2015年12月03日

大島真寿美「空に牡丹」

静助は村の名主の次男坊。
後継ぎである兄は勉学のためご一新後の東京へ出て、すっかり東京の水に慣れて村に戻る気配はない。
学校制度ができても静助は学校には馴染めず、寺の向陽先生が懐かしい。
父庄左衛門の後妻である静助の母は小さくなって暮らしていたが、初めて東京を訪れて以来東京にあるきらびやかな物品に心奪われ、自分でそれらを仕入れて店を開くようになった。
その店は繁盛し、やがて兄が経営に参加、静助の幼馴染である了吉までが店員となる。
世の中が大きく動く日々で静助だけがぼんやりと過ごしていたが、元花火師が村に住みつき、村祭りに花火を打ち上げたことから、彼歯花火に夢中になっていく・・

花火に魅せられた男の物語。
・・なのだが、花火をつくる職人でもなく、名主の父の遺した財産を花火をあげるために散財するだけの静助には、あまり感情移入できなかった。
だって、一所懸命なところが全然ないんだもの。
はっきり言って、つ
まんない男という印象。
この小説の中で、いったい誰が主人公なのかがはっきりしない。
もっと人物を絞った方がよかったと思う。
兄の描写も中途半端、後妻の母も尻切れトンボ、静助にいたっては「しようのない男」としか受け止められなかった。
登場人物に心ひかれない小説ってちっともワクワクしないんですよね。

どうもこのところの大島真寿美は前ほど好ましくない。
初期作品は小品であっても、彼女にしか書けないセンスがあった。
「宙の家」「チョコリエッタ」「水の繭」「香港の甘い豆腐」などは、心にいつまでも残のものだった。
いつまでも初期に留まれと言っているわけではない。
でもニュアンスは失ってほしくないな。

筆力はあるし、書ける人ではあるのだから、次作に期待します。
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2015年11月20日

沖藤典子「老妻だって介護はつらいよ」

「老妻だって介護はつらいよ」とあるけれど「老妻だから介護はつらいよ」じゃないのかな?
年老いた夫の介護を同じく老いた妻がするのは大変である。
ましてや沖藤さんのご夫君はこれまで勝手のし放題。
毎夜毎夜遅くまで飲んで酔っぱらっての帰宅、無断外泊、週末はゴルフ三昧。
それよりもなににより沖藤さんが傷ついたのは、夫がいつも家族に対し不機嫌だったからだ。家族のためんに何かするということが一切なかった人。
ある夏、家族で海水浴に行こうと駅まで行ったのに、ずっと不機嫌だった夫は荷物と家族を置き去りにし、家に帰ってしまった。
それなのに会社では「良い人」でとおっているのだから、口惜しいではないか。

そんな恨みつらみが一杯の夫であっても、病に倒れれば妻が面倒を看なくてはならない。
家族も社会もそれに疑問を持っていない。
沖藤さん自身ですらそうするしかないと覚悟している。憎んできたけど、やっぱり夫は捨てられない。一生懸命介護をしてしまう。
だからこの本の副タイトルが「葛藤と純情の物語」なのだ。
そう、老妻って純情なんですね。

ある日突然夫の脚が激痛に見舞われ、緊急入院。
病名は「閉塞性動脈硬化症」。いろいろ治療はしたが結局は脚を切断することになった。
それまで頑健で病気をしたことのなかった夫。検診で悪いところがあったのに軽く考え放置していたらしい。
糖尿病が進んでいた。

腹立たしい。「あれほど言ったのに」の言葉が口を衝いて出るのは当然か。
長女はアメリカ在住。この長女はずっと父から無視されて父に対してよい思い出を持っていない。
次女一家は実家のわりと近くに住んではいるが、母親にとても厳しい。(多分沖藤さんが夫の愚痴や悪口を言ってきたからなんでしょうね。)
子どもは当てにできない。

夫の入院は500日にも及んだ。
どんどん見つかる体の悪い部位。これ以上の治療は延命だと医師が言うほどになり、思い切って在宅介護に切り替えた。
夫は「ありがとう」と言うようになったが、沖藤さんにしてみればその言葉すら白々しく腹が立つのだった。

夫婦の歴史はそれぞれで、その歴史のなかで出会いの頃の感情が次第に変質してゆく。
沖藤夫妻もこの本を読めばかなり複雑な家庭環境があったようだ。
ただ思うのだけど、こんなに赤裸々に家族のことを書く必要があったのか。
社会に自分の気持ちを表明できない夫、しかも亡くなった後にこれだけのことを書くのはちょっとフェアはないのではないか?
沖藤さんは思いの丈が述べられてスッキリしたかも知れないけれど、次女はまた怒るのではないかと心配になる。

でもまぁ、「結局がんばる古女房」に免じて許してあげてもいいかな。
介護の現場を取材しつづけてきた彼女の「現実」は、これからの仕事にきっと役立つでしょう。
posted by 北杜の星 at 07:45| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月12日

小川洋子「琥珀のまたたき」

小川洋子の作品はいつもどこか幻想的だ。
それらにもましてこの「琥珀のまたたき」は全編ファンタジーと言っていいほど。
とにかく美しい。美しい世界が美しい言葉で描かれていてうっとりしてしまう。
でもこれは小川洋子だ。美しさのはかなさ、切なさ、怖さが潜んでいるのだ。

母は父が遺してくれた別荘に三姉弟を連れて引っ越した。
子どもたちには本当の名前を捨てさせ、姉をオパール、弟を琥珀、末弟を瑪瑙と呼び、以後この名前を使うよう言い渡す。
母がつくった約束事は他にもあって、彼らは外界と交わることなく成長することになる。
父が図鑑を出版する会社をしていたので、館にはたくさんの図鑑があった。三姉弟は図鑑で知識を得ながら、独自の「遊び」を作り出していった。

美しいものがいつまでも美しいはずはない。
大きくなればなおのこと、気づくこと、見えてくるものがある。美しさの歪みもわかってくる。
彼らには死んでしまった妹がいて、妹は彼らの傍らに存在いしている。
美しさのほころびは物語の始めからどこかに潜んでいるのだが、それでも美しさの記憶が消えるわけではない。
年老いた琥珀と思われるアンバー氏にはその記憶はいつまでも美しいままなのだろう。

私はこれを37.5度の熱がある時に読んだ。38.5度まで上がった熱が下がる途中。
(この一カ月、奈良へ行ったり富山に行ったり、東京へも何度か行って、オーバーワークだったので、久しぶりに寝込みました。)
熱で頭がボーとなっていたから、小川ワールドに浸りやすいかと思ったが、そうではなかった。
幻想世界って意外に体力が必要なことがわかった。
リアリズムの方が理解しやすいんですね、新書なども読んだけど、そのほうがわかりやすかった。
もっとも小川洋子の描く世界が緻密で凝縮されているからなのだけど、、けっこう、読むのしんどかったです。

だけど「うっとり」は相変わらずで、さすが小川洋子。
これほど息が長く、秀作ぞろいの作家はそうはいないでしょう。
夫にも小川洋子を読んでもらいたいといつも思っているのだけど、ファンタジーに酔えない彼には、絶対に楽しめないだろうな。残念です。
posted by 北杜の星 at 06:40| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月02日

岩城けい「MASAT0」

前作「さよなら、オレンジ」一冊で大ファンとなった岩城けい。
今回も舞台はオーストラリア、母国語と現地語のはざまで揺れる人たちを描いている。
今回は小学生が主人公だからか前作ほどシリアスではなく読めるが、それでもひしひしと「言語」に苦しむもどかしさが描かれるのは同様だ。
「さよなら、オレンジ」は太宰治賞と大江健三郎賞を受賞。芥川賞と三島由紀夫賞にノミネートされた。

Masato(真人)はお父さんの転勤に伴ってオーストラリアに住むことになった小学6年生だが、オーストラリアの小学校では5年生に編入した。
一緒に来たお姉ちゃんんは来年の日本での高校受験を控え日本人学校に入学した。
お母さんは英語があまり話せない。日本とオーストラリアを較べて不平ばかり言っている。

日本とオーストラリアの学校はかなり違う。
例えば算数で答えが正解でもそれはあまり評価されない。どうしてそういう結果がでたかを説明しないと賢い生徒とは認められないのだ。
Masatoはまだ英語ができないので、唯一得意のはずの算数もだんだん苦手になってくる。
Masatoを見ると「スシ、スシ」となにかにつけていじめるエイダンとは我慢できずに取っ組み合いになってしまい、校長室に呼ばれることに。そのたびにお母さんも呼ばれて謝るのだ。
そんなときにも英語ができないので何も言えない。くやしさは募るばかりだ。
(英語ができないから、学校でのパーティにdishを持ってゆくのを、Masatoのおかあさんは一枚のお皿を彼に持たせるのだが、それはいわゆる料理の持ち寄りパーティで一皿の料理という意味だったのだ。これもまたエイダンのからかいのネタになった。)
彼が助けを求めるのは台湾人のケルヴィンだが、ケルヴィンはクールというかちょっと変人。

しかしジェイクと一緒にサッカーをするようになってというもの、Masatoはしだいに英語やオーストラリアに慣れてゆく。
日本語より英語でのほうが表現しやすくなってもきて、英語のできないおかあさんの通訳をするように。
お姉さんは日本の高校に通うために日本に帰った。
おかあさんもオーストラリアが嫌いでMasatoを連れて日本に帰ると言う。
けれどMasatoは決めたのだ。オーストラリアに残ると。残って中学に通うと。
彼と同じようにオーストラリアにこれからも住んで仕事をしようとするお父さんとお母さんの激しくなるケンカ。。

私、わからないなぁ。
なぜMasatoのお母さんはそう好きでもない日本人社会のおつきあいばかりして、現地の人々と交わろうとしないのか。
それでいて、英語が上達しないと苛立っている。
そればかりか Masato をオーストラリアに盗られてしまったなどと言う。
もっと努力しなくっちゃと言いたくなるが、でもお父さんは「努力と我慢は違う」「きみに我慢はさせたくない」とお母さんを理解するのだが。。
でもあともうちょっと、もうちょっと長く住んでみると、変化が生まれて楽しめたかもしれないのに。

でも寂しいことだろうなと思う。
自分の息子が日本語でなく英語で話す方が得意になるのは。
人生の選択の善し悪しなんて、まだMasaatoにはわからないけれど、前を向いて走る彼にはこれから先も後悔はないはずだ。
おかあさんもその時になってはじめて、あれでよかったんだと納得できるだろう。

「言語」だけでなく教育とか他にもたくさんのテーマを含んだこの作品、今回の岩城けいも素敵でした。
posted by 北杜の星 at 07:58| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月26日

岡田正彦「先生が患者だったらどうします?」

先進医療や新薬など、医療は日進月歩している。
しかしそうした治療は本当に患者のためになっているのか。
過剰検査、過剰治療がずいぶん行われているような気もする。
患者にとっては藁にもすがりたい状況で、何を選択すればよいのか。。
そんな時、ちょっと言ってみたい言葉。
「先生が患者ならどうします?」(「先生の家族が患者ならどうします?でもいいかな)

私の知っている医師で、検診は受けない、風邪薬は飲まないと言う人がいる。
理由は「意味があんまりないから」
検診を受けて癌が初期で見つかっても、治るものは治るし、治らないものは治らないからと。
風邪に至っては「風邪は寝るのが一番」と言っている。
この著者も風邪薬は飲まないらしい。
聖路加病院のあの日野原先生は、「高齢の最期に点滴はしたくない」と仰っている。
人間は枯れて死ぬもの。そのときに水分を体に入れると無駄に苦しませることになるのだそうだ。

この著者である医師の岡田氏がどんな治療を受けないか、どんな薬は飲まないか、ちょっと紹介していみよう。

・「最先端治療」も「昔からの治療」も、再発率は同じ。
・新薬を試したがる医師を信じてはいけない。
・高血圧の薬を飲んでも、健康寿命は延びない。
・糖尿病の薬を飲むと、心臓病脳卒中での死亡率が64パーセント高まる。
・サプリメントは百害あって一利なし。
・人間ドックを受けると9割の人が「要精密検査」となる。
・レントゲン検査は発がん原因の第4位。
・早期発見、早期治療、先端治療でも癌の死亡率に変化はない。
・・・などなど、医師である著者は、家族には検診は受けさせないし、絶対に飲ませない薬があると書いている。

世の中にはそれぞれの分野で「名医」がいる。その名医に診てもらいたいという患者が多い。
私の「名医」の基準というか、これをする医師は信頼できないというのをを挙げるなら、肺炎になってもいない風邪の患者に抗生物質を投与する医者は避けるべし、というこど。
お年寄りの血流を良くするためと言って「メバチコール」を処方する医師も、なんだかお粗末だと思う。
私のホームドクターは「メバチコール」が効くなら、世の中の年寄りの病気はなくなるよ」と笑っていた。まぁ、オマジナイみたいなものだ。

「先生が患者ならどうします?」
そう尋ねて、きちんと本音で答えてくれる医師が「名医」なんでしょうね。
それにしても最近、医師や薬剤師でこうした「本音」を述べる人が多いのは、やはり過剰医療がはびこっているからだと思う。
患者側もしっかり勉強して、賢くならねば。
posted by 北杜の星 at 07:48| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月23日

上野千鶴子・田無水気流「非婚ですが、それが何か!?」

団塊世代と団塊世代ジュニアに近い親子のような女性社会学者の対談。

結婚しない男女が増えている。
したくないのか、経済的困窮でできないのか、理由はそれぞれだろう。
結婚なんて個人の自由なのだから、非婚でも構わないじゃないかと思うのだが、社会的にはそうではないようだ。
非婚が増えると、少子化がすすむからだ。
少子化がすすむと社会の経済基盤が失われる(と政治家や企業家は言う)。

結婚や出産に政治が介入するのはご免蒙りたいと思う。
私と夫は共に暮らし始めて35年になるが、法的婚姻をしたのは10年ちょっと前である。
なぜ姓が変わるのか納得できなかったし、ましてや彼の戸籍に入るのも自分のアイデンティティとしてイヤだったからだ。
彼が私の姓を名乗るのも、私がイヤなことを彼に押しつけるのも気がすすまなかった。
けれKどある出来事があって、日本の法律は「事実婚」の人間を守ってくれないと(この本にもそのことが書かれているが)わかって、まぁ20年以上たっているのだからもう二人の関係性は変わらないだろうと、籍をいれた。
それでもなぜ夫婦別姓が認められないのかは理解できないし、納得していない。
つくづくこの国は保守的だと思う。

上野さんと水無田さんは、保守的な先進国は少子化になっていると言う。
それはそうだろう。
現在の若い夫婦を見ていると、女性の負担の大きさが気の毒になる。
妻は仕事を持ち、家事をし、育児をしている。
夫は仕事が最優先で、家事や育児は「手伝う」という意識でしかない。
そうした意識が21世紀になってもこの国を形作っているのかと思うと、上野さんや水無田さんでなくても絶望的になってしまう。

彼女たちの言うように、日本は女性差別の国ではなく、男性優先の国なのだろう。
昔から「男はエライ」と男がふんぞり返っていられたのは、あれは「下駄を履かされて」いただけ。そうしなければ男が優位を保てなかったから。考えてみればアワレな存在なんですね。
でもそろそろ変えてもいいのじゃないか?
まず、夫を「主人」と呼ぶのをやめて、「夫」と「妻」という対等な立ち位置で家庭を築くべきだ。
言葉が意識をつくるのだ。言葉が変われば意識もかわる。奴隷や犬じゃないのだから。
(ここに面白い映画が例として挙げられている。自民党のある議員候補が地元で選挙運動をする時には、彼は妻を「家内」と呼ばなくては、選挙民から受け入れられないそうだ。「妻」と絶対読んではいけないらしい。選挙民の前では「家内」に徹している妻は、蔭では夫にキレている。)

先進国で保守的な国といえば日本、イタリアだが、その両国では少子化がどんどんすすんでいるのが事実。
いっぽう、北欧やフランスでは、婚姻外の子どもが50パーセントを超えている。
非婚であってもパートナーはいる、いわゆる日本で呼ぶところの事実婚である。
しかし非婚であっても社会から受けられる制度は、法的結婚者とまったく同じなのだ。
フランスで子どもが増えているのはこういうこと。
(ちなみに日本で離婚率が低いのは、夫婦仲が良いのが理由ではない。。水無田さんは電車での中高年女性たちの会話を紹介している。一人が「誰それ;のご主人は定年直後になくなったんですって」と言うと、「それはお気の毒」というのではなく、「それって理想的ね」とみんなで言い合っていたそうだ!)

若い男性は結婚して、夫、父親としての責任を負うのが億劫だし、小遣いとして使えるお金が減るのがイヤという人がいる。
女性は仕事をするのなら、家政婦としての母親が家事をしてくれる実家が心地よい。
非婚になるのは、「結婚のリスク」を避けるためなのかもしれない。

非婚でも未婚でもいいし、一緒に暮らさなくてもいいけど、恋愛くらいはしてほしいな。
人を愛すってことのない人生って、つまんないでしょ。
posted by 北杜の星 at 07:59| 山梨 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月16日

五木寛之・佐藤優「異端の人間学」

五木寛之と佐藤優には共通項がある。
ロシア(旧ソ連)だ。
五木は早稲田の露文科を出て「蒼ざめた馬を見よ」「さらばモスクワ愚連隊」などソ連を舞台にした小説を書き、、佐藤は外交官として在露大使館勤務を経験した。
物理的には近い隣国なのに私たち日本人はあまりにロシアのことを知らない。
知らないのに、国際政治社会で「悪役」のロシアを嫌い、疎んじている。
この新書で二人はロシアを中心とした歴史、ウクライナやユダヤ人問題に関する政治、宗教、文学、音楽、ロシア人などさまざまなジャンルについて対談している。
一言で感想を述べると、知的好奇心を満足させられる内容だった。

五木の最近はやたら「抹香臭く」なった印象があるし、佐藤優とは政治的に異論を唱えたい部分がたくさんある。
それでもこの本の二人が語ることには、大きな興味をそそられた。
なんという知識量なのだろうか。とくに佐藤優は「知の巨人」である。
二人の知識がスゴイのは、彼らの体験や書物から知識が単なる情報ではないことだ。
ただの「物知り」ではない。そんなペダンティックな人間は世の中にたくさんいるが、彼ら二人はそれだけではない。
体験や知識を哲学というか思想にまで昇華しているのだと思う。
だからこの対談が奥深いものになっているのだ。五木は仏教、佐藤はキリスト者として人間を視ているのかもしれない。

いろんなテーマがあるが、私にはやはり文学の話が面白かった。
ドストエフスキーは「罪と罰」などであまりに「神」を強調しているが、あれは彼が神を強く信心じていなかったからだと佐藤は言うのが面白い。
「罪と罰」の主人公、ラスコーリニコフという名前の由来と意味も、これではじめて知った。
彼が異端として罪を犯すべく犯した人間というのが理解できた。(いまさら理解できても、遅いですよね。10代に読んだ本は忘れ果てています)。
それとドストエフスキーが国粋主義者だなんて、思いもしなかったなぁ。

「デラシネ」という言葉は「根無し草」として、放浪する人と、なにやらロマンチックな感じで私は捉えていたのだが、そうではないそうだ。
「デラシネ」というのは無理やり住む場所を奪われた人間のことで、難民などを指すという。
現在のロシア語通訳のレベルの低さを佐藤は嘆いている。
ロシアと日本の政治家の対話の通訳のひどさの例が書かれているのだが、爆笑ものだった。
こんなので大丈夫?国と国の相互理解ができるのかと心配になってしまう。
つまりは、ロシアのことにあまりに私たち日本人が無関心ということの他ならない。
これで北方領土を返還せよと言っても、無理じゃないかと懸念が大きくなるばかり。

五木は共産主義に若者が傾倒した世代だ。
そんな人にとって早稲田の露文は憧れだったろう。
しかし彼は学生時代あまりに貧しくて、バイトに明け暮れなければ生活できなかったので(週に一度売血してそれで食べていた時期もあった)、共産党には入党できなかったと言う。
入党したらいろんな活動をしなければならない。その時間がなかったのだ。
でもプロパガンダの紙芝居をもって、広島の山の中の学校へ行ったりしていたそうだ。

彼らの対談には多くの書名や人名が出てくる。
恥ずかしくなるくらい、それらのほとんどを知らない私でした。。。
まだまだ、勉強しなくては。
posted by 北杜の星 at 07:42| 山梨 | Comment(7) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月05日

阿古真理「小林カツ代と栗原はるみ」

こういう時代の考察の仕方があるんだ!ととても新鮮な本だった。
「料理研究家とその時代」の副タイトルにあるように、戦後の社会史、女性史の変遷を、その時代時代に活躍した料理研究家たちを通して分析している。
料理研究家論という以上に社会文化論として読むと興味深さが増すと思う。

料理研究家と言われて誰を思い浮かべるかは、年代によるだろう。
土井勝、江上トミなら、私の母の世代だろうか。
お節料理の黒豆を作る時私の母は、土井勝レシピを使っていたと記憶する。それまで黒豆はシワシワで固かったのを、土井は柔らかふっくらに煮たものを紹介した。
城戸崎愛や飯田深雪のようなちょっとセレブっぽい人もいた。
彼女たちの料理は「おもてなし」として、もやは戦後ではなくなった日本人が憧れる「西洋」の香りがしていた。
ホルトハウス房子も同じような意味で人気だったが、彼女の場合は彼女を包む雰囲気の素敵さも影響していたと思う。彼女は私世代のお手本だった。
それからセンスのよい有元葉子となると、イタリアンにベトナム料理ともう少し若い世代となる。

料理研究家って女性がほとんど。
これは台所が女性の聖域だったからだろう。
しかしなんといっても料理研究家として家庭料理に風穴を開けたのは、小林カツ代だ。
本格料理を指南したそれまでの料理研究家とは違い、「簡単」「スピーディ」を旨とした。
それは時代が要求したことでもあった。
たくさんの独特のレシピを作り上げ(その代表的なものは「肉じゃが」だそうだ)、世の中に浸透させた。
料理だけでなく小林カツ代は社会活動にも盛んに参加したという。
社会の変革を目指していたのだ。
夫を「主人」とは決して呼ばず、自分を「主婦」の料理研究家ではなく、「家庭料理研究家」と呼んだのはその意識ゆえである。

私は西荻に住んでいた頃、ときどき小林カツ代をお見かけした。
彼女の生活雑貨のショップが西荻にあったからだ。
テレビで見るより痩せて小柄に見えた。でも遠くからでもエネルギーが感じられたなぁ。
この本に、彼女は西洋料理にはドミグラスソースの缶詰などを使うことをはばからなかったが、和食の出汁はいつもちゃんととったと書いてあった。
昆布と鰹節、煮干し・・出汁は顆粒出汁の素などは使わなかったという。
料亭のようではなくて、しっかり煮だて箸で絞る。
これは私と同じやり方だ。
私はもっと端折って、昆布を少し水につけたら鰹節を加え、水から沸騰させ1分強、うどんのツユのときにはもう30秒。
もっともこれは、30年もの間注文している築地の鰹節屋さんの、血合いのない特上削りだから臭みがないから可能なことなのだ。
(特上といっても卸問屋で買うので全然高価ではないのです。特上よりもっと上等の最特上という品もあるのですが、素人の私には分不相応なので使いません。)
出汁を引くのは和食の基本。
小林カツ代はこれだけは譲れなかったようだ。
関西は出汁文化。料理は出汁から始まる。
それにくらべると関東の人は出汁を引くのが下手ですね。
だしの素を使う人の多さに驚きます。
このブログでいつか書いたことがあるのだが、40歳過ぎまでピッチャーを続けていた工藤公康氏の奥さんは試合後帰宅した彼に、丁寧に引いたお出汁を飲ませたそうだ。)
出汁は料理の基本となるだけでなく、疲れた体と心を癒してくれる。
私は出汁を引くとお玉に一杯味見皿にとって醤油を一滴たらして飲むのだが、これが料理に取り掛かるウォーミングアップ。本当に美味しい。

さて、次はいよいよ「カリスマ主婦」料理研究家の栗原はるみの登場である。
これまで出した本が4000冊。総計2400万部発行されているのだから、まさに「カリスマ」。
なぜ彼女のレシピがこれだけみんなを惹きつけるのか?
その理由はこの本を読んで理解してほしい。それなりの社会背景があるのだ。

栗原はるみは「主婦」として、誰もがちょっと頑張れば手の届くところに感じられるのではないだろうか。
料理は特別洗練されているわけではないし、器だって高級ではない。
普通からちょっと上・・そうしたライフ・スタイルが時代に合致したのと思う。
それと彼女には「家庭」「家族」の心地よさがある。
多くの女性料理研究家が離婚を経験しているが、栗原はるみには夫と子どもたちとの生活が伝わってくるのだろう。
それにしても息の長い料理研究家としての努力は相当なものがある。
それを笑顔に隠して仕事をするのだからスゴイ。

家庭料理がだんだん女性だけのものではなくなった昨今、若い男性料理研究家が出てきたのは喜ばしいことだ。
ケンタロウさんが一日も早く復帰できることを願っています。
posted by 北杜の星 at 07:51| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月03日

枝元なほみ「パセリ食堂」

今年植えた我が家のパセリはどうも元気が良くなかった。天候不順だったからだろうか。
青々していたのは昨年から冬を越したパセリだけだった。
この本を読んで初めて知ったのだがパセリって二年草なのだそうだ。
今年の苗は来年また生えてくれるのかしら?

私は小さな頃からパセリが好きで、お皿の隅に乗ったパセリを食べようとしていつも母から叱られていた。
「パセリは飾り、使い回しをしているのだから食べてはダメ!」と。
食べられるものがお皿に乗っていてそれを食べられないのは、子ども心にもじつに理不尽だった。パセリは冷遇されていたのだ。
だから当時パセリに特化した料理はなかったような気がする。

フランス人はパセリが好きだ。人参も好きだ。
パセリと人参をいつもムシャムシャ、ポリポリ食べていたフランス人を知っているが、私が不思議そうな顔をすると、なんで不思議がるのかわからないみたいだったので、フランス人はみんなパセリと人参が好きなのだと、以来私は思い込んでいる。

枝元さんはこのパセリ料理の本を頼まれて出すことになり、いろいろなパセリ料理を考え試作したようだ。
料理研究家って「研究」という字ががついているだけあってその研究熱心さには頭が下がる。
ただ引き出しが多いだけではなく、絶えず引き出しの中身を増やす努力をしているのだ。

パセリを何かに入れるというのはよくあるパターンなのでわかる。
例えばオムレツにどっさり入れるとか、スープやソースに加えるのは、まぁ私でも考えられる。
だけど「パセリの浅漬け」のように、パセリを単体でそのままというのは私には思いつかない。「パセリの浅漬け」・・どんな味だろう?
「パセリとグレープフルーツのサラダ」というのも意外な組み合わせ。
しかもパセリどっさり、グレープフルーツは少しというから、グレープフルーツがグリーンになるのだろうか?
ネギの代わりに納豆にパセリというのもあるけど、一度試してみよう。
最近我が家では骨粗鬆症予防のために毎日納豆を食べている。ほとんどが芥子と醤油だが、ときにはオリーブオイルと塩ということもある。
このときにパセリを入れてみよう。きっと豆のサラダのような味になると思う。
(骨粗鬆症は西高東低で、これは納豆を食べる習慣があるかどうかという統計だそうだ。)

枝元さんの料理はチャチャッとパパッとできるんですよね。
料理って丁寧さも必要だけど、あまり手で触り過ぎないことも大切。触りすぎると味がテキメン悪くなる。

以前枝元さんと詩人の伊藤比呂美との書簡集を読み、いろいろ大変だった時期をお互い励まし合って乗り越えた文章に、二人のそれぞれを思いやる気持ちの温かさを感じて、「女同志っていいなぁ」と思った。
枝元さんって人を元気にできる人なんです。
posted by 北杜の星 at 07:34| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月15日

R・J・パラシオ「ワンダー」

このブログにコメントを下さったkonakaさんが教えて下さった本。
児童書です。
じつは私は大人が絵本などの児童書を読むのはあまり好きでなく、「大人は大人の本を読みましょう」「絵本は子どものためのもの」と言いたい人間。
私自身が子どもの頃、はやく大人の読む本を読みたいと思っていたからだ。
幼いころの「小公女」や「長靴をはいた猫」「イソップ童話」や宮沢賢治などは別として、子ども用にリメイクされた偉人伝とか、やたら啓蒙的な児童文学が好きじゃなかった。
それでも友人に薦められ、大人になって読んだ児童書で素晴らしいものは幾冊かあった。
「星の王子様」「不思議の国のアリス」、とくにフィリッパ・ピアスの「トムは真夜中の庭で」は今でも時々読みたくなる大切な本となっている。

そして、これ、「ワンダー」。
確かに児童書といえば児童書。難しい感じにはルビがふってある。
でもこれは児童書の枠を超える素晴らしい本だった。

「オーガスト・プルマンはふつうの男の子。ただし顔以外は」
そう、オーガストの顔を見ると誰もが驚愕し怖がる。
そのため彼は学校へは通わず、家で母親に教えてもらっていた。
けれど中学に通うことを決意。
「ワンダー」は中学に通い始めたオーガストの1年間の物語である。

他人がオーガストの顔を見て驚き、驚かないふりをする何十分の一秒を、オーガストも両親と姉も見逃さない。
驚くことも驚かないふりをするのも、とても難しいことなのだ。
しかもオーガストはずっとその「目」に晒され傷ついてきたのだから。
でも、残酷だけど、驚くのは仕方ないことだ。それは自然の反応だと思う。
問題は、その後。そしてその後、たくさんのことがオーガストに起こる。

友達になる何人かの同級生。友達と思った子からの裏切り、はっきり彼を無視する子、陰湿な意地悪をする子、彼を理解し見守ろ教師・・
誰よりも強い味方はオーガストの両親だ。
親となって、これだけ子どもの心に寄り添える人間がいるだろうかと、まずそのことに感動した。
しかもきちんと公平に気遣いできる人たちなのだ。
絶対的に自分を守ってくれ、帰る場所のあるオーガストは本当に幸せだ。
だけど中学生ともなるとそうした居心地のよい家族から独立し始める時期でもある。

仲の良くなった同級生がオーガストの顔を見て言う。
オーガストはこれまで何度も何度も顔の手術を受けているのだが、それでもまだまだふつうにはなっていない。
『「オーガスト、ずっとこの顔のままなの?整形手術とかはうけないの?」
ぼくはにっこりして自分の顔を指さした。「あのさ、この顔は整形手術後の顔なんだよ」
ジャックはおでこをぽんとたたき、大声で笑いはじめた。
「そりゃ、おまえ医者を訴えろよ!」』

私は小心者なのでとてもジャックのようなことは言えないが、こういう屈託のなさは心が真っ直ぐだからなんでしょうね。
それとも子どもだからこその無邪気さなのか。
どちらにしても、私の大好きな個所だった。

感動のラストはいかにも児童書といえばいえるけれど、でもあざとさはまったくなくて、心が爽やかさでいっぱいになる。
ここには人間への全肯定があるからだ。
悪意は世の中にたくさんある。でもそれを上回る優しさだってある。人はその優しさを他人に与えることができるではないか。
その優しさがによりも強いことを、オーガストは学校の1年間で知りえたのだ。

先生がいいですね。日本の学校にもトゥシュマン先生がいるといい。
「必要とされる以上に親切にしよう。。」
そうすれば、いつか、どこかで、誰かがきみたちのなかに、神様の顔を見るかもしれない・・

私はヨーロッパに行くといつも意外に感じることがある。
それは人々が「お節介い」とも思えるほどに親切なこと。
日本人だって、ほんの数十年前までは、みんな「お節介」に他人の面倒を見ていたし、干渉もしていた。
でも個人主義の風潮が広がり、「あまり立ち入ると悪いわね」みたいになって、お節介を焼かなくなった。
それから少しずつ、人と人とのつながりが薄くなっていった。
トゥシュマム先生の言うように、「必要とされる以上に親切にする」ということは、大切なのかもしれない。
「お節介」と言われることを恐れるあまり私たちが失った世界を取り戻したいと思う。
この本には、そうした人と人とのつながりの素敵さがある。

この本を教えて下さったkonakaさんに「ありがとう!」
posted by 北杜の星 at 08:23| 山梨 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月11日

大矢麻里「イタリアの小さな工房めぐり」

手縫いの靴、ハープ、レース、聖像、ビーズ玉、麦藁帽子、彫金レリーフ、テラコッタ、手作り自転車・・
イタリアは職人の国。どこの町や村でもちょっと歩けばどこかからトントン音が聞こえてくる。
フィレンツェのアルノ川の向こう、カルミネ教会の方への途中にはじつにさまざまな工房があって、フィレンツェは職人の街なのかと気付くだろう。
この本の著者はイタリアに魅せられ、中部のシエナに20年暮らすコラムニスト。
彼女が紹介してくれるイタリアのもの作りがいかに素晴らしいか。文章と写真でとくとご覧になってもらいたい。

このなかで一番心ひかれたのが麦藁帽子だ。
麦藁帽子といえば昔は誰もが夏になると買って被っていた。粗雑なつくりで夏が終われば捨てて惜しいものではなかった。
けれどこの麦藁帽子は大事に何年も使いたい美しいもの。デザインもたくさんある。
イタリア人はどんなに灼熱の太陽が照りつけようとも、帽子をかぶらない人たちだけれど(私のイタリア人の友人は「帽子を被るのは中国人と日本人だ」と言う)、こんなに素敵な麦藁帽子なら、ここ八ヶ岳の高原リゾートでも被っていたい。

それともう一つ驚いたのは、オカリナがイタリアの楽器だということ。これは著者もご存知なかったらしい。
オカリナってケーナのようにマヤだとかインカとかのものだと思い込んでいた。
ボローニャの近くで作られる木製のオカリナは見るからに柔らかそうな形をしている。
よくあるっプラスティックのオカリナとは雲泥の差だ。音色もきっと大きな差があるのだろう。

フリウリ・ヴェネツィア・ジュリア州のポルトノーネでイコン画工房があるのも意外だった。
イコンといえば東方正教会のものだ。カトリックの国であるイタリアでイコン画が描かれていようとは。。
でもあのあたりはギリシャに近いから文化の交流があったのだろう。
ポルトノーネは私たちの友人の住むサン・ヴィート・アル・タリアメントからほんの15分のところ。チャンスがあれば行ってみたい。
フリウリ・ヴェネツィア・ジュリア州の州都はトリエステ。トリエステは旧ユーゴとの国境の街だ。
ちなみにあの水の都のヴェネツィアはヴェネト州の州都です。

著者の大矢さんお住まいのシエナからは隣の州のウンブリアのオルヴィエトのレースも精緻で美しい。
ウンブリアはオルヴィエトの他にも湖のほとりの小さな村パニカーレでもレースは有名で、時々ワークショップが開かれているので、観光客でも学ぶことができる。
30年くらい前までパニカーレなんて寒村だったが、いまではイギリス人などがたくさん住む土地になっていてびっくりしてしまう。

イタリアの小さな工房で黙々と仕事をする職人さんを見ていると、「日本もほんのちょっと前まではこんな職人さんの国だったのにな」と思う。
ここにも書かれているが、親から子に、師から弟子へと継承される技が、イタリアにはまだたくさんいる。
でも日本では職人という言葉すらなくなってしまった。
工芸をする人はいても彼らは職人さんではなく「作家」と呼ばれたいのか、作るものをアートだととらえている人が多い。
そういう意識の変化が日本のものづくりをダメにしたのだと思うのだけど、ちがうかな?
名もなき、名も知れぬ・・というのは存在しないことではなく、貴いことなんだけどね。

靴フェチの私としてはぜひマルケ州の手縫いの靴工房を紹介したい。
戦後、馬の皮から作る部屋履きから靴へと移行し、アメリカのデパートやフランスのブランドに卸したりしていたのが、独自のブランドを立ち上げるようになったのだそうだ。
私の好きなサントーニもここマルケのブランドで、サントーニは今でもエルメスに製品を卸していると聞いたことがある。
(大切に履いているサントーニなのに、夫は「そんなに履く機会がないのだから、普段に履かないとかえってもったいない」と言う)。

手縫いの靴というと思いだすのが、イギリス人俳優のダニエル・ディ・ルイスだ。
アカデミー主演男優賞を3回受賞している名優だが、私は彼がハリウッドに進出する前の「マイ・ビューティフル・ランドレット」と「存在の耐えられない軽さ」の彼のセクシーさにクラクラっときて大ファンになった。
そのディ・ルイスは最初のアカデミー賞受賞後に突然「靴職人になる」と決意。フィレンツェの有名な靴職人に弟子入りをしたのだ。
親方からもその熱心さが認められたごろ、スコセッシ監督に説得されて俳優に戻ったそうだ。
まぁ、奇人変人の類でしょうが、こういうことも含めて、ディ・ルイス、いいですよね。
彼が修業した工房の靴は日本でも手に入れることができます。
(神戸連続殺人事件の犯人少年Aが最近開設したHPが「存在の耐えられない透明さ」というタイトルだと言うが、ミラン・クンデラが汚された気持ちで「やめてよ」と言いたい。)

イタリアは過去の遺産で食べている・・と言う人がよくいます。
たしかにローマ、フィレンツェ、ヴェネツィアなどイタリアの多くの土地には歴史的にすごいものがたくさんあって、世界中から観光客が訪れます。
観光収入は多い。
でもイタリア人にとっての「過去の遺産」とは、そうした建造物や絵画彫刻そのものではなくて、生れた時から自然と身近に触れて育つ「美」なのではないでしょうか。
その「美」が何十世代にもわたって彼らの血肉となりDNAになっているのだと思います。
だから彼らの作るものは美しい一級品なのです。
あんなにチャランポランに見える彼らが、じつに粘り強く一所懸命にもの作りをしている。
この本はそれを私たちに教えてくれます。
posted by 北杜の星 at 07:46| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月10日

乾ルカ「奇縁七景」

乾ルカは北海道在住作家。
彼女の作品にはいつもどこかに北海道の気配がある。
「夏光」を読んで以来のファンの私としては、直木賞候補、芥川賞候補に一度ずつなりながら、どうもその後に完全納得できなくて、モヤモヤしていた。
だけどこの「奇縁七景」は彼女の持ち味である、「奇妙な味」が生きている作品集となっている。
こういう乾ルカが読みたかったんですよね。

普段私たちがよく口にする慣用句がタイトルになっている七つの短編。
「虫が好かない」「目に入れても」「報いの一矢」「夜の鶴」「只よりも高いもの」「黒い瞳の内」「岡目八目」。
ミステリーっぽいもの、ホラー的なもの、命と向かいもの・・バラエティに富んだ物語だ。
最後の「岡目八目」ではそれまでの登場人物たちがわらわらと出てきて繋がりをみせているのが見事だ。

そう、これが乾ルカの真骨頂なんですよね。
不可思議な人間の繋がり。時として超常現象だって起きる。
とてもリアルなものもあれば、ファンタジーもある。甘く辛いそれぞれの物語は読者の心をざわつかせる。

楽しめました。次作も待ってます、乾さん。
posted by 北杜の星 at 07:30| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月01日

エットハミ・ムライ・アメドバ゙/寺田なほ「モロッコの台所」

エットハミさんと寺田さんはご夫婦なのだろうか。
二人がかわいいお子さんを抱いて一緒に写った写真がある。
エットハミさんはカサブランカ生れ。モロッコとフランスで製菓と料理の勉強をし、モロッコにおいてシェフに料理指導をしていた人。
寺田さんはスパイス研究家として、インド料理やセネガル料理の教室を開いている。

モロッコ!
いいなぁ。ぜひとも行ってみたい国の一つだ。
モロッコとトルコは憧れの国で、そのトルコには数年前に友人と行ったので、残るはモロッコ。
モロッコがなぜ憧れの地かというと、アメリカ文学をほとんど読んでこなかった私だが、ポール・ボウルズ、ジャック・ケルアック、ウィリアム・バロウズには夢中になった時期があって、彼らが過ごしたモロッコのタンジェ(タンジール)という港町には強い思い入れがあるのだ。
アメリカ人だけでなく、ジャン・ジュネもタンジェに長く滞在し、彼の墓はタンジェにあるのです。
タンジェはヨーロッパ大陸からフェリーでほんの1時間足らずの港町。
港町特有の雰囲気があって、場所によっては魔窟のような危険なところもあるらしいが、文化文明の交叉する地点として面白そうな街だ。
作家たちが通ったというホテルもまだある。

文化が交叉するといえば、モロッコという国がまさしくそうで、歴史や宗教、そしてこの本に載っているように、料理もまたたくさんの入り混じる文化の影響を受けている。
この本が素晴らしいのはたんに料理だけでなく、モロッコ紹介本としてもいろいろ勉強できること。
モロッコに最初にたどりついたと誇りを持っているのが、バルバル民族という遊牧民だそうだ。
日本でも使っている人が多くなったタジン鍋や、セモリナ粉で作られる極小パスタのクスクスなどは、元はバルバル民族の文化だったそうだ。
(クスクスはシチリアや南フランスなどでも、ずいぶんと食べられている。)

写真ん料理のなんと美味しそうなこと!
肉、魚、野菜がじつに生き生きと輝いている。
どちらかというと煮込み料理が多い(タジン鍋でつくっている)のだが、シンプルななかに、スパイスやハーブが匂い立つようだ。
写真を見るだけで料理にパワーがあるのがわかる。

このパワーというのは、私はとても大事なことだと考えている。
食べるというのは、肉や野菜などの命を頂くということ。
だから命のエネルギーが感じられない料理は、ちっとも美味しそうには思えない。
最近友人と、我が家の近くに最近できた、有名美術家がプロデュースし東京のこれまた有名レストランで修業したシェフという触れ込みの「S」というレストランに食べに行った。
とても美しく飾られた料理は味も悪くない。最初から最後まで和と洋が組み合わされてどこと言って文句のつけようはないのだが、あの料理には全然エネルギーが感じられなかった。
食べものを食べて、元気になるという印象がないのは、どこか何かがまちがっているとしかいいようがない。
料理は食材を料ずるのだから、繊細さは必要。でも繊細さだけDなく、どんなに細やかな料理にも豪快さがなくてはつまらないと思う。その豪快さがパワーなのだから。
あの「S」というレストランにはそれがなかった。

でもこの本のモロッコの料理からは輝くエネルギーが伝わってくる。
こういうご飯を毎日食べていると、ハッピーになれるにちがいない。
料理のレシピがあるので、作りたい人はモロッコロ料理を試すことができる。
さいわい、材料は日本でも手に入るものばかり。

モロッコ、行きたい。
本の中に石釜焼きのパンがあるのだが、これを見れば、パン大好きのわが夫もモロッコに興味を示すかも。。
posted by 北杜の星 at 07:46| 山梨 ☁| Comment(7) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月14日

大河内学+廣澤秀眞+明治大学大河内研究室「ルイス・バラガン読解」

建築には素人だが建物を見るのが大好き。
好きな建築家も数人いる。
その一人が、ルイス・バラガンだ。
メキシコという国の風土でなくては生まれなかった彼の建築は、なんといってもそのスケールだと思う。
とてつもなく大きく厚のある壁と色。
これほど日本の建築と真逆な建築もないのではないのではないか。
ライブラリーの新刊コーナーでこの本を見つけ、久しぶりのバラガンを楽しんだ。

GAという建築写真本が我が家にはあってどれもが素晴らしいものなのだが、ルイス・バラガンが紹さされているものはとりわけ美しい。
この家はルイス・バラガンの自邸だそうだ。
スケールを表すためか、大きな壁面の前を歩く馬と人いる写真は有名で、この本にも載っている。
建築家の設計した個人住宅のなかには、「こんな家に住んでみたい」と思う家もあれば、「一度だけでいいから見学したい」と思う家がある。
住んでみたい家の代表はスイスにあるル・コルビジェ設計の「母の家」だ。
湖に面して大きな窓が開き、必要最小の空間をそうは感じさせない回遊できる家。
住むとさぞ心地よいことだろう。
見てみたい家の代表がルイス・バラガン自邸である。
そこに住むにはエネルギーが必要そうで、私にはとても住めそうもないが、でも見てみたいなぁ。

ルイス・バラガンの家を見学するツアーなるものがあるらしい。
だから見学は夢ではないし、個人で見学予約して行くことだってできる。
でも多分、一生行けずに終わるんだろうなの予感があって、ルイス・バラガンは夢の夢なのである。
「空間の読解」とあるが、建築の素人の私にはむつかしいことはわからない。
ただ見て、美しさにうっとりするばかりだ。

メキシコにはもう一人、私の大好きな建築家がいる。リカルド・レゴレッタ氏だ。
もう十数年前になるだろうか、私の夫があるパーディでレゴレッタ氏に会い、持っていた彼の特集本に載っていた家を指しながら「この家が一番好きです」と言うと、レゴレッタ氏ははにかみながら「これは僕の家です」と答えたそうだ。
だけどやはり、ルイス・バラガンのスケールはレゴレッタ氏とはまったく異なるもので、とにかく圧倒される。

私がいつも見たい、見て感動するのは、ローマのパンテオン。見るといつも涙が出てしまう。それは美しいものを見た人間の自然な涙だと思う。
それとこれもイタリアのペルージャの丘の上にある古い小さなサンタンジェロ教会が私のお気に入りだ。
以前はドームの上の明かりとりは薄い大理石で、そこを通しての光がなんとも柔らかく素敵だったのに、数年前に行ったら何ということか、すりガラスに張り替えてあってとってもがっかりした。
それでもサンタンジェロの美しさには胸を打たれる。
こんな教会で洗礼を受けたら、きっと一生敬虔な気持ちを抱いて、生きていけそうな気がする。

ルイス・バラガン自邸は世界遺産に指定されているので保存はしっかりしているので、サンタンジェロ教会のような落胆はないだろうし、ないことを祈る。

posted by 北杜の星 at 07:43| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月11日

小野正嗣「九年目の祈り」

先月又吉さんの第153回芥川賞が発表になったが、この本はその前第152回芥川賞受賞作品である。
これまで単行本化されたすべての小野作品を読んできた私は何冊か自分で購入しているのだが、これはライブラリー予約していた。
(芥川賞受賞ならいかに純文学といえ話題性で売れるので、私が買うこともないと思ったのです。)
もうほとんど予約したことすら忘れていたのが、やっと順番がきて読むことができました。ちなみに「火花」はものすごい予約数で、さ来年くらいにならないと読めないのではないでしょうか。(私は予約してませんけど)。

小野正嗣の作品に出てくる大分県のリアス式海岸沿いの小さな町が、今回も舞台となっている。
作家にとって「土地」というものは単なる舞台や題材ではなく、作家を形成した重要な力となるもの。
例えば中上健次にあの和歌山の「路地」がなければ、中上は生まれなかった。
小野正嗣にとっても、彼が生まれ育った大分の「湾」の町は同じ意味を持つものだ。

三十代半ばのさなえはカナダ人の夫と離婚し、希敏という小さな男の子を連れ東京から故郷の小さな町に戻ってきた。
この町はリアス式海岸に沿ったところで、教師だった父も母も健在だ。
閉鎖的で保守的で、故郷でも標準語を使うさなえを、人々は遠巻きに見ている感じがする。
そのうえ息子の希敏は(発達障害なのか)時々発作を起こし、「引きちぎれたミミズ」のようになってしまう。
母ともうまくいかず、息子をもてあますさなえには、ただ一人この人なら自分をわかってくれて話をしてみたい人がいた。
みっちゃん姉という年上の女性だ。
みっちゃん姉とは9年前に、国際交流ツアーで一緒にカナダに行ったことがある。
当時さなえは故郷で仕事をする独身女性だった。
そしてさなえは母からみっちゃん姉の息子が重篤なあ病気で入院中と聞く。。

そう、ふるさとって保守的だ。だれもが知りあいでその関係が膠着している。
だから人々はそこから逃げ出す。
そして逃げ出した人間と、残り居続けた人間との間には、壁ができる。
しかし人々は冷たいわけではない。
みっちゃん姉の息子にも希敏にも、町の人々の静かで優しい見守りがあるのだ。
そこに戻ることにしたさなえは、そこで生きてゆくしかない。

現在と過去と幻想が入り交ざって風景を作り出す。
そこには時として残酷といえる場面もあって、幻想の中にさなえの希敏をうとましく思う気持ちが正直に現れていたりして、せつない。

これが小野正嗣のベスト作品とは思わない。これまでこれ以上の作品は数作あったので物足らない想いはするが、でもいつかは受賞する人と信じていたので、この作品で芥川賞を獲得したのはやはり喜ばしいことでした。
posted by 北杜の星 at 07:59| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月05日

飯田真弓「B勘あり!」

「元国税調査官、税理士が書き下ろした迫真の物語」というこの本、お金は大好きでお金で買えるものも大好きな私なのに、コト経済とか税金とかになるとまったくチンプンカンプンというか、そもそも興味が持てない。
お金の計算がそもそもまったくできなくて、友人たちと食事をして割り勘となると誰も私には計算させない。夫もお金の計算に関してはまったく私を信用していない。
なんでみんなはあんなにさっさと、お金の計算ができるんでしょうね?
(その私が、友人夫婦と海外旅行に行くと会計担当!すごーく緊張するのだが、目が悪くて他に役に立てることがないのでせめてもと引き受けている。)

儲かっている商店や会社は、できる限り税金をおさめたくない・・というのはよくわかる。
でも脱税はいけない。脱税はとても卑怯な犯罪と諸外国では考えられている。むしろ日本人のほうが脱税には寛容だ。(誰もがやっているよと思っているのかもしれない。)
脱税は巧妙に行われる。
それを看破するのが税務署の仕事で、悪辣な脱税には国税のお出ましとなる。

商店や会社には一応会計士や税理士がついているもの。
わが零細事務所においても、月々の顧問料をちゃんと公認会計士さんに支払っている。彼はけっして「脱税」になるようなことを勧めない。支出にはある一定の枠があるし、収入をごまかすのはバレた時にひどいことになってしまう。
だけど世の中にはどうしても税金を払いたくない輩がいるみたいで、あの手この手で巧妙に利益を隠す。(東芝のように粉飾決算をする会社もあるけれど)。
それじゃぁ、どのようにその巧妙な手口を税務署は見破るのか?というのがこの本。

税務関係にもさまざまな業界用語があるんですね。
そうした単語が次々に出てくるがご安心を。ちゃんと詳しい説明が後記してある。
ただこの本、業界のあれこれが描かれるのはいいとしてもそれがちょっと多すぎて、ストーリーの影が薄くなっているような気がする。
税務署の登場人物も多すぎかもしれない。
彼らの内輪の会話にストーリーが邪魔されてイライラした。

豆腐屋の奥さんの裏ビジネス(というほどのことでもないのだけど、利益が多かったのかな?)をいかに見破ったか?
さびれた花屋の息子はなぜ羽振りがいいのか?
。。などなどが解き明かされる。
でも一つ不思議なのは、豆腐屋にしても花屋にしても、どんなに脱税したとしても額は知れているよね。
豆腐屋の奥さんの裏ビジネスって、おからクッキーを作ってそれを売るというささやかなものだし。。
もっと巨悪があるんじゃない?そういうところに突入してバッサリというほうが胸がすく。
なんだか庶民を弱い者いじめするのが税務署という印象を受けてしまうのだけど。
出てくる税理士事務所もなんだかなぁという感じ。

★★☆☆☆というところかな。まぁ税務音痴の私の評なのでアテならないと思ってください。
posted by 北杜の星 at 07:35| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月17日

宇田川久美子「断薬セラピー」

「薬をやめれば、病気は治る」
薬剤師の著者が言うんだもの、説得力がある。
私も、断然そう思う。

日本人は薬好き。
歳をとればとるほど、病院に行き、検査を受け、お医者さんから薬をもらう。
それが当たり前だとつゆほども疑わない。
高齢化すると体のあちこちに不具合が起きる。高血圧、高コレステロール、高血糖値・・
そのそれぞれの薬を合わせて数種類、服用している人が多い。
一つの薬だけでも危険かもしれないというのに、それらの相乗作用など医師でさえ薬品会社でさえわからないものを飲んでいるのである。
(このあたりの農家の人は、肩が凝ると整形科に行って肩に注射をしてもらい、筋肉緩和剤を飲むのだからしんじられない。昔はお灸をしたんだよね。お灸のほうがよほどいいのに)

著者の宇田川さんは薬剤師として調剤薬局で働いてきた。
生活習慣病の患者さんたちが薬を受け取りに来る。それも長い長い期間。
それでも誰も治らない。というか薬がだんだん増えていく。(この体と薬が増えるメカニズムについて彼女はこの本で説明してくれている。)
彼女自身も中学生の時からの頭痛薬でそれは経験していたことだった。

「薬は必要のないもの」「薬があなたの健康を害している」と明言するには、薬剤師にとって大きな勇気と決意がなければできないことだ。
その彼女は、長年服用してきた薬を今すぐやめなさいといっているのではない。
まず断薬するために、体を整えること。暴飲暴食をやめ規則正しい生活をする。(それだけで薬を手放せる)
生活習慣病や慢性病に薬は不要なのだ。

薬を飲めば、体温と免疫力が下がる。それが病気を生む。とくに癌は体温が低いと発症しやすくなる。
薬には常に副作用がある。
高血圧の治療は認知症の危険があるし、抗コレステロール薬の副作用は癌、そしてナント骨粗鬆症の薬には「骨折」のリスクがあるという。
また薬が精神疾患を悪化させているのは、誰もが知っている話。なにしろ抗ウツ剤の副作用がウツ病なのだからいやはや、である。

それでは薬をやめてサプリメントをと考える人がいるかもしれない。
しかしこれも危ない。だってサプリメントって化学製剤だもの自然ではない。そんなものを長い間体に取り込むのは良いわけがない。
ビタミンば体に良いといって、化学物質を取り込めば体はそのうち害を蒙る。
私も以前はサプリメントを摂っていた。目の中心部を守るルテイン、心臓と歯肉にいいコエンザイムQテンなど。
でも今はすべてやめている。
それらは使い始めは「よく効くわ」という感じだったが、続けているうちに効果が薄れてきた。(そのメカニズムは薬と同じ)
止めた現在は止めたからといって、なんの弊害もない。
お金が節約できて、そのぶん安全で美味しい食品に使える。
現在摂っているのはある成分だけを抽出いしたものではない、「金時しょうが」と「ピュア・シナジー」だけだ。
「金時しょうが」は体を温めるし、「ピュア・シナジー」はホールのグリーンが数十種類粉末になっていて、体だけでなく精神にも作用する。
これらはサプリメントではなく「食品」として摂っている。

それからここにはワクチンの危険性にも触れている。
インフルエンザ・ワクチンをまだ信じ込んで毎年打つ人は多いが、インフルエンザはもしかかったとしても数日寝ていれば自然治癒する病気だ。
著者はワクチンだけでなく、タミフルなどの薬も飲むなと言っている。水分をたっぷる摂って寝ていること、これ以上の治療はないと。
私も夫もワクチンを一度も打ったことはない。
風邪をひいたときにはほとんど著者の言うように静かに寝ている。そのうちに汗が出てきて熱が下がる。
一度だけ風邪で病院に行ったことがあってもたった解熱剤を飲んだが、ものすごく気持ちの悪い熱の下がり方で、治った後も不快感が消えなかった。それに懲りて以後は一度も医者には行っていない。
ワクチンに関しては、なぜ毒物をわざわざお金を払って体に入れなければならないのか、どうしても納得できない。

断薬するための著者考案のエクササイズがイラストつきで載っている。
どれも簡単で短時間でできそう。(でも長続きさせるのはムツカシイかな)
それと、脳腫瘍の抗がん剤、腰痛、慢性関節リウマチ、前立腺がん、うつ病などを患った人が、いかに断薬したかの体験談もある。

薬はとくに小さな子供への悪影響が心配だ。
ワクチンを含めて、医者のすすめる薬を盲信するのはやめたほうがいいと思う。

posted by 北杜の星 at 07:23| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月15日

石田千「唄めぐり」

大好きな石田千。
彼女が民謡好きとは知らなかった。
「唄めぐり」は北海道から沖縄まで全国の民謡を訪ねる紀行エッセイ。
なんとなく民謡というと、北の寒い土地のものという印象があったが、この本の25の土地は九州や沖縄など南の地方もたくさん含まれている。
現役の歌い手だけでなく、物故した名人のテープやCDも紹介されて彼女は聴いている。
本にはそうした歌い手の写真が載っているが、どのひとも姿勢を正し生真面目に、それいて、きっと朗々と気持ちよく歌っているのだろうなと想像できる。
写真といえば意外にも、石田千の写真が表紙を飾っているではないか。
大きな盥の舟に乗り、船頭さんの唄を聴きながら、これも気持ちよさそうに微笑んでいる。

江差追分、会津磐梯山、こきりこ、佐渡おけさ、木曽節、河内音頭、こんぴら船々、黒田節などなど、誰もがよく知っている民謡もあれば、秋田米とぎ唄や広島の壬生花田植唄など知らない民謡もあった。(この本には音がないので、じっさいには聴いたことはあるのかも。)
でも聴き知っている唄でも「正調」と言われるものは、どこか違うのかもしれない。
石田千も「こんなにゆっくりだったのだ」と書いているものがある。

民謡の目的はいろいろだが、唄が生まれた土地と密接に結びついる。
「労働」のための唄も多い。
歌うことでリズムがでて厳しい仕事を乗り切れただろうし、みんなで唱和することで連帯感も生まれただろう。
また唄で時間を計ることだってあったらしい。この唄の5番まで混ぜるとか。

どの唄にもその土地土地の酒がついてくる。
なにしろ銭湯と一杯飲み屋が大好きな石田千だ。唄とお酒と、ときには踊り。もちろん人々との話が楽しい。
このなかで私がもっとも興味を持って読んだのが、宮崎の「刈り干し切り唄」の章だった。
宮崎の高千穂は行ってみたいところ。
日本神話の神々が住んでいらした土地で、いまでも高千穂の森には469ものお社があるそうだ。
毎年11月中旬から翌年の2月まで、豊穣を感謝し祈るためにお神楽が奉納されるという。
ここは作家でノンフィクションライターの高山文彦氏の故郷でもある。
彼の自伝的作品を読んで、高千穂に暮らすということがぼんやりとわかった気がしたのだが、こんな土地に生まれ育つと、必ず還りたくなるのではないかと思った。
石田千が訪れた時も、高山文彦は取材先のミャンマーから戻ったばかり。

お神楽の日は無礼講。
高山氏の母上シヅさんの作った10日がかりのごちそうを食べ、酒を飲みみんなで騒ぐ。
シヅさんが必ず作るのは稲荷ずし、魚ずし、筍などの煮物。20人ほどのお客さんのため以上に、2年ぶりに帰った長男のためなのかもしれない。
石田千は食べたり、シヅさんに作り方を教えてもらったりと忙しい。
そうこうしているうちに、誰かが尺八を吹き「刈り干し切り唄」を歌いだす。
とたんに場はしんと静まり、なかには涙を流す人も。
いいなぁ。こんなふうに民謡を聴くのは。
そして焼酎とうどんで暖まった体で、一晩中の神楽を見に行くのである。

幼いころ高山氏は唄名人に「どうすれば唄が上手くなるか」尋ねたことがある。
すると「腹いっぱい歌うだぞ。口からいっぱい血ぃ吐いたぞぉ。そんくらい歌うた。盥いっぱいぐれぇ血ぃ吐いて、やっと声が出るごつうなった。」と返ってきた。
うーん、すごいものですね。

民謡はやはり土着的な田舎のものだと思う。
大都会にたとえ「丸の内音頭」などあるにしても、希薄な人間関係の土地ではどこか白ける。
若いころはそこから逃げ出したくて都会に出ても、歳をとると思いだして還りたくなる。
そんなところに「唄」はいまも歌い継がれている。

石田千の文章は相変わらず私には心地よい。

posted by 北杜の星 at 07:16| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月02日

奥本大三郎「虫から始まる文明論」

奥本大三郎はフランス文学者であり作家でもあるが、NPO日本アンリ・ファーブル会理事として大の昆虫ファンで知られている。
虫が大の苦手の私ですら彼の名前は知っているくらいだ。
私、虫が嫌いです。怖い。
東京を離れて田舎暮らしをしているけれど唯一困るのが虫の多いこと。
今は全長15センチ近い青虫毛虫がいっぱいだが、あれらは全部蝶か蛾になるんだよね。ここ北杜市長坂町は日本の国蝶であるオオムラサキ生息地として有名なところで、我が家のテラスにも飛んでくる。
でも私にとってはオオムラサキですら怖いのだ。飛ぶものはなんでも怖い。(それなのに私の夫は酉年で、しかも名前に鷹という字が付いている!)
ここでいいのは、寒冷地なのでゴキブリがいないことだ。それだけはありがたい。

でも男の子って誰でも幼いころ昆虫採集をした経験があるに違いない。
日本では昆虫採集というと子供の夏休みの課題という感じだが、イギリスなど博物学のさかんなところでは、高尚な学術的な趣味らしい。
遠い土地に蝶を探しに行ったり、輸入した昆虫を標本にするにはお金がかかる。
だから富の集まる国に優れた標本ができるそうである。
だから日本のバブル期には個人の収集家がたくさんいたらしい。
しかし問題は日本の多湿な気候だ。カビが生えるなどの被害によって標本が駄目になるのだという。

その風土や気候の違いが生態系に影響するだけでなく、ひいては文明にまで差異をもたらす・・ということが書かれているのがこの本だ。
気候で生物の形状や生態は変わる。日本に生息する生物は日本の風土と同じく、どこか穏やかで色も地味。
家庭から離れて迷い鳥になって東京などの木に止まっている色華やかなインコだって、長い間には日本的に落ち着いた色になるかもしれないと奥本氏は言う。
沖縄の海にいる魚はもっと南の海にいる同種と比べると、少し地味らしい。

「日本に風景画はあったか」「ルイ・ヴィトンはなぜ日本で売れるのか」・・などの考察はじつにユニークだが言われてみると、「そうか」と納得。
こうした自然科学の本って面白い。
虫嫌いの私でもこんなに楽しめたのだから、虫好きにはこたえられない本だと思います。
posted by 北杜の星 at 08:37| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月01日

太田和彦編「今宵もウィスキー」

下戸の私だが酒のエッセイを読むのは大好き。
とくにこのエッセイ集には名だたる文章家がずらりと並ぶ。
山田風太郎、山本周五郎、山口瞳、吉村昭、沢木光太郎、伊集院静、開高健、小沼丹(小沼の文章を読む機会はほとんどないのでうれしかった)・・
みんな男性だ。一人だけ黒澤和子さんがいるが彼女は父黒澤明の飲みっぷりを書いている。
そう、ウィスキーは男の酒だ。
それも薄暗いバーのカウンターの隅で一人飲む男のイメージ。
間違っても大勢の女子会で注ぎ合うという酒ではない。

それは選者の太田和彦氏も言っているが、ウィスキーは人を「思弁的」にするからだそうだ。(男だけが思弁的になるわけでもないだろうが)
「ビールは人を愉快にさせ、笑いたくなる健康さがいい。ワインは女を口説きたくなる背徳感がある。日本酒は人の情けに泣く人情の酒。焼酎は世をあきらめ達観した無常観がある。ビールに合う話題はスポーツ、ワインは恋愛、日本酒は人生の機微、焼酎は・・何も考えていない。」
「ウィスキーは哲学的に何かを分析し、正確に言語化してゆく気分が起きる。」

。。そうですか。
そんな気もしてくるかな。
でも「とりあえず」がビールなら、ウィスキーやブランデーは「最後」というイメージがある。
ビール、日本酒やワインときて、あらかた食べ物が終わったことにウィスキーとなることが多い。
私たちがBBQに招待される家もそうだ。
4組の夫婦でBBQを楽しむのだが、そこの主はいつも最後のウィスキーで酔っぱらう。
足が立たなくなりろれつが回らなくなり、へべれけになるのだ。
みんな優しいから「まぁ、酒は酔うものだからな」などと言っているが、私は「それは、ないだろ!招待したほうが最初に酔ってどうするんだ?それはマナー違反だ」と内心厳しいのだ。
飲まないから酔っぱらいに厳しいのかもしれないが、これまで私の周囲にはどんなに飲んでも醜態を見せない人ばかりだったからかもしれない。
そんな人は口では「ずいぶん飲んで酔っ払っちゃたよ」と言うのだけれど、見た目が全然変わりない。あれはどうなっているのか?単に酒に強いのか?
日本人は欧米人と違って酒に弱い人が多い。そのくせ飲まない人に「飲まないの?人生の楽しみを知らないね」などとアルコール・ハラスメントをするのだ。(そんな言葉があるのかどうかしらないkれど)。
酔っぱらいの相手をするのは私はいやだな。BBQは美味しいけれど酔った人間のグダを聞くのなら、家でキュウリをかじりながら本を読むほうがよほどいいと思う。
私よりもっと下戸の夫は、酔っぱらいから何を言われても「ふん、ふん」と聞き流している。
彼を大人(たいじん)と思うのはこんな時で、私は自分の狭量が恥ずかしくなるのだけど。。

このエッセイ集の男たちが酔っぱらってもどこか許せるような気がするのは、何故でしょうね?
posted by 北杜の星 at 08:06| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする