2017年06月28日

中島たい子「万次郎茶屋」

これまでの中島たい子というと病気ものというか、体に関わる小説が多かった。
「漢方小説」を最初に読んだときのあのおかしみは今でも鮮明だ。以後「そろそろ来る」や「院内カフェ」などが続いた。
でもこれはちょっとニュアンスが違っていて、SFぽいものとかファンタジーっぽいものが並んでいる。どれも不思議な雰囲気がある。
それでも彼女特有のユーモアがそこかしこにあって、フフと笑いながらどこか胸がしんとする感じはいつもながらの中島たい子作品だ。

「親友」「初夜」「質問答症候群」「80パーマン」「万次郎茶屋」「私を変えた男」の6つの短編集。
バラエティに富むストーリーだが、ラストの印象は似通っていて、ふうわり心が軽く暖かくなる。
どれを紹介しようかと考えたが、ここはやはり表題の「万次郎茶屋」に。

動物園で飼育されているイノシシの万次郎は高齢だ。子どもの頃猟師からここに引き渡されて以来ずっと園の片隅で暮らして入りう。
動物園の花形は何と言っても象とかライオンとかキリン。
イノシシなどわざわざ見に来る客はいない。しかし飼育係の青年は万次郎の良き理解者だ。
もう一人、万次郎には大きな理解者がいた。
それは小学校の絵画コンクールで万次郎の絵を描きそれが入賞となった女の子。今は若き女性となっているのだが、小学生の時からずっと万次郎のファンとなって、ボーイフレンドを万次郎の檻に連れてくるほど。
そんな彼女はいつか万次郎を動物園から引き取りたいと思っている。
そのためのお金を得るために彼女は一計を思いつく。それは万次郎を主人公とした絵本を描くことだった。
そのお話しでは万次郎がカフェをするというもの。
じつは万次郎の長年の夢はカフェを開くことだったので、その案にびっくりしながらもうれしかった。
結局は絵本ではなく小説となったのだが(あまりにも絵が下手だったので、万次郎のアドバイスにより小説となった)、それがベストセラーに。
万次郎の檻の前は大勢の客が押し寄せ・・

というもの。
こう書くと、面白くもおかしくもないけれど、それは私のせいで、これが面白いんですよ。
悲哀も含まれていてなかなかいい。
誰かをなにかを愛すこと、愛されることの幸福感が伝わってくる。

こういうものも書けるんだ。。という中島たい子でした。
posted by 北杜の星 at 07:27| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ナ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月06日

西村賢太「芝公園六角堂跡」

長年ファンだったミュージシャンから招待され、芝公園近くのホテルのライブ会場に赴いた貫太。
不遇の時代を経て、名の知れた文学賞を受賞し、有名ミュージシャンから特別待遇を受けるようになった彼の微妙な心理を描く連作短編集。

西村賢太の小説に貫太が登場すると、「あぁ、また会えた。しょもないヤツだけど。。」とそのいつものパターン化した文章に安心する。
良くも悪くも、そこには貫太がいるからだ。
芥川受賞後、彼はずいぶん忙しかった。書くこと以外にもテレビに出たり、インタビューを受けたり・・
そのため、忘れていたわけではないのだが、「没後弟子」を自認する私小説家の藤澤清造のことを、疎かにしていた。
ライブが終わりホテルの外に出た貫太は、そこが藤澤清造が凍える寒さのなか狂死した場所だと気付く。
といういわば、西村賢太の原点回帰の作品。
起承転結などがとても巧くなっていると思う。
いつも以上の自虐ユーモアも健在だ。
でもなんというのかな、「狙い過ぎ」なんじゃないかな?
もともと巧いひとではある。(そうと気がつかない読者がいるだろうが)、でも私は、こんな「こなれた」巧さは好きじゃない。

表題の「芝公園六角堂跡」よりも、他の「終われなかった夜の彼方へ」「深更の巡礼」の方が私には好ましかった。
これまでの私小説への傾倒ぶりがよくわかるし、それこそが作家の西村賢太を生んだ経緯でもあるからだ。
最後の「十二月に泣く」のラストも、ちょっと狙い過ぎ。
北陸七尾にある藤澤清造の菩提寺の住職の母堂が亡くなり、弔問にでかける話だが、最後清造の墓の前で、偶然にも彼の書簡が出て来たと古書店から連絡があり、そのタイミングに、貫太が哄笑、やがて哄笑は嗚咽に変わり。。というものなのだが、陳腐な終わりかたですよねぇ。
私的にはこれ、70点。

だけど田中英光や藤澤清造のことを西村賢太が書いてきたおかげで、彼らの小説が再発刊されたのは素晴らしいことだと思う。これは彼の功績だろう。
願わくば、乞食のような掘立小屋に住んでいた川崎長太郎のことも書いてほしいものだ。
私小説家のなかでは長太郎とか上林暁が好きです。
長太郎の自選全集をもっていたのだけど、古本屋に売ってしまったんですよね。。

くだんのミュージシャン、作中ではI・Jとあるが、稲垣潤一のことですよね。
稲垣潤一と西村賢太ってどうも不思議な取り合わせみたいだけど、彼の思い入れの強さは、少年のようで微笑ましかった。
それと笑ったのが、貫太ものには「根が・・・にできている貫太は」というフレーズがいくつかでてくるのだが、今回は「根が初対面の人間が滅法苦手にできている柴イヌ体質の貫太は」とあったところ。
柴イヌって、初対面の人間が苦手なの?初めて知ったけど、貫太は柴イヌほどカワイクはないかも。

次々に新しい芥川賞作家が出てきて、西村賢太の影が薄気うなりつつあるけれど、彼の書くジャンルは今どき貴重なので頑張ってほしいです!
posted by 北杜の星 at 08:13| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ナ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月08日

野見山暁治「遠ざかる景色」

つい最近、知人と小川国夫の話をした。彼女は小説は読まない人だが、私が「小川国夫の『アポロンの島』を読んでから、日本文学を読むようになたのよ」と話し、彼女に「アポロンの島」を貸した。
ほとんど押しつけみたいな貸し方だったが、彼女はきちんと読んでくれた。
そのときふと、画家の野見山暁治のことを思い出したのだ。
というのも戦後まもない頃、野見山も小川も同じ時期にパリに住み交流があったからだ。
当時のパリには今ほど日本人はいなかったはず。ほとんどが貧しいパリの日本人、お互い支え合いながらの付き合いだっただろう。
野見山は小川とのことをあれこれ書いている。
「遠ざかる景色」というタイトルに、もしかしたら野見山が小川国夫のことを書いているのでは?と期待した。

でも小川のことは出て来なかった。
けれど野見山暁治の文章はいつもながらとてもよかった。
彼の絵はデッサンのあの引っかき傷のようなタッチは好きなのだが、色遣いが暗過ぎる。青色はとくに暗い。
文章は「日本エッセイストクラブ賞」を受賞しているだけあって素敵。
なんというか、手垢のついていない文章だ。

この本にはそんな野見山の筆で、義弟(妹の夫)の田中小実昌のこと、自邸を設計した建築家のこと、学生の頃の旅行・・
過去の「遠ざかる景色」が描かれている。
でも書けるほどに記憶しているということは、それらの出来事はけっして遠ざかってはいないのだと思う。
記憶の引き出しに大切にしまわれている。

取り戻そうとして取り戻せなかったのが、16年ぶりに再訪したパリだ。
野見山は1952年に渡仏し64年に帰国している。その間パリに呼んだ妻を亡くしている。
16年後というと1980年ということか。
パリの街は変わっていなかった。以前あったところに以前と同じように家や道路があった。
しかし人は変わっていたと言う。人情というか、人と人との繋がりかたが変化していた。
それは悲しいだろうな。
街はそこに住む人で成り立っているのだもの。その人が変わっているということは街がもう街でなくなっていたということだ。
少なくとも野見山暁治のパリはもうなかった。

私の印象だと、ヨーロッパは1970年代半ばごろから変わったと思う。
それまでの国々の歴然とした差異や個性が薄まったし、なによりも価値観が変わった。(それでも日本ほどではないけれど)。
80年代にはもう、旧き良きヨーロッパは消えていた。

この本にはもう一つの章として、戦没画家への鎮魂の旅があるが、これについては割愛します。
あの信濃にある霊廟のような美術館が、私は理由があって大嫌いなのです。
私と同じ意見だった銀座で長く画廊をしていたHさんという女性は、野見山さんとも親しかったけど半年前にひっそりとお亡くなりになった。
野見山さんは100歳近い今も現役画家。
彼の別のエッセイ「異郷の陽だまり」には、小川国夫や木村忠太のことが書いてあるらしいので、それを読んでみましょう。

posted by 北杜の星 at 07:53| 山梨 | Comment(0) | TrackBack(0) | ナ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月02日

中川なをみ「晴れ着のゆくえ」

孫娘が生まれたとき、祖父はむらさき草を植えた。
彼女に自分が育てたむらさき草で染めた着物を着せたいと願ったからだ。
孫娘の千恵は小児まひにかかり足が不自由となったが、祖父と一緒にむらさき草に水をやった。千恵が4歳になった正月に紫根染めの着物は出来上がった。
祖父が布を染め、祖母や母が絞りや刺繍をして縫ってくれたその晴れ着は、とてもとても美しく、千恵は誇らしかった。
悪い足を引きずりながらもその着物を着て、村中、新年の挨拶まわりをした。

千恵の従妹の春子はそんな千恵を羨ましがり、むらさき草で染めた着物を、強引に自分のものにした。
そのときに着物がお古なのを祖母は気にかけ、自分で茜染めの長襦袢を春子につくってやった。
むらさきの着物とどうしても離れたくない千恵は「いつか着なくなたときには必ず返して」と言い、彼女たちは固く約束をした。

種を蒔いても、むらさき草は半分も育たない。それでも毎年毎年祖父は種を蒔き、世話をしtあ。
根っこを引っこ抜き、煮出して染液をつくり、何度も何度も染める。
祖父の魂そのもののようなむらさき色の布が染め上がる。

むらさき色は古来より日本では高貴な色とされてきたが、それは世界中でも同じで、むらさき草や紫貝で染めた糸や布は珍重され羨望の的だった。
染色家でもない祖父にとって、むらさき色に布を染めるのは大変な仕事であったことだろう。専門家から見ると不具合もあったかもしれない。
祖母もまた自分の夫がしたように、別の孫娘に茜の布を染める。
赤色は茜や紅花などの植物からも染めるが、コチニールという虫からも染めることができる。
今ではむらさき草も茜もなかなか日本で栽培が難しくなっていて、茜はインド産がおおいようだ。
余談だが、昔の時代劇で、病気のお殿様が病床に臥すとき、額に紫の鉢巻を垂らしていたが、あれは意味があって、天然の紫の染料には除菌などの効能があったからだという。

千恵たち一家はおそらくは作者のふるさとである山梨県に住んでいたのだろう。
その山梨県からむらさきの晴れ着は数奇な運命をたどり、さまざまな土地の人に所有されることになる。
イギリス人女性の手に渡ったり、セイロン(スリランカ)の内乱を経たりして、フランスはベルサイユの骨董店に。
そして最後の最後は。。。

心やさしくなる物語だった。
児童文学の作者らしく、千恵や春子の心理描写が素晴らしい。
とくに春子の千恵に対する嫉妬心のふくらみ方と、自分を制御できない千恵への意地悪の自責に、春子を単なるいじめっ子にしない作者の暖かさが感じられて、春子を主人公に今度は書いてほしいと思うくらいだ。

そういえば私の「晴れ着」は、母方の従妹たちを回ったと聞く。
晴れ着いではないけれど、私も従姉からの「お下がり」をよく着たものだ。「お下がり」を嫌がる子もいたが、姉妹のない私にはいつもうれしい気持ちがしたのを覚えている。
物が豊富で内時代、「お下がり」はごく当たり前で、今ならリサイクルに出すのかな?
posted by 北杜の星 at 07:20| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ナ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月27日

長嶋修「空き家が蝕む日本」

空き家問題が言われるようになってどれくらいになるのだろうか。
私はそれを、地方というか田舎の問題だと思っていた。
私の住む山梨県のここは限界集落。農業の継ぎ手はいなく、住む人を失って空き家になった家がかなりある。
修復しればまだ使える立派な造りの家もあるし、ほとんど傾きそうな荒れ果てた家もある。
しかしどうも空き家問題は田舎だけはないようで、都会、ひいては日本全体の大問題になりそうなのだ。

そもそもなぜ、空き家があるのに新築しようとするのか?
欧米では古い建物はそれなりに価値がある。
少しずつ修復しなから使って、ライフスタイルが変わると、買った時の価格より高く売る。
それが日本ではどうしてできないのか?

それには日本の不動産業界の理解しがたいシステムがあると、この本で知った。
不動産価格がどうも「ローン」とリンクしているようなのだ。
ローンがあるうちは価値があるが、ローンが終われば価値がなくなる。。
これってどういうからくりなのか?

そして税制もある。
家が建っていれば「宅地」として固定資産税は低いが、更地になるとぐっと固定資産税が高くなる。
だから古家で朽ちていてもそのまま家は残しておく。
都会にはそういう家が多くなっている。
でもそれでは景観にも治安にも悪い。

じゃぁ、どうすればいいのか?
政府、銀行、不動産業者・・根本を変えなければ良い方向には向かわないだろう。
しかしこの著者は解決方法を教えてくれるわけではない。
投機として、日本ではなく海外不動産をと言うが、それは違うしの
気がするなぁ。

要は私たちが「新築」にこだわらず、古い建物を大切にし、そのためにはちゃんと建物のメンテナンスを怠らないことが大切なのではないだろうか。
中古の家に価値があるとわかれば、空き家の何割かは住み手が見つかると思う。
それに加えて、社会を変えるしかないのでは?
東京オリンピックを前にいま東京ではどんどん新しいホテルやオフィスビルが建設中だが、、これから人口が減って、あれらは将来どうなるのだろうかと心配になる。
キャパの大きい体育館や競技場なども集客できなって、維持費だけがかかる。。
誰かがそんなことはとうに考えているのなら、いいのだけれど。
posted by 北杜の星 at 07:44| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ナ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月16日

中西進「ことばのこころ」

古典の素養のまったくない私が友人に誘われて万葉集の勉強会に参加したのは、関西に住んでいた二十代の頃だった。
その勉強会の講師が中西進先生だった。
今では万葉学者として超一流だが、当時の先生はまだ四十代だったか。
思えば、ずいぶんと贅沢な勉強会だったんだなと思う。
万葉集の短歌ばかりでなく、長歌も教えてもらった。でも悲しいことにほとんどを忘れてしまった。。
それでもあの勉強会がなければ、私の「奈良好き」もなかっただろうから、先生には感謝の気持ちが大きい。
中西先生の功績はたくさんあるがなかでも、山上億良が渡来人という説を打ち立てたことだろう。
それに反論する学者もいるようだが、私も億良は朝鮮半島から帰化したひとだと考えている。

万葉のこことばはこころを表すことばだ。景色や情景ももちろん表すが、日本人にとっての季節は心象そのもの。
その日本のことばをこよなく慈しむ中西先生の思いが、この本には詰まっている。
いまは使わなくなったことばがある。ことばが消えればそのことばのもつ感情さえ消えてしまうかもしれない。
そうした古からのことばを一つ一つ拾い上げている。

ちょっと笑ってしまったのはこの本のなかで、先生が「けったいな」ということばを使っていること。
先生は東京生まれの東京育ち。
でも関西に住まわれてもうながくなっている。先生は「西のひと」になられたのだなぁと感慨深かった。

中西先生はアメリカ、ブリンストン大学の客員教授をされていた時期がある。
当時、ブリンストンにはリービ・英雄が日本文学研究室にいた。
(リービ・英雄は日系ではなく純粋白人アメリカ人。太平洋戦争が終わった直後だというのに、外交官だった父親が尊敬する日本人の名前をとって、長男に英雄と名付けた。彼は長じて日本文学者になり日本にやって来て、日本語で小説を書く作家となっったひと)。
そのリービ・英雄は中西進先生の影響を受けて、世界で初めて万葉集の完全英訳を成し遂げている。

本のどの章のことばも興味深いのだが、一つだけ「つくばい」のことを。
茶室に入る前の手洗石を「つくばい」と言うが、つくばいとは「突く這う」と四つん這いになることを指す。
茶にはこのように、「くぐれ」「かがめ」「にじれ」「つくばえ」などと体を不自然に折り曲げて、卑屈に動く様子が浮かぶが、この元には浄土思想の「捨てる」とか「断念する」という、日本人の放下の思想であると言う。
自分を卑しく貶めることで自分を捨て、生きることの本質を見極めようとするのが、「つくばい」にあらわれているのだそうだ。

ことばの由来や本来の意味を知ることの楽しさが純粋に伝わってきます。
中西先生はそうした「知」を、高目線からではない人懐こさで教えてくださったのに、出来の悪い生徒の私はもったいないことに身についていないのが悲しいです。
でも奈良に行くたびに、先生から教えて頂いたことが蘇って、幸せな気持ちになります。

posted by 北杜の星 at 07:42| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ナ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月11日

日本昔話「ウラシマタロー」

まさかここであの「浦島太郎」ではないだろうな?きっと何かのパロディかなんかじゃないか?と思われるかも知れませんが、あの「浦島太郎」なんです。
といってもやはり、ちょっと違うかもしれません。
というのは、私はこれを印字で読んだのではなく、点字で読んだからです。
しかもまだ、濁音や半濁音は勉強していないので、それなしでの浦島太郎。
だから竜宮城の「りゅ」や「じょ」も、玉手箱の「ば」もなくて、その代わりに、乙姫さまの「オシロ」、「タカラノハコ」という言葉になっていて、これでは感じが出ないのですが、まぁそれはそれとして、私の点字学習がここまで進んだのがとっても嬉しいので、その歓びをここでこのブログを読んでくださっている方々にわかって頂けたらと、これを書いています。

7月から月に2回、甲府からここまで先生が点字を教えに来て下さいます。
私のように高齢での点字教習はそれほど多くはないようで、先生は一生懸命励ましながら教えてくださいます。
宿題もたくさん出るので大変です。
月に2回というペースが程良い間隔なのでしょう。先生は「今まで教えた中で一番速い習得」と。
速いかどうか私は一人で勉強しているので、他に比較することはできないのですが、この怠け者の私が、まぁ熱心にはしているかな?_

私が思うに、中高年のの視覚障害者は「点字」と聞くだけで「無理、無理」としり込みしてしまうか、始めてすぐに「難しい」とあきらめてしまうかのどちらかなのではないでしょうか。
あきらめずに、とにかく点字を「触る」ことをしていれば、必ず誰でもわかるようになるのだと思います。
先生は「この4ヶ月間に、やめたいと思ったことはないですか?」と訊ねられるので、「そんなことはいっぺんも思ったことはないです。毎回とっても楽しみです」と答えたら「それは珍しいです」と言われました。
私は「読みたい」という欲求が強いために、頑張れているのだと思います。

でもこれからが大変。
濁音や半濁音に加えて、数字やアルファベットもあります。
それとこれがなかなかハードルが高そうなのですが、点字には点字独特の「点字文法」というものがあるらしく、次回の授業からはそれを勉強する予定だそう。
しかももう少しペースを速めて、次回からは週に一度のレッスンとなるとのことです。
点字文法の辞書を見ながらの勉強に、ボヤボヤしていられませんが、「竜宮城」「玉手箱」でなくっちゃ気分がでないですからね。

あと1年くらいしたら、点字で文芸本が読めるようになる・・というのが目標です。
点字リーディングで速いひとは、印字で読むスピードより速く読めるといいます。
私は「書く」のは習わなくてもいいや、と考えていたのですが、先生は「書き」も同時進行でしましょうと。
うーん、できるかなぁ、なにしろ点字は「読む凸字」と「書く凹字」は左右対称なので、大丈夫かと心配です。

「ウラシマタローハ スナハマニナキフシマシタ」・・このラストの一行に大きな勇気をもらった私の「ウラシマタロー」でした。
posted by 北杜の星 at 07:54| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ナ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月04日

中村千秋「アフルカゾウから地球への伝言」

ワシントン条約において、各国の象牙市場閉鎖が決議された。
日本は一律閉鎖に反対している国の一つだ。
つまり日本では象牙の需地球要があって、象牙の売買をしているということ。

私の小さな頃、父は象牙の箸を使っていた。使いこむほどに先端は黄色く変色して「年季が入ったなぁ」とか言っていたし、印鑑だって象牙でできていた。
あれは死んだゾウの象牙を使っていたのか?それともすでに象牙のための密猟が行われていたのだろうか?
そんなこと誰も考えていなかった。。だからいま、アフリカゾウは絶滅に瀕しているのかもしれない。
この本を読んで、少しちゃんと考えてみよう。アフリカの事情もわかるはずだ。

中学の卒業文集に「アフリカに行きたい」と書いた著者の、夢を実現したこれまでを綴ったエッセイ集。
彼女はタイトルにあるように長年ケニアを拠点として、アフルカゾウの研究をしている。
ゾウのような大型野生動物と自然と人間との関わりは近年ますます難しくなっているが、「調和ある共存」のために何をすればいいのか、これを読みながら考えてみようということ。
といっても動物学、動物行動学一辺倒のアカデミックな本ではない。
著者の理論的な日本人の師、アフリカのフィールドでの実践的指導者であるオリンド博士との出会い、ケニアの国立公園に近い集落の女性の会や子どもたちの教育などについても書かれている。

アフリカで野生動物とともに生きるというのは、言葉は美しいがじっさいには生易しいものではない。
断水や停電、コウモリやヒヒが襲撃することもあるそうだし、雨季には大量の昆虫発生で虫刺されやサソリの侵入で眠れない夜もあるという。
観光じゃないのだから、逃げ出すわけにはいかない。

ケニアの国立公園はもともとは自然維持と動物保護のために造られた。
しかしケニアでも人口は増え、野生動物と人間の生活場所の強豪が起きるようになった。著者が活動するビリカニ村ではゾウの被害が続出するので有名だそうだ。
そのような場所では「ありのままの大自然に少しばかりの風穴をいれ」ることが、ゾウにとっても生存存続の可能性が大きくなる。
ゾウにとっては不自由かもしれないが、害獣として抹殺されるよりはよほどいいので、人間もゾウもどちらも妥協しようということだ。
またケニアの経済にとっては外国からの観光客も大切な面が否めない。

著者はフィールドでゾウの糞の調査をしてきた。
その話がとても興味深い。
アフリカへ行く前、彼女は日本の動物園のゾウの糞を調べていたそうだが、そのときの糞はものすごく臭かったという。
しかし野生のゾウの糞は臭くなかった。
飼育動物の糞だから臭かったのだ。
糞だけでなく「臭い」という感覚の考察がおもしろい。

ゾウのように大きな動物ではないが私の住む八ヶ岳南麓や南アルプスの麓では、農作物の動物被害が年々多くなっている。
鹿やイノシシはしょっちゅう出るし、最近はサルの出没するようになtった。
散歩の人がクマに襲われるニュースもある。
元はといえば野生動物の棲む地を人間が開発したのだ。
彼らにしたら人間こそが「大害獣」のはず。
鹿やクマの存在が都会の人々にとっては「関係ない」と思われるかもしれないが、自然の営みや生態系にとってはけっして無関係ではない。
それと同じように、アフリカゾうを保護することは、地球上のあらゆる生物にとって必要なことなのだと思う。

アラスカで亡くなった星野道夫さんは若いころ日本で電車に乗っていても、北極のクマに想いを馳せたと聞く。
私たちもつかの間、アフリカにいるアフリカゾウのことを思い浮かべてみよう。
この本はそういうほんわり優しい気持ちにさせてくれます。

posted by 北杜の星 at 07:20| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ナ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月16日

長尾和宏「認知症は歩くだけで良くなる」

「病気の9割は歩くだけで治る!」の著者のネクスト・ヴァージョン。
今回は「認知症」に特化している。

認知症予防そして認知症と診断されてから、もっとも効果があるのが歩くことなのだそうだ。
65歳以上の4人に1人が認知症とその予備軍と言われる現在、歩くだけでそれが防げるのならこんなに安上がりのことはない。
しかしなぜこんなにも認知症が増えているのだろうか?
原因は高齢化だと言われているが、著者はそうではなく、糖尿病患者が増えているからだと言う。
糖尿病は体のあらゆる部位に合併症を起こす怖い病気だが、痛くも痒くもないのでなかなか病気に配慮できない。まさしく生活習慣病。
糖尿病には運動と食事が大切だから、単純に考えても歩くことはいい。
けれどそれだけではない。歩くと脳内から良いホルモンが出てくるのだ。
糖尿病だけではなく、メタボリック・シンドロームも認知症のリスクが4倍高いというから驚きだ。
男性の内臓脂肪、女性の皮下脂肪。どちらもよくないが、歩くことで内臓脂肪は取りやすいと言う。皮下脂肪はなかなかとれないみたいだが。

認知症はでも、20代のころから始まっているというから、私のような年齢なって気をつけてもムダなのかと絶望しかかるが、認知症になってからでもできることはあるようだ。
そもそも認知症になりやすい人の特徴がここに書かれているので、参考にしてほしい。
・足幅が狭い・
・歩く速度が遅い。
・重心が揺れるように歩く。
こういう歩き方の人は要注意。
また、片足でソックスが履けなくなったり、片足立ちを1分続けられないのも不安材料。

悪い姿勢で長時間歩くのもよくないそうだ。よく1日1万歩と言われるが、そんなに歩く必要はなく、5000〜8000歩で充分。しかも家の中とかでも歩いているのだから、それを差し引いて歩けばいいのだ。歩くな時間の中で、中速足をするともっといい。
肘を後ろに引きながら歩くと、肩関節や肩甲骨がストレッチされて柔らかくなる。(腕を前に降るのはたやすいけど、後ろに引くのはけっこう大変)、
しっかり歩くためには、ノルディックやポール・ウォーキングも良い姿勢が保てるそうだ。
著者は「ながらウォーキング」を薦めている。
川柳をつくりながら歩く(つくった句を家に帰るまで覚えておくのは脳トレになる)、計算をしながら歩く・・とか。

認知症になってからは、認知症の種類によって、歩き方の違いがある。
アルツハイマー型、レピー小体型、前頭葉側頭型(ピック病)、脳血管性ではそれぞれ認知症の表れ方が違うし対処も異なる。
認知症と一つにかんがるのではなく、どのタイプかを考慮しつつ介護することが必要らしい。
けれどどの認知症にとっても、認知症の本質には「不安」が潜んでいるので、安心させてあげるのが一番のようだ。
安心させてあげながら一緒に歩くと、安心感と疲労で夜よく眠れるようになるとか。

そうそう、性格が認知症の誘因となる場合もあるそうだ。
楽天的な人よりも、心配性の人のほうが認知症に何倍もなるリスクが高くなるという。
「起きていないことはまだ起きていない。起きてしまったことはもう起きてしまったこと」。。30数年前に村上春樹の本を読んで以来の私の「座右の銘」です。

もう一つ、これは歩きとは違うのだが、やはり認知症を防ぐ上で大切なことが著者によって記されている。
それは「噛む」こと。
咀嚼することは脳への刺激ににとてもよいのだ。現代人は江戸時代の人に較べて、噛む回数が半分に減っているという。
美味しいものを表現するときに「柔らかい」と言うアレは良くないんですね。
我が家は玄米を食べていて、しっかり噛む。30回とか50回噛めと言うけれど私は80回くらい噛んで食べている。だって噛めば噛むほど美味しいのだもの。
白米は「マイルド・ドラッグ」と呼ばれるようにある種の中毒性があるし量も多くなるけど、玄米は少しで満足できる。
50歳過ぎたら炭水化物を控えるほうが認知症予防となると最近聞くようになったが、玄米なら大丈夫。

それとこれは自画自賛なのだが、我が家ではきちんと毎日出汁をひく。
昆布とかつお節の出汁は、骨や筋肉や髄などにとても言い作用があるし、血液サラサラになる。それに精神を落ち着かせてリラックスさせるのだそうだ。
カツオ節だけなら「陽」が強すぎるが、「陰」の昆布で中和している出汁は、日本の先人たちの素晴らしい知恵だと思う。
でもどんなに体に良いからと言っても、美味しくなければ続かない。玄米も出汁もとっても美味しいんです。
歩くのだってそう。義務感で歩くのではストレスになるだけ。
なにごとも楽しむのが一番!
認知症になった人にはとにかく、その不安を取り除いて、明るい気持ちにしてあげること。そうすれば不安行動が少なくなる。
記憶がなくなっても、人間の感情はずっと残っているんですものね。



posted by 北杜の星 at 07:03| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ナ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月14日

長嶋有「三号室の隣は五号室」

ひさかたぶりの長嶋有。
じつは私、長嶋作品はほとんどすべて読んでいるものの、彼をしっかり理解把握できていないような気がしている。
なんということのない時間が流れ、意味のない会話が交わされ、時として退屈。
「なぜこれを書いたのか?」の疑問を抱きつつ読み進むうちに「まぁ、人生ってこういうもんだよね」と私なりに納得してしまう。
そしてそれは悪い感じではないので、ついつい次の作品も読むことになるのだ。
今回のこの「三号室の隣は五号室」はちょっと面白い設定となっている。

第一藤岡荘の五号室に1966年から2014年までの間に住んだ歴代住人の物語。
13組が入居してきた。
一平、二瓶、三輪、四元、五十嵐・・歴代住人たちの順番はその名前でわかるようになっている。
11番目は霜月さん、12番目はイラン人のダウアーズダさん(イラン語で12の意味)というのが洒落ている。
2組を除いて彼らのほとんどが学生や単身赴任や勤めの女性などの独り暮らし。
同じ部屋に住んだといってもお互いに交流があるわけではない。

この五号室、変わった間取りなのが特徴で、ほとんどの住人が「なんか、変」と感じながら暮らしている。(そうは思っていない人もいるけれど)。
間取りが言葉で説明してあるのだが、よくわからない。不動産屋の契約以外の部屋があったりもする。
でも心配は不要。ちゃんと間取り図が載っているので住人たちの暮らしが想像できる。
おかしな間取りの部屋にしては彼らの暮らしは平凡で概ね平穏。
(引っ越しして去った後で殺される者がいて、びっくり)。

住んだ13人、それぞれの時代の出来事が書かれていて、「あぁ、この人が五号室に住んだいたのはあの頃なのか」とわかるので、彼らに親しみがわく。
この物語の主人公はやはりこの五号室という部屋なんだろう。
同じ舞台でも人それぞれ、生き方の違う人生。でも所詮は人間の人生。違うようで同じ、同じようで違う。
その事実がこの五号室の個性に集約されているような気がする。

長嶋有の小説にはキーワードがあって、軽井沢、父親などがそうなのだが、麻雀もそう。
これにも麻雀が登場する。
長嶋さん、麻雀好きなのかな?
posted by 北杜の星 at 07:38| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ナ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月13日

子島進む・五十嵐理奈・小早川裕子編「館林発フェアトレード」

2004年、子島進氏は京都から群馬県館林に移住した。
館林に隣接する板倉町にキャンパスをもつ東洋大学国際地域部で教えるためだ。
この本は子島ゼミで行われる社会活動をまとめたもので、机上の勉強でなく社会、それもアジアの国々との「フェアトレード」を通じて深く関わることになった経緯が書かれている。
こんなゼミ、面白くて楽しいだろうな。

途上国の発展と自立をうながす活動が目的ではあるが、じつはこれ、館林の町の活性化にも役立っている。
ショッピングモールで催されるフェアトレード商品の販売は、地元の新聞やケーブルTVで紹介されて大々的なイベントとなった。
物品を売って得た利益は途上国に還元される。
商売などと無縁な学生たちが品物を仕入れて売るのは大変なことだろうが彼ら、頑張ってけっこうな売上となっているのが立派だ。

じっさいにバングラディッシュに行ってもいる。
そこで書かれた詳細な「日記」には、現地をじっさいに見聞した人間ならではの感想があって、「あぁ、みんないい体験をしたんだ」とこちらまでうれしくなってくる。
それにしてもバングラディッシュにはさまざまなNPOやNGOが活躍していて、たくさんのフェアトレード商品が生産されているのですね。

フェアトレードは発展途上国の搾取されている底辺の人たちの自立を支援する経済活動で、伝統的な手工芸や食べもなどの生産品を公平適正な価格で買い取ろうという運動。
搾取するのは国の内外の企業である。
またこの活動には、子どもを労働から解放しようという目的もある。
ユニセフやアムネスティなどのNGO、自然食品店などでフェアトレード商品を買うことができる。
我が家ではアフリカからのフェアトレードのチョコレートが好きでときどき買っているのだが、残念なことに夏場は扱っていないんですよね。
融けちゃうからかな?

このような活動が大学であるというのは学生たちにとって大きな意味のあることだと思う。
まず、達成感の歓びは大きい。仲間たちと企画から販売まですべてを受け持つのだから。
活動で出会うたくさんの人たち、買いに来てくれる館林の人たちへの感謝、そして会ったことのない遠くで物を作る人たちへ馳せる想いは、学生たちのこれからの人生にきっと何かの影響を与えるはずだ。
いいなぁ、こんなゼミがあるなんて!子島先生のようなひとがいて!

現在は東洋大学国際地域部は館林を離れ東京に移ったのだが、「館林フェアトレード」は館林のショッピングモールにおいて続いているという。
大学生だけでなく、地元の中学生ボランティアの参加もあるそうだ。

思い出した!子島進先生の本、以前にも読んだことがあった。
「イスラムと社会活動」というタイトルだったと思う。3・11時に被災したムスリムの人たちに物資を届ける活動が書いてあったと記憶している。
そうか、あの子島先生なんですね。。
posted by 北杜の星 at 07:37| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ナ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月25日

中山可穂「娘役」

ヤクザの片桐はヒットマンとしてある組の組長の後をつけた。
組長は護衛をつけずたった一人、向かった先は宝塚歌劇場だった。
絶好のチャンスと思われたが、ラインダンスの舞台から突然飛んできた片方の靴がまるでなにかの啓示のように、片桐と組長を救った。
ある縁でその組の組員となった片桐は、靴の持ち主である「娘役」をいつも遠くから見守ることになって。。

その大鰐組というのがおかしいというか、かわいい。
組長はダンディでムッシュと呼ばれ、若頭は二番手、兄貴分は上級生、足を洗うことを卒業と呼ぶのだ。
すべてが宝塚流。
しかもヤクザとしては大変お行儀よくて、「品格・行儀・謙虚」がモットーというだけあって、シノギもまるでカタギ風。真面目な仕事をしているのである。

靴を飛ばした「娘役」は野比ほたる。相手の男役であるバラキに満足してもらうべく、日夜歌踊り芝居にと励んでいるのだが、どうも自信がもてない。
必死になればなるほど空まわり。
そんなほたるを支えるバラキとのコンビ愛が麗しい。
ふつうなら交わることのない娘役のほたるとヤクザの片桐。二人のそれぞれの物語が進んでゆく。。

中山可穂は前作「男役」に続いての宝塚ものだ。
男役があるならやはり娘役も必要だと考えたのだろう。
というのも、宝塚という特殊世界の大立役者はもちろん男役である。
しかし男役を男役として花開かせるのは、娘役がいればこそ。
女だからだれもが娘役ができるわけではない。男役が役作りをするように、娘役は娘役を作り上げているのだ。
女である男役の声とハモルために、信じられないほど高い声で歌う娘役。しかもその努力を表に出すことなく、つねに男役を立てている。

宝塚は魔法の世界だ。
その世界に幻惑されながら、贔屓の男役と娘役に夢中になる。
私はこれまでそんな宝塚に何の興味もなかっただけでなく、ヅカファン、ジェンヌファンを斜めに見ていた。
だけどこの中山可穂の「娘役」を読んで心底から「一度、是非観たい!」と思った。
なんか私、これまでの人生で損をしてたんじゃないか?
前作「男役」はいわゆるバックステージだったが今回の「娘役」は舞台の魅力にあふれている。
美しい白鳥が水面下で足を一生懸命動かし、それでも優雅な姿で泳ぐように、宝塚の人たちも努力研鑚をおくびにも出さず、舞台に上がっているのだろう。

宝塚は無理としても、東京の劇場に行ってみようかな。
でもはたして一緒に行ってくれる友達がいるだろうか?周囲で宝塚の話題がでたとことなんて一度もないもの。
といって、一人で行く勇気はない。。

この中山可穂。いつもの畳み掛ける文章は抑えて、淡々と書いている。
文体が少し変わったのだろうか?
こういう結末になるんだろうなとわかっているのは、他の作家さんなら「つまんない」のだけど、中山可穂なら、おさまりがよくて胸がスッキリ。
私はつくづく、中山可穂ファンなのです。
posted by 北杜の星 at 08:07| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ナ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月04日

野中ともそ「虹の巣」

野中ともそを読むのはずいうんとじさしぶり。この作家さんの存在を忘れていた。
彼女の作品には(「おどりば金魚」のようなものもあるけれど)、ニューヨークとかキーウェストとかカリブ海の雰囲気が色濃い。
これは彼女自身がNYに住み、カリブ海を身近に暮らしてきたからだろう。
彼女は「犬のうなじ」であの9・11のテロを扱った作品もあり、あの時あの場所にいた人ならではの臨場感と深い傷が伝わるものだった。
この「虹の巣」にはNYもカリブ海もでてこない。
母としての女の複雑で悲しい過去を描くミステリーだ。

3人の女がいる。
1人は地味な脇役男優と結婚し引退した元有名女優の鈴子。
1人は高校を中退して鈴子の家で働くことになった少女の佳恵。
そしてあと1人はやはり鈴子の家の家政婦になり、鈴子の娘の日阿子を育てる暁子。
3人の女にはそれぞれの秘密があった。。

被害者でも加害者でも、その理由は同じ。
ただ「愛していた」だけだったのに。
ミステリーなのでストーリーを細かに説明するわけにはいかないが、年代を交叉させながら佳恵と暁子それぞれの人生をあぶり出す。
彼女たちの核にいるのが華やかな鈴子だが、彼女にも暗い過去がある。
彼女たちの過去の秘密がやがて一つになってラストへと導かれる。

これ、野中ともその新境地ですね。
これまでとはまったく違う。なぜこれを書いたのかその心情を知りたくなる。

鈴子の家でつくる暁子の料理、彼女の行きつけの干物屋の魚や蕗味噌・・
美味しそうだ。
とくに山口県から仕入れるかまぼこ!そのかまぼこにちょっと蕗味噌を乗せて。。
山口県って瀬戸内海にも面しているけど、日本海にも面している。
その山口の明るさだけではない「暗さ」が、この小説に巧く使われていると思う。

次にどんな小説を書くか、楽しみな野中ともそさんです。
posted by 北杜の星 at 07:45| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ナ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月14日

中島京子「彼女に関する12章」

60年以上前、伊藤整が婦人公論に寄せた随筆「女性に関する12章」をもとに、中島京子が現代に生きる50歳代になる女性を主人公とし書いた小説を、同じく婦人公論に連載した。
それがこの本。
中島京子はこういうものを書かせるとまさに真骨頂。巧いです!
以前にも田村花袋の「蒲団」をベースにしていたが、レトロっぽい雰囲気を「今」に結ぶ技はなかなかのものだ。
「ぢいさいお家」も昭和初期が背景だったし、ああした空気感は中島京子という作家の素敵な個性だと思う。
軽いなかに、ちょっとした教養小説のような知識も顔をのぞかせているのが楽しいし、そこはかとないユーモアが散らばっているのもいい。

聖子はそろそろ閉経?という年齢。
編集プロダクション経営の夫はライターでもあるのだが、その夫が仕事で伊藤整の「女性に関する12章」を資料とすることになった。
聖子はタブレットでそれを読む。
60年前の女性論は古めかしい個所もあるものの、今でもリッパに通用する部分もあるような。。
読みながら聖子は守との夫婦の微妙なせめぎ合いを思うのだ。

夫の守の弟はセクシャル・マイノリティ。
一人息子の勉は一生女性には縁がないのではと、聖子は悩んでいた。
ところが、勉はある日何のノーティスもなく、しばらく前から同棲しているという女性を連れて実家に帰って来た。
勉は京都の大学院で、聖子にはわけのわからない哲学を専攻しているが、その女性も同じらしい。
このガール・フレンド、無愛想でニコリともしない。むろん会話もない。
二人が帰った後で守は彼女のことを「鰯で精進落とし」だとノタモウタ。

私、恥ずかしながら「鰯で精進落とし」ということわざは知らなかった。
せっかくの精進明けに鰯のような安い魚でいいのか?それはつまらないじゃないかという意味だそうだ。
長い間女性の影もなかった勉の最初の彼女が、あの人でいいのか?という親の気持ちの表現。
(こういう可笑しさが随所にあるんですよ)。

聖子の初恋の息子、非営利団体で仕事をすることになって知りあう「お金を遣わ何で暮らす」男性、長野県に住む旧友・・
彼らとの関わる聖子の日々が、どう60年前のエッセイと繋がるのか?
面白いです!
何歳になっても、人生は新鮮な驚きに満ちているんですね。
ストーリーを楽しんでいて見過ごしてしまいそうだけれど、社会問題への提起も旧友のボンゴさんからしっかりされています。

大笑いしてしまったのが、スゴイことを言う婆さん作家の「アノヤヤコ」が夫婦の会話に出てくるところ。
「アノヤヤコ」って、さて、誰のこごとでしょう?
posted by 北杜の星 at 07:45| 山梨 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | ナ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月11日

西加奈子「まく子」

直木賞受賞後第一作目のこの「まく子」は意外な展開をみせる小説だ。
受賞作の「サラバ!」とはまったく別の趣がある。
それでも読んでいくうちに「あぁ、西加奈子だ」と思わせるいつもの彼女の人間肯定が、こちらの心に響いて多幸感に包まれる。

ひなびた小さな温泉街。
小学5年生の慧はこの温泉街の旅館の息子だ。
一学期のある日、とても美しい少女コズエが転校してきた。彼女のオカアサンは慧の旅館の仲居として働くことになり、隣接する寮で暮らすことになった。
でもコズエとオカアサンはどこかみんなとは変わっていたし、母娘とは思えないほど似ていないだけでなく、普通の親子の情愛も感じられなかった。

「まく子」というタイトルに最初、変な名前だなと思ったが、まく子は「撒く子」、つまり水を撒く、砂を撒く、葉っぱを撒くの「撒く子」だったのだ。
そう、コズエは撒くのが好きな少女だった。
慧と並んで、石垣の砂粒を撒くとき、彼女はとてもうれしそうだった。
なぜそんなにも撒くのが好きなのか?

私たちはみんなみんな「粒」で出来ている。
人間も鳥も魚も石も・・
粒は命の根源。それはきっと地球だけでなく他の星でも同じこと。
コズエと一緒にいるうちに慧はいろんなことに気づくようになる。

11歳という男の子の年齢は微妙だ。
どんどん体が変化していくのに、その変化についていけない。むしろ自分の体が変わるのが不安だしうっとうしい。
「ウワキ」をして街中のみんなから噂される父親のようにはなりたくない。そもそも大人になんかなりたくないのだ。
まわりの友達が少しずつ変わっていくのもいやでたまらない。

「意外な展開」と最初に書いたが、それがどういうものかは読んでのお楽しみ。
でも私がはっきり言いたいのは、これはファンタジーではないということ。少なくとも西加奈子はファンタジーを書こうとしたのではないと思う。
ファンタジーのかたちをとってまで、書きたいことがあったのだ。
すべての生命体は宇宙の彼方からやって来た。そして我々は「一つ」だし同時に「みんな」でもあること。
西さんがこういうことを書く人だったのが、とてもうれしい!
posted by 北杜の星 at 07:36| 山梨 | Comment(0) | TrackBack(0) | ナ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月08日

長田華子「990円のジーンズがつくられるのはなぜ?」

このブログを書くためにタイトルを確認して驚いた。
そそっかしい私は「990円」を「1990円」と見間違えていたからだ。1990円だってじゅうぶん安いのだから私が見間違うのも無理はない。
そういえば、私は時々松本の街に散歩に出かけるのだが、2,3年前だったか、松本パルコ地下の大型ブック・ショップが消えて、GUという量販衣料店に変わっていたことがあった。
GUを知らなかったのだが、なんでもユニクロのセカンドライン・ショップで、値段の安さは異常だった。ああいうところに990円のジーンズがあるのだろうか。

かくいう私もファースト・ファッションの服を着る。
GAPをネットで買ったり、ユニクロの下着を買ったりする。さすがにH&Mは若い人向き傾向が強くて私には向かないけれど、ZARAのデザインはそう悪くないと思う。
そうしたファースト・ファッションはなにも低所得層だけが利用するのではなく、みんな上手に使い分けているようだ。
それらの服のラベルには生地の成分とともに、生産国の名前が表示されている。
中国、ベトナム、インドネシア、ミャンマー、そしてこの本が取材されたバングラデシュ。
服を着ながら生産国に思いをはせたことがあるであろうか?その国でミシンを踏む人の暮らしを考えたことがあるだろうか?

・・なくはない。というか「こんな値段って、どうやったらあり得るの?」と不思議でならないことがある。そんなんとき、彼らの賃金のことが頭をかすめる。
でも深くは考えないし、すぐに忘れてしまう。
バングラデシュの若い女性たちが、先進国の990円のジーンズをつくるためにいかに働いているか?
この本はそれを教えてくれる。

バングラデシュはインドとミャンマーに隣接する人口密度のとても高いイスラム教の国だ。
北海道の2倍の国土に、日本より多くの1億4千万人以上の人口を抱えている発展途上国である。
バングラデシュというと何を思い浮かべるだろうか?
私は洪水や台風などの自然災害の被害の大きさだ。先進国なら救える命が、みすみす失われてしまう国。
しかしそれは自然災害だけではないのだ。安い労働力をお求めるグローバル企業のバングラデシュの工場では、劣悪な環境で若い女性たちが働いている。
製品の盗難を恐れる工場側は、門を閉めているので、火災が起こると多大な犠牲者がでるし、その工場の建物そのものが劣化していて倒壊してしまう。そのために命を落とす労働者が後を絶たない。
しかも朝から晩まで働いても彼女たちの賃金は、日本円にして1カ月4千円程度だそうだ。

それでは私たち先進国の人間はどうすればよいのか?
先進国が発展途上国から「搾取」することで経済が成り立っていることは、誰でも知っている。
搾取をやめるために、そんな安い商品を買わないように不買運動をするとよいのか?
しかし生産地で働く人々はお金が必要だから働いているのだ。そのお金がないと暮らせないのだ。ましてや彼女たちが働ける場は縫製工場以外にはそうはないのだ。
工場が操業しなければ現金収入が得られなくなって困るのは彼女たちだ。
・・ジレンマです。

この本の著者は、発展途上国で働く人たちを守るためには、安い商品を買わないことだと言う。
990円のジーンズには手を出すのを止めて、3000のジーンズを選ぶ。消費者みんながそうした行動に出ることで、廉価競争を食い止めることができると。
それがとりもなおさず、バングラデシュの女性たちの労働条件を改善できる方法なのだ。

ファースト・ファッションだけではない。チョコレートもしかり。
チョコレートの原料のカカオたのめに、児童労働が行われているのは有名な話で、そのなかには人身売買された子どももたくさんいるそうだ。
着るものも食べるものも、いったい私たちはどうすればいいのか、途方に暮れてしまう。
せめてこういう本を時々読んで、彼らのことを考えること。(考えるだけでどうなるの?と言われば確かにそうなのだけど)、でも知らないでいるよりは知る方がいい。
誰かが何かをするときに、少なくとも支援ができると思うから。

暖炉の前で気持ちよさそうに眠っているハッチを見ていると複雑な気持ちになってしまう。
猫が人間より幸福であっていいものなのだろうか。。。
posted by 北杜の星 at 07:16| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ナ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月24日

新納季温子「見えない私の生活術」

だんだん見えにくくなっている私に役に立つかなとライブラリーから借り出したこの本、「生活術」としてはあまり役に立ちそうにはなかった。
著者の新納さんは生後まもない病気のために視力を失った人なので、見えないのが恒常。見える世界を知らない。
そういう人は視覚以外の感覚に優れていて、その感覚が目を補っているためにあまり生活に不自由がない。
しかし中途失明者は視覚を失うが、だからといってその他の感覚にも鋭くないため、歩くにしても日常生活を送るにしても、できないことばかり。生活するには「訓練」が必要となる。
もちろん新納さんもこれまで学校などにおいてたくさんの訓練を受けたことだろうが、中途失明者ほどには苦労でなかったのではないだろうか。

それでもまったく目が見えない人が大学を卒業し、就職をし(視覚障害者学校の英語教師)、結婚出産をするというのは、大変な努力を要するはずだ。
その彼女の頑張りがなによりも私の励みになった。
母や姉の手助けを受けながら、また点訳ボランティア・サークルで知り合った晴眼者の男性と結婚し娘を産んだ彼女には、努力と思いっきりの良さ、時には「死なへん、死なへん」の楽観主義があって、それがとことん彼女を前向きにしている。
ともすれば悲観的になる、それでいて努力を怠る私には、勉強になることばかりだ。

これは目の見える人に読んでもらいたいと思う。
視覚障害者はこのようなことに苦労して、こういう工夫をしているのかということがわかれば、サポートしやすいからだ。
駅のホームでガイドする時にその方法をしっていれば声をかけようという気持ちになるはず。
眼の見えない人をガイドする時には、肘を持たせてあげると良い。肘は向かおうとする方向を体のどの部分より早く察知し動くからだそうだ。腕を引っぱたり肩を押したりしてはいけない。
また目の見えない人と一緒sに食事をする場合、お皿に乗った料理を説明するのに、「12時のところに人参、2時のところにインゲンの付け合わせがあるよ」と言ってあげれば、だいたいの位置がわかる。
大勢の人がいるところで声をかける時には、そっと手や肩に触れたり、名前を呼んであげれば、自分に声をかけられているのがわかる。

でも目の見える人間にとっては「見えない世界」を想像ができないことはたくさんある。
眼の見えない彼女が食べるのに苦労するものってわかりますか?
まず、釜揚げうどん。箸で麺をすくう時に、どれくらいの長さをすくっているのかわからないし、その麺をツユ猪口に全部入れるのがムツカシイ。これは私だってツユを飛ばして服を汚すことがある。
それからミルフィーユ。甘い者が大好きな彼女にとっては、食べたい、でもきれいに食べられない、のジレンマだそうだが、これも私にだって大変な食べ物で、どうフォークを突き刺してもパイ生地はぐちゃぐちゃになってしまう。気取っていたいときには絶対に注文しないスウィーツだ。
三番目は丸ごとの魚の煮つけだそうだ。これも私にはわかるなぁ。瀬戸内育ちの私は魚好きで、キレイな魚の食べ方をしていた。でも見えなくなってからというもの一匹付けの魚がどうも苦手になった。骨やエラの間の身がうまく箸で取れないために汚い食べ残しになってしまう。本来ならもっとも美味しい部位の身がほじくり出せないのだ。
友人は「いいから、食べれば」と言ってくれるのだが、無残なお皿が申し訳なくて切り身ばかり注文することになる。
この「美しく食べる」ことに関しては新納さんも心を砕いた経験があるそうだが、わかるなぁ。
でもね、釜揚げうどん、ミルフィーユ、魚というのは誰にとってもかなりの難関なんですよ。だから心配無用です。

視覚障害者と接していて驚かされることがある。
それは彼らの記憶力の良さだ。
電話番号にしても、駅の階段の数にしても、カレンダーにしてもじつによく覚えているのだ。
晴眼者のように「ちょっとメモを見る」ことができないから、なんでも頭に入れておくのだろうが、すごいなぁと感嘆する。
彼らの家に行ってまた驚くのは、「なんてよく生理整頓してあるのだろう」ということ。
床にモノが置いてあったり、散らかっていることがない。いつもあるべきところにあるべきものが収められている。
目で探せないので自然にそうなるのだから、これは素晴らしい「生活術」でお手本にしたい。
彼女は冷蔵庫の収納術についても書いているのだが、冷蔵庫って「魔界」ですよね。入れてあるものを忘れるし、忘れられたものがどうなるかは考えるだけでも恐ろしい。
彼女は「覚えられるだけの食品しか入れない」ことを旨としているそうだ。
そうか!あれこれ詰め過ぎるから忘れてしまうのか。これはとても参考になる「生活術」だ。

それにしても考古学者のご主人について海外生活を幾度かし、その土地のスーパーなどに白状と共に一人歩きするなんて、積極性がなければできないことだと思う。
世の中には心ない人もいればやさしい人もいる。傷ついたりうれしかったりの連続の毎日に、家族がいる幸せがこの本にはある。
ご主人が対談相手になってのトークには二人のこれまでの信頼の強さを感じる。

でも私が強調したいのは、これはけっして障害者の感動物語ではないということ。
ここには普通の三人家族の歴史があるだけだ。その妻がちょっと目が見えないということ。
お涙頂戴の文章はどこにもない。むしろ笑えることが多かった。
シンガポールの空港に着いた時、空港の地上職員がサポートしてくれるのはいいが、車椅子に乗せられるという変な話が総会してあるのだが、目が悪いだけで歩けるのに車椅子に乗せられるって?という感じ。しかも有料だったというからますます「?」な話しだ。

今は視覚障害者にとってはかなり便利な社会になっている。
パソコンの周辺機器がたくさんあり、点訳ソフトを使えばかなりの知的作業が可能だし、外出支援も増えている。彼女が書くように、デパートに行けば買い物サポートのアテンダントがついて一緒に商品を買うことができる。デパ地下食品だって楽しめるということ。
こういうサービスを受けるときに大切なおんは「卑屈」にならないことだ。
感謝するのは大切だが「卑屈」はサポートをするほうにとっても居心地が悪いと思う。
さらありと「ありがとう、お世話になりました」で充分だ。新納さんはそこらあたりが素敵な人だ。
日本人というか日本の社会はまだまだこういうことに慣れていないので、どちらも過剰に反応してしまう。
(私の視覚障害者の友人がベルギー在住中に視覚障害者訓練を受けたそうだが、一人で白状をついて歩く訓練をしていると、行きあう人がみんな声をかけてきて「あれじゃぁ、訓練にならなかったわ」と笑っていた。そのときに彼らはじつに自然にサポートしてくれたという。)

点字ができれば「読書」ができるのだけど、私のような年齢ではもう無理。。
でもパソコンの音声ソフトを使えば、情報収集はできるので、世界から切り離されるわけではないと安心はしている。
けれどパソコンよりも何よりも、人と繋がること、これがもっとも重要なことだと思っている。

posted by 北杜の星 at 07:17| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ナ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月02日

中川雅文「耳がよく聞こえるようになる本」

副題は「自分で聴力を回復する正しい方法」とある。
私の知人で最近「耳が遠くなったなぁ」と思われる人が二人いる。
一人は70歳代半ばの男性、もう一人は80歳の女性。
また突発性難聴になった人もいる。
私自身、30代のときにメヌエル病にかかったことがあり、耳には関心があるので、この本を読んでみた。

歳をとると耳が遠くなるのは当然と思ってたが、難聴と高齢は必ずしも関係ないことがあるという。
じつは我々は耳で音を聞いているのではなく、脳で聞いているそうだ。
生活習慣病で血液ドロドロになっている人は難聴のリスクが高まる氏、糖尿病を持つ人にも難聴になる率が高いのは、そういうことらしい。
だから脳を活性化するために、食事を気をつけたり運動したりが大切。

もちろん難聴のすべてが治るわけではなく、治る難聴と治らに難聴があって、これらの区別が著者によって説明されているのだが、とにかく「耳がおかしい」と思ったらすぐに耳鼻科に行くことだ。
突発性難聴は48時間が勝負、遅くとも一週間以内に治療を受けないと完治しにくくなる。
(治療にステロイドを使うことがあるが、じつはステロイドの効用は証明されていなくて、アメリカでは副作用を考えて最近では使わないこともおおいので、もし医師がステロイドを処方する場合は、そのことを尋ねてみるといいと思う。突発性難聴になった前記の友人は医師からもらった薬は強すぎて、高血圧になり風呂場で二度倒れている。)

目もそうだが耳も両方で感応するので、なかなか異常がわかりにくい。でもなんか詰まったような感じや変に響いたりしたらやはりすぐに病院に行く方がいい。
検診で聴覚検査を実施っしているが、それでは難聴が発見されることはむつかしいという。
目の「見えにくい」と違って耳の「聞こえにくい」は日常生活にあまり不便を感じないから放置しがちだ。
お年寄りの家に行くと、ものすごい音量でテレビがかかっていたりしてびっくりすることがある。
あまり大きな音で聞くのは難聴を増大させる。しかしまったく無音の世界に居ると48時間で難聴となってしまうというからそれも恐ろしい。
一番耳に良いのは、川のせせらぎ、鳥のさえずりなどの自然界の「I/fゆらぎ」が多量に含まれる音を聞くことで、モーツァルトの曲にはそれがあるようだが、演奏者や録音した状況によって差があるといい、中川氏はI/fゆらぎCDを2枚作って出されているので、興味ある方が聞いてみてはどうだろうか。
「耳サプリメント」というタイトルだ。

若い人は電車の中などでヘッドフォンやイヤフォンを着けて音楽を聞いたり語学の勉強を御したりしているが、あれも耳にはよくないので長時間続けないことだ。
また急性音響外傷またの呼び名をロック難聴という、ロック・コンサートの大音量や爆竹や爆発音などによる難聴もある。
耳や脳の部分の病気もあるので、自己判断せずに病院に行くことだ。
私は以前耳に水が入った違和感が続いて耳鼻科に行ったら、先生から「耳垢が奥にありました」と言われ、その先生が若いイケメンだったのでとても恥ずかしい思いをしたことがある。
耳垢をとりすぎるのは良くないのでやめましょう。(外国では耳垢は絶対にとらない国が多い。)

日本人はなかなか補聴器を使いたがらないが、それには理由があって、日本語は低い音でできている言葉が多いため、高齢者がまず聴こえなくなるのは高音だから、低い音は聞こえるので装着しようとしないためらしい。
カ・サ・タ行の音が聞こえにくくなったら要注意。
補聴器は年寄りくさいとか、雑音が気になるとかで嫌い人も多い。
でも欧米では40代からでも補聴器を装着するようで、耳がよく聞こえることは脳の働きも良くなるという。
国によっては健康保険で補助が出るところもある。(眼鏡だって無料でつくってくれる国がイギリスのほうにある。もっともフレームは決まっているのだが)。
良い補聴器は何十万円もするから、高齢になるとお金がかかる。
だからこの本を読んで、難聴を回復する方法を少しでも知り実行しよう!
もっとも簡単なのが、耳をそっと上に引き上げること。顔の筋肉が下がると耳も下がり、耳の内部の器官も下がるので、聞こえにくくなるらしい。)
耳だけでなく五感を鍛えて、いつまでも機能が保てる耳でいましょう!
とくに私は目が悪いのだから、耳まで悪くなっちゃ大変だ。
(網膜色素変性症で耳が聞こえなくなるアッシャー症候群というのもあるんです。そうなると二重苦で、日本に500人程度という難病なのです。)
posted by 北杜の星 at 07:56| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ナ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月14日

中野翠「いちまき」

中野翠が好きだ。
彼女の感受性、とくにモノやヒトに対する好悪の感覚には、「あぁ、こういうモノが好きとは理解できるな」とか「こんなヒトが苦手なのは気が合うな」と理解できること多々あるからだ。
彼女が夢中な落語や歌舞伎などの江戸趣味は私にはないのだが、映画に関する方向性にはかなり同質なものを覚える。
その彼女がファミリー・ヒストリーの本を書いた。
とても意外だった。
私がそういうルーツ探訪にまったく興味ないせいで、中野翠に少し裏切られた感じがしたくらいだ。
まさか彼女にそんなところがあるなんて、と。
私は「血族」だの「系譜」だのがもっとも苦手で、親類づきあいもなるべくなら避けたいくらい。そのかわり他人である友人との交際には心を尽くしたいと常日ごろ思っている。
「いちまき」とは「一族」という意味。
この本には中野翠の「いちまき」について書かれているのだ。
苦手ではあるけれど、「ある家老の娘の物語」の副題をもつこのノン・フィクション、とても面白いものだった。
ご先祖さまたちの相関が私には難解だったが、家系図を何度も何度も参照しながら読んでみた。

中野翠は父親がの遺品を整理していたときに、曾祖母「みわ自伝」の小冊子を見つけた。
みわは翠が生まれる前に亡くなっていたが、親類間でみわの話題が出ることはあったので興味を覚えその小冊子を読んでみると、次第にルーツ探しにはまってしまったのだという。
みわは桜田門外の変の半年前に桜田門「内」で生れた。
関宿藩(千葉県北部)の江戸詰め家老木村正右衛門正則の娘だった。
世が世ならおっとりしたお姫様のような生涯だったろうに、新しい日本が近づいていた。
みわの父は佐幕派のリーダーとして戦い敗退。一家はちりぢりとなる。
やがて正右衛門は徳川慶喜とともに静岡県沼津に移住し、そこで職を得て、「大夢」と改名。一家はやっと揃って暮らせるようになった。
・・そしてみわは中野家に嫁ぐのだが、その間さまざまな人たちが交わり、たくさんのことが起こるのだった。

曾祖母が家老の娘などとあると、これってもしかすると「実家自慢?と鼻白む気がする人がいるかもしれないが、(じっさいに「実家自慢」する人ってイヤミで、たいした実家じゃないほどするものなんですよね)、中野翠は全然そうじゃない。
自分のたった三代前の人が江戸の生まれで、桜田門外の変や彰義隊や上野戦争など遠い前の歴史と思っていたことが、こんなに身近だったという驚きと親しみ、それと彼女特有のモノゴトを面白がる性格が伝わってきてこちらまで楽しくなるし、興奮してくる。
親戚縁戚にはかなりの文化人がいるし、あの明治時代の洋画家のはしりだった浅井忠もご先祖さまだったと判明している。
こうしたルーツ探しは物故した縁者が多いと難しいものだが、中野翠が書いているように「まるで何かに操られている」としか思えないような人や資料との出会いがあったようだ。
以前住んでいたりよく行ったところが、ご先祖さまの縁ある土地だったりとか、不支持な導きがあったのだろう。
中野翠が「いちまき」を書いたことは単に彼女の親族のためだけでなく、明治以降の日本の歴史のためにも有意義だったと思う。

つい最近ある友人とお茶したのだが、彼女は甲府出身で、祖父という人は甲府で初めてのデパートを作ったのだと言う。
そのデパートは残念ながら今はもうないのだが(後からできたライバルのデパートは残っている)、一族のことを書いたらちょっと面白いだろうなと、書くことが好きでこれまでも海外滞在記を2冊上梓している彼女は話してくれた。
これなども彼女の一族のみならず、甲府という街の歴史の一端として面白そうなのだが、その当時を知る人はもういないとのこと。
母にでも聞いておけばよかったと後悔していらした。

かくいう私の「いちまき」はどうなのか?
そんなことにとんと興味のない私だが、もし興味があって書こうとしても、山口の山奥で林業に携わってきたご先祖さまなど、ただの山猿。歴史的人物など一人もいない。
誰も読まないよね。
posted by 北杜の星 at 07:42| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ナ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月07日

長野まゆみ「冥土あり」

東京は千住、三河島あたりで生まれ育ち、「文字書き職人」として無口で頑固に家族を養ってきた亡き父親。
そんな父にいらつきながら暮らした母、これはどこにでもいる家族やその親戚のお話し。
たぶんここに登場する人たちの中には、あなたの親戚の誰かに似た人がきっといると思う。
例えば主人公の太った双子の従兄弟。
親戚が集まると必ずどこか胡散臭い人間がいるものだ。そういうのに限って大声でほら話を始める。「あぁ、またか」と恥ずかしくて俯きながらも、つい聞いてしまう。
知人友人にはちょっと会わせたくない、いわゆる「お座に出せない」ひと。
(私の従兄にもいるんですよね。)
でも良くも悪くも世の中ってこういう人たちで成り立っている、そう思わせるこの小説、「これが長野まゆみ?」というくらい私には新鮮だった。
これまで何冊かの長野作品を読んで来たけど、これが一番というものには残念ながら出会わなかった。
彼女の美少年ものにも、のめり込めなかったし。
だけどこの「冥土あり」は、とてもよかった。
静かで、登場人物への距離の取り方がちょうどよく、なにより淡々とした文体が素晴らしい。
正直、「こういうのを書ける人だったんだ」と驚きました。

「冥土あり」と「まるせい湯」の連作中短編が収録されている。
父親を描いたものとはいえ、父親の周辺の描写の方が多い。
とくに下町三河島周辺の風景や歴史の描写は詳細だ。
私はあのあたりをまったく知らないのだが、つい数十年前まではずいぶんと水が出て被害を受けていた土地なのだと知った。
いつもそんな目に遭っていると、へこたれないというかサバサバした人間になるのだろうか。
そうしたことを話し合うのが家族の思い出なのだが、口の重い父は生前多くを語ることはなかった。
とくに疎開先の広島で被爆しているのだが、それについては誰にも何も言わなかった。だが広島時代は父に大きな影を落としていたようだ。

同じできごとや景色に出会っても、それを見た年齢や状況によって人それぞれの印象は違う。
親戚一同が葬式などで久方ぶりに会うと、「あの時」の話になる。
「あの時」「あの話」・・それはもうみんな何度も聞いているのに、それでもどこかにハッとする新しい事実が浮かび上がることがある。
この本にあるように昔の通夜や葬式には、「あの人は誰なのだろう」という参列者がいたものだ。
結局後から尋ねても、誰も知らない。。
そうした人が(とくに妙齢の女性)、黒羽二重の羽織など着て通夜に現れたら、ちょっと不穏な空気が流れるかもしれない。
(現在通夜には仕事関係の人がやって来るようになったが、それは仕事優先社会になり昼間の葬儀に参列できないからで、ちょっと前まで通夜は家族親族、本当に親しい友人、それと近所の人たちが集まるもので、「とりあえず駆けつけました」と完全喪服を着るのは用意していたみたいで失礼なことだった。)
ましてやその人がびっくりするくらいの多額な香典を包んできたとあっては、これは穏やかではない。

これが長野まゆみ自身の家族の物語なのか、それとも彼女のまったくのフィクションなのかはわからない。
けれど「冥土あり」は彼女の代表作のひとつとなると思う。
私の評価は☆5つでした。
posted by 北杜の星 at 07:24| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ナ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする