2016年02月23日

井戸まさえ「無戸籍の日本人」

≪朗報≫ 先週18日に法務省は女性の再婚禁止期間を現在の180日間から100日に短縮すると民法改正を発表した。また離婚に妊娠をしていない証明があれば直ちに結婚できるようにすると付け加えられた。
この本を読んだ直後だったので、井戸さんたちの地道な運動が結実したのだと感慨無量だ。
以下はこのニュースが出ない前に書いたものです。無戸籍の理由は民法722条によるものだけではないので、読んでみてください。

借金や貧困、DV、子どもへの虐待・・さまざまな理由から無戸籍の人間がこの日本にはいる。
元衆議院議員の井戸氏もかつて自分の子どもが無戸籍となった経験をもつ。
そのことをきっかけに無戸籍の問題に向き合い、これまでに受けた相談は1000名にものぼる。周辺の家族を含めると3000名以上の人たちを支援してきた。
この本はその13年間におよぶ記録である。

井戸氏自身が直面したのは「離婚後300日以内に出産した子は前夫の子どみなす」という法律だった。
彼女は政治家の元夫と離婚を前提に長く別居。その間に同じ松下政経塾で一緒だった現夫と知り合い、離婚成立後再婚。子どもが生まれた。しかしその子の出生届を出そうとして愕然とした。子どもは前夫の子どもとしてしか戸籍に載らないのだ。
これが民法第722条である。

無戸籍だとどうなるか。
出生届がないので義務教育を受けられない。
住民票がない。これは日本で社会生活を送る際に致命的な困難となる。
健康保険証がつくれない。
銀行預金がもてない。
運転免許などの資格が取得できない。
パスポートがつくれない。
結婚や出産に支障をきたす・・

それにしてもこの本を読む間中ずっと、腹が立ち怒りがおさまらなかった。時にはあまりのむごさに涙さえ出た。
何に対してか?
行政、政治家、裁判所など、いわゆる「お上」に対してだ。
あまりに「情」というものがなさ過ぎる。現実に無戸籍の人が目の前にいるのに、なんら手を差し伸べようとはせずに、たらい回しにするばかりの自治体もたくさんあるのだ。
なかには一生懸命話を聞き、助力となろうとする役人もいないではないが、ごく少数だ。
彼らのほとんど、または世間では民法722条に関しては、女性の「性」への偏見さえうかがえる。不倫をしたからそうなったんだという蔑視が透けて見える。
しかし何年何十年も離婚に時間がかかるケースは多いし、前夫の暴力を恐れて隠れるように生活している家族はたくさんいるのである。

無戸籍のひとたちは、身を隠すように生きている。
何も悪いことはしていないのに、世のなかの翳の場所で生きるしかないので、当然仕事は風俗や日当の力仕事に就くしかない。
社会の底辺からいつまでたっても抜け出せないという悪循環。

NHKの「クローズアップ現代」や毎日新聞にこの問題が取り上げられて、少しずつ意識を受けるひとが多くはなった。
支援する団体や法律家、政治家も増えて来た。
そのためか住民票を取得できたり、生活保護受給や身体障害者手帳の交付を受けられるケースも出てきた。
井戸氏らの運動が小さいながらも、実を結んでいるのは本当にホッとする。(政治の内側から変えようと、彼女は議員になった、)
この本のなかで紹介されている数人のこれまでとこれからの人生を思うと、法律はなんのためにあるのか?そしてその法律がじつは古式然とした大昔のもので、今の世の中には適さないのだから、速やかに改革できないものかと腹が立つ。
「家族」の枠が以前とは大きく異なって来ている。
「夫婦別姓」「性同一性障害どうしの婚姻」「母子家庭」「父子家庭」「生涯独身」・・これらは個人の「自由」であるべき「人権」だと私は信じている。

この本の一文に「知力とは人を救う力」だあるが、まさにその通りだ。
法律学者や弁護士、政治家など「知」のある人はたちは困っている人たちを支援するためにその力を使ってほしい。
そしてなによりも「情」を忘れないでもらいたい。
システムを作ってそれを動かすのは結局は「情」に他ならないのだ。

とても胸に響くノン・フィクションです。
こういう本を読むと、世の中で起きているすべてのことが自分と繋がっているのだとつくづく思い、何かをしたくなる。。
posted by 北杜の星 at 07:37| 山梨 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月19日

アナーダン・フィン「駅伝マン」

ランニングをこよなく愛するイギリス人ジャーナリストのアナーダン・フィン氏は駅伝取材のため、妻と幼い子供三人とともにシベリア鉄道の旅を経て京都にたどり着いた。
イギリスを出発するときにはまだ住むところも決まっていないし、駅伝取材の方法もまったくわからなかった。
京都に決めたのは日本人女性と結婚しているイギリス人の友人マックスがいたため、それと子どもたちのシュタイナー学校のためだった。

運良く京都田辺のシュタイナー学校のすぐ近くにマックスが小さな二階屋を見つけてくれた。
リサイクルショップで家具などを揃え、上の二人の子どもたちは通学するようになった。
この本はフィン氏の仕事の話でもあるが、同時に一家の半年間の日本滞在記でもあって、子どもたちや奥さんに起こる様々な「事件」にも筆が及んでいる。

どうして駅伝について書こうと彼が思ったのか?
日本に来る以前、彼はケニアに滞在し、強豪ケニアの長距離ランナーの取材を行った経験がある。
日本はケニアに劣らない世界有数の有能な長距離ランナーを輩出している国なのだそうだ。
しかもこの国にはマラソンの他に「駅伝」という日本独自の走りのレースがあって、日本国民はある意味マラソンより駅伝に夢中らしい。とくに「箱根駅伝」は特別なレースと言うではないか。

大学の駅伝、実業団の駅伝・・取材をしようにもその壁は厚く閉鎖的だったが、なんとか立命館大学と日清食品に入り込み取材が可能になった。
彼自身もランナーとして機会があれば走った。
駅伝やマラソンだけでなく、比叡山の千日回峰行まで経験することとなった。

取材するうちにわかることも、疑問に思うことも持つようになった。
日本のランナーには故障者が多い。それは過剰な練習が原因なのではないかということ。また日本人の睡眠時間の少なさにも目を向けている。
面白いのは日本人が「駅伝」を日本独自のものと知らないことだ。この走りの形態がマラソン同様世界中にあると勘違いしている人が多いのだ。
「駅伝」ってすごく日本的だと私は思うんだけどなぁ。
マラソンは個人的だが、「駅伝」はとにかく「襷を渡す」ことが大前提。区間を走るのは個人であっても「団体」戦である。「襷」のリレーが途切れたらすべてが終わるのだ。
それゆえの歓びと悲劇がまさに日本人の「美学」に訴えるのを「駅伝」は持っている。
私も思わず箱根駅伝には見入ってしまうが、ゴールする選手の歓喜と悲嘆。美しく神々しくもあり、痛ましく悲惨でもあるが、そのドラマ性はやはり素晴らしい。
このドラマ性は実業団にはないもので、実業団の走りはよりシステマティックに統制されているものだそうだ。
(しかし「箱根駅伝」が日本の長距離界を駄目にしているという説があるらしい。)

いろんなところに「日本」がもろに出ている。おそらく取材しながらフィン氏は戸惑うことが多かっただろう。
最後の方にあのマラソンランナーにインタビューをしている。
そのランナーは実業団にも加入せず、フルタイムで働きながら市民ランナーとして走り続けスゴイ成績を残しているあの川内優輝さんだ。
彼がどれだけ偉大なランナーなのか。と同時にどれだけこの国では異質なランナーなのか。
川内さんは学生時代に故障をしたためか、どの実業団からは一社以外声がかからなかったという。
しかし彼にとってはそれが幸いした。実業団でのハード・トレイニングではまた怪我をすることになっただろうし、彼はなによりも自由に走りたかったからだ。
「私の走る意味と、実業団の選手の走る意味が違うからです。」と。
川内さんのような例外を考えると、日本の長距離界の現実が見えてきそうだ。

半年の日本滞在を終え、フィン一家はイギリスに帰った。
空港に着くなりその無秩序さにびっくりした。
なんと日本ではすべてがものごとが静かにスムーズに運んでいたことだろう。
すっかりそれに慣れてしまっていた彼らが、ちょっとオカシイ。

フィン氏は書く。
日本人ランナーはもっと走りを楽しむべきだと。
実業団などのトレーニングは「激しく」「厳しい」ものだが、それは成功の原動力となることもあるかもしれないが、「重圧やストレスにさらされると身体は本来の動きを止め、パフォーマンスそのものを妨げてしまうことがある」のだ。
それに指導者は選手個人のことを考えているわけではない。ましてや選手のランナーとしての寿命を考慮には入れていない。
(そういう意味で川内さんは自分にとってとても適切な選択をしている。)

この400ページにも及ぶノン・フィクションは、走ることなどまっぴらごめんの私が読んでも、ものすごく興味深いもので、知らないことをたくさん知ることができた。
フィン氏がまたいつか家族とともに日本に戻って来る日があればいいです。
そしてその時に日本の「駅伝」をめぐる社会がより良い変化がなされていれば、いいですね。
posted by 北杜の星 at 07:13| 山梨 | Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月15日

アリス・マンロー「善き女の愛」

村上春樹が受賞するかと騒がれた2013年のノーベル文学賞はアリス・マンローが獲得した。
正直、少し意外だった。
というのも彼女の小説はすぐれたものではあるけれど、ノーベル文学賞が好む社会性や民族性はないからだ。
短編の名手としての評価が大きかったという。
文学はことさらに社会性を前面に出す必要はないが、書くものから透けて見える時代性は必要で、マンローの書くものにはそれがあると思う。

この本には8つの中短編が収録されている。
どれもマンローらしい細やかな描写が魅力的だ。
彼女の小説を読んでいるとどこの国の人々も同じなんだなと思ってしまう。
人間の日常の営みの中で起こるさまざまな出来ごと、それにまつわる感情・・夫と妻、母と娘などの関係はカナダだからアメリカだからあるものではなく、普遍的なものなのだ。

表題の「善き女の愛」。陰影があり終わりの曖昧さに深い余韻が残る。
まず三人の少年たちが川遊びに出かけるところから小説が始まる。(この場面は映画の「スタンド・バイ・ミー」を思い出させる)。
彼らは川底で沈んでいる車を発見する。車の中には町の検眼士が死んでいた。
・・「善き女」はいつになったら登場するのか?というくらいなかなか現れない。
その「善き女」とは中年独身女性である訪問看護婦のイーニド。彼女はほとんどボランティアで終末期にあるミセス・クィンの看護をしている。
ミセス・クィンの夫はイーニドの元同級生で彼女がひそやかな想いを寄せている。
しかしこれはオンタリオの小さな町の牧歌的な物語ではない。検眼士が登場した冒頭のシーンとの繋がりはいささかミステリーの趣があるのだ。

「善き女の愛」はやはりこの本の一番の読み物だろうと思うのだが、私がもっとも好きだったのが短編の「コルテス島」だった。
若い夫婦が家を買うことになる。彼らは何度か家を買い換えるのだが最後の家は豪邸だった。
しかしその家に足を踏み入れた時から、妻には「災厄の兆候と逃走の予兆」を感じたのだった・・

こういう予兆というのは当たるものなんですよね。それはおそらくその家に入って感じたのが最初ではなくて、一緒に暮らすうちに覚えた違和感が次第に膨らんだだけなのだと思う。
価値観や美意識の違いがとうとう溢れてしまう。
これはマンローの自伝的要素の強い作品だそうだが、マンローは1931年生まれ。当時離婚するには大きな決断が必要だったことだろう。
「コルテス島」の心理描写はさすがのマンローを感じさせます。

小説に大切なものがいくつかあるけれど、マンローの事象心象の描写の精緻さとエンディングあとにふと馳せる想いこそが、小説を読む歓びではないだろうか。
よかったです。

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2016年02月12日

上野千鶴子「おひとりさまの最期」

「おひとりさまの老後」から8年。
現在の上野千鶴子の関心事は人生の終末期になっている。
その終末期を病院や老人施設ではなく「在宅」で暮らせるかどうか、暮らせるとしたらどういう方法があるか?
終末医療だけでなく、「最期」も在宅でと望んでいいる上野さんだ。
そのことについて共に考えてみようというのがこの本。

一昨年だったか昔の友人から思いもよらない質問を受けた。
「子どもがいなくて寂しくない?」
そんなことを言うような人ではなかった(と思う)ので、本当に驚いた。会わない20年の間にどんな生活を送り、彼女の価値観がこのように変化したのかと、少々悲しかった。
ちなみに彼女は三回結婚をし、二度目の結婚では子どもを置いて婚家を出て、現在は再々婚で二人の子どもを持っている。
人間は自分の価値観で他の人の人生をも判断するものだから(これは何も彼女に限ったことではなくて、私自身もしてしまうことだ)、「子どもがいないから寂しい」「結婚していないから寂しい」と思う人がいるのもわかるが、上野さんに言わせると「余計なお世話」に他ならない。

東京都が高齢者1000人へのアンケートで、「生存子」の有無を尋ねたところ、生存子がいるのは49.3パーセント、生存子がいないのは44、7パーセントと、その差はあまりなかった。
つまり少子化がすでに進んでいるし、長生きし過ぎると逆縁で子どもが病気や事故で死ぬ場合だって多くなってくるからだ。
これを考えると、子どもの有無をあまり考慮に入れない方がいいかもしれない。

「おひとりさま」になる理由は様々。
離別、死別、非婚(最近はこの非婚がとても増えている)・・
いつかは自分も「おひとりさま」になる覚悟はしていたほうがいいのではないだろうか。
しかしつい最近の調査では、老後に一人暮らしをしている人は、家族と同居または老人施設で生活している人よりも、たとえ少しくらい体が不自由であって幸福度が高いという結果がでているという。
家族であってもどこか遠慮したりする同居より、自分が自由に自分のペースで生活できるのは、確かに幸せと言うもの。
ニュースで「孤独死」が取り上げられると、世間の感想は「かわいそう」というものが多いが、上野さんが言うように「孤独死」は幸せな死ではないだろうかと、私も思う。

けれど「在宅」での最期を迎えるのは不可能ではないが、まだまだこの国には難しい問題が山積している。
医師、看護師、介護士の地域での密な連携が重要となってくるのだが、その制度は整備されていない。介護にいたっては政府はどんどん後退させている。
一つ心強いことがあるとしたら、最近では医師本人たちが病院での過剰医療に疑問を持ち、キュアからケアへと医療を考え改めていることだろう。
そうした医師たちの本がたくさん出版されるようになった。
上野さんの望む、「おひとりさまの在宅での最期」は夢ではないかもしれない。

私自身の考えを言えば、夫がいる場合は家での看取りは彼への負担が多すぎるので、ホスピスか老人ホームでいいと考えている。老老介護は大変だもの。
一人ならどこで死んでも構わない。むしろたった一人で家に居て医療や介護スタッフの訪問を待つよりも、老人施設でみんなと一緒の方がいいかも。
でも問題は夫だ。もし彼が在宅を望んだらどうするか?できるだけ希望に沿ってあげたいが、まぁ「なりゆき」に任せるしかないだろうな。

老後の問題は体だけではない。ボケたときの経済管理も大切だ。
成年後見制度があるが、上野さんは親族や弁護士や司法書士に任せない方がいいと言っている。なにが起こるか保障の限りではないからだ。
個人ではなく、法人や福祉協議会のような団体組織に委託するほうが間違いが少ないと言う。
そうした業務を受け持つ法人が増えているのは安心だ。なにかあったときに保障されるから。

どんなに備えても、そのようになるわけではない「最期」。
これは「おひとりさま」に限ったことではない。
せめて今を充実させて、足るを知りながら、暮らしていきたいと思っています。
posted by 北杜の星 at 07:19| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月10日

朝比奈あすか「自画像」

これはちょっと凄みのある小説だ。ある意味、ここまで書くの?というタブーの領域に迫っている。
中学女子の自意識がこれでもかと描かれていて、胸苦しくなる。
小説は三十代後半の女性が婚活で知り合った教師の婚約者に、自分の中学生時代の話をするという設定で始まる。
(この婚約者が後半の展開に役割を持つのだが。。)
主人公は三人の中学生。彼女たちが成人女性となるまでの物語。

中学生という時期は自意識のかたまりだ。自分のその時代を思い浮かべてもつくづくそう思う。
世界が狭いために感情は増幅され、悲しみは大きく、憎しみは強く、好悪は無意味に激しくなる。
自分でも持て余してしまうほど、自意識に縛られる。
そんな中学時代に、もし女子がとても醜かったらどうなるだろう?
自意識は粉々に砕けて、ひたすら消えてしまいたくなるに違いない。
(その時代の私は自分の顔、胸のなさ、手足の細さなど体のすべての部位にコンプレックスを持ち、いつも他の女子が羨ましかった)。

面皰(にきび)がひどい田畠清子。
清子よりさらにひどい面皰の蓼沼陽子はクラスの全生徒からネグレクトされている。
清子と小学時代同じ塾に通っていた松崎琴美は中学の入学式で別人のように美しい少女に変身していた。美容整形を受けていたのだ。
彼女たち三人と周囲の生徒や教師の間にある微妙で激しい感情。

心理小説だ。
彼女たちの教室での生々しい日常。それがとてもリアル。
嫉妬という心の闇が清子の言動にあらわれるのは切ないが、理解できるだけになおやりきれない。
男子による「女子ランキング」。(でも女子だって女子間のランキングはしているのだ)。
美醜が問題ではないと言えるのは、まぁ私たちの年齢になってからのことで、若いころはむしろ「見てくれ」はもっとも大きな関心事だろう。
「ブス」と呼ぶ側はそれほどの罪悪感を持たないかもしれないが、呼ばれる側の痛みと傷は大きい。
今は美しい琴美であっても、過去を知る清見は怖い存在だ。
蓼沼陽子がもっとも虐げられる存在なのだが、美術の授業で彼女が描く「自画像」は、自分をまるっきり客観視したものだった。
顔中に広がる面皰の壮絶さの「自画像」は、ただ「スゲェ」としか言えないほどのものだった。
そうした精神の強靭さが彼女にはある。

しかしただの心理劇ではこの小説は終わらない。
意外な展開になって後半の三分の一が進むのだ。
それは彼女たちにとって「美醜」ゆえの傷からの「解放」である。(醜くても傷つくし、美しさゆえに性的暴力の対象となる、しかも教師から。)
心理劇からサスペンス劇に変化するストーリーの中に、冒頭の清子の婚約者が登場する。
この後半も前半とは別の意味で、ぐいぐいと読ませるものを持っている。

朝比奈あすかってノンフィクションの「光さす故郷へ」から読んでいるが、ずいぶん大きな作家になりましたね。
とても楽しみな書き手で、次作が待ち遠しいです。
posted by 北杜の星 at 08:21| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月18日

池澤夏樹「砂浜に坐り込んだ船」

起きたら雪ですべてが真っ白!
35センチくらいの積雪です。
雪かきをしないと坂道が登り降りできないので、今週の水曜日の東京での友人との約束2件が、行けるかどうか心配です。
無理なようなら、池澤夏樹のこの船のように、どっしり坐って雪見をしまするしかなさそう。。

池澤夏樹というと長編小説が多いような気がするのだが、これは8つの短編集だ。
連作ではないし物語はバラエティに富んでいるのだけれど、全体に漂う雰囲気には強く「死」の翳がある。
池澤はもう70歳。これまで親族や友人知人の死をたくさん経験したことだろう。
死は遠いものではなくなってきている。

私はかなりの池澤夏樹ファンだと自認している。
彼の書くものには、環境などそれが社会的、政治的問題を扱っていても、いつも宇宙に繋がるなにかを感じられる。
理系と文系がうまく重なった人だなと思う。
しかも理系も文系も超えるもの、宗教ではないのだがそれよりももっと大いなるものを信じる人だとも思っている。
そしてこんなになってしまった世界であっても希望を捨てず、前に歩もうとする姿勢に励まされている。
(このなかに福島原発事故で東京に避難した元教師の話があるのだが、声高の脱原発運動とは異なるもっと強い意志をもつ抵抗を感じる。政治の問題ではあるのだがそれ以上の「土地」への帰巣感覚は理屈ではなく伝わってくる)。

ファンタジーあり、SFっぽいものあり、恋愛ものあり・・長いものも短いものもある。
表題の「砂浜に坐り込んだ船」がやはりもっとも印象に残った。
主人公は新聞に載った写真を見る。そこには座礁した船が写っていた。彼は札幌から車を飛ばして座礁した船を見に行く。
船は困った風情ではなく、さんざん世界を回ったのだからちょとと休むという感じでどっしりと坐り込んでいた。まるで生きもののように。
彼は写真を撮って家に帰ってながめながら、亡くなった友人を思い出す。
そこにその友人の声が聞こえて、二人は語り合い始めるのだ。
友人は古い家で母と二人で暮らしていたが、母を火事で亡くした後に癌にかかった。婚約者がいて家を建て直そうと計画をしていたものの、生きる意欲を失った彼は生に執着することなく静かに消えて行ったのだが、その頃には主人公と疎遠になっていた。
当時のことを語り合う会話がもの悲しくも美しい。

必死に生きようと闘病する姿は立派だが痛々しい。
その反対に執着しないで死を受け入れる姿にはある意味、崇高さを感じる。諦めではあるのだろうが。。
もちろん年齢もあると思う。主人公の友人は生をあきらめるには若すぎた。

「先に逝ったひとへの哀悼に満ちた短編集」と帯文にある。
でも私の受け取ったのは「生きるもよし、死ぬもよし」という想いだった。
彼岸に行った人も此岸にまだいる人も、どれほどの違いがあるのか。。
哀悼というよりも、死者への寄り添いのような気がする。

posted by 北杜の星 at 08:01| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月04日

石田千「家へ」

石田千は私の大のお気に入りの物書き。
その彼女の作品から一年の「ハッチのライブラリー」を始められる幸せは大きい。
・・この文章、いつかも書いたような気がして調べてみたら、3年前の2014年の1月4日に書いていたことがわかってびっくり。
そうか、彼女の文章を年末年始にかけて読む至福の時をこうして持てているのだなと思った。
しかもこの「家へ」は今月決まる芥川賞の候補となっているそうだ。

石田千はエッセイも書くが小説も書く。
小説はエッセイほどたくさん発刊されていないが、私は彼女の「あめりかむら」などの現実と非現実のあわいのような小説が好きで、なぜもっと小説を書かないのかなともどかしかった。
「きなりの雲」や、エッセイか小説か判じかねる「みなも」なども悪くなかった。
やっと待望の小説がこの「家へ」だ。
正直、ちょっと戸惑った。あまりにこれまでの小説とは趣が違う。
故郷、家族、友人、将来の仕事など、現実感でいっぱいだったからだ。
しかも舞台は新潟。(彼女は福島育ちなので新潟には地縁ななさそうなのだけど)。

けれど読み進めるうちに次第に物語に没頭していた。
静かでそれでいてどこか激しく(激しいという表現が正しいかどうかはわからないのだけれど)、悲しく、寂しく、それでいて希望がある。
いろんなことが詰まっている小説だ。
最初は人間関係が分かりづらかった。
東京の美大院生の新太郎が故郷新潟の小さな町に帰京する。彼は木彫刻家を目指している。実家には母の律さんとおいじさんがいる。
そこへ対岸の島から倫さんが島で捕れた魚をもってやって来る。
彼らの結びつきが複雑なのだ。

律さんは若いころ倫さんの子どもである新太郎を産んだ。倫さんは強く結婚を望んだが律さんはそれを拒絶しシングルマザーとなった。
それからしばらくたって「おじいさん」という男と同居するようになった。おじいさんは歳が離れてはいるがそれはあだ名である。
つまり律さんは二人の男と結婚をしないでいるのだ。
倫さんは今では島で家庭を持ち妻と息子がいるのだが、律さんと新太郎の面倒をなにくれとなくみてくれている。
のみならずおじいさんにイカを渡し、そのイカを加工したものは海辺の町の名産となりつつある。倫さんとおじいさんの間も良好だ。
摩訶不思議な関係はそれなりにバランスを保っていた。
けれど新太郎がドイツに留学したいと言い始めたことから、その微妙なバランスが崩れはじめてきた・・

誰もがみなやさしい。でもだれもがみな胸に小さなわだかまりをもっている。
我慢なのか諦めなのか。それが切なく読む方に伝わってくる。
スパッと割り切れているのは、新太郎の母の律さんだけなのかもしれない。だから彼女が「いい女」に見えるのだろう。
倫さんの奥さんはほんの少ししか登場しないれど、彼女もアッパレ。見事に出来た女性だ。
男は女に支えられているんだなぁと、つくづく思いますね。
まぁ男はそれをわかっているのだけれど。

新太郎の制作活動の描写も面白い。一生懸命彫刻家になろうとする彼を地元の人間はなかなか理解しない。
郷里に帰って美術教師になれだとか、バイトをしていた子どものいない画材屋の夫婦は店を継いでほしいと願っている。
そういうしがらみを振り切って、新太郎は自分の道を歩こうとしているのだ。
もっと祝福し応援してあげてよ、と言いたい。
最後の出来事はかなりショッキングだが、これは読んでのお楽しみ。

「家へ」というタイトルは意味が深いと思う。
「家」が家であるうちは「家へ」と帰るところ。でもひとはいつか「家から」出て行く。
そうなったとき「家へ」の気持ちが膨らむのは、どんな場合なのだろうか。
そのとき「家へ」向かう足取りは重いのか軽いのか?

大好きな石田千なので芥川賞受賞してもらいたいのですけれど、他の候補作品を読んでいないので。。
posted by 北杜の星 at 07:34| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月28日

エリザベス・オリバー「日本の犬猫は幸せか」

著者のエリザベス・オリバーさんは英国人。
1968年以来日本に定住している。
彼女は英国で過ごした幼年時代からずっと動物と親しんできた。
日本にやって来て、動物保護の必要性を感じ、アニマル・シェルター「アーク」を設立し25年になる。
この本はその活動を記したものである。

年間19万頭もの犬猫が自治体の施設に収容され、そのうち13万頭が殺処分にされている。
すごい数字だ。
迷子になった犬猫もいれば、飼い主に捨てられた犬猫もいる。
飼い主のもとに還ったり、里親に引き取られたりしているのは、3分の1にも満たない。
人間がつらい目に合うのはやりきれないが、いたいけな動物が虐待されるのはもっとたまらない。彼らは抗弁する術を持たないからだ。
信頼しすべてを委ねた飼い主から捨てられたら・・どんな気持ちだろうか?

私のまわりで犬を飼っている人のほとんどが、そうした施設から引き取っている。
殺処分にされかねない命を救っている。
ここ八ヶ岳には都会からの移住者が多いのだが、わりと高い社会意識をもっている人が多いように見受けられる。
私はペットショップが嫌いだ。
ペットショップで犬や猫を飼って飼うひとも嫌いだ。
身を縮めてケージの中にいる犬のなんとかわいそうなこと!
第一、ペットショップで売っているのは、ブリーダーが手放したいと思っている動物たちだという。
本当に健康で優秀なのは、ブリーダー自身が持って、自分が売る。

ペット後進国の日本では犬猫をペットショップで購入する人がほとんど。
でも欧米先進国ではまずアニマル・シェルターに行く。そこで成犬や成猫を引き取る。
(日本人は子犬や子猫が好きで、小さい時から飼いたいと願う。たしかに小さい犬や猫ほど愛らしいものはないのだけれど)。
日本でも、動物を飼いたかったらアニマル・シェルターに行くというのが社会の習慣になればいい。

しかしだからといって、安易に動物を飼ってはいけない。
ペットに適した環境が与えられなければ、飼うのは止めた方がいいし、離婚や破産などがもしおきたとしても、飼い続ける覚悟が持てない人は飼う資格はないと思う。

著者は日本の事情とともに英国の事情にも詳しい。これを読むと日本と英国にいかに大きな差があるかがわかる。
けれど英国だってはじめから今のように整備されていたわけではない。長い時間のなかで一歩ずつ進んできたのだ。
日本でも不可能なはずはない。
まず行政が動物福祉専門の部署を設けるべきだ。
動物より人間の優先順位の方が先だという声があるかもしれないが、動物の命を大切にすることは人間の命を大切にするのと同じレベルのことだと私は考えている。
命を粗末に扱う国の人間と行政だから、こんなたくさんの不幸な人間と動物が存在いするのである。

もうひとつ、ペットを飼うことについてのシステムができればいいと思うのは、高齢者のペット問題だ。
孤独なお年寄りにとってペットはなによりの慰めとなる。
でも「自分が先に逝ってしまったら」と、飼うのをためらう。病気や怪我で散歩に連れて行けなくなる場合もある。
もしもの時には、そうしたペットを世話したり、引き取ってくれる団体があれば、どんなに心強く心安らかな気持ちになれるだろう。友人知人に頼むといtっても限りがある。
アニマル・シェルターでも現在のところ、高齢者に引き渡すのを拒否することが多い。それはそれで無責任ではない証拠ではあるのだけれど。
なんとかもう一歩踏み込んで、この高齢者ペット問題を解決してほしい。

それにしてもエリザベスさんには、頭が下がります。
posted by 北杜の星 at 08:11| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月25日

岩澤倫彦「バリウム検査は危ない」

定期的に検診を受けている人は多い。
私たち夫婦は病院が嫌い、化学薬品はなるべく摂りたくない、検査もできるだけ避けたいという人間なので、健診を受けるとしても、血液と尿と便潜血くらいしか受けない。
肺のレントゲンも胃のバリウム検査も十年以上受けていない。
いまは血液検査でかなりのことがわかるので、これでいいと考えている。

最近、夫の仕事仲間がバリウム検査で胃の初期癌が見つかり、胃を三分の一切除した。
幸いにも元気で仕事にすぐに復帰したそうだ。
(最近の手術技術は進化して、お腹にほんの3センチの穴をあけ、そこから小さく切った胃を取りだすのだそうだ。)
これはすごい僥倖である。
というのも、バリウム検査で胃がんが発見される確率は、実はとても低いのだ。
そもそも胃がんを発見するための検査なのに、である。

でもどうして、いまだバリウム検査なのか?
この本にも詳しく解説してあるが、胃がん発見には、abc検査という、ピロリ菌の有無を調べ、血液検査で胃の状態がわかる検査方法があるというのに。
それなら体への負担が少なくて済むし、費用も軽減される。
バリウム検査でのバリウム液が飲みやすくなって(前は粘度が強く飲みにくかったのが、さらさらになった)、事故が多くなっている。
腸閉そくを起こして救急搬送されて亡くなるひともいるそうだ。
また高齢者がバリウム液を飲んだあとで下剤をかけても、腸壁にバリウムがへばりつく場合がある。

abc検診では、ピロリ菌がいなくて、胃の状態がよければ、もうなんの検査もしない。ピロリ菌は胃がんの原因要素だからだ。
ピロリ菌がいて、同じ状態なら、ピロリ菌の除菌を行う。
ピロリ菌がいて、胃の状態に疑問がある場合に初めて、内視鏡検査を受ける。
神奈川県横須賀市では胃がん検診は、従来のバリウム検査かabc検査を自由に選択できるシステムになっていて、abc検査受診者の方が断然多いそうだ。

なぜ横須賀市のように全国でならないのだろうか?
副作用があるバリウム検査がはびこっているのだろうか?
それは「検診村」がこの国には存在するからだ。
原発村があるように、この国では利益を得るためには国民のことなど二の次とする経済構造があるようだ。
だから発見率がすこぶる悪いバリウム検査がいまも大手を振ってまかり通っている。
心ある医師たちはバリウム検査の害を知っていて、内視鏡検査を薦める。(内視鏡検査の診断技術を高める必要があるのだが)。

最近では医療検査における放射線被曝の累積量がWHOでもようやく問題視されるようになってきた。
歯科医院でのレントゲン、肺や胃のレントゲン、CTでの検査など日本での検査被曝量は世界でもっとも多いという。
CTは欧米諸国の10倍あるので、検査を受ける機会がそれだけ多いということだ。
検査被曝による癌の発生率はおどろくべき高さ。
諸外国では高齢になるともう癌検診はリスクや進行具合を考慮して、しないそうである。
日本って、過剰検診、過剰医療なのだが、日本人がそれを望むからなのだろう。

健康になるために検診をうけて、それで病気になるって、なんか変じゃない?
どんな検査を受けるか?受けないか?
受ける方も勉強する必要があると思う。
posted by 北杜の星 at 07:28| 山梨 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月23日

絲山 秋子「薄情」

絲山 秋子、待望の新刊。
「新潮」連載第一回だけ読んで、あとはぐっと我慢。ひたすら一冊としてまとまるのを待っていた。
待っていたかいがありました。これ、私、大好きでした。
前作の「離陸」はけっして悪いものではなかったし、「物語」を作る作家のイトヤマさんらしく、すごい展開につぐ展開を十二分に楽しみはしたのだけれれど、私にはちょっとスケールが大き過ぎた。
小心者の私には、この主人公の心理の緻密な描写のほうが向いているようだ。

群馬県、または北関東に住む人にとっては、とても興味深いと思う。
群馬のさまざまな土地と道が出てくるからだ。
あれ、この道知っているよ。でも何故知っているのだろう?行ったこと、あったっけ?
と訝しく思う個所が多かったが、はたと気がついた。
そうだ、ついこの前「街道を行ぐ」を見たから知っているんだ!あの本は上毛新聞刊で群馬県のいろんなところを、イトヤマさんが愛車の黄色のフィアット・クーペで駆け回り紹介するものだった。
国道や県道を楽しそうに走っていた。
それを読んだため、すっかり群馬に土地勘があるような気になっていたんだ。
(「街道を行ぐ」は町の図書館に寄付したました。予算がないためかいつも寄贈本を募っているのです。)

さて、「薄情」をどう説明するか。。大好きな作家の作品をあれこれ言うのはとても難しいのです。
主人公は宇田川。三十代。
伯父の神社を継ぐために国学院大学を卒業し、将来は神官となるつもりだ。
現在は実家の群馬に戻って、夏は嬬恋のキャベツ畑でアルバイトし、他のお季節はなにをすることもなく過ごしている。

宇田川は熱くならない。
テンションも低い。密度が高いところは苦手。
そしていつも「境界」とは何かと、考えている。それは彼自身が「境界」に居るからなのだろう。
あちらでもこちらでもない居場所。不確かな場所が自分には適していると思っている。
それは女性に関しても同じで、元同級生の蜂須賀と会っても恋愛未満で、それ以上に発展しそうでしない。

そんな宇田川が心地よいのが、東京からやってきた木工芸家の鹿谷さんの工房だ。
なぜそこが心地よいのか。
それはそこが「境界」だからだ。他所者でありながら、地元に溶け込んでいる。それとも溶け込んでいながら、やはり他所者だからだろうか・・

イトヤマさんも東京生まれ。群馬を自分で選んで住みついた。鹿谷はクラフト作家だしイトヤマさんは小説家だ。
イトヤマさんは鹿谷に自分を投影させているのか。
またイトヤマさんのご先祖様には神官がいると言うし。

宇田川が薄い性格のように、この作品の登場人物もみんな薄い。
鹿谷さんにしても自然消滅的に消えてしまった。蜂須賀は外見に似合わず意外に熱情的ストレートさをもっているけど、彼女もどこか醒めている。
薄く淡く軽く、でも人間関係というものはそんなにたやすいものではない。それだけで終わるものではない。
時に熱く濃く重くもなる。「薄情」にはなりきれない。

最後のエピソードが、いいですね。宇田川にも誰にも「理想」がないけれど、最後のエピソードにはその「理想」が垣間見れる。
人間はちょっとだけ「理想」をもつことって大切。大段構えじゃないささやかな「理想」を。

堪能しました。絲山 秋子は応援しがいのある作家です。
(ほとんどの本をライブラリーで借りるけれど、イトヤマさんは新刊がでると絶対に買う、ほんの数人の作家の一人です!)
posted by 北杜の星 at 07:34| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月18日

大西連「すぐそばにある貧困」

高校生活になじめず池袋の街に出たものの、終電車を逃して始発を待つ真冬の明け方、著者は一人のホームレスから焚火にあたらないかと声をかけられた。
正直、ちょっと怖かった。でも火はとても暖かく他のホームレスの男たちはやさしかった。
高校卒業後コンビニでバイトをする彼は、ふとしたきっかけでホームレス支援団体の炊き出しを手伝うことになった。
1987年生まれの彼はそれから数年後まだ二十代でNPO「もやい」理事長となり、本格的に貧困と向き合う日々を送っている。

貧困にはさまざまなパターンがある。
子どもの貧困、若いひとの貧困、母子家庭の貧困、高齢者の貧困、職を失ったひとの貧困・・
いつから日本はこんな国になったのだろうか?
敗戦直後の国民みんなが貧しい時代とは違う。豊かな世の中の片隅で、見ようとしなければ知ろうとしなければ気付かない貧困が、じつはたくさん隠れているのだ。

なかには自業自得としか言いようのない人生を送って来たひともいるかもしれない。
けれど現在の貧困はいつのまにか足元をすくわれて、いとも簡単にホームレスになってしまう危険性をもっている。
著者が関わるホームレスのひとたちもあっという間にそんな境遇となってしまったのである。
貧困は「すぐそばにある」ものなのだ。

彼らには帰る場所がない。
DVで家には帰れなかったり、家賃が払えなくてネットカフェに泊るしかなくなったり、そのお金もなくなれば路上生活者になるしかない。
耐えがたいのは冬の寒さ。体を壊すひとが多い。
そういう彼らを著者たちボランティアは「フクシ」に連れて行き、生活保護申請の手助けをする。
東京でも区によって彼らの扱いはずいぶん異なる。
ある区の収容施設では、二段ベッドで一部屋20人、食事はカップ麺と鳥唐揚げ弁当が毎日。。
曲がりなりにも「自由」だった彼らにはとうてい耐えられず、施設から逃げ出してしまう。
この事実を知って、「あんまりだ」と思った。
そして藤原新也の有名なインドの写真を思い出した。「人間は犬に食われるほど自由だ」とあったあの写真だ。
ホームレスの彼らは「凍死する自由」を選ぶのだ。それほど「フクシ」には劣悪なところがある。血も涙も通わぬ「フクシ」だ。
彼らにも彼らなりのプライドはある。役所の冷酷さはそのプライドをずたずたにする。

生活に困っているひとに不足しているのはお金や食べものといった物質的なものだけではない。
正しい情報にアクセスする手段も持たないことが多い。
生活保護は一度だけしか受けられないと誤った知識を持っていたりする。(役所の係の人間がそう言ったそうだ)、

2006年、当時の総務大臣は「大問題としての貧困はこの国にはないと思います」と言い放った。
あれから10年弱。現在の状況を政治家はどう考えるのだろうか?
生活保護の不正受給者に対しての一般人の目は厳しい。たしかにそうした不正はある。
けれど不正受給者がいるからといって、そっちにターゲットを合わせて、生活保護申請を厳しくしたり、また受給金を減らすのは、福祉の概念として間違っているのではないだろうか。
福祉というものは低きに合わせるものではないと私は思う。
それに生活保護の支給金額が低くなるということは、最低賃金も下がるということを忘れてはならない。

貧困支援に関していま私がもっとも関心があるのは「フード・バンク」。
イタリアでは毎年11月の最終金曜日に、全国のスーパーや食品店において貧困者のための「食糧寄付」を行っている。
スーパーにはそれ用の食品が置かれ、レジで支払うと、そこにはボランティアが待っていてその食品を受け取るシステムだ。
食品はオリーブオイル、パスタ、缶詰や瓶詰など多種にわたる。
みんな千円くらいの食品を買ってボランティアに渡しているようだ。
またこれもイタリアのボローニャでのことだが、ボローニャ大学の学生たちは毎日店で売れ残った食べもの(パンや総菜など)を回収し、それをその日のうちに施設に届けるということをしていて、これはいまでは他の国からも見学に来るほど有名なシステムとなっている。

貧困、それも子どもの貧困は胸が痛む。
学校が夏休みや冬休みになって給食がなくなると、ちゃんとした食事ができない子どもがいるという。
給食が唯一の食事なのだ。
これらかクリスマスやお正月。
私ができることはないかと考え、こちらのあるスーパーの店長さんに「フードバンク山梨」の存在を知らせ、店でなんらかの活動をしたらどうかと提案している。
その店で買った食品だけを寄付するのは、店の営業行為と受け取られかねないので、誰もが家にある賞味期限内の食品を寄付できるように、大きなボックスを用意してもらえればありがたい。
どこの家にも予備の食品があると思う。レトルト食品、調味料、米、乾麺、袋菓子・・(賞味期限内に限る)。
地域の「フードバンク」のHPを見て、どんな食品が受付可能か調べてみてほしい。

先日松本市では、市JAと生協が協力して、フード寄付を募った。たぶんいろんな自治体で実施されているのだと思う。
ようやくこの11月になって、「全国フードバンク推進協議会」が設立されたそうなので、イタリアのように全国一斉に行われるようになればいいのだがと思っている。
せめてクリスマス・お正月に、食べものがないという状況から抜け出せれば。。
posted by 北杜の星 at 07:46| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月10日

芥川龍之介ほかアンソロジー「ずっしりあんこ」

あんこに関する39人の作家たちによるエッセイ集。
芥川の他には、内田百閨Al池波正太郎、井上靖、幸田文、吉屋信子ら旧い作家たち、山本一力、野中柊、穂村弘、糸井重里など最近の作家たち。
私の大好きな平松洋子も並んでいるし、手あかの付かない文章を書く武田花や孤高の歌人と呼ばれた塚本邦雄もいるのがうれしい。
深沢七郎や東海林さだおとか「あんこ」好きなのはわかるとして、芥川や上野千鶴子や手塚治虫などが「あんこ」に目がないとは少々意外。
意外でないのが辰巳芳子の書く「手づくりの餡の魅力」でのこしあん作りの面倒くささ(すみません、丁寧の間違いです)!
そう、粒あんと違って「こし」は大変なんですよね。(一度も作ったことないし、つくろうとしたこともないけど)。
その「こしあん」を好むのがあのリンボウさんこと林望で、なんにでもこだわりを持たなければ気のすまない彼らしく、「こし」へ偏愛が記されている。

私も「あんこ」は大好きだ。
虎屋の「夜の梅」の薄切り。空也はなかなか買うのが大変なので吉祥寺の小ざさのもなかがあれば、お三時が楽しい。
昔は練り切りもこしあんの饅頭も嫌いで、あんこは粒と思っていたけれど、歳を取るにつれて「こし」のあの上品な癖のない味も好ましくなった。
今は饅頭は「こし」の方が好きなほど。(もなかはやはり「粒」)。

このアンソロジーはどれも面白くて全部を紹介したいのだけど、そうもいかないので、興味ある方には読んでみてもらうとして、ここでは安藤鶴夫の文章を紹介したい。
「たいやき」という一文である。
安藤は1908年東京生まれの直木賞作家。落語好きな典型的な東京人で1969年に没している。
その安藤が小石川から四谷見附から入ったところに移り住んでまもなく、歩いているとある路地に迷い込んだ。
そこは「小達横丁という名のわびしい路地」で、カタリコトリと老夫婦がたいやきを焼いていた。
一つ買ってその場で食べた。しっぽまであんこが入っていた。
それを親父さんに「えれえな、小父さん」と褒めたら、親父さんは感激。
「この店をはじめまして、もう一年と一寸になります。実はひそかに、だれかお客さんが、しっぽにあんこが入っているということを、いってくれないものかと思っていたが、もう一年ちょっとになるのに、だァれもそれをいってくれたひとがない。いま、旦那にそれをいわれて、一生懸命にたいやきのしっぽにあんこを入れていた甲斐があった」。
そう言って親父さんは涙を浮かべたそうだ。

後日安藤はそのしっぽまであんこの入ったたいやきのことをある新聞のコラムに書いた。
するとこれまで書いてきたどんな文章よりも大きな反響があったという。
以来、たいやき屋は大変なことになった。
麹町に家を普請していた吉衛門から注文が来る、近くの内藤のお殿様みずから買いにおいでになったり、吉川英治から運転手が言いつかって買いに来る・・
店は老夫婦だけではきりもりできなくなり、税務署を辞めた息子、そのお嫁さんまでもが働くようになり、電話をひいて配達のオートバイも買った。

そう、わかる人はわかりますよね。
四谷のたいやき「わかば」のことです。
市ヶ谷に住んでいた頃はときどき買いに行っていました。まさにしっぽまでしっかりあんこの入ったたいやきです。
これは多分、わかばが続く限り変わることはないでしょう。
(当時、わかばの隣には能の「若葉舞台」があったそう。)

四谷というのは今では高級住宅街なのだが、あの界隈は今でも庶民的でおもしろい一角が残っている。
四谷三丁目あたりの昔花街だった荒木町などはいまではお洒落な飲食店ができて新しい街になっているけど。
もし今度東京に住むとしたら、じつは私はあの周辺に住みたいと考えているのです。
地震が起きたとしても、都内のとこからも歩いて帰れる距離。
新宿青山はもちろんのこと、渋谷からだって銀座からだってそうは遠くない。
都心なのにちょっと歩けば神宮外苑や新宿御苑があるし、お堀の桜もきれい。
いいなぁと、考えている土地が四谷界隈なのです。
posted by 北杜の星 at 07:21| 山梨 | Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月08日

青山七恵「繭」

なんて暗く重い小説だろうというのが「繭」の印象だった。
芥川賞受賞の「ひとり日和」とはずいぶん趣が違う小説だと思った。
でもよく思い出してみるとあの「ひとり日和」はタイトルほどほのぼのしたものではなく、二十歳の主人公のあの女の子はかなり不穏さを孕んでいた。
その不穏さがより増し、不可解さが大きくなったのがこれだ。
登場人物の誰一人として、理解しやすい人間はいない。

舞は三十歳半ばの美容師。やっと自分の店が持て張り切っている。
夫のミスミも美容師だが仕事が続かず、現在は主夫として家事をしている。
傍からは何不自由のない幸せなカップル。彼らもそうであるとは思っている。
しかしどういうわけか、舞はときどき自制できずにミスミに家庭内暴力をふるってしまう。夫が妻にではなく、妻が夫にだ。
暴力をふるわれ傷つけられても、ミスミはけっして抵抗しない。
それどころかいつも謝り、舞を守ろうとしている。

舞の店に客としてやってきた希子。
同じマンションに住んでいることがわかり、言葉を交わすようになるが、それは「友達」とも違うニュアンスの繋がり。
希子には道郎という恋人がいるが、道郎はまるで逃亡中の凶悪犯のようにも思えるほど、いつのまにか来ては去って行く。

前半は舞が語り手、後半は希子が語り手となる。
舞とミスミと希子の関係のバランスが崩れるのは、ちょうど真ん中あたりから。

だれもがとても不安定な関係性のなかでもがいている。
しかしそれはある意味では「繭」の中のように、居心地がよいものでもある。
そこから出なくてはと思いながらも、自ら繭を破って出て行く勇気がない。
だからどんどん自分も開いてもを壊してしまう。

とくに舞は痛々しい。
平等な関係性を強く求めながら、そんな関係はないとどこかでわかっていながら、叶わないことに苦しんでいる。
そんな舞に優しくすることしかできないミスミは、私にはもっとも理解不能で不気味にうつる。
いつも何かから逃げているような気がする。
これではみんなが狂ってしまうのではないか、破滅してしまうのではないか。
どこに救いがあるのか?
だけどそんなミスミだって、水がコップから溢れるように、決壊してしまうのだ。。

読み終わって、「ふぅー」と深いため息が出た。
それでもこの「繭」は、このところ満足できないでいた青山七恵作品の中では突出した出来のものだと思う。
読み始めると一気に読ませられるし、読み応えがある。
無理矢理のエンディングを創らなかったのもいい。
そのことで余韻がいつまでも残るし、舞や希子はどうなるのだろうと思いをはせることができる。

読後感が良いとはいえないKれど、これ、私は好きでした。
久方ぶりの大満足の青山作品。
posted by 北杜の星 at 07:38| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月07日

絲山 秋子「街道を行ぐ」

この「街道」は「けぇど」と群馬弁で読んでほしい。「行く」も「行く」ではなく「行ぐ」。
東京で生まれ育ったイトヤマさんは会社の営業職をしていたころに、群馬県高崎勤務となった。
以来その地を気に入り、現在では一軒家を建てて犬2匹とともに暮らし、しっかり地元に馴染んでいる。
彼女はよくある文壇つきあいをまったくしない人で、作家や編集者たちとの交流よりは、地元の普通の人たち、またミュージシャンたちとセッションをしたり(イトヤマさん、ベースを弾くんでですよ)、もの書きではないところでの暮らしを楽しんでいるのだが、そういうところ画私は好き。
今やまったくの群馬人。
よその土地から来た人が群馬はいいところですねと言おうものなら、わがことのようにうれしくなるそうだ。
そんなイトヤマさんが上毛新聞に月一で連載していたものがこの本となった。
彼女のブログでどこに行ったかは読んで知っていたが、そうか、こういうドライブだったのねと納得。
ハッピーさがじんじんと伝わってくる。
なにしろ車が好きでドライブが好きなイトヤマさんだ。愛車の真っ黄色のフィアット・クーペを駆って大好きな群馬の国道や県道や山道を走りまわるのだからさぞ面目躍如だったことだろう。
ましてや訪れた先で出会う人たちが素晴らしかったら、もうこれ以上の幸福はない。

赤城や榛名、最近世界遺産になった富岡、前橋や高崎の街、牧場、野菜畑・・
群馬は広い。山もあれば平地もある。(山梨と同じで海はないけど。
「けぇど」を走るイトヤマさんの活き活きしていること!フィアット・クーペが飛び跳ねているようだ。
だけどこの本の主役はイトヤマさんではない。群馬の「道」である。イトヤマさんはその道案内役だ。
国道○号線、県道○号線とアクセスの仕方に沿って走ると、さぞ心地よいドライヴができるだろう。

私は群馬にあまり縁のない人間だった。
軽井沢に行くときに通り抜けるところという感じで、だから行く時はたいてい夏で、藤岡あたりはいつも暑かった。その印象しかなかった。
それが十数年前、東村のある家族のための家を夫が設計することになり、以来そこの奥さんのCHさんとの交流ができ、なかなかお会いはできないもののわたしにとっては大切な友人となっている。
その東村もいまではみどり市東町と市町村合併になった。
この本の第6回、「渓谷寄り添う二つの道」(国道122号)で、その東町が紹介されている。

そう、353号から122号に突き当り左折すると、とたんい風景が変わる。その変化にまずびっくりする。
みどり市と名付けたのはまったくその通りで、みどりあふれる道となるのだ。
右にはわたらせ渓谷鉄道が走っている。走っているという言葉が当てはまらないほどのどかに動いている。
友人の家のすぐ後ろ、手で触れるほどの近さを通るのにも驚いた。
花輪という駅が立派で大きな家々が並んでいたのがちょっと意外だったが、この本で理由がわかった。昔は銅(あかがね)街道の宿場町として栄えたのだという。
文化財T後なっている旧住宅や小学校もあるらしい。
いつか行ったらぜひ見学してみよう。
(東村や黒保根あたりのうどんは美味しくて、とくに舞茸うどんは絶品!黒くて甘じょっぱいお汁が麺と舞茸にからんで本当に病みつきなる味だ。冬にはあれが恋しくなる時がある。)

群馬は山梨と同じくちょっとマイナーな県ではないだろうか。
でも分け行ってみたり住んでみると、いいところがたくさんあるんですよね。
行くのに渋滞がないのもいい。東京からだと中央道や関越道にたどり着くまでに時間がかかし、帰りも大変だ。
地方住まいのメリットを生かしていろんなところにドライブしたいものだが、その選択肢に群馬を加えてもいいかも、ですね。
あ、でもこれ、他県の人ではなく群馬の人が見るほうがもっと面白いかも。
よく知っている場所、意外に知らない場所、両方向から楽しめると思います。
posted by 北杜の星 at 07:42| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月03日

大島真寿美「空に牡丹」

静助は村の名主の次男坊。
後継ぎである兄は勉学のためご一新後の東京へ出て、すっかり東京の水に慣れて村に戻る気配はない。
学校制度ができても静助は学校には馴染めず、寺の向陽先生が懐かしい。
父庄左衛門の後妻である静助の母は小さくなって暮らしていたが、初めて東京を訪れて以来東京にあるきらびやかな物品に心奪われ、自分でそれらを仕入れて店を開くようになった。
その店は繁盛し、やがて兄が経営に参加、静助の幼馴染である了吉までが店員となる。
世の中が大きく動く日々で静助だけがぼんやりと過ごしていたが、元花火師が村に住みつき、村祭りに花火を打ち上げたことから、彼歯花火に夢中になっていく・・

花火に魅せられた男の物語。
・・なのだが、花火をつくる職人でもなく、名主の父の遺した財産を花火をあげるために散財するだけの静助には、あまり感情移入できなかった。
だって、一所懸命なところが全然ないんだもの。
はっきり言って、つ
まんない男という印象。
この小説の中で、いったい誰が主人公なのかがはっきりしない。
もっと人物を絞った方がよかったと思う。
兄の描写も中途半端、後妻の母も尻切れトンボ、静助にいたっては「しようのない男」としか受け止められなかった。
登場人物に心ひかれない小説ってちっともワクワクしないんですよね。

どうもこのところの大島真寿美は前ほど好ましくない。
初期作品は小品であっても、彼女にしか書けないセンスがあった。
「宙の家」「チョコリエッタ」「水の繭」「香港の甘い豆腐」などは、心にいつまでも残のものだった。
いつまでも初期に留まれと言っているわけではない。
でもニュアンスは失ってほしくないな。

筆力はあるし、書ける人ではあるのだから、次作に期待します。
posted by 北杜の星 at 07:58| 山梨 | Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月20日

沖藤典子「老妻だって介護はつらいよ」

「老妻だって介護はつらいよ」とあるけれど「老妻だから介護はつらいよ」じゃないのかな?
年老いた夫の介護を同じく老いた妻がするのは大変である。
ましてや沖藤さんのご夫君はこれまで勝手のし放題。
毎夜毎夜遅くまで飲んで酔っぱらっての帰宅、無断外泊、週末はゴルフ三昧。
それよりもなににより沖藤さんが傷ついたのは、夫がいつも家族に対し不機嫌だったからだ。家族のためんに何かするということが一切なかった人。
ある夏、家族で海水浴に行こうと駅まで行ったのに、ずっと不機嫌だった夫は荷物と家族を置き去りにし、家に帰ってしまった。
それなのに会社では「良い人」でとおっているのだから、口惜しいではないか。

そんな恨みつらみが一杯の夫であっても、病に倒れれば妻が面倒を看なくてはならない。
家族も社会もそれに疑問を持っていない。
沖藤さん自身ですらそうするしかないと覚悟している。憎んできたけど、やっぱり夫は捨てられない。一生懸命介護をしてしまう。
だからこの本の副タイトルが「葛藤と純情の物語」なのだ。
そう、老妻って純情なんですね。

ある日突然夫の脚が激痛に見舞われ、緊急入院。
病名は「閉塞性動脈硬化症」。いろいろ治療はしたが結局は脚を切断することになった。
それまで頑健で病気をしたことのなかった夫。検診で悪いところがあったのに軽く考え放置していたらしい。
糖尿病が進んでいた。

腹立たしい。「あれほど言ったのに」の言葉が口を衝いて出るのは当然か。
長女はアメリカ在住。この長女はずっと父から無視されて父に対してよい思い出を持っていない。
次女一家は実家のわりと近くに住んではいるが、母親にとても厳しい。(多分沖藤さんが夫の愚痴や悪口を言ってきたからなんでしょうね。)
子どもは当てにできない。

夫の入院は500日にも及んだ。
どんどん見つかる体の悪い部位。これ以上の治療は延命だと医師が言うほどになり、思い切って在宅介護に切り替えた。
夫は「ありがとう」と言うようになったが、沖藤さんにしてみればその言葉すら白々しく腹が立つのだった。

夫婦の歴史はそれぞれで、その歴史のなかで出会いの頃の感情が次第に変質してゆく。
沖藤夫妻もこの本を読めばかなり複雑な家庭環境があったようだ。
ただ思うのだけど、こんなに赤裸々に家族のことを書く必要があったのか。
社会に自分の気持ちを表明できない夫、しかも亡くなった後にこれだけのことを書くのはちょっとフェアはないのではないか?
沖藤さんは思いの丈が述べられてスッキリしたかも知れないけれど、次女はまた怒るのではないかと心配になる。

でもまぁ、「結局がんばる古女房」に免じて許してあげてもいいかな。
介護の現場を取材しつづけてきた彼女の「現実」は、これからの仕事にきっと役立つでしょう。
posted by 北杜の星 at 07:45| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月12日

小川洋子「琥珀のまたたき」

小川洋子の作品はいつもどこか幻想的だ。
それらにもましてこの「琥珀のまたたき」は全編ファンタジーと言っていいほど。
とにかく美しい。美しい世界が美しい言葉で描かれていてうっとりしてしまう。
でもこれは小川洋子だ。美しさのはかなさ、切なさ、怖さが潜んでいるのだ。

母は父が遺してくれた別荘に三姉弟を連れて引っ越した。
子どもたちには本当の名前を捨てさせ、姉をオパール、弟を琥珀、末弟を瑪瑙と呼び、以後この名前を使うよう言い渡す。
母がつくった約束事は他にもあって、彼らは外界と交わることなく成長することになる。
父が図鑑を出版する会社をしていたので、館にはたくさんの図鑑があった。三姉弟は図鑑で知識を得ながら、独自の「遊び」を作り出していった。

美しいものがいつまでも美しいはずはない。
大きくなればなおのこと、気づくこと、見えてくるものがある。美しさの歪みもわかってくる。
彼らには死んでしまった妹がいて、妹は彼らの傍らに存在いしている。
美しさのほころびは物語の始めからどこかに潜んでいるのだが、それでも美しさの記憶が消えるわけではない。
年老いた琥珀と思われるアンバー氏にはその記憶はいつまでも美しいままなのだろう。

私はこれを37.5度の熱がある時に読んだ。38.5度まで上がった熱が下がる途中。
(この一カ月、奈良へ行ったり富山に行ったり、東京へも何度か行って、オーバーワークだったので、久しぶりに寝込みました。)
熱で頭がボーとなっていたから、小川ワールドに浸りやすいかと思ったが、そうではなかった。
幻想世界って意外に体力が必要なことがわかった。
リアリズムの方が理解しやすいんですね、新書なども読んだけど、そのほうがわかりやすかった。
もっとも小川洋子の描く世界が緻密で凝縮されているからなのだけど、、けっこう、読むのしんどかったです。

だけど「うっとり」は相変わらずで、さすが小川洋子。
これほど息が長く、秀作ぞろいの作家はそうはいないでしょう。
夫にも小川洋子を読んでもらいたいといつも思っているのだけど、ファンタジーに酔えない彼には、絶対に楽しめないだろうな。残念です。
posted by 北杜の星 at 06:40| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月02日

岩城けい「MASAT0」

前作「さよなら、オレンジ」一冊で大ファンとなった岩城けい。
今回も舞台はオーストラリア、母国語と現地語のはざまで揺れる人たちを描いている。
今回は小学生が主人公だからか前作ほどシリアスではなく読めるが、それでもひしひしと「言語」に苦しむもどかしさが描かれるのは同様だ。
「さよなら、オレンジ」は太宰治賞と大江健三郎賞を受賞。芥川賞と三島由紀夫賞にノミネートされた。

Masato(真人)はお父さんの転勤に伴ってオーストラリアに住むことになった小学6年生だが、オーストラリアの小学校では5年生に編入した。
一緒に来たお姉ちゃんんは来年の日本での高校受験を控え日本人学校に入学した。
お母さんは英語があまり話せない。日本とオーストラリアを較べて不平ばかり言っている。

日本とオーストラリアの学校はかなり違う。
例えば算数で答えが正解でもそれはあまり評価されない。どうしてそういう結果がでたかを説明しないと賢い生徒とは認められないのだ。
Masatoはまだ英語ができないので、唯一得意のはずの算数もだんだん苦手になってくる。
Masatoを見ると「スシ、スシ」となにかにつけていじめるエイダンとは我慢できずに取っ組み合いになってしまい、校長室に呼ばれることに。そのたびにお母さんも呼ばれて謝るのだ。
そんなときにも英語ができないので何も言えない。くやしさは募るばかりだ。
(英語ができないから、学校でのパーティにdishを持ってゆくのを、Masatoのおかあさんは一枚のお皿を彼に持たせるのだが、それはいわゆる料理の持ち寄りパーティで一皿の料理という意味だったのだ。これもまたエイダンのからかいのネタになった。)
彼が助けを求めるのは台湾人のケルヴィンだが、ケルヴィンはクールというかちょっと変人。

しかしジェイクと一緒にサッカーをするようになってというもの、Masatoはしだいに英語やオーストラリアに慣れてゆく。
日本語より英語でのほうが表現しやすくなってもきて、英語のできないおかあさんの通訳をするように。
お姉さんは日本の高校に通うために日本に帰った。
おかあさんもオーストラリアが嫌いでMasatoを連れて日本に帰ると言う。
けれどMasatoは決めたのだ。オーストラリアに残ると。残って中学に通うと。
彼と同じようにオーストラリアにこれからも住んで仕事をしようとするお父さんとお母さんの激しくなるケンカ。。

私、わからないなぁ。
なぜMasatoのお母さんはそう好きでもない日本人社会のおつきあいばかりして、現地の人々と交わろうとしないのか。
それでいて、英語が上達しないと苛立っている。
そればかりか Masato をオーストラリアに盗られてしまったなどと言う。
もっと努力しなくっちゃと言いたくなるが、でもお父さんは「努力と我慢は違う」「きみに我慢はさせたくない」とお母さんを理解するのだが。。
でもあともうちょっと、もうちょっと長く住んでみると、変化が生まれて楽しめたかもしれないのに。

でも寂しいことだろうなと思う。
自分の息子が日本語でなく英語で話す方が得意になるのは。
人生の選択の善し悪しなんて、まだMasaatoにはわからないけれど、前を向いて走る彼にはこれから先も後悔はないはずだ。
おかあさんもその時になってはじめて、あれでよかったんだと納得できるだろう。

「言語」だけでなく教育とか他にもたくさんのテーマを含んだこの作品、今回の岩城けいも素敵でした。
posted by 北杜の星 at 07:58| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月26日

岡田正彦「先生が患者だったらどうします?」

先進医療や新薬など、医療は日進月歩している。
しかしそうした治療は本当に患者のためになっているのか。
過剰検査、過剰治療がずいぶん行われているような気もする。
患者にとっては藁にもすがりたい状況で、何を選択すればよいのか。。
そんな時、ちょっと言ってみたい言葉。
「先生が患者ならどうします?」(「先生の家族が患者ならどうします?でもいいかな)

私の知っている医師で、検診は受けない、風邪薬は飲まないと言う人がいる。
理由は「意味があんまりないから」
検診を受けて癌が初期で見つかっても、治るものは治るし、治らないものは治らないからと。
風邪に至っては「風邪は寝るのが一番」と言っている。
この著者も風邪薬は飲まないらしい。
聖路加病院のあの日野原先生は、「高齢の最期に点滴はしたくない」と仰っている。
人間は枯れて死ぬもの。そのときに水分を体に入れると無駄に苦しませることになるのだそうだ。

この著者である医師の岡田氏がどんな治療を受けないか、どんな薬は飲まないか、ちょっと紹介していみよう。

・「最先端治療」も「昔からの治療」も、再発率は同じ。
・新薬を試したがる医師を信じてはいけない。
・高血圧の薬を飲んでも、健康寿命は延びない。
・糖尿病の薬を飲むと、心臓病脳卒中での死亡率が64パーセント高まる。
・サプリメントは百害あって一利なし。
・人間ドックを受けると9割の人が「要精密検査」となる。
・レントゲン検査は発がん原因の第4位。
・早期発見、早期治療、先端治療でも癌の死亡率に変化はない。
・・・などなど、医師である著者は、家族には検診は受けさせないし、絶対に飲ませない薬があると書いている。

世の中にはそれぞれの分野で「名医」がいる。その名医に診てもらいたいという患者が多い。
私の「名医」の基準というか、これをする医師は信頼できないというのをを挙げるなら、肺炎になってもいない風邪の患者に抗生物質を投与する医者は避けるべし、というこど。
お年寄りの血流を良くするためと言って「メバチコール」を処方する医師も、なんだかお粗末だと思う。
私のホームドクターは「メバチコール」が効くなら、世の中の年寄りの病気はなくなるよ」と笑っていた。まぁ、オマジナイみたいなものだ。

「先生が患者ならどうします?」
そう尋ねて、きちんと本音で答えてくれる医師が「名医」なんでしょうね。
それにしても最近、医師や薬剤師でこうした「本音」を述べる人が多いのは、やはり過剰医療がはびこっているからだと思う。
患者側もしっかり勉強して、賢くならねば。
posted by 北杜の星 at 07:48| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月23日

上野千鶴子・田無水気流「非婚ですが、それが何か!?」

団塊世代と団塊世代ジュニアに近い親子のような女性社会学者の対談。

結婚しない男女が増えている。
したくないのか、経済的困窮でできないのか、理由はそれぞれだろう。
結婚なんて個人の自由なのだから、非婚でも構わないじゃないかと思うのだが、社会的にはそうではないようだ。
非婚が増えると、少子化がすすむからだ。
少子化がすすむと社会の経済基盤が失われる(と政治家や企業家は言う)。

結婚や出産に政治が介入するのはご免蒙りたいと思う。
私と夫は共に暮らし始めて35年になるが、法的婚姻をしたのは10年ちょっと前である。
なぜ姓が変わるのか納得できなかったし、ましてや彼の戸籍に入るのも自分のアイデンティティとしてイヤだったからだ。
彼が私の姓を名乗るのも、私がイヤなことを彼に押しつけるのも気がすすまなかった。
けれKどある出来事があって、日本の法律は「事実婚」の人間を守ってくれないと(この本にもそのことが書かれているが)わかって、まぁ20年以上たっているのだからもう二人の関係性は変わらないだろうと、籍をいれた。
それでもなぜ夫婦別姓が認められないのかは理解できないし、納得していない。
つくづくこの国は保守的だと思う。

上野さんと水無田さんは、保守的な先進国は少子化になっていると言う。
それはそうだろう。
現在の若い夫婦を見ていると、女性の負担の大きさが気の毒になる。
妻は仕事を持ち、家事をし、育児をしている。
夫は仕事が最優先で、家事や育児は「手伝う」という意識でしかない。
そうした意識が21世紀になってもこの国を形作っているのかと思うと、上野さんや水無田さんでなくても絶望的になってしまう。

彼女たちの言うように、日本は女性差別の国ではなく、男性優先の国なのだろう。
昔から「男はエライ」と男がふんぞり返っていられたのは、あれは「下駄を履かされて」いただけ。そうしなければ男が優位を保てなかったから。考えてみればアワレな存在なんですね。
でもそろそろ変えてもいいのじゃないか?
まず、夫を「主人」と呼ぶのをやめて、「夫」と「妻」という対等な立ち位置で家庭を築くべきだ。
言葉が意識をつくるのだ。言葉が変われば意識もかわる。奴隷や犬じゃないのだから。
(ここに面白い映画が例として挙げられている。自民党のある議員候補が地元で選挙運動をする時には、彼は妻を「家内」と呼ばなくては、選挙民から受け入れられないそうだ。「妻」と絶対読んではいけないらしい。選挙民の前では「家内」に徹している妻は、蔭では夫にキレている。)

先進国で保守的な国といえば日本、イタリアだが、その両国では少子化がどんどんすすんでいるのが事実。
いっぽう、北欧やフランスでは、婚姻外の子どもが50パーセントを超えている。
非婚であってもパートナーはいる、いわゆる日本で呼ぶところの事実婚である。
しかし非婚であっても社会から受けられる制度は、法的結婚者とまったく同じなのだ。
フランスで子どもが増えているのはこういうこと。
(ちなみに日本で離婚率が低いのは、夫婦仲が良いのが理由ではない。。水無田さんは電車での中高年女性たちの会話を紹介している。一人が「誰それ;のご主人は定年直後になくなったんですって」と言うと、「それはお気の毒」というのではなく、「それって理想的ね」とみんなで言い合っていたそうだ!)

若い男性は結婚して、夫、父親としての責任を負うのが億劫だし、小遣いとして使えるお金が減るのがイヤという人がいる。
女性は仕事をするのなら、家政婦としての母親が家事をしてくれる実家が心地よい。
非婚になるのは、「結婚のリスク」を避けるためなのかもしれない。

非婚でも未婚でもいいし、一緒に暮らさなくてもいいけど、恋愛くらいはしてほしいな。
人を愛すってことのない人生って、つまんないでしょ。
posted by 北杜の星 at 07:59| 山梨 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする