2017年07月18日

江口恵子「普段使いの器は5つでじゅうぶん。」

著者はフード・インテリアスタイリスト。
仕事でたくさんの器と接してきた。
けれどある日ふと気がついた。毎日使う器は案外、いつも決まっている。。
お気に入りの小ぶりな皿は、朝はパン皿、昼はケーキ皿、夜は銘々皿として使いまわしている。
それならば思い切って、器を減らしてみたら?

そう、その通りです。
私を悩ませているのもそのこと。
他のいろんなモノは処分できつつあるのに、好きで集めた器は台所の棚にぎっしり。そのほとんどがけっこう高いお金を出して買った骨董なので、ケチな私はなかなか手放せない。
でもこの著者の言うとおりなのである。
普段使う皿はいつも決まっていて、お客様の時だけのご登場となるものが多い。
しかしそのお客様用だって、どうしても奥から出さなければならないというわけでもないのだ。

5つは無理としても、7つくらいにならないものか?と思うのだが、日本の家庭で食器が多くなるのには理由があって、日本では和食はもちろん、洋食や中華を自分の家で作る。
(こんなことは他の国ではありえないんですけどね)。
だから、多種多様の食器が必要となる。
丼だって、親子どんぶりの丼とラーメンどんぶりの丼は別となると、食器はいや増しに増す。
お椀にしても、普段のお味噌汁の椀と、お正月のお雑煮用の椀は違うしね。

なんとか食器を三分の一にしたい、せめて。。
と、この本を救世主のように手に取った。

たしかに、勉強になりました。
こういうふうに考えればいいのだと、その割り切りかたに感服。
でもどうしてもダメというか、イヤなこともあったかな。
それは、MUJIやIKEYAの食器がどんなにシンプルで使いまわしがきいても、あれらは使いたくないなぁということ。
骨董の肌触りに慣れてしまった私たち夫婦にとって、あれらはあまりに質感も情緒も無さ過ぎるような気がする。
お椀だってちゃんとした塗りのものを使いたい。

あの高峰秀子は歳をとっての台所仕事がラクになるようにと、食洗機に入れられない食器を手放したそうだ。
あんなに骨董が好きで自ら「ピッコロ・モンド」という骨董店を持っていたほどの目利きの人だというのに、さすがだなと思う。
その彼女のきっぱりさが、私にはないんですよね。

飯椀、汁椀、丼、大皿、スープ兼用のパスタ皿、中・小取り皿、小鉢、湯呑、グラス(これだって水、ワイン、ビール、シャンパンと種類があるのだけど)、あとはお客様時の大鉢と特大皿。
これくらいで収まるようにできればいい。
皿はみんなが同じお揃いでなくても、普段自分たちが楽しめるように別々のものでも構わない。

よーし、頑張ってみよう!
ある断捨離の本に「モノは7割を減らさないと、目に見えて減った感じはしない」とあったが、7割は最終目的として、まず半分。
問題はその処分する食器を、売るのか、だれかに差し上げるのか、それとも捨てるのか?
うーん、捨てるのは悲しい。。売るのは面倒。もらってくれる友人を探してみましょう。
posted by 北杜の星 at 07:59| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月12日

磯木淳寛「小商いで自由にくらす」

「思いを優先させたものづくりを身の丈サイズでおこない、顔の見えるお客さんに商品を直接手渡し、地域の小さな経済圏を活発にしていく」。

著者の提案する「小商い」とは、上記のようなもの。
その例として挙げているのが「房総いずみ地域」。
いずみ地域というのは行政区を指すものではなく、千葉の房総半島南東部にあり、茂原、大多喜、いずみ市などとその周辺のことだそうだ。
この地域には都会からの移住者が多い。
様々な経験を経た人たちがこの地で、自分らしく自由に暮らすための「小商い」は、仕事ではあるが、商売というよりも自己表現という印象がある。

自分で作った作品を自分で売る。それは自宅であったり、自宅のそばに小屋を建てて、そこで売ったり。
商品はお菓子、Tシャツ、工芸品、手芸品・・・
女性一人で、夫婦で、友人たちと・・・
これで100%の生活を賄えるかというとちょっと心配ではあるが、少なくとも独立した暮らしが営めることは確かだろう。

この本を読んで、「これって、こことまったく同じじゃん!」と思った。
私が住むのは八ヶ岳南麓。
ここも房総のいずみ地域と同様、山梨県でもあるし長野県でもある、いわゆる「八ヶ岳」と称される地域。
ここに東京や神奈川、あるいは中京方面からの山荘族や移住者がたくさん住んでいる。
軽井沢や蓼科とはまた違う雰囲気のある高原だ。

ここには小さなギャラリーやパンやお菓子を売る店が、それこそゴマンとある。
草餅とシフォンケーキだけの農家土間の店、木工作品やステンドグラスを作って販売するギャラリー、染織の店などなど、石を投げればどれかに当たるというほどのたくさんの店がある。
先日、私たち夫婦は初めてのそうした店でブランチを食べた。
そこは自宅菜園で野菜を育て、その野菜を使って煮込みスープを供しているのだ。テイクアウトがメインだが、小屋掛けのような場所で食べることもできる。
ミネストローネとサンドイッチ、じゃがいものニョッキ、タイ風グリーンカレー、豆カレーなど、どれも安くて美味しかった。
土・日だけのオープンだという。
こんなところが本当にたくさんあるのが、ここ八ヶ岳。
新しい店の情報はすぐにみんなに知れ渡り「もう行った?なかなかだったよ」と口コミで拡がるし、人気商品はスーパーで売られるようにもなったりする。
ハードな社会の縛りから自由を求めてやって来たところなのだから、こちらの会社や組織に今さら組み込まれたくはない。だからといって時間はたっぷりあるし、身体も元気。
それなら何かをしよう、という気になるのは当然で、何かをしているともっと何か、誰かと繋がることができる。


でもこういした店を開くのも利用するのも、山荘族や移住者がほとんど。
地元のひとは行かないし、買わない。
だからそういう「小商い」が地域経済の活性化になっているとは考えがたい。
これから地元のひとたちをもっと取り込んで、一緒に「小商い」が発展していけばよりいいと思う。
それがこのあたりのこれからの課題のような気がする。

posted by 北杜の星 at 07:49| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月10日

大内裕和「奨学金が日本を滅ぼす」

このタイトルを見たとき「借りた奨学金を返せない人間はけしからん」という趣旨のものかと思い、読むのをよそうかと思った。
でもそういうものではなく安心。

「自己責任」という言葉は悪流行りしている。
もちろん「それって自己責任でしょ」ということは多いが、それって為政者の責任逃れでしょと言いたくなることの方が多いのも事実で、この奨学金を返せないというのもまさにそうした問題だと思う。
若者の貧困の構図が奨学金にあらわれているからだ。

そもそも親の世代の所得が減っているのだから学費に以前のようなお金がかけられなくなっている。
しかしこの国はまだまだ学歴社会。大学を卒業しないと良い会社には入れない。とい。良い会社には入れないとずっと貧乏が続くことになる。そういう貧困のスパイラル。
だから奨学金を借りての大学進学となる。

けれどこの奨学金というのはほとんどが有利子貸与。つまりは教育ローンと同じなのだ。
4年生い大学卒業までの学費を奨学金で賄おうとすると、約500万円を借りることになる。大学院までとなると700万円。
世の中が右肩上がりの時代なら何の問題もないが、昨今の日本社会の雇用では、昇給はない、ボーナスもないというブラックなものもある。
人生のスタート時にそれだけの負債があるなんて、ハードな人生だ。
ましてや知り合った男女が結婚しようとしたとして、二人合計で1千万の借金!
これでどうやって結婚し、子どもを持つことができるのか?

初めから借りた奨学金を踏み倒そうとするのではない。返そうと思っても返せないのだ。
ブラック会社を辞めたいと思っても、奨学金返済を考えたら辞めるに辞められないということも。
それを「自己責任」と言い放つのは、あまりに酷ではないだろうか。

大学側や自治体や企業などの、無償の(お礼奉公などがない)返却無用の奨学金が増えればいいのだけれど、それも今の世では期待できない。
お礼奉公不要と書いたが、納得できるお礼奉公ならいいとも考える。
例えば自治医大がそうだ。
自治医大は日本の地方自治体がお金を出して医師を養成する医科大学だが、卒業し医師免許取得後に数年間(7年くらいだったかな?)のお礼奉公をしなくてはならない。
離島などの僻地での医療に携わることが多いらしいが、それはそれで良い経験になることだろう。
奨学金制度においても、返却不要のものには、そうした制度があってもいいかも。(昔の師範学校もそうしたシステムだった)、
といっても、返却できなければ自衛隊に入れるといのは、止めてもらいたいけれど。

この本には抜本的な解決法が提示されているわけではない。
しようたって個人では解決できない。これは社会や政治や経済の問題で、その問題はあまりにも大き過ぎる。
私の世代はふらふらとした大学生いが多かったけれど、貧富の差がどんどん激しくなって、大変な学生は本当に大変なのだ。
大学在学中から若い人が心身ともに疲弊している社会って、なんかおかしいし、こんな国の未来は暗澹たるものに思えてくる。
posted by 北杜の星 at 07:14| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月22日

内田洋子「イタリアのしっぽ」

イタリア、ミラノに住んだ日本人女性といえば須賀敦子。
彼女の大ファンの私は、今でも彼女の死を悲しんでいる。まだあと10年は書いて欲しかったと口惜しさは薄れることがない。
そんな須賀敦子に操を立てたわけではないが、これまで内田洋子の著作を読まずにいた。
内田洋子は30年イタリアのミラノに住むジャーナリストで、彼女のエッセイは日本エッセイストクラブ賞を受賞したことがあるほどで、これまでもちろんその名は知っていたが、なんとなく読みそびれていたのだ。
それがつい数日前のこと、夫が読んでいる途中のアイルランド作家の小説があまりに陰惨で、「なんか、明るいモノを読みたい」と言う。
彼にとって明るい読物といえば、やっぱりイタリアでしょ、と内田洋子はどぉ?と勧めてみた。
近所のライブラリーには3冊彼女の本があって、それら全部を借り受けて来た。
この「イタリアのしっぽ」はそのうちの一冊。私が先に読んじゃいました。
「しっぽ」とタイトルにあるようにこの本には、イタリア人と動物との関わり、そしてその動物と一緒のイタリア人と著者との関わりが書かれている。
なかにはしっぽのないタコも出てくる。

ちょっと田舎に行くと、と言っても都会からほんの数十分も離れたところでも、じつに様々な動物をイタリア人は飼っている。
犬や猫は当然のこと。(私たちの友人の多くは、犬には名前をつけているが、猫には名前がない場合が多い。あれはどういう理由からなのか?)
ある友人宅には馬が2頭いて、馬丁が世話をしていたし、別にチーズをつくるわけでもないのに山羊を飼っている友人もいた。
ペットというには大型の生きものでも彼らは普通に飼っているようだ。
そんな生活だから長い間のイタリア生活において、たくさんの生きものを介した物語に出会ったのだろう。

ミラノの名門の家の出の女性は獣医になったことで家から断絶され、たまたま飼い始めた著者の犬の主治医となってくれたのだが、どこか人とはうまく付き合えない彼女はやがて離婚してしまった。
別の友人女性に留守の間の犬の世話を頼んだのだが、インテリア評論家として有名な彼女の先端ファッションには似合わぬ素朴な食卓に招待され、やってきた娘たちや孫はしかし、食事が終わるとそそくさと帰って行った。その理由が強烈な猫アレルギーだった。娘たちと孫のくしゃみを寂しそうに聞くその女性。。
(おもしろいのは、孫も猫も同じように床にはいつくばって皿の料理を食べること。欧米では、はいはいをする赤ん坊って、考えてみれば不潔ですよね。外を歩いた靴そのままの床をはいはいするのだもの。)

他にもたくさんの動物とイタリ人との関わりがあるのだが、私が面白いと思ったのは、イタリア事情である。
それはミラノの天候だったり、過疎になった集落だったりするのだが、「えー、そうなの」と初めて知ったことがけっこうあった。
私はイタリアに長期滞在したことはないが、それでも1カ月とか一カ月半とかを過ごしてきた。けれどミラノには行ったことがないんですよね。
ロンバルディア州には行ったのだが州都であるミラノは一度も足を踏み入れたことがないのだ。トリノとミラノはなぜか縁がない。
だからミラノの天候は、須賀敦子の「ミラノ霧の風景」にあるように、冬の霧くらいしか想像できなかったのだが、いやはや、大変な天候の土地みたい。
9月になると秋雨が長く、10月に少し止むとすぐに冷たい風。そして冬になると霧が空を暗くし、みぞれや雪に変わる。朝などは零下となるそうだ。
この寒さが半年続いた後、瞬時の春には視界が曇るほどの花粉が舞う。
「花粉は集まり玉となって路上を転がり、浮いて飛び、屋内にまで入り込んでくる。連れ出された犬たちの鼻は、花粉まみれで真っ白だ。」というから凄まじい。
アレルギーでない人でも、くしゃみや咳が続くと言う。
夏になるとすごい湿気。背後にアルプスを背負っているので風が通り抜けないので、その湿気と熱気はどこへも行き場がないのだとか。

それには慣れたとは思うが、著者はミラノを離れ、海の傍に引っ越そうと家を探したが、海の傍は観光客が騒がしいと言われ、山の中の一軒家を買い移り住んだ。
最初は携帯電話の電波も届かなかったが、近くの過疎の集落を外国資本が買ったため、便利になったそう。
住む人がいなくなった丘の上の村全部を、そうした外国資本の会社が買って、家屋や道や設備を修復し、イギリス人やドイツ人に売りだすためだ。
そういう需要はあって、どちらにとっても悪い話ではない。
日本でも過疎や空き家が問題になるが、日本の場合はイタリアほど凝縮した集落ではなく、田舎では家が点在しているので難しいかもしれない。
丘全部を買い取ってきれいに修復すれば、それはそれで景観が保たれる。
しかも新しくピカピカの新建材の建物を建てるのではなく、昔のような石やテラコッタをそのまま使っての修復なのがいい。
イタリアのそうした村はどんなに小さくても、大きな町とほぼ同じ機能を持っていて、広場があって、協会があり、役場のような人があるまれると建物があり、もしかしたらbarもあるかもしれない。
外国人が住むだけでなく、近隣の大都市の住人の別荘地としても利用できる。私たちが車で走っていても、ローマ近郊にもそういう小さな丘の上の集落をたくさん見かけるようになった。
そういうところにはアーティストとかも多くて、文化的にも新しさと旧さがうまく共存する新しい暮らしが生れているようだ。

これから内田洋子さんの本を少しずつ読んでみよう!
posted by 北杜の星 at 07:14| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月05日

NHKスペシャル班「血糖値スパイクから身を守れ!」

最近私の友人が糖尿病予備軍と医師から言われ、糖質ダイエットを始めた。
パン・米飯・麺類を減らす食事を心がけるようになって2カ月近く、目に見えてほっそりしてきた。
パンは糖尿病専門医江部先生ご推奨の製品を「値段が高いのよぉ」と言いながら購入し食べている。
(でも彼女、スウィーツは食べてるんですけどね)。

また友人のご主人は長年の糖尿病を放置していたためか、脚を切断、失明寸前となってしまった。
目が見えなくなったら私のように点字をならうといいよと言ったら、感覚も悪くなっているので指で点字を読むことは難しいらしい。
(余談だが切断した脚は病院で処置してくれるのではなくて、書類を携えて、火葬炉に持って行ったのだそうだ)。

健康診断で血糖値を測るが、それは空腹時の数値。
しかしその数値が基準内であっても安心はできない。むしろ重要なのは「血糖値スパイラル」の方なのだそうだ。
「血糖値スパイラル」とは食べた後の血糖値のことで、食後1時間半から4時間くらいの間はぐんと血糖値が上がり、それ以降は急降下する。
その繰り返しを重ねていると、心臓病や脳血管系疾患や認知症の原因となるという。
そしてこの血糖値スパイクは若い人にも多くみられ、これが近い将来、糖尿病患者となるのだそうだ。

少し前まで、日本の糖尿病患者の治療としては、とにかく摂取カロリーの制限をすることが大切だと言われてきた。
でも糖尿病は糖の代謝が悪くなるのだから、それはおかしな話しだと私はずっと疑問に思ってきた。だから京都の江部先生の持論の糖質除去論を10年くらい前に知った時は、糖尿病ではない私が「そうよ、その通りですよね」と大賛同だった。
このところ、カロリーではなく糖質除去食事が推奨されるようになってきたのは、当然のことだろう。
でも病気になってからでは遅い。その前に予防することが大切。

この本はNHKスペシャルで特集された番組を書籍化したもので、番組への反響が大きく、発刊の運びとなったようだ。
それほど糖尿病は日本人にとって国民病となっている。
糖尿病が怖いのは、あるゆる体の部分に合併症が起きるからだ。
糖尿病は遺伝が関係していることが多いので、家族に病歴のあるひとはより注意が必要だろう。
若年や子どもの糖尿病も増えている。
痛くも痒くもない病気だから、いろんな合併症が出るまで真剣に対応しない人も多い。

なるべく糖質を控える。砂糖を摂る時は精製されていない白くないものをせめて選ぶ。
(日本の食事って、砂糖やみりんなど甘味調味料をよく使うので、それも考慮に入れたほうがいいと思う)。
炭水化物も精製されていない黒いパンや玄米。
食事のさいは、食べる順序を考えて、まず、繊維の多い野菜を、それから肉や魚を、そしてご飯やパンという順序で食べると、血糖値の急激な上昇が避けられる。
食事の間隔を空けないこと、規則正しく食べること。
睡眠不足だと血糖値は上がるそうだし、ストレスも関係する。

「親が死んでも食休み」なんて言葉があるが、それもダメ。
食後はチョコチョコ動くべし、そのほうが血糖値が上がらない。食後なので激しく動くのはNGですが。
そうそう、ゆkっくり食べることも血糖値を急に上げない秘訣だ。
(私、食べるの速いんですよね。お客さまの時には、一皿出して自分も食べて、すぐに次の料理を準備するために、どうしても食べるのが速くなるんです。最後のデザートとお茶のときにようやくほっと一息、ゆっくりできる)。

この本には血糖値スパイクの危険度チェック事項があって、それに印をつけて合計すると、私たち夫婦は危険度「低」と出た。
でもちゃんと医療機関で調べたわけではないので、正確かどうかは不明。
もしきちんと調べたいなら、「糖負荷試験(OGTT)という検査を受けてみてはいかが?
posted by 北杜の星 at 08:03| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月29日

浅田次郎「帰郷」

戦争で大切な日常を奪われた人生を描く6編の短編集。

戦争を扱った小説や映画に接するときには、気をつけなければならない。
戦争の苦労をお涙頂戴でこれでもかと描くものには、とくに注意が必要だ。
それらはともすると戦争の悲惨さを前面に出しながら、じつは戦争を美化するものもあるからだ。(あのH氏の小説なんて、そうですよね)。
さいわい、私にはそういうものに対するちょっとした嗅覚があって、というか元々が疑い深いし批判精神も旺盛なので、「胡散臭いなぁ」と感じてしまうところがある。
まぁ、本能的なものかもしれない。

しかし浅田次郎の反戦小説はホンモノのような気がする。
根っこのところで信頼できる反戦小説を書く作家だ。
「でも、ハッチさんのこのブログで、浅田さんを取り上げたことって、ないじゃない?」と言われると、そう、その通りです。
嫌いなわけではない。まったく読んでこなかったわけでもない。
なんというか、私の好みからすると、ほんの少しエモーショナルなところが強すぎるんですね。
それに浅田次郎は大流行作家さん。私なんかが読まなくてもたくさんのファンを持っているから、そうした人が彼の小説について書けばいい。。そう思ってあえて書かずにいたところがある。

でも久しぶりに読んだ浅田次郎。
表題の「帰郷」は、終戦後の街娼と帰還兵の出会いのお話しだ。
どんな事情か新宿の闇市のそばで客を引く女。うずくまって煙草に火を点けているところに一人の男が声をかける。
客としてではなく、男は女に自分の話を聞いてくれと言う。
彼は信州のある場所の大地主の跡取り息子の庄一。
父親が手をまわして兵役を免れていたが、結局は戦線に送られ、玉砕の戦地から生きて日本に戻れた。
残してきた美しい妻と娘、出兵したとき妻のお腹にいたまだ見ぬ子どもに会うのだけを願って、故郷に帰ろうとするが、到着した駅で偶然会った義兄からとんでもないことを知らさせる。
故郷では庄一は死んだことになっていたのだ。
誰を恨むわけにも憎むわけにもいかない寄る辺なさ。
居場所を失った女と男の行く末は。。

といういのがあらすじ。
ええっとですね。悪くはないんです。悪くはないんだけど、どこかで読んだことがあるようなストーリー。
ゆっくり進んできた話が最後の2ページでトトトッとすごい速さでエンディングなってしまうので、余韻が残らなさ過ぎる。
他の短編も悪くはないんだけど、やはり知っているお話しのよう。。

でも戦争を描くのは大切なことだと思う。
戦後70年以上経過して、戦争体験のある人たちがめっきり少なくなり、戦争が風化しつつある現在、戦争について考えることは必要だ。
戦争はなぜ起きるのか?戦争はなぜいけないのか?
そしてこの「帰郷」に描かれる人たちの戦争によって失われるものの大きさを。
そういう意味でこの本、読んでよかったです。
posted by 北杜の星 at 07:22| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月17日

牛久保秀樹・村上剛志「日本の労働を世界に問う」

日本人は昔から働くことを美徳と考えてきた。
たしかに一生懸命働くことで経済が発展し、この国の人々の暮らしは楽になった。
でももう、そんなに働かなくてもいいじゃないか?
ましてや過労死するまで働くなんておかしい。
疲れたら休まなくっちゃ。

・8時間労働制
・労働の「結社」の自由
・週休制
・児童労働の禁止
・同一労働同一賃金
・・

上記してあるのは第一次世界大戦後につくられたILOの条文である。もう100年近く前のものだ。
ILOとは「国際労働機関」のことで、世界の労働者の生活水準の向上、労働条件の基本的人権の向上などをはかる国際組織である。
世界中を見わたせば、上記の項目がすべて実施されているのではにのは明らか。
この本のサブタイトルは「(日本が)ILO条約を活用する道」というもの。ということは100年たってもまだまだ日本でILO条約が守られていないということだ。

今年になって政府は経団連との協議で、残業時間の上限を決定した。
なんとそれが、一カ月100時間!
上限が決められただけ「進歩」と評価する向きもあるが、トンデモナイ。
これは政府が「過労死せよ」と言っているようなものだ。

労働時間だけではない。非正規雇用、賃金の不平、解雇の横行など不当労働行為がたくさん起きている。
労働組合は以前ほどさかんでないので、誰も守ってくれない。
自由に生きるために働くのが本来の目的のはずなのに、労働に自由はないし、長時間労働の果てにあるのが過労死、ウツの発症だとすれば、なんて悲しい人生なのだろう。

でもこれは経営側だけの問題だろうかと、私は日本人を見て疑問に思うことが多い。
有給休暇が権利として認められていたり、育児休暇があるのに、それを利用しない人がたくさんいるからだ。
それは「権利」ではない。これまで誰かがそれを得るために働きかけ闘って得た貴重なものなのだ。そう考えれば「権利」ではなく「義務」なのではないか?
ヨーロッパでは「休まなければならない」という義務なのである。

私は言いたい。
日本の労働者、とくに上に立つ役職者になればなるほど、休暇をとるべきだと。
そうでないと下の人は上司に遠慮して休めない。
残業をしたり、休日返上で働く勇気より、帰宅する勇気、休む勇気をみんなで持てばいい。

自営業の人でも、ヨーロッパでは長時間店を開けたり夏休みもとらずに働いていると、客や近所の人たちの顰蹙をかう。
抜け駆けのように働くことはけっして美徳ではなく、恥ずかしいことなのだ。
そういう意識を日本人が持てるようになれば過労死はなくなるのだろうけど。。

そういう意味で私の夫はちょとリッパだった。
若い頃10年近くイタリアで仕事をしていたので、働き方がイタリア風になっていて、残量はしない、きっちり休むを徹底させていた。
打ち合わせを午後1時からと設定されると「それではランチの時間がなくなると、1時半とか2時からにしてもらっていた。
NOと言える人。奴隷にならない人。追従しない人。それだけは褒めてあげたい。
そのため収入は自営であってもそれほどではなかったが、人生を大いに楽しめたし、なによりありがたいのは体に負担をかけていないので、70歳を過ぎてもとても元気。
高血圧、糖尿病、痛風、高脂血症などの成人病とも無縁。
人間の体と心は自分で守らなければ誰も守ってくれない。
社会を変えるには自分の意識を変えることも必要なのではないだろうか。
横暴な雇い主には全員で団結して「NO」と言えるようになればいいと思うのだけど。

私が毎月お世話になっている美容師さんは、あまりの忙しさにお昼ご飯を食べられないことが多いらしい。
食べても4時とか5時になるという。
お願いするときにいつも「もう、お昼食べた?」と訊ねるのだが、「食べました!」と言う時も、立って食べてるみたい。
昼休み1時間をちゃんと取れないないなんておかしいと言うのだけど、「こんなものなんですよ」と当たり前のようにあきらめている。
雇い主のなかにはヒドイのがいて、天気が悪く客の入りが悪いと予想される日には、アルバイトの人に「今日は来なくてもいいわよ」と電話をかける。
こんな不当労働行為をされたら、労働局に通達するべきだと思う。
雇う方も雇われる方も「労働とは何であるか」を考えなくてはいけない。

この本にはILOの理念と実践活動が述べられている。
でもまだまだ、児童労働は行われているし、先進国の日本の労働でさえこうなのだから、国際機関の役割の脆弱さを感じてしまう。
だけどモデルがあるのとないのでは、やっぱり違うから、ILO,頑張ってほしいです。
posted by 北杜の星 at 08:05| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月11日

内田輝和「おしりの筋肉がすべてを解決する」

いろんな健康本が出ていて、それぞれ鍛えるべきところを教えてくれる。
それらすべてを実行していたら、一日が終わってしまいそうなくらいだ。
今回は「おしりの筋肉」ときた。
おしりねぇ、、私のおしり、垂れてるなぁ。

自慢じゃないけど、若い頃の私のおしりはちょっとご自慢だった。
あのプレイボーイで鳴らした山城新伍さんと青山のスーパーで出会った時、「あなた、カッコイイおしりだね」と言われたことがある。もう40年以上も前のこと。
「あぁ、このひと、こういうふうにナンパするんだな」と笑ったけど、あの当時が私のおしりの絶頂期だった。
今は筋肉がないためなのか、細身のパンツを穿くのがはばかれる。
太いパンツはどんなにおしりが隠れても嫌いなので、お尻をカバーする長いカーディガンをはおるようにしている。
(太いパンツを穿くとより太って垂れるような気がするし、第一、身につけていて気持ちがシャンとしないので嫌い。太っ人ほどきちんとした服を着るほうが良いと私は思う)。

著者によると、おしりの筋肉がないために起きる疾病はじつに様々だとか。
腰痛、膝痛、首の痛み、骨粗鬆症、脊柱管狭窄症、尿もれ、頻尿、冷え症・・
現代はおしりの筋肉を使わない時代なのだそうだ。昔の日本人は下駄を掃いていたが、あの下駄で歩くというのがお尻の筋肉には良かったらしい。
そもそもこんなにおしりが発達したのは人間だけのようで、どれほど人間にとっておしりが大切かを、この本は説いている。

これを読んで大いに反省したことがあった。
それは「坐りかた」である。
最近の私の坐りかたは、仙骨ちかい後ろに重心を置いて坐ることが多い。
しかし坐るのは「坐骨」で坐らなければいけないそうだ。
坐骨というのだから、その骨は坐るためにあるのだ。坐骨はおしりの真ん中あたりのとがった骨。
確かにそこで坐ると、姿勢がぐんと良くなり背中が伸びる。
悪い姿勢は脊柱管狭窄症や坐骨神経痛の原因となる。
私の周囲でも、脊柱狭窄症で手術を繰り返す人や、坐骨神経痛のために足が痺れるという人が多くなっている。
幸いなことに私たち夫婦にはいまのところ、そういう症状はないのだが、今後おこらないとも限らない。
太らないこと、姿勢をよくすることが肝心。

おしりの筋肉アップはそう難しくはない。
うつ伏せに寝て、バタ足にするだけで、おしりの筋肉は鍛えられるという。
問題はそれを持続させること。
それができないんですよね。。
だけどご褒美が付いているのなら続けられるかも。
それは、筋トレをした後に甘いものを食べると筋肉がつきやすい!というのだ。
これは目からウロコで、読んだ後も「本当?」と疑ってしますが、たんぱく質と共に甘いものを摂るといいらしい。
牛乳とどら焼き(半分ですよ)とか。

括約筋を鍛えるのもいいですよね。おしりの穴をぎゅっとすぼめる。尿モレにもいいし、おしりの筋力アップにもなる。
これは苦労なくできるのでいつもしている。
だけどこれで私のおしりがかっこよくはなっていないのだけど。。
アンチ・エイジングが嫌いな私、年齢相応のおしりで充分です。
posted by 北杜の星 at 07:33| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月01日

五木寛之「医者に頼らず生きるために」

この本、どこからどかまでがタイトルなのかわからないのだけれど、書いてあることを全部書き出してみると「なるたけ医者に頼らないで生きるために 私が実践している100の習慣」というもの。
長いですね。
これを読もうと思ったのは、先日「足」に関する健康本を読んでいるときに、五木寛之を思い出したから。
というのは五木氏は以前より、風呂に入った時などに足に「今日もありがとう」と語りかけ、指や足裏を丁寧に洗ってマッサージすると聞いていたからだ。
足や手は末端。その末端の疲れを取り除き、ケアすることはとても重要なこと。
しかもそれをするときに、感謝の言葉を語りかけるというのが素晴らしい。

これはいわゆる養生の本なのだが、それにとどまらない。つまりは生きるため、老いるための思想哲学本でもあると私は受け止めた。
自分という人間はこの世に一人だけ。他の誰とも違う存在である。
その自分の健康を守るのは自分しかいない。現代の科学的医療だけに依存していて自分の体は守れない。
(現代の医療的健康管理というのは、検査結果の数値、病気になったら標準治療)、
五木氏はそもそも「病気は完治しない。症状が治まるだけ」と言う。
その治める方法を、医者ではなく自分が自分の「身体語」に耳を傾けようと言っている。

この本、20万部も売れたんですってね。いかにみんなが健康志向かということだろうが、一方で、現代医学に疑問を持っているからかもしれない。
100は多いなぁというのが、私の印象だったが、全然大丈夫。心配することはありません。
無理なことはしないでいい。例えば「ウォーキングが体にいい」と始めて続けられなかったら、「今は縁がないんだ」と考えればいいのだ。いつか本当に自分に必要だったらmその時は続けられるはず。気に病むことhない。

それと五木氏が書いていて、私もじつはここ数年同じことを思っていて、「やはり、こういう考えもあるんだ」と思ったのは、呼吸法に関しての記述だ。
ヨガや気功や太極拳など、世の中に呼吸法は多いし、呼吸法が大事とよく言われている。、
私も50歳から10年以上、呼吸法を習っていた。
でも、あれ、本当にすべての人にとって正しいのかというのが、このところの私の気持ち。
ヨガや太極拳など複雑で難しい姿勢をとったり、覚えるのが大変だったりすけれど、本来、呼吸というのは、意識不明であってもするもので、自律神経がつかさどっている。
だからもっと自然で簡単なものではないだろうか。逆立ちしなければできない呼吸なんて変だ。
五木氏が書くように、呼吸法と長生きは比例しないと思うし、ヨガを何十年もしていても、ちっとも精神に作用していない人も知っている。
つまりは、他人が「良い」と言うのではなく、自分の身体語が「良い」ということを、気楽にすればいいのだと思う。
どこかに行って習ったり学ぶものではなく、五木氏がしてきたように自分なりに考え市場錯誤で見つけるものなのではないか。
「自分のための自分だけの養生法」の確立を、彼はしたのだからスゴイ。そこには研究してきた仏教が大きく影響しているのだろう。

生きることは大変なこと。その大変さを納得し受け止めて、自然に老いていければそれで大成功じゃないか。
医者にかからない五木氏が、どこも悪くないことはないのだ。強い片頭痛、長く持病だった腰痛、さまざまな関節痛・・
これまで問題をたくさん抱えていたからこその「養生」なのだ。
ほんの少し昔まで「人生50年」だった。人間の体が数十年の間にそんなにかわるわけがないのに、今の人たちは、自分が老いない、死なないと思っているのではないか。
私は常日頃から、「アンチ・エイジングなどクソ喰らえ」と考えている。歳をとるのがなぜ悪い?歳をとるのが当たり前。
「生老病死」・・命あるものはすべて同じ。
この本はその覚悟をあらためて教えてくれる。

体に無理をさせないこと。
五木氏の言うように「気休め」「骨休め」「箸休め」を肝に銘じて暮らしたい。
私の鍼の先生が「体を大切にしない人の体になった体が、かわいそうだ」とおっしゃるが、本当だ。
体と心は別々にして、一緒に生きるもの。どちらにも「養生」をしてあげたい。
そして五木氏の言うように、「ナーム・アミータ」(サンスクリット語で「命よ光よ、ありがとう」と一日の始めと終わりに唱えるといい。
「ナーム・アミータ」。。なんて美しい言葉!
posted by 北杜の星 at 07:18| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月27日

色川武大「離婚」

9冊目の点字本です。
次の本を何にするかは、私の点字読みのレベルに合うものを探す必要があり苦心するのだが、今回は「是非、これ」とすんなり決まった。
というのは、友人夫婦の奥さんのほうと話していて、何かの話しの続きで「色川武大って、私の理想の男なの」と意気投合したからだ。
彼女の夫は外資系証券会社の為替ディーラーをしていた人で、彼女も元同僚。
現在51歳なのだが、すでに仕事をリタイア。悠々自適とはこのことかというほど、気ままに優雅に暮らしている夫婦なのである。
もう一生働かなくてもいいだけ、これまで働いてきたのだろう。
一緒に高級レストランに行っても、夫はテーブルで眠ってしまい「本当に、私、どうしていいかわからなかったわ」と彼女は今では笑うけど、そんなに大変に仕事をしてきた人だ。
その彼女は「私、博打をしない男は嫌いなの」と。
まぁ、為替ディーラーというのも一種の博打打ちのようなものか。

じつは私も彼女と同じ意見。
博打をする男って、どこか色気を感じてしまう。
だからといって私は小心者なので、博打打ちを夫にする勇気はない。傍から見て「あぁ、いい男だな」と他人事のように思うのが関の山。
そういう意味で、色川武大は私にとっては理想の男像に近いのだ。
もちろん単なるおバカなギャンブル狂いではないのは当然のことです。

「離婚」はもう40年も前の直木賞受賞作品。
私小説と思われるように、主人公は40代後半のフリーライター。
妻と離婚したが、つきあいは続いてい。どころか結婚していたときよりも「元女房」に対する想いが強く、元女房も夫に経済的にも精神的にも依存している。
つまりは「腐れ縁」なのだが、男と女の深淵がそこにはあって、「あなたたち、もう別れるなんてできないのよ」とその関係に悲しさとともにどこか安堵感を持ってしまう。

生活態度はだらしない、経済観念はゼロ。ワガママ自分勝手・・
まぁ、女としては魅力的かもしれないが、女房としては失格。
でもそんな元女房を前に主人公は自分も同類ではないかの自嘲がある。
彼女がそんな女だったのは「私を妾にしてよ」の最初の言葉でもわかっていたはず。彼女も彼女なりに彼を見捨てられない何かを感じていたのかもしれない。

Pity is aking to love,
夏目漱石は「三四郎」のなかで、「かわいそうだたぁ、惚れたってことよ」と訳したが、そういうことなんだろうな。
つまりはこれも「愛」なのだとしか思えない。
だからこそ、悲しみも面白みもあるのだ。軽妙なタッチで書かれているからこそ、それがより伝わってくる、
他に「四人」「妻の嫁入り」「少女jたち」が併載されている。

「少女たち」の冒頭で主人公が牛込納戸町の豆腐屋に豆腐を買いに行く場面がある。
この豆腐屋は私が以前住んでいた市ヶ谷砂土原の家のすぐ近くにあって、私もよく買いに行ったものだ。
小さい店だが、美味しい豆腐を売っていた。
色川武大の実家もその豆腐屋から近い牛込矢来町(新潮社があるあたり)だったので、あの周辺の店を知っていたのだろう。
もうずいぶん前にその豆腐屋はなくなったけれど。

それにしても作家の家族にはなりたくないものだ。
何を書かれるかわかったものではない。
じっさいに色川の奥さんの孝子さんはこれを読んで、自殺も考えたそうである。
「あることないこと」を書くのが作家とはいえ、つらいですよね。
posted by 北杜の星 at 07:34| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月26日

岩崎啓子・石川みずえ「ちょっと具合のよくないときのごはん」

病院に行くまでもないけど、どうも胃の調子が悪い、なんだかオシッコの出が少ないし体がむくんでいる、飲み過ぎた・・なんてことが日常にはよくある。
少なくとも、私にはよくある。
病院へはよほどのことがない限りい行きたくない私なので、そういう時のためにどうすればいいか?は大切だ。

具合が悪いときには、「食べない」に限る。
風邪をひきそうだから体力をつけるためにたくさん食べようと考える人がいるが、あれは大間違いだ。
なぜなら、消化にはすごいエネルギーが必要で、体が弱っている時にたくさん食べると、そっちの方にエネルギーを使われてしまって、体の回復するエネルギーが少なくなるからだ。
若い頃ならそんな無茶もできるが、中高年になると、そんなことは止めた方がいい。

動物を見るとよくわかるが、彼らは具合の悪い時には「食べない」。食べずにひたすら体を休める。
人間もそれを見習う方がいいのではないだろうか?
ただでさえ中高年になっての美食や過食は、内臓だけでなく筋肉や関節にも悪影響を及ぼすという。
私は食べることにイヤシイ人間だが、一つだけ実行していることがある。
それは「食べない」こと、食べないでお白湯を飲むことの二つ。
これがとてもいんですよ。

けれど仕事をしていると、まったく食べないわけにもいかないだろう。長期になるとなおさらだ。
そんな時に、この本は何をどう食べればいいかを教えてくれる。
管理栄養士と医学博士の著者たちが、料理法を含めて紹介してくれている食品と料理には、昔ながらの知恵が詰まっている。
こういうものなら安心して体に取り入れらやすい。

症状別に書かれているのもわかりやすい。
目の疲労には人参。オシッコの出が悪い時には小豆、便秘にはおからやきのこ・・
ごく普通に手に入る食材なのが助かる。
食べものなので即効があるとは限らないが、食物繊維などは目に見えて効果がああるし、小豆も効果てきめん。
なによりも、薬と違って副作用がないのがいい。
「甘いものを食べても、本当の疲れはとれない」など、10のコラムには「なるほど」の説得力がある。

これから季節の変わり目。
自然の新陳代謝に体力が追いつかない日々になることもあるので、この時期は注意が必要です。
この時期に無理をすると、体だけでなく精神の不調も起きてしまいます。
お互い、気をつけましょう。
何度も繰りかえしますが、「食べない」ことも大切です。
間違っても「元気をつけるために、焼き肉、食べよう」なんて考えないこと!!
posted by 北杜の星 at 07:25| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月25日

今村夏子「あひる」

今村夏子はいま私がもっとも気になる作家だ。
「こちらあみ子」のあの空気感がここにも漂っている。
この空気感をどう言葉で表現すればいいのか、「読んだらわかります」としか言いようがない。
ちょっと見には、ほのぼの、ふうわり。けれど底には残酷さ、恐ろしさ。
グサリと直接的ではなくて、じんわりといつの間にか深い傷となっている。

ほとんど引きこもりのように、医療関係の資格取得のための勉強をしている若い女性の「わたし」の家に、あひるがやって来た。
「のりたま」と名付けられたあひるは、通学路の小学生たちの人気の的となる。
あひるを見に来る子どもたちは、やがて「わたし」の両親の歓待を受けて、家に上がり込むようになる。
けれどあひるは衰弱しどこかへ運ばれ、戻って来たあひるは前とは違うあひるようなのだ。
それが繰り返されるが、両親は動物病院に連れて行くでもなく、ただ「祈る」のみ。そして新しいあひるについては誰もが口に出さない。

不気味である。恐ろしい。
「わたし」は両親から顧みられない無視された存在だ。
両親は弟の子、孫を待ち望んでいるが、その代替として小学生たちを異常なほど歓迎する。
それを傍観する「わたし」の感情は説明されていない。

しかし、3羽目のあひるが死んだとき、「わたし」はあひるの死骸を抱きかかえて、丁寧にお湯で洗ってやる。
その行為が哀切だ。
しかしここでも「わたし」の感情に対する説明はない。
この小説の中で「説明」があるのはただ一度、子どもの誕生日祝いに大量のご馳走を作ったのに、誰も来なかったその夜中に、一人の男の子がやって来てそのご馳走を食べて帰ったところにだけ、「わたし」の両親とあひるへの「気持ち」が書かれている。
(小説として、ここはある方がいいのか、ない方がいいのかは判じかねる)。
何気なく、すらすら簡単に読める作品だ。
横たわるものの深刻さに気付かないかもしれない。でもこれ、「こちらあみ子」よりある意味スゴイと思う。
芥川賞の候補となったが、確かに受賞には弱い部分があるかもしれないけれど、今回受賞の「シンセカイ」よりいい。
寡作かもしれないけれど、彼女は「書けるひと」だと思います。
次回の作品がどう出るか、とても楽しみ!
posted by 北杜の星 at 07:27| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月18日

行本昌弘「老廃物を流す『官足法』で治る!」

健康本の多いこと。頭の先から足のつま先まで「ああしなさい」「こうしたらいい」と、すべてを実践していたら一日が終わってしまう。
どれも簡単にできそうなのだが、それが落とし穴で、簡単なほど取り組みやすいが、すぐに忘れてしなくなる。
私は医者嫌いなので、なるべく医者にかからなくてすむような自然療法的なものに手を出す傾向がある。
と言っても、こうした本は自分のお金ではなかなか買わない。さいわいなことにライブラリーにわんさと置いてあるので助かる。
新刊本をチェックする際に、おもしろそうな健康本があれば、借り出して読むようにしている。
だからこのブログで健康本の紹介が多くなる。

ホント、いろいろある健康維持法だが、足は大切。とくに足裏にはさまざまな体のツボがある。
30年前、その足をもむ、押すという「官足法」が日本に上陸してブームとなったが、その第一人者がこの本の著者。
「官足法」とは足反射区を刺激することで、悪いところを治すというものだ。
(反射区は体のあらゆる部分に散在いしていて、肩凝りのちきに肩を揉むだけではなく、肩の反射区を刺激すると治りがはやい。)

足の裏を押す「棒」があるんです。
手もいいのだけれど、あの棒を使って足裏を押すと、ものすごく痛い。だれかに押してもらっていると思わずその人を蹴っちゃうくらい痛い。
しかも体の悪い部分のツボほど痛いのだ。
でも、痛いほうが効くそう。

足の裏だけではなく、甲の部分を押すことも忘れてはいけない。
指と指の間の筋にそって、すーと押すと、これもかなり痛い。これはリンパの流れが良くなるそうだ。
また、足首、ふくらはぎ、膝など、とにかく膝の上あたりまでをケアしてやること。

私、これは信じている。というか、古来より正攻健康法だと思う。
足裏棒はああるけど、別にそれを使わなくても指でOK。お金がかからないし、坐っていても寝ていてもできる。
こういう健康法は即効性がないと思われがちだが、そんなことはないようで、風邪やインフルエンザ、しゃっくり、帯状疱疹の場合など、緊急時にも対応できるそうだ。
もちろん、慢性疾患の改善にもなりますよ。
官足法がもっとも得意とするのは、膝痛、腰痛などの関節痛だとか。経年疲労で私のまわりでも関節が痛いという人は多いから、教えてあげたい。

写真とイラストがたくさん載っているので、押すところがよくわかる。
私は足棒を買ったときに、足裏ツボ表も一緒に買ったのだが、それと同じだったので、この本を返却後は、その表を参考にしたい。
でもね、痛いのを覚悟!
posted by 北杜の星 at 07:26| 山梨 | Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月05日

伊佐知美「移住女子」

移住女子が増えている。
私の住むここ八ヶ岳でも最近は女性の移住者がいて、彼女たちは単独で、あるいはグループで農業をしたり、小さな焼き菓子の店を持ったり、バイトをしながら暮らしている。
みんな都会に住んでいた人たちだ。
この本にはそのような田舎に移住した女性たちを紹介している。
岩手、宮城、新潟、長野、鳥取、高知、福岡・・
場所はそれぞれだが、みんな移住した土地を心から愛し、地元の人たちからの支援を受け、またその恩返しをしながら、「消費するだけの暮らし」から「何かを生みだす暮らし」をしようとしている。

彼女たちを見ているとやはりあの3・11の東日本大震災の影響があるように思える。
東京に住んでいたあの時、スーパーやコンビニから食品が消えたことかショックだた人。
ほんの2週間のボランティアのつもりが、もう6年も住み続けることになった人。
何が起こるかわからない世の中だからこそ、せめて自分らしく生きたいと願う人。

もちろん、移住には不安がある。
これまでの生活を一変させるのだ。仕事は?住むところは?友達は?結婚は?
そんな女性たちにはこの本はなにかの参考になることだろう。
田舎はユートピアではない。だから田舎を単なる逃避先と考えると失敗する。
その土地を愛し(この本に出てくる女性たちに共通しているのが、「ここが好き!」という想いだ)、地元の人とコミュニケーションをとりながら土地に受け入れられている。

田舎は閉鎖的というイメージがあるが、それは一昔前のことだという。
人が出て行く一方で住民が年老いている集落にとって、若い働き手が来てくれるのは、とてもありがたく心強い。
自分がこれまでしてきた事を教え、それをリスペクトしてくれるとしたら、お年寄りにとっては新たな生きがいとなるかもしれない。

ただ農業、それも自然栽培法で米や野菜いを作りたいという人たちは、最初は大変だ。
日本では農作物は農協の指導のもと、種や苗を買う。そうして始めて農協が買い上げてくれるのだ。
しかし農協で売っている苗はすでに自然栽培とはいえないので買えない。ということはせっかく作っても販路がないということ。
自分で販路を開拓するには時間がかかる。
その「最初」をどう乗り越えるかだ。

でも大丈夫だと思う。現在は有機農法や自然栽培に関心を持つ消費者が多いのだから、それが安心で美味しければ必ず買い手はみつかる。
ここ八ヶ岳でそうやって米や野菜を作っている人たちだって、今はリッパな「農家」となっている。
都会への宅配だって需要があるだろう。

移住した地人の支援としては、有楽町の交通会館に「ふるさと回帰支援センター」があるし、各地方自治体のイベントに参加するのもよいだろう。
まず、その土地を木に居ることが大切。山の美しさや海の輝きを愛し、「ここに住みたい」と思うことからはじまるのだ。
そしてここに書いてあるが、とりあえず、100万円を貯めること。
移住の費用や生活が安定するまでの生活資金のためのお金として、まずこれだけというのがみんなの経験知のようだ。

だけどこれも安心していいと思う。
田舎って案外、仕事はあるものなのだ。
ここでも、夏場のレストランやペンションでのバイト、ゴマンとあるギャラリーの店とか、収穫機の果樹園の手伝いとか、宅配ドライバーも女性が増えている。
私の知り合いの女性は、夏場のホテルに犬連れで来る客のための「わんわん写真館」(犬の写真をプロのカメラマンが撮影するというもの)でバイトしている。
田舎に来て驚いたのは、地元の人でも、一人がいくつもの仕事を持っていることだった。ゴルフ場の整備の仕事を週4日し、他でも働き、自分で車おオイル交換ひゃタイヤ交換も請け合うとか。
勤めをしながら週末に農業というのは当たり前。
田舎に来ると仕事に対する固定観念がなくなると思いますよ。
それに、田舎は生活費がかからない。ましてや消費生活から抜け出るために移住うするとしたら、お金に対する意識も変わるに違いない。

あのラッシュの満員電車に乗らないだけでも、人生の浪費が減るんじゃないかな?
すくなくともそう考えられる人が、田舎暮らしに向いているのだと思う。
posted by 北杜の星 at 07:24| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月23日

恩田陸「失われた地図」

「蜜蜂と遠雷」で恩田陸が直木賞を受賞したとの報には、うれしいというよりもホッとした。
もっともっと前に受賞していい書き手だったからだ。
遅きに過ぎると、多分誰もが思っていたこととだろう。
この「失われた地図」は彼女の受賞後第一作目の作品だそうだ。
「蜜蜂と遠雷」とはまったく違うストーリーだが、ジャンルを超えた小説を発表する彼女も、デビュー当時はファンタジーっぽいものをよく書いていた。
この本は、そういう括りになる小説だ。

ファンタジーというと、ふわふわピンク色のやわらかなイメージがあるかもしれないが、これはそうではない。
暗い闇の部分を描く物語である。
そしてこれは、読む人にとっては、なにか近未来への予言のような印象もある。

錦糸町、川崎、上野、大阪、呉、六本木・・
それらの土地では過去に闘いや戦争があった。旧日本軍関連の跡地であった場所もある。
人間の欲望や権力志向が渦巻いていたところ。
そんな忌まわしい過去を引きずる土地には、「裂け目」がある。
その裂け目から、亡霊のような「グンカ」がわらわらと出てくるのだ。
裂け目があるところには災厄が起こる。大事故や大火事や爆発。

それを避けるために、元夫婦の遼平と鮎観、俊平の甥の浩平は命を賭けて「グンカ」と闘う。
どうやら彼らはある一族の出で、これまでもずっと彼ら一族はそうした闇の勢力と闘ってきたようだ。
遼平たちには一人息子がいるが、なぜ彼らが離婚したかの真相は、最後の最後で明かされる。

「グンカ」は何かのメタファーなのか?
ここで恩田陸は何を表現したかったのか?
これは彼女の「反戦」のメッセージなのか?

いろんなふうに考えられる小説で、私は面白かったです。
この登場人物たちのキャラが際立っているので、これで終わりというのが少々残念。是非シリーズ化してほしい。
遼平と鮎観が交互に主人公となっての語りだが、必要最低限の言葉しか発しない浩平を、次回は主人公に置いてもらいたい。

直木賞受賞後としては、肩の力が抜けこういう作品、なかなかの選択だと思う。
「蜜蜂と遠雷」のようだとどうしても出来を比較してしまうもの。
軽いようでいて、内容はじつはシリアス・・これで良かったと思います。
posted by 北杜の星 at 07:14| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月26日

新井潤美「パブリック・スクール イギリス的紳士・淑女のつくられかた」

著者は幼いときから外国、とくにイギリスに長く住み、現在は上智大学で英文学・比較文学の教授をしている。

近頃は日本でも裕福層と貧困層の差が顕著になっているが、ヨーロッパ社会はどこもまだ「階級」というものが残っている。
差が激しくなったとはあいえ、私は日本はかなりの「平等社会」ではないかと思っている。
お金があれば若者でも高級なレストランで食事ができ、リッチなホテルに泊まることができる。
誰もそれに対して疑問をもたない。
ヨーロッパではちょっと違う。
上流階級だけが行ける場所があり、そこではどんなに成功したビジネスマンであっても歓迎されない。
そうした上流階級の子女が通う学校があり、そこではイギリス社会の中枢を担う人材の育成をしている。それがパブリック・スクールなのである。
パブリック・スクールといっても、いわゆるパブリック(公立)ではなく私立だ。
この本ではパブリック・スクールの成り立ちから現在までの推移を紹介している。

私が住んでいた1960年代終わりから70年代初めのイギリスは、まだまだ古いイギリスだった。
(なにしろお金の数え方からして20・12・6進法だったし、コインの裏側にはビクトリア女王の肖像があるものもあった!)
現在はパブリック・スクールには外国人の子どもも、ミドルクラスの子どもも入学できるが、当時はアッパー・ミドル・クラスまでの子どもしか入学を許可されていないところが多かった。
そんなパブリック・スクールに一度だけ見学に行ったことがある。
知人の息子があるパブリック・スクールに寄宿していて、「行ってみる?」と言われ、高級車ベントレーに乗せてもらって連れて行ってもらったのだ。
もうあまり覚えていないのだが、一つびっくりしたのは、そこには3ホールだがちゃんとしたゴルフ・コースがあったことだった。
ゴルフの上達が目的ではなく、「いかにフェア」にプレイできるかが目的だと聞いて「うーん、さすがイギリス」と感心してしまった。

しかしパブリック・スクールはそんな「オキレイゴト」だけではなかったようで、サー・ウィンストン・チャーチル氏の例がここに書かれているが、陰湿ないじめはあったし、教師のムチでの罰もあった。
閉鎖的な空間だけにその陰湿さはかなりのものがあったようだ。
ここにも書いてあるが、以前見た「アナザー・カントリー」という映画を思い出す。
男子だけのパブリック・スクールでは同性愛が少なからずあった。
同性愛はあの頃は絶対タブーとされていたので、それを強請りのタネにされることがあった。
そしてその強請りは「スパイ」を生むことにもなった。
「アナザー・カントリー」ではそうしてソ連のスパイになり、ソ連に亡命したイギリス老人の回想シーンから始まるのだが、彼がパブリック・スクールで受けた屈辱が、スパイという復讐となったのだろう。
そうした例はけっこうあって「ケンブリッジ・ファイブ」として5人のスパイが有名だ。

子息だけではない。女子のパブリック・スクールでの教育も特徴的だった。
自然科学や文学などは教えてもらえず、「たしなみ」が重んじられたそうだ。音楽や絵画、フランス語などができればそれでヨシとされたらしい。
しかもそれはつい最近まで続いていたという。
(そういえばあのダイアナ妃って、カレッジは出ていないんですよね。キャサリン妃は出ているけど)。

階級を絶対悪とするつもりはないけれど、旧態然とした教育現場から何が生まれるのかは疑問である。少しずつ改善されているならいいのだが。
せめて彼らが社会に対して「フェア」であってほしいし、「noblesse oblige」を持ってほしいと思う。

posted by 北杜の星 at 08:01| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月25日

絲山秋子「ばかもの」

印字の本だと172ページのこの本、点訳本だと2冊250ページ以上になる。しかも大判。
お腹に抱えながらゆっくりゆっくり(まだゆっくりとしか読めない)、左人差し指で文字をなぞる。
最近ちょっとだけ、上下に指を動かすのではなく、左から右に滑らせることができるようになったので、少しは読む速度があがって、これをちょうど1週間で読み切った。
一日30ページを自分に課しているのだけど、風邪だったので読めない日もあった。
だけどストーリーにぐいぐいと引き摺られて、後半はかなり読み進めた。

最初の30ページくらいは、参った、参った。
だってセックス描写がずっと続くんだもの。
しょうもない大学生のヒデと、バイト先で知り合った乱暴な言葉遣いの年上の額子の二人の性描写が濃厚なのだ。
眼で読む時よりも、点字って凸凹しているからなのか、変にリアルに感じられる。
「オッパイ」なんて胸のふくらみまで手に触るような。。

この二人、本当に「ばかもの」なんですね。
ヒデは無為に大学時代を過ごしたのはまだいいとして、次第にアルコール依存症になってゆく。
額子はヒデを酷い捨て方をして去って行く。

アルコール依存症の症状がこれでもかと重々しくて「もう、いいよ、これ以上読みたくないよ」という気分になる。
絲山秋子ファンの私だもの、当然これ、読んでいるのだけど、こんなんだったっけ?
映画や本って、覚えてないものなんですよね。こんなシーンあった?と思うことが多いし、こんな会話があったはずと確信しているのにどこにもなかったり・・

額子は優しい夫が運転するフォークリフトで左腕を失う怪我をしたために離婚。
ヒデは依存症から抜け出られたが、迷惑をかけすぎた友人から交友を切られてしまう。
失意の二人は、居酒屋をしている額子の母の仲立ちで再開することに。
額子が住んでいるのは群馬と栃木の境の「片品村」だった。

最後はすごーく感動的。
点字で読んでもその景色がズイズイと伝わって来る。
「海の仙人」に「ファンタジー」が出て来たように、ここでも「想像上の人物」が現れる。
「そんな解決法ってないだろ」という読者がいるかもしれないが、私が絲山秋子が好きな理由は、ここにあるのだと思う。
人智を超えた存在を信じるか信じないかは人それぞれだが、そうしたものが現れるかどうかは別として、そういうことを信じる作家の小説を私は読みたい。

額子は片腕だけ、美味しい料理を作る。おむすびだってできる。木にも登れる。
でも絶対にできないあことがある。
それは右腕を洗うこと。
額子がヒデに再会し、風呂で右腕を洗ってもらうところが、とてもせつない。

片品村って、5年前くらいに行ったな。
片品村へは日光から金精峠を超えて行くか、沼田の方から行くかのアクセスがあるが、私たちは友人と桐生で素敵なレストランでランチした後、黒保根あたりの山道を通って行った。
紅葉にはまだ早い季節で何もなかったけrけど、落ち着いたいいところだった。
イトヤマさんにとっては以前から「片品」は特別な場所のようで、ときおり行っているのではないだろうか。
同じ群馬県とはいえ、高崎在住の彼女にとっては決して近いところではないのだけれど。
posted by 北杜の星 at 07:38| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月19日

岩波書房編集部「私の貧乏物語」

昔は「貧乏」だった。今は「貧困」だ。
貧乏と貧困はどう違うかと言われれば説明が難しいが、貧困は相対的な社会現象であるだけに、救いがないように感じられる。
この本は拡大する格差ーと貧困をこのまま見逃しておいてはいけないと、各界の人たちに彼らの経験してきた「貧乏」を書いてもらっているのだが、私にはこれは「昔の貧乏」だと思える。
つまり、誰もが貧乏だった時代の貧乏であって、あの頃にはまだ「頑張ればなんとかなる」という発展途上の希望があった。

蛭子能収「ピザって食べたことある?、安彦良和「私が貧乏だったころ」、武田砂鉄「まぁぼちぼちですね」、佐高信「慶応で格差を実感」、橋本治「伊達や酔狂で貧乏になる」、古賀誠「忘れられない白いご飯と生卵」、亀井静香「生かされて生きて来た」・・
彼らはその時代は貧乏でも、後にナニモノかになった人たちである。
貧乏だったあのころを笑い話にできる。
でも現代の「貧困」はそんなものではないのではないか?

森達也「窮乏のなかで芽生えた憎悪のゆくえ」、フレイディみやこ「貧乏を身にまとい、地べがから突き上げろ」、斎藤貴男「最後に奪われるものは何か」・・などの文章の方に現代の「貧困」の根源が表されていると思う。
日本やイギリスの社会構造のなかで、自分の努力だけではどうしようもない下層の人間は「ルサンチマン」を持つようになる。
そしてそのルサンチマンが過激なテロなどの温床となってゆく。

岩波書店編集部の意図はわかるとして、この本にある「貧乏物語」にはある種のノスタルジーがあり過ぎて、勘違いをしているのではないかと言いたくなる。
学校が休みになると給食がなくなって、家でご飯が食べられなくなる子どもたち・・それが現代の貧困なのです。
そんな子どもの友人たちの家庭では、ありああまる食べものを捨てているというのに。。
みんなが貧乏だったころの貧乏は耐えられても、自分だけが貧乏で食べものもない境遇は切な過ぎる。
悲惨なのはその貧困は連鎖するのである。

ここに並ぶ36人の「貧乏物語」をどう受け止めるか。
それは各人それぞれだろうが、せめてこの本が小さな灯に繋がればいいのだけれど。
posted by 北杜の星 at 08:00| 山梨 | Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月26日

大島真寿美「ツタよ、ツタ」

初期の大島作品は小品ながらセンスがあって、私のお気に入りだった。
当時、彼女のような作家さんたちが数人いて、例えば、栗田有起とか安達千夏とか、「大作家「ベストセラー作家」にはならなだろうが、それなりのしっかりとしたファンがついて、ずっと書き続けていくのだろうと期待していたものだが、いつのまにか大島真寿美は頭二つも三つも抜きん出て大きくなっている。
その境はどこらあたりにあったのだろうか?

この「ツタよ、ツタ」だって、大長編小説ではないものの、かなり渾身の作だ。
明治末期、沖縄の士族の家系に生まれたツタという一人の女性の人生を描いている。
私は「女一代記」みたいな小説が苦手なのだが、これは淡々とした文章で書かれていて、重い思い入れが感じられないので、気楽に読めた。
小説家としての大島真寿美だからこそ、ツタの「書く」行為の意味を検証してみたかったのかもしれない。

琉球最後の王に仕えた祖父を持つツタ。首里の大きな屋敷で生れたが、士族の商売そのものの父によって家は没落。
女学校時代に文才を認められるが、上の学校には行けずに小学校の代用教員となる。
自分と同じように文学に興味ある(と思った)男性と見合い結婚し、台湾で暮らし始めるが、彼も父同様不運に見舞われ、優秀なのに仕事に恵まれない。
名古屋に移り住み、下宿屋を始めるが、夫と思い切って離婚。
そのさいツタは「作家として立つ」と決意し、下宿人だった7歳年下の青年と一緒に上京。後に彼らは夫婦となる、
ツタは久路千紗子というペンネームで沖縄についての小説を書き、それが編集者の目にとまり雑誌に連載されることになったのがだ、それを読んだ沖縄の人たちの大きな怒りをかうことになり、筆を折る。
ツタは医者になた7歳下の夫とも次第にうまくいかなくなる。
やがて沖縄が日本返還となると、40年も前のあのツタの小説が再評価されるようになり、久路千紗子は「幻の女流作家」と呼ばれるように。。

ツタの人生を考えると、彼女が能動的に生きたのか、受動的に生きたのかよくわからない。
自分で選択はしていえるものの、「詰めが甘い」ところがあって、イガイガしてくる。
「そこまでやったんなら、なんでもうひと踏ん張りしないのよっ」という気持ちになるし、「それじゃあ、逃げることでしょ」と言いたくなる。
この本の最後のほうにあるように、
「訪れなかった未来を噛みしめながら、ツタはそれを全部捨てた」のが、彼女の人生だったのだろう。

悲しいのか、それでよかったのか。結論の出ない小説の結論は、読者が最後をおさめるしかないようだ。
posted by 北杜の星 at 08:12| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月23日

絲山秋子「イッツ・オンリー・トーク」

「イッツ・オンリー・トーク」は絲山秋子のデビュー作。
10年以上前に読んているのに、ほとんど忘れていた。「えー、こんな場面あったっけ?」と驚く文章がやたら出てくるので、新鮮な気持ちで読んだ。

新鮮な気持ちになったのには他にも理由があって、じつは私は今回この本を点字図書館から借り出して読んだのだ。
7月から点字を習い始めて約半年。
50字清音濁音拗音などを学習し、数字とアルファベットを一通り終えた。
先生はいろんなドリル文章を持って来て下さるのだが、それは「サラリーマン川柳」とか「しりとり」とか、字を読む訓練には良いのだろうが、どうも面白くない。
やっぱり私は「小説」が読みたい。
清音だけの「ウラシマタロー」が読めた時には、ちょっと感激したのはしたのだが、どうも「絵本」の類は私の興味をそそらなかったのだ。
小説を読むなら、好きな作家のものをと考えて、かなり迷った。
大好きな須賀敦子にしようか、町田康にしようか、それとも堀江敏幸の「河岸忘日抄」にしようか?

町田康は文章がハチャメチャすぎて、意味がわかりづらいかもしれない。堀江さんは今の私には静かすぎるかもしれない。。
と決めたのが、イトヤマさんだった。
彼女なら現代的だし、文章は簡潔。主人公の適度なドライさが私向きだ。

そう思って借り出した。山梨県の所蔵なので、他に予約がない限り、いつまで借りていてもいいと言われた。(他所のものは20日以内に返却しなくてはならない)。
「いつまでも」とはいえ、まぁ、一カ月くらいなら大丈夫のはず。
・・だけど「ウラシマタロー」とは大違いだった。
思わぬ単語が出てきたり、点字が難しかったりと、1ページ読むのに30分かかったことも。(イトヤマさんは車好きで、主人公の車がランチャのイプシロンなんだけど、その「ランチャ」が読めなかったなぁ)。
文字を追うのに精いっぱいで、内容が全然わからないので、愉しむどころではない。
もちろんスピードも遅い。

それでも半分くらい読み進んだら、なんとか登場人物がこちらに入ってくるようになった。
ラストでは「イッツ・オンリー・トーク」がクリムゾンの曲から取ったものとわかったし、「あぁ、よかったな、これ。」と思えたし、まぁ理解できたのかな。
でももう一度読み返してみようとまた読んでみたら、読み飛ばしていた部分がかなりあったのか、始めて読むような行もたくさんあったのには驚いた。
でもスピードは確実に上がっているのが、うれしい。

この作品、かなりのセックス描写があるんですね。
なにしろチカンが出てくるのだから。
だけど、印字なら読むのに気が引ける文章でも、点字なら誰にもわからないので、おおっぴらに読める。
それとこれを読む数日前から、めまいがしていたのだけど、普段はめまいのする時には字を読むとクラクラして読めないのだが、点字なら目を使わずに指なので、長い時間でなければ平気だった。
点字のメリットってあるんですよ。停電になっても読めるしね。
デメリットもあって、それは本がとてつもなく大きいこと!重いこと!
ちょっとバッグに入れてなんて、無理。
どうすればいいんだろ?

本の話にならなくて、ごめんなさい。
デビュー作に作家のすべてが備わっているとよく言われるけれど、それは本当だと思う。
「イッツ・オンリー・トーク」には絲山秋子が詰まってました。

posted by 北杜の星 at 08:33| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする