2016年06月21日

魚住陽子「菜飯屋春秋」

魚住陽子を読むのはずいぶんひさしぶり。
最後に読んだのがいつだったか思い出せないくらいの寡作作家さんだ。
あの頃の作品とはかなり作風が違っている気がした。前のはもっと純文学っぽかったよううな記憶がある。
でもこの「菜飯屋春秋」、とてもよかった。
ある年齢にならないと書けない人生の深みが感じられる。輝くことも翳りのあることもどちらも経験し、それを受け止めている人の、今は静かになった心・・
そんな印象だ。

離婚後、小さな店を開いている夏子は北関東の出身。
店は居酒屋でもなく定食屋でもない。
「お惣菜を食べられる喫茶店みたいな店。お酒より煎茶やほうじ茶を出して、ハレの御馳走は無理だけれど、定食やより、もうちょっと非日常的な店」。
春夏秋冬、季節の野菜がメインに料理され供される。

夏子に料理を教えてくれた水江は一まわり近く年上の、今では大切な友人だ。
水江は料理だけでなく俳句の世界に夏子を誘う。
この本にときおり差し挟まれているいくつかの俳句が、ハッとするほど鮮やかなのは、魚住陽子自身が俳句をする人だからだろう。
これらの俳句が素晴らしいスパイスとなっている。(菜飯屋の佇まいならスパイスというよりは「薬味」かな)。

店に来る客たちも、それぞれ人生を背負っている。
彼らの一人として「ただの客」などいない。
突然店を手伝いに故郷の町からやってきたサヤは箸にも棒にもかからないほどおかしな子だったが、紆余曲折を経て少しずつ成長する。
そこに介在するのは「食べもの」である。旬の野菜である。

旬の野菜は生命力にあふれている。
その命をより引き出すのが、料理。夏子の料理はそういうものだ。
このような命と対比させるように魚住陽子はこの作品で、病や死を描く。
人の命の脆さ、心の壊れやすさ。どうすることもできないことが夏子や水江の傍らを通りすぎてゆく。
諦念と、それでも続く時間へのかすかな希望。
それらをつなぐのもやはり、夏子にとっては食べものを拵えることなのだ。

夏子さんの作る料理を食べたいのはもちろんなのだけど、ここに出てくる野菜を使って丁寧に料理をしてみたくなる、そんな小説。
菜飯屋の客になるより、夏子になりたくなる。
部屋中にお出汁のいい匂いを漂わせて、鍋にたっぷりのお湯を沸かして青菜を茹でたくなる。
私の若い友人で丁寧に料理をし食卓を楽しむ人がいる。彼女にこの本を薦めたところ、夏子の野菜の下ごしらえに対する姿勢にはとても共感できているようだ。

上半期の芥川賞・直木賞候補が決まったが、なぜこの「菜飯屋春秋」が入っていないのか。。
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2016年06月20日

荻原浩「海の見える理髪店」

短編6つが収録されている。
人生におけるちょっとした奇跡のような出来事、それは誰にも必ず起きている。
その奇跡の「時」を切り取って、父と息子、母と娘、夫と妻などの複雑な関係を描いている。

表題の「海の見える理髪店」がやはりもっともよかったかな。
年配の男性が一人でやっている理髪店。そこには大きな鏡が客の目の前にかけてあって、後の海を映していた。
その理髪店にある日若い男性が調髪にやって来た。いつもは美容院で髪をカットしてもらうような男性だ。
店の主は彼に、これまでの自分のしてきたことを語り始めた・・
戦後父親の跡を継いだこと、有名な俳優が客になってきてくれていたこと、結婚をし息子を授かったこと、信頼していた片腕が独立すると聞きその男を殺めてしまったこと。
やがて仕事が終わり、店の主は若い男を送り出す。。

読み進むうちに、「多分、そうなんだろうな」とうすうす感じた通りの結末となる。
悪くない。全然悪くない。
そのほかの5編も読後、しんみりと家族というものを考えさせてくれるて、胸底がキュンとなる。

でもこれは荻原浩の小説を読んでいつも感じることだが、「これって悪くはないんだけど、なんだかなぁ」と思ってしまうのだ。
あざといとまではいかないのだが、このボタンを押すとこうなるでしょという感じがあり過ぎるというか。
独創性もないというか。
こういうのって、よくあるよね、という筋立て。落とし所が決まり過ぎ。
これは小説に対してひねこびた私だから感じるのかもしれないのだけれど、もっと無骨でもいいいんだよと言いたくなる。

そういえば「明日の記憶」も好きじゃなかった。リアリティのなさ以上に私のなかで「これ、絶対的にダメ」なものが生理的にあった。
私がこれまで荻原浩で好きだったのは、「押し入れの中のちよ」というこれも短編集の「お母様のロシアのスープ」だ。
ちょっと不気味なお話しなのだがおもしろかった。
ことさらに読者を感動させようとは思わずに書けば、もっと素敵な小説が書ける人だと思う。それだけの筆力はある人だから。

すみません。今日は辛口となってしまいました。でもこれが好きという方はいると思うので、そういう方は是非楽しんでください。
posted by 北杜の星 at 07:32| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月15日

浅羽通明「反戦・反原発リベラルはなぜ敗北するのか」

自分とは反対意見であっても一応、その意見を聞く耳は持っている。
相手がどのような論旨かを知りたいと思うからだ。人間と言うのは自分が聞きたいことしか聞かない傾向があり、そればやっぱり良くないことだし、どんな反対意見であってもすべてバツということはなく、どこか「ナルホド」と賛成できなくとも理解はできる点が探せるからだ。
第一、反対意見に対して理論武装するうえでも、相手を知ることは大切である。
だからこの本を読んでみた。

不愉快ですねぇ。
「なぜ敗北するのか」の検証がロジカルに書かれていると期待したのだけれど、そういう知的作業はどこにも為されてなくて、ここにあるのは理由なき「せせら笑い」だけ。
どこに著者がリベラルに優越感を持つのかの根拠がわからないのだが、とにかく「せせら笑う」ためにこの本を書いたとしか思えない。
検証などしていなくて最初から結論が出ているのだ。
ほとんど感情論だけの中身のない文章の羅列は虚しいだけ。

「愚劣」で「バカ」で「嘘つき」の政治家に、反省と改心を期待する方が愚劣でバカなのだそうだ。
そんな期待を抱かずに、実力は実力によってしか倒せないことを知るべしだと。
実力ってなんだ?
市民運動を浸透させ成功させるには長い時間がかかる場合がある。その間、あまりの歩みの遅さに絶望的になることだってある。
それでも、何かを信じて希望を持って歩むしかないのだ。
歩みを止めることは、愚劣でバカで嘘つきの為政者の思うつぼにはばることだから。

著者のような日本人がいることは知っているし、アメリカでも下品なトランプ氏を担ぎあげる人間がいるのもわかっている。
でもそれが世界のスタンダードでは決してない。
すぐには勝てないかもしれない。いっけん、敗北に見えるかもしれない。
けれど歴史のなかにおいては、必ず市民の力が勝利する。
いまその運動を嘲笑っている人間はそのとき、何を語るのだろうか?

これは筑摩新書の本だが、筑摩ってもっとちゃんとした出版社だと思っていたんだけど、このような感情論だけの本をセンセーショナルに売ろうとするのは、残念ですね。
もっとしっかりと(どちらの側であっても)首肯できるものを出してください。

posted by 北杜の星 at 08:05| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月07日

石田千「からだとはなす こころとおどる」

からだの弱いひとだ。
風邪をひく。熱をだす。
幼いころからかわらない。
でもそんなひとは、病気をするとからだが身近になることを知っている。
丈夫なひとなら意識しないからだのいろんな部位が、はっきり存在の声をあげるから。
眼、鼻、喉、おなか・・からだじゅうの粘膜が騒ぐ。
熱でぼんやりしたあたまの一点がやけに鋭くなったりもするのを知っている。
病気になると、からだと話せるんですよね。

石田千はひとりぐらし。
病気になったらじっと寝ているしかない。寝て回復をまつしかない。
彼女は熱がでると冷たく甘い飲みものがのみたくなるという。
それって、わかる。私も真水は飲めなくて、ふだんは苦手な甘い飲み物が欲しくなる。
それとあれはどういうわけか寝込むと太巻き寿司が食べたくなる。おいなりさんじゃダメ。

タイトルどおりに、からだとはなし、ことばとおどっているこの本。
ふれる わたる ふりむく なおる えらぶ はしる はなす まつ うたう わすれる なく おちる かく きる かえる おす ひく とぶ ねる やむ きく おどる
22の章は22のひらがなの動詞。
柔らかく軽やかでいて、まわりに気配りをして、でもあんがい頑固かもしれない彼女がいる。
銭湯に行き、いっぱい飲み屋でビール、お気に入りの木にしがみついてする体操。デカダンなのに彼女の文章にはほんものの品がある。
また彼女の文章には昔に引き戻されるような郷愁を感じてしまう。

ほんとに石田千が好きです。
読んでいると、これがいつまでも終わらないでほしいと思うほど。
それだけ浸らせてくれる作家さんはそうはいない。

各章にはモノクロの写真がはさんであって、石田千の姿が写っている。下を向いたり遠くを見たり、カメラ目線がないのが彼女らしい。
ますます独特の文章書きになってゆく石田千にのぞむのは、小説も書いてくださいということ。
不思議な空気感の小説を読みたいものです。
けれどこの本にもかいてあるけれど、「書く」という作業はとても大変で、書くためにはからだやこころや他にもさまざな準備が必要なようで、これじゃぁ気の休まることがないだろうなと、彼女のからだが心配になります。

posted by 北杜の星 at 07:49| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月03日

荻原博子「隠れ貧困」

荻原博子さんって時々コメンテイターとしてテレビに出るあのふっくらとした女性ですよね。
ファイナンシャルのことをサジェスチョンしているのを聴くことはあるけれど、著作を読むのは初めて。
彼女のあのお顔を思い浮かべながら読んだ。

「中流以上でも破綻する危ない家計」というのが副題。
これは最近よく言われるようになったことで、インカムが少ない家庭よりもむしろ多いほうが破綻しやすいのだそうだ。
それには理由があって、バブルがはじけた後になっても浪費癖が抜けなかったり、老後も住宅ローンが残っていたり、教育費など子どもにお金をかけすぎたり・・ということらしい。
年収が1千万くらいあっても、貯金がゼロという家庭も少なくないというが、これではちょっとイレギュラーなことが起これば、家計破綻は必定。
だからここで荻原さんの登場となる。
ローンや保険の見直し方、お金の殖やし方などを指南してくれる。

貯蓄はね、なかなかできませんよね。
それこそ余るほどなければ、余らない。
だけど余ったものを貯金しようと考えるのが間違いで、まず貯蓄分を取って残りを生活費にするようでなければ、お金は貯まらないのだと思う。
享楽的に生きる私たち夫婦はだから、貯金ができていない。
それでも小心者の私なので、備えがなくては安心できなくて、ごくごく平均的なものだけど老後への計画は(十分かどうかわからないけれど)それなりにしてきた(と思いたい)。
これから先がどうなるか?まぁ荻原さんの言う「お金の生活習慣病」にかからないように注意しながら暮らすしかない。
(でもこれは私の経験則からいうのだけど、お金というのはよく言われるように天下の回りもの。出さなければ入らないんですよ。ケチな人にはケチな分しか入らない。これは本当に不思議なこと。人のためにお金が使える人に「福」も「金」もやって来るものなのです。)

「老後破綻」という言葉に強く反応してしまうのは、私たち夫婦の友人知人に破綻した人がいるからだ。
3人いるのだが彼ら全員がほんの10年前までは、裕福と言ってもいいくいの暮らしをしていた。
Aさん夫婦は世田谷の家のローンが毎月70万円。グルメの彼らは毎日のように人を集めて宴会をしていたらしい。
だが自由業の夫に仕事が来なくなり、糖尿病で足を切断、妻は腎臓透析を受ける身となっていて、生活手段を模索している。
Bさんは東京下町の名士の親の代から千葉に別荘を持っていたが、なにかの投資に失敗したのかすべてを手放し、奥さんから三行半となったうえに胃がんを罹病してしまった。唯一救われるのは年金があることで、今は息子と二人部屋を借りて暮らしている。
Cさん夫婦はこれまた億ションを買ったものの、やはりバブルがはじけて仕事がなくなった。それなのに奥さんは栄華が忘れられずに贅沢を続けた。
結果、マンションを維持できなくなって現在は売り出し中だが、値段が下がっているため、売ってもなお借金は残ってしまう。
これで仕事がまったくなくなった場合には生活保護だと言っているそうだ。

。。なんでこうなってしまったのか。
おそらく、本人たちもよくわからないのではないだろうか。
彼らのことを思うと暗澹たる気持ちになるけれど、ある意味自業自得の輪にはまったのだと思う。
もし「あのとき」がわかるなら、きっと「あのとき」に戻ってやり直したいに違いない。

彼らのようにならないために、自分を戒めるためにも、この本を読んでみたけれど、お金のことって、日々のことだけによくわからない。に
私も荻原さんに家計診断をしてもらいたいです。
posted by 北杜の星 at 07:25| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月01日

稲垣栄洋「植物はなぜ動かないのか」

つねづね私は植物は動物よりずっと霊性が高いと思っている。
その理由は動物は厭ならその場を動くが、植物は動かずどんな悪条件にもじっと耐えているからだ。
大木や古木のそばに居ると涙がでてきて、おおいなるものを感じて畏怖の念に包まれる。
こらえ性のない私は植物の偉大さにひれ伏すのみなのである。

でもこれはスピリチュアルな本ではありません。自然科学の本です。
ひさしぶりに面白い自然科学の本を読んだという感じ。
しかもこの本はたんに植物だけでなく、人間にとっても示唆に富んでいる。
それは「強さ」「弱さ」とは何なのか?という命題を考えさせてくれるからだ。

雨が降らなくても植物はそこにいる。
害虫に葉っぱを食われても動かない。
それでは植物は何もできない弱い存在なのか?

動物の進化のスピードはとても緩やかだが、植物のそれは速い。
環境の変化に適応し生き延びるために、どんどん形態を変えて来た。それが植物が生き残る術だったのだ。
植物連鎖の最底辺にいる植物は食べられない工夫をしてきた。変な匂いを出すこと、毒をもつことなどがそうだ。
それでも毒に強い草食動物はいるし、その匂いを好物とする動物もいる。
そこはうまく共存しながら進化してきたようだ。

私たちは「雑草は強い」と思っている。
確かに雑草はすぐに伸びる。抜いても抜いても生えてくる。
我が家の庭は夫が今肘痛のため草刈りができないので、草ボーボーとはこのことかというくらい、伸び放題になっている。
植えた草花を完全に凌駕している状態だ。
しかし、脳学者で「雑草生態学」専攻の著者は雑草は弱いからこそ生き延びたというのだ。
「雑草の成功戦略を一言でいえば「逆境×変化×多様性」なのだそうだ。
例としてオオバコが紹介されているが引用すると長くなるので、興味ある人はぜひ読んでください。

どんなものにも生存理由があり、価値があり、強さと弱さを兼ね備えている。。
ね、なにやら人間っぽいですよね。
別に植物を擬人化しているほんではなく、れっきとした自然科学の本なのだけど、いろんな意味で面白かったです。
「ちくまプリマー新書」(820円+税)。

posted by 北杜の星 at 07:41| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月31日

乾ルカ「花が咲くとき」

札幌に住む小6の大介。
両親は国立大出だからか、それほど悪くはない大介の成績に厳しい。
そんな鬱屈をはらすために、夜になると、隣家の庭の木の花芽を見つけると削ぎ取っている。
隣家には偏屈な老人、佐藤北海が住んでいて、いつもその木の下にたたずんでいる。
ある日、大介が削り忘れた花芽が開花した。
それを見た北海は突如、ボストンバッグを抱えて旅に出かけようとする。
ちょうど両親に叱られ家出を決意した大介は、北海を追うこごにした。。
北海はどこに行くのか?
秘密を抱えていそうな北海の目的はなんなのか?
北海と大介のロード・ノヴェルはこうして始まる。

乾ルカは「夏光」や「メグル」で、不思議な超常的な小説を書いたが、この大介にもちょっとしたそんな能力がある。
それは会う人からの「気配の色」が見えること。
その色で人の思惑や人柄を大介ながらに判断しているのだ。そしてそれは大介を正しい方向に導くことになっている。

時代設定は昭和50年代半ばだろうか。
戦争体験をもつ人たちがまだ多く存命していた頃だ。戦争後遺症から抜け出せない人たちの戦争の落とし前のつけ方の苦しみ。
名古屋、舞鶴、下関、そして長崎・・北海と大介の旅で出会うリュックの大学生、トラック運転手、ストリッパー、包丁研ぎ師。
彼らは大介に大切なものは何かをそれとなく教えてくれる。
そう、これは大介の成長物語でもある。

やはり感動的なのは最終章で、「許す」「許される」ことの意味が描かれている部部分だろう。
北海の正直さがストレートに胸を打つ。
許すことも許されることも難しい。忘れられない事実をにそれができるのは神様だけだ、
人間が出来ないからこそ、神様がその代わりをしてくれるのではないか?

乾ルカの小説はわりと出来不出来がはっきりしていて、こんなの書かないでと思うこともあるけれど、これは気に入りました。
彼女は幼い子を主人公にするのが巧いですね。
好きな作家さんなので次作にも期待です。

posted by 北杜の星 at 07:33| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月23日

岩阪恵子「掘るひと」

少し前に岩阪恵子のエッセイ「台所の詩人たち」を読んでその文章の落ち着きが気に入り、小説もと選んだのがこの「掘るひと」。
9つの短編の主人公はみな中年の女性だ。
夫や夫の家族などに言葉にならない違和感をもっている。
言葉にならないからこそ、出さなかった言葉は積み重なって、彼女たちの心から溢れそうだ。
これ以上の我慢ができなければ、なにか恐ろしいことが起こるかもしれない。。
しかし主人公たちはそこまではいかないで、境界の一歩手前で踏みとどまり足踏みをしている。
その感情の微妙さが淡々と描かれている。

「雨のち雨」も素晴らしかったが、この「掘るひと」も印象に残る小説集だ。
派手な道具たてはどこにもない。
日常の暮らしのなかでのちょっとした出来事があるだけ。
穴を掘る、マーマレードをつくる、通夜でのできごと、ベランダに来る猫・・
なにも特別なことはないのに、ディテールにハッとしてしまう。
ここには小説で味わうしかできない愉しさがあって、つくづく巧い作家だなと思う。
「そうそう、こういうのを読みたかったのよね」。

女性の視点からだろうか、短編に登場する男たちの「駄目さ加減」に苦笑しながら頷くことしばしばだった。
たぶん男は自分たちのある部分の欠損や過剰さに気づいてはいないのだろう。
それに反応する女をうっとうしがっているきらいもある。
男と女の違いと言ってしまえばそれまでなのだけれど。。

岩阪恵子は最初は詩を書いていたひと。
彼女が師事していたのが詩人(小説家でもある)清岡卓行で、後に結婚をした。
詩人の夫のそばでは詩は描けなくなったのか、彼女は小説と評伝を書くようになった。
私は木山捷平の大ファンなので、彼女の「木山さん、捷平さん」は今でも持っている。
最近「私の木下杢太郎」という評伝を出したそうで、それも読んでみたい。(といっても杢太郎のことはよく知らないのだけれど)。

資料調べに時間のかかる評伝もいいけれど、小説も書いてください、岩阪さん。
中年から老年になりつつある女性たちの心がどのように変化したか、しないのか、それを読みたいです。
posted by 北杜の星 at 07:33| 山梨 | Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月17日

井上荒野「ママがやった」

このザラザラした空気感。
こんな井上荒野を私は読みたかった。
でもこれ、説明するのがちょっとむつかしい小説だ。
ストーリーはある。のっけからママがパパを殺すのだ。
たしかに「ママがやった」のだが、理由がわからない。
憎しみや恨みや腹立たしさなどの激情はどこにもない。
そして拓人を殺した後の百々子は動揺も見せず、経営する居酒屋に居合わせた長女と次女にご飯を食べさせるのだ。いつものように。
娘たちは警察に連絡しようとはしない。これもごく当たり前のように。
彼女たちに違和感を持つのは息子だけだが、彼とて、積極的に何かをしようとはしない。

拓人のような男っている。
やさしくてやたら女にもてる。70を過ぎた今も恋愛関係の女性がいる。
仕事をしないが、イラストレーターとか小説家とかを自称する。
妻に養われるヒモ。
そう、どうしようもない男だ。
百々子はある時から一切、拓人のすること、しないことに口をはさまなくなった。
そんな拓人だが、人と人の関係は不思議なもので、家族は拓人に慰められたり癒されたりもする。

読み進むうちに「この小説って誰がホントの主人公なんだろう?」と考えてしまった。
何がテーマなのか?
曖昧さと混乱の恐ろしさがじわりと湧いてくる。
50年間、拓人と夫婦でいた百々子の心の底にはなにがあったのか?
諦めてはいなくて、彼女は拓人に強く深い愛情をもっていたのだろうか。
それにしてもなぜ今?という気がするが、これこそがこの小説のテーマなのかもしれない。

不可解さと不穏さを描かせたら、井上荒野は巧いですね。
楽しめた一冊でした。
posted by 北杜の星 at 07:28| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月16日

岩阪恵子「台所の詩人たち」

雨模様の日の午後、そういえば雨のついた題名の本を読んだことがあるのだけど、あれ、とても良かったのだけど、誰の本だったか?と一生懸命思いだし、そうそう岩阪恵子だったとわかった時の安堵感。
以前は読んだ本のことは忘れなかったのだが、このところの記憶の薄さには我ながらあきれるばかり。
そう、岩阪恵子の「雨のち雨」という短編週だった。

岩阪恵子は寡作作家だ。それにマイナーと言っていいくらいベストセラーには縁遠いひと。
新作がいつ出たかあまりわかりようがないし、ライブラリーが購入してくれることもない。
けれど彼女の静謐な文章は澄んでいて、細やかな情景にその心象が浮かび上がる。それでいて変なべとつきがないのがいい。
久しぶりに岩阪恵子を読んでみようと借り出してきたのがこの本。人生における
岩阪恵子の初めてのエッセイ集だ。

四半世紀にもわたる長い期間のエッセイを集めている。もっとも古いのは1976年のものだそうだ。
赤ん坊が生まれたばかりの頃らしい。
(彼女は師事していた25歳年上の孤高の詩人と言われた清岡卓行と結婚)。
一番新しいのが2000年で本が発刊されたのが2001年。
小説や評伝を書きながら主婦の仕事をする生活のあれこれが描かれていたり、生後まもなく移り結婚するまで住んだ大阪淀川沿いの町のこと、心に留める詩人や作家の作品についてなどの文章がならんでいる。
どれも落ち着きがあって、読む私の神経をしずめてくれる。

もうすっかり東京暮らしのほうが長いはずなのに、故郷大阪の淀川はいつも彼女の内にある。
それは懐かしいという感情以上に彼女の根っことなっているようyだ。
そうした一つの土地への強い気持ちの希薄な私にはそのことが羨ましい。
背骨というか肝というか、そういう核のない自分の弱さが顕わになったような気がする。

私が好きだったのが「歩くのが、いちばん」というエッセイだった。
電車には酔う、飛行機は怖い。自転車にも乗れない。泳げない。そんな岩阪恵子ができるのが「歩くこと」。
息子から「過去人」と揶揄されても、歩くことがいちばん「日常」に近いと彼女は言う。
そしてこの「日常」を歩きながら見るように描いたのが、庄野潤三だと書いているのだ。

「庄野氏はゆったりとした歩幅で足を運びながら、街を眺め、人を眺め、家族とそして自分を見つめる。もっとも氏の心の安らぐのは、自然に目を向けたときだろう。それらのものが庄野氏の体内を経て、言葉になって書きあらわされるとき、ユーモアを交えた静かな語り口の背後に、人生における黒い陥弄を覗き知ってしまった人の悲哀が隠されているのを、人は感じるだろう。」

これほど庄野潤三を確かに評した文章はないと思う。
この本のどの文章も素敵だったが、これを読めたのがなによりの僥倖でした。
次は「掘るひと」を読もうと、借りて来ています。
posted by 北杜の星 at 07:32| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月13日

旭屋出版 カフェ&レストラン出版部「BARISTA LIFE」

バリスタとは広範囲には、バールやレストランで飲み物をつくってサービスをする人をいうが、日本ではコーヒー、それもエスプレッソを供する人の意味で使われる。
この本の副題は「バリスタという生き方を選んだ28人」というもので、バリスタの先駆者からニュー・カマーまでのバリスタが紹介されている。

まさかバリスタが憧れの職業になるとは夢にも思わなかった。
私がイタリアを最初に訪れたのは1969年の夏の終わり。
エスプレッソを飲んだのは多分、ローマだったと記憶する。
小さなカップにほんの一口の濃くて苦い、でもなんともいい香りの褐色の液体に、スプーン山盛り2杯の砂糖を入れた。
カップの底に溜まった砂糖はスプーンですくって食べた。隣のお客さんの真似をして。
(その同じ滞在のときに、bitter(ビッテル)という赤や緑のこれまたすごく苦い飲み物も初体験したのだが、イタリアには苦い飲み物が多いなというのが印象だった。)
日本ではエスプレッソなどほとんど誰も知らない時代だった。

あれから半世紀近く。
イタリアというよりもシアトル系カフェ経由で、エスプレッソは日本で有名になった。
スターバックスの出店がない県って、まだあったっけ?というくらい日本中にエスプレッソは行き渡った。
そしてそこで働くバリスタという仕事も知られるようになった。

この本に載っているバリスタたち、男性も女性も本当にいい笑顔をしている。
コーヒーを淹れて、お客さんに喜んでもらうことが天職のようだ。
好きなことを仕事に選んだ厳しさもそこにはあるだろうが、でもやっぱり好きな仕事ができるのはなによりだ。
彼らの働きぶりを見たいものである。

イタリア人は怠け者と思われている。
しかしバールやレストランでサービスする人はものすごい働き者なのだ。ひとときもじっとしていない。
お客さんが少ないときにはグラス類を磨き、床の掃除をし、ゴミを出汁、とにかくいつも動いている。しかも姿勢がピンと伸びていてカッコイイ。
どんなに混んでいても、注文を間違うことはないし、隅々までちゃんと目を配ってみている。
現在のイタリアのバールでは、キャッシャでまずお金を払って、そのレシートを持ってカウンターで注文をするのだが、以前は飲んだ後でカウンターでバリスタにお金を支払っていた。
彼らはお客さんからもらうわずかなチップを何十年も貯めて、自分のバールの開店資金にしていたんだよと、夫が話してくれたことがある。
いまはカウンターにチップを置く客はいなくなったけど。
イタリアのようなプロのバリスタが日本で続々誕生しているなんて、素敵ではないか。

でも美味しいコーヒーをと気持ちがはやりすぎて、お客さんが緊張するようではいけない。
コーヒーはリラックスするために飲むもの。
バリスタはあまりウンチクを述べず、自分の仕事に忠実になっていればいいのだと思う。
誰が飲んでも美味しいものは美味しいはずだものね。

この本には私がいつか行ってみたいと思っていたカフェが掲載されている。
それは島根県安来市にある「カフェ・ロッソ」というお店だ。
安来節で有名なあの安来である。そんな小さな町にすこぶるつきのバリスタがいるのだ。
いつかカフェ・ロッソのエスプレッソを飲みたい。
エスプレッソ一杯のために旅行をするというのもちょっといいかもしれない。のm「いつか」が実現すればいい。

ちなみに私がこれまで飲んだ一番のエスプレッソというかカプチーノは、ローマのテルミニ駅の北側の、労働者が朝食を摂るバールで飲んだもの。
観光客が行かない小さなバールに、英語で言うところの「首の後ろが日焼けした」(ブルー・カラー)人たちで満員だった。
あの一杯は忘れられない。
くいっとまるでリキュールでもひっかけるみたいにエスプレッソを飲む彼らって、とてもとてもかっこよかった!
バリスタもセクシーだった。
日本のバリスタたちも、もっともっとセクシーになってほしいです!

ところで日本人はなんでエスプレッソに砂糖を入れないの?
イタリア人は「日本にはズッケロ(砂糖)がないのか?」と不思議がっている。
エスプレッソにはやはり砂糖を入れるほうが断然美味しいと思うな。
普段のブレンド・コーヒーや紅茶を甘くはしない私でも、エスプレッソには砂糖を入れます。
昨日、東京神楽坂で飲んだカフェ・クレームにも、きれいな泡の絵がありました。その泡が消えたころに少しだけ砂糖を入れたら、ホッとする味になりました。
posted by 北杜の星 at 07:06| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月10日

エマニュエエル・トッド「シャルリとは誰か?」

2015年1月7日、パリの風刺雑誌「シャルリ・エプド社」が襲撃され風刺漫画家や編集者たち11人が死亡、多くの人が負傷した。
イスラム教ムハンマドを冒涜したという理由で、イスラム過激派が起こした事件だった。
このことに対しての大規模な集会デモがフランス全土で行われ、パリではオランド大統領、パリ市長、ドイツのメルケル首相、イギリスのキャメロン首相らが並んで先頭を歩いた。
デモに参加した人たちには「私はシャルリ」と書いたプラカードを掲げた者も多かった。彼らは事件の犠牲者への哀悼と「表現の自由」を求めて歩いた。

「私はシャルリ」
では「シャルリとは誰か?」
歴史学者で人類学者であるエマニュエル・トッド氏がテロ後まもなく出版したこの本は、フランスの政治家や哲学者、またフランス国民たちから激しい拒否感を含めた大論争を引き起こしたという。
この本でトッド氏が書くのは、あのデモに参加したのは「ゾンビ・カトリック教」の人間たちで、それは「表現の自由」を掲げた「欺瞞的で排外主義的であった」ということである。
そこには「宗教の衰退と格差拡大によって高まる排外主義がヨーロッパを内側から破壊しつつ」ある現状そのものだと。
フランスの理念であるべき「自由・平等・博愛」はどこにもないと。
彼らの危機感がヨーロッパを崩壊させるのではないか。

非常に興味深い本だ。
我々はなにか事件が起きると、それをエモーショナルに捉えヒステリックに行動しがちである。
しかしモノゴト、とくに政治的なことには我々の及びもつかない「真相」があることが多い。
例えば湾岸戦争での「油にまみれた水鳥」の映像を覚えているだろうか?
イラクが放出した油によって苦しんでいる水鳥の映像に、「イラクってなんて酷い国なんだ!」と私でさえ怒った。
けれどあれはイラクがしたのではなかったと、後で真相がわかったのだ。
国際政治はわかりにくい。それによって派生する事件の真相もわかりにくい。私たちに本当のことがあわかるのは何年も何十年も経ってからだ。
永遠にわからないことだってある。
戦争をしていた国と国が仲良くなったり、また憎み合ったり。。
(前の戦争で日本人はアメリカやイギリスを「鬼畜米英」と「憎まされて」いた。それが戦争が終わったらとたんに親米になりそれが今もずっと続いている。)

大切なのは、一方からの情報だけで判断しないことではないだろうか。
反対側からの意見を知り、自分のアタマで考えることだ。
そういう意味で、私はこの本を推奨します。
この本がフランスで大論争を起こしたこと自体が意義のあることだと思う。
「流されないこと」・・何も考えないで批判しないと、いつのまにか誰かが意図した方向に流されてしまう。それはとても怖いことだ。
posted by 北杜の星 at 07:38| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月05日

小川洋子・鹿島田真希ほか「どうぶつたちの贈り物」

5人の作家による動物小説アンソロジー。
作家たちの名前には動物の名前がそのまま、あるいはひっそりと隠れている。

東川篤哉「馬の耳に殺人」
白河三兎「幸運の足跡を追って」
鹿嶋田真希「キョンちゃん」
似鳥 鶏「蹴る鶏の夏休み」
小川洋子「黒子羊はどこへ」

作家の名前にちなんだ動物で小説を書いてもらおうという出版社の企画だ。
でもこれ、はっきり言って企画倒れ。
企画が良いからといって、小説が良いとは限らないんですね。
そして小説が良くなければ、アンソロジーとして良くなるわけがない。
あのいつもは素晴らしい小川ワールドに浸らせてくれる小川さんさえも、ここではちょっと。。という感じ。
とても残念。
他の小説にいたっては、ミステリーっぽいものが多いけど、どれもつまんなかった。鹿嶋田真希は期待していたものの、これもグダグダしてるだけだった。
初めて読む作家さんが二人いたけど、彼らをこれからも読もうという気にはならなかった。
正直、途中で読むのを止めたものがあるくらいだ。

ごめんなさい。今日のブログはこれ以上書く気がしません。。
作家を恨んではいませんが、編集者を恨みます。
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2016年04月26日

旭屋出版編集部「カルパッチョ!カルパッチョ!」

カルパッチョが大好きだ。
新鮮な刺身を薄切りにして皿に並べ、その上からたらーりと上質のオリーブオイルをまわしかけて、あとは塩・コショウをし、レモンを絞る。
その上にルッコラを散らすとより美味しくなる。
技なしでこんなに美味しくていいのっていう感じなのに、立派なお客さま料理になってくれるからありがたい。

でももともとのカルパッチョは牛肉のヒレを使ったもので、画家のカルパッチョ氏の好物だったのだとか。
そういえば最初ごろのカルパッチョは魚ではなくて牛肉だった。上にパルミジャーノのスライスが乗っていた。
ヨーロッパでは魚の生は食べないが、肉の生はタルタルステーキがあるように食べるのだ。
大昔、初めてパリに行ったときに注文したいわゆるハンバーグステーキがほとんどレアだったのにはびっくりした。挽肉がレア!?
ちょっと抵抗があった記憶がある。
でも今ではヨーロッパでも生の魚を食べるようになった。SUSHIは大人気だ。

驚くなかれ、カルパッチョは肉や魚だけではなくなていて、野菜や果物というのまであるようだ。
この本には有名レストランのシェフによるレシピのカルパッチョが、和洋中のみならず韓、エスニック風なものも紹介されている。
プロの料理人がつくるからなのか、材料の量が一定ではないし(4人前とかいうのではなく、大量の場合がある)、大サジ一杯とかの表示ではなく、適宜とか書いてある。
でももぁ写真があるので、常識の範囲でそう失敗はないと思う。
この料理の写真が美しいんです。思わずどれも作ってみたくなる。
これから暖かくなる季節にはカルパッチョはいいんじゃないかな?

私の夫が時々思い出したように、カルパッチョのことを話すことがある。
それはもう15年ほど前にイタリア中部のアッシジの下の街で食べた料理だった。
ローマからペルージャに向かう途中、アッシジでお昼時になった。上の街まで行くとレストランは多いが観光客も多いので、下の街で食べようということになった。
ガイドブックで見ると三ツ星ホテルのレストランが見つかったので入ることにした。
お客は他に一人だけだったので、ちょっと失敗したかなと心配になったのだが、サービスの人が薦める「カルチョッフィのカルパッチョ」なるものを前菜に注文した。
カルチョッフィとはアーティチョークのこと。
しばらくするとそのお皿が来た。薄切りの生のカルチョッフィとパルミジャーノとルッコラだった。
カルチョッフィは大好きだが生が食べられるとは考えたこともなかった。カルチョッフィは下ごしらえが大変な野菜で、レモン汁で茹でないと食せないものだと思っていた、
ウェイターに訊ねたら「今、裏の庭から採ったばかりだから、生でも食べられるんだ」と大いに自慢していた。
京都では新鮮な筍を刺身で食べるが(一度食べたことがあるが、それほど美味しいとは思わなかった。ちゃんと茹でて食べる方が断然美味しかった)、カルチョッフィのカルパッチョは文句なしに美味しかったが、夫には味以上に料理そのものが衝撃的だったようだ。
それ以来、毎年5月に掘りたての筍を友人が持って来てくれると、すぐに茹でて、生ではないが筍のカルパッチョをつくることにしている。
同じようにパルミジャーノとルッコラを上に乗っけて。
私たちがカルチョッフィのカルパッチョに驚いたように、初めてそれを見る人は一様にめずらしがって食べてくれる。

この本には、たこをナンプラー味にしTがり、ほたてのバター醤油というのもあるので、お好みのカルパッチョをつくってみてはいかがだろうか。
私はやっぱりシンプルに、オイルと塩・コショウが好みです。
posted by 北杜の星 at 07:14| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月15日

江上治「あなたがもし残酷な100人の村の村人だと知ったら」

2001年に池田香代子さん訳の「もし世界が100人の村だったら」が発刊され、多くの人が世界の平和について考えさせられた。
世界という大きな対象では理解しづらい事象が、対象を身近なサイズにすることでわかりやすく説明されていた。
この本もそれを狙っているのだろう。
ここで示されているのは現在の日本と将来の日本に関わる「残酷な」数字である。
おそらくはほとんどの日本人が知っている数字。でも知らないことにしていようとしている数字。
はっきりと目の前に突きつけられると絶望してしまう数字がここには並んでいる。
この本を見ると叫びたくなる。「どうして日本はこんなに国になってしまったのか?」と。

少子化、年金や国民健康保険制度、介護保険、貧困を生んでいる格差社会と生活保護・・
日本が抱える問題の大きさはこれからますます増していき、若い世代に負を背負わせることになるだろう。
自分の子どもや孫にこのような負を遺していいのだろうか。

13人が子ども。
61人が働き手。
21人が老人。
それが35年後には、
10人が子ども、
52人が働き手。
39人が老人、となる。

問題はすでに存在している。
お金を稼ぐ人が減っているにもかかわらず、現在の村の借金は村人が1年間に稼ぐ2倍以上もある。
これを普通の家計に換算すると、年収360万円の家庭で年に588万円が必要で、不足額は228万円。れがすべて借金である。
なぜ「残酷」かというと、このツケがすべて20代以下の子どもに回ることなのだ。

一生懸命働いて借金を返せばいいではないかと言うひとがいるかもしれない。
しかしこの村では41人の人が雇われて働いているのだが、そのうち26人が正社員。15人が非正社員。
(非正社員とは契約社員、派遣社員、嘱託、アルバイト、バートなどで、なんの保障もない人たち)。
正社員と非正社員の収入格差はじいつに大きい。
年収200万円以下の「ワーキング・プア」は9人もいる。

・・と、こうした数字が次々に目の前に現れる。
あまりに「残酷」で絶望してしまう。
しかしこうしてしまったのも日本人ならば、これを改革できるのも私たち日本人ではないだろうか。
(もっとも現代のグローバル経済社会においては必ずしも日本単一で解決できるものではないだろうが)。
絶望は愚か者の選択だ。
この本の第二部では、こんな世の中をどう生き抜けばよいかが書かれているが、第一部のショックから立ち直るには根拠が薄いような気がする。。

少子化が諸悪の根源のように言われているが、それは過渡期ではそうかもしれないが、50年100年のスパンで考えればメリットもあるのではないか。
北欧などの人口が少ない国々だからこそ機能しているシステムもある。
デメリットだけでなくメリットを模索してみる必要があると思う。

お金だけを目的にしない人生。足るを知る暮らし。
ほんの数十年前の日本人が送って来た生活じゃないか。ほんのちょっとだけそこに戻るのはけっして後退ではないないはずだ。
景気を良くするために武器をつくり輸出したり、戦争を始める国にだけはなってもらいたくない。
posted by 北杜の星 at 07:18| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月31日

井上ユリ・小森陽一編「米原真理を語る」

とうとう「安保法」が施行されてしまった。あれは「安保法」ではなく日本を戦争する国にするための「戦争法」である。
4月10日にここ北杜市において「九条の会」の事務局長の小森陽一氏を講師に迎え「憲法学習会」が開催される。
北杜市は都会からの移住者や別荘族が多くて、名だたる社会学者や憲法学者などが居住うする地域なので、こうした講演会はしばしば行われている。
小森陽一氏が米原真理と小学生時代をプラハで過ごしたと聞き、この本を読んでみることにした。

ロシア語通訳家・小説家の米原真理が亡くなって10年になる。本当に月日の流れるのが速く愕然としてしまう。
もし米原真理が生きていて戦争法が施行されたと知ったなら、彼女はどんな行動をとったことだろうか。
彼女の怒りのエネルギーのすごさを思うと、つくづく彼女の不在が口惜しい。

米原真理の父親と小森陽一の父親はとも日本共産党幹部だった。
1950年生まれの真理は2歳年下の妹ユリと一緒にに59年から65年にかけてプラハのソビエト学校に通った。少し遅れて1953年生まれの小森も同じ学校に通うことになった。
当時のプラハはヨーロッパの中心に位置し、世界の共産主義運動に関わる国や組織の本部が置かれ、仕事で駐留する親の子女たちがソビエト外務省所属機関である8年制学校で勉強していた。
そこには世界の政治の縮図があったようだ。
共産主義国の学校というといかにもイデオロギー教育をすると思われがちだが、そういうことはまったくなく、いかに自分で考えるかを集中的に学んだと言う。
母語から離された環境で暮らすのは幼いこともにとってもつらいことだったろう。真理はユリと小森を護る「長女」の役割をしていたという。
ここでの教育があまりに素晴らしかったので、帰国後彼らは日本の薄っぺらな教育しかしない学校に失望したようだ。
この本では真理の妹ユリと小森が対談をしている他に、井上ひさし(真理の義弟、ユリの夫)、吉岡忍、金平茂紀らが「米原真理とはどういうにげんだったか」を語っている。

だいたいにおいてみんなの米原真理像は一致しる。
「大胆で細心」「いきなり核心をつくすごさ」「毒舌」「シモネッタ」「怒りと笑い」「言葉の奇想天外さ」・・
何かに夢中になると他は目に入らない人だった。
それを裏付ける話しがユリから出ているが、なんと昔の家の落とし便所に3回も落ちたそうである。きっと何かを考えていたのだろうが、普通3回も同じ過ちをおするだろうか。しかも便所だよ。
お母さんもさぞ大変だったろうが、そのお母さんもちょっと「変な人」なのだ。。

米原真理の死から2年後、山形県の「シベール」において「米原真理展 ロシア語通訳から作家へ」が開催された。(シベールという会社はあの美味しいラスクを製造するので有名ですよね。私も大好き)
3ヶ月間の展覧会の期間中に行われたギャラリー・トークを集めたのがこの本。
ジャーナリストの吉岡氏や金平氏の話は臨場感にあふれていてとても興味深い。彼らがいかに米原真理を信頼していたかがよくわかる。

彼女のエッセイが大好きでほとんどを読んでいる。
でもなによりも好きなのがたった一作残された小説「オリガ・モリソヴナの反語法」だ。
長生きをしてもっと小説を書いてほしかった。意外なことに彼女は童話を書きたかったようだが・・

北杜市にお住まいの方、時間がおありならぜひ「憲法勉強会」にご参加ください。
ここは「九条の会」の活動が盛んなところでもあるのです。

posted by 北杜の星 at 07:20| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月28日

E・M・レマルク「凱旋門」

大好きな小説です。
17歳くらいまで、本を読むことなわち小説(物語)を読むことに他ならなかった私にとって、「凱旋門」はまさに小説中の小説だった。
なぜ17歳かというと、あの頃フランスからサルトルとボーヴォワールが来日したからだ。
それ以来、本を読むのは知識を得るためという目的を持つようになった。
サルトルとボーヴォワールは新しい男と女の関係で、まぁ時代の流行の現代思想だった。流行に弱いミーハーの私はすっかり夢中になって彼らの著作を読みあさった。思えばあれは私の第一期青春だった。

ともかく、私の小説の黄金期に読んだ本はいまでも私の宝物。
コレットの「青い麦」、ラディゲの「肉体の悪魔」と「ドルジェル伯の舞踏会」、シャルドンヌの小品、「チボー家の人々」・・
(なぜかフランス文学が多いなぁ)。
そしてこの「凱旋門」。
(ご存じでしょうが、レマルクはドイツ人作家。第一次世界大戦を題材にした「西部戦線異状なし」も名作です)。

「凱旋門」はボワイエとバーグマン主演の映画で有名だが、私に言わせるとあんなに最悪な映画はない。
まず二人が下手くそなだけでなく、どうしようもないほどミスキャスト。
レマルクの原作の緻密さがまるでないし、戦時下のパリの雰囲気だって出ていないんじゃないか。
あの映画を観て小説「凱旋門」を誤解している人は多いと思うけど、原作は全然違うのだと声を大にして叫びたい。

でもなぜいまこの本を再読しようと思ったのか?
昔は我が家にあった世界文学全集に収録されていた。記憶では緑色の函で緑色の表紙だった。
いつのまにか手元から消えてしまって、古本屋でまた買おうかなともう何十年も思い続けて来たのだった。
それが数年前だろうか、復刻版が出たことを知った。
これもいつか手に入れようとそのままになっていたのだが、つい最近ふとしたことでまた思いだし、なんとなく我が町のライブラリーを検索してみた。
すると、あるではないか!
レマルクの「凱旋門」、ちゃんと復刻版を購入していたのです!
これは借りなくっちゃということで、うれしい読書となった次第。

「凱旋門」には小説としてのすべての要素が詰まっている。
恋愛、友情、裏切り、失意、戦争、革命・・
ないのは「家族」だ。登場人物たちはみんなデラシネ。祖国を追われ家族を失い、他の国で暮らす人々だ。
そこは安住の土地ではなく、そこからも逃げざるを得ない境遇の寄る辺なさのなかで触れ合う魂の切なさ・・
嗚呼もう、なんてすばらしいのだろう。
復刻版も以前と同じ訳者の同じ文章だ。たしかにちょっぴり古臭くはあるけれど、私にはやはり同じ方が落ち着きがいい。

ないのは「家族」と書いたが、「希望」もない。少なくともナチス占領下のパリ、ましてやドイツから逃れて来たラヴィックには「希望」はない。
それでもつかの間、ラヴィックとジョアンには恋人同士としてのかすかな未来を夢見ることはあったと思う。

これを最初に読んだときはまだパリに一度も行ったことがなかったが、最初にパリに行った1969年、私はこれにたびたび出てくるカフェに行ったのだ。モロソフがドアを開けてくれることはなかったが、うれしかったなぁ。
私にとってラヴィックとジョアンは永遠の恋人同士だ。
今回再読して、こんなにも多くのパリの通りの名前が出てきていたのかと驚いた。パリに住んでパリをよく知る人には懐かしい通りの名前なのではないだろうか。

「凱旋門」のほかに、小説中の小説を挙げるとしたら、20歳代半ばに読んだダレルの「アレキサンドリア四部作」でしょうか。
小説作品としての欠陥は多いのだが、じつに魅力的な作品だと思う。
これもいつの日か再読したいものですが、さて、私の目がもつかどうか。。
posted by 北杜の星 at 07:22| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月09日

絲山 秋子「小松とうさちゃん」

ごめんなさい、イトヤマさん。
イトヤマさんの大ファンの私は彼女の本は出版されたら必ず購入することに決めている。(こういう作家は他に3人くらいしかいない)。
「薄情」が発売されたすぐ後にこの本が出るのは知っていたというのに、例の井戸ポンプの故障や高熱ダウンとかのあれこれで、すっかり失念してしまっていた。
ライブラリーのネットの新刊案内「日本文学」のジャンルを見ていたら、「小松とうさちゃん」があるではないか!
うむぅ、誰も借り出していない。それなら買わずにこれを読むか。。
という次第で、今回はこれは借りた本です。本当にごめんなさい、イトヤマさん。

絲山 秋子って物語と文体の作家だとつくづく感じる。
小節ごとに彼女は文体いを変える。「薄情」では暗く重めの内容にふさわしい文体だった。
この「小松とうさちゃん」はタイトルを見てもわかるように、「薄情」よりも軽妙。
それでもしっかり人物廃置や展開はしていて、エンタメにはなっていないところが彼女らしいところだ。
物語が先なのか、文体が先なのか?
書いていて「突然、降りてくる」とイトヤマさんはよく言うが、「降りてくる」ものに導かれての小説作業は楽しいのか、くるしいのか?

表題の「小松とうさちゃん」は、酒場で知り合って仲良くなった男二人のうちの小松が、新潟新幹線の中で偶然知り合った女性と、(おそらくは)人生最後の恋をする。
小松は50代の大学の非常勤講師だが、収入は月15万円の実家暮らし。
小松の相手のみどりも小松と同年齢、自動車教習所の教官だが、実はもうひとつの仕事を持っている。
それは「見舞い屋」として病院の入院間患者を訪れ、偽の家族や友人となって話をすること。少々ヤバイ人物からの仕事だ。
一方うさちゃんこと宇佐美は結構な敏腕サラリーマンなのだが、ネトゲにはまっている。うさちゃんはいつもどこか憂鬱気分。

こんなおじさんたちって、酒場のカウンターにはいるものらしい。
イトヤマさんは「小松とうさちゃん」の前に習作っぽく小松とうさちゃんを登場させてごく短いものを書いている。それが「飛車と騾馬」でこの中に収録されている。
イトヤマさんにとっては「飛車と騾馬」だけで終わらせたくない人物だったようだ。

もうひとつ、「ネクトンについて考えても意味がない」という短編もある。
このタイトルって、津村記久子っぽくないですか?
これが私は印象的だった。
ミズクラゲのなかに突然人間である南雲咲子の魂だけが入り込む。
そして彼らは会話を交わす。
ネクトンという単語をはじめて知った。これは水棲生物を分類する言葉で、水流に逆らって遊泳できるのがネクトンで、ほとんどの魚類はネクトンだ。
逆らって泳げないのがミズクラゲのようなプランクトン。水底に棲むのはベントス、また水面上に棲むのはニューストンと呼ばれるそうだ。
この短編はファンタジーではあるが、もっと違う切り口なら理系の池澤夏樹の小説みたいなところもあって、私はこれ、好きだった。
イトヤマさんてこういうものをときどき書くんですよね。「薄情」のようにリアルなものもいいけど、こういうのもいい。

いいものを書くイトヤマさんなのに、ライブラリーでの借り出し予約はかかっていない。もったいないことです。
今年は他にも本がでるようなので、今度はかならず購入します。
私が買っても微々たる印税にしかならないと思うけどl、こういう形でしか応援できないから、そしてイトヤマさんには頑張ってもらいたいから、amazonに注文です!
posted by 北杜の星 at 07:35| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月29日

青木淳悟「学校の近くの家」

高熱がおさまった後、ひたすら小説が読みたくて読みたくて、一番最初に選んだのがこの本。
熱でぐちゃぐちゃの豆腐状態になった脳ミソに青木淳悟がふさわしいかどうかは難しいところだけれど、だからこその理解力も出るのではと期待したところもあった。
でもやはりクセモノですね、青木淳悟って。

主人公は杉田一善。小学五年生。
小学生が主人公だからといって無邪気なお話しでないのは、青木作品だもの当たり前。
まず現在のお話しよりも、小学二年生、三年生、四年生のころの出来事が、繰り返し繰り返し登場する。
小学五年生の幼い子どもにも「過去」があるのだと、ちょっとおかしかった。

舞台は埼玉県狭山市。
学校の正門から徒歩1分もかからないところにある一善の築40年になる家。
教室の窓からも家が見え、家からも教室が見える。
集団登下校の列に加われないほどの短い距離にある家だ。

学校の行事、先生たち、男子生徒と女子生徒・・
だんだん「フツー」でない感じが強くなってくる。
父親と一善との距離は微妙だし、なによりも変なのが43歳で一善の妹三矢を生んだ母親である。
みんな不穏な空気をまとっている。
そして狭山で起こった連続少女誘拐事件が暗い影を落とす。。

でも上に書いたことがこの小説を説明しているかというと、とんでもないのです。
全然、雰囲気は伝わってない。
なにしろクセモノなんです、青き淳悟は。直球球を投げる作家ではない。
でもどこか面白い。この面白さにはまるとクセになるんですよね。
狂気というほどはっきりした狂気ではないけれど、確かに彼の小説は狂気に膨らむものを孕んでいて、それがワクワクする文学になっている。

こういう一筋縄ではいかない小説を読むと、「負けないぞ!」と元気になります。
posted by 北杜の星 at 07:25| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月26日

ハッチの身辺雑記

月に一度のハッチの身辺雑記です。

今月は何から書こうか?ずいぶん大変だった一カ月なので書くことがたくさんあります。
時系列でもいいのですが、ここはやはり、大きな出来事から。。

とうとう井戸のポンプが壊れました。しかも突然。どこのスウィッチをつついてもウンともスンでもない。一滴も出ません。
夫が確かな井戸業者さんを紹介してもらい、急きょ来ていただき、資材の手配をしてもらって新しいポンプを取り換えるまでの約1週間、水無し生活でした。
災害用のためにバスタブの水は落としていないので、トイレ用の水はなんとかその間の分は確保。水は夫がメンバーになっているゴルフ場でもらい水。
ゴルフ場に隣接のホテルに特別にお風呂に入らせてもらったのは助かりました。しかもバスタオルとフェイスタオル付きの温泉なのです。
困ったのが洗濯です。1週間も洗濯ものを溜めたら大変な量になります。
これは友人のO家に二度ほどお世話になり、しかもすき焼きの夕食までご馳走になって、本当にありがたいことでした。

水がないので食事の支度ができません。お昼はほとんど外食。こんな時には美味しいものを食べて気分を上向きにしなくっちゃとばかり、好物の鰻とか蕎麦とかを楽しんみました。
でも外食はどうしても野菜不足になるんですね。
しかも毎朝夫特製の生ジュースが作れない。ジューサーって後始末が大変で、多量の水を使うのです。
結局なにが一番食べもの飲み物で恋しかったかと言うと、この朝の人参ジュースでした。それと根菜の煮物。ハスや牛蒡や里芋などのお煮〆を我が家ではよく作るのですが、これもできない。だって自然食品店や生活クラブの野菜は泥付きなので洗うのに水が必要なんです。
スーパーのお惣菜は最初からパス。買う気がまったくしません。
何を食べてたんだろう?パスタも茹でるの多量の水が要るので一度も食べませんでしたね。
夫の友人が二人やって来た時には、ちょっと高級な冷凍ピッツァがあったのでそれをオーブンで焼いて、これはわりと好評でした。もちろん紙皿と紙コップで。
(トイレはそこらへんで「立ちションして」とお願い。だって自然の中だもの)

水無し生活で意外なことに気が付きました。
手を洗うという行為を、思いのほかしているものなのです。外出から帰ったら洗うのはもちろんのこと、家の中でちょっとしたことの後で手を洗っていたのです。
生活用水として汲み置いた4リットルのペットボトル(近所の農家の人が晩酌に飲む焼酎の瓶だそうで、頂いて重宝しました)のほとんどは、手洗いに消費した印象があります。
「こんなに手を洗う毎日だったんだ」というのが、水無し生活の感想でした。
でも石鹸をつけて洗っても、思う存分すすぎができないため、なんか手が痒くなって困りました。ザブザブすすぎが今はなによりうれしいです。

今回の工事で判明したのは、ここの井戸は50メートルのボーリング、水中ポンプは40メートルのところに設置してあり、水深は27メートルということです。
最初の見積もりよりは一回り大きなポンプが使われていたのと、電気の操作盤も新しくしたので、結局70万円の請求でした。
二日間のクレーン車を無料に、操作盤を半額にしてもらってのこの値段は、安いと言ってもいいでしょう。
なにより親切で仕事の丁寧な業者さんだったので、これからのメンテナンスのことを考えると、正解だっと思います。
このポンプ工事費は7軒で割るので、そうたいした出費ではありませんでした。
これから20年は水は安泰です。バンザーイ!

水無し生活が多大なストレスだったのか、水が出るようになったその夜から、高熱が出ました。
39度の熱は久しぶり。最初はインフルエンザかとも考えたのですが、熱があっての体の節々が痛いわけではないし、喉痛も頭痛もない。咳はその前の風邪をひきずっていたのが、数日前からあったにはあったけれど、これは「インフルエンザとは別物」と判断。
幼いころから「熱体質」で疲れたりショックを受けると高熱が出ていました。これが知恵熱なら今頃は大天才だというくらいの熱の出かたなんです。
一晩で39度から37.5度にひいたけれどまだ平熱ではありません。
食欲はまったくなし。アイスクリームとりんごなら食べられる状態が数日続き、白いご飯とお味噌汁が食べられるようになったのがやっとつい最近のこと。
(でも寝ている最中から、「カレーが食べたい」と思い続けていました。それもこのブログにコメント下さったことのあるKONAKAさんのレシピの本格ネパールカレー。早速一昨日、作りました。食べました。美味しかったです!本格だけど簡単なので病後でもラクに作れました)。
ただ熱は下がったものの、あの高熱が完全に下がるにしては汗のでる量が少なすぎる。まだ体のどこかに熱がこもっているのかもしれませんから注意しなくては。
(鍼の先生にカレーが食べたかったことを話すと「汗をかいて、体から熱を出そうと自然にしたのでしょうね」ということで、納得でした)。

病気といえばもうひとつ、これは深刻なことです。
うちの事務所の設立以来お世話になっている公認会計士さんのWさんが膵臓がんになって2週間入院されました。
2月3月は会計士さんにとってもっとも忙しい時期。
それも理由なのか、入院治療は抗がん剤を選択され、入院中もPCを持ちこんで仕事をされていたようです。
こんなときに税金申告を依頼しても大丈夫かとお尋ねすると、「大丈夫だから送るように」と返事があり安心しました。
事務所分と、夫と私は年金のほかにまだ給与所得があるので二人分の申告をお任せしたのでした。
フランス料理とワインがお好きなWさん、美食を少しひかえて、養生してくださいね。

今月は水無し暮らしと病気暮らしでほとんどをフイにしましたが、温泉に一泊で行きました。
まぁ行きたくて行ったわけではないのですが。。
というのも夫の一級建築士免許更新の講習が石和であったからなのです。
石和温泉は近いけれどなんか「ヤクザ」って勝手な思い込みが私にはあって、どうも行きたいところではなかった。
1960年ごろ畑の真ん中から温泉が湧き出て、一躍温泉地となったものの、ストリップ劇場や風俗などの歓楽街に加え、近くに場外馬券売り場があるこもあって、「ガラ」が悪いかったのです。
でも歓楽を求めての団体客がぐっと減り、石和温泉はイメージアップに努力した結果、このところは外国人や個人旅行者が増えて来たと言います。
でも「k園に泊まるの」と言うと、友人のN子さんが「数年前に一度泊まったけど、サイテーだったわよ」と吐き捨てるではありませんか。
「えーっ!?」。
その旅館は夫の翌日の講習会場から車でほんの5分、駅から電車で帰る私も徒歩7分の距離。至便なところにあるから選んだのです。しかも口コミはそう悪くない。
とても怖々と宿に着きました。
N子さんは「フロントには人がいないし、暗ーくて、部屋もひどい。お布団も自分で敷くのよ」と。

フロントでは数人の人がにこやかに出迎えてくれ、部屋に料理を運んでくれた仲居さんも、空の食器を下げに来た若い女性も、お布団を丁寧に敷いてくれた年配の男性もみんなみんな親切で感じよかったんです。
夕食も(京懐石のような上品さではないけれど)、質量ともに大満足。朝食も全然悪くありません。
部屋は青畳で、水回りは改装してあたったので、N子さんが泊った時から大改築したか経営自体がかわったかしたのかもしれませんね。
翌朝ホテルの人が私を駅まで車で送って下さいました。「石和」はこれからも家族旅行に最適なように変わるので、是非また来てください」と言っていました。
私たちが泊った日の客の三分の一は中国からの旅行者。それも若い人が多い団体でした。騒がしいこともなく静かに朝食していましたよ。
でも温泉には誰も入ってこなかった。もっとも私は夕食前に一度入浴しただけですが。

この建築士講習というのは、あの「姉歯」の偽装事件」以来、実施されるようになったもので、事務所に属する一級・二級の建築士に三年に一度義務付けられています。
6時に起きれば9時始まりの講習には充分間に合うのだけど、早起きが嫌いで、バタバタするのを避けたい夫は、三年後にまた石和温泉に泊まろうというのでしょうか?
石和は想像していたよりずっと良かったけれど、同じお金を出すのならやっぱり、他の温泉地がいいかも。。です。

思い悩まないというのは最上の幸せですね。
ハッチ君は水無私生活でも普段と同じ。まぁ全然理解していないのですが、自分のご飯と水があればそれで満足。
ああいうふうに生きればいいのだとわかっているのだけれど、小心者なのでストレスが溜まります。
ストレスは生きている限り付きまとうもの、要はストレスをストレスと感じない精神になればいいんですよね。
「わかっちゃいるけど」の私です。

そうそう、生ジュースをつくるジューサー。今年初めからSさんにずっとお借りしていたのですが、ジュースが習慣になったので、我が家でも購入することにしました。
Sさんのところのメーカーとは違う日本製のを選んだのですが、うーん、一長一短ですね。
スロー回転なので栄養素は壊れにくいし、音は静かなのですが、絞り切れずにカスとして残る水分がもったいない。
それと細かく切らなければいけないのが夫にとっては手間。
その代わり後片付けは簡単なようです。
ジューサーしか作っていない日本のメーカーに、17万5千円というとんでもない値段のジューサーがあります。
(我が家のはその10分の1の値段)。
これはカスがカラカラになるほどしっかり絞れるようです。一生使うのなら高くない?

もう少し体力が回復し、春が近づいたら、果たせなかった友人たちとの約束を実行に移したいと考えています。
それと、小説が読みたい。
高熱のあった2日間を除いてはずっと本は読んでいたのですが、小説を読む体力気力がなくてノンフィクション系が多かった。
深緑野分さんの「戦場のコックたち」を借りていたのだけど読める気がしなくて、次の予約の方のために早々に返却したのですが、これは残念でした。
とにかく今は小説を読みたいです!
posted by 北杜の星 at 08:00| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする