2016年07月22日

アンソロジー「餃子」

この食べものアンソロジー・シリーズ、カレーライス、おやつ、そばなどが既刊となっている。
そして新作はこれ、餃子。
餃子が嫌いという人ってあんまりいないような気がする。中身のニンニク臭いのはダメという人はいても、餃子そのものが嫌いいというわけではない。
カレーライスやラーメンと並んでほとんど国民食といってもいいくらいじゃないかな。
そのほとんどが焼き餃子だが、焼き餃子というのは餃子の本国である中国ではほとんどないと聞く。水餃子か蒸し餃子。特別な祝いのの時に欠かせない彼らのソウル・フード。
この中の誰かが書いているが焼き餃子は前の日に作った餃子が残ったときにするものなのだそうだ。
そうか、あれは残り物の復活メニューだったのか。

平松洋子、南伸坊、角田光代、ウー・ウェン、森まゆみ、椎名誠、藤原正彦、池田満寿夫、黒鉄ヒロシ、片岡義男、室井佑月、四方田犬彦・・などなど総勢38人がそれぞれの餃子体験を書いている。
懐かしいところでは、鷺沢萌。(あんなに活き活きしてた人が何故?と彼女の死はショックでした)。
小林カツ代とケンタロウ親子、(ケンタロウさん、早く元気になってください!)
そしてB級グルメといえばこの人、東海林さだおはナント、マンガを含めて15ページ半を占めている。
初めて餃子を食べた日、「あの人」と一緒に食べた餃子、お気に入りの店の餃子。。

餃子の形状をした食べものはいろんな国にある。
アジアだけでなくヨーロッパにもあって、たとえばイタリアでは詰めものパスタのラヴィオリなど。あれはまさにシルクロードを通って伝えられたものだ。
日本の餃子は戦後の中国からの引揚者が広めた。
餃子は庶民の食べものだからあんまり高価な中身はいらない。
まぁ、ぷりぷりのエビが透けて見える皮の蒸し餃子というのも、私は好きではあるのだけど、パリパリの皮の餃子はやはり好き。

私の友人に、餃子を食べるときは餃子だけ、とにかく夫婦二人で餃子を60個作って、ひたすら餃子だけを食べると言う人がいる。
いつも晩酌は日本酒だが餃子の日だけはビールだそうだ。
その夫婦にはもう独立した子どもが3人いるのだが、子どもが小さい時には200くらいつくっていたという。
作るのも焼くのも大変だったでしょと訊くと、「子どもは喜んで手伝ってくれるし、焼くのはホットプレート」だったとか。
餃子ってそういう「イキオイ」が必要なんでしょうね。
だから老年夫婦の食卓のために餃子をつくることはまずないし、ましてや一人暮らしで餃子を作るってないんじゃないか。

ちなみに我が家で餃子(生活クラブの冷凍餃子ですが)を焼くのは、夫の役目。
どういうわけか、いつも出来が異なるんですね。パリッとしなかったり焦げすぎたり皮が破れたり。
コツがあればどなたか、教えてください。めったに食べないものだからなおのこと、美味しい餃子が食べたい!)
posted by 北杜の星 at 07:32| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月21日

有元葉子「毎日すること。ときどきすること」

いわゆる料理研究家と云われる人のレシピで料理をつくることはほとんどない。
絵本を見るように気楽に料理本は見るのだけれど、どうも「これ、作ろう」という気にはならないのだ。
創意工夫を凝らしたり簡単レシピよりも、少々手間はかかっても伝統的というかクラシカルな料理の方が好きだから。
とくに本を見てまでも「作ろう」とする場合には腕まくりをして頑張りたい気持ちがある。
というわけでこの有元葉子さんの本も、レシピを知りたいというよりも、彼女のセンスあるモノ選びの目や潔い生き方に興味があるから手に取る。

だけどこれ、薄っぺらのスカスカ。
写真付きとはいえ、たかだか140ページの小さなサイズ。
しかも内容はこれまでの彼女の文章の二番煎じどころか五番煎じくらいのもの。
私はまだライブラリーで借りて読んだからいいようなものの、買った人はお気の毒。だって税抜きで1300円もする。
これは出版社が悪いのか、出版を認めた有元さんも同罪なのか。
このようなイージーな本を出すから、本市場が衰退するのだとつくづく腹立たしい。

まぁそれでも気を取り直して読んでみると、有元さんの毎日の暮らしの心構えがわかりますね。
すっぱり切るところは切る。(髪を染めるのは止めたそうだし、モノを三分の一に減らしながら暮らしたり)
続けることはしっかり続ける。(1時間あったらお菓子を焼くとか)。
何を切って何を残すかに彼女の人生観が表れている。
(私は屋根のついたテラスの床は毎日拭き掃除をしているが、オープン・デッキは拭かない。有元さんは毎日それを拭いているらしい。毎日拭くテラスだと裸足であるける。そうか、それはいいと、私は早速amazonで雑巾モップを買いました!)。

書いてある文章で、まさにその通りと同感だったのが、スグレモノの「無水鍋」について書いてある部分。
無水鍋って本当にいいですよね。
アメリカ製のステンレス5層とか7層の鍋セットも持っているのだけれど、毎日活躍するのは無水鍋。2代目だがもう30年以上使っている。
日本料理にはアメリカ製のステンレス・パンの底は適していない。少し丸くなっているから『煮物」がうまくできるんです。
アメリカ製の鍋は一つ二つを残して、処分しようと考えている。重いしね。
彼女は「スロー・クッカー」の便利さも書いているが、あれはとうに捨ててしまって、私は今はシャトル鍋を使っている。

有元さんは新潟の燕市の工場と共同開発して、キッチン・ツールを販売している。
そのシリーズの名前は基本という意味のイタリア語「ラバーゼ」。
究極のパウダー缶や食器洗いスポンジはたしかに良さそう。
(だけどこういう商品の宣伝みたいな本が1300円かと、またまたプンプンしてくる。)

2〜3日あれば車をすっ飛ばして野尻湖の山荘に行くとか、ちょっとまとまった時間が取れたらイタリアウンブリア州の家に行くとか、フットワークが軽い人。
自然が彼女には必要みたいだ。
それにしても彼女は決してウンブリアのどの街に家があるのかを明かさない。
近くの街の外国人大学にイタリア語を勉強しに行ったとあるのは、ペルージャのことだろう。
とすればその近くということは、スペッロあたりかまたはトルジャーノあたりか?
まぁどちらにしてもあの周辺は「イタリアの緑の心臓」と呼ばれる土地、美しいですよね。
そこで英気を養って、みんなの憧れの有元さんでいてほしいものです。
写真の有元さん、背筋がしゃんと伸びていて、素敵でした。
posted by 北杜の星 at 06:50| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月08日

荒井秀典「寝たきりにならずにすむ筋肉の鍛え方」

ライブラリーに行って新刊コーナーを見るとこの本があったので、「うっ」となって早速借り出してきた。
「うっ」となったのには理由がある。
田舎暮らしはドア・トゥ・ドア全部車で、足が萎えちゃうよと、また夫と二人歩き始めたからだ。
それもただ歩くのではなく、ノルディック・ウォーキング。
ときどきノルディック・ウォーキングをしている人を見かけるが、長いポールをしゃっきり振りながら颯爽と歩いている。
スキーのストックのようなポールを持ってのウォーキングなのだが、これが全身の筋肉の90パーセントを使って歩くということで、せっかく歩くのなら脚だけでなく全身に効果があるほうがいいよねと、amazonでポールを購入。(なんと、14000円が3000円。モノの値段ってどうなっているんでしょうね)。
でもこれが難しい。ただ棒を握って歩けばいいというわけではない。多分私たちは正しい歩き方はしていないと思う。
慣れたら長いポールだが初心者はみぞおちの長さが適切とのことだが、その長さだとお婆さんの杖そのものに見えてしまう。
この辺りではときおりノルディック・ウォーキングの講習会が開かれているので、参加してきっちり正しい歩き方を勉強したい。
でもまだおぼつかなくはあるけれど、背中がまっすくになる姿勢、歩幅の大きさ、スピード・・いいみたいです。
(この本ではなく他で見たのだけど、朝起きてすぐに歩いたり運動するのは、身体がまだ目覚めていないのでよくないらしい。食後1時間か1時間半くらいしてがいいそうだ。)

誰もが寝たきりにはなりたくない。
せめて死ぬまでトイレには自分の足で行きたい。
でも筋肉が落ちたらそれはかなわないことになってしまう。
どうすればいいか?
ただ長寿ではなく、健康寿命が大切。
この本にはそのための体の動かし方に加えて、栄養のことも記されている。

ウォーキングをとってみてもいろんなものがある。
私が始めたノルディックもあれば、ステップ・ウォーキングやインターバル・ウォーキングなど。
高齢になっての激しい運動は良くないが、ちょっと負荷をかけるくらいの運動は必要とのことだ。
ちょっと速足で歩くとかちょっとキツイくらいの筋トレをするとか。つまり息が上がって心拍数が増えるくらいでないと効果がないようだ。
ここにある筋トレはジムに通ってマシンで、というものではない。普段の生活の中で、せいぜい椅子を使うくらいなので、誰でも簡単にできるものだ。(簡単なことを続けるのが難しいのですけどね)。

疲れたときはしないほうがいいし、筋トレを毎日する必要はないそうだ。
毎日するのはむしろ乳酸がたまって逆効果、週に2〜3回程度。
この本ではほとんどが下肢の筋肉の鍛え方が紹介されている。どれくらい衰えているかのチェックもできる。
自慢じゃないけど、私はほとんどクリアできた!夫に言わせると「キミは体重が軽いからだよ」とのこと。

正直に言うと、私は「筋トレ」には反対なのだ。
ある個所を特化して鍛えるのは体によくないと考えている。
たとえば武道の世界では、筋トレはしない。身体を柔軟にするのが第一だらだ。
いまの運動選手の故障の多さは筋トレが原因だと思っている。正しい筋トレ絵をしていないともいえるかもしれないが。
松坂投手がずっと故障がちなのは筋トレが原因だと思うし、タイガー・ウッズが腰痛や肘痛に悩まされているのも筋トレのせいではないだろうか?

私たちはアスリートではないのだから、あまりに一生懸命に「鍛え」なくてもいい。
一生歩けるだけの筋力、日常での荷物を持てるだけの握力や腕の力があればそれでいい。
ここには書いていないが、身体を動かす時にはその部分を意識することが大切だと思う。
意識をすることで身体はより動く。
それと足を動かす時には足が身体の中から繋がっていると思い、そこから動かすようにすると、足に負担がかからない。
これは「胴体力」の伊藤昇氏の教えだが、西洋医学のトレーニングとはまた違う効果があって面白いものだ。
一般の人にはあまり知られていないが、オリンピック強化選手やプロスポーツ選手にも、こうした古武道の先生に身体の動かし方を習う人って、案外多いそう。
呼吸法や間の取り方など、参考になるところがあるのだろう。
posted by 北杜の星 at 07:06| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月30日

宇多川久美子「その1錠が脳をダメにする」

日本人は薬好き。それと検査好き。
私は常々、検査のための放射線量や電磁波の強さを心配していたのだが、ようやく医療被曝が問題になってきたようだ。
CTで1ミリの癌が見つかったということはつまり、1ミリ単位で放射能を浴びていると言うことだと著者は書いているが、ホント、その通り。
MRIにしたってあの狭い小さなスペースで強い電磁波を浴びて、身体に良いはずがない。
健康になるための行為が病気を作っていることを、少しは考えてみる必要がある。
日本人の癌の原因に、じつはこの医療被曝が大きいと、取り沙汰されているのだから。

個人的なことを言えば、私は小さなころから病気の巣だった。とにかく弱くて、歩くことすらできないくらいの時もあった。
結核や腎炎、メニエル病など病名がつけばまだ対処の方法があるが、すぐに疲れて熱が出る体質はどうしようもなかった。
その頃の私は薬をたくさん飲んでいた。
それが25年くらい前からだろうか、数年間玄米菜食にし、鍼灸や整体治療を始めた。気功や西野式の呼吸法も併せて始めた。
変化は少しずつ現れた。身体が元気になっただけでなく、精神も強くなって、あまり気に病まなくなった。
こうして医師や病院と縁が切れて、今では友人から「あなたはどうしてそんなに元気なの?」と言われる。

私だって感染症になれば病院に駆け込んで抗生物質をもらう。でも治ったら出来るだけ速やかにその毒を出す努力をする。つまりデトックスである。
動物性の食品を控えて、小食にすると、数日で具合が良くなる。ホメオパシーもいいと思う。
この本には食べもの、インナー・マッスルを鍛える運動などについても書かれている。
薬剤師だからこそ、薬が諸刃の剣ということを知っているのだろう。
びっくりしたのは、薬学部で最初に習うのが、「薬は人間にとって異物である」ということだそうだ。
そんなこと習ったのなら、もっと早く声を大にして教えてくれればよかったのに、、と言いたい。
posted by 北杜の星 at 07:41| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月27日

石塚修「納豆のはなし」

年々好きになるものが二つあって、一つは林檎。
毎年11月の終わりになると友人たちと長野の松川まで買い出しに行く。それがなくなると今度は信州中野から一箱求める。この中野の林檎園では60年も前から除草剤を使わないで、可能な限りの減農薬で作っているだけあって、注文がいっぱいで入手が難しい。
それともう一つが、納豆!
世の中になくてもちっとも困らない食品だったのに、このところにきて毎日のように食べているが飽きないんですね。というかだんだん「美味しい」と感じるようになってきた。

納豆をいろんな食べ方をする人がいる。ある友人は醤油と砂糖を入れると言うから驚きだ。ジャコや青菜、胡麻や海苔はまぁ定番か。
私はシンプルに納豆と芥子だけ。それともネギを入れるだけが好きで、ご飯にはかけず、そのまま食べる。
銘柄はいつも決まっているが、友人のなかに小淵沢で納豆を作って販売している人がいるので、ときおりそれも食べるが、それは発酵が強くなくて、豆のサラダのようにオリーブオイルと塩がいいみたい。
でも納豆ほど好き嫌いが分かれる食べものはないかもしれない。
東日本では好きな人が多いが、西ではそもそも納豆を食べる習慣がなかったので、食べず嫌いの人も多いのではないだろうか。

この本の著者は人文社会学者。納豆の研究をしている方だ。
ここでは江戸の俳句や川柳から近代明治から昭和の文学のなかに登場する納豆を紹介している。
納豆って昔から庶民の味方。きどったtものではないから、川柳や小説に取り上げやすいのだろう。
昔は納豆というのは、一年中あるものではなかったのですね。知らなかった。
9月のお彼岸ころから11月くらいまでしか出回っていなかったようだ。
それが江戸の寛政年間、夏の土用あたりから売るようになったらしい。そのことを季節感がなくなっていやだと書いてあるものがあって、ちょっと笑ってしまった。
一年中あるのが当たり前になっている現在、当時の人はどう思うのだろう?

芭蕉、一茶、蕪村、永井荷風、北大路魯山人、夏目漱石、泉鏡花、小林多喜二、林芙美子、齋藤茂吉、古今亭志ん生などなど・・なかには正岡子規や宮本百合子のように納豆が好きでないひともいる。
正岡子規は病床で納豆売りの声を聞き、好きでない納豆を買いに家人を走らせるのだが、そこには子規のやさしさがある。
魯山人の納豆茶漬けのための納豆の混ぜ方が半端じゃない。混ぜること、混ぜること。混ぜれば混ぜるほど旨くなるそうだが、疲れそう。。

友人が難しい病気になってある医師に診てもらいに行ったら、「とにかくいま服用している薬を全部止めるように」と言われた。
彼女はそのときコレステロールを下げ薬を摂っていてそのことを話すと医師は「だったら納豆を毎日食べなさい」と。
その通りにしたら、コレステロール値は下がったそうだ。
西日本は納豆をあまり食べないと書いたが、納豆の消費量の少ない土地では、高齢者の骨折率が高いという。
安価な納豆で健康維持できれば、こんないいことはない。
年金暮らしになってだんんだん好きになるものがステーキじゃなくて納豆でよかった。

この本、楽しく軽く読めるが、軽く読んではもったいない感じで、著者はかなりの研究調査をして書かれていると思う。

私が不思議なのは、なぜ納豆菌は大豆でないとダメなの?
なぜ白いんげんや金時豆ではできないの?ということ。
誰か教えてください。
posted by 北杜の星 at 08:23| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月22日

一宮茂子「移植と家族」

力作である。
20年の間、移植の医療現場でスタッフの一人として働いた人ならではの渾身のレポート。
この本に関しては立命館大学大学院先端総合学術研究科上野千鶴子ゼミにおいて公開書評会が行われているが、医療に関わるひとにぜひとも読んでもらいたい一冊である。
日進月歩の医療だが、ともすれば「病気」を診て「人間」を診ないことが起こりがちだ。
著者はそんな医療現場の看護を通して、移植ドナーが移植後どのように感じ、生きているかの聞き取り調査をし研究結果をまとめた。それがこの本。
副題は「生体肝移植ドナーのその後」。

移植を受けるのはレシピエント。移植のための臓器を提供するのがドナー。
これまでレシピエントの追跡は行われてきたが、ドナーの体や心は顧みられることが少なかった。
はたしてドナーはどんな気持ちでいるのか?
移植手術の成功や失敗の結果により、ドナーは何を思うのか?
自分のしたことはよかったのか?
ドナーが自分の行為を肯定できるには何が必要なのか?
著者は17家族をここで取り上げている。

さまざまな理由で、このままでは死んでしまうという肝機能の衰えに、肝臓移植しか方法がない場合に生体肝移植は行われえる。
生体肝移植のほとんどが親族間によるものだが、複雑な環境だってある。
例えば、自分の夫が姉に生体肝移植をする場合だとどうだろうか。夫は実姉を助けたいとの一念だろうが、その妻からするとまだ幼い子どもがいるのだ。ドナーのリスクを考えると不安が募る。はっきり「止めてください」とも言いかねる。
じっさいにドナーの術後の危険性は個人差はあるが、ないわけではなく、生活に影響のでることがある。年月が過ぎれば過ぎるほどその影響は判然としないかもしれない。
そんなとき、医師か看護師か、誰がドナーのケアをしてくれるのか?またドナーの家族の精神的サポートをしてくれるのか?

私の友人に片方の腎臓を30代の息子に移植した人がいる。彼は70歳に近かった。
そんな年齢の腎臓がどれだけ機能するのか、大丈夫なのかと、私は心配だったが、親として働き盛りの息子の透析をなんとかして食い止めたいとの願いがあったのだろう。
「親なればこそ」のその気持ちがせつなかった。
手術は成功した。息子さんも透析を免れて社会復帰した。
しかし数年後、その友人は膠原病になった。それから1年後、胃がんになった。
もちろん膠原病と胃がんが腎移植の結果とは言えない。
だけど移植が体にとって大きなストレスであったことは間違いのないこと。
彼のこともだが、レシピエントの息子さんの胸中を思うと、気の毒でなっらない。
移植というのは、輸血を含めて、簡単なものではないのだと思う。
(ときどき想像するのだけれど、自分の血液がすっかり入れ替わるほどの輸血をした場合、「自分」という組成はどうなるのだろうか?輸血前と輸血後の「自分」は同じ人間なのかと、)

一宮茂子さんに敬意を払いつつ、この本を読みました。
posted by 北杜の星 at 07:17| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月21日

魚住陽子「菜飯屋春秋」

魚住陽子を読むのはずいぶんひさしぶり。
最後に読んだのがいつだったか思い出せないくらいの寡作作家さんだ。
あの頃の作品とはかなり作風が違っている気がした。前のはもっと純文学っぽかったよううな記憶がある。
でもこの「菜飯屋春秋」、とてもよかった。
ある年齢にならないと書けない人生の深みが感じられる。輝くことも翳りのあることもどちらも経験し、それを受け止めている人の、今は静かになった心・・
そんな印象だ。

離婚後、小さな店を開いている夏子は北関東の出身。
店は居酒屋でもなく定食屋でもない。
「お惣菜を食べられる喫茶店みたいな店。お酒より煎茶やほうじ茶を出して、ハレの御馳走は無理だけれど、定食やより、もうちょっと非日常的な店」。
春夏秋冬、季節の野菜がメインに料理され供される。

夏子に料理を教えてくれた水江は一まわり近く年上の、今では大切な友人だ。
水江は料理だけでなく俳句の世界に夏子を誘う。
この本にときおり差し挟まれているいくつかの俳句が、ハッとするほど鮮やかなのは、魚住陽子自身が俳句をする人だからだろう。
これらの俳句が素晴らしいスパイスとなっている。(菜飯屋の佇まいならスパイスというよりは「薬味」かな)。

店に来る客たちも、それぞれ人生を背負っている。
彼らの一人として「ただの客」などいない。
突然店を手伝いに故郷の町からやってきたサヤは箸にも棒にもかからないほどおかしな子だったが、紆余曲折を経て少しずつ成長する。
そこに介在するのは「食べもの」である。旬の野菜である。

旬の野菜は生命力にあふれている。
その命をより引き出すのが、料理。夏子の料理はそういうものだ。
このような命と対比させるように魚住陽子はこの作品で、病や死を描く。
人の命の脆さ、心の壊れやすさ。どうすることもできないことが夏子や水江の傍らを通りすぎてゆく。
諦念と、それでも続く時間へのかすかな希望。
それらをつなぐのもやはり、夏子にとっては食べものを拵えることなのだ。

夏子さんの作る料理を食べたいのはもちろんなのだけど、ここに出てくる野菜を使って丁寧に料理をしてみたくなる、そんな小説。
菜飯屋の客になるより、夏子になりたくなる。
部屋中にお出汁のいい匂いを漂わせて、鍋にたっぷりのお湯を沸かして青菜を茹でたくなる。
私の若い友人で丁寧に料理をし食卓を楽しむ人がいる。彼女にこの本を薦めたところ、夏子の野菜の下ごしらえに対する姿勢にはとても共感できているようだ。

上半期の芥川賞・直木賞候補が決まったが、なぜこの「菜飯屋春秋」が入っていないのか。。
posted by 北杜の星 at 07:38| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月20日

荻原浩「海の見える理髪店」

短編6つが収録されている。
人生におけるちょっとした奇跡のような出来事、それは誰にも必ず起きている。
その奇跡の「時」を切り取って、父と息子、母と娘、夫と妻などの複雑な関係を描いている。

表題の「海の見える理髪店」がやはりもっともよかったかな。
年配の男性が一人でやっている理髪店。そこには大きな鏡が客の目の前にかけてあって、後の海を映していた。
その理髪店にある日若い男性が調髪にやって来た。いつもは美容院で髪をカットしてもらうような男性だ。
店の主は彼に、これまでの自分のしてきたことを語り始めた・・
戦後父親の跡を継いだこと、有名な俳優が客になってきてくれていたこと、結婚をし息子を授かったこと、信頼していた片腕が独立すると聞きその男を殺めてしまったこと。
やがて仕事が終わり、店の主は若い男を送り出す。。

読み進むうちに、「多分、そうなんだろうな」とうすうす感じた通りの結末となる。
悪くない。全然悪くない。
そのほかの5編も読後、しんみりと家族というものを考えさせてくれるて、胸底がキュンとなる。

でもこれは荻原浩の小説を読んでいつも感じることだが、「これって悪くはないんだけど、なんだかなぁ」と思ってしまうのだ。
あざといとまではいかないのだが、このボタンを押すとこうなるでしょという感じがあり過ぎるというか。
独創性もないというか。
こういうのって、よくあるよね、という筋立て。落とし所が決まり過ぎ。
これは小説に対してひねこびた私だから感じるのかもしれないのだけれど、もっと無骨でもいいいんだよと言いたくなる。

そういえば「明日の記憶」も好きじゃなかった。リアリティのなさ以上に私のなかで「これ、絶対的にダメ」なものが生理的にあった。
私がこれまで荻原浩で好きだったのは、「押し入れの中のちよ」というこれも短編集の「お母様のロシアのスープ」だ。
ちょっと不気味なお話しなのだがおもしろかった。
ことさらに読者を感動させようとは思わずに書けば、もっと素敵な小説が書ける人だと思う。それだけの筆力はある人だから。

すみません。今日は辛口となってしまいました。でもこれが好きという方はいると思うので、そういう方は是非楽しんでください。
posted by 北杜の星 at 07:32| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月15日

浅羽通明「反戦・反原発リベラルはなぜ敗北するのか」

自分とは反対意見であっても一応、その意見を聞く耳は持っている。
相手がどのような論旨かを知りたいと思うからだ。人間と言うのは自分が聞きたいことしか聞かない傾向があり、そればやっぱり良くないことだし、どんな反対意見であってもすべてバツということはなく、どこか「ナルホド」と賛成できなくとも理解はできる点が探せるからだ。
第一、反対意見に対して理論武装するうえでも、相手を知ることは大切である。
だからこの本を読んでみた。

不愉快ですねぇ。
「なぜ敗北するのか」の検証がロジカルに書かれていると期待したのだけれど、そういう知的作業はどこにも為されてなくて、ここにあるのは理由なき「せせら笑い」だけ。
どこに著者がリベラルに優越感を持つのかの根拠がわからないのだが、とにかく「せせら笑う」ためにこの本を書いたとしか思えない。
検証などしていなくて最初から結論が出ているのだ。
ほとんど感情論だけの中身のない文章の羅列は虚しいだけ。

「愚劣」で「バカ」で「嘘つき」の政治家に、反省と改心を期待する方が愚劣でバカなのだそうだ。
そんな期待を抱かずに、実力は実力によってしか倒せないことを知るべしだと。
実力ってなんだ?
市民運動を浸透させ成功させるには長い時間がかかる場合がある。その間、あまりの歩みの遅さに絶望的になることだってある。
それでも、何かを信じて希望を持って歩むしかないのだ。
歩みを止めることは、愚劣でバカで嘘つきの為政者の思うつぼにはばることだから。

著者のような日本人がいることは知っているし、アメリカでも下品なトランプ氏を担ぎあげる人間がいるのもわかっている。
でもそれが世界のスタンダードでは決してない。
すぐには勝てないかもしれない。いっけん、敗北に見えるかもしれない。
けれど歴史のなかにおいては、必ず市民の力が勝利する。
いまその運動を嘲笑っている人間はそのとき、何を語るのだろうか?

これは筑摩新書の本だが、筑摩ってもっとちゃんとした出版社だと思っていたんだけど、このような感情論だけの本をセンセーショナルに売ろうとするのは、残念ですね。
もっとしっかりと(どちらの側であっても)首肯できるものを出してください。

posted by 北杜の星 at 08:05| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月07日

石田千「からだとはなす こころとおどる」

からだの弱いひとだ。
風邪をひく。熱をだす。
幼いころからかわらない。
でもそんなひとは、病気をするとからだが身近になることを知っている。
丈夫なひとなら意識しないからだのいろんな部位が、はっきり存在の声をあげるから。
眼、鼻、喉、おなか・・からだじゅうの粘膜が騒ぐ。
熱でぼんやりしたあたまの一点がやけに鋭くなったりもするのを知っている。
病気になると、からだと話せるんですよね。

石田千はひとりぐらし。
病気になったらじっと寝ているしかない。寝て回復をまつしかない。
彼女は熱がでると冷たく甘い飲みものがのみたくなるという。
それって、わかる。私も真水は飲めなくて、ふだんは苦手な甘い飲み物が欲しくなる。
それとあれはどういうわけか寝込むと太巻き寿司が食べたくなる。おいなりさんじゃダメ。

タイトルどおりに、からだとはなし、ことばとおどっているこの本。
ふれる わたる ふりむく なおる えらぶ はしる はなす まつ うたう わすれる なく おちる かく きる かえる おす ひく とぶ ねる やむ きく おどる
22の章は22のひらがなの動詞。
柔らかく軽やかでいて、まわりに気配りをして、でもあんがい頑固かもしれない彼女がいる。
銭湯に行き、いっぱい飲み屋でビール、お気に入りの木にしがみついてする体操。デカダンなのに彼女の文章にはほんものの品がある。
また彼女の文章には昔に引き戻されるような郷愁を感じてしまう。

ほんとに石田千が好きです。
読んでいると、これがいつまでも終わらないでほしいと思うほど。
それだけ浸らせてくれる作家さんはそうはいない。

各章にはモノクロの写真がはさんであって、石田千の姿が写っている。下を向いたり遠くを見たり、カメラ目線がないのが彼女らしい。
ますます独特の文章書きになってゆく石田千にのぞむのは、小説も書いてくださいということ。
不思議な空気感の小説を読みたいものです。
けれどこの本にもかいてあるけれど、「書く」という作業はとても大変で、書くためにはからだやこころや他にもさまざな準備が必要なようで、これじゃぁ気の休まることがないだろうなと、彼女のからだが心配になります。

posted by 北杜の星 at 07:49| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月03日

荻原博子「隠れ貧困」

荻原博子さんって時々コメンテイターとしてテレビに出るあのふっくらとした女性ですよね。
ファイナンシャルのことをサジェスチョンしているのを聴くことはあるけれど、著作を読むのは初めて。
彼女のあのお顔を思い浮かべながら読んだ。

「中流以上でも破綻する危ない家計」というのが副題。
これは最近よく言われるようになったことで、インカムが少ない家庭よりもむしろ多いほうが破綻しやすいのだそうだ。
それには理由があって、バブルがはじけた後になっても浪費癖が抜けなかったり、老後も住宅ローンが残っていたり、教育費など子どもにお金をかけすぎたり・・ということらしい。
年収が1千万くらいあっても、貯金がゼロという家庭も少なくないというが、これではちょっとイレギュラーなことが起これば、家計破綻は必定。
だからここで荻原さんの登場となる。
ローンや保険の見直し方、お金の殖やし方などを指南してくれる。

貯蓄はね、なかなかできませんよね。
それこそ余るほどなければ、余らない。
だけど余ったものを貯金しようと考えるのが間違いで、まず貯蓄分を取って残りを生活費にするようでなければ、お金は貯まらないのだと思う。
享楽的に生きる私たち夫婦はだから、貯金ができていない。
それでも小心者の私なので、備えがなくては安心できなくて、ごくごく平均的なものだけど老後への計画は(十分かどうかわからないけれど)それなりにしてきた(と思いたい)。
これから先がどうなるか?まぁ荻原さんの言う「お金の生活習慣病」にかからないように注意しながら暮らすしかない。
(でもこれは私の経験則からいうのだけど、お金というのはよく言われるように天下の回りもの。出さなければ入らないんですよ。ケチな人にはケチな分しか入らない。これは本当に不思議なこと。人のためにお金が使える人に「福」も「金」もやって来るものなのです。)

「老後破綻」という言葉に強く反応してしまうのは、私たち夫婦の友人知人に破綻した人がいるからだ。
3人いるのだが彼ら全員がほんの10年前までは、裕福と言ってもいいくいの暮らしをしていた。
Aさん夫婦は世田谷の家のローンが毎月70万円。グルメの彼らは毎日のように人を集めて宴会をしていたらしい。
だが自由業の夫に仕事が来なくなり、糖尿病で足を切断、妻は腎臓透析を受ける身となっていて、生活手段を模索している。
Bさんは東京下町の名士の親の代から千葉に別荘を持っていたが、なにかの投資に失敗したのかすべてを手放し、奥さんから三行半となったうえに胃がんを罹病してしまった。唯一救われるのは年金があることで、今は息子と二人部屋を借りて暮らしている。
Cさん夫婦はこれまた億ションを買ったものの、やはりバブルがはじけて仕事がなくなった。それなのに奥さんは栄華が忘れられずに贅沢を続けた。
結果、マンションを維持できなくなって現在は売り出し中だが、値段が下がっているため、売ってもなお借金は残ってしまう。
これで仕事がまったくなくなった場合には生活保護だと言っているそうだ。

。。なんでこうなってしまったのか。
おそらく、本人たちもよくわからないのではないだろうか。
彼らのことを思うと暗澹たる気持ちになるけれど、ある意味自業自得の輪にはまったのだと思う。
もし「あのとき」がわかるなら、きっと「あのとき」に戻ってやり直したいに違いない。

彼らのようにならないために、自分を戒めるためにも、この本を読んでみたけれど、お金のことって、日々のことだけによくわからない。に
私も荻原さんに家計診断をしてもらいたいです。
posted by 北杜の星 at 07:25| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月01日

稲垣栄洋「植物はなぜ動かないのか」

つねづね私は植物は動物よりずっと霊性が高いと思っている。
その理由は動物は厭ならその場を動くが、植物は動かずどんな悪条件にもじっと耐えているからだ。
大木や古木のそばに居ると涙がでてきて、おおいなるものを感じて畏怖の念に包まれる。
こらえ性のない私は植物の偉大さにひれ伏すのみなのである。

でもこれはスピリチュアルな本ではありません。自然科学の本です。
ひさしぶりに面白い自然科学の本を読んだという感じ。
しかもこの本はたんに植物だけでなく、人間にとっても示唆に富んでいる。
それは「強さ」「弱さ」とは何なのか?という命題を考えさせてくれるからだ。

雨が降らなくても植物はそこにいる。
害虫に葉っぱを食われても動かない。
それでは植物は何もできない弱い存在なのか?

動物の進化のスピードはとても緩やかだが、植物のそれは速い。
環境の変化に適応し生き延びるために、どんどん形態を変えて来た。それが植物が生き残る術だったのだ。
植物連鎖の最底辺にいる植物は食べられない工夫をしてきた。変な匂いを出すこと、毒をもつことなどがそうだ。
それでも毒に強い草食動物はいるし、その匂いを好物とする動物もいる。
そこはうまく共存しながら進化してきたようだ。

私たちは「雑草は強い」と思っている。
確かに雑草はすぐに伸びる。抜いても抜いても生えてくる。
我が家の庭は夫が今肘痛のため草刈りができないので、草ボーボーとはこのことかというくらい、伸び放題になっている。
植えた草花を完全に凌駕している状態だ。
しかし、脳学者で「雑草生態学」専攻の著者は雑草は弱いからこそ生き延びたというのだ。
「雑草の成功戦略を一言でいえば「逆境×変化×多様性」なのだそうだ。
例としてオオバコが紹介されているが引用すると長くなるので、興味ある人はぜひ読んでください。

どんなものにも生存理由があり、価値があり、強さと弱さを兼ね備えている。。
ね、なにやら人間っぽいですよね。
別に植物を擬人化しているほんではなく、れっきとした自然科学の本なのだけど、いろんな意味で面白かったです。
「ちくまプリマー新書」(820円+税)。

posted by 北杜の星 at 07:41| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月31日

乾ルカ「花が咲くとき」

札幌に住む小6の大介。
両親は国立大出だからか、それほど悪くはない大介の成績に厳しい。
そんな鬱屈をはらすために、夜になると、隣家の庭の木の花芽を見つけると削ぎ取っている。
隣家には偏屈な老人、佐藤北海が住んでいて、いつもその木の下にたたずんでいる。
ある日、大介が削り忘れた花芽が開花した。
それを見た北海は突如、ボストンバッグを抱えて旅に出かけようとする。
ちょうど両親に叱られ家出を決意した大介は、北海を追うこごにした。。
北海はどこに行くのか?
秘密を抱えていそうな北海の目的はなんなのか?
北海と大介のロード・ノヴェルはこうして始まる。

乾ルカは「夏光」や「メグル」で、不思議な超常的な小説を書いたが、この大介にもちょっとしたそんな能力がある。
それは会う人からの「気配の色」が見えること。
その色で人の思惑や人柄を大介ながらに判断しているのだ。そしてそれは大介を正しい方向に導くことになっている。

時代設定は昭和50年代半ばだろうか。
戦争体験をもつ人たちがまだ多く存命していた頃だ。戦争後遺症から抜け出せない人たちの戦争の落とし前のつけ方の苦しみ。
名古屋、舞鶴、下関、そして長崎・・北海と大介の旅で出会うリュックの大学生、トラック運転手、ストリッパー、包丁研ぎ師。
彼らは大介に大切なものは何かをそれとなく教えてくれる。
そう、これは大介の成長物語でもある。

やはり感動的なのは最終章で、「許す」「許される」ことの意味が描かれている部部分だろう。
北海の正直さがストレートに胸を打つ。
許すことも許されることも難しい。忘れられない事実をにそれができるのは神様だけだ、
人間が出来ないからこそ、神様がその代わりをしてくれるのではないか?

乾ルカの小説はわりと出来不出来がはっきりしていて、こんなの書かないでと思うこともあるけれど、これは気に入りました。
彼女は幼い子を主人公にするのが巧いですね。
好きな作家さんなので次作にも期待です。

posted by 北杜の星 at 07:33| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月23日

岩阪恵子「掘るひと」

少し前に岩阪恵子のエッセイ「台所の詩人たち」を読んでその文章の落ち着きが気に入り、小説もと選んだのがこの「掘るひと」。
9つの短編の主人公はみな中年の女性だ。
夫や夫の家族などに言葉にならない違和感をもっている。
言葉にならないからこそ、出さなかった言葉は積み重なって、彼女たちの心から溢れそうだ。
これ以上の我慢ができなければ、なにか恐ろしいことが起こるかもしれない。。
しかし主人公たちはそこまではいかないで、境界の一歩手前で踏みとどまり足踏みをしている。
その感情の微妙さが淡々と描かれている。

「雨のち雨」も素晴らしかったが、この「掘るひと」も印象に残る小説集だ。
派手な道具たてはどこにもない。
日常の暮らしのなかでのちょっとした出来事があるだけ。
穴を掘る、マーマレードをつくる、通夜でのできごと、ベランダに来る猫・・
なにも特別なことはないのに、ディテールにハッとしてしまう。
ここには小説で味わうしかできない愉しさがあって、つくづく巧い作家だなと思う。
「そうそう、こういうのを読みたかったのよね」。

女性の視点からだろうか、短編に登場する男たちの「駄目さ加減」に苦笑しながら頷くことしばしばだった。
たぶん男は自分たちのある部分の欠損や過剰さに気づいてはいないのだろう。
それに反応する女をうっとうしがっているきらいもある。
男と女の違いと言ってしまえばそれまでなのだけれど。。

岩阪恵子は最初は詩を書いていたひと。
彼女が師事していたのが詩人(小説家でもある)清岡卓行で、後に結婚をした。
詩人の夫のそばでは詩は描けなくなったのか、彼女は小説と評伝を書くようになった。
私は木山捷平の大ファンなので、彼女の「木山さん、捷平さん」は今でも持っている。
最近「私の木下杢太郎」という評伝を出したそうで、それも読んでみたい。(といっても杢太郎のことはよく知らないのだけれど)。

資料調べに時間のかかる評伝もいいけれど、小説も書いてください、岩阪さん。
中年から老年になりつつある女性たちの心がどのように変化したか、しないのか、それを読みたいです。
posted by 北杜の星 at 07:33| 山梨 | Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月17日

井上荒野「ママがやった」

このザラザラした空気感。
こんな井上荒野を私は読みたかった。
でもこれ、説明するのがちょっとむつかしい小説だ。
ストーリーはある。のっけからママがパパを殺すのだ。
たしかに「ママがやった」のだが、理由がわからない。
憎しみや恨みや腹立たしさなどの激情はどこにもない。
そして拓人を殺した後の百々子は動揺も見せず、経営する居酒屋に居合わせた長女と次女にご飯を食べさせるのだ。いつものように。
娘たちは警察に連絡しようとはしない。これもごく当たり前のように。
彼女たちに違和感を持つのは息子だけだが、彼とて、積極的に何かをしようとはしない。

拓人のような男っている。
やさしくてやたら女にもてる。70を過ぎた今も恋愛関係の女性がいる。
仕事をしないが、イラストレーターとか小説家とかを自称する。
妻に養われるヒモ。
そう、どうしようもない男だ。
百々子はある時から一切、拓人のすること、しないことに口をはさまなくなった。
そんな拓人だが、人と人の関係は不思議なもので、家族は拓人に慰められたり癒されたりもする。

読み進むうちに「この小説って誰がホントの主人公なんだろう?」と考えてしまった。
何がテーマなのか?
曖昧さと混乱の恐ろしさがじわりと湧いてくる。
50年間、拓人と夫婦でいた百々子の心の底にはなにがあったのか?
諦めてはいなくて、彼女は拓人に強く深い愛情をもっていたのだろうか。
それにしてもなぜ今?という気がするが、これこそがこの小説のテーマなのかもしれない。

不可解さと不穏さを描かせたら、井上荒野は巧いですね。
楽しめた一冊でした。
posted by 北杜の星 at 07:28| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月16日

岩阪恵子「台所の詩人たち」

雨模様の日の午後、そういえば雨のついた題名の本を読んだことがあるのだけど、あれ、とても良かったのだけど、誰の本だったか?と一生懸命思いだし、そうそう岩阪恵子だったとわかった時の安堵感。
以前は読んだ本のことは忘れなかったのだが、このところの記憶の薄さには我ながらあきれるばかり。
そう、岩阪恵子の「雨のち雨」という短編週だった。

岩阪恵子は寡作作家だ。それにマイナーと言っていいくらいベストセラーには縁遠いひと。
新作がいつ出たかあまりわかりようがないし、ライブラリーが購入してくれることもない。
けれど彼女の静謐な文章は澄んでいて、細やかな情景にその心象が浮かび上がる。それでいて変なべとつきがないのがいい。
久しぶりに岩阪恵子を読んでみようと借り出してきたのがこの本。人生における
岩阪恵子の初めてのエッセイ集だ。

四半世紀にもわたる長い期間のエッセイを集めている。もっとも古いのは1976年のものだそうだ。
赤ん坊が生まれたばかりの頃らしい。
(彼女は師事していた25歳年上の孤高の詩人と言われた清岡卓行と結婚)。
一番新しいのが2000年で本が発刊されたのが2001年。
小説や評伝を書きながら主婦の仕事をする生活のあれこれが描かれていたり、生後まもなく移り結婚するまで住んだ大阪淀川沿いの町のこと、心に留める詩人や作家の作品についてなどの文章がならんでいる。
どれも落ち着きがあって、読む私の神経をしずめてくれる。

もうすっかり東京暮らしのほうが長いはずなのに、故郷大阪の淀川はいつも彼女の内にある。
それは懐かしいという感情以上に彼女の根っことなっているようyだ。
そうした一つの土地への強い気持ちの希薄な私にはそのことが羨ましい。
背骨というか肝というか、そういう核のない自分の弱さが顕わになったような気がする。

私が好きだったのが「歩くのが、いちばん」というエッセイだった。
電車には酔う、飛行機は怖い。自転車にも乗れない。泳げない。そんな岩阪恵子ができるのが「歩くこと」。
息子から「過去人」と揶揄されても、歩くことがいちばん「日常」に近いと彼女は言う。
そしてこの「日常」を歩きながら見るように描いたのが、庄野潤三だと書いているのだ。

「庄野氏はゆったりとした歩幅で足を運びながら、街を眺め、人を眺め、家族とそして自分を見つめる。もっとも氏の心の安らぐのは、自然に目を向けたときだろう。それらのものが庄野氏の体内を経て、言葉になって書きあらわされるとき、ユーモアを交えた静かな語り口の背後に、人生における黒い陥弄を覗き知ってしまった人の悲哀が隠されているのを、人は感じるだろう。」

これほど庄野潤三を確かに評した文章はないと思う。
この本のどの文章も素敵だったが、これを読めたのがなによりの僥倖でした。
次は「掘るひと」を読もうと、借りて来ています。
posted by 北杜の星 at 07:32| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月13日

旭屋出版 カフェ&レストラン出版部「BARISTA LIFE」

バリスタとは広範囲には、バールやレストランで飲み物をつくってサービスをする人をいうが、日本ではコーヒー、それもエスプレッソを供する人の意味で使われる。
この本の副題は「バリスタという生き方を選んだ28人」というもので、バリスタの先駆者からニュー・カマーまでのバリスタが紹介されている。

まさかバリスタが憧れの職業になるとは夢にも思わなかった。
私がイタリアを最初に訪れたのは1969年の夏の終わり。
エスプレッソを飲んだのは多分、ローマだったと記憶する。
小さなカップにほんの一口の濃くて苦い、でもなんともいい香りの褐色の液体に、スプーン山盛り2杯の砂糖を入れた。
カップの底に溜まった砂糖はスプーンですくって食べた。隣のお客さんの真似をして。
(その同じ滞在のときに、bitter(ビッテル)という赤や緑のこれまたすごく苦い飲み物も初体験したのだが、イタリアには苦い飲み物が多いなというのが印象だった。)
日本ではエスプレッソなどほとんど誰も知らない時代だった。

あれから半世紀近く。
イタリアというよりもシアトル系カフェ経由で、エスプレッソは日本で有名になった。
スターバックスの出店がない県って、まだあったっけ?というくらい日本中にエスプレッソは行き渡った。
そしてそこで働くバリスタという仕事も知られるようになった。

この本に載っているバリスタたち、男性も女性も本当にいい笑顔をしている。
コーヒーを淹れて、お客さんに喜んでもらうことが天職のようだ。
好きなことを仕事に選んだ厳しさもそこにはあるだろうが、でもやっぱり好きな仕事ができるのはなによりだ。
彼らの働きぶりを見たいものである。

イタリア人は怠け者と思われている。
しかしバールやレストランでサービスする人はものすごい働き者なのだ。ひとときもじっとしていない。
お客さんが少ないときにはグラス類を磨き、床の掃除をし、ゴミを出汁、とにかくいつも動いている。しかも姿勢がピンと伸びていてカッコイイ。
どんなに混んでいても、注文を間違うことはないし、隅々までちゃんと目を配ってみている。
現在のイタリアのバールでは、キャッシャでまずお金を払って、そのレシートを持ってカウンターで注文をするのだが、以前は飲んだ後でカウンターでバリスタにお金を支払っていた。
彼らはお客さんからもらうわずかなチップを何十年も貯めて、自分のバールの開店資金にしていたんだよと、夫が話してくれたことがある。
いまはカウンターにチップを置く客はいなくなったけど。
イタリアのようなプロのバリスタが日本で続々誕生しているなんて、素敵ではないか。

でも美味しいコーヒーをと気持ちがはやりすぎて、お客さんが緊張するようではいけない。
コーヒーはリラックスするために飲むもの。
バリスタはあまりウンチクを述べず、自分の仕事に忠実になっていればいいのだと思う。
誰が飲んでも美味しいものは美味しいはずだものね。

この本には私がいつか行ってみたいと思っていたカフェが掲載されている。
それは島根県安来市にある「カフェ・ロッソ」というお店だ。
安来節で有名なあの安来である。そんな小さな町にすこぶるつきのバリスタがいるのだ。
いつかカフェ・ロッソのエスプレッソを飲みたい。
エスプレッソ一杯のために旅行をするというのもちょっといいかもしれない。のm「いつか」が実現すればいい。

ちなみに私がこれまで飲んだ一番のエスプレッソというかカプチーノは、ローマのテルミニ駅の北側の、労働者が朝食を摂るバールで飲んだもの。
観光客が行かない小さなバールに、英語で言うところの「首の後ろが日焼けした」(ブルー・カラー)人たちで満員だった。
あの一杯は忘れられない。
くいっとまるでリキュールでもひっかけるみたいにエスプレッソを飲む彼らって、とてもとてもかっこよかった!
バリスタもセクシーだった。
日本のバリスタたちも、もっともっとセクシーになってほしいです!

ところで日本人はなんでエスプレッソに砂糖を入れないの?
イタリア人は「日本にはズッケロ(砂糖)がないのか?」と不思議がっている。
エスプレッソにはやはり砂糖を入れるほうが断然美味しいと思うな。
普段のブレンド・コーヒーや紅茶を甘くはしない私でも、エスプレッソには砂糖を入れます。
昨日、東京神楽坂で飲んだカフェ・クレームにも、きれいな泡の絵がありました。その泡が消えたころに少しだけ砂糖を入れたら、ホッとする味になりました。
posted by 北杜の星 at 07:06| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月10日

エマニュエエル・トッド「シャルリとは誰か?」

2015年1月7日、パリの風刺雑誌「シャルリ・エプド社」が襲撃され風刺漫画家や編集者たち11人が死亡、多くの人が負傷した。
イスラム教ムハンマドを冒涜したという理由で、イスラム過激派が起こした事件だった。
このことに対しての大規模な集会デモがフランス全土で行われ、パリではオランド大統領、パリ市長、ドイツのメルケル首相、イギリスのキャメロン首相らが並んで先頭を歩いた。
デモに参加した人たちには「私はシャルリ」と書いたプラカードを掲げた者も多かった。彼らは事件の犠牲者への哀悼と「表現の自由」を求めて歩いた。

「私はシャルリ」
では「シャルリとは誰か?」
歴史学者で人類学者であるエマニュエル・トッド氏がテロ後まもなく出版したこの本は、フランスの政治家や哲学者、またフランス国民たちから激しい拒否感を含めた大論争を引き起こしたという。
この本でトッド氏が書くのは、あのデモに参加したのは「ゾンビ・カトリック教」の人間たちで、それは「表現の自由」を掲げた「欺瞞的で排外主義的であった」ということである。
そこには「宗教の衰退と格差拡大によって高まる排外主義がヨーロッパを内側から破壊しつつ」ある現状そのものだと。
フランスの理念であるべき「自由・平等・博愛」はどこにもないと。
彼らの危機感がヨーロッパを崩壊させるのではないか。

非常に興味深い本だ。
我々はなにか事件が起きると、それをエモーショナルに捉えヒステリックに行動しがちである。
しかしモノゴト、とくに政治的なことには我々の及びもつかない「真相」があることが多い。
例えば湾岸戦争での「油にまみれた水鳥」の映像を覚えているだろうか?
イラクが放出した油によって苦しんでいる水鳥の映像に、「イラクってなんて酷い国なんだ!」と私でさえ怒った。
けれどあれはイラクがしたのではなかったと、後で真相がわかったのだ。
国際政治はわかりにくい。それによって派生する事件の真相もわかりにくい。私たちに本当のことがあわかるのは何年も何十年も経ってからだ。
永遠にわからないことだってある。
戦争をしていた国と国が仲良くなったり、また憎み合ったり。。
(前の戦争で日本人はアメリカやイギリスを「鬼畜米英」と「憎まされて」いた。それが戦争が終わったらとたんに親米になりそれが今もずっと続いている。)

大切なのは、一方からの情報だけで判断しないことではないだろうか。
反対側からの意見を知り、自分のアタマで考えることだ。
そういう意味で、私はこの本を推奨します。
この本がフランスで大論争を起こしたこと自体が意義のあることだと思う。
「流されないこと」・・何も考えないで批判しないと、いつのまにか誰かが意図した方向に流されてしまう。それはとても怖いことだ。
posted by 北杜の星 at 07:38| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月05日

小川洋子・鹿島田真希ほか「どうぶつたちの贈り物」

5人の作家による動物小説アンソロジー。
作家たちの名前には動物の名前がそのまま、あるいはひっそりと隠れている。

東川篤哉「馬の耳に殺人」
白河三兎「幸運の足跡を追って」
鹿嶋田真希「キョンちゃん」
似鳥 鶏「蹴る鶏の夏休み」
小川洋子「黒子羊はどこへ」

作家の名前にちなんだ動物で小説を書いてもらおうという出版社の企画だ。
でもこれ、はっきり言って企画倒れ。
企画が良いからといって、小説が良いとは限らないんですね。
そして小説が良くなければ、アンソロジーとして良くなるわけがない。
あのいつもは素晴らしい小川ワールドに浸らせてくれる小川さんさえも、ここではちょっと。。という感じ。
とても残念。
他の小説にいたっては、ミステリーっぽいものが多いけど、どれもつまんなかった。鹿嶋田真希は期待していたものの、これもグダグダしてるだけだった。
初めて読む作家さんが二人いたけど、彼らをこれからも読もうという気にはならなかった。
正直、途中で読むのを止めたものがあるくらいだ。

ごめんなさい。今日のブログはこれ以上書く気がしません。。
作家を恨んではいませんが、編集者を恨みます。
posted by 北杜の星 at 07:02| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月26日

旭屋出版編集部「カルパッチョ!カルパッチョ!」

カルパッチョが大好きだ。
新鮮な刺身を薄切りにして皿に並べ、その上からたらーりと上質のオリーブオイルをまわしかけて、あとは塩・コショウをし、レモンを絞る。
その上にルッコラを散らすとより美味しくなる。
技なしでこんなに美味しくていいのっていう感じなのに、立派なお客さま料理になってくれるからありがたい。

でももともとのカルパッチョは牛肉のヒレを使ったもので、画家のカルパッチョ氏の好物だったのだとか。
そういえば最初ごろのカルパッチョは魚ではなくて牛肉だった。上にパルミジャーノのスライスが乗っていた。
ヨーロッパでは魚の生は食べないが、肉の生はタルタルステーキがあるように食べるのだ。
大昔、初めてパリに行ったときに注文したいわゆるハンバーグステーキがほとんどレアだったのにはびっくりした。挽肉がレア!?
ちょっと抵抗があった記憶がある。
でも今ではヨーロッパでも生の魚を食べるようになった。SUSHIは大人気だ。

驚くなかれ、カルパッチョは肉や魚だけではなくなていて、野菜や果物というのまであるようだ。
この本には有名レストランのシェフによるレシピのカルパッチョが、和洋中のみならず韓、エスニック風なものも紹介されている。
プロの料理人がつくるからなのか、材料の量が一定ではないし(4人前とかいうのではなく、大量の場合がある)、大サジ一杯とかの表示ではなく、適宜とか書いてある。
でももぁ写真があるので、常識の範囲でそう失敗はないと思う。
この料理の写真が美しいんです。思わずどれも作ってみたくなる。
これから暖かくなる季節にはカルパッチョはいいんじゃないかな?

私の夫が時々思い出したように、カルパッチョのことを話すことがある。
それはもう15年ほど前にイタリア中部のアッシジの下の街で食べた料理だった。
ローマからペルージャに向かう途中、アッシジでお昼時になった。上の街まで行くとレストランは多いが観光客も多いので、下の街で食べようということになった。
ガイドブックで見ると三ツ星ホテルのレストランが見つかったので入ることにした。
お客は他に一人だけだったので、ちょっと失敗したかなと心配になったのだが、サービスの人が薦める「カルチョッフィのカルパッチョ」なるものを前菜に注文した。
カルチョッフィとはアーティチョークのこと。
しばらくするとそのお皿が来た。薄切りの生のカルチョッフィとパルミジャーノとルッコラだった。
カルチョッフィは大好きだが生が食べられるとは考えたこともなかった。カルチョッフィは下ごしらえが大変な野菜で、レモン汁で茹でないと食せないものだと思っていた、
ウェイターに訊ねたら「今、裏の庭から採ったばかりだから、生でも食べられるんだ」と大いに自慢していた。
京都では新鮮な筍を刺身で食べるが(一度食べたことがあるが、それほど美味しいとは思わなかった。ちゃんと茹でて食べる方が断然美味しかった)、カルチョッフィのカルパッチョは文句なしに美味しかったが、夫には味以上に料理そのものが衝撃的だったようだ。
それ以来、毎年5月に掘りたての筍を友人が持って来てくれると、すぐに茹でて、生ではないが筍のカルパッチョをつくることにしている。
同じようにパルミジャーノとルッコラを上に乗っけて。
私たちがカルチョッフィのカルパッチョに驚いたように、初めてそれを見る人は一様にめずらしがって食べてくれる。

この本には、たこをナンプラー味にしTがり、ほたてのバター醤油というのもあるので、お好みのカルパッチョをつくってみてはいかがだろうか。
私はやっぱりシンプルに、オイルと塩・コショウが好みです。
posted by 北杜の星 at 07:14| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする