの僻地での医療に携わることが多いらしいが、それはそれで良い経験になることだろう。
奨学金制度においても、返却不要のものには、そうした制度があってもいいかも。(昔の師範学校もそうしたシステムだった)、
といっても、返却できなければ自衛隊に入れるといのは、止めてもらいたいけれど。

この本には抜本的な解決法が提示されているわけではない。
しようたって個人では解決できない。これは社会や政治や経済の問題で、その問題はあまりにも大き過ぎる。
私の世代はふらふらとした大学生いが多かったけれど、貧富の差がどんどん激しくなって、大変な学生は本当に大変なのだ。
大学在学中から若い人が心身ともに疲弊している社会って、なんかおかしいし、こんな国の未来は暗澹たるものに思えてくる。
posted by 北杜の星 at 07:14| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月22日

内田洋子「イタリアのしっぽ」

イタリア、ミラノに住んだ日本人女性といえば須賀敦子。
彼女の大ファンの私は、今でも彼女の死を悲しんでいる。まだあと10年は書いて欲しかったと口惜しさは薄れることがない。
そんな須賀敦子に操を立てたわけではないが、これまで内田洋子の著作を読まずにいた。
内田洋子は30年イタリアのミラノに住むジャーナリストで、彼女のエッセイは日本エッセイストクラブ賞を受賞したことがあるほどで、これまでもちろんその名は知っていたが、なんとなく読みそびれていたのだ。
それがつい数日前のこと、夫が読んでいる途中のアイルランド作家の小説があまりに陰惨で、「なんか、明るいモノを読みたい」と言う。
彼にとって明るい読物といえば、やっぱりイタリアでしょ、と内田洋子はどぉ?と勧めてみた。
近所のライブラリーには3冊彼女の本があって、それら全部を借り受けて来た。
この「イタリアのしっぽ」はそのうちの一冊。私が先に読んじゃいました。
「しっぽ」とタイトルにあるようにこの本には、イタリア人と動物との関わり、そしてその動物と一緒のイタリア人と著者との関わりが書かれている。
なかにはしっぽのないタコも出てくる。

ちょっと田舎に行くと、と言っても都会からほんの数十分も離れたところでも、じつに様々な動物をイタリア人は飼っている。
犬や猫は当然のこと。(私たちの友人の多くは、犬には名前をつけているが、猫には名前がない場合が多い。あれはどういう理由からなのか?)
ある友人宅には馬が2頭いて、馬丁が世話をしていたし、別にチーズをつくるわけでもないのに山羊を飼っている友人もいた。
ペットというには大型の生きものでも彼らは普通に飼っているようだ。
そんな生活だから長い間のイタリア生活において、たくさんの生きものを介した物語に出会ったのだろう。

ミラノの名門の家の出の女性は獣医になったことで家から断絶され、たまたま飼い始めた著者の犬の主治医となってくれたのだが、どこか人とはうまく付き合えない彼女はやがて離婚してしまった。
別の友人女性に留守の間の犬の世話を頼んだのだが、インテリア評論家として有名な彼女の先端ファッションには似合わぬ素朴な食卓に招待され、やってきた娘たちや孫はしかし、食事が終わるとそそくさと帰って行った。その理由が強烈な猫アレルギーだった。娘たちと孫のくしゃみを寂しそうに聞くその女性。。
(おもしろいのは、孫も猫も同じように床にはいつくばって皿の料理を食べること。欧米では、はいはいをする赤ん坊って、考えてみれば不潔ですよね。外を歩いた靴そのままの床をはいはいするのだもの。)

他にもたくさんの動物とイタリ人との関わりがあるのだが、私が面白いと思ったのは、イタリア事情である。
それはミラノの天候だったり、過疎になった集落だったりするのだが、「えー、そうなの」と初めて知ったことがけっこうあった。
私はイタリアに長期滞在したことはないが、それでも1カ月とか一カ月半とかを過ごしてきた。けれどミラノには行ったことがないんですよね。
ロンバルディア州には行ったのだが州都であるミラノは一度も足を踏み入れたことがないのだ。トリノとミラノはなぜか縁がない。
だからミラノの天候は、須賀敦子の「ミラノ霧の風景」にあるように、冬の霧くらいしか想像できなかったのだが、いやはや、大変な天候の土地みたい。
9月になると秋雨が長く、10月に少し止むとすぐに冷たい風。そして冬になると霧が空を暗くし、みぞれや雪に変わる。朝などは零下となるそうだ。
この寒さが半年続いた後、瞬時の春には視界が曇るほどの花粉が舞う。
「花粉は集まり玉となって路上を転がり、浮いて飛び、屋内にまで入り込んでくる。連れ出された犬たちの鼻は、花粉まみれで真っ白だ。」というから凄まじい。
アレルギーでない人でも、くしゃみや咳が続くと言う。
夏になるとすごい湿気。背後にアルプスを背負っているので風が通り抜けないので、その湿気と熱気はどこへも行き場がないのだとか。

それには慣れたとは思うが、著者はミラノを離れ、海の傍に引っ越そうと家を探したが、海の傍は観光客が騒がしいと言われ、山の中の一軒家を買い移り住んだ。
最初は携帯電話の電波も届かなかったが、近くの過疎の集落を外国資本が買ったため、便利になったそう。
住む人がいなくなった丘の上の村全部を、そうした外国資本の会社が買って、家屋や道や設備を修復し、イギリス人やドイツ人に売りだすためだ。
そういう需要はあって、どちらにとっても悪い話ではない。
日本でも過疎や空き家が問題になるが、日本の場合はイタリアほど凝縮した集落ではなく、田舎では家が点在しているので難しいかもしれない。
丘全部を買い取ってきれいに修復すれば、それはそれで景観が保たれる。
しかも新しくピカピカの新建材の建物を建てるのではなく、昔のような石やテラコッタをそのまま使っての修復なのがいい。
イタリアのそうした村はどんなに小さくても、大きな町とほぼ同じ機能を持っていて、広場があって、協会があり、役場のような人があるまれると建物があり、もしかしたらbarもあるかもしれない。
外国人が住むだけでなく、近隣の大都市の住人の別荘地としても利用できる。私たちが車で走っていても、ローマ近郊にもそういう小さな丘の上の集落をたくさん見かけるようになった。
そういうところにはアーティストとかも多くて、文化的にも新しさと旧さがうまく共存する新しい暮らしが生れているようだ。

これから内田洋子さんの本を少しずつ読んでみよう!
posted by 北杜の星 at 07:14| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする