2017年03月22日

穂村弘野良猫を尊敬する日」

ひさかたぶりの穂村弘。
つい最近会った友人もちょうど穂村さんの本を読んでいるとかで、「ホント、穂村さんってヘンな人だよね」という話しになった。
彼のこだわりようはつくづくヘンだと思うし、またそのヘンさが妙味ある文章で書かれているのだから、つい読みたくなってしまう。
こんな穂村さんにはたくさんのファンがいて誰もが彼のヘンさ加減を楽しみながら、でも楽しいと感じるということは、みんなにそんなこだわりの方向性が程度は違ってもあるということなのだろう。
にやにや笑いながら「うん、でもまぁ、わかるかな」と思ったり、「こんなにもヘンでないな、私」と安心したり。。

この本はいろんなところに書いたエッセイをまとめて一冊にしたものだそうで、だからなのか、まとまりがない。
あれこれとつまみ食いみたいな軽さの読みものとなっている。
本自体も薄くて軽くて、でも1400円(本体)もするんですね。私はライブラリーで借りたから良いようなものの、買った人には少々お気の毒な気もする。

なにか一つ、穂村さんのヘンさぶりを紹介したいと思う。
「逃げ出すライン」という文章がいいかな。
穂村さんはある日、直接の知り合いではない友人の友人という間柄のお家に2泊させてもらったという。
その夜に客間に敷かれた布団を見て、「絶対におねしょはできないな」と奇妙な怖れがおきたそうだ。
だけど穂村さん、別に普段おねしょ癖があるわけではないのだ。
緊張しながら熟睡できなかったことだろう。
ここまではわかる。もしかしたらそんな恐怖を感じるかもしれないものね。

だけど、ここからがヘンな穂村さんたる所以の穂村さんなのだが、なんと彼は自宅に戻ったその夜、おねしょをしてしまったのである。
プレッシャーから解放されたからか、おねしょできる「自由」を得たからか。。い
もう一度言うが、彼にはおねしょ癖はないんですよ。
なんだか、ヘンな律儀さというか、彼の心のおもむくままの身体反応というものが、どうなっているのかわからなくなる。
これはやっぱり、すごーくヘンな人だ。
夜中にパンツを洗いながら、彼は情けなく思うより他の感情に包まれていたのではないだろうか。
(普通の人なら、「情けないなぁ、オレ」で終わるんだけど)。

うーん、こういう人をどう扱っていいのか?友人に持つならいいかもしれないけれど、家族はご免かも。
彼自身も自分をどう扱っていいのかわからないのかもしれない。
だけど彼が「書くひと」でよかった。書くことがたくさんありそうだものね。こんなヘンなことを感じて続けている限り、書くことには困らない。

エッセイは読んでも最近はかれの短歌はあまり見ていない。
今度、しっかり本職の短歌と向き合ってみよう。
posted by 北杜の星 at 07:15| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月18日

ハッチの週間身辺雑記

天気予報では「ところによって雨か雪」と毎日のように言っているのに、一滴も降りません。
春は南風に乗って、下の畑から土埃が舞いあがって来るので、お湿りがほしいところ。
花粉症の夫にも雨はありがたいでしょうに。
でも降らないのはこの里だけで、南アルプスや八ヶ岳は真っ白。春の日に照らされてとても美しい。

先週は少々体調がすぐれなかったけれど、今週は絶好調。
このろ家に居てもなんだか忙しいのです。
朝食は夫の担当でも、昼・夕食は私。毎日2回となるとメニューに四苦八苦。
二人だけの時は本当におざなりで、反省、反省。
だから友人がやって来てくれると、夫は美味しいものが食べられると、嬉しがります。
週に一度はなんだかんだと理由をつけてのお客さまとなっています。

ところで、夫の車が新しくなってほぼ1年。
古いキャトルとこれまた古いベンツを処分して、アバルト500に乗り換えたのでした。
そのアバルトは16インチのタイヤを履いているのですが、夫にはこれがどうも「かっこ悪い」らしく(でも16が純正なのです)、ホイールつきの17インチタイヤをオークションでゲット。
タイヤ交換と不要になるホイールを引き取ってくれるタイヤ業者まで出向いたのは木曜日のこと。

私はどうにもこういうのが理解できないんですよね。
「かっこ」だけのためになんで、十数万円も出してタイヤを変えなくてはいけないのか?
20代の若い男の子ならいざ知らず、70ジイさんが。。
交換後の彼を見ていいると、まるで子どものように「良くなっただろ?」とホクホク顔なので、まぁ、いいかと思うのだけど、どうも心から納得はしてない私です。
だって私の目には、なんら変化が感じられないのですから。

そのタイヤ交換には我が家から行ける業者は、甲府と長野県の伊那に2軒ありました。
どちらに行くかの迷いはまったくなくて、「伊那!」に決定。
というのは伊那には素敵なデリカッテッセンがあるからです。
「クラベ・コンチネンタル・デリカテッセン」という長い名前のお店で、つまりはテイクアウトのお惣菜産さん。
日本のお惣菜ではなくイタリアンというのが「コンチネンタル」のワケ。
ここはテイクアウトだけでなく、イート・インもあって、4人掛けのテーブルが3つとカウンター席があります。
アンティパストがずらりと並び、好きなものを1個とか100gとかで注文すると、温かいものは温めて出してくれます。
それから店ご自慢の手打ちパスタが何種類か、そしてこれがここでは人気なのですが、ガレットも何種類かあるのです。

イタリアンにガレット?と思うかもしれませんが、ここのシェフはじつはフランス人。
南フランス出身なのですが、ブルターニュ名物のガレットを作ってくれるのです。
私たちは前回も今回もパスタを注文したのですが、かなりのお客さんが男性を含めてガレットを食べていました。
次回は是非、ガレットにしてみます。
ここは本当に私好みのシンプルな味で、なんというか、日本風にアレンジしていないのです。
小麦粉は長野県産の地粉だし、野菜も近所で採れたものを使っているけれど、いわゆる「創作料理」ではなく、「コンチネンタル」な味なんです。
最初行った時には何の予備知識もなかったから、シェフがフランス人というのも知りませんでしたが、一口食べた時、「よくこの味を出しているな」と感心ました。
厨房を見たら背の高い外国人が居たので「あぁ、やっぱりな」と思ったのです。
伊那のようなごくごく小さな地方の町に、こんなお店があるなんて、恐るべし日本、です。
17インチタイヤの件では機嫌が悪かった私も、食べ終わる頃にはニコニコとなっていました。
美味しいものってみんなわかるんですね。タイヤ屋さんで思いがけなく時間がかかってランチには遅い時間に入店したというのに、続々とお客ささんが食事に来ていました。
4人連れの男性たちが「ガレット!」と頼んでいるのって、かわいかったです。

点字の本を読んだり、このブログのために印字の本を読んだり、点字を書くほうもしなければいけないし、視覚障害者用のPC練習も宿題だし、すごーくすることが多くて大変です。
今は点字を読むことが楽しくて、ついそっちの方に時間をとってしまいがちになりますが、毎週電車でPCを教えに来てくれる先生と、ソフトがたくさん入れてあるPCを貸し出してくれる眼科の先生に申し訳ないので、PCも一生懸命復習しています。
でも音声がけっこう耳ざわり。なるべく一人のときにするようにしています。
まだ見えているので、つい目に頼りがちになってしまい、アイマスクを買おうかと思案中。
こんな年齢になって、新しいことを学ぶのは、ボケ予防にいいはずと信じて、頑張っています。

3連休なのですね。八ヶ岳のここもそろそろ観光客が訪れる頃となります。
冬期閉店だったお店もオープンとなることでしょう。
私の友人のギャラリーも、オープン前の準備で忙しくしているはず。
いろんなことが動き出す春、私も体を伸ばして動くことにしましょう。
posted by 北杜の星 at 07:53| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月15日

ハッチよりのお断り

大変申し訳ありません。

手違いがあり、数十日分の記事を消失してしまいました。

明日から新たに書きたいと思いますので、よろしくお願いします。
(どうもナニカしている最中に、削除してしまったようななのです。
目が悪いので、困ったものです。。)
posted by 北杜の星 at 16:18| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月28日

ハッチの週間身辺雑記

風邪はよくなりました。
夫はまだ咳が残っているけれどど、ゴルフができるようになったので、完治に近いでしょう。
ちょうど一週間前のこと、車で3分のところにあるカントリー・クラブに隣接するホテルのお風呂に入らせてもらいに行ったのですが、そこは源泉かけ流しではなく加熱循環式ではあるものの、泉質がとても良くて体が温まって、それが寝るまで持続したのが風邪に効果があったのだと思います。
ホテルに宿泊しなくても、ゴルフ練習場を利用した後の人なら500円で入浴できるシステムになったそうで、体を洗うタオルとバスタオルを貸してもらえるので助かります。
私はもうゴルフは止めていて練習はしないのですが、夫がフロントの人に頼んでくれて、特別に入れてもらいました。ありがとうございました。

木曜日のブログに「パブリック・スクール」のことを書きました。
何十年も前のイギリス滞在中に、息子が居るパブリック・スクールに連れて行ってもらったことも書きました。
今日はちょっとその連れて行ってくれた女性のことをお知らせしようと思います。
彼女の名前はロイス・マリオット。芸名をロイス・マックスウェルというカナダ生まれの女優さんです。
といっても名がそう知られている女優さんではないのですが、007映画で秘書のマニーペニー役でシリーズ十数本に出演していたといえば、「あぁ、あの」と思い出す方がいるかもしれません。
ロイスはカナダで生まれ、、ハリウッドやイタリア映画界で仕事をした後にイギリスに移住して、アッパー・ミドル・クラス出身で映画プロデューサーのマリオット氏と結婚、一男一女をもうけました。

日本では有名ではありませんが、イギリスでは演技派としてかなり知られていました。
マリオット氏は典型的なイギリス紳士という感じで口数少なく穏やか、とっつきやすい人ではありませんでしたが、体が弱そうなところがありました。
ロイスは自分の道は自分で切り拓いてきたというリアリスト。イギリスの階級社会なんて鼻で笑う人でした。
だからマリオット氏のお母さんとは仲が悪かったとか。。これは毎日お掃除にくるおばさんの話でしたが。

週末になると娘と息子が寄宿舎から家に戻って来ます。
そこで私の出番です。
そう、私は彼らの子守をしていたことがあるのです。
子守といっても彼らは9歳と7歳。ベビーシッターではありません。
両親がパーティなどで外出する夜、彼らに夕ご飯を食べさせ、早くベッドに行かせるというのが役割でした。
でも、厳しい学校と親から離れた子どもだけの家で、彼らがおとなしく早く寝るわけはありません。もう大喜びで大騒ぎ。
廊下でサッカーをしたり、見てはいけないテレビを見たがったり、鬼の居ぬ間を満喫したい気でいっぱいなのです。
私は料理ができなかったので夕食はほとんどが冷凍ものだったけど、彼らはそれをものすごく楽しみにして「美味しい!」を連発していました。
いったい寄宿舎で何を食べていたんでしょうか?
だけど家庭でも寄宿舎でも厳しいテーブルマナーをやかましく言われながらの食事が、楽しいわけないですよね。
自由な時間はきっと彼らにとってjは天国だったことでえしょう。


やんちゃな彼らでしたが、ある日、私がなにか悲しいことがあって沈んでいたら、息子のティモシーが「●●●(私の名前)をハッピーにするために、僕は何をすればいいの?」と抱きしめてくれたことがありました。
そのとき、その彼の言葉に大感激!こんな小さな子が一生懸命に気を使ってくれている・・すごいなぁと。
これって日本ではちょっと考えれないことですよね。思いはあっても言葉での表現はなかなかできないのじゃないでしょうか。

ロイスは私をチェルシーのイタリア料理店やリージェント・ストリートのインド料理の店に連れて行ってくれたりしました。
強気の彼女も時には愚痴をいったり、弱音を吐いたりしたかったのかもしれません。
そうそう、そのイタリア料理店にオマー・シャリフがいて、彼は立ちあがってロイスに挨拶をしていました。
日本人の二人のボンド・ガールについてなど、007の裏話などもしてくれたこともあります。

ロイス・マックスウェルをwikiで見ると、もう亡くなって10年になるんですね。
母と同じくらいの年齢だったので亡くなっても不思議ではないのですがさみしいです。
マニーペニーとしての映画登場はほんの短いシーンですが、存在感はありました。
初期から中期の007映画で、彼女に会えます。
posted by 北杜の星 at 08:00| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月21日

ハッチの週間身辺雑記

この一週間というもの、私のカレンダーは存在しませんでした。
ずっと、風邪をひいていたからです。
完全に寝込んでいたのは一日だけなのですが、毎日パジャマとガウンで過ごし、家事は洗濯とアイロンかけだけ。
料理は夫があるもので、できるものを(といっても、できるものがあまりないし、できるパスタは食べたくないので、みぞれ湯豆腐とほうれん草と玄米餅とか、まぁ食欲もないので、それでOKだったのですが)。
夫は暖炉で豚ロース肉を焼いて食べたりしていました。

このところ少し食欲がでて、先週フレンチ安食堂で食べたカスレがとっても美味しかったと夫が言うので、白いんげんを煮て、それをたっぷり入れたカスレを作って食べたところ、これがなんとも滋味豊かな味で、とたんにエネルギーが出てきました。
食べものって大切ですよね。

そういいえばお亡くなりになった佐藤初女さんが、若い頃に結核が治癒せず体が弱るばかりの頃に、「食べること」の重要さに気付き、食材を選び自分で食事を作って食べてたら、いつのまにか元気になっていたと書かれていますが、本当にそうですね。
普段の煮込みは圧力鍋で作るのだけど、今回は「治りますように」の願いをこめて、普通のお鍋でことことと1時間以上煮込みました。
手間暇をかけるということは、そこに祈りがあるんでしょうね。
最近のネットなどのレシピを見ると「簡単」「手早く」できるものがたくさん紹介されていますが、それはそれで必要な場合があると思いますが、丁寧に作ることの意味もあるのだと思います。
やっつけ仕事で料理を作ってばかりいると、食べものに対する感謝がなくなるような気がします。

風邪について、とっても面白い記事をあるひとのブログで読んで大笑い。
風邪を予防するには「手洗い」とか「うがい」とかあるようですが、その記事によると、「うがい」はあまり効果がなく、とにかく「手洗い」が重要。
一番風邪に悪いのが、
「汚い指で、鼻くそをほじること」なのだそうです!!

汚い手や指には、風邪やインフルエンザのウィルスがたくさん付着していて、それが鼻の粘膜に着くことで、そこから全身に広がるのだとか。
でもそれってそうかも。だって風邪というのは粘膜の炎症ですからね。そして粘膜の浸透性は大きいから、鼻、喉、胃腸などの粘膜に広がっていくのでしょう。

私の体の調子が悪い時には、結構熱がでるのですが、今回はせいぜい37.5度くらいのものでした。
これくらいの熱だと体の消耗が激しくなくてラクですね。
ただ咳が出たのには参りました。咳って自分も苦しいけれど、傍で聞いている方も「苦しそうだな」とすごく気になるもの。
隣のベッドで寝ているとなおさら申し訳なくて。。
風邪の咳が困るのはもうひとつあって、3週間くらいは残るんですよね。
我が家の暖房はOMと暖炉なのですが、その暖炉が問題ありで、暖炉から室内に煙いが入って来ると、それが咳を誘導して咳込んでしまうのです。
ほんの少しの煙でも反応します。
だけどエアコンにすると今度は室内が乾燥してしまうし、第一、あのエアコンって快適ではありません。

ベッドに寝ていても、愉しみはあります。
すぐ近くの小梨の木に置いた鳥の餌箱です。毎朝ひまわりの種をやると来るわ、来るわ。どこから見ていたのかと思うほど、ずぐにやって来ます。
シジュウカラ、コゲラは慣れていて、餌を出し忘れたりすると、窓の内側の私たちの方にホバリングしながらねだります。
なかには勇敢なのがいて、窓枠に乗ってくるものも。
あんな小さな頭のそのもっと小さな脳ミソで、どうして餌をやっているのが私たちだとわかるんだろうというほどで、本当にかわいいのです。
だから氷点下の朝でも外に出て、ひまわりの種をお皿に入れてあげなくては、という気持ちになります。
もっともご近所の山荘の方がいらしている時には、そこでも餌がもらえるのか、あまりこちらには来ません。あっちの餌の方が高級で好みなかもしれませんね。?
ゲンキンなやつらです。

平和なシジュウカラやコゲラを脅すのが、黄色いくちばしのイカルです。
イカルは餌皿の中に陣取って、やって来るシジュウカラたちを威嚇して追い払うのです。「仲良くしなさい、少しはあげたっていいでしょ」と言いたくなります。
そのイカルもほうほうのていなのが、ひよどりの到来。
ひよどりはかなり大きいので、ひよどりが来ると他の鳥は近寄りません。
でもひよどりは餌皿のひまわりの種を食べるわけではないのです。困ったことに小梨の花芽を食べるのです。
小梨の木はもっと標高の高い蓼科あたりにたくさん自生していて、山桜が終わる頃になるとまっしろな花を咲かせるそれは美しい木です。
蓼科にいた私たちは小梨の花が大好きでした。
だから蓼科を離れてここに越してきた時に、蓼科を思い出す「よすが」として、植えました。
小梨にはちょっと夏が厳しすぎるかもしれない環境だけど、春になると花を見せてくれます。
その大切な小梨の花芽を食べるとは、憎っくきひよどりなのですが、冬場の餌探しの大変さに思いをはせると、追い払う気にはなりません。
今年はとり年だし、夫もとり年生れだし、大目にみましょう。

風邪はだれかに移すと治ると言いますね。
どうも夫が今度は寝込む板のようです。
彼はやせっぽちでも体力がある人なので、そう大事にはならないことでしょう。


毎年「1月に会って、二人で新年会をしようね」と約束している友人がいます。
でも1月はこちらは雪が降ったり、こうして風邪をひいたりで、東京での1月集会がお流れになることが多いんです。
すごく残念。
彼女のご主人はスキーのインストラクター、しかも定年後にその資格を取得した方。いつもこの時期は新潟の湯沢のマンションに籠って、スキーに励んでおられます。
そして妻である友人は「愛弟子」として東京での仕事を終えた金曜日、新潟新幹線に飛び乗り湯沢へ。夫からスキーのレッスンを受けます。
夏はゴルフ、冬はスキー、それも素晴らしい「先生」の指導で、幸せそうです。
(スキー場で生徒さんを教えた後、ヘルメットを脱いだご主人に生徒さんから「あら先生って案外オトシなんですね」って言われたとか)。
そんなこんなの話を聞きたいのに、いつも1月はこういうことになってしまって。。

来週は元気になって、我が家でギョーザとラーメン・パーティをする予定でいます!
下世話なメニューのパーテーも気取らなくて面白そうですよね。
ラーメンが好きでない夫も「たまには、いんじゃない?」と言ってます。
このあたりの冬は長いのだし、冬の間はすることもなく退屈。なにかのイベントがあるほうが楽しいです。

ハッチ君はこの寒いのに、それでも毎日何回か「家の見回り」に出かけていて、帰ると「くちゃん」とくしゃみをします。
そんなに寒いのなら歳も歳なんだからでなければいいのにと思うのですが、猫には猫の事情があるのか、テリトリーをママ織って、ついでに私たちを守ってくれようとしているのか。
「見回り、ごくろうさん」と言ってやると、いつものようにお得意そうな顔をするのです。
猫でも誰かの、何かのためになっているのは、誇らしくもうれしいもののようです。

この一週間、誰の役にも、何の役にも立たない私でした。
posted by 北杜の星 at 07:56| 山梨 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月18日

堀江敏幸「雪沼とその周辺」

お正月明けのテレビで、浅井リョウ、西加奈子、綿矢りさ、村田沙耶香が対談をしていた。
それぞれにお勧めの本を紹介したのだが、綿矢は堀江作品を挙げていた。その理由説明を彼女は浅井にしてもらっていた。
浅井は「小説にはは、いろんなことが起こって、その起こったことを読ませるものと、特別なにも起こらないけれど、その文章によって読ませるものとがあって、堀江先生は後者のほうがだ」というようなことを言っていた。
浅井が堀江敏幸のことを「先生」と読んだのには少々驚いたが、堀江敏幸が若い作家からリスペクトされているのはうれしい。
(私からしたら堀江は「中堅」という感じなのだが、若い人からすると「大御所」なのかな?)
何にも起こらなくても小説は成立するし、スペクタクルのような小説がつまんないことは多い。
(伊坂幸太郎やイトヤマさんの小説は、「起こっても」起こる以上の何かがあるから、大好き)
今回、私はこれを点字で読んだ。文芸点字本は二冊目になります。

点字で読むと印字とは異なる感想が生まれるのかもしれない。 それは一つには、私の点字を読む速度がひどく遅いためもあるのだが、もう一つは、点字はいわゆるカナ表記であって漢字がないこともある。
漢字からイメージできるものがないので、「音(オン)」が表面にぐんと出てくるのだ。
カナのオンを読むことで、文章のリズムがより強く感じられ、そのリズムで小説が成立しているような気になってくる。(主人公の名前の漢字がわからないのはつまらないけけど)。

「雪沼とその周辺」には堀江敏幸のエッセンスがこんなにも詰まっていたのかと、再読して思った。
忘れられたような山あいの小さな町の住民んたちのそれぞれのささやかな日常を描く連作短編集なのだが、道具立てがいかにも堀江敏幸なのだ。
他の誰かには価値のない古いものが、その人にとっては大切なこだわり。雪沼の人たちの生き方そのものなのだ。

以前読んだときには、もっとも好きでなかった「ピラニア」という短編が、今回はとても面白かった。
「スタンス・ドット」がこの本のなかでは読者の一番人気かもしれないし、私も最初に読んだときはそうだった。古びたボーリング場の最後の営業日、若いカップルがトイレを借りにやって来て、ボーリング場のオーナーが彼らに最後のボーリングをさせてあげることになるという話だが、これがそれだけではなく、いかにオーナーがこのボーリング場の「音」にこだわりを持っていて、それがなんとも胸に響くのだ。もし私が映画監督なら、これを原作に映画を撮りたいくらいだ。

「ピラニア」は堀江さんの雰囲気とはちょっとニュアンスが違っていて、初めて読んだときにはあまりすきではなかった。
でも今回読んだら、この意外性が面白い。
堀江さんの筆は「しつこい」んですね。
点字を指でなぞっていると、それがよくわかる。主人公が中華麺や中華丼を苦手とする様子がこれでもかとしつこく描写されているのだが、まぁ、中華麺でよくこれだけ引っ張れるもんだなとその「しつこさ」にあきれてしまう。ゲップの描写も「これでもか」というくらいのしつこさ。
でもその「しつこさ」がユーモアに通じていて、そこはかとなくおかしい。
無意味でいてでもどこかひっかかる。。無意味さのなかにうっすらと人生の隙間が見えてくる。
この「ピラニア」は他の短編と違って、そうわかりやすくはないのかもしれない。
このとぼけた味が私はなんとも好きでした。

前に読んだイトヤマさんの「イッツ・オンリー・トーク」よりは、スピードが上がったかな? 
でもまだ読むのに上から下に指をすべらせないと読めない字が多い。、この本のなかで大変だったのが、「オチョボグチ」と「ウワクチビル」だった。
その一文字を読むのに3分以上かかった。ぅもぅ、堀江さん、なんとかしてよと言いたい。
そうそう、堀江敏幸の文章って、「次はこういう言葉が来るだろう」の予想をものすごく裏切られるんですよ。それが彼の文体なんでしょう。
目で字を追うより指で追うと、堀江さんの文章が「ありきたり」の使い古された言葉でないのがわかるから興味深い。
指を上下させずに、さぁーっと横だけに滑らせて読めるようになると、スピードも上がるんだけど。
でも、ずっと前に読んだ本をこうして、ゆっくり読み返すのもいいものですね。これは新しい愉しみになりそう。

「ピラニア」の次によかったのは「おくり火」。これも描写はしつこいものがあって、でもこれが「ピラニア」とは逆の効果で、「ピラニア」ではユーモアだったのが「おくり火」では。一人息子を失った悲しみを際立たせている。

中心視力がなくなって本が読めなくなることが怖かったのだけれど、どうにか大丈夫いたい。こうやって大好きな作家の大好きな本が読めるのだもの。
雪沼の人たちと同じように、人生は捨てたもんじゃないと思える。
本さえ読めていれば、私は私でいられる。。点字を教えてくださっているK先生に感謝です!
posted by 北杜の星 at 07:54| 山梨 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月14日

ハッチの週間身辺雑記

お正月が過ぎて、平常の一週間が戻りました。
大雪警報が出て心配が大きかったけれど、このあたりの積雪は10センチほど。その日のうちには四駆でなくても走れたくらいで安心しました。
数年間、我が家には四駆の車がなくて、冬の間にニュージーランドで過ごす友人から借りていたのですが、昨年の秋、古いジムニーをヤフオクで手に入れました。
ジムニーはこれで4代目という、夫のジムニー好きです。
全部のジムニーが2ストという、マニアックなもので、こんなボロ車のどこがいいのかと私は思うのですが、修理工場の人も「これは大切に乗ってください、価値が出ますから」と夫を喜ばせてくれています。

習い始めてちょうど半年になる点字講習が、この火曜日、本年最初にありました。
「読む」ことはほとんど終わったのですが、まだ残っているのが「記号」。
これが何種類もあって複雑で、とうてい覚えて使えるようになるとは思えないなぁと思っていると、先生が「覚える必要はないです。こういうのがあると知っておくだけで大丈夫」とのこと。
こうした記号は、印字を点訳する際に、点字文法として必要になるものだそうです。
それにしても、点訳ボランティアさんって、つくづくスゴイと思います。
独特の点字文法を駆使して点字を打つ、それも長編小説など大変です。出来上がったものを「校正」するのって、どうするのでしょうか?

どうも私の周りでは風邪を引いている人が多いようです。インフルエンザもかなり流行しているみたいですね。
今週は体操教室に行こうと思っていたのだけれど、私を連れて帰ってくれる人が風邪をひいて行けなくなり、私もちょっと風邪気味なのでお休みしました。
この体操教室には夫が連れて行ってくれ、友人夫婦が私を送って帰ってくれ、我が家でみんなで簡単なランチをするのです。
夫は以前は一緒に体操教室に行っていたのですが、あまりにできないことが多いので、どうもイヤになったらしく、最近は全然行きたがらない。
体操といってもドタバタする激しいものではなく、東洋の呼吸法がベースのものなのですが、それさえうまく呼吸できずに、とっても疲れるそうです。
困ったチャンです。

ここ八ヶ岳にもナント、オイスターバーが昨年からできたんですよ。
山の中でオイスター・バー?って感じなのですが、友たちと行ってみようとしたものの、何故かみんな「どうもねぇ」と気乗りがしなくって、結局フレンチにすることになりました。
フレンチといっても高級なレストランではなく、店は一応「ビストロ」と書いてありますが、ビストロというよりは「ブション(居酒屋)」という印象で、メニューはとってもベーシックなリヨン料理です。
フランスの普通の家庭でよく食卓にのぼるような、そんな料理のフレンチが、私は大好きで、例えば神楽坂のリヨン料理の「ルグドゥノム」もそうですが、気取らずゴタゴタしてなくて、一皿で充分お腹がいっぱいになる料理がいいです。
(「ルグドゥノム」というのは、リヨンの古い町名だそうです。)
風邪気味だったので、量は少しにしておきました。

私は風邪をひいても薬は飲みません。
症状はどんな病気でも理由があって出るもので、熱が出るのは白血球を増やして風邪のウィルスと戦おうと体がしているのですし、食欲がないのは消化のエネルギーを少なくして、その分のエネルギーを回復に使おうとしているからです。
そんなときに「栄養をつけなくっちゃ」とばかりにたくさん食べてると、良くなりません。
熱冷ましは、せっかく熱で体を温めようとしているのに、体を冷やすことになります。
風邪をひいたときにすぐに薬を飲んでいると、免疫力が落ちて、たびたび風邪をひく体になってしまう。
もちろん何週間も咳が止まらない、熱が下がらないというときには、肺炎や他の病気ということもあるので、その時には病院へどうぞ。
夫は風邪をひくと、とにかく眠りに眠ります。ご飯はせいぜいお粥で、それもあまり食べなくて眠り続けます。
それはまるでハッチ君のよう。ハッチは体の具合があるい時には、何も食べずに眠っています。
夫もハッチも、健康知識はないのだけれど、体がどうすればよいかを本能的にしっているようです。
だけど夫は、たかが7度5分くらいの熱で、もう死にそうな顔してます。熱に強くて39度あっても洗濯する私が少々具合悪くても、同情してもらえないのは悲しいですが。。
(今回私が風邪気味になってしまたのは、いつも摂るホメオパシーの冬用のレメディを買い忘れたからで、うっかりミスをしちゃいました。)

お正月のお煮〆の野菜の切れ端が残っているので、恒例の散らし寿司を作りたいと思うのですが、このあたりでは良い焼き穴子が手に入りません。
せっかく金時人参や牛蒡や酢バスがあるというのに。。
散らし寿司には絶対に穴子を入れなくっちゃ、美味しくない!これは鰻のかば焼きではダメなんですね。
さよりの酢〆があればもっと瀬戸内らしくなるのだけkれど、これは絶対になくてはならないものではないので、あきらめがつきます。
スーパーで売っていなくもないのですが、どうも見ただけで買いたい気にはならない代物。さりとて関西の方から焼き穴子を取り寄せするほど散財はしたくない。
だって昨今は、鰻だけでなく穴子も目が飛び出るほど高くなりましたから。
穴子の変わりをどうするか? 揚げ湯葉で代替としましょうか。。

この週末は特別に寒い予報が出ています。北日本にお住まいの方は暴風雪だそうです。
甲府でも−7度、ということはここでは−10℃まで下がるかも。
寝室に暖房器具を置いていない友人は「部屋が2度ですよ」と言う時があるけれど、この週末は0℃になりそうです。部屋がそんなに寒いなんて、私なら起きるのがイヤだ。
フトンから出るのに勇気が要りますよね。
そうでなくても、冬になると早起きができなくて、どうかすると起きると8時半ということがあります。
年寄りは早寝早起きになると言いますが、我が家では早起きは今でもできません。
就寝は11時から12時。起床は7時から8時ということろ。
若いころと違うのは、ずっと寝通せるわけではなく、手洗いに起きたりすると、1時間くらい眠れないことが多くなりました。

点字講習の宿題が出ていて、作文を2つ、書くこと。
もちろん、点字文法に沿っての文章です。
うーん、できるかなぁ?今週末はこの宿題で頭が痛いです。


posted by 北杜の星 at 08:39| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月11日

深作秀春「やってはいけない目の治療」

私たち日本人は、日本の医療は世界で先端的だと思っている。
しかしどうもそうではないようで、最近各分野の医師たちが「日本の医療は遅れている」「日本の医学的常識は世界に通用しない」とか言うようになっている。
事実、アメリカなどで研究して帰国した医師が、元属した大学病院に戻らず、地方で開業することが増えている。自由に自分の診療をしたいからだ。
なぜ、いつから、日本の医療がこうなったのか?
厚生労働省の問題もあるだろう。薬品メーカーとの癒着もあるだろう。
でもなんとか、世界標準治療の域にはなってもらいたいものだと私は望んでいる。

この本の著者はアメリカで研鑚を積み、米国白内障屈折矯正手術学会の常任理事をつとめる眼科医。
現在の日本での眼科の常識をバッサリ斬っている。
コンタクト・レンズ、レーシック手術を安易に考えないこと。
網膜剥離や白内障や緑内障は最先端の治療で治癒可能なこと。
目の筋肉を鍛えるための体操は、百害あって一利なし。
目はこすったり押さえたりしてはいけない。
水を多量に飲むことを薦められるが、眼圧が上がるので、やめたほうがいい。
・・

上記についての詳しい説明はこの本を読むとわかるが、もっとも興味深かったのが「白内障手術」に関してのものだった。
白内障はいわば老化現象なので、歳をとれば誰もがかかる病気である。
さいわい、私も夫も11月の眼科検診で、白内障はまだないと言われホッとしている。
夫は加齢黄班変性症の初期症状があったので、それ以来定期的に検査をしているのだが、不思議なことに改善していてほとんど画像に所見が見られなくなってえいる。
私の場合は網膜色素変性症というジストロフィーなので、これは仕方ない。(網膜色素変性症が治るとはさすがにこの著者だって言ってない)。

この白内障、医師によって手術が早期の方がいいと言う先生と、まだまだ大丈夫だから手術はもっと後でと言う先生と両方いる。
早めの手術を薦めるのはできるだけ若いうちの方が回復力があるためかと思っていたら、そうではないらしい。
この著者が言うには、白内障手術はなるべく早くする方がいいとのこと。
その理由としては、白内障が緑内障を誘発するからなのだそうだ。
緑内障も最近とても多い。私の友人で、眼圧を下げるための「キサラタン」を寝る前にさしている人がずいぶんいるが、これも加齢現象のようだ。
緑内障にかかると、視野視力ともに失われ失明原因となるので、それを避けるために白内障手術は早く受けるべきであって、それが世界の主流となっていると言う。

そうなのか!
ならなぜ、日本では白内障手術の第一人者の医師が「手術はまだ必要ありません」なんて患者に言うのか?
日本では専門が細かに分かれていて、白内障は白内障、緑内障は緑内障と特化しているので、病気の繋がりがわからないのか?
私の周りでは、10年くらい前まで、日帰りの白内障手術を受ける人が多かったが、このごろでは二泊三日の入院をして受ける人が増えている。
あれはやはり、そのほうが体への負担が少ないのだろうか?
元々私は、出産後や術後すぐの退院には反対だったので、好ましい傾向だと思っているのだが。

大学病院が新しい治療をしていると思いこむのは危険だ。
新しければ良いというものではないだうが、正しい治療の選択肢は多い方がよい。
医師はその勉強をするべきだし、患者も自分の体だだもの、もっと自分で知識を持つべきだ。

この本のなかでips細胞の網色素上皮細胞移植のことが最後に書かれている。
この理化学研究所の手術は私にっては僥倖ではあるのだが、著者の言うように疑問も持っている。
移植手術自体はips細胞ではないものの、自分の網膜の損なわれていない部分を、悪い個所に移植するという手術は、これまでも行われている。
しかしそれが良い結果を生んではいないのだ。
(このことは私の主治医が話してくれたことがある)。
じっさいにips細胞の網膜上皮移植手術を受けた患者さんがどうなっているか?
残念だが視力が出ているわけではないようだ。ただほんのぼんやりとモノの影らしい輪郭がわかるようになったらしい。
もっとも、まったく見えなかった人からすると、ぼんやりと何かがあるのがわかるだけでもスゴイことなのかも知れないけれど、でもまだまだ課題が多い治療のようである。
posted by 北杜の星 at 08:03| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月08日

ハッチの週間身辺雑記い

「あなた、最近ブログの記事が少なすぎよ」
「だって、読書量が減ったんだから、仕方ないじゃない」
「でも、続けているなら、何かは書くべきよ」
「書くことないもん。。」
「何でも、いいでしょ。田舎暮らしのあれこれを書けば」
「田舎暮らしは毎日同じことの繰り返しだよ。、面白くも何ともないと思うけど」
「その面白くないことを書いてみれば、暮らしそのものも面白くなるかもしれないじゃないの」

厳しい友人からの、これはアドバイス?
確かにこのところ、ブログを書く回数はぐんと減っています。
目が悪くなったので、読書がかなり辛くなているし、習っている途中の点字ではまだまだ読むスピードが遅いのです。
それに点字図書館の「新刊」は一般の図書館の新刊よりも、2か月くらい遅く点訳されます。
この点訳は点訳ボランティアさんが一生懸命に点訳してくださったもので、これを点字でプリントアウトして、全国の点字図書館に行き渡るのです。
最近では「点字」ではなく「音声」でも聞けるといういか、音声の方が人気のようです。
私はまだPCにその音声ソフトを入れていないので、音声書籍(デイジーと呼ばれています)を借り出すことはしていないのですが、図書館の人は私が「デイジーでなく点字の本でお願いします」と言うと、ものすごく喜んでくれます。この喜ばれようが本当にすごくて、「私って、こんなイイコトしてるの?」と気分良くなるほど。

さて、何を書きましょうか?
今年はお客さんが来ることが分かっていれば、ケーキを焼いてお待ちすることにしました。
ケーキといってもデコラティヴな豪華なものではなく、マドレーヌとかパウンドケーキ、バナナケーキ、ベイクドチーズケーキのような素朴なものです。
ボールのなかでチャチャッとかき混ぜて、オーブンに入れるだけ。
チーズケーキにいたっては材料全部をフードプロセッサーにかけるので、簡単きわまりない。
それでも変な膨張剤などの添加物は入っていないから美味しいのです。

以前は一週間に一度はケーキを焼いていたのですが、最近は作るのはともかく、食べるのがイヤになって。
夫は素朴な焼き菓子が大好きで、もっと頻繁に作ってほしいようですけど、気乗りしない私は逃げてました。
だけど今年のお客様にケーキを作ってお出しすると、みんなとても喜んでくれて、夫もうれしそう。
だから、横着せずに今年はお客様のときには作ることにしました。
オーブンから適度な甘さの匂いがしてくるのが、お客様を待つ時間として心弾むものがあって、「あぁ、いいな」と思いました。
(街のクッキー屋さんやクレープ屋さんからの匂いって、なんであんなに甘過ぎる匂いがするんでしょうね?鼻が曲がりそう)。

いっとき、バターが無いと言われていたけど、今はどうなんでしょうね。
私は生協や生活クラブで買うので、数はある程度確保されていて、バターが冷蔵庫にないということは無かったけれど、友人のなかには困っていた人もいたようです。
バターはハッチの大好物で、といってもほんの指先にちょっとという量なのですが、朝食のとき必ずやって来て「ちょうだい」と言います。
あれはバターそのものが欲しいというわけではなさそうで、自分も朝食に参加する気分を味わいのではないかと思います。

今日の午後から雪の予報です。
穏やかな年末年始だったので、どれだけ降るか、ちょっと怖い。
寒冷地だからある程度の冬の雪は覚悟しているものの、30センチ以上の雪はやっぱり困る。
でも裏の山荘の方はまだいらっしゃるので、雪掻きはみんなでできるから大丈夫かも。彼らはヒマラヤに毎年行っている人たちで、私たち夫婦のようなヤワではなく、とてもタフな方たちなので心強いのです。

新潟の糸魚川の大火事があった晩はこちらも強風で、裏山の赤松が倒れ、電線をあわや切断しそうな状態になりました。
東電に連絡すると「今は倒木が多いので、優先順位から年明けになります」と言われ、その工事の人が今朝やって来てくれました。
このあたりの赤松は松喰い虫の被害で、倒れている木がたくさんあちこちにあります。
限界集落のため、森林の管理ができてないばかりか、なかには持ち主さえ判然としない山も。
市は予算不足のために伐ってくれなくなったし、山を背負っている家は大変です。幸いなことに我が家は山は背負っていません。
まぁ、今回はひとまず安心。

お腹のまわりについた「お肉」を減らすのが、当面の目標。このところ食べ過ぎてます。
体に余分な肉がつくと、体が重いだけでなく精神も重くなる気がして、心身の風通しが悪くなるのです。
この年齢になると、体重が増えると、腰や膝や足首などに負担がかかるし、いいことないです。
松本に初詣に行って、パルコのsaleで白いセーターを買ったのだけど、着るとすごーく太ってみえるんですね。
でもあれは「見える」んじゃなくって、太っているそのままが見えているのかも。

昨日は七草の日。いつもなら朝食べる七草粥だけど、その前の晩のメニューがきりたんぽ鍋だった。
ただでさえ鍋ものが得意ではない夫は「ベチャベチャしたものが続くのは」と渋い顔。
だから朝は普段通りのパン食。お昼は外食だったから、結局お粥は夜になりました。
夕食だったらやはり、お粥と梅干しだけというわけにはいかず、出汁巻き玉子とか胡麻和えとかいろいろ作ってしまって、デトックスにはならなかったような。。

・・というところが、この一週間。
平穏で平凡で、ありきたりの一週間ですよね。
あんまり面白くないなぁ。
posted by 北杜の星 at 09:03| 山梨 | Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月04日

保坂和志「地鳴り、小鳥みたいな」

新年初めてのブログを大好きな保坂和志で始めらるのは、とてもうれしい。
この内容が新年にふさわしいかどうかは別として、保坂和志の小説の根底にある彼の幸福論は、はじまりの時にはふさわしいと思う。

短編集である。
いつも自分と等身大の主人公を描く作風は、ここでも変わらない。
本人そのままの名前で登場することもそうでないこともあるが、周辺の人物は実名が多い。

「夏、訃報、純愛」には、若い頃の彼が、「枯れて見える」初老の男性が「純愛」それも肉体の関係のある純愛をしていると本人から聞き及び驚く話。
まだ20代の若者からしたらそれは、ほとんどあり得ない、ことだった。
彼は男性から「保坂さんは口が堅そうだから」と告白されたのに、同僚にすぐにそのことを言いふらしている。
(保坂さん、困ったもんですね。保坂さんには秘密は漏らさないように)。

表題の「地鳴り、小鳥のように」では、これも保坂さん自身としか思えない主人公が「不倫」の相手と一緒に、山梨の母の実家付近に旅行をする話しで、えーっ、保坂さん、こんなこと書いて奥さんには大丈夫なの?と心配になるのだが、その奥さんは知りつつも騒がずというスタンスをとっているようだ。
笛吹川と釜無川が合流して富士川になるあたり、、というフレーズが何度も何度も繰り返される。
まるでブレッソンという古いフランス人監督の映画を観ている気持ちになる。(ブレッソンは映画のなかに、何回も何回も、例えば主人が店のドアを開けるというようなシーンを挟む)。
彼らが山梨に旅行したのは数年前の大雪の1週間前。よもやあのような大雪になるとは想像もしない、若い女性とのつかの間の幸せな旅行は、何かの予兆なのか。
(あの大雪、山梨県は1週間ほど除雪できなくて物資が届かず、陸の孤島となったのだった。我が家も6日間坂下まで出られなかった、ただ停電にならなかったのと、食料がたっぷりあったのが救いだった。あれを教訓に、山梨県は除雪車をたくさん購入、各集落で使えるようになっていると言うが、今年は大丈夫だろうか?)

「キース・リチャーズはすごい」、保坂が友人の湯浅学から、ストーンズのキース・リチャーズの「crosseyed heart」のアルバムはすごいと教えてもらい聴くと、なるほどこれはスゴイものだった。当時彼は外猫が行方不明で毎日寒空を探し回って気弱になっていた。
これまでもずっとロックを聴き続けてきて、またフリージャズやクラシックのドビュッシーなどにも夢中になったが、自分の人生にロックがあって本当に良かったと言う。
そう、私もロックが大好きなので、この感じは本当によくわかる。
ロックを聴き始めた頃、40歳を過ぎた人間がロックをするなんて想像もできなかった。ストーンズは今や70をとうに超えている。しかもまだバルバルの現役だ。
これを読んで早速、crosseyed heart、買いました。なるほど「キース・リチャーズはすごい」!
全然衰えていない。
私はビートルズより断然ストーンズ派なのだが(ブルースが好きだから)、ストーンズはキースでもっているとかねてより思っている。ミックはあれで案外、ビジネス的なところがあるけれど、キースは本物のロッカーだ。
昨年発売されたアルバムだそうだが、保坂さんのように毎日聴きたい。

もう一遍の「彫られた文字」は割愛します。

保坂さんももう60歳になる。
枯れたかどうか知らないけれど、この短編集にはどことなくセクシーな空気が漂っている。
枯れたくない、の願望なのだろうか?

いつか彼fが「幸せとは、江ノ電の駅のホームのベンチに座ってぼんやり山を見て感じるもの」という意味のことを書いていたが、現在はその駅のそばに高い建物が建ってしまって、山が見えなくなっているとか。。
でも保坂さんのことだもの、きっと、同じような幸せはそこかしこに見つけるはずだ。
そしてそこに猫がいればなおのこと、幸せは増す。
私はそんな保坂和志という作家を心から信頼している。
posted by 北杜の星 at 07:46| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月02日

「ハッチのライブラリー」より新年あけましておめでとうございます

佳い年明けをお迎えでしょうか?
ここ八ヶ岳はとても良いお天気で、山々が美しく輝く日々です。
この暖かさがいつまで続くか?
ある人曰く、「カマキリが70センチの高さに卵を産んでいた」と。
カマキリは降雪量を予知するそうで、卵の位置でその年の雪の多さがわかるのだとか。
70センチなんて、おー、怖っ、です。

元旦から素敵な若い知人夫婦がやって来てくれました。
それも自転車でです。
彼らは甲府から北杜市のおばあちゃんちまで、3時間半かけて自転車で来ていて、そこから我が家まで1時間のアップダウンの道を走って来たのでした。
ここは「長坂」という地名だけあって、平坦な道はありません。八ヶ岳の南麓なので当たり前ですが。
地元高校生たちはバイク通学が許可されているほどで、自転車を見かけることはほとんどありません。
だから二人の自転車姿を見た時は、拍手喝さいをしたくなりました。かっこよかったです。
お茶には「おぜんざい」か「チーズケーキ」のどちらかをと訊ねたら、「チーズケーキ」をということだったので、久しぶりでケーキを焼きました。
といっても、材料をぜんぶいっぺんにフードプロセッサーにかけて混ぜるという簡単なもの。
焼くのに50分かかるけれど、それはオーブンが勝手にしてくれることで、つまりは全然手間要らずなのです。
でもけっこう美味しくて好評でした。

彼らはちょっと面白い経歴の方たちで、男性の方はイスタンブール留学経験ありということで、いろいろ中東の話を聴けて勉強になりました。
数年前に私が友人とトルコに行ったときに買って帰った女性歌手のCDをかけたら、それはトルコのシンガー・ソング・ライターだそうで、なにしろひと言もトルコ語がわからないので、その歌手のことも皆目知らなかったので、情報が得られて助かりました。
自分とは異なる経験をした人の話を聞くのは本当に楽しいですね。
人の仕事の話を聞くのも大好き。といってもこの仕事は「儲け話」ではなくて、仕事そのもののスキルのことです。とくに職人的な仕事には尽きせぬ興味があって、それはどんな分野であっても、聞きたいことだらけなのです。
そんなこんなで、素敵な元旦を過ごすことができました。
大晦日には、富山に行った友人が美味しい海の幸のお土産を下さって、ぶりや殻つき牡蠣を楽しめました。
今日はこれから数軒のところに、お年始に伺います。お年賀はいつも「大社煎餅」です。
この大社とは諏訪大社のことで、煎餅いはピーナッツ煎餅のこと。他にも海苔とか数種類の煎餅があるのですけど、ピー煎がもっとも美味しいのです。
近くても案外知らない人が多いし、知っている人は大好きというもので、みんなに喜ばれています。

じつは今年の年賀状をもって(親しい方には甘えさせてもらって今年から)、欠礼させて頂くことにしました。
というのも、私の目では字を読むことはまだなんとかできるけれど、字を書くことが困難になったからです。
賀状は手書きでをモットーにしてきたので、宛名やちょっとしたコメントを書き添えるのが、まっすぐに書けなくなったのです。
(エクセルのようなのが、もっとも無理、枠の中に書けないのです)。
そろそろPCも音声にしようと考えています。
現在、点字を教えて下さる先生がPCやスマホも、視覚障害者のための教習をしてくださるので、点字の勉強が終わるとそちらを始める予定です。
情報も文芸書の読書もこれから先、ちゃんと得られるようなのでホッとしています。
今であって良かったと本当に思います。前向きであれば、障害者であっても普通に近い状態で生活できるのはありがたいことですね。
とにかく私にとっては、「本を読む」楽しみを失わなくてすむのがなによりです。

このように私の一年が始まりました。
夫も元気(食べ過ぎてちょっと胃もたれしているけど)、ハッチも食欲が戻って時に走り回っています。
今年の抱負というのはとくにはありませんが、強いて言うならば「短気を起こさないこと」でしょうか。
私、短気なんです。この性格を直すことはできないでしょうが、歳と共に短気が増しているようなので、少し周りを見回してみてからの短期にしようと考えています。
面倒臭いことが多くなっているのも、歳のせいですね。
(なんでも歳と目のせいにできるのが便利です)。

どうか大きな災害が起きない一年でありますように!
みんなが元気で平穏に過ごせますように!
(私の目のことを心配して、私からの最後の年賀状を見て電話してくれた友人たち、ありがとう!失明はしないので大丈夫です)。
現在、本は印字と点字を両建てで読んでます。
なかなか不思議なんですね、これが。文体の印象が、目で読むのと指で読むのでは違うんです。このあたりのことは、ブログで書くことにしますので読んでみてください。

「ハッチのライブラリー」が何年目になるのか?「ブログって何なの?」という頃からしているのでけっこう長いです。
こんな稚拙な文をいつも読んでくださって本当にありがとうございます!!
posted by 北杜の星 at 07:48| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月28日

ハッチの身辺雑記

月に一度のハッチの身辺雑記です。

今年もあっという間に押し迫ってきました。
しなければいけないことが山積みなのに、ここ2週間ほど、耳石のめまいが襲って来て、集中力がでません。
でも耳石のめまいには特効薬はないし、化学薬品を摂取したくはないので、自分で「めまい防止運動」をしています。
少しずつ、めまいは軽減しているようです。


私たちにとってはまずまずの平穏な一年でした。
親しい友人が病気になって心配したけれど、治療法もわかってそれなりに落ち着いています。
私たちの年齢になると無病息災はまず無理で、一病二病を持ちつつ、病気と折り合い付けながらの暮らしが常態となるのでしょうね。

今年の私の一番のトピックは、視覚障害での身体障害者手帳2級を取得したこと。
これで各種のサービスが受けられることになりました。
7月からの点字講習もそのひとつです。
印字が見づらくなってきたので、点字を習うことにしたのですが、これがやはり簡単なことではありません。
「読む」はなんとかなってますが、「書く」に関しては難しい。
力が入り過ぎて字が爆発したり、点を打ったと思ったところに打ててなかったり、「何を書いたんだろう?」と自分で自分が書いた点字が読めません。
でもマイ点字器を手に入れたので、これからボツボツ練習します。
なにしろ、「読む」点字と「書く」点字は、鏡合わせのように左右対称になっているので混乱します。
とくに点字器が来てからすぐに、めまいが起きたので満足に練習できないのがつらいです。

それでもめまいに負けず、今年も恒例のクリスマス・パーティができたのはうれしいことでした。
以前、蓼科に居た頃には30人くらいの友人を集めてのパーティでしたが、今はそんな体力も気力もなく、「あぁ、あの頃って若かったんだな」と思い出されます。
現在の八ヶ岳南麓に移ってからは8人から10人。
でもこれはこれで結構大変なんです。
大人数だと、やっつけ仕事でいいのですが、味にうるさい少数精鋭となると完璧を期されて、手が抜けません。
去年はパーティの前がやたら忙しくて、料理に注力できなかったのを反省し、今年は予約していた下部温泉行きをキャンセルして、パーティ料理に専念しました。
広島から友人がいつものように牡蠣を送ってくれ、牡蠣のマリネを作ったり、前菜8種の盛り合わせ、リゾットをコロッケにしたアランチーニとポルチーニのクリームソースのタリアテッレをプリモに、そしてローストビーフ、ローストポーク、チキンローストのミックス・具率をメインに。
生活クラブの赤身の牛肉をローストしたのですが、これが固かった!安全に育てられた牛でも固いのはちょっと困りもの。来年はこれはメニューから外しましょう。
でもそれ以外は好評だったので一安心。
いつまで続けられるかはわかりませんが、少なくとも、読書よりは長くできると思います。
中心視力がなくなっても周辺は見えるので、家事全般や自力で歩くことは大丈夫だと、眼科の先生が太鼓判を押して下さっています。
私が障害者になっても平静でいられるのはこのためなのです。もし完全失明するのなら、ヘタレの私はこうまで明るくいられないと思います。
だから中途失明してなお、前向きに生きている知人たちに、私はものすごい敬意を持っているのです。本当にすごいことです。

今年はモノイリの年でした。
外構工事の石積みや枕木設置をしてもらったり、車を総取っ替えしたり、大金が出て行きましtが。
でも夫は今の新しい車の小気味良さに満足しているようだし、庭も手を入れると入れるだけ良くなるもので、これも満足。
20歳のハッチを留守番にしての海外旅行は当分できそうもないので、その旅行代が石積みに変わったのですが、造園屋さんにお願いして良かったと思います。

夫は元気です。
週に一度のゴルフ(どうかすると2回)を最優先にして、仕事は第二番目。
でもその仕事もそろそろ店じまいかな?あと1年か1年半というところでしょう。千駄ヶ谷の事務所の経費がきつくなってきました。
事務所を閉じたら、年金暮らしとなります。だけどこの年金、年金基金が解体しぐっと減って、介護保険や社会保険料を惹かれると、年々少なくなっているのです。
大企業ではないのだからある程度は覚悟していたけれど、大企業に勤めていた方でも「年金の手取りが、すごーく少なくなった」と嘆いています。
シニアは恵まれていて、若者との格差を少なくするためには必要なことだとは理解いしていても、年金しか収入の手立てがないシニアにはやはり大変なこと。
さいわい夫は地元の建築会社のデザイン・アドバイザーとなっているので、自分の月々のお小遣いくらいにはなるでしょう。
あとは私のやりくり次第ですが、どうもこういうのは苦手。「まっ、いいか」の性格では老後破綻かも。。

毎年、いろんな分野の方たちが亡くなりますが、音楽の世界ではレナード・コーエンとレオン・ラッセルが亡くなったのがとても寂しいことでした。
どちらもミュージシャンからリスペクトされているアーティストでした。
でもボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞したのは嬉しかった。私にとってはちっとも意外ではないことです。
授賞式に出席しないディランにかわって、パティ・スミスが「A hard rain gonna fall」を歌ったのには感動しました。
途中で緊張のため歌詞を忘れて歌えなくなったのだけれど、それさえも胸に迫って、長年のパティ・スミスの大ファンの私には大きな感慨が押し寄せました。
あのパンクの女王がノーベル賞授賞式で歌うなんて、誰が想像したでしょうか?
そおれを「堕落」と感じる人もいるかもしれませんが、私はそうはおjも和ない。
積み重ねたパティ・スミスの歴史が時代に合うようになっただけのこと。時代がパティに追いついたのです。
ここ数年パティはノーベル賞委員会から、歌ってっくれと頼まれていたそうです。それがディランが受賞したことで、それでは今年となったようです。
エスタブリッシュメントのノーベル賞としては、パティに歌を依頼するなんて、ちょっと粋ではありませんか。

これだけ書いていると、クラクラめまい。
まだ治っていないようです。

糸魚川の大火で家を失った方々のことを考えると、こうして暖かい室内にいるのが申し訳なく思えます。
人生において、火事や強盗や大きな災害にあう人生とあわない人生、その境はどこにあるのかといつも不思議です。
そんな時、「私でなくて良かった」と思うのでなく「私だったら」と思える人間でありたいものです。

どうぞ良い年明けをお迎えください。
みなさまのご健康をお祈りしています。
今年い一年、このブログを読んでくださって本当にありいがとうございました。
この年末年始は気ままに記事をアップするつもりなので、ときどきご訪問ください。
posted by 北杜の星 at 07:40| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月06日

日野原重明「僕は頑固な子どもだった」

105歳で生きている人はいるだろうが、これほど元気でなお社会のために働いているのは日野原先生くらいだろう。
先生を見ていると、まだまだ大丈夫。世のため人のために頑張ってもらいたいと思う。
このような人は絶対に神様からの使命を受け、神様からのご加護も受け、この世につかわされているのだろう。
これまでたくさんの著者がある日野原先生だが、この本の帯を見て驚いた。
これが「初の自叙伝」だというのだ。
えーっ、そうなの?という気持ちになるのは、あまりにも日野原先生についてのエピソードを知っているからだ。

牧師の家に生れ、敬虔なクリスチャンであること。
よど号ハイジャックの飛行機に乗客として遭遇したこと。
人間ドッグを日本で初めて実施したこと。
「生活習慣病」という言葉を創り広めたこと。
地下鉄サリン事件の時の聖路加病院の素晴らしい対応。
朝昼はほとんど食べず(飲み物とビスケットくらい)、夕食だけしっかり食べること。
エレベーターは使わず階段を二段跳びで上がること。
・・などなど。

でも考えてみればそれらは断片的なもので、日野原先生の一生を通しての越し方はあまり知っていないかもしれない。
この本には幼少時代の家族や友達、中学・高校・京都帝大医学部での生活、アメリカ留学などについて、当時の先生の気持ちを含めて詳細に語られている。
なによりも胸を打つのが、長年連れ添い、ずっと先生を支えてくれた奥さんの静子さんとの別れだ。
80歳ごろから認知症を発症し静子さんの最期の1年9カ月を、聖路加病院で主治医として看取った。
ずっと多忙で家庭のことは静子さんにまかせっきりだった先生にとって、その1年9カ月は静子さんとの蜜月だったに違いない。
この世では静子さんの不在で寂しくなったけれど、あの世は静子さんを迎えて賑やかになっていることだろう、と先生は自分を慰める。そしていつか自分もそこに加わることを楽しみにしている。
死は必ずしも悲しいものではなく、生と同じように意味のあること。。

日野原先生の人間としてのバックボーンにはもちろん、キリスト教がある。
しかし医師として、1950年代初頭のアメリカ留学でホリスティック医療に触れたことは大きなことだったはずだ。
医療がどんどん細分化され専門化されていくまっただ中において、人の体というものはそうではなく全体が繋がっていると考えるのは大きな意味のあることだと思う。
いつも先生はこのように「本質」を見ながら生きてこられたのだろう。

そんな先生は子どものころ結構、頑固だった。
絶対に自分を曲げなかった。
優秀で有名な中学に受かりながら、入学式に出席しただけで退学し関西学院に行ったのも、軍の影響が強いのを嫌い自由を求めてのことだった。

お顔をみてえいるだけで、幸せになれるひとがいる。
日野原先生もそうだし、瀬戸内寂聴さんもそうだ。こういうのを仏教では「顔施」というらしい。
お顔が「愛」ってすごいこと!
いつまでもお元気でいてください。
posted by 北杜の星 at 07:28| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月29日

ハッチの身辺雑記

月に一度のハッチの身辺雑記です。

何かをし忘れている気がずっとしていて、「あ、今月はまだ身辺雑記を書いてなかった」と思い出しました。
いけない、いけない。
有名人でもなんでもない私なので、こういうのを書くのは気が引けるのですが、それでも「近況がわかってうれしい」と言ってくれる友人たちがいるので、なんとなく毎月書いています。

今月はまぁ、いい一カ月でした。
まず、懸念だった我が家の車がやっと売れました。
30年くらい前のオールド・ベンツ(といってもヴィンテージのような価値のあるものではなく、ただ古いというだけ)を、夫の知人のS氏に売ってもらうよう依頼したのは、春先の3月末のこと。
売れるかしら?と尋ねると「大丈夫、絶対売れます!」と断言するのでずっと預けていたのだけど、これが売れない。
4月末には新しい車がやって来たので、ベンツは出番がない。
どうもS氏がつけた値段が高すぎたみたいで、「あれじゃぁ、売れないよ」と私は思っていました。(私たちが希望する価格の3倍!)
11月になって、業を煮やした私は「もう、ベンツの専門業者に持って行ってよ」と夫に言うと、彼は別の知人のO氏が外車中古車を扱っていることを思い出し、彼に頼むことに。
すろとO氏は車を見るなり、「僕が買います」と言ってくれたのです!即決です。
それを聞いた私は拍子抜け。でもやっと売れたのでホッとしました。
だけど前に依頼していたS氏が青空でずっと停めていたので、夏の強い日光にさらされダッシュボードの皮がひび割れていたそうで、そのために引き取り価格が10万円は安くなってしまいました。
ますますS氏に怒り心頭ではあるけれど、年内に解決して本当に良かった。
誰かに何かを頼む時には、信頼できる人に頼まなければいけないとわかっているはずなのに、魔が差すということがあるんですね。つい、「いかがわしい」と評判のS氏に頼んだのが間違いだったのでした。

今月はボージョレ・ヌーヴォー。
いつものように友人宅でパーティがありました。これまではエノテカから6本届けてもらっていたのに、今年はその半分だったそう。
病気をしたり、体調に気をつけていたりが案外多くて、いつもほどにはみんな飲まなかったかな?
それでもヌーヴォー以外のワイも空けたので、都合6人で4本。まぁ、イイトコでしょう。これくらいが健康的です。

数十年ぶりの11月の積雪。こちらは20センチ積もりました。でも気温が高かったので融けるのも早く、雪掻きの必要がなかったのは幸いでした。
でも南アルプスも八ヶ岳も真っ白。これは根雪になるのでしょうか?
寒いけれど、雪を頂いた山を見るのは、毎年のことながら美しいです。
寒くなって美味しくなる冬野菜。今年も白菜や大根など頂きました。都会では野菜の値段が高騰しているとかで、ありがたいことです。
東京からの友人にもおすそわけして喜ばれました。

これも恒例、南信州の松川に林檎を買い出しに。
昨年は天候のせいであまり味がパッとしなかたけれど、今年はどうか?
私は林檎が年々好きになります。朝一番の人参ジュースに入れる林檎、お食後の林檎、ちょっと喉が渇いた時の林檎・・
いつ食べてもしみじみと美味しい。
林檎を買った後、いつもなら大鹿村のいつもお世話になる宿で和食のランチを楽しむのですが、今年は飯田まで足を延ばして、一軒家イタリアンでのランチをみんなでしました。
鄙には稀なという感じのちょっと素敵なレストラン。若いご主人がシェフでサービスの奥さんがソムリエ。
ここによく行く友人が一緒だったので、シェフはことさら張り切ってくれたようで、値段にしては高級材料が使われていましたね。

でも食べものって、むつかしいものです。
材料が高いから素晴らしいとは必ずしもならないところがあるんです。
例えば、前菜の後にプリモとして出たサフランのリゾット。今はサフラン摘みの季節なのでサフランはOK、うれしいです。
でもそのリゾットの上に、アワビと鮭が乗かっていたのは、どうも私には納得できない。
だってサフランって味や香りもさることながら、色を楽しむもの。白い皿にリゾットの赤黄色は美しいはず。それなのにその上にあわびと鮭だなんて。。
おご馳走のつもりで奮発したのかもしれませんがtoo muchiです。料理は「プラス」すればいいものではない。「マイナス」の美学もあるはず。
その一皿がなんとも田舎っぽくて興醒めでした。
だけどこのレストラン、いいところもあります。
それはメインが終わってデザートの前に、「シンプルなトマトソースのスパゲッティをお好きなだけ」とサービスしてくれるところです。
大食いの男性だけでなく、女性陣もみんな「お願いします」と頂きました。
これは上手ですよね。
日本のコースの量は少ないですからそれに満足できないと、お客さんは不満を抱えて食事を終えることになります。
その不満を解消するのにこれはもってこい。第一、トマトソースのスパゲッティの値段などなにっほどのこともありません。

私の点字学習は、静音50音までは順調でしたが、濁音、半濁音、拗音、拗濁音、数字が追加されてから、かなりハードルが高くなって難儀をしています。
たった一文字増えただけでどうしてこうも難しくなるのか。
先生は「全然、大丈夫です。誰もがここでちょっとスローになるのです」」と言ってくださるものの、劣等生気分に陥っています。
イトヤマさんの「イッツ・オンリー・トーク」を少しずつ読もうと、点字図書館から借り出したのはいいけれど、最初の1ページに10分かかるしまつ。
こんなんで文芸本が読めるようになるのか。。
まだこれで、アルファベットは出てきていないんだから、先が思いやられます。
だけどそれでも勉強するのは楽しくて、「じゃぁ、辞めます」とはならないのが、しぶといところ。まぁ、のんびり頑張ります。

夫は2日前に誕生日を迎えました。何の感慨もないそうで、今日は昨日の続き、今年は去年の続きという人です。
ランチにちょっと近所のレストランに行ったくらいで、特別のことは何もなし。
お互い元気なのがなによりのプレゼント。
彼はいま、何度目かの小川国夫の「アポロンの島」を読み返しているところ。「アポロンの島」は私たちが大好きな本で、ほとんどの本を処分しようとしているなか、「これはとっておいて」と言っています。

ハッチはかなり酷い捻挫に苦しみました。もともと手足の関節が弱くて、子猫の頃からよく捻挫をしてびっこを引いていたのだけれど、今回はかなり痛そうで、お水とトイレには起きだして行っていたけど、ご飯は食べませんでした。口元まで運んでやると少し食べたくらい。
とにかく「放っておいて」と寝てばかりいて、今回ばかりは心配しました。
やっと回復したのは1週間後。今はたくさん食べて時折走りまわるほどに。
ハッチが19歳の時には、20歳になるのを疑いませんでしたが、いま20歳になったハッチを見ていると、はたして来年8月の21歳の誕生日が迎えられるか不安です。
それくらい毎月毎月、身体能力が衰えています。人間でいうと100歳近いのだから当然といえば当然なのですが、なんとか、ハッチが幸せな晩年をおくることができればと、いろいろネットで調べながら、彼女の改適な毎日をつくってやりたいと、良さそうなことは何でも実行しています。
一人ぼっちにされるのを心細がるので、なるべく長い留守はしないように、どちfらかが家にいるようにしています。
ハッチを見ていると「老いる」ことの大変さと、それを受け入れている動物ん偉大さが感じられ、私の良いお手本となっています。

ミズナラの葉っぱが半分落ちました。いよいよ本格的な冬です。
インフルエンザに負けずに、どうぞ、お元気で今年最後の月をお迎えください!

posted by 北杜の星 at 07:41| 山梨 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月07日

原田ひ香「失踪.com 東京ロンダリング」

原田ひ香が「東京ロンダリング」を書いたのはもう5年前になる。
それまでわりと地味な作家だった彼女はそれで有名になった。「失踪,com」はその続編で、前作の登場人物にも今回会える。
けれど前作を読んでいない読者にもじゅうぶん楽しめるし、連作短編集としての重なりや、新たに加わる人々の個性がそれぞれに面白い。

不動産事故物件というのをご存じだろうか?
アパートやマンションなどを借りた住人が、殺人や自殺や孤独死などで亡くなった場合、大家や部屋を扱う不動産業者は事故物件であることを明示しなければならない。
でも事実を知ると、そりゃ、誰でも気味悪くて嫌がる。
そこでその部屋を浄化(ロンダリング)するために、ある期間その部屋に誰かを住まわせるというのが、プロのロンダリング業者なのだ。
事故後に一度誰かが住めば、それ以降の告知は必要なくなる。
この本に出てくる不動産業者では、家賃はタダ、その他に一日5千円の日当が出す。

この条件でロンダリングを請け合う人間、いろいろ事情があるのは当然だろう。
実家に仕送りをしたい若いサラリーマン、浮気の果てに妻から「出て行って」と言い渡された男、アパートを持ちながら何もしない夫と別れるために自分のアパートの部屋に子どもと住むことを決めた妻、以前ロンダリングをしていた女性(彼女は前作登場)・・

これだけでもなかなかのストーリー性を持つのだが、これは少しばかりミステリーっぽい作りとなっている。
ロンダリングする部屋に住もうとする人間たちが何人も失踪するのである。
住人だけではない。不動産会社に勤めるスタッフも故郷に帰ったり、とにかく不動産会社の繋がりを消そうとするのだ。
そこで「失踪屋」と呼ばれる仕事屋が現れ、失踪の理由を調べることに。。

初期の「はじまらないティータイム」などとはおおいに異なる作風だけど、事故物件のロンダリングとは面白いところに目を付けたと思う。
家賃タダで日当ということで入居者はあるんだなぁ。
幽霊を見たことはないけど、そういう部屋にはナニかのあるというか居るような気がして、それは短期間で浄化できるものか不安だ。
消しきれない負の想念が残っているようで怖い。その部屋そのものだけでなく、その建物すら避けたい。
でも背に腹は代えられない人たちにとっては「駆け込み寺」のような存在なのかもしれない。
これからより高齢化社会となり独協老人が増える。自然死にしても発見が遅れることも増えるだろう。
いわゆる事故物件はますます多くなりそうだ。他人事ではないのがなお怖いです。

posted by 北杜の星 at 07:58| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月01日

葉室麟「津軽双花」

徳川家康の姪、満天姫は家康の養女として津軽家に輿入れすることになった。
しかし津軽信枚にはすでに正室辰姫がいた。辰姫は石田三成の娘だった。辰姫と信枚との夫婦仲はとてもよいと言われていた。
家康と三成、因縁の女二人の「関ヶ原の戦い」・・という帯文とはまったく異なる物語がここにはある。

いくら女性が政治の道具に使われていたとはいえ、正室がいるところに側室ではなくこれも正室として嫁ぐというのは、いったいどういうことなのか?
つくづく女性の身が哀れだ。
けれどその哀れを哀れとしないで凛として生きる道を、満天姫も辰姫も選んだ。
それは二人が敵対するのではなく、津軽家と領主である夫のために自分が何をすべきかをとことん考えた上での生きかただった。
もちろん嫉妬だってある。焦りだってある。悲しみ辛さは大きいはず。
それでも彼女たちは、自分という存在の立ち位置を確固たるものにするために、マイナスの感情を捨てる決意をしたのだった。

その生き方の潔さ。
武士の陰にあって、彼女たちは燦然と輝いている。
・・もっともこれこそが「男の理想」の女性像なのかもしれない。
女性にこうあってほしいと願う男の身勝手さを感じないわけではないのだけれど、葉室麟の巧みな文章にはそういうことを忘れさせる力があるんですね。
ここは単純に、お話を楽しめばいいのかな?

中・短4編が収録されていて、どれもが戦国時代絡み。
どれから読んでも面白い。
歴史上の人物の評価は、とくに小説はその作者の思惑が入り込むので、どうとでも解釈ができるし、活躍した土地土地においても好き嫌いは分かれる。
駿河の人なら家康びいきだろうし、愛知の人なら信長好きというように。
その理路整然さが面白みに欠けるからか、石田三成は歴史のなかでそう人気のある武将ではない。
それでも近江の地では「義の人」として扱われている。ご当地のありがたさだ。

好きというよりも私が興味あるのは「梟雄」と呼ばれた武将だ。
齋藤道三や宇喜多秀家、そして松永弾正久秀が日本三大梟雄として知られるが、平蜘蛛の釜とともに爆死した松永久秀はとくにいかがわしくて面白い。彼こそ下剋上そのものではないだろうか。

そうした男たちに添って生きる女性の鮮やかな人生もあるにはあったのだと思える作品でした。
posted by 北杜の星 at 07:59| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月28日

ハッチの身辺雑記

月に一度のハッチの身辺雑記です。

秋たけなわ。
八ヶ岳南麓の効用はまだですが、どんぐりや栗の実がどんどん落ちています。今年はとりわけドングリが多いみたいあ。
我が家の屋根はOMソーラー・システムのためか、どんぐりの美が屋根に落ちるとものすごい音がします。来訪者がびっくりして「あれは何の音?」と必ず訊くほど。
でもどんぐりの美が多いということはリスやいのししや鹿など野生動物の食べものが多いということ。今年の冬のためにしっかり貯蔵しておいてもらいたいものです。

夫の煙突掃除も終わりました。
雨樋の掃除も終わりました。
冬ごもりの木々のための枝払いも済ませました。
冬支度はこれで万全。。と思ったら、まだ割っていない薪がどっさりあるのを発見!これ、なんとか頑張ってもらわねばいけません。

今月は旅行はなし。
友人宅でのピザ・パーティや会食を楽しみました。
ピザは友人の庭にキットで作りつけたもので、昨年はピザ生地を作ることから始めたのですが、意外に大変だったのです。
作った生地の保管は冷蔵庫で場所をとるし、生地を伸ばすのもみんな下手くそ。食べる前に疲れてしまった。
それで今年からピザは既製のものを買って、焼くだけということに。
前回は雨が降ってこれまた大変だったのですが、今月はもう外では寒くて室内で運ばれてくるピザを食べることになったのです。
焼く人、庭から家に冷めないように急いで運ぶ人。。ご苦労さまでした。
今は冷凍でも、有名ピザ職人の作ったピザが宅配で届き、焼くだけで食べられるんですよね。ピザ大好きな夫にはたまりません。
それもオーブンではなく、本物の薪窯焼きなんですから。

いろんな具が乗っていいるのも多いけど、私はごくオーソドックスなピザが好き。
マルゲリータは美味しいけど冷たくなったらモッツァレッラ・チーズが不味くなる。なのでチーズ無しのマリナーラが一番好きです。
ナポリで食べたピザも、マリナーラがもっとも美味しかったです。
ナポリ・ピザはローマ・ピザと較べるとボリュームがあって、とてもあの大きな一枚は食べられない。
かと言って安価なので、二人で一枚というわけには店にも悪くていかない。
テーブルのを見ていると女性客のかなりの人たちが、外側の厚い生地部分は取り除いて、真ん中の具があるところだけ食べているのです。
こんな食べ方があったのか!と目からウロコでした。
あちfらのイタリア女性でもあのサイズは大き過ぎるのでしょうね。
それにしてもナポリのピザの安かったことったら。1ユーロ約100円の円高だったとはいえ、二人でピザ2枚と飲み物で、千円でお釣りがきた!
まさしく庶民の食べものなんですね。
ちなみにイタリアア人はピザを必ずナイフとフォークで食べます。ナイフで切ってはフォークで食べる。
まず切っておいて手で、ということはありません。
でもあれって、すごーく疲れるんですよ。焼成した生地は切りにくいんです。四分の一くらいでもう疲れて、食べたくなくなる。。
手で食べる方が絶対美味しいんだけどな。

ところで、行き届いた友人を持つのは、本当に幸せなことですね。
友人が我が家に私の大好物の虎屋の「夜の梅」を持って来てくれました。とてもうれしいけれど、ここまでは時々はあることです。(私の「夜の梅好きは知られているみたい)。
でも彼女は玉露まで一緒に持って来てくれたのです。
それには理由があって、モノをできるだけ減らして暮らしたい私が、多種類のお茶の缶や瓶の保存に辟易し、日本茶はほうじ茶だけと決めたとこのブログで書いたことがあったからです。
でも「夜の梅」にはやはり上等な煎茶か玉露がほしいところ。
気のつく彼女はそのお茶まで持って来てくれたのです。しかも「夜の梅」とほぼ同時に使いきれるほどの量の玉露を。
これなら保存する必要はなく、缶や瓶を増やすこともありんせん。持つべきものはこういう友人ですね!!
それを考えると、普段の私のいい加減さの反省点が浮き彫りになります。
そのとき思い出したのが塚本邦雄の短歌、
「馬を洗えば馬の魂冴ゆるまで ひと恋わばひと殺むるこころ」・・徹底することの大切さをドキッとする鮮やかさでを詠った大好きな短歌です。

視力視野がだんだん悪くなってPCが見づらくなっています。
画面を黒白反転にしようかどうか迷っているところですが、先日、ある人に「マウスポインターが探しにくい」と話したら、その人がなにやらPCを操作して、マウスポインターを大きくしてくれただけでなく、ポインターの軌跡がわかるようにしてくれました。
これは便利。
軌跡が動くので、すぐに見つかります。これならまだ当分の間は黒白にしなくても大丈夫みたい。(このポインターの動きが生きものみたいな動きで面白い)。
いまのPCはwindows搭載ですが、もしいまのが壊れたら次はipadにしようと考えています。というのはipadの方が視覚障害者にはいろんな機能があって、使いやすいからです。
その頃には仕事を止めて、仕事用のソフトが不要になるでしょうから。
目の見えない人はipadやiphoneを上手に利用している人が多いんですよ。
音声機能を使って何でもできちゃうそうです。
情報や連絡事項についてはPCが断然便利で役立ちます。
でも思考のためには、やはり「読む」ことにはかなわないと思って、点字の学習を始めています。
中高年の中途失明者(私は完全に失明するわけではなく、中心視野がなくなるので文字が読めなくなる)にとって点字の習得はものすごく困難らしく、もし習得して読み書きできるようになれば、中途失明者からすごーく尊敬の的となるそうです。
そういえば、10年間視覚障害者のアウトドア・サポートのボランティアをしていたのですけど、誰一人として点字が出来た人はいませんでした。
かなりの高学歴の方やバリバリ仕事人間もいらしたのに、彼らははなから点字を諦めていたのでしょうか。
「点字を勉強している」という方に会ったことがないのです。
指の感覚は年齢とともに衰えるし、その感覚が脳に繋がるのも加齢とともに衰えるもの。
けれどまぁ、いまのところは何とかなっていて、これまで40文字くらいがわかるようになりました。
50文字とあとは濁音と半濁音、数字、それとアルファベット・・まだまだです。
でも単純に、新しいことを学ぶのは楽しいです。
目が悪くなって、出来なくなったことを数え立てるばかりだったのが、できることがあるかもしれないという希望にワクワクです。
さいわい、若い女性の先生が熱心に励ましてくださいます。
遠く甲府から列車で教えに来てくださるのだから、せめて美味しいお菓子とお茶をご一緒にと、その間にお喋りするのも楽しい。
ルネサンス美術が好きだそうで、イタリア美術の話もできます。
あと1年くらい経ったら、点字で本が読めるようになればいいなぁ。(いまはまだ、超スローでしか読めません。速読の私にはとてもモドカシイ)。
文芸本もたくさん点字出版されているそうなので、一度、点字図書館に行って探索してみようと思っています。

こうなって気づいたことは、私って案外、楽天的だったんだなということ。
どんな環境や境遇にでも、それなりに順応できるとうか、そういう性格だったのか、夫の影響でそうなったのか。。
もちろんこれは、完全失明は避けられるというお墨付きがあるからのことなのでしょうね。
それほど強くはないのを神様はご存知だから、なのかもしれません。

そうそう、先日夫と一緒に映画を観に行ってきました。私の目でどれくらい見えるかの試しも含めて。
映画は「グラン・フィナーレ」。スイス・フランス・イタリア合作(イギリスも入っていたかな?」
でも言語は英語でした。それもわりと簡単な英語だったので字幕に頼らずなんとか会話やストーリーはわかったものの、大好きなハーヴェイ・カイテルの顔がよく見えなかったのは残念。
「老けちゃったな」というのだけはかろうじてわかったけれど。
この映画の終わりに、「フランチェスコ・ロージ監督に捧ぐ」とありました。ロージは私の大好きな映画監督でした。
「グラン・フィナーレ」を捧げられてロージが喜ぶかどうかは別として、いまだにロージを敬愛する映画人がいることがとってもうれしかったです。

人が出来上がる過程には、音楽とかスポーツとか宗教とかいろいろありますが、そういう意味なら私は本と映画でできている人間です。
それもハリウッドのロードショー映画よりは、ヨーロッパの小品好み。
一年に100本くらい観ていました。
中央線沿線に住んでいたので、三鷹、吉祥寺、荻窪、阿佐ヶ谷、中野、東中野、新宿、それと東西線の高田馬場や早稲田や神楽坂など、電車一本でひょいと行けたのがラッキーでした。
そんな私がシニア割引を使えるようになってから、映画が見れなくなったのですから皮肉なもの。
でも甲府にも名画座があって本当によかった!
名画座に行くとその雰囲気になんだか安心するのです。ここに来ている人達はまちがいなく大の映画好きだとわかるからです。
(だけど大丈夫かな?その甲府の映画館、午後2時45分からとはいえお客さんはたったの8人。。)
さいわいにも私たち夫婦は観たい映画がほぼ同じ。今度上映される映画も観に行こうと話しています。
画面がよく見えなくても、名画座の映画館に身を置くだけで、私は幸せなんです。
昔と違って、小さいけれどなかなかきれいで音響も悪くないし、シートも広いから疲れが少ないのは、以前と大違いですね。

本をたくさん読んでも小説家になりたいと思ったことはないけれど、映画監督にはなりたかったかも。
映画を観ながら「私なら、こうは撮らないな」とか生意気にも思っていたものです。
そういう意味でそんなこと考えもしなくてパーフェクトな映画だったのが、タルコフスキーーの「ノスタルジア」でした。
あの映画は長回しが多いので、どんな場面も全部覚えています。ほんとうに美しい映画でした。
ちなみに夫が一番好きな映画は「かくも長き不在」なのだそう。

夏が終わってからこっち、ハッチ君は元気なものの、ほとんどの時間を眠って過ごすようになりました。
耳が聞こえないので気配がわからず、ずぅーっと安心して眠れるのかな?
20歳ラインはクリアしたので、21歳を目指して長生きしてもらいたいものです。
ボブ・ディランのファンである弟に、ノーベル賞受賞お祝いメールをしたら、彼の家では「すごくヤンチャな猫」を買い始めたと返信が来ました。
ハッチもヤンチャでしたね。眠っている姿を見ながら、子猫の頃のハッチを思い浮かべいると、共に暮らした歳月がたまらなく愛おしく思えます。
夫も元気。どうかすると週に3回もゴルフをしていますが、ゴルフ・エルボーが治ってきて右腕を使うようになったのがいけないのか、最近は少々、お悩みのゴルフのようです。

短い晩秋を元気にお過ごしください。
posted by 北杜の星 at 07:33| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月24日

平松洋子「彼女の家出」

平松洋子は食のエッセイスト。
たおやかな彼女の筆にかかるとごく普通の食べものが、ちょっと特別な味に変わるような気がする。
でも私はひそかに思っているのだ。
平松洋子というひと、じつは好き嫌いがはっきりした小気味よい女性なのではないかと。
その片鱗はこのエッセイ集にも出ているみたい。

平松さんもはや還暦近い年齢となった。
この本では「女50代、しょっぱい現実にどう立ち向かうか?」の副頽どおり、その年齢ならではの日常のアレコレ、モヤモヤが並んでいる。
そうだな、男に関してはわからないし、他の女性のこともわからないのだが、私自身も50代は結構中途半端に感じていた。
まだ可能性を捨てきれない、でも、すでに人生は下り坂にさしかかり。その折り合いをどうつけるればよいのか?
長くなった人生、50代をいかに生きるかが老後に繋がる後への大きな分岐点になると、今、思い出されることが多い。
なにも人生云々の大袈裟なことばかりではなく、例えば着る服一つとっても難しかった記憶がある。
若い格好は若作りで気持ちわるいけど、だからといってオバサン風はイヤ。変に奥様風なのはもっとイヤ。
シンプルな細身のパンツとこれまたシンプルというか愛想のないトップス。。
これが今に引き摺る「私のスタイル」になってしまった。これでいいのかどうか、もっとカワイイ服を着てみればと言われるが、面倒くさいんですよね。

平松さんもいろいろお悩みのようです。
以前買った高価な舶来下着、そろそろ捨て時とわかっていても買った時の値段を思うとふんぎれない。。
そういうのってある、ある。
でもね、迷うのは50代だからはないかな?
私くらいの年齢になると、断捨離とやらで、捨てられるんですよね。「迷った時には捨てる!」がだんだん徹底してくるんです。
数日前の衣替えでも夫婦揃ってバッサリと捨てまくった。こんなに捨てるんなら買わなきゃいいのにと反省。

彼女をお手本にと思う文章が一つ。
それは夏になると彼女の化粧ポーチの中には、100円ショップで買った小さなプラスティック容器が入る。
その容器には「塩」。
暑さで体がだるくなったり疲れたりするときに、その塩をちょっと舐める。
するとたちまち、元気を取り戻せるそうだ。
これはあるオートレーサーから教えてもらったことらしい。
暑さ負けする私にこれは即効があるかもしれない。水も大切だけどミネラルも大切。
塩はともすれば悪者扱いされがちだけど、私たちは海から生まれたのだ。塩は必須ミネラル。

表題の「彼女の家出」は、突然家族に知らせずにロンドンに行ったある友人女性のお話し。
どんな内容かは、読んでのお楽しみ。
今回も大好きな平松洋子のエッセイ集、楽しみながらいろいろわが身を振り返ってニヤニヤ、フムフムとなりました。
posted by 北杜の星 at 07:21| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月05日

帚木蓬生「受難」

帚木蓬生は精神科医をしつつ作家として活躍する九州在住のひと。
多忙ななかで、一年一作というのがこのところのペースとなっているようで、私はその一冊をいつも大切に読んでいる。
今度のこの「受難」は500ページあまりの大長編。他にすることが山積していて読了までにほぼ1週間かかってしまった。
私の夫などは一冊の本を読むのに何日もかけるのだが、私は一気呵成の勢いで読まなければ途中でイヤになるタイプ。だから1週間というのは長期戦だったのだが、読んでよかった。
帚木蓬生のヒューマニズムって、本当に本物。

韓国フェリー世月(セウォル)号沈没事件はまだ記憶に新しいだろう。
2014年に起きた転覆事故は、完全沈没までに50時間あったにもかかわらず、高校の修学旅行生を含む293名が犠牲となった。
事故後わかったのはあまりにも酷い事実だった。
積載オーバー、定員オーバー、船長はじめ船員たちの質の悪さ、救援活動の不備、船舶会社とその親会社との政治癒着・・
韓国社会の現実がそのまま浮き彫りになって起こった痛ましい事故だった。
もっともこれは日本で絶対に起きないとは限らないのだけれど。

博多にある細胞研究所は韓国の麗水に細胞治療所を設立した。
ブラジル生まれの所長の津村リカルド民男は博多と霊水を頻繁に往復し、韓国側の事務長やその家族らと親しく交流していた。
そんな折、一人の事業家からある依頼を受けた。
その事業家の孫娘は山歩きをしていて滝壺に落ち溺死したのだが、遺体は冷凍保存されている。
依頼というのは孫娘をips細胞で蘇生させてほしいというものだった。
しかし死んだ人間を生き返らせるのは不可能。ips細胞からさまざまな臓器や部位を再生させることでレプリカをつくることになった。
日本人スタッフも韓国に合流し、レプリカ作成に成功し、「はるか」という女子高校生は少しずつ記憶を取り戻しながら、祖父と田舎暮らしをすることに。
やがてはるかは世月号事件に興味を覚え、いろいろ調査し始める。
彼女自身の体には、速いスピードで老化が起きる症状が現れるようになり。。

韓国の現状、日韓の歴史、韓国や日本の風景・食べもの・・
盛りだくさんの内容がぐいぐいと読者をひきつける小説だと思う。
社会派ミステリーでもあり、医療小説でもある。
フィクションとノン・フィクション、現在と近未来がうまく混じりあっていて、韓国の政治権力と企業の癒着などとてもリアルだし、ips細胞の可能性についてもよくわかる。
謎解きの部分が多いのでストーリーを詳しくは書けないが、読み応えのある作品だった。

きっと帚木さん、何度も韓国に取材旅行に行ってこれを書いたのでしょうが、福岡と韓国って近いんですよね。
それにしても韓国料理の美味しそうなことったら!とくに事務長の奥さんの作る家庭料理がなんともなんとも。食べたいなぁ。

posted by 北杜の星 at 08:08| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月27日

ハッチの身辺雑記

月に一度のハッチの身辺雑記です。

今年の夏はおかしな夏でした。
ここ八ヶ岳南麓は昼間の暑さはあっても、いつもなら高原の風が爽やかなのですが、その風が湿っぽかった。
それもそのはず、10日間ずっと曇りと雨続き。朝起きてびっくりするほど暗いんです。
夏の初めは日照りのため、農家は野菜がダメ、今は日照不足でお米の収穫が心配。
そのうえ猪や猿の被害が広がっているようで、弱り目に祟り目です。
知人がシャイン・マスカットを栽培していて、「出来たら友人たちを呼んでおくから、引き売りに来て」と頼んでいたら、ナント、長雨でぶどうが病気にかかって全滅したそう。
お気の毒で慰めようがありませんでした。
こちらも大きくて美味なるシャイン・マスカットはまだ珍しいので、友人たちに宅配便で送ろうと思っていたのに残念でした。

それでも今年の夏もたくさんのお野菜を頂きました。
朝の遅い私たちが起きて玄関ポーチを見ると、トマト、きゅうり、いんげん、ピーマン、トウモロコシ・・
夏にもサンタさんがいるんですよ、このあたりには。
夏前に頂いた玉ねぎとジャガイモは冬の初めまでもちそうだし、その頃には白菜と大根とネギが到来します。
今はちょっと野菜は端境期かな。その代わりに果物が続々・・

今月のビッグ・イベントは、友人夫妻たちと計6人で岐阜の長良川に行ったこと。
往復が同じ路なのは面白くないと夫が言いだし、往路は松本経由で上高地の脇の安房トンネルを抜けて飛騨高山へ。
東京に住んでいた頃は、飛騨高山と聞くととっても遠いところという印象でしたが、ここからは2時間ちょっと。
朝8時に出発して10時過ぎには高山でコーヒー・タイム。
そこから郡上八幡へ。
郡上八幡は一度ぜひ行ってみたかった町です。夫は以前に行ったことがあって「いつか連れて行ってあげよう」といつも言っていたのに、今までなかなか行けなくて。。
郡上踊りが終わった後で、町には提灯がまだ残っていました。祭りの後の静けさと言いたいところですが、結構観光客がいました。
想像通りの美しい水辺を散策できて、幸せでした。
美味しい鰻も食べました。ここの鰻は関西風で蒸さないんですね。

そして宿泊は長良川のほとりの、普段私たちがあまり泊らない大きなホテル。
大きいからなぁ、どうかなぁと懸念していた通り、食事は熱々の鮎の塩焼き以外はイマイチでした。「ゆこゆ子、ネット」での高評価は今回始めて食事に関してはハズレ。
だけど夜、きれいな鵜飼の船を遠くから見られて、風情を楽しみました。
鵜飼船が出る間は川の両側のホテルやマンションでは電気を消すのですね。だから暗い川に篝火というか漁火のたいまつが本当にきれいでした。
さすが源氏物語にも書かれた鵜飼です。

岐阜っていいところです。交通の便があまり良くないのが幸いして、古き佳きものが残っている感じ。(東海道新幹線の駅のほとんどには乗り降りしているけど、岐阜羽島駅には縁がありません)。
ホテルから徒歩5分の川原町の古い町並みが素敵でした。
今回は行かなかったけれど、美濃や多治見や関なども訪れたいものです。

復路は土岐ジャンクションを経由して中央高速で帰ったのですが、途中土岐プレミアムアウトレットに寄りました。
6人みんな田舎暮らし。お店に飢えているので久しぶりのショッピング。
といっても「これが欲しい!」というものは私にはなく、カットソーとパンツを買ったくらい。他お人は靴や食器などいろいろ買っていましたけど。
口惜しかったのは、swatchのお店があったこと。というのは現在swatchでは、切れた電池を無料で交換してくれるそうなんです。
我が家には電池切れで止まったswatchが数個あります。まるでアラブの王様のように、電池が切れたらついそのままで新しいのを買ってしまう。(アラブの王様はガソリンがなくなったら、車を買い替える、なんて言われますよね)。
イタリアに行くと必ずswatchを買います。イタリア人はみんなswatch大好き!老いも若きも腕にしています。日本では売ってないデザインも多いんです。
「アウトレットに行くんならswatchのお店あるかもよ。持って行こう」と話していたのに、忘れてしまったのです。。
ま、新宿高島屋にでも行くことにしましょう。

岐阜旅行の前後に過食したせいで免疫が落ちていたのか、ウィルス性胃腸炎になってしまったのも今月のトピックです。
まだ暑い季節だとういうのにウィルス性胃腸炎?と訝っていたら、いま流行っているのかな?「私も」とか「私の友人が」とか聞くんです。
私のウィルスは強いものではなかったようで、吐き気だけで吐くまでにはいたらない、お腹がシクシクするけど痛くて下すまでではない。。そんな状態がでも、2週間くらい続きました。
現在もまだ本調子ではないみたい。
玄米をしっかり噛んで噛んで食べるのが一番効くようで、それとお白湯と梅肉エキスがいいですね。
ちなみにウィルス性胃腸炎でも私は病院には行きません。だってウィルスでは対症療法しかしてもらえないし、その対症療法もしない方がいいくらいのものです。
悪いものは体から出し切ることが大切。
微熱が出ましたが、熱というのはウィルスを退治するために白血球が頑張っているといいうこと。熱をむやみに下げるなんてもったいない。自然治癒力がなくなるだけです。
脱水症状にならないように気をつけながら、普通に暮らしていました。
ある友人は自己免疫疾患系の病気で治療中なので、ウィルス性の胃腸炎によく罹るのですが、昨年秋に罹って2カ月くらい治りきらなかったと言っていました。
でも、私は8割方は回復しつつあるようで、朝食の時にしばらく食べていなかったナッツ類を食べたいと思えるほどになりました。

先週の土曜日に東京から友人が甲府まで来てくれて一緒にランチしたのが、日本橋たいめい軒で修業したという料理人の洋食フレンチ店。
前菜にスープにメインはスズキ、それにデザート。ちゃんと食べてもお腹は平気でした。
甲府には美味しい店がないのか、私が知らないだけなのか。。でもそのお店はかなり美味しかったです。アラカルトは夜しかないそうなので、今度は夜に行ってみたいです。
だけどそのお店がある甲府の繁華街、土曜日だというのにシャッターの閉まった店舗の多いこと。駐車場のない市内を避けて、みんな郊外のショッピング・モールに行くんでしょうね。
なんだか薄寒い光景でした。

食後は山梨の伝統工芸である鹿皮をうるし型染めした「印伝」のお店に。
最近はデザインが若向きになっているのか客層に若い人が増え、その日もかなり若いカップルたちが財布やバッグやメガネケースなどを見ていました。
なんでもあのティファニーともコラボするのだとか。
着物用に大きめの合切袋が欲しいのだけど、印伝って高くてなかなか手が出ません。
ちなみになぜ「合切袋」というのかご存じですか?持っている一切合財のものを入れるから、なのだそうです。(小さな合切袋もあるんですけど)。

夏の間は暑くムシムシしたところへ行く気がしないのですが、やっと明日、2か月ぶりの東京です。
最近はお上りさん気分でキョロキョロ、ウロウロ。目まぐるしく変化し続ける東京がだんだん遠くなる。
でも行くと、やはり美味しいものがたくさんあるので楽しみ。
明日は週に3日だけお昼に「バラ散らし」を出す四谷の鮨屋へ。7月に行ってあまりの美味に今一度と出かけます。予約が大変なこともある店のようです。
ウィルス性胃腸炎、生もの食べても大丈夫ですよね?

夫は超元気。仕事がそこそこ忙しい中、ゴルフはお誘いがあれば断ることなく行ってます。
「まるで、それって小学生ね」と私は笑ってしまうのだけど、プレイのお誘いだけでなく「練習、これから行くんだけど」とのお誘いもあって、「じゃぁ、僕もこれから行くよ」と。
これってまるで「●●君、遊びましょぅ」の世界ですよね。

ハッチ君は最近、時々(一日に2回くらい)、大声で「ゥウオーン、ゥウオーン」と鳴くようになりました。調べてみると、高齢の猫に多い「甲状腺機能亢進症」みたいです。
たくさん食べて排出もしっかりして、時折無意味に走り回る「元気だね」と思っていたのに、病名のつくものだったようです。
でももう20歳、獣医さん二連れて行く気はありません。
麻酔をしての手術はもってのほかですし、薬もすでに経年拾うしている腎臓などに悪いに決まっていますから。第一、病院に行くだけですごいストレスだと思います。
好きなものを食べさせ、自由に機嫌よく暮らさせてあげたいですy。

。。というのが今月のできごと。

10月は秋晴れになりますように!
posted by 北杜の星 at 07:39| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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