2017年12月31日

ハッチのライブラリーよりお知らせ

2017年もいよいよ終わりです。

長く続けてきたこの「ハッチのライブラリー」ですが、私の目がそろそろ限界となりました。
このseesaaの前のmsnを始めた頃はまだ「ブログって何?」と言われていました。
その時から十数年。

本当に本当に、読んで頂いたこと、ありがたく思っています。
読後感想を共有できたことも、できなかったこともありますが、どちらも私にとっての励みでした。
これからも私の読書は点字で続きます。それはそれで面白体験だと楽しみにしています。

どうぞ、みなさまにとってこれからも、佳き読書人生でありますよう、お祈りしています。
ありがtごうございました。

  ハッチのライブラリー  2017年
posted by 北杜の星 at 07:49| 山梨 ☀| Comment(7) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月30日

ハッチの身辺雑記

北の地方は大荒れだったようですが、こちらは風が少々強いくらいで雪が降ることもなく穏やかな1週間でした。
クリスマス・パーティが終わって、ぼちぼちと家の掃除にとりかかっています。
いっぺんに全部はもう体力的に無理なので、例えば床磨きは3回に分けてとか、今日は水回りだけとか、レンジフードだけとか集中攻撃。
ただ目が見えないということは、汚れも見えないということ。
そこは夫に汚れ箇所を教えてもらいながらしています。

その夫、いよいよ来年3月に事務所を閉じることになりました。
今年の5月に、設立当初からお世話になっていた税理士さんがお亡くなりになり、その時点で終わりにするのかと思っていたのですが、なんとなく続けていて、でも大学の先輩である共同経営者のMさんももう74歳。そろそろいいのでは?ということになったのです。
会社をたたむに当たってはすべきことが山積していますが、それは会計士さんが教えて下さるので、その通りに動けば解決するでしょう。

事務所をしている間には「バブル」の時期もありました。
でもMさんも私の夫もお金には固執しない人間で、お金よりむしろ「時間」が欲しいと、会社の利益が上がるとお金の代わりに休暇を取っていました。
1カ月を有給で休んでヨーロッパに旅行に行くとか、夏休みを1カ月もらったり、GWや年末年始にはそれぞれ2週間ずつ休んで山荘で過ごすとか・・
だから貯金は全然できていませんが、思い出はたっぷりできました。

でも事務所は閉鎖しても、夫はここ八ヶ岳の地元の会社のデザイン・コンサルの仕事を引き受けていて、別荘建築の設計をお手伝いすることになっていて、まぁ、自分がゴルフをするお小遣いくらいは稼ぐようです。
ここらあたりはサラリーマンとは違って、「手に職」ですね。
お金もですが仕事をすることで少しでも社会と繋がるのは良いことだし、ボケ防止にもなると思います。

一応3月末で一区切りつくので、4月中旬から1カ月弱ほど、イタリアに行って来ようと思っています。
飛行機も予約しました。
今回はずっとレンタカーではなく、一つの町に10日間くらい滞在し、その間に遠出をしたかったらその時にレンタカーを借りようと考えているのですが、そのレンタカー、70歳以上だと借りる値段がぐんと上がるんですって。
海外旅行保険も70歳以上だと高くなるし、ツアー参加は別として、高齢者の個人旅行はいろいろ大変です。

来年4月なんてまだまだ先のこと、と思うのはとんでもないことで、泊りたいホテルはすでに予約が取れない状態なのです。
世界中の人間が旅行しているんでしょうか?
とくにイタリアはすごいです。ヴェネツィアなんて爆発的な観光客増加で環境が悪くなり、もし環境改善できなければユネスコから世界遺産登録を外すと勧告されているほどだそうです。
ヴェネツィアの観光スポットの写真を見ると、それはもう押し合いへし合いの混雑ぶりで、特別なイベントのある日ではなくいつもこういう状況だとか。
私たちはもうそんな人でいっぱいのところには行きたくありません。
田舎の小さな町を巡るつもりですが、それでも以前に較べるとどこも観光客が多くなっています。
以前は、ヨーロッパに旅行する時に、ホテルの事前予約をしたことはありませんでした。その町に着いてホテルの部屋を確かめて、そしてチェックインしたものです。
ドライブして疲れた夕暮れ、そこで泊ろうということでOKだったのです。そういう場合に思いがけず素敵なスペインのパラドールに泊れたり、ブルゴーニュの5室だけの素晴らしく料理の美味しいオーベルジュに泊れたりしたけど、あんな体験はもう今では不可能なのかもしれません。

この旅行、途中の10日ばかり友人夫婦が合流します。
一緒にレンタカーで、トスカーナやウンブリアの小さな町や村を歩くのを楽しみにしている二人なので、こちらもワクワクしています。
キッチンつきのアパルタメントを借りているので、夕食は軽くすますこいとができます。
お昼にしっかりコースを食べると、夜は軽く済ます方がいい。
長い旅行で何が負担かというと、毎日「ご馳走」が続くこと。
だから私たちは旅行中、ふだんは地元の人たちが行く普通の食堂。(それでもコースなのですけどね)。数日に一度、ちょっと評判のレストランへ、というパターンで過ごしています。
昔に較べつとどの国でも食事を簡便にできるようにはなっています。
サラダ一皿で出る人も多く、お店の人もそれはそれで仕方ないことと納得しているようですが、1970年代にイタリア暮らしをしていた夫にはどうしてもそれができないところがあって、お店に入るときちんとデザート、エスプレッソまでが「食事」と考えているので、スープだけサラダだけの食事はありえないのです。
(ちなみに、サラダ一皿という客は外国人観光客で、イタリア人の客はちゃんとしっかり食べていて、日本人のひょうにシェアも決してしません)、
だから夕食のためのキッチン付きのアパルタメントはありがたい。
それにアパルタメントならホテルの部屋と違って、寝室だけでなくキッチン付きの居間があるので、居住性も良いです。
タオルやシーツ交換もしてくれるし、頼めば掃除もしてくれるし、何より良いのが、洗濯機とアイロンがあること!
長い旅行だと洗濯もの、たまります。トップスやボトムなどの大物はクリーニングに出すとしても、パジャマや下着は自分で洗いたい。

とにかくこれは、夫への「ごれまでごくろうさま」のプレゼント。
これほど長い旅行は最後かもしれないので、ゆっくり楽しんでほしいと思っています。

夫に「今年1年はどうだった?良い年だった?」と訊ねると、「うーん、10月に風邪を引いた」との答え。
風邪が一番悪い出来事だったなんて、つまりは何事もなく過ごした一年ということですよね。
私にとっては、ハッチが1月末に天に召されて寂しくなったけれど、「あっぱれ、ハッチ」とほめてあげたいほどの大往生には何の悔いもなく、ただただ「20年以上一緒にいてくれてありがとう」の気持ちだけが残っていてます。
視力はぐんと落ちているけど、家の中では普通と同じくらいに暮らせているし、念願の台湾旅行も楽しんだし、平和な一年でした。
「さぁ、来年も頑張るそ」という意気込みなどはまったくなく、穏やかな日常が続くことを感謝しつつ願うだけです。


posted by 北杜の星 at 08:08| 山梨 ☀| Comment(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月23日

ハッチの週間身辺雑記

芥川賞、直木賞の候補作品が発表となりましたね。
とてもうれしかったのは、木村紅美さんが候補となっていたことです。
「雪子さんの足音」という群像9月号に掲載された中編です。
最近はとんと文芸誌を読まなくなっているので、残念ながら未読です。
私は10年近く前ににやはり芥川賞候補となった「月食の日」以来、ほとんど全作品を読んできました。
どの作品もそえぞれ内容が異なり、「あぁ、物語りを書く人なんだな」という印象を持っています。
小説というのは物語りです。何も起きない内省的な小説もそれはそれで好きですが、展開のある小説はやはり小説としての醍醐味があります。
でも2年くらい前かな、彼女のその当時の新刊にはどうしても感情移入できず、読み通すこともできず、途中で止めてしまったことがありました。
私も悲しかったけど、作者である木村さんはもっと悲しく腹立たしかったと思います。
このブログのコメント蘭に何回かそのことについてのやりとりが、木村さんご本人とありました。
本が売れない、出版界がうまくない現状を説明してもらい、作家さんの大変さが身にしみて理解できました。
素人がブログで心ない批評をしたと、気に病んでいたのですが、だけどずっとずっと、彼女のファンでした。
(このブログで検索してもらえれば、いかに私が彼女の本を取り上げているかがおわかりと思います)。
だから今回、候補となったのが本当に喜ばしいのです。
少しでも多くの人に木村紅美という作家さんの名前を知ってもらって、読んでもらいたいものです。

今年も群馬県みどり市の東町から冬のプレゼントが届きました。
大きなシクラメンの鉢、干し芋、それと家の庭の柚子。
会いたくてもなかなか会えない友人ですが、こうして心のこもった便りがあるのは本当にうれしい。
干し芋はその集落で作り手がだんだんと減っているそうで、今年は初めて真空パック入りのものでした。
真空パックと聞くとなんだか無味乾燥な印象ですが、その干し芋は丸のままで、しかもとっても柔らか。
しっとりの干し芋の方が断然好みなので楽しみです。

我が家に植えてある柚子は、彼女のところに通っていた十数年前に、近くの黒保根の道の駅で苗木を買って植えたモノ。
なかなか実をつけてくれなくて「伐っちゃうぞ」と脅しながら待っていたら、ここ3年くらい前から、小さい実を数個つけるようになりました。
柚子です、というのが恥ずかしいくらい小さいのですが(キンカンほどの大きさ)、柚子は柚子。
懐かしいみどり市由来の木なので、大切にしています。
でも送って頂いた柚子はとても立派、ということはそのうち我が家の柚子もそうなるのかも。。

さて、冬の我が家の大イベントが終わりました。
クリスマス・パーティを18日に催したのです。
いつもはクリスマス当日周辺なのですが、今年は早めに終わらせたい気分だったのです。
いつも総勢8人。というのはディナーなのでテーブルにきちんと坐ってサービスしたいので、8人が精一杯。
夏のテラス・ランチならもっとお招きできるのですが、それしても私たち夫婦はどちらかというとちゃんと席について食事をしたい性格なので、立食パーティは苦手なのです。
8人のうち6人、3組n夫婦は私たちを含めパーマネント・メンバー。
もう一組はその年に知り合い、他のメンバーに紹介したいというカップルを選んでいるのですが、このところ3年続きでMさん夫妻となっています。
Mさんとは10月に台湾にもご一緒したので、今年は絶対にMさんでしょと、最初からの決定事項でした


アミューズに海老のフリットとパテ・オン・トースト。
前菜は、カプレーゼ、生ハム、クスクス・タブレ、牡蠣のマリネ、ブロッコリーのマリネ。
主菜はブイヤベースと骨つきチキンのロースト。
それから順序が逆ですが、スパゲッティのトマトソース、パルミジャーノかけ。
(パスタを最後にしたのは、パスタでお腹の調整をしてもらおうと考えてのこと)。
デザートは友人のおもたせのいちごのタルト。(これ、初めてのお店のケーキでしたがとっても美味しかった!)
ラストはこれも友人からの、あまおうのいちご。
コーヒーというメニューです。

体調は万全だったのに、どうも出来栄えは完全満足というものではなかったものの、みんなでワイワイ楽しかったのがなにより。
他の友人の持って来てくれたシャンパンと、久しぶりのキャンティ・クラシコもいい感じでした。
ほとんど下戸の私は、ボディのしっかりしたボルドーのようなワインより、軽めのブルゴーニュとかイタリアも北の濃いのよりトスカーナとかウンブリアnワインの方が断然好みです。

シャンパンを持って行くよと約束していた友人Iさん、予定の時刻になっても着きません。
30分経った頃夫に電話があり「財布がどこにも見当たらない。免許証もカードも入っているのに」と言うではありませんか。
夫が「パーティは無料だから財布は要らねぇよ。免許不携帯は罰金だけだけど、こんな田舎パトなんていない」と答えると、Iさん、「それもそうだな」とやっと到着。」
(後で「財布、あった」と連絡がありましたが)。

これがお終われば、取り立てて特別な行事はもう大みそかまでりません。
気の向くままに掃除をして、お誘いがあれば食事に出かけ・・ゆっくり過ごします。
お正月に読む本もサピエ図書館(全国ネットの点字図書館)に予約したしました。
1タイトル4巻を20日間で読めるかどうか不安ですが、頑張ってみます。
posted by 北杜の星 at 07:44| 山梨 ☀| Comment(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月16日

ハッチの週間身辺雑記

めっきり寒くなり、最低気温が−5℃ということも。
そんな朝にはさすがのOMハウスも、室内気温が17℃くらいにまで下がります。
昨年までなら暖炉を焚いていたのですが、ハッチがいなくなでからは、焚かずに済ませています。
ハッチの夫の顔をじっと見るあの「暖炉、焚いてよ」目線、懐かしい・・

今週の大ニュース、それはなんといっても、広島高裁で伊方原発3号機の運転停止判決が出たことです。
伊方原発は以前からその危険性が指摘され続けてきたころで、活断層の真上に建設されています。
もちろん日本の原発のあるところは、どこでも同じ危険性を持っています。
この判決が良い引き金となって、他の原発にも波及することを願っています。
四国電力はこの判決に非常に驚いたと言いますが、電力会社や政府が一番、わかっていないのですね。
というか、わからないふりをして経済優先ばかりを考えているのでしょう。

もう一つの大ニュースは、とてもプライベートなものですが、夫が初めて自分の料理で友人をもてなしたこと。
お気に入りの上田淳子さんレシピのフランス料理(とっても簡単な家庭料理です)からの一皿で、鶏もも肉とカブの軽い煮込み。
それを作る予定にしていたところ突然彼がそうだ、Iちゃん夫婦も呼ぼうか」と言い出し、材料追加で作り始めました。
この料理は他のとちょっと違って、カブを半分潰してソースにするというひと手間がかかるもので、彼にとっては一番大変なものですが、体が温まって美味しいのです。
ブロッコリーと人参サラダは私が担当。

出来上がったちょうどその時、Mさんから用事があって夫に連絡が入りました。
え?Mさんの奥さんはたしか沖縄に演奏旅行中。彼は一人のはず。夕食に呼んであげよう。
と、4人分を5人で食べることに。
「他のものを作ると、オレの料理に集中できなくなるから」とサラダ以外は何もない献立だったのですが、まぁ、みんなでワイワイ食べる方が楽しい。
ダイエットに適した量の夕食でしたが、いろんなバカ話をしながらおもしろかったです。
肝心の夫の料理も好評で、これからこういう機会が増えるのかな?
上田淳子さんの本、野菜のレシピ集も買いました。これもどれもすこぶる美味しそうで、春夏はサラダ系、秋冬は蒸し煮にしたり焼いたりの温野菜。
これもメインと一緒に彼がつくれるようになれば、私はラクになります。

毎年この頃になると、知人からクリスマス飾りが届きます。この飾り、年によってテーブル用だったりリースだったり。今年はリースでした。早速玄関ドアに飾ったら、とたんにクリスマス!
知人の妹さんが自由が丘でセレクト・フラワーアレンジメント・ショップを経営されているそうです。
その妹さんはイギリスでフラワーアレンジメントを学び、自由が丘にお店を開きました。
企業やお店やイベント、ウェディングのオーダー・フラワーはもちろん、スクールも主宰されていて大活躍されている方です。
センスがいいのはもちろんですが、なんといってもナチュラル感が素敵なんです。
こういうセンスの人って花だけではなく、生活全般にセンス良いのでしょうね。人生を豊かで美しく過ごせるのだと思います。
毎年このクリスマス飾りを見てうっとりしながら、こういう能力を持たない自分に嘆息するばかり。

今月初めから始めた夫の低FODMAP食、まだ続いています。3週間んは続けるみたいですよ。
小麦などの麦製品(パンやパスタ)、豆類、乳製品、にんにく玉ねぎ、ジャガイモ以外の芋類、食品添加物などを除去した食べものです。
天ぷらは小麦粉が使われているからダメ、カツ類も同様にダメ、ギョーザやシューマイもダメ。
牛乳はライスミルクで代用。家の近くに良い自然食品店があって本当によかったです。
でももっともかわいそうなのは、パスタとパンが食べられないことでしょうね。なにしろパン大好き人間ですから。
なのでこれはグルテンフリーの代替品を買うことで少し解決。
グルテンフリーのパスタはとうもろこしでできていて心配しましたが、食感はあまり変わらないのでよかったですが、問題はパンです。
米粉のパンはやはり小麦とは違うので、大満足というわけにはいっていません。
焼き菓子の好きな彼のために米粉でパウンドケーキを作りましたが、これは普通のと遜色なく出来上がり、お茶の時間を楽しめています。

驚くのは、夫がかなりストイックにこの食事制限を守っていることです。
(そういえば40年前に煙草を止めた時も、「今日から吸わない」と決意して以来、煙草を吸いたいと言ったことは一度もなかったです)。
干し柿を頂いて軒下にぶら下げているのですが、干し柿大好き人間の彼にとって、それを眺めるだけなのはかなり辛いことだと思うのですけど、じっと我慢してます。
少しっでも高FODMAP食品は食べようとしません。
だから来週の我が家恒例のクリスマス・パーティの献立、彼も一緒に食べられる料理を考えている最中ですが、まだ決定事項となっていません。
さいわいなことに肉や魚や卵の制限はないのが助かります。
招待する予定の友人の中にも糖質ダイエットをしている人がいるので、それも考慮しなくてはと、ますます考え込んでしまいます。
何でも無防備に食べて平気だった時代って、あれは若かったからなんですね。

都会では今のシーズン、毎日のように忘年会とかクリスマス・パーティが続く人も多いことでしょう。
どうぞ胃腸の調子にお気をつけください。

posted by 北杜の星 at 08:04| 山梨 ☀| Comment(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月14日

日高敏隆「ネコの時間」

動物生態学や行動学の本を読むのが好きだ。
といっても、全般的に「飛ぶ」ものはなんでもコワイ。昆虫や鳥は遠くで飛んでいるのをミ見るのは平気だけど、近くでブンブンしてると苦手。トンボもチョウにも触れない。
動物も、ネコ科、熊、ペンギンは大好き。それ以外にはさしたる愛があるわけではない。
それでもこの同じ地球に生きるものとして、彼らがなぜこの世に生れたか?なぜ存在しているのか?またどのように暮らしているのかには、大きな興味をもっている。
なので、京都大学の人類猿研究者たちや、河合先生、山際先生の著作を読むのは楽しかったし、この日高先生が亡くなった時にはとても残念だった。

本当に、つくづく思う。
なんとさまざまな生物が地球にはいるのだろう?
それらすべてが生命連鎖で繋がりながら、全体の大きなシステムとなっている。そのトップにいるのが人類だが、今や人類の傲慢さによって彼らを生存の危機に陥れている。
それはゆくゆくは人類の存在にも及ぶはずなのに、愚かな私たちは気付いていないふりをしている。

日高さんはずっとネコを飼っていて、彼らを観察していた。
「ネコに自意識はあるか?」「ネコたちの認識の世界」・・
ネコに自意識はあります!これは断言できる。
なにかに失敗すると「あ、見られたか?」と繕うのだ。明らかに失敗したことを羞じている。
また認識もできていることは多い。例えば私たちはイタリアからテラコッタ製のネコを買って帰ってテラスに置いているのだが、それを初めて見た我が家のネコは背中をいからせて「フーッ」と威嚇の声をあげた。
しばらくして「なーんだ、本物じゃないんだ」と興味を失って離れた。
ということは、自分の姿をちゃんと認識し、同じ姿のものを同じと認識しているのだろう。

ネコだけでなく、ドジョウ、カタツムリ、ギフチョウ、ホタルなどの事例が出ているが、最も我が家に関係があったのは「動物の予知能力」の話。
毎年秋にになると、このあたりの人は「今年は雪が多いよ、カマキリが高いところに卵を産んでいるから」と言い合う。
その冬の積雪量に応じて、雪に埋もれない高さに卵を産むのがカマキリの生態だと言うのだ。
しかし生物学の専門家である日高さんですら、これは実証されているわけではないと思っていた。
だが新潟県のある人が(学術的には門外漢の人)が10年かけて新潟県各地でカマキリの産卵を調査した結果、それは「伝説」ではなく事実だったそうなのである。
雪が少ない年は低く、多い年には高く、卵を産みつけることがわかった。
その人は新潟のカマキリだけではなく、温暖な土地のカマキリを寒冷地の新潟に移し持って来て観察してもいるのだが、それらのカマキリもちゃんと高いところで産んだという。
この観察と統計によって、彼はある大学から博士号を授与された。

うーん、カマキリの話しは本当だったのか。
気になるのは今年の卵の高さだ。

ちょっと楽しい話し・・夫がネットで見つけた犬とネコに関するジョークです。
犬「人間は僕にご飯をくれ、撫でてくれ、愛してくれる。人間は神様だ」
猫「人間は私にご飯をくれ、撫でてくれ、愛してくれる。私は神様だ」

posted by 北杜の星 at 07:01| 山梨 ☀| Comment(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月12日

東直子「七つ空、二つ水」

作家であり歌人である東直子。
ここでは歌人としてエッセイを書いている。

俳句にしても短歌にしても、風景や日常をくっきりと切り取り凝縮されているので、若い頃はともかく最近は敬遠することが多くなった。
定型文が堅苦しいというのではない。その凝縮度に私の気力体力がついていかないからだ。
若い頃は、読んでその表面だけを感覚で受け止めていたところが多かった気がする。でも今は少しばかり人生経験があるせいか、その裏側にあるものを、つい引き出そうとして考え過ぎてしまう。
しかし20代の終わりに関西に数年住んだおかげで、ずいぶん贅沢な環境で万葉集をかじったので、今でも短歌が大好きだ。
散文では感じられない、ハッとする表現がある。
このエッセイには東直子の暮らしの中の出来事や思いに併せて、その折々に想い浮かべた短歌を紹介している。

知っている歌人も知らない歌人の歌も載っている。もちろん彼女自身の歌も。
何十年ぶりかで再会した歌があってうれしかったのは、若山牧水のものだ。
東直子が福島の高校生に短歌の楽しさを知ってもらおうと小さな講演会に参加し、その帰りに猪苗代湖に寄ったときのこと。
湖の白鳥を見て頭に浮かんだのは、有名な牧水だった。(引き出しがたくさんあるって羨ましい。ことあるごに記憶している歌が浮かぶなんて、いいなぁ)。

白鳥(しらとり)はかなしからずや空の青海のあをにも染まらずただよふ

これ、すっかり忘れて果てていたけれど、大好きだった。
「かなしからずや」とか「青」と「あを」と使い分けているところとか、雰囲気が古風で万葉的なのがいい。
私の大好きな若い知人は、俳句も短歌もするのだけれど、いわゆる現代的な「字余り」「字足らず」が嫌いらしく、「俵万智は絶対ダメです」と言う。
ああした現代短歌を私は否定はしないし、それが短歌の裾野を広げるのら、それもアリかとは思うのだけど、私自身も古典的な歌の方が好みではある。
それには理由があって、古典は古典のやりかたに添うほうが、結局は将来的にも残ると考えるからだ。
あまりに型を崩すと、違うものになってしまう。
伝統は伝統であるからこそ、存在理由がある。
例えば、着物、もそうだと思う。着物を現代風にハイヒールを履いて着たり、イヤリングをつけたりするのを見ると、私は悲しくなる。
着物には着物の楽しみ方があるのだ。それは「約束事」という枠で、時には窮屈に思えるかもしれないが、遊び方、楽しみ方はいかようにもあるもの。
それを楽しめばいい。

このなかで彼女に初めて教えられたこと。
それは、彼女は「宮沢賢治学会」(こういうのがあるんですね)に出席した時、あまり知られていないが賢治は15歳から18歳にかけて、なんと500朱首もの歌を詠んでいるそうだ。
どうしてこれらの歌がしfられていないのか?
ここにいくつか紹介されているが、賢治にしては平凡かなの印象はあるものの、賢治研究には欠かせないと思うのだけど。。

彼女はこれまで広島とか日本の西の地方に住んでいたが、冬の晴天率は東京の方が高いと書いている。
それは背後に広大な関東平野を背負っているからだと。
そうかな?
そうかもしれない。冬の抜けるような青い空は確かに関東の方に多いかもしれない。
とくに私の住むここ山梨の北杜市は、日本でも晴天率がすこぶる高い土地。冬は毎日晴れている。
(そのために、悲しいかな林を伐り倒し環境破壊をして、太陽光発電パネルが設置されているのだけれど)。

こういうエッセイを読むと、つくづく日本人は季節感に基づいて暮らしているのだなと思う。
日本人の良き特製があるとしたら、この季節に対する優しい感受性ではないだろうか。
この日本人の自然観が独自性のある宗教観や身体性を生んだのだ。、
俳句や短歌、お能など、型から生まれた文化、それはけっして型にとらわれるだけのものではない。
東北大震災をめぐる土地の人たちの歌には、胸がしめつけられるものがある。
この短歌エッセイ、読んでよかったです。
posted by 北杜の星 at 07:57| 山梨 ☀| Comment(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月09日

ハッチの週間身辺雑記

昨晩、この冬初めての雪が降り、積もるというよりはうっすら白くうなりました。
これまで南アルプスの方から雪が舞い飛んでくることはあったけど、降ったのは初めて。
今日は晴天なので、すぐに溶けるでしょう。

12月初めに毎年、隣町に住む友人が新米を届けてくれます。
専業農家ではなく、小学校の校長先生をしているのですが、田んぼがあるので米は作っているそうです。
刈り入れはJAに頼んでいますが、他の作業は家族で行っていて、水の管理などは周辺の田んぼの持ち主が高齢でできなくなったため、その人たちの分まで面倒を見ているのだとか。
そんな貴重なお米をいつも頂くのは、とてもありがたいです。またそのお米が美味しいのです。

この新米を届けてくれるのは、息子のS君で、彼は私の一番若いボーイフレンド。
「僕がもって行きます」と言うので、「どうせなら、一緒に我が家でご飯を食べようよ」と誘うと、数分後電話がかかってきて、「お父さんも、ランチに行きたいと言ってます」。
どうぞ、どうぞということで、急きょバタバタと料理を始めました。
(お母さんはその日、地域のクリスマス・イルミネーションの飾り付けで忙しく、『お昼は勝手に食べて』ということだったみたい。点灯式には市長さんもやって来るほどの園町にしては大イベントなのです)。
もともと彼らは夫の車仲間。
その車を手放してしまった今でも、こうして彼らがやって来てくれるのはとってもうれしいです。
またその家族は本当に素敵な家族で、成人した二人の息子さんたちの性格の良さったら、両親の育て方がさそよかったのだといつも感心しています。
残念なのはそんなS君、イケメンだし優秀だし、何も言うことはない好青年だというのに、車に夢中すぎてガールフレンドがいない。
もっともいないから、こんなじいさん・ばあさんの家に遊びに来てくれるんでしょうけど。

久しぶりに東京へ。
今年は本当に東京がご無沙汰でした。
3月に友人とのランチに行った他は、台湾旅行の前後に友人宅に泊らせてもらうために行っただけ。
なんだか、だんだん東京が遠くなります。
今回は神田の「雲林」という中華レストランでの忘年会。美味しいものを食べてお喋りして、楽しい時を過ごしました。

東京へはいつもJR中央線特急あずさで行きます。
昔、狩人の「あずさ2号」という歌がありましたが、あずさの偶数号というのは「上り」なんです。
東京から信州に行くには奇数号のあずさでないと行けません。
私が乗るのは小淵沢駅から。
その小淵沢駅がこの夏から新駅舎に変わったのはいいのですが、これがみんなの大顰蹙をかっています。
とにかく使いづらい、景観を損ねている。。と不評ばかりが聞こえます。
今回初めて利用した私も、まったく同感。待合室が改札から遠いし、改札口の数が少ない、お土産屋さんも離れていて、列車を待つ間にお店を覗くなんて観光客はいないでしょう。
あれほどお客さんがいた立ち食い蕎麦屋も引っ込んでしまって、閑古鳥が鳴いています。

でも私がもっとも我慢ならないのは、案内放送です。
「右が男子トイレ、左が女性トイレです」の放送がとにかく大きく、ずーっとずーっと間断なく流れているのです。
その無神経さ!
駅員さんはあれを一日中聞いて平気なのでしょうか?とにかくずーっと大声で「トイレ、トイレ」と言っているのです。
視覚障害の私にっても、それは不要な放送と思えます。
(見ればわかるし、見えなければ駅員さんにでも尋ねればいいだけのこと)。
その放送を聞きながら、あの哲学者、中島義道さんのことを思い出しました。彼なら怒り心頭で怒鳴り込むにちがいありません。

私の乗るあずさは、その朝の長野県の震度4の自身のため4分遅れました。
その謝罪の車内放送も、新宿に着くまで何度もありました。
4分遅れたけで、こんなに何度も誤ってもらわなくてもいいんだけど。
日本の生きにくさってじつはこういうところから出ているのではないかと、私は考えています。
4分遅れるのを許さない社会って、窮屈です。
時間を守るのは確かに大切です。でも事故やどうしようもない出来事というのは起きるもの。それに対しての寛容度がこの国は少なすぎるような気がします。
むしろこの厳格さによって、何か起きた場合に自分の頭で対処を考えれないのではないかと、心配にさえなります。

いろいろ考えながらの東京往復でした。

posted by 北杜の星 at 08:04| 山梨 ☁| Comment(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月05日

坂東眞砂子「わたし」

有名な「子猫殺し事件」があまりにショックで、それ以来坂東眞砂子の小説を読む気になれない時期が続いていたのだが、やはり彼女の小説は嫌いにはなれなかった。
直木賞受賞の「山姥(やまはは)」でわかるように彼女の小説はホラーというジャンルで、土着的でおどろおどろしいものが多い。
けれど単なるホラーとは異なり、人間の根源的な」「性」と「死」がいつも書かれていた。
その「性」が、つまりはタヒチ在住時の「子猫殺し」に繋がってりのだったのだろう。

坂東眞砂子が亡くなって4年近く。55歳という年齢は作家にとっては若すぎる。
まだまだ書いて欲しかったし、それを読みたかった。
この「わたし」は彼女の自伝である。
高知生れで、故郷高知を舞台にした作品はたくさんあるが、自身や家族のことを語るものを読んだ記憶がない。、そんな彼女が曽祖母、祖母、両輪、姉妹、友人たちのことを書いたのがこの「わたし」。
自分を飾らす、かなり正直に書いてあると思う。

奈良女子大の入試試験のため高知を出て、香川から岡山へ渡る船からはじまるこの自伝、大学時代、その後のイタリア留学時代などが出てくるのかと思ったが、ごく幼い頃の話しが主となっている。
タヒチでの恋人、ジャンクロードとの生活がその合間に、これはかなり痛々しくて、読んでいて苦しくなる。愛憎という言葉があるが、愛よりも憎しみの強さがびんびんと伝わって来る。

両親が共働きいのため、祖母に育てられた眞砂子。
祖母はやがて認知症となり、常に「眞砂子」「眞砂子」と咆哮しながら徘徊したという。
祖母からすると孫のなかでもっともかわいかったのが彼女で、彼女にとっても祖母はある意味、母よりも大きな存在だった。
自伝だから当然だが、かなりの文章が「わたしは」ではじまるこの作品で彼女は、祖母への想いを表したかったのではないか?
それほど彼女の祖母への情がここでは感じられるのだが、その情は情で、単純なものではない。
そこがやはり作家としての資質なのだろう、距離感のある見方をしている。

その祖母が長い認知症のはてに亡くなったとき、家族はおそらくホッとし、眞砂子も同じ思いだったのだと思う。
冷静に葬式の日を迎えていた時、「お姉ちゃんは悲しくないのか」と非難する妹の頬を平手で打ったのも、そんな彼女の複雑な心境が合ったからに違いない。
この作品に大人になってからのことが書かれていないのは、子ども時代の自分が作家としての自分の原点であることを彼女がよく知っていためだと思う。
こんな自意識を持る人間って、生きにくいだろうな。
そしてその自意識を徹底的に彼女に突きつけ批判するジャンクロードとの暮らしが、うまくいくはずはない。

私が坂東眞砂子を好きな理由は作品の根底にある「性」と「死」も大きいのだが、彼女の戦後日本を見据える目にもあって、とくに男性に対して厳しい。
それは「性」に通じるのだろうが、彼女のなかのジェンダーにはちょっと興味深いものがある。かなり小さな頃より、父や男児に対して敵対している様子がうかがえる。
常に欲望に忠実に生きようとした彼女にとって、戦後の日本は居心地が悪かったのかもしれない。
イタリアやタヒチのような生や性を真正面から受け止める土地だから、あの「子猫殺し」ができたのか。

これは点字で読んだのだけど、面白くてあっという間に読了。
こういう人のために「小説家」という職業があってよかったと思う。小説でも書いていなければ生きられない人間っているのだろう。、そう感じながら読みました。
posted by 北杜の星 at 07:34| 山梨 ☁| Comment(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月02日

ハッチの週間身辺雑記

眼のなかがゴロゴロするので眼科で診てもらったら、「瞼裂班炎」と言われました。
これは悪性のものではなく、多くの成人にみられるもので、茶目と白目の間にぷっくりとした膨らみができ、それが瞬きするたびにこすれてゴロゴロ感になるそう。
でもちょっと炎症を起こしているので抗炎目薬を処方されました。
膨らみで涙が目に行きわたらなくなり、ドライアイになることもあるらしいです。
ひどくはないので充血するまでにはいたっていません。
ただ治りはしないらしい。
薬が嫌いなので、炎症が収まったら目薬はやめるつもりでいます。
この瞼裂班の原因は紫外線、加齢(最近はなんでもコレです)、ストレスなどだそうです。

今週の大イベントはなんといっても毎年恒例の友人宅での「ボージョレー・ヌーヴォーの会」です。
いつもは解禁日に開催されるのですが、今年は奥さんのK子さんが膝を痛めて歩くこともままならない時があったので、延期になったのです。
ワイン好きのご主人が「是非、パーティはしたい」と望まれたのでしょう。
いつもに増してK子さんをサポートする彼のホストぶりに、みんな感嘆しました。

K子さんが「知らない間に頼んでいた」というワインは7本。白や赤が用意されていました。
でも「飲むのが大好き」と言う人間が3人、「控えている」という人が3人、残り3人はほとんど下戸という9人では、とてもとても7本は空きません。
最初の白の美味しかったこと!
軽くフルーティでスーッと咽喉に入っていきました。これは大好評でみんな「いいねぇ、これ」と大絶賛。
ヌーヴォーならではの味でした。

味といえばK子さんはお料理上手。いつもなにかしら新しいメニューが登場すので楽しみにしているのです。
私が作らない「創作料理」が並びます。
胡麻油風味の鮪のディップや、カレー味のカリフラワーのディップ、蓮根とパンを揚げたのを大量のニンニクで和えたもの、マーマレードをいれた野菜サラダ・・
新鮮な品々は「おもしろい味だね」とか「どうやって作るの?」とかテー物の話題にもなります。
オーソドックスなアレンジなし(ということは、芸無し)の私の料理とは違う面白さがあります。
こういうふうに他所のお家にお呼ばれすると、楽しいですね。
野菜の切りかた一つとっても自分のやり方と違うので、勉強になります。

12時になって、歳をとったシンデレラのように散会となりましたが、結局、飲んだワインはたった3本?4本?
そんなものでした。みんな飲めなくなりました。
私も夫もほとんどワインは飲まず、ガス入りのミネラル・ウォーター。
3本しかストックがないと言われ、「言ってくれれば家から持って来たのに」と思いましたが、3本を大切に飲んだのでOKでした。

飲み物と言えば、我が家での集まりの時には原則として自分の飲み物は持参となっています。
お酒は嗜好品。それぞれ好みが違います。
ギョーザの時にもビールではなく白ワインが良いという人、イタリア料理であってもビール党、最初はとにかくシャンパンが欲しい・・みんな飲みたいものがある。
それをすべてそろえるのは、下戸の我が家では大変。だからガス入り、ガス無しのミネラル・・ウォーターは用意しますが、後はご勝手にということにしているのです。
すると、もう十数年前のことですが、コカ・コーラ、それもジャイアント・ボトルを持って来たヤツがいました!
「こんな身体に悪いもの、まだ飲んでるの?」
「お子ちゃまねぇ」
などと非難ゴーゴー。
でもでも、パーティが終わってみると、そのジャイアント・ボトルは空っぽになっていたのです。。
「たまに飲むと美味しいわね」
「懐かしかったなぁ」・・

家に人がたくさん集まると本当に楽しい。
それは外のレストランや旅館やホテルでは味わえない、気取りのない世界です。
さて、今度のイベントは、我が家でのクリスマス・パーティとなりました。今年は少し早目にしようと思っています。
メニューはまだ決まっていませんが、糖質ダイエットをしてい人のために、例年とはちょっと異なるものを考えています。
作るより、このメニューの組み立てを決めるのが楽しいんです。
「Kさんは牡蠣がダメだったよな」とか「N子さんはクリーム系よりトマト系のパスタが好きだったけど」とか、みんなの好き嫌いを頭に浮かべながら考えるのが好きです。
外野もだけど内野(我が夫)の要望も忘れてはいけませんね。

「今年は何を作ろうか?」と毎年考えて作っていまけど、こうした恒例行事には毎年同じ料理でいいとは思っているのです、
感謝祭のターキーのように、その行事の定番料理ってありますよね。
こういうパーティが体力的に大変になったら、私はもう「この時にはこれ」と定番で作ろうと決めています。
あと2年くらいかな?
フランスのミッテラン元大統領は公式晩餐会であっても、皿数が多いのを嫌って、前菜一皿、メイン一皿、デザートだけでもてなしたそうです。
アミューズや口直しなどの無いシンプルな献立。もちろん食材やワインは相手国の格によって厳選されたものでしょうけど。
私もゆくゆくはミッテランン方式にするつもりでいます。

元気でこの12月が過ごせますように!!

posted by 北杜の星 at 07:55| 山梨 ☀| Comment(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月28日

八ヶ岳デイズ(13)「パンがある生活」

「八ヶ岳デイズ」はここ八ヶ岳周辺の地域情報誌。信州の「kura」の向こうを張って編集されていて、これまでは「うーん、kuraには負けるよな」と思っていたけれど、いえいえ、このところなかかの健闘ぶり。レイアウトも美しくなっている。
今回の特集は「作って、買って、食べて幸せ パンのある生活」というもの。パン大好き夫が見逃すはずがない。

最近は小麦除去とか騒がれて、パンやうどんが敬遠される。糖質ダイエットも加わって「炭水化物:」が敵視されている。
でも、パンを焼くあの香りには思わず引き込まれてしまう。
ここ八ヶ岳南麓はパンの激戦区として名高い。そのほとんどが都会からやって来て開店したものだ。
今でもたくさんのパン屋さんがあるというのに、続々開店しているので、どこの何を買うべきか迷ってしまうほどだ。
フランスパンなら「I」、カンパーニュなら「P」、ライ麦パンなら・・と種類によって決めているもの、つい最近この6月にオープンしたばかりの店を見つけてしまったので、悩みが増えた。

日本にパンが根付いたのは、戦後の給食が始まりだ。あのコッペパン、不味かったよなぁ。ほとんど残していた。
画期的だったのが、もう50年前の青山の「ドンク」のバケットだった。
それまでも神戸にドイツパンの「フロインドリーブ」などはあったものの、本格的な欧州パンはドンクlから拡がった。
それから同じ青山に「アンデルセン」ができ、今では当たり前となった「トレイとトング」のセルフ買いの店として知られるようになった。
白いふわふわのパンではない、パリパリの皮のフランスパンはお洒落だったものだ。

でも我が家にとって画期的だったのが、ピエール・ブッシュさん系列のカンパーニュであった。
天然酵母と国内産小麦粉でしっかり焼くあのカンパーニュは、食べてしみじみと身体に浸透する美味しさだった。
富ヶ谷の「ル・ヴァン」、八王子の」「木のひげ」、わざわざ週末に出かけるときに買いに行ったり、宅配で送ってもらったりしていた。
あれから30年が経つ。今ではブッシュさんの弟子の弟子たちの世代となっている。
ここ八ヶ岳にもそのブッシュさん系列のパン屋さんが多くて、私も夫もとてもうれしい。
このパンは食事パンとして最高なのだ。
日本のパンは焼きが甘いのが多いが、ブッシュさん系はしっかり焼成してあるので、消化にもいいし、日本のような多湿な気候でもカビが生えにくい。

天然酵母もそれぞれに工夫が凝らしてあって、ちょっと酸味が強いもの、なんとなく甘酒のような香のするものなどいろいろだ。
この本を見て、隣町に一軒見つけた夫は、早速車を飛ばして行っていた。
もっちりどっしりしたパンは噛むと美味しい。(でも私の好みはモチモチではなくパサパサで、穴がたくさん開いている軽いものですけどね)、

最近うれしいのが、早朝からオープンしているパン屋さんが多くなったこと。
朝7時半に開けて、朝食も食べさせる店もあって、お天気の良いときには朝のドライブがてら高原の道を走るのも悪くない。
やっぱり朝はパンとコーヒーかミルクティに限る。その二つが美味しければ他には新鮮な絞りたてのジュースがあれば充分すぎるほど。
何軒かそうしたお店をこの本で見つけたので、行ってみたいと思います。
地元情報誌、役立ちます。時には買おう。
posted by 北杜の星 at 07:52| 山梨 ☀| Comment(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月25日

ハッチの週間身辺雑記

今季、初めて気温が零下になりました。いよいよ冬の到来です。
標高の高いところでは雪が舞ったそう。

ずっとお願いしていた庭の木の剪定に、やっと来てもらえ、これで今年の家に関する予定が終わりました。
10月の約束だったのが雨続きのために作業ができず、造園屋さんがオセオセになっていたのでしょう。
寒くなると悪いなぁと思っていたけど御、幸いなことにその日はポカポカ陽気。
伸びすぎてせっかくの景観を邪魔するようになった木を低く揃えてもらい、すももを移植してもらい、駐車場に砂利を入れてもらいました。
このすもも、春に可憐な花をつけるのですが、斜面の下に植えたので花を楽しむチャンスが少なかったもの。移植がうまくいくかどうか心配だけど、今度はすぐ見えるところなので楽しめるでしょう。
庭というのはどんなに計画しても、想像と異なるものになってしまうことが多いみたいですね。
想像したよりも大きく育ちすぎたり、木どうしの折り合いが悪かったり、もちろん枯れてしまうこともあります。
実がつかなくて「伐っちゃうぞ」と脅していたら、生命の危機を感じたの寡次のシーズンからはしっかり実をつけるようになったりとかあって、植物はなだめすかすのも大切だけど、脅すのも時には必要なのかもしれませんが、とにかく庭はこちらの望むとおりにはなってくれません。
その点、さすがポール・スミザーさんの設計する庭というのは、その土地の生態系に合わせた自然の庭なので、まぁ、悪く言えば「雑草がはびこっている庭」にしか見えない印象をも乙人もいますが、わざとらしくない素敵な庭だと私は思っています。
よく行くパン屋さんが最近、スミザーさんに設計し植えてもらったので、駐車場前のその庭がこれからどう育って行くかとても楽しみにしるところです。

我が家にはバラが何本か植えてあります。バラは咲くと本当に美しくうっとりするのですが、本音を言えば、私はここの庭にはバラなどは植えたくないのです。
もっと自然な庭の方が好きだから。
でも庭のことは完全に夫の領域。彼に任せているのだから、任せたからには任せることにしています。
木にしても植え込みにしても、いわゆる庭木よりも、自然のガマズミとかダンコウバイがいいなぁと思っていて、これらは私のリクエストで植えてもらっています。
なんでも素朴なものが好きなので、華々しく豪華なのはどうも性に合いません。まぁ、貧乏性なんでしょうね。

これが届くといよいよ冬と感じるのが、近所の農家の方が持って来て下さる白菜、大根、ネギなどです。
たくさんあるので、白菜は新聞に包みガレージ保管。大根とネギは地面に活けておき、どちらも春前まで食べる大切な冬の食卓の野菜たち。
夫はこの大根をおろして入れる「みぞれ湯豆腐」が大好物。といっても簡単なもので、普通の湯豆腐におろし大根を加えるだけ。豆腐を食べた後の汁にちょっと出汁醤油を落とすと、とても美味しいお吸い物になるので、とても助かります。
今年はこれらの野菜に加えて初めて人参があったので、「あら、人参も作っていたんですか?」と聞くと、人参はいつも出来が良くなくて、ウサギのエサくらいにしかならないのだけど、今年は10年ぶりにうまくいったのだか。
我が家は毎朝、人参ジュースを作るので、ウサギ用でもいいんだけど。。

この農家の方は10年前までは勤め人で、農業は週末に親を手伝うだけだったそう。
だから近所の農家のおばさんたちは「Fさんは下手だで」と陰口を言っているのです。
それは彼もよく知っていて、「下手だと言われても、作らんわけにはいかんし、作っていると年々うまくいくようになる」と、今回は人参がそれなのでしょう。
彼の奥さんの手作りこんにゃくの出来もだんだん良くなって、先日頂いたこんにゃくはこれまで最高でした。
これは茹でるのに15分くらいかかりますが、コリコリシコシコして本当に美味しいので。大切に食べています。
本当にありがたいですが、我が家では何も作っていないので、買ったものでしかお返しができないのが心苦しいです。

それともう一つ、恒例のイベント、長野県松川町への林檎の買い出し。
この林檎園は昨年から作り手が変わって、昨年はどうもイマイチの味だったので、大丈夫かと思っていたのですが、先週偵察に行ってくれた友人が「まぁまぁ、少なくとも他のところの林檎より数段美味しい」と太鼓判を押してくれたので、三組の夫婦でいつもどおり出かけました。
私の感想としては、ちょっと皮が固いかな?
収穫近くなっての台風で、実がずいぶん傷ついてしまったそうで、いわゆる「ハネ」が多くなったと残念がていました。
落ちてしまった実はジュースなどの加工用として売るしかなく、ちょっと傷ついたものが「ハネ」となるそうです。
この傷は台風の強風でそばの枝にぶつかって実を引っかいたり、破ったりしてできるのだと言っていました。
傷から悪くなるので、春まではもたないけれど、2か月くらいなら何の問題もないと言うので、自宅用に20キロほどの「ハネ」を購入しました。
20キロというと、大きい小さいはあるけど約70個くらい。
でもこんなにあっても、我が家では来年の1月半ばまでの分で足らないくらい。それ以降は自然食品店の林檎に頼ります。

林檎園から出たらちょうと12時。ランチ時です。
評判の蕎麦屋さんへ行くことに。
この蕎麦屋さんは「こだわり」ではあるけれど、店主が変に凝る蕎麦屋ではなく(蕎麦屋ってこういう店主が多いんですよね)、町の普通の蕎麦屋さんといった風情。
10年くらい前に一度行って、私はそのなんでもない普通の佇まいと味が気にいっていたのです。
週日なので混んではいないだろうと考えたのがアサハカでした。蕎麦好きの情報網ってすごいんですね。
京都からとか遠方からの客で長蛇の列。なんと1時間近くも待ちました。
他にランチのあてがあるわけではなし、気持ちはすっかり「蕎麦」になっているので待つしかない。
でも待ったかいは十二分にありました。
店の名が「にっぱち庵」というので、蕎麦は二八なんでしょう。だけど蕎麦って必ずしも十割が美味しとは限らない。
それをここの蕎麦は証明していました。
みんんな大満足。(1時間も待って不味かったら、怒りますよね)。誘った私は胸をなでおろしました。

・・と、今週は恒例行事が無事終わり、ひとまず安心。冬準備が整いました。
流行の先端をいってすでにインフルエンザにかかった私たち夫婦(二人とも生れて初めてのインフルでした)、もう風邪はひかなくてすむか?
posted by 北杜の星 at 07:53| 山梨 ☁| Comment(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月18日

ハッチの週間身辺雑記

八ヶ岳南麓は現在、秋まっさかり。木々の葉ぽが美しいです。
我が家の庭の山もみじも赤の部分と緑の部分が入り混じり(日当たりのよいところが先に赤くなる)、それが徐々に全体に赤が多くなってきています。
桜の葉は色を変えて落ちつつあって、あと1週間で落ちきるでしょう。
落葉の問題は北側にある数本の水ナラ。
これは夫が掃いても掃いてもキリがなく、まぁ、12月半ばまでは仕方ないでしょう。

今週初めから鳥のエサ箱にひまわりの種を入れてやるようになりました。
最初はおっかなびkっくり、「これ、食べてもいいのかな?」という具合に見てましたが、勇気のあるヤツが思い切ってついばんだら、それからは後から後から・・
これは小鳥にもうれしいでしょうが、私たちにとっても朝食の時に窓の外を見る楽しみをくれるものです。
今のところはコゲラしか来なくて、シジュウカラはまだのようっです。
ただいいことばかりではなくて、駐車場に置いてある車のミラーやガラスの光に反応するのか、ヒヨドリが糞を落とし、それがこびりついてなかなか落ちない。
先日、夫が3千キロに一度のオイル交換に行った際に、車の掃除をしてもらって、やっときれいになりました。
(ヒヨドリは大きくて、あまり綺麗な色もしてなくて、エサ場で他の小鳥を脅すので、あんまり好きじゃない鳥です)。

最近困っていること。
それは歳をとるごとにカフェインの弱くなってきたこと。
これまでは午後3時以降を気をつけると大丈夫だったのが、今ではどうかすると午後一でもうダメ。
ランチが遅く食後のコーヒーが2時ごろになると、その夜はてきめんに眠れなくなるのです。
自宅ではドリップもエスプレッソもどちらもカフェインレスを常備しているので問題はないのですが、カフェやレストラン、友人宅に行くと困ります。
カフェインレスが健康にとっても良いと、都会のレストランなどではかなり置くようになっていると言いますが、まだまだ、アメリカなどのようにはいかないみたい。
たとえカフェインレスであっても、完全にカフェインを除去していないものも多くあるようです。
梨木香歩さんもお昼を過ぎるともうカフェインは摂らないとエッセイに書いていましたが、そういう人、多いのかもしれませんね。
周囲の友人たちに聞いても、かなりの人が「夕方からは飲まない」と言っていますから。
いろいろ鈍くなるなるのに、どうしてこういうことには敏感になるのでしょうか?

友人夫婦と久しぶりに「肉:」を食べに行こうと約束していたのですが、来たのは夫の方だけ。
聞いてみると奥さんは膝がとても痛くて、歩きたくないとのこと。
1カ月前くらいから「車の乗り降りの時に、膝が痛むの」と聞いていたのすが、そんなにひどくなっているとは思っても観なくてびっくり。
彼女はかなり我慢強い女性で、日常生活において「痛い」とか「辛い」とか言わない人です。
その間所が「とても痛い」と言うのだから相当なのだと思います。
整形外科で注射を何本か打ってもらったけど、効果がないそう。違う病院に行ってみると言っています。
こうした整形外関係の膝や腰、股関節、脊柱狭窄などの疾患は他人事ではありません。
今のところ私たち夫婦には、こうした痛みはなくて住んでいますが、それがこの先もずっと続くとは絶対に思えません。
こうした故障はいわば経年疲労、歳をとると誰にも起こりうることです。
彼女は「夫に思いやりがない」と嘆いていますが、そんなことはなく、経験のない人はその痛みがわからなくて、どうしてあげていいのか困っているのだと思います。、
とにかく一日の緒早く治ればいいです、少なくとも痛みが軽減するといいです。
(ちなみにそのランチ、山形産牛赤身肉のステーキが目的だったのですが、それは無くてローストビーフでした。残念ならがソースがイマイチだた。ローストビーフならソースなしのホース・ラディッシュが添えてあるか、ソース付きならグレービー・ソースの方が良かった。あのソースはウスターソースが入っていたみたい。)

悲しい知らせもありました。
友人のYちゃんの飼っている猫のしんちゃんが死んでしまったのです。
長い間音沙汰なしのYちゃんを心配して電話してみたら、「しんちゃんが危篤状態」と言うではありませんか。
でも電話口でしんちゃんの鳴き声が力強かったし、その後「持ち直した」と言うので、安心していました。
Yちゃんっは昨年、他の2匹の猫を相次いで失っていて、しんちゃんは家に残る唯匹の猫。
元気になって良かったと思っていた矢先い、やっぱりダメだったと。。
これで彼女の家には猫が誰もいなくなってしまいました。

Yちゃんは35年くらい前までは、猫を飼ったことがありませんでした。
彼女にとっての最初の猫は、私の夫が飼っていたビリーでした。
私と夫が一緒に暮らすようになって困ったの尾は、夫にはビリーが私にも猫がいたこと。
しかもその猫同志の折り合いがすこぶる悪い。それで夫はYちゃんにビリーを託したのです。
優しいYちゃんは猫未経験でしたが、身体の弱いビリーの世話を熱心にしてくれていました。
ビリーが死んでからも、縁あって頼まれた猫たちを3匹も一緒に、そう広くない公団住宅で飼ってきました。
それが昨年、ごんちゃん、そのごんちゃんを追うようにふうちゃbんが逝ってしまい、Yちゃんはとても気落ちしていたのでした。
けれどしんちゃんの最期は幸せだったと私は思います。
だってYちゃんは弱ったしんちゃんのそばにずっといてあげられたからです。
今頃は空の上で、ふうちゃん、ごんちゃん、しんちゃんは一緒に遊んだり眠ったりしていることでしょう。
彼らはこれからもずっとYちゃんを見守ってくれると思います。
猫を失うのは本当につらいことだけど、彼らのくれた思い出はたくさんあります。思い出すのはつらくても、やはりその思い出は無いよりはある方が断然素敵です。

富士山はもちろん南アルプス、北岳や駒ケ岳の山頂はもう真っ白。最低気温はまだ零下にはならないものの、日一日と冷えこんでいます。
寒さを厭いがちだけど、青い空やきれいな山々、風景が美しくなるのはじつはこれからの季節。
せいぜい楽しみたいと思っています。


posted by 北杜の星 at 07:51| 山梨 ☀| Comment(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月04日

ハッチの週間身辺雑記

もしかすると夫も私も生れて初めてインフルエンザにかかたのかも、治ったこのごろに
ただの風邪ではなかったような気がします。
(それでも私はインフルエンザ予防接種は受けません、あれは毒です。)

月曜日にやっとパジャマから普通の室内着に着替えて、日常に戻る努力をすることに。
体はまだまだしっかりしないけれど、自分で作った食事を量は少なくてもしっかり摂ろうと、料理を再開。
フラフラする体でお出汁を引いてあさりの吸い物を作って一口飲んだ時、体の隅々まで滋味が広がるのを実感しました。
火曜日には夫の車仲間がやって来て、私たちは昼食をすませたばかりだったけど、どうも彼らはまだの様子なので、「簡単なトマトソースのパスタ」ならできるよと言うと、「食べたい」とのこと。
本当に何もなく、缶詰のトマトでソースを作り、、パルミジャーノをおろしただけのものだけ、それでもお替わりまでしてくれてました。
じつは1週間前の土・日には、恒例のフレンチク車の祭典「フレンチブルー・ミーティング」が台風のなか車山で開催されました。
夫は風邪の直後だったので参加は見送っていました。そもそもここ1年半ほど我が家にはフランス車がない状態。それでもキャトル・クラブだけは脱退することなく続けています。
仲間が忘れずに時折こうして遊びに来てくれて、ありがたいことです。
今度は体力気力を充実させて、前菜くらい作るので、また来て下さい!

そうそう、沖縄の名護市の保育園の子どもたちに、こちらの山の木の実を送ったのはお知らせしましたね。
拾った木の実が、ナント、300個のギョーザに変身。
といおうのは、理事をしている友人が木の実のお礼として、彼の友人が名護で作っている冷凍ギョーザをどっさり宅配便で届けてくれたのです。
ギョーザ300個というのはすごい数量ですよ。別に冷凍庫を持っているので収納できたものの、正直、ビビりました。
半分ほど友人夫婦にもらってもらい、イガつきの栗を採って来てくれたSさんんにもお裾分け。
とても美味しギョーザで、台湾にも輸出しているとか。冷凍で2年間保存できるそうですが、2年間冷蔵庫にギョーザが鎮座しているのも怖いので、早目に食べきります。
その保育園の子どもたちと、信州中山道の宿場町の海野にある保育園とが、どなたかの仲介で交流を始めることになったそう。
早速名護の子どもたちは海岸で貝がらを集めているそう。きっとお友達がたくさんできることでしょう。
理事をしている友人が貝殻を携えて、やって来ると言っているので、ギョーザのお礼を直接言えるかも、です。

寝込んでいた間に、クリーニング屋さんには夫が行ってくれていました。
そのクリーニング屋のおばさんから電話がありました。
「奥さん、どうかね?病気かね?旦那さんばかりが来てるけど、元気になったかね?」と。
これを聞いて、なんだかとってもうれしかった。
こちらに移住して8年が経ちますが、あぁ私はこっちの人間として認められたんだなと。
こうして心配してくれる人が地元にいる。

このおばさんとはちょっとしたいきさつがあったのです。
もう数年前になりますが、春の衣替えの時に出したブルゾンが戻ってきてないと、夫が言うのです。
そう言われれば私も気付かなかったような。
こういう時に夫の実家の人たちは、かなり強い口調になるのを知っている私は、「とにかく、こっちの間違いかもしれないのだから、次の秋もののときに確かめるまで、待ってましょうよ」と、なだめました。
すると、やはり私たちの勘違いで、ブルゾンは衣装箱から出て来たのです。
チョコレートボックスを持って、おばさんに「ごめんなさいね、不愉快な思いをさせてしまって」と詫びに行きました。おばさんは「あぁ、よかった」と気持ちよく許してくれました。
それ以来、そのおばさんとは店先でいろんな話をするようになったのです。
療育手帳を持つ40歳の息子のいるおばさんは、どうしても運転免許を取得できない息子を仕事場に車で送迎したり、病院に連れていったりと、店をよく休んだり開店時間が遅れたりします。
だけど地元の人たちは「まぁ、そういうもんだ」ととても寛大。
都会では考えられないくらいのおおらかさに、こちらまで気分が爽やかになります。
おばさん、ありがとう。元気になったからお店に行きますね。

このところ「猫がいるけど飼わない?」といろんな知人から声をかけられます。
「猫のことは私に言わないで。絶対に見ないからね」というのが私の答え。
でも寒い季節になると、ハッチというか猫の不在いが心身にこたえます。
あの柔らかで温かな身身体を撫でたい、ぎゅっと抱きしめたい。
どういうわけか野良猫もあまり来なくなって、さみしいです。
暖炉、電気カーペット、ポカポカの陽だまり・・猫のお気に入りがたくさんの我が家に、猫がいない。。つまんない暮らしです。

でも何にでも終わりはある。
猫の不在はこれからはじまるいろんな不在予行の演習の一つにすぎないのかもしれません。
せいぜい夫と仲良くして、毎日を楽しく暮らすしかないか。。。

posted by 北杜の星 at 07:47| 山梨 | Comment(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月30日

東山彰良ほか「走る?」

「走る」をテーマにした14人の作家のアンソロジー。
14人のなかには初読みの作家さんも多く、楽しく読めた。
人生において「走る」場面は数々ある。そうした人たちの背中をそっと押してくれる短編が並んでいる。

東山彰良や古川日出男や佐藤友哉などはいかにも走りそうだ。走ると止まらない感じ。
反対に柴崎友香の主人公はおっとりして慌てふためかず、走るべき時にも走らない印象がある。

町田康はどうだろう?
走るようでもあるが、走らないようでもある。みんなと反対に、急いでいる時にはわざとゆっくり、ゆっくりしている時にはバタバタと尻を絡げて走りだしそう。
その町田康の「ずぶ濡れの邦彦」。
走らないことを条件に結婚した邦彦と妻のお話し。

「走る」をテーマに走らないを書くなんて、町田康らしいこと、と思いながら読み始めたのだけど、途中から「もしかして、こうなるんじゃないでしょうね。こうなるのは、あまりにあまり。でも町田康だもの、違うよね。。」と心落ち着かなかったけど、心配したとおりの結末に。
あまりに平凡、陳腐。
町田康の看板が泣くでしょと、情けなくなった。
こんな町田康、初めて。ホント、つまんなかったなぁ。
これがもし他の作家であったとしても、許容範囲外です。

いっぽう、初めて読んだ中田永一の「パン、、買ってこい」は面白かった。
強者のクラスメート入間君から、弱者の「僕」は昼休みになると「おい、パン、買ってこい」とパワハラされる。
パンは学校の購買で売っている。
入間君は「買ってこい」というものの、パンの指定はない。買ってくると500円玉を投げてよこす。
毎日毎日それが続くうちに「僕」は入間君のパンの嗜好にどうしたら沿えるかを考え始める。
「どんなパンが好きか」と訊ねると、入間君はパンの種類の指定ではなく「出来たてのパン」と答える。
そして「僕」は彼のために学校を抜け出て、駅前まで「走り」、できたてのパンを買って来る。
・・入間君にすると、気味悪いヤツに違いないよなぁ。
でもこの小説の登場人物は入間君を含めて、なにやらかわいくておかしい。
れっきとしたイジメなのに、悪人がいない。
これ気に入って、私の頭に中田永一といいう作家の名前が強くインプットされました。他のも読んでみよう。

こうしたアンソロジーは新しい作家との出会いがあるのでうれしい。
posted by 北杜の星 at 08:39| 山梨 ☔| Comment(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月28日

ハッチの週間身辺雑記

大変な1週間でした。
まず夫が寝込み、しだいに体の調子が悪くなった私が「早く治って、そうでなければ安心して私が寝込めないから」と言ったら、その夜、彼は大汗をかき2度パジャマを着替え、朝起きると「治った」。それで選手交代。
それが月曜日、台風一過のお天気の日でした。
その夜は39.5度までは熱を測ったけれど、後はしんどくてしんどくて、目が開けられないほど。
翌日になっても水一敵も飲めません。飲もうとすすると吐き毛がしてどうしても飲めない。これには困って、病院嫌いの私もさすがに内科クリニックで水分補給の点滴をしてもらおうと出かけたら、その日は午後休診日。評判の悪い市立病院に行くと、そこも午後は予約診療のみとのこと。よろよろと家に帰りました。
幸いなことに、午後からは水分が摂れるようになり、作ってくてくれるりんごジュースが美味しい。
熱は1度下がりました。
水曜日になっても水分のみ。熱はまた下がって37,7度に。
買い物に行った夫が買って帰ったものは、シューマイ、ぶりの切り身、牛ひれステーキ肉。
「どれが食べたい?」
「。。。」
思いだしたのは友人の話しです、彼女が若い頃風邪で苦しんで寝込んでいると、仕事から帰宅した夫が大きなデコレーション・ケーキを抱え「おい、これを食べて元気を出せ」と言ったそう。
彼女は思わず夫の顔にそのケーキを投げてやりたかったそうです。
男性のこういう無知な善意、どうしたらいいんでしょうか?

台湾旅行の疲れもあるかも知れrませんが、私は台湾での気温の変化が原因だと思っています。
雨の日が多かったため気温がいつもんほど高くないものの、それでも27〜30℃。ムシムシ。
ところが店、レストラン、地下鉄、タクシー、ホテルはエアコンがギンギンです。なにしろホテルの部屋の設定温度が22度!
部屋に入ると「寒い」。ボーイさんに25度にしてもらってもまだ寒い、28℃にしてもとうとうそれほど気温は上がりませんでした。
台湾には省エネという概念はないのか?
その街中を女性たちはショートパンツかミニスカートで素足。
台湾には冷え症はないのか?

私たちは高原の寒冷地に住んでいるので、エアコンの生活に慣れていません。
盛夏の数日の午後数時間、エアコンを使うくらい。このあたりではエアコンなしの家がほどん度です。
だから激しい温度差を一日に何度繰り返しているうちに、自律神経がおかしくなり、体温調整がうまくいかなくなったのだと思います。
金曜日になって37度を切るようになりましたが、まだ汗の出方が本物ではないの、注意が必要です。

こんな消えた1週間でしたが、初めの日だけは楽しいことがありました。
友人夫婦の一人娘のIちゃんがアメリカから帰国、一緒にランチしたことです。
Iちゃんは臨床心理士としてフィラデルフィアで活躍する、明るく聡明で細やかな気遣いのできる素晴らしい女性です。
いつもバカなジョークばかり言っているお父さんもIちゃんの前ではおとなし目。
今回も彼が「▼×●ファ▼●」と中国人の真似をしたら、「まぁ。やめなさいよ」とぴしゃり。お父さんションボリ。
Iちゃんは今はアメリカ国籍。だから帰国というより来訪になるのかな?次に会えるのは2年後。楽しみです。

完治までにはもう数日かかるでしょう。焦らずゆっくり過ごします。
そうそう、不思議なことに、ほとんど水しか摂っていなのに、毎日見事なお通じがあります。
断食をすると宿便がでると言うし、食べ過ぎの人の方が便秘がちだとも言われるので、これは自然なことなのかもしれません。
おかげで腸がデトックスでしました。
時々熱を出すと体が浄化されるそうですし、私、ピューリファイされたのならうれしいです。
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2017年10月26日

ハッチより

高熱で寝込んでいます。。
posted by 北杜の星 at 10:24| 山梨 ☔| Comment(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月22日

ハッチの週間身辺雑記 台湾旅行記2

さて、台湾滞在3日目。
友人のMさんたちは台中へ。
本来の私たちの予定は九分見学だったのですが、雨のため予定変更。台北市内を歩くことに。
私たちはヨーロッパに行っても、一つの街に長く滞在することが多いので、これはあまり残念なことでありませんが、雨、なんとかならない?って感じです。

まず友人夫婦との朝食をホテルの近所のカフェで。
前日は台湾市場での台湾朝食でしたが、ふだんから朝はたくさん食べない習慣だし、やはり普通のパンとコーヒーがいいねということで、最近台湾でも流行のちょっとお洒落なカフェに行くことに。
ここも夫が調べていたところで、朝7時からオープン。ほとんど満席状態。
どちらかというと「業界風」の若い人たちが朝食してました。
パン・ド・ミのトーストのセットを注文、ポテトサラダが美味しかった。

台北駅で彼らと別れ、これまた夫が下調べしていた「炭火焼のサンドイッチ」の店へ。
この店は池澤夏樹の前の奥さんとの間のお嬢さんの池澤春菜さんの台湾案内本で見つけていたところ。
春菜さんはなんとこれまで40回も台湾に行ったことがあるという熱烈台湾ファン。ディープなところから新しい若者名所までたくさん紹介しています。
この本をMさんの奥さんのKさんからお借りしていたのです。
地下鉄の悠々カードをチャージし、その駅に着いたものの、場所がよくわからない。
通りすがりの青年に訊ねるとちょっと困惑顔。やがて決心したように「僕が店まで案内します!」ということに。
遠くはないけど説明しにくい場所だったんですね。雨の中、店先まで連れて行ってくれました。感謝でした。
サンドイッチの味はそう感激するものではなかったけれど、それを作る女性の働きぶりには大感動。
炭火の上に食パンを置き、ベーコンを置き、横のフライパンで卵を焼いて、野菜を用意・・その間、並んだ客の注文を聞いたり炭火のチェックをしたり。
スゴイ手際の良さでした。
この店のある通りには、食べもの屋さんが並び、若い人たちがいっぱい。近くに大学でもあるでしょうか。
また地下鉄でホテルへ戻りました。
台湾はタクシーがとても安くて、運転手さんもみんな親切。雨なのでタクシー利用してもよかったのですが、悠々カードをチャージしたので、使わなくっちゃと地下鉄に乗りました。
台湾の地下鉄は東京のより広く、明るく、清潔。東京ほど混雑していないので快適です。そのうえわかりやすい。

昼寝をして、夕方からいよいよ「士林」の夜市へ向かいました。
ここはかなりディープな夜市で、なかでも「士林市場」は観光客必見です。
1階は日本でも昔の遊園地にあった射撃があったり、どこか懐かしい感じ。占いも並んでいます。
エスカレーターで地下に行くと、そこはぜーんぶ食堂。それも典型的な屋台料理。いったい何軒の店があるのか?
客がいっぱいの店があるかと思うと、ガラガラの店も。誰だってガラガラの店には入りたくないから、そこはずーっとガラガラのまま。
若い女性が一人でチャーハンを食べていたり、ごく普通の台湾の人たちの食事処なのでしょう。
なんだか気圧されて、食欲がわかず、何も食べないで帰りました。

夕食はホテルの前のちょっと高級な上海料理店へ。
焼きそば、それも上海焼きそばが大好きな私のリクエストです。夫は炊きこみご飯を注文。
それに蒸しギョーザと青菜炒め。
焼きそばとご飯は土鍋でやってきましたが、これがとてもとても美味しかった!とくに炊きこみご飯は絶品でした。
ここは高級だけあって、アメリカ人が接待に使っていました。

4日目、今日も雨。でも雨にも慣れた。
現代美術館で、新しい感覚のアートに接したいと行ってみました。
(台湾ならなんで「故宮博物館」に行かないのか?と思われるかもしれませんが、私の視力では展示物を見ることができないのと、博物館があまり好きではないからです。博物館ってあまり「いい気」が流れていなくて、どうかすると気が滅入ることがあるし、文物が多すぎてひどく疲れるのです。)
美術館は歴史的建物。内容はまぁまぁ。ビジュアル・アートが多かったです。
この美術館では入場券の代わりに手の甲にペタッとハンコを押してくれるんです。経費節約なのか?
それが1日中消えずに、なんだか囚人になった気分。

そこからまた地下鉄で、今度は市立美術館へ。雨なのでなるべく建物の中にいようという魂胆だったのですが、なんと1週間の臨時休館中、
駅からかなり歩いたというのに残念でした。
だけど途中にフェアをやっていて、オーガニックの食品などを売っていました。これがけっこうな値段。コーヒー豆150gくらいで2千円もするんですよ。
シンプルで素敵な雑貨屋さんがあったけど、これも閉まっていました。面白そうな帚があって買いたかったなぁ。私が台湾で自分のために買いたかった唯一のものでした。

いろいろ夕食の場所を調べはしたものの、雨のため近場でということでホテルから5分の三越の9Fの伝統的台湾料理の支店へ。
土曜日だったせいか、みんな予約客ばかり。しばらく待っていると「すぐ、1時間で食べるならOK」と言われ(たのだと思います)、席に案内してもらえました。
広い店内は満席状態。日本人は私たちだけ。隣のテーブルの家族連れはちょっと変な献立で食べてましたよ。
白いご飯、蟹おこわ、チャーハン・・ご飯ものがこんなにたくさんあっていいの?という感じでしたが、おかずも次から次に来るわ来るわ。。どんだけ食べるんだというくらい注文してました。
他のテーブルでも食べきれないほどの皿が並んで、私たちのように炒麺と青菜と肉料理一品とスープだけという人はいません。
45分で食べ終えました。
ホテルに戻るとMさんたちが台中から帰っていて、いっとき話を聞きました。

さて最後の日、今日も雨ですが前日や前々日ほどの降りではないみたいで、カフェで朝食後チェックアウトして、空港のロッカーに荷物を預け、空港近くの「豊錦町」というその名のとおりとても美しい街並みの住宅街を散歩。
ここは最近、お洒落なカフェや家具店や洋服のお店がオープンしつつあるところらしく、まるでヨーロッパのテラスハウスのような建物が並んでいます。
そのなかのこれもセンスの良いカフェで軽い昼食。夫の頼んだローストビーフのクロワッサンサンドがモダンな味でした。
(サンドイッチなんてどこでも食べられるじゃないかと思うかもしれませんが、こうした日本でも普通にある食べものが微妙に違うのを知って楽しむのも、旅の面白さです。パン一つとってもなーんか日本とは違うんですよね。ローストビーフも全然違ってた)。
ここなら住んでもいいなと思ったほど気に入った「豊錦街」でした。緑があってシックで落ち着いています。それでいてやはり台湾。

松山空港のサイズっていいですね。大き過ぎなくて静か。
人間が心地よいサイズってあるんですよね。そういう意味では台北の中心地での建物の高さはほぼ揃っていて、スカイラインがごちゃごちゃしてません。
機内アナウンスで、雨雲の影響で揺れるかもと言われて心配したけど、揺れることなく無事羽田に到着。
(日本航空の機内食、台湾の薄味に慣れたせいか、ものすごく濃く感じました)。
車が空港に隣接した駐車場に停めてあったので、雨に濡れることなく千駄ヶ谷のMさんのマンションに帰りつきました。

台湾の印象をひと言で言うならば、「穏やか、優しい、上品」というものかな?
それでいてやっぱりアジアで、例えば高級ブランド店の隣にダサイ衣料品店があったちと、アジアの混沌もしっかり残っていて面白かったです。
なにより若い人たちが素敵でした。
東山彰の「流」を読むと、穏やかな台湾人ばかりではないようですが。。
Kさんにこの本を紹介すると、是非読むと言っていました。

そうそう、夫が台北で気に行った面がありました。
それはみんなの運転のしかた。
彼に言わせれば、「台湾ってイタリア人に似た運転するね」ということです。
なるほど、巡行速度は日本より時速20キロは速い、ちょっと遅い車は左からも右からも追い抜く、バイクだって同じ走り、女性も同じ運転・・
たしかに台湾の人たちは日本人より運転上手でしたね。
Kさんはこれまで台湾タクシーの運転手の運転が怖かったそうですが、夫の説明を聞いて「これからは不安に思わないですむわ」と安心してました。

楽しく元気で帰って来れました。
Mさんたちには本当にお世話になって、感謝でいっぱいです。
また夫が「台湾へ行こうか」と言ってくれるといいけど、まぁ、私だけ友達と行けばいいんだしね、と思っています。

台湾、もう何度も行った友人もいます。
未経験の方、どうぞ一度訪れてみてください。いいところですよ。あれほど雨に祟られた私がそれでも薦めるのだから、絶対です!!
犬は繋がれないで仲良く2匹、散歩してたの見たけど、猫は1匹も見なかったなぁ。
台湾って、いかにも猫がいそうだったんだけど。
まぁ、都会の真ん中に居たから、見なかっただけかもしれません。

posted by 北杜の星 at 08:31| 山梨 ☔| Comment(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月21日

ハッチの週間身辺雑記 台湾旅行記bP

正確にいえば今週ではなく先週のことなのですが、今回は台湾旅行記です。

前後東京の友人宅に泊らせてもらい、11日から15日まで4泊5日で、初めて台湾に行ってきました。
私はバンコック、香港とアジアは3回目。夫はまったく初めてのアジア旅行です。
心配が嘘のように、彼も楽しんでいました。

着いた日以外はずっと雨。日本もその間は雨だったようですね。台東では土砂崩れなどの被害があったようです。
30分も飛行機が早く到着したので、10時半にはもう台北に。ホテルに荷物を預けてさっそく街歩きに出発。
夫が調べておいた「牛肉麺」を食べに行きました。昼前だというのにかなりの客足。
牛肉麺を食べるつもりだったけど、ふと隣の女性を見ると、なにやら汁なしのジャージャー麺のようなのを食べている。
暑かったので私もそれにしようと、彼女に「それ何?」と訊ねると、メニューを指差してくれたので、それを注文。
彼女はこれでもかというくらい混ぜていたけど、私は混ぜるのが下手で、どうも彼女の丼のようには茶色にならない。最後の方にかなりの肉が残って口惜しい。
彼女だけでなくジャージャー麺を食べている人はスープも一緒に食べてましたが、あれが正式?の食べ方なのかな。たしかにジャージャー麺を食べているとスープが欲しくなる。

それから地下鉄の中山駅で、パスものような「悠々カード」を購入して、ベタな観光地ですが、パワースポットの龍山寺へ。瀧があって気持ち良いお寺、さしずめ浅草の浅草寺という感じかな?
おみくじを引くにも資格が必要なようで、二つの板を投げてその向きが正しければ引けるとか。私たちは誰もNGでした。
それから周囲の市場をそぞろ歩き。台湾は市場が多い。

歩いていると突然、私の足がツリました!こんなふうにツッタのは初めてで、泣くほど痛かった。
その前日に東京で歩きに歩いたので、筋肉疲労していたのかもしれません。
困っていると、これも突然、目の前に「足裏マッサージ屋」が!
さっそくお願いすることにしましたが、どこを揉まれても痛いことったら、これも泣きたいほど。
「痛い」「痛い」と言うのだけど、寡黙なマッサージのおじさんは「いいから、俺にまかせておけ」という顔で、取り合ってくれません。
地獄の30分でした。
(足裏マッサージ自体は柔らかい揉み方です)。

ホテルに帰ってチェックイン。部屋は2段階グレードアップしてくれて、プレミアム・ツインとなっていました。
これはラッキー。
もともとロイヤル日航台北にしたのは、利用できるクーポン券がちょうど4泊分あったからで、普段なら私た夫婦はこうした日本のホテルは利用しない主義です。
でも今回は部屋のことだけでなく、助かりました。
なにしろ漢字でだいたいの意味はわかるものの(わかった気になっているだけかも)、発音はまったくできない。レストランの予約は英語や日本語が通じないところもある。
なのでフロントで日本語が通じるのは本当に便利でした。
足がツルのに効く漢方の先生を友人がフロントから訊いてくれて、教えてもらったのもありがたかったです。(翌日からはどんなに歩いても大丈夫だったので、結局罹りませんでしたが)。
こういうのに慣れたら、ラクな旅行に走ってしまいそうで怖いですが。
夕食は名物の小籠包が評判の店に。蟹みそ入りとか試したけど、プレーンなのが一番美味しかった。

次の朝は東門市場を探検。
夫が市場のなかで見つけた食堂で朝ごはん。
米粉をまるで米飯のようにして、おかずと食べるんです。だから米粉は汁ものだけど味がついてない。
おかずは青菜炒め、豚の腸の茹でたのに辛いソースをかけたものなど。なかなかに台湾っぽい朝食です。
食べていると食堂の看板おばあさんがテーブルにやって来て、うれしそうに日本語でいろいろ話しかけます。
今年86歳で、日本が大好きとのこと。幼い頃は日本に占領されていた台湾ですから、日本語がまだ話せるんですね。
「毎週月曜日にこの市場が休みの時は、年寄り連中が集まって昔の日本の歌を歌うのよ」と言っていました。
中国や朝鮮半島での日本軍と違って台湾では、人々を大切にしたのでしょう。今でもそんな日本時代を懐かしがってくれる人が多いみたいです。
笑顔がとてもカワイイおばあちゃんでした。いつまでも元気でいてください。

それから友人夫婦お勧めのある食べものをゲットするために、台北駅へ。
駅から歩くこと数分。
そこには「胡椒餅」なるものを売っている店がありました。
胡椒餅というのは台湾のファーストフードで、長野県の「おやき」に近いのかなぁ。でも中身は全然違います。
胡椒がたっぷりな豚肉のシチューのような餡が皮に包まれた焼いてあるもので、熱々の熱々。売り場のおじさんが「熱いよ」と日本語で注意してくれました。
ホテルに帰ってもまだ熱々を保っていました。
その日のお昼はこの胡椒餅だけだったけど、大満足。
この200円の胡椒餅、台湾旅行でもっとも美味しかった食べもので、その後ももう一度買いに行ったほど夫も私も気に入りました。
歳をとったせいか、最近ではイタリアに行っても、豪華なレストランの料理よりも、市場や町はずれの屋台車で売っている豚の丸焼き肉を挟んだポルケッタと呼ばれるサンドイッチのようなものがうれしくなったし、広島だとやはりお好み焼きとか、ごく普通にその土地の人が食べているものがいいですね。
そうした料理が続くのには理由があって、美味しく安いから。そういうのってうれしいです。

その夜は典型的な台湾料理を出す店へ。
(小籠包は台湾にゴマンとありますが、実は台湾朗利ではなく上海料理だとか)。
八角などのスパイスをまったく使わずに作った豚の角煮は、脂っぽくなくあっさりして絶妙な味。
しじみ醤油はチマチマと食べなきゃいけないけど、面白い味でした。
細かい切り干し大根の卵焼きは家でも作れそうに見えるけど、あんなに外はカリっと内はしっとりにはできそうもない。
夫が食べたいと言っていた蟹おこわは期待どおりの味でした。またいつか食べたい。
このレストラン、平日だというのにすごい盛況ぶり。どのテーブルもたくさんの品を注文し、賑やかに食べていました。
台湾の人というか中国系の人って、本当に食べることが大好きなんですね。
彼らの食べる時の顔の幸せそうなこと!

でも食べている時だけではないのかもしれません。
台湾の人はとても穏やかで優しいんです。どの店の人もタクシーの運転手さんたちも、道ですれちがう人たちや地下鉄で乗り合わせた人たちも、ギスギスしたところがないんです。
街にはゴミが落ちていない。一見古くて小汚く見える市場だって、どこにもゴミは落ちていないのです。
夜、暗い道を歩いても恐怖を感じない治安の良さも、観光客にはありがたいことです。

そしてなによりも感動したのは、若いひとたちが生命力に溢れて、活き活きしていること。
あの若さの輝きは残念ながら日本では感じられないことでした。
25年くらい前の日本の若者もあんな顔をしていたはずなのにと思うと、今の日本の現状について考えないわけにはいきませんでした。
元気なのに、傲慢ではないんです。とにかくみんな優しい。
台湾の料理はどれも薄く優しい味ですが、ああした食べものを食べているから、あんなに優しくなれるのかなぁと、夫と話したのでした。
日本って、悲しいけれど今や「陽沈む国」となってしまったのでしょうね。
若さの輝きもなければ老いの賢さもない。。そんな印象を台湾で感じました。

私たちを誘ってくれたMさん夫婦は50代前半。
毎年この時期に台湾に行っています。
というのも台中にはMさんの母方のお祖父さんの銅像が経っていて、お祖父さんに関連するイベントが催されているるからです。
日本の統治時代にそのお祖父さんは農業のための用水路を建設した技師として、今も台中の人々から尊敬され感謝されているそうです。
だから今年もMさんの親戚一同が台中に集まり、台中市長を表敬訪問、イベントに参加、夜は宴会に出席。
来年はお祖父さんの記念館が建てられる運びとなっているそうで、来年は台中で花博と相まって、さそ盛大なイベントとなるのではないでしょうか。

3日目からはMさんたちは台中へ。
その間、私たちは別行動となります。雨のなか、まだまだ街歩きは続きます。

posted by 北杜の星 at 08:10| 山梨 ☁| Comment(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月07日

ハッチの週間身辺雑記

カズオ・イシグロ、ノーベル文学賞受賞 おめでとうございます!!
一昨夜、夕食の後ボーっとしていたら、友人よりTELで知らされました。
彼女もカズオ・イシグロの大ファン。二人して大喜びしました!
若い頃から完成度の高い作品を書き続ける彼の受賞は当然といえば当然。いつかは、、と思っていましたが、本当にうれしいです。
その興奮も冷めやらぬ週末土曜日の朝です。

先日の朝、夫と集落を散歩していると、知り合いの農家の人から呼び止められました。
「無花果が生ってるから採っていかんかね?」と。
うれしい!無花果大好きな私は大喜び。夫が枝からもいでくれました。容れものを持っていなかったのでその人が家からビニール袋を持って来てくれました。
畑の柔らかな大根葉ももらっての帰りがけ、「朝の散歩はするものですね」と私が笑ったら、「袋を持って散歩しなさい」と返されました。
ホント、ここは良いところです。
でも16軒の家々はみんな高齢者。米を作る農家も少ないのですが、作っている農家も人手がなくてJAに稲刈りを依頼すのだとか。限界集落の大変さが身に沁みます。

我が庭にときおりタヌキが出没します。
他の近所の人は何匹か一緒に来ると言いますが、我が家に来るのはいつも一匹だけ。
居間に居る私と目が合うと、じっと見つめてきます。丸いタヌキ顔の私を同類と思うのかな?
キツネもときおり見かけるけど、キツネはあまりフレンドリーではなく、すぐに逃げます。美人顔のキツネは気位が高いのかも。
害獣と嫌われる動物ですが、元は彼らの居住地。彼らの方がここでの先輩なので、敬意を払って接しています。
ただウンコを庭に残して行くのは止めてほしいなぁ。

鳥が窓ガラスにぶつかるのも止めてほしい。これは鳥のせいではないだけになんとも胸がつぶれるできごとなのです。
我が家には2メートル幅の窓ガラスが4枚、他の窓を合わせると計19メートルものガラスがあります。そこに時々鳥がぶつかるんです。、
コゲラやシジュウカラなど小鳥がいつもなのですが、つい数日前、居間で本を読んでいたら突然ものすごい大きな音が背後にし、一瞬それが鳥とは思えなく、いったい何が起きたのかと窓の外を見て見ると、鳩が転がっていました。
鳩がぶつかるのは初めて。さすがにその大きさに驚きました。
1時間しても全然動かず、血も流しているようだったので、これは脳しんとうではなく死んじゃったんだと、でも怖くて触れなく、夫の帰りを待とうと思いました。
しばらくしてもう一度見ると、前とはほんのちょっと違う場所に倒れています。動けたのです。
死んでいないと安心し、鳩を覗きこんだら、気配を感じたのか、フラフラと飛び去って行きました。
どうなったのか?どこかで無事にいるのか?それとも。。
窓掃除をしなくてはと思いながらも、鳩がぶつかって毛のついた跡が怖くて、そのままになっています。
私は、酉年で名前に鷹のつく夫を持ちながら、実は鳥がすごく怖くて、遠くで飛ぶ鳥を眺めるのは平気なのですが、触ったりはできないのです。
鳥の祖先は恐竜だといいますよね。私の前世は恐竜に食べられていた何かではないでしょうか。とにかく鳥、怖いです。まだトカゲやヘビの方がいいかも。。

冬支度が整いました。
夫は暖炉の煙突掃除をすませました。
この煙突掃除、屋根に登るので危険なので、「もうトシなのだから、業者に頼めばいいじゃない」と言うのですが、彼は頑固に自分でするのです。
いつまでできるか?あまり無理はしてほしくないですが。。
暖炉前も、新しく購入した電気カーペットを敷き、その上にクリーニングから戻ったギャベを置きました。
居間の雰囲気がアットホームな感じになりました。でもつくづく、ここにハッチがいればなぁと思います。
私にとって猫のいない冬の居間はパーフェクトな空間とはいえません。

何週間か前に友人を招いてギョーザ・パーティをしたのですが、それが好評だったので今回もすることに。
以前は能がなく、すべて同じ味のギョーザでしたが、今回はバリエーションをつけて焼いてみました。
今回も大好評。豚ミンチは平田牧場のものだし、皮は生活クラブのだし、不味いわけはないですよね。
久しぶりにやってきた友人も「こうして焼くのって美味しいし、楽しいね」と言って喜んでくれました。
ワイワイお喋りして気がつくと11時半過ぎ。翌朝は9時近くまで寝ちゃいました。
夫が鍋奉行ならぬホットプレートでの焼き係りをしてくれ、ラストは高菜チャーハンで締めくくり。
特別なものがなくても、みんなで食べればハッピーという秋の一夕でした。

秋になり南アルプスがよく見えるようになりました。
3千メートル級の山々の連なりを毎日見るのは、気分が壮大になると同時に、自然への畏敬も感じるこのごろです。
posted by 北杜の星 at 07:36| 山梨 ☁| Comment(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月02日

平松洋子「ステーキを下町で」

これは「サンドイッチは銀座で」の続編。
相手は変わったが今回も編集者青年を同行し、北は北海道から南は沖縄まで、ガッツリと食べつくす。
懐石料理やフレンチではない。
帯広の豚丼、根室のサンマ、大震災から復興した三陸のうに弁当、京都のうどん、鹿児島の黒豚豚カツ、沖縄の沖縄そば、タイトルにある東京下町のステーキや大将の餃子などなど。
平松さんは食そのものへの情熱もさることながら、それを作り供する人たちへの敬意を忘れない。
彼らから聞くさまざまな話しの中から珠玉のひと言をすくい取り、胸の底にそっと収める。
私はその彼女の食に対する優しさが大好きだ。
その優しさがあるからこそ、潔くガッツリと食べられるのだろう。

食べものが誕生するには、その土地の歴史や事情が陰にある。
平松さんのエッセイが興味深いのは、彼女が店主から丹念に話しを聞いて書くからだ。
食べたものをただ評価するのではない。
きちんと同行の編集者青年にも気を使っている。
そのことは京都のうどんの章に表れている。
車谷長吉ファンの彼が失恋して赤目四十八滝に行き、再び今度は平松さんと極寒の滝巡りをするのだが、寒さがこちらまで伝わってきそうな滝の様子が描かれている。
そして京都に戻って食べる熱々のあんかけうどん。

そう、京都では冬はあんかけうどん、なんですね。
京都の人は少々の風邪はあんかけじゅどんで治すらしい。
葛でとじるあんかけは、最後まで冷めない。
今は讃岐うどんが日本中を席巻しているが、出汁のきいた汁にはあの硬さではダメ。
柔らかでしんなりしたうどんでなくては、だし汁がからまないのだ。
むくつけき男があんかけうどんを舌を焦がしながらするのはちょっと似合わない気がするが、かわいくもある。
(どういうわけか、あんかけうどんは女性の食べものという印象が私にはあるんです)。

タイトルのステーキにはただただ感嘆するばかり。
だって平松さん、ナント520gのステーキを注文。(店でもjっとも大きなもの)。
まるで煉瓦の塊のようなそのステーキをぜーんぶ、食べちゃったのだ。
さすがの編集者青年もタジタジだったというのに。
すごいなぁ。

この本で知ったのだが、彼女は約束の時間や列車の時間にいつもギリギリで家を出る悪癖があるそうで、東京駅の新幹線ホームの眼の前で、列車のドアが閉まったことが一度や二度ではないという。
同行する人は気が気じゃなかったでしょうね。
これまで彼女のエッセイを読むと、どうやら西荻周辺にお住まいみたいなのだが、西荻から東京駅までは乗り換えないしの中央線一本、30分で着けるはず。
もう少し早く家を出て下さいね。

この本には谷口ジロー氏の絵があるのだが、私が読んだのは印字本ではなくて点字本。
点字本には残念ながら絵がないのです。平松さんの書く文章にどんな絵が添えられていたか。。こういう時に点字はつまんない。

何が食べたい?と聞くときまって「ステーキ」と即答する我が夫。
平松さんの520gはさぞ羨ましいことでしょう。
posted by 北杜の星 at 07:47| 山梨 | Comment(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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