2017年12月29日

宮田昇「小尾俊人の戦後」

本が好きなので、本を作る出版社も大好きだ。
とくに好みの作家を扱う出版社には感謝をしつつ、敬意を払っている。
というのは私の好みの作家はどちらかというと純文学系なので、売れるとは考えにくいからからだ。
出版界の現状を考えると心細くなるが、それでも頑張る若き出版人たちはいる。
例えば吉祥寺にある「夏葉社」などは、そのちょっとレトロで静かな本のラインナップを見ると、応援せずにはいられなくなる。
売れ筋とはほど遠い本を、「とにかく好きだから」と出している印象があって、うれしくもありヒヤヒヤもしている。
(最初「夏葉社」と聞いたときは、今はもうなくなった「冬樹社」のパロディかと思った。「冬樹社」は坂口安吾や山川方夫全集(現在は他の出版社に引き継がれている)などで有名だった、)。

出版人にはどういうわけか信州出身者が多い。
教育県と言われた長野だからだろうか。
三省堂、三笠書房、理論社、光文社などもそうだが、代表的なのは岩波書店の岩波茂雄、筑摩書房の古田晃、そしてみすず書房の小尾俊人。
筑摩とかみすずというのはいかにも信濃の国らしいネーミングだが(みすずは信濃の国の枕詞)、みすず書房の名は違う出所らしい。
私はずっとみすず書房の創業者である小尾俊人のことを知りたいと思ってきた。
彼の森?外に関する書物は以前に読んだことがあるのだが、ほとんど覚えていないのが情けない。
小尾は自らも書いた詩、編にも携わった。

みすず書房は私の「先生」なのだ。
みすず書房によって私は「人文科学」とは何かを教えてもらった。
歴史、西洋思想、文芸、社会史など、もしみすず書房が存在しなかったら、私はこれほどの本好きにはなっていなかったと思う。
系統だって本を読む喜びをみすず書房は私に与えてくれた。
もっともみすず書房の本は出版数が少なく値段が高いので、若かった私にはなかなか買えなかった。でもだからこそ購入したら何度も何度も繰り返し読んだ。

小尾俊人は1945年(昭和20年)、敗戦復員のその年に出版社を立ち上げた。
資金も人脈もなにもなかった。そもそも日本には食べるものすらなかったのだ。
苦労は並大抵ではなかったはずだが、人々は食べものだけではなく、知識にも飢えていた。
けれどみすず書房は大衆路線は歩まなかった。かといってアカデミックで高邁すぎる道も選ばなかった。
学術的ではあるけれど裾野を拡げるための本を出版し続けている。
文芸本にしても小島信夫の初期作品とか、庄野潤三の初期作品とか、どう考えてもベストセラーになるとは思えない作家選びをしている。
みすず書房の名を高めたのはなんといっても、アウシュビッツ体験を書いたフランクルの「夜と霧」だろう。
おそらくみすず書房の歴史のなかでこれがもっとも売れたと思う。
私にとってはメイ・サートンの「独り居の日記」も忘れられない一冊だ。

この本の著者は翻訳をする人で、長く小尾俊人とともに仕事をしてきたという。
昨年みすず書房から発刊されたこの本、全400ページ余りを読むには私の目は限界で、三分の一をやっと拾い読みしたような状態なのは、著者には本当に失礼で申し訳ないのだけれど、手に取れて本当によかったと心から思っている。
ご高齢にもかかわらずこのような労作を成し遂げられたことに敬意を払います。
小尾俊人の墓は茅野市にあるそう。
茅野のどこなのか?
私は蓼科に通っていたので茅野の町には詳しい。墓前にまでは行かなくとも、寺の前で手くらいは合わせたいものだ。
それほど小尾俊人、みすず書房は私にとって人生の指標となってきた。
作家と出会う幸福と同じように、出版社と出会う幸福もある・・そのどちらも持てた私の読書人生、悪くないなぁと自賛しています。

posted by 北杜の星 at 07:50| 山梨 ☀| Comment(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月20日

マイケル・グレガー他著「食事のせいで死なないために!」

「病気の原因の7割は自分自身でコントロールできる」。と帯う文にあるが、まったく正しいと思う。
その7割のなかの何割かが食べものであるのもその通り。
本当に必要なものを必要なだけ体に摂り入れることの大切さ、そして難しさ。
時々はこのような本を読んで、自戒してみようと読んでみた。

まぁ、もうさんざん言われ書きつくされたことばかりなので、そう新鮮味は感じられない内容だ。
つまりは果物、野菜をいっぱい食べて、肉や魚をできるだけ減らそうということ。
それもアブラナ科の野菜、ときにはちょっとめずらしい果物もどんどん取り入れようというもの。
サラダは毎日食べようとか。
(私はサラダが大好きだけど、それでも寒い季節になるとサラダよりは温野菜の方がいい。冬に生のサラダは体が冷える)。

食べものはあくまで風土の問題。
その土地土地にある食事を考えることも必要ではないだろうか?

何を美味しいと感じる体がとうのも重要だ。
ジャンクフードが好きな人は、あれが本当に美味しいと思って食べている。
彼らは全粒粉のパンの美味しさを知らないのだ。添加物まみれの加工肉の味しか知らないと、脂肪の少ない肉は物足らないのだ。
ケチャップやマスタードも添加物だらけだけど、そういうものだと思っている。
正しい食j材の食事をしていると、そういうことに敏感になってくる。
化学調味料の味のするつくだ煮などには手が伸びなくなるし、糊固料の使われているヨーグルトはイヤだと思うようになる。
高いお金を出せば安全なわけっではない。
高級スーパーや高級デパートで売る商品のほとんどはそうした品だ。立派に輝く果物おは農薬や生長ホルモンまぶし。

人工添加物にまったく気をつけなくて1年間食べていると、約60キロの添加物を体に入れている計算になると何かで読んだことがある。
もし、ちょっと神経質に気をつければ、半分に減らせるそうだ。
それでも年間30キロ!怖い話です。

この本に「フラックス・シード」についての項目がある。
我が夫は最近このフラックスにちょっと凝っていて、オイルをいろんなものにかけているのだが、オイルなのでどうしてもカロリーが高い。値段も高い。
でもここではオイルではなくシード・パウダーが紹介されている。
パウダーならカロリーはそれほど高くなく、しかも老いるより汎用性がある。何にでもかけられ得る。
自然療法で有名なあの東城百合子さんはもちろん玄米菜食なのだが、どうしての外食で白いご飯を食べなくてはならない時のために、いつも黒ゴマ塩を持ち歩いているそうだが、フラックス・シード・パウダーならより効果的だろう。
ロ^ストの粉末は香ばしくて美味しいので、オイルと一緒に食卓に置くようになりました。

目新しいものはないとはいえ、こういう本は正しい道に私を引き戻してくれるので、時に読むと軌道修正できてうれしいです。
posted by 北杜の星 at 07:40| 山梨 ☁| Comment(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月21日

三浦しをん「白蛇島」

サトシは高校3年生。故郷の拝島を離れ都会で寮生活をしている。
彼は夏休み、13年に一度の島の大祭のために帰省した。
港に迎えにきてくれたのは光市だ。
拝島は古い風習が残る閉鎖的な島。そこでは長男だけが島に残り、次男以下は島を出なくてはならない。
そして長男同士は「持念兄弟」として、お互いに持念石を身に就け、生涯を深く強く結ばれているのだが、サトシと光市もその持念兄弟なのである。

島には不穏な空気が漂っている。島の守り神の白蛇、氏神神社の長男と次男、「アレ」の出現、海に浮かぶ「黒いアタマ」、洞窟・・
おどろおどろしく、禍々しい島とそこに住む各集落の人々。
昔から変わらないものと、変わろうとするもの・・

こういう小説は何が起きても、まぁ着地点はわかっている。
でもこれ、ほとんど何も起きないんですね。
私はこれを計4巻(1巻、約150ページほど)の点字本で読んだのだけど、最初の巻の半分くらいまで、ひたすら島の説明。
ホント、何にも起きない。
やっと人物配置がはっきりしてきても、これというほどのことは起きない。
だけどなんだろ?ついつい、最後まで読んでしまったのだ。
面白くないと言えばちっとも面白くないんだけど、書いてる本人は楽しんでいるのかもという気がところどころに感じられて、それに引っ張られたみたい。
ストーリー性はないけど、ディテールがよくわかるし、部分部分に新鮮さがある。
その新鮮さはやはりサトシと光市という「少年」が主人公だからだろう。つまりこれは、少年冒険小説として読むものなのだ。

この拝島、印象としては瀬戸内海のどこかの小島。それも広島県や愛媛県ではなくて、岡山県のような。。
(これって、私が岩井志麻子に毒されているからかな?)
日本海の離島という雰囲気ではない。
サトシと光市の他に主人公がいるとすれば、それは軽トラックだ。
光市がサトシを港まで迎えに来るのも軽トラックだし、島中を走り回るのも軽トラック。
スリリングな2台の軽トラックのチェイスまであってサービス満点だ。
「あとがき」を読んで理由がわかった。
この「白蛇島」は三浦しをんにとって「白い軽トラック三部作」の最後の作品らしい。といっても3つの物語りに繋がりはない。
とにかく彼女は軽トラックが大好きなのだとか。
道路交通法違反hの軽トラックの荷台に、ここではいろんな人を乗せているけど、島だもの、やかましいことを言う人がいるわけでhない。

都会に住んでいた頃は軽トラックを見ることはあまりなかった。
でも田舎では軽トラはごくごく日常的な車で、ほぼ各家庭に1台はある。
農家にしてもちょっとした商店にしても、軽トラがなくてはどうしようもないことが多い。
都会からの移住組でも外仕事したり、ゴミ出しのために軽トラを買うひとは多い。
三浦しをんは「白い軽トラック」と言うが、最近は女子の軽トラ乗りをターゲットに、ピンクやブルーの色付きもあるみたいだけど、軽トラックはやはり白。
時々一緒にランチする友人が軽トラックに私を乗せに来てくれるけど、困るのはバッグ一つ置くところがないこと。
女子用の軽トラックはそこらへんが改善されているのだろうか?
だけどああした車というよりも、トンカチやチェーンソーと同じくツールとして使うものの設備があんまり充実するのも、ちょっと違う感じがする。
軽トラックは実用一辺倒でいいと思います。
うーん、この本、軽トラックの魅力で読んだのかも。
posted by 北杜の星 at 07:56| 山梨 ☁| Comment(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月13日

森絵都「出会いなおし」

この森絵都、とても素晴らしい。
森絵都といえば長編というイメージが私にはあって、これまでいろいろ読んではきたが、どうもどこかしっくりこないところがあって、「悪くはないんだけど、単に私との相性の問題かも」と諦めていたのだ。
でもこれ、短編小説が大好きな私は大満足。
6つの短編に共通するものは、タイトルのように「出会いなおし」。ストーリーはさまざまだが、過去に出会った人と別れて、また時を経てで会う、というお話し。
これまでの森作品とはかなり違う雰囲気を持っていて、落ち着きが感じられる。

長い人生には、人との別れが必ずある。
いっとき仲良く密な付き合いがあったのに、少しずつ齟齬が生まれて関係が途絶えてしまったり、何も特別なことなどなかったのに、いつのまにか消えてしまったり。。
誰にもそんな知り合いがいることだろう。
私にももちろんいる。
ときおり昔日のそんな友人たちのことを思い出すのは、私がそういう年齢になったからか?
熱心に辿れば、彼らの消息はわかるのだけれど、それほどの熱意はなく、ただぼんやりと思い浮かべているだけ。
だけど心のどこかで、「出会うべき人には必ずまた出会える」と信じている。

長い時間の後で出会いなおすと、驚くことがある。
「この人、こんなに良い人だったかな?」と。なんかすごく大きくなっていて、自分の上を通りすぎた時間とその人を通り過ぎた時間を較べてしまう。
そして「あぁ、いろんなことがあったんだなぁ」と、そこから新たな付き合いが再開することもある。
人と人とのつながりの深さ、面白さです。

この短編集には、「出会いなおすべき人たちが出てくる。
過去のいやな時間を共有したクラスメートもいれば、出会いなおして結婚した人もいる。
どれも素敵な物語なのだけど、「青空」が印象的だった。出会いなおしは生きている人だけじゃなく、亡父や妻という場合だってある。
30代半ばの妻を亡くし、小学3年生の息子を妻の実家に預けて育ててもらうことになった男性。
その息子と車に乗っていて、前のトラックが大きなベニヤ板を落とす事故にあう。その瞬間のほんの2秒くらいの間に、亡父の言葉、妻のことが頭をよぎるのだが、説明をするところはしっかりしていて、説明のない部分でも心情が表現されているところは見事だと思った。

父とドライブしながら、父からのどんな問いかけにも「うん」としか言わない息子。
父と息子のコミュニケーションがうまくいうっているとは思えない。
でも最後、事故で助かって彼が息子に言う。
「大丈夫か}
「うん」
「まいったな」
「うん」
「ママが守ってくれたんだ」
「うん」
あたりまえのように恭介はうなずき・・

「うん」としか応えない息子の最後の「うん」に、母を亡くした喪失感、母を恋う気もちがあふれているし、父だけでなく息子の方も父とどう向き合っていいのか戸惑っていたのだとわかる。
とにかくこの森絵都には感激でした。
短編としての完成度が高く、それでいてサラリとべとつきがなく、変な作為が感じられない。
秋の読書として、大いに楽しみました。
posted by 北杜の星 at 07:33| 山梨 ☀| Comment(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月31日

森下典子「こいしいたべもの」

誰にも懐かしい味がある。
昔、母が作ってくれた食べもの、いけないと言われながら友達と買い食いした祭りの屋台の味、我が家とは違う形態で驚いた一皿・・
あれは本当に美味しかったのか?今となってはわからない。
私の小さな頃はまだ戦後の混乱が残る時代、食料難からは脱していたもののまだまだ食卓は貧しかった。
そんな頃の食べものが美味しいはずはないと言われれば、そうかもしれない。
でもあれらの味は、幼い自分が絶対的に両親に守られ、何の苦悩も心配もなく、ノホホンと暮らした幸せの味だったように思う。
森下典子さんにもそのような味があった。それを過度な感情移入なしに静かな筆致で書いているのがこの本。
文章だけでなくイラストも彼女の作で、これがとっても素敵。
写真よりもイラストの方がより伝わるもものが多い場合があるが、この本はまさしくそうで、文章とイラストの合体が大成功。
森下さん、絵がお上手なんですね。雰囲気、すごくいいです。

「こいしい」「懐かしい」のは、それがもう戻ってこないから。
家族で食べたあの料理は、兄弟姉妹が結婚して家を出たり、親が亡くなったり、時代の変化などで、作られなくなってしまう。
典型的な中流家庭の森下家でも、その移り変わりは否めない。
(この「中流」という表現は難しいモノがあって、欧米の「中流」ではなく、あくまでも日本の「中流」です。)

ずいぶん料理好きなお母さんだったのだなと思う。
何かあるとお父さんは「うんまいものが食べたいな」と言ったという。うまいものではなく、うんまいもの。
そんなときお母さんはいそいそと台所に立ち、散らし寿司などを作ったそうだ。(散らし寿司がさっとできるなんてスゴイです。私なんて「さぁ、来週は散らし寿司を作るぞ」と大決心しないとつくれないけど)。

家族の食べものには歴史がある。
父の焼きビーフンには、海軍だった父が南方の戦場に行く途中、アメリカの魚雷攻撃を受け海に漂流後、助けられ九死に一生を得た経験に繋がっていた。
焼きビーフン、つい最近友人と焼きビーフンの話しをしたばかりだったので、ついこの文章を読みこんでしまった。
ビーフンがどのように作られるかもここで初めて知った。

どれほど心がこもり手の込んだお弁当であっても、前の席の男の子が毎日パン屋で買ってくる「コロッケパン」が羨ましい。
その男の子は彼女の色とりどりの手作りお弁当が羨ましいのだけど。。
だからお母さんが風邪でお弁当が作られない時に、お金を持たされて買った「コロッケパン」のなんて美味しかったこと!

「こいしい」は「せつない」のですね。これを読んでいるとなんだか涙ぐみそうになってくる。
失ったものへの愛惜。。
でもそれが確かにあったという幸福感はずっとずっと消えないはず。
心がほんわりの一冊でした。
posted by 北杜の星 at 07:44| 山梨 ☀| Comment(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月28日

満留邦子「焼きそば」

焼きそばが大好き!
ソース焼きそば、上海焼きそば、揚げ焼きそば、あんかけ焼きそば・・
どんな焼きそばでも時折むしょうに食べたくなる。
なかでも五目あんかけ焼きそばには目がない。

高級ホテルの中華料理の五目あんかけ焼きそばはどこのもかなり美味しいけれど、税・サービス料を入れると3千円近くする。
焼きそば一皿にそんなの(向田邦子ふうに言うなら)冥利が悪い。
そんな贅沢は言わないから、せめて吉祥寺の翆蘭の五目焼きそばを食べたいと願う日々。というのも私の住むここ八ヶ岳は中華不毛の土地だからだ。

考えてみると焼きそばに特化した料理本というのは、あまり見たことがない気がする。
著者の満留さんは管理栄養士であり料理研究家。これまでに「そうめん」の本も出しているようだ。(麺類がお好きなのかな?)
この本、当然焼きそばだけが載っているのだが、どの写真もとても美しい。
焼きそばってこんなにきれいな食べものだったのか。
どれもレシピ付きなので、作ろうと思えば作れる。ほとんどが豚肉にキャベツなどの野菜と一緒に炒めるだけなので簡単なのがありがたい。

それらの焼きそばの味付けに使用するソースの類も紹介されている。
ウスターソース、中濃ソース、お好みソース(広島の人間にとってはもちろん「おたふく」)、オイスターソース、鶏ガラスープの素、豆板醤、醤油、麺つゆ、味噌、ナンプラー、それから私が知らなかったシーズニングソース(中華醤油をベースにした白だしのようなものらしい)。
確かに、ソースを何にするかで味が大きく異なる。
家で焼きそばを作る時にほんの少し鶏ガラスープを加えると、ぐっと味に深みが出て、技無しで助かる。

この本には日本全国のご当地焼きそばが北は北海道の北見の塩焼きそばから南は沖縄焼きそばまでずらりと紹介さrている。
知らない未経験の焼きそばの多いこと。
日本蕎麦は旅行に行くたびに土地の評判の店を訪れているが、焼きそば行脚はしたことがないなぁ。
我が家でここ10年以上のお気に入りが、あの富士宮焼きそば。
味はソースだが、特徴はそばが固いこと。作りかたを読めば炒めるときに水で麺をほぐすと書かれているが、私は水は加えずに野菜から出る水分だけで作る。
炒めるときに豚の肉かすを、出来上がりに魚粉をかける(夫は魚粉はかけないが)。
いろんなメーカーがあるが、ひたすら「マルモ」と決めている。

この本には長野の「ローメン」についても書かれている。伊那に行くと「ローメン」の看板を見かけることが多いが、食べた人の話によると評価が分かれる。
なのでわざわざ行ってまで食べようとしたことはない。
なんでも大陸から帰った人がレシピを持ちかえったとか。

ここには出ていないし、焼きそばのそばとしては邪道なのだが、茶そばを使った焼きそばがある。
山口県は下関に近い日本海に面した川棚温泉の「瓦そば」だ。
私はもう20年近く前に一度食べただけの、いわば「幻の」焼きそばなのだが、もう一度食べたい。
瓦に乗って供されるのだが、多分焼きのは鉄板か鍋だろう。
パリパリ焦げ目のついた香たかい茶そばを、出汁つゆで食べる。
薬味はネギ(白いのではなく青ネギです)、レモン、もみじおろしなどだったかな?
あれはとっても記憶に残る和風で上品な味だったが、川棚は遠くてなかなか再見できないでいる。
川棚温泉は全国的に有名ではないが、下関の奥座敷として、冬は河豚がいいんですよ。温泉に入って河豚を食べて。。そのうえ瓦そばまである。

焼きそばというと焼きそば用の蒸し麺を家庭では使うことが多いけど、面倒がらずに生麺を茹でると、断然味は素晴らしくなります!
広島のお好み焼き屋さんの焼きそばも、生麺を使うのが正道です。

焼きそば党にはたまらない一冊。著者の満留さんに感謝です。

posted by 北杜の星 at 07:19| 山梨 ☁| Comment(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月24日

益田美樹「義肢装具士になるには」

「義肢装具士」・・義肢を作る職業の人がいるとは思っていたが、その仕事の内容のことは何もしらなかった。
なぜ私が義肢に興味を持ったかというと、つい最近、私の友人のご主人が膝から下の脚を切断したからだ。
事故ではなく糖尿病の合併症である。
友人が話してくれたことがとてもショックだった。
「病院で切断された脚、どうするか知っている?」
「ううん、どうするの?」
「病院は家族に返してくれるのよ」。
「えーっ、返してもらってどうするの?」
「病院でもらった書類を添えて、火葬場で焼いてもらうの」
「。。。」

現在そのご主人は義肢をつけてリハビリをし、家の中を歩けるまでになったそうだ。
「ぺりかん社」発刊のこの本はシリーズで、医療に関わる仕事をしたい人に向け、仕事の内容や資格取得方法などを教えてくれるもの。
ここにもそうしたことが書かれている。

義肢装具士は国家資格が必要な職業。
働く先は病院や製作所などで、他の医療関係者である医師、看護師、医学療法士などと連携しながら、患者に適合する義肢、義手の他に、車椅子利用者のためのシッティング装具や足に悩みを持つ人のための靴やソールを作ることも含まれるそうだ。
パラアスリートの才能を最大限に引き出すサポートもする。

この仕事、女性にも向いていて、女性の義肢装具士もたくさんいる。
シリコンを使用しての装具作りには器用さが必要だが、それだけではなく、患者の心理に添う神経の細やかさも大切となる。
装具には治療時に使うためのもので、治療が終われば不要になるものもあるようだが、それだって手は抜けない。
機能、見た目など考慮すべき点はたくさんある。

義肢装具士は国内だけででなく、国際協力に貢献できる。
地雷で失った脚に義肢を装着した若い人たちは、仕事に就けるようになる。
そうしたNGOにボランティアとして参加し、自分の仕事を役立てながら世界を見ることができるのは素晴らしい。

義肢義手は今では精密に進化した。
私が幼いころに町で見た傷痍軍人(知らない若い人がいるかもしれないが、戦争から傷ついて帰国した兵隊さんが白い服を着て、物乞いをしていたのだ)の人たちの「脚」。
あれは義肢なんてものではなかった。
棒が1本、白いズボンの下から出ていた。
あれは上をどうやって留めていたのだろうか?
肉に食い込んでさぞ痛かったことだろうし、歩くには不安定だったはずだ。だから松葉杖をついていた記憶があるのだが。
あの棒はとても義肢と呼べるものではなかった。

ハンディのある人が少しでも日常をラクに送れるための装具、これからも日進月歩で開発されてほしいものだ。
そしてそれを作る義肢装具士という仕事も世の中でますます必要とされることだろう。
高齢者社会、糖尿病合併症・・患者は増えるばかりなのだから。
posted by 北杜の星 at 07:14| 山梨 ☁| Comment(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月27日

三砂ちづる「死にゆく人のかたわらで」

著者の三砂ちづるは津田塾大学教授。母子の健康をテーマとしている疫学者である。
女性独自の身体性にもっと目を向けて、その身体性を元に保健や社会のことを考えようと提案している。
その趣旨がフェミニストたちから誤解されることも多いが、社会的なフェミニズムには賛成だが、身体性という点においては彼女の論旨は正しいと私は考えている。
これまで数冊の彼女の著作うを読み、「そう、女は太古の昔から宇宙の自然とともに生きて来たんだ」とつくづく納得させられる。
男と女の身体の性差はたしかにあるのだ。
その彼女が末期癌の夫を自宅で看取った。
これはその記録である。

この本を読むと自宅で最期」というのが、それほど大変ではないと感じられる。
もちろん、下の世話やときおり起きる昏倒発作は大変だし怖かったことだろう。
でも在宅看護のためのシステムがしっかりしていれば、例えば、在宅訪問医と看護師、ケア・スタッフがしかりしていれば、可能なんじゃないかと思えてくるのだ。
それほど三砂ちづるという人は自然体で終末介護を受け止めてる楽天さがある。
そう、必要以上に思い煩わないことの大切さを彼女は教えてくれる。

夫がある日、喉の腫れに気付き病院へ行ったところ、喉頭癌がリンパに転移したステージWの末期癌で余命6か月と告知される。
夫は団塊世代、名を金蔵という。(戦後生まれとしてはクラシカルな名前で、これは祖父による命名だったとか)。
彼はあの近藤誠医師の初めのころの本の編集者だったことで、近藤医師の信奉者。癌健診を受けたことはないし、転移した末期癌に対して過度な治療をするつもりも、ましてや延命処置も受ける気はさらさらなかった。

しかし告知を受けた直後から、発作が起きて下は垂れ流しとなることが頻繁に起きた。
これは喉にある迷走神経を癌細胞が刺激するために起きるもので、最初に受けた放射線治療で癌が小さくなってからは起きなかった。
また癌が大きくなればそれはそれで、迷走神経を壊してしまうので、発作は起きなくなったとか。

夫はやがて積極的な医療を拒否。家で高カロリー輸液900ミリリットル(これは生命維持ギリギリのカロリー)をしながら、自宅で療養することを選択。
治療はしないが症状に対しては、麻薬系の痛みどめや酸素吸入などを使った。
妻のちづるも仕事を続けた。
夫は死のその日まで、らい客と話をし、ポータブルトイレで自分で排せつできた。
175センチの身長、70キロだったが、体重は40キロを切っていたらしいが、それでも本人もちづるも、その日が最期とは思っていなかった。
安らかに穏やかに、規則的な下顎呼吸の数時間後に亡くなった。

この本には実際的な末期癌の家族を看取るための金銭的なものとか、恐怖などについても書かれている。
夫は民間の医療保険や生命保険にはいっさい加入していなくて、すべてを公的な介護保険と健康保険で賄ったそう。
その金額は合計で月に約8万円だったそうだ。
これも普通の家庭でも、それほど大変でないのではないだろうか。
おおいに役立った介護ベッドやポータブルトイレも介護保険でOKだった。
酸素吸入器も素晴らし性能のものが保健で家に運び込まれた。
日本の医療には不平不満はあるものの、著者は素直にありがたいと感謝している。

この金蔵さん、私よりちょとだけ年上だけど同世代。
彼の性格描写に笑ってしまった。「これって、ホント、団塊の世代だよな」と。
「大学では緑のヘルメットなどかぶって、その世代にふさわしい大学生活をおくり、生涯、「社会派」であることをめざし、金持ちやエライ人はすべて悪い奴だと思い、特別扱いされることを嫌い・・」とあるが、そう、そのとおり、これは私たち世代そのもの。
これだけで金蔵さんに肩入れしながら読んだ。

つくづく近藤誠医師の説が正しいと思う。
何も症状のないう癌が見つかっても、それは癌もどきで、治療の必要はない。
また症状があってしかも転移している癌は、治療しないほうがQOLが保てるし、苦しまないで死ねる。
それを実践した金象さんと、彼を看取った三砂ちづるさん。
どちらにとっても悔いのない2年2カ月だったことだろう。

これを読むと、私の夫が癌の末期になったら、家で看てあげようかなという気になります。
どうしてもできないのは、物理的なことだと思う。
体重が40キロを切ったとしても、もし倒れたら抱え起こすのは、私の体力では無理だろう。
心配なのはそういうこと。それと「死」そのものへの恐怖だが、これは別の問題として自分が克服するしかないのかもしれない。
(私之場合は、あの鎌田實先生の諏訪中央v病院のホスピスで最期を迎えたいと思っていますが。。)
posted by 北杜の星 at 07:04| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月20日

町田康「関東戎夷焼煮袋」

関東戎夷とは、関東は歴史文化がない蛮国ということ。
大阪生れの大阪育ち、と言っても関東に暮らして40年になる町田康。(現在は熱海に居を移している)
自分は上方人間としてのアイデンティティを失ったのでないか?と自問自答してみると、はたしてそうであるような。。
それはいけないと、関西人の矜持を取り戻すべく、まずは関西のソウル・フードから試みることにした。

関西のソウル・フードとして思い浮かべるのは、「うこん「ホルモン」「お好み焼き」「イカ焼き」「土手焼き」・・これが町田康の選んだ食べもの4品。
これらを自ら拵えよう。
でもあの町田康のことだから、すんなり作れるわけがない。話題はあっちに飛びこっちに戻り、材料を仕入れるときからゴタゴタ続き。いざ作ろうとするとまたもや問題山積なのだが、これらの問題、ぜーんぶ町田康本人が呼び起こす。
彼のファンならそのあれやこれやが楽しいのだが、ファンでない読者は「この作家はほんまに、アホンダラや」と信じ込むに違いない。
ちなみに大ファンの私にはとっても楽しい本でした。

関東に来てうどんを食した関西人の驚きたるや、これはもう誰もが経験することだし、さんざんこれまで書かれつくされているほどだけど、やっぱりあの汁の真っ黒さは受け入れがたいものがあるようだ。
私は広島にも大阪にも住んで、出汁の旨さを知っているのだが、広島の出汁と大阪の出汁は汁の色はどちらも薄いが、微妙に違うんですね。
大阪の方が出汁の味が濃くて上品。広島はいりこ(煮干し)を使うことが多いからかな?
先日、大阪出身で甲府に住む知人に京都のにしん蕎麦をプレゼントしたら、彼女は「うわあーっ、関西!」と一口食べて思わず叫んだそうだ。
懐かしかったみたいで、その懐かしさ、わかりますねぇ。

でも、人間は町田康を含めて、あんなに驚愕しイヤだったものでも、悲しいかな、慣れるんですよね。
その慣れこそが怖い。
町田康のつくった「うどん」がどうなったかは、読んでのお楽しみ。「お

この本のなかに町田康は「豚肉」についても書いているが、これって西の人間ならわかるのだけど、西で肉といえば「牛肉」のこと。でも関東では「豚」なのだ。
彼が東京に住み始めての第一印象は「とんかつの店が多い」ということだったそうだ。
私は広島や大阪での肉うどんの肉が牛肉なのに慣れていたので、関東で豚肉が入っていたのには、なんか貧乏くさい感じがしたものだ。
小さな頃のカツサンドのカツも薄い牛肉だった。
あの牛肉と豚肉の境はどのあたりなのだろうか?
近江は近江牛の産地だから牛肉かも。名古屋はどっちかな?

「イカ焼き」と関東で言うのは、お祭りの屋台などで売っている鉄板の上で丸のイカを焼き串に刺したものをいうが、関西ではちょっと違う。
コナモンではあるがタコ焼きとも違っていて、お好み焼きの具がイカという感じ。
でも私は大阪で一度も食べたことがない。町田康の文章を読むと、家で簡単に作れそうだ。

「お好み焼き」は確かに大阪も有名だが広島のソウル・フードでもあって、私は断然広島派だ。
これはもう私のお好み焼きの原風景なので誰が何と言っても変えられない。
それは大阪人も同じで譲らない。
大阪人と広島人が一致団結するとしたら、「東京のもんじゃは人間の食べるものではない」ということだろう。

「ホルモン」も「土手焼き」も経験がないので、これを読んでも「そうよ、そうよ」とうなずけなかったのが残念。
だけどなんで「イカ焼き」があって「タコ焼き」がないんでしょうね。

関東戎夷なんて言っても、40年も住めば「住めば都」です。
そのことを認めなければいけない町田康。。さらに忸怩たるものがあるでしょうが。。
ちなみに私は蕎麦好きなので、蕎麦の旨さはやはり東京。それだけで「うどん」汁の黒さは無視できるようになりました。(あれは汁であって、出汁ではありません!)。
posted by 北杜の星 at 06:57| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月15日

水月昭道「お寺さん崩壊」

寺が潰れるという話は最近ときおり聞く。
不思議ではない。むしろ「そうだろうなぁ」と思う。
過疎化で檀家が少なくなった、自由な葬送が増えて寺で葬儀を執り行わなくなった、信仰心が薄れたなど理由はさまざま。
でも私が考えるに、寺に魅力がなくなったことが大きな原因ではないか。
それに魅力ある僧侶だっていない。
いろんなイベントを考えついたり、テレビに出たり、本を出版したりする僧侶はいて、いっときは話題になるがやがて消えてゆく人も多い。
だけど、そういうのと「尊敬できる」のは別の話だ。
つまりは、尊敬できる「お寺さん」がないということ。やはり聖職者には尊敬できる部分が見えないと信頼できない。
少なくとも、「あの寺に行って、あのお坊さんの法話を聴いてみたい」という気にさせる魅力がないということ。

この本にはいかに寺の内情が大変かが詳しく述べられている。
寺の経営基盤となる収入は、葬儀や法事などでぇの「お布施」。それと年会費だそうだ。
ちなみに著者が住職を務める寺は檀家約150軒。そこから上がる収入は、お布施が450万円、年会費が150万円の計600万円。
寺によっては他にエキストラで駐車場代とか副業兼業からの収入もあるらしいが。

600万円あれがまぁまぁじゃないか、プアではないじゃないかと思われるかもしれないが、著者に言わせるといろいろな経費を差し引くと、給料として得られる金額は年200万円にしかならないとか。
著者には「高学歴ワーキングプア」という著書があるのだが、これでは院卒の本人そのものの話としか言いようがない。

大変だなあごは思っても、心底から同情でけいない気持ちも私にはある。
こういう経済状態だと寺を継ぐ子がいないとも書かれているが、そもそもなぜ寺が世襲制なのかが納得できない。
九州にある寺が潰れる際に、土地は元住職の所有、本堂は宗教法人所有となっていて、その処遇があれこれあったと書かれていたが、なぜ寺の土地が住職個人の所有地なのかもわらかない。
宗教法人の税制は、宗教的部分の収入にだけ適用されると言うが、その収入となる「お布施」があまりにも不透明だと感じるのは、私だけではないだろう。
みんなが寺離れした原因はその不透明さにあるはずだ。

乱暴な言い方になるかもしれないが、どんなものであっても未来永劫変化ナシということはあり得ない。それこそ諸行無常なのである。
崩壊するものなら崩壊してみればいい。そこから新しい寺、または僧侶のありかたが見つかるかもしれない。
潰れるのには潰れる理由があるし、存続できるならそれはそれを必要とする人間がいるからだろう。

この本では最後の方に、仏教に関する話が出てくるが、それもなんだか「これまで経済的なことだけ言いたててきたので、ここらでちょっど仏教の話でもするか」というつけ足しのように感じてしまうのは、うがち過ぎだろうか。
私が寺に魅力を感じないのは、寺のケアする範囲がせいぜい檀家までということだ。
もっと大きな範囲でモノゴトが考えられないものか。ワーキングプア、子どもの貧困が今の日本にはあって、そういうことに対する社会的なアプローチがお寺さんには少ないのではないか?
そういう点はキリスト教の活動を見習ってみればいいと思う。
狭い地域社会、それも檀家だけに目が向いていては、今の世のなかで信頼はえられないと思うのだけど。。

でも少ない年収にもかかわらず、著者は仏教に身を投じ続けると断言していることには、心強さを覚えます。
こういう「お寺さん」にこそ期待したいものです。
いっときの人気取りではなく、「尊敬するお坊さん」と慕われるようになってほしい。それこそが寺を崩壊させない道だと思います。
posted by 北杜の星 at 08:09| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月22日

群ようこ「かもめ食堂」

11冊目の点字本。
これを読み終わる頃には。ちょっとスピードが上がったのが実感できて、これからは地元の点字図書館だけでなく他県他館の本も借りられるようになるかもしれない。
それだと新刊本が借り受け期間20日間以内で読めるかもしれない。
と言っても、点訳するタイムラグがあるので、どうしても数カ月後になるのだけど。

「かもめ食堂」は本で読むのはこれが初めて。
封切された時、映画を見た。
なによりも驚いたのが、これ以上ないというキャスティングと、食器や調理器具やインテリア、それと料理のセンスの良いことだった。
さすが北欧はデザインの国。すべてが素晴らしいコーディネートだった。スタイリストがよほど優秀だったのだろう。
それらの中には我が家にある鍋や皿もちょっと画面に出てきて、「あっ!」とうれしくなったものだ。
あんまり日本映画を観ない私だが、「かもめ食堂」はもう一度観たいなぁ。
(ここのライブラリーにDVDがあるみたいなので、借りよう!)

印字本は一冊だが、点字本は2巻に分かれている。
その一つを読んで「あぁ、これって映画のまま、とうか映画化は本のままなのね」と思った。
映画化された原作が映画とはかけ離れているのはよくあることで、その最悪ケースは、村田喜代子「鍋の中」。
黒澤明監督によって「八月の狂詩曲」という、なんとも安っぽいヒューマニズムに化けてしまっていてびっくりした。
原作者の村田喜代子も怒り心頭だったと聞く。
でも「かもめ食堂」はそんなことはまったくなくて、本と映画がぴったりだった。

でも、でもですね。。
一冊目の最後の頁で「あれー?これってエンディング?なんで?なんで?」
もしかしたら、これって第2巻のほう?私、第1巻を飛ばして後半を読んじゃったの?

そうでした。第1巻のほうには、サチエやミドリがフィンランドにやってきた経緯が書かれていた。
豪華な食事ではなくふつうのご飯を供する食堂を持ちたいと思っていたサチエが、宝くじに当たってフィンランドに店を構えるようになったこと。
サチエとミドりの「ガッチャマン」出会い。
そんなこんなが第1巻でわかった。
それにしてもこの本、まるで映画を目的に書かれたんじゃないかと思うほど、サチエは小林聡美、ミドリは片桐はいり、マサコはもたいまさこ、そのもの。
みんなナチュラルな演技だった。

サチエが日本のソウル・フードと呼ぶ「オニギリ」。
誰が何と言ってもこれだけは譲らなかったサチエの「オニギリ」。
外国人にとってはとても珍妙なものに映るらしい。とうてい食べものとは思えないようだ。
海苔は黒い紙だし、まず海苔の黒とご飯の白という強いコントラストは食べもの概念から外れている。
中の梅干しやおあかかも、彼らの嗜好には合わないかも。
でもそんな「オニギリ」を信じてメニューに載せ続けるサチエを、心から応援したくなる。

それと可笑しかったのは、合気道の達人の父に育てられ、自身も心得の尾あるサチエが毎日膝行法をしている傍で、ミドリがヨガっぽい動きをすると、サチエがすかさず「ヨガはダメですよ」と言うところ。
武道の動きとヨガの動きは違うんでしょうね。

この2冊、点字で全300頁弱を6日間で読了。
やったぁ!!という達成感でいっぱいです。
posted by 北杜の星 at 07:58| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月06日

宮下奈都「死すかな雨」

「羊と鋼の森」で本屋大賞受賞となった宮下奈都。
こんな言い方は失礼だが、私にとっては「彼女、化けちゃったよ」という感じがないでもなかった。
けっして彼女の小説を評価しないのではない。むしろその反対で、ずっと彼女の小説を読んできて「あぁ、佳い小品を書く人なんだな」と大好きではあった作家なのだ。
それでもこんなベストセラーを書く人になるとは、私の見る目がなかったと反省。
(ちなみに彼女の作品で私が一番好きなのは、全然売れなかったそうだが、「田舎の紳士服店のモデルの妻」です。これは彼女自身も力を入れて書いたようで、でも理解されなかったとどこかで言っていた)。

この本の帯には「本屋大賞第一作」とあるが、それは違う。
これは彼女の2004年のデビュー作ななのである。これまで本になっていなかったのか?
文學界新人賞に応募して佳作となったものだ。
100ページそこそこのごく短い小説。

主人公の青年はある日、パチンコ屋の駐輪場の屋台のたいやきを買った。
素晴らしく美味しかった。
焼く人を見ると、そこには若い女性のこよみさんがいた。
やがて少しずつ話すようになった頃、こよんさんは交通事故で病院に搬送されたが、意識不明が続いた。
ようやく意識が戻ったものの、事故前の記憶はあるのだが、事故後は今日のことを翌日には忘れている人になってしまった。
二人は寄り添うように一緒に暮らし始めるが。。

というストーリーだが、単なるお涙頂戴ではないし、ところどころに「ふふふ」と小さな笑いがこみあげるユーモアもある。
でもなんだろ?ちょっとイージーな物語で、この題材でこう書けば、もしかしたら賞が狙えるかも、という魂胆が透けて見えるというか、まぁ、ちょっとつまんない。
なぜかというと、ここにはみんな良い人しかでてこないんだなぁ。「怖さ」がない。
(屋台にこわいオニイサンたちが来て子よみさんを脅すが、そういう怖さとは違います)。
こういう話はどこかに「怖さ」がないと、気が抜けたビールになってしまう。

なんだかんだと、いちゃもんつけている私だけど、宮下奈都がこの中で書いていることはわかるのです。
人間を形作るくものは遺伝子などではなく、会った人々、聴いた音楽、味わった食べもの、訪れた土地などから成り立っているのだということ。
たとえその記憶がはっきりと残っていなくても、脳や体のどこかにそれらが集積された痕跡はあるはず。
「忘れても忘れても育っていくもの」がある限り、こよみさんと青年の暮らしは続けられるのだろう。

この本には予約がたくさん入っていますというラベルが貼ってある。
本屋大賞の後だもの、みんな読みたいのだ。
これからライブラリーに返却に行きます。
posted by 北杜の星 at 07:30| 山梨 | Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月31日

宮本輝「草花たちの静かな誓い」

久しぶりに読む宮本輝。
私の感覚では宮本輝は芥川賞というよりも直木賞に近いストーリー・テラーだ。
彼の書いたもののなかでは初期の「錦繍」が好きだ。
最初、蔵王のロープウェイで別れた元妻と出会う場面の文章の素晴らしさ。小説の導入部としてもとても映像的だった。
あの文章を読んで、「この人は残る小説家になるだろうな」と生意気にも思った。
その文章に関しては小川洋子がエッセイのなかで、同じようなことを書いて賞賛していた。
宮本輝の小説はあまり読んでいないが、彼のシルクロード紀行文「ひとたびはポプラに臥す」は大の大のお気に入りで、何度も読んだ。
新聞社のカメラマンたち、彼の息子、通訳との旅は、まだまだシルクロードが整備されていない時代、けれどパキスタンを抜けてフンザまで抜けられたある意味、平和な時代の旅だった。
今もときおり読み返すことがあるが、全然古くなっていない。

さてこの「草花たちの静かな誓い」。
ミステリー仕立てなので筋はあまり書かない方がいい。でもかなり前の部分で誰が誰なのかはわかるのだけど。
ロスアンジェルス在住の菊枝叔母さんが日本旅行中に突然亡くなった。
甥の弦矢が渡米すると、莫大な財産が彼に遺されているのがわかった。(家を含めると45億円!)
しかし6歳のときに白血病で亡くなったとばかり思っていた菊枝叔母さんの娘は、じつは生きていることを知る。
娘のレイラは誘拐されたのだった。
そこには隠された事実が。。
(この事実がどうにも落ち着きの悪い読後感を導いて理うと思う)。

この小説はロス近郊の高級住宅地が舞台。
その高級さがどんなものかの取材を、宮本輝派丹念にしたのだろう。そこに住む知り合いがいたのかな?
地元不動産屋の評価額が10億円以上という豪邸。
そこで庭を任されている日系の庭師やぷ得トルコ人女性のハウスキーパー、レイラを探すよう依頼した私立探偵、弁護士・・
脇役は少ないが、しっかりした人物像をつくっている。
アメリカの法律もいろいろ知ることができて興味深い。

菊枝叔母さんはその豪邸の庭を草花でいっぱいにするつもりだったようだ。
彼女はいつも娘に、草花には人間と同じような意識があるのだと話していた。
弦矢も庭の花々を見ながら、草花は宇宙の一部ではなく、宇宙ものものだと実感する。

エンターテイメントとして大いに楽しめる小説。
菊枝叔母さんの作って冷凍保存してあるスープの美味しそうなこと!
私も今日あたり、かぶのスープをつくろうかな?といっても菊枝叔母さんのような本格的ではなく、超簡単なものだけど。
(トロリ感を出すために冷ご飯をちょっと入れて煮込み、フードプロセッサーにかけるのがコツ)。
posted by 北杜の星 at 08:10| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月30日

森川すいめい「その島のひとたちは、ひとの話をきかない」

「精神科医、『自殺希少地帯を行く」という副題のとおり、精神科医である著者のフィールドワークがルポされている。
このタイトルに惹かれて読むことにしたのだが、かなり面白かった。
日本の自殺者の多さはかなり以前から言われているが、同じ県であっても地域によって自殺の多い土地もあれば少ない土地もある。
その差はどこからきているのか?住人たちに違いがあるのか?

そう、あるみたいなんですね。その土地土地による差が。
人にやさしくて至れり尽くせりのところが自殺希少地帯と思いそうだが、そうではないようだ。
むしろ人と人との距離が適正に守られているところの方が、自殺は少ないらしい。

例えば、人口2千人の町(村?)で、名前は知らないが顔は知っていて、挨拶はする程度。
自分の意見は相手にかまわずに述べる。(ひとの言うことはきかない)。
同意見に迎合しないので、そういう土地には派閥ができない。
クールに見えるが、自分にできないことを頼まれたら、からなず他のひとに訊いてみる。
助けるときはとことん助ける。

著者はある土地に行き、櫛を忘れたことに気付いて、町の雑貨屋さんに櫛を買いに行った。
けれどその店には櫛は置いていなかった。
あきらめて帰りかけたら、その店の主人は家の奥から4本の櫛を持って来て「どれがいいか?」と尋ねたという。
あっけにとられて返事ができないでいるとその主人は「あ、この黒いのがいいよね」と言って、水で洗って彼に手渡したそうだ。
また、自殺希少地帯の近くでヒッチハイクをしたら、車を止めて乗せてくれたのは、すべてその土地のひとの車だったとか。

クールだがあいさつを言い交わし、天気の話をしたりする関係が、人を孤独にさせない。
ある町にはいたるとこいろに「ベンチ」がある。住人は歩いて疲れたらベンチに座る。
坐っていると前を人がとおるのでちょっと話をする。
また、村や町には屋根つきのバスの停留所があるが、家を出てそこに坐って人と会話をする。
なんとくことのないちょっとした会話。でもそれが人を救うのだ。


ふだんは放っておいてくれる。
でも必要とあらば手を貸す。
・・そんな人間関係があるところがどうも、自殺希少地帯のようなのだ。
そこではみんなかなり我が強そうだ。我を通すだけの風通しの良さがあるということかもしれない。
自分勝手といえば自分勝手なのだが、助けたといって恩着せがましさはない。自分が自分の意思でしているというスタンスなのだ。

もっともある村人は「私はあの村が大嫌いだから出た。」と言う。
嫌いな人が出てゆくから、そこには自殺する人がいないのだと。
うーん、そういうことも言えるのかな?
だけど私にはなんだかそういう地帯って、心地よさそうに映るんですけど。
posted by 北杜の星 at 07:56| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月12日

森見登美彦「夜行」

これ、今月決まる直木賞の候補作品なんですね。
候補になる前に借り出していたので、予約はまだ全然入っていなかくてラッキーだった。

十年前に京都の鞍馬の火祭に出かけた英会話スクールの学生たち6人連れ。
そのなかの一人の女子学生が突然いなくなり、以来ずっと行方不明のまま。
今回主人公の呼びかけで、残りの5人がまた鞍馬に集まった。

それぞれが語る旅先での経験談は、いつも誰かがいなくなる。
尾道、奥飛騨、津軽、天竜峡・・
みんなの共通項は旅先いで偶然見た、岸田道生という画家の版画「夜行」だった。
その版画には、暗い夜の中で一人の女性が手を振っているというもの。あたかも、あちらの世界に読んでいるような構図の絵だ、

話には結論がない。
確かにあったことかも、どうかすると定かではない。
生活しているこちらの世界と行方の知れなくなった彼らの世界が、ポジフィルムとネガフィルムのように陰と陽に思える。
しかし夜の闇は強く濃く、「世界はいつも夜なのよ」という言葉が、謎を深くする。
最後まで着地点はははっきりしない。

不可思議さに惹きつけられる作品だった。
説明のつかないことが説明のつかないままに、納得できる感じ。
ラストの主人公に起きることが、どんでん返しだとしたら、ますますすべては霧の中。
生にはぽっかり空いた穴がある。その怖さを知るひとには、これは単なるファンタジーとは受け取れないだろう。
私はこういうお話が大好きなので、これ、存分に楽しめました。

でも、直木賞にはちょっと弱いような気がするのだけど。。
まぁ賞はこれだけが対象となるものではなく、これまでの評価を含めてのものだとしたら、森見さん、そろそろ受賞してもおかしくない時期ではある。

posted by 北杜の星 at 07:46| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月10日

町屋良平「青が破れる」

どうも判然としない小説だった。
中途半端というよりも、どうとらえていいかわかりかねる感じ。
良いのか悪いのか、面白いのかつまらないのか、それさえもわからない。
これ、文藝賞を受賞してるんですよね。文藝賞の選者は、町田康、保坂和志、藤沢周という私のお気に入りの作家で、彼らが絶賛したとか。
本当かいな?と訝しいのだが、私の「読み」が足らないのか?
絶賛の個所がどのあたりかも理解できない。

ボクシングをしている主人公の「おれ」。
おれの友人とその難病にかかっている恋人。
おれより優秀なボクシング仲間。
ピザ宅配で知り合った女性に呼び出されてのときたまの関係と彼女の息子・・

登場人物はそう多くはない。
そのなかで起きることはけっこう起伏があって、何人かが死に、残された者たちの生が続く。。というのが一応のテーマなのだと思うのだけど、何か理由のはっきりしない反発心がこれを読むと湧いてくるのはなぜなのだろう?
私だけなのか?

ひらがなが多用される文章にも反発を覚える。
ふつう、ひらがなが多いと、ゆったり落ち着いて静かな気持ちになるのだけど、ここでは作為的過ぎるように思えて、ちょっとイラついてしまうのだ。
それでいて、全体に荒っぽいため、バランスが悪い。

うーん、私では評価できない小説です。
次作を読んだら作者の意図がわかるのかな?
少なくとも次作を読もうと思うくらいには、「読める」人なんですけどね。
この気にかかるということが、つまりは作品としては成功しているということならば、これ成功作かもしれません。
posted by 北杜の星 at 07:49| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月21日

マイケル・ブース「限りなく完璧に近い人々」

「なぜ北欧の暮らしは世界一幸せなのか?」が副頽。
じつは私はこういう本はあまり好きではないのだ。
だって他の国がいかに素晴らしいかを知ったとしても、私のこの国が良くなるわけはないし、知れば知るほどなーんか虚しくなるだけだから。
隣の芝生の青さを羨んでもしかたない。。
それでも時どき読んでしまうのは、虚しさのなかに巣くう腹立たしさをなんとかこの国に反映したいと思うからなのかもしれない。
ごまめの歯ぎしりだけど、たくさんのごまめが集まれば何かを変えることができるかもしれいもの。

マイケル・ブースという名前にひっかかるものがあった。
調べてみると、「英国一家、日本を食べる」のあの著者だった。
彼はイギリス人、でもデンマーク人の女性と結婚し現在はデンマーク暮らしだそうだ。
イギリスは今は経済が大変で以前ほどではないというが、それでもまだまだ福祉的には国民は恵まれているはず、そのイギリス人である彼が北欧デンマークに住んで感じる「幸福指数の高さ」。
この本ではそうした北欧5カ国の人々の暮らしをユーモラスに書いている。
でもこれ、500ページぎっしりの読み応えのある本で、読むのに4日かかりました。
なおこの本はオバマ大統領がホワイトハウスの晩さん会で引用したとのこと。アメリカでも「お手本」になる部分があるのだろう。

アイスランド、デンマーク、ノルウェイ、スウェーデン、フィンランド。
私たちは北欧というと、ひと括りにしまいがちだが、この本を読むとそれぞれに個性的で国民性の違いが大きいのがわかる。
著者がデンマーク在住なのでかなりのスペースをデンマークに割いているのは当然だが、どの国に関しても賞賛ばかりでなくその欠点についても容赦はない。

税金は高い、生産性が悪い(休暇が多いんですね)、高齢化、移民問題ももちろんあるしドラッグ問題だってある。
それでも北欧の人たちの満足度が高いのはなぜか?
なにしろデンマークの国民で人生が大変と考えている人は、1パーセントにすぎないのだ!
税金がどれほど高くとも、教育、医療、福祉など暮らしや将来に不安がないというのは、どれだけ安心なことか。日本の若者の不安度不満度(ほとんど諦めているみたいなのが悲しい)を蚊が得ると、本当にうらやましい。
そのうえ長い休暇があるのだから、過労死などは起こらないだろうし、ほとんどの人たちが持っている郊外の小ぢんまりとした別荘やキャンピングカーでm夏を過ごすことができる。

税金の高さは凄まじい。なにしろ最高税率は50%。
労働者人口の20パーセントは仕事をしていなくて、失業手当や障害者手当を支給されている。
そんな国、どうやって回しているんだ?!と日本人の私は不思議に思ってしまう。つくづく日本の国の税金の使い方の不透明さに唖然となる。
デンマークでは総選挙の投票率が87%だという。
みなが政治に関心をもっているのだ。

税金が高いということは、金持ちと貧乏人の格差が少ないということ。
だからデンマークでパーティをすると、集まる人たちの職業がじつにさまざま。教師や議員などもいるし肉体労働の人もいる。そこでの話題もおそらくさまざまなのだろう。
平等意識が高く、他人への信頼度も高い。

もっとも現在はグローバル社会。経済問題は世界中どこも同じで存在する。移民問題は北欧にも迫っている。
北欧システムがいつまでどこまで今の状態で続けられるかは、誰にもわからない。
それでもすぐ近い将来のこの国の少子化や社会保障制度などには、北欧モデルは参考になるところがたくさんあるはずだ。
この本を読んでいるとそれが決して不可能ではないと思えるのだけど、日本の政治家を思い浮かべると「うーん」と唸ってしまう。
利権ではなく理念を持つ政治家を持つには、それなりの意識の国民がいなければ無理なのだろう。
それはとりもなおさずに、私たち一人一人の問題なのだと思う。
posted by 北杜の星 at 07:54| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月07日

森絵都「みかづき」

昭和30年代半ば、世の中に公団ができ、団塊世代が受験に向かい始めた頃、千葉の小学校の用務員だった吾郎は放課後、勉強のわからない子どもたちを教えていた。
吾郎の教え方が評判になり、塾を立ち上げたい千明から、その塾への参加を請われた。
吾郎はやがて、蕗子という娘を女手一人で育てる千明と結婚、共に塾を経営することになる。
けれど二人の教育方針は異なっていた。
公教育へのアンチテーゼとしての塾を目指す千明に、吾郎は次第に違和感を覚えて袂を分かつようになる。
吾郎の塾は支校を増やし、大きくなってゆく。
と同時にさまざまな問題も起きて、それなりの苦悩も生じるのだが。。

小説の視点は吾郎から千明に移り、最後は孫の一郎へと繋がる。
これは「塾」という教育機関を時代の変遷とともに描きつつ、三代にわたる家族を描く小説でもある。
高度成長まっただ中の昭和の時代と、平成への40年余り。
この間にとっぷり浸って生きた私にはすごい臨場感で読めた。
「そう、そういう時代だったよね」とわかる部分が多かった。
私の通っていた塾はいわゆる「私塾」で、今のような大きな規模の全国展開などの塾ではなかく、むしろ最初の放課後の吾郎の教室のようなものだったけれど、当時、塾通いをする子どもはそうはいなかった。
私は幼稚園も受験を経て、3年保育を電車に一人乗って通わされていたけれど、今考えると、私の母親って教育ママだったのかもしれない。
早生まれの小さな子どもを一人で毎日電車で幼稚園に通わせるなんて、危険きわまりないと今ならほとんど虐待だよね。
もしその経験が私の人生に役に立っているとしたら、まぁ、独立心が強い人間になったかなというくらい。

でもあの頃は、みんな上昇志向が強かったし、未来が輝くものとしてあった。
頑張れば頑張るほど、結果が出た時代。
結果を出すためには、なによりも教育だったのだ。

吾郎の孫の一郎は塾の仕事に従事しながらも、吾郎や千明とは異なる塾を目指している。
経済的に塾に通う得ない子どもたちのため、何ができるかを考えているし、それを実行に移している。
現在、国立大学に進学するためには、塾通いが必須となっているらしいが、その塾へ通うにはお金がかかる。国公立大学は貧困家庭の子どもには通えない。
(国公立大学の学費の高騰も激しいし)。

この本、教育とは何か?何のためなのか?を考えるには素晴らしい一冊。
やれ、ゆとり教育は間違っていたとか、公教育の現場には紆余曲折が多い。振り回される子どもたちはどうすればいいのか。
塾だからこその自由な教育というものがあるのかもしれない。
できるなら学校や塾の先生に読んでもらいたい。

森さんの人生における価値観がこれを読むとよくわかります。
読んでよかった、森さんの力作長編。
posted by 北杜の星 at 07:44| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月18日

森昭「歯はみがいてはいけない」

八ヶ岳に引っ越してからも4年前まで歯科はずっとお世話になっていた先生のところに通っていた。
その歯科医は「朝起きた直後と、夜寝る前にしっかり歯を磨けばいい」と言っていた。
でも世間では「歯は毎食後に磨くこと」というのが常識なので、先生の言うことよりその常識に従っていた。
ただ食後すぐに磨くのは歯に悪いと知ったので、食後30分以上たってから磨くようになった。

けれどこの本の著者は、歯を磨くのは食べかすをとるためではないので、食後そのために磨いてはいけないのだと書く。
食後の口内は食べものによって酸性化していて、歯が柔らかくなっている。それをブラシでこすることで歯が摩耗してしまうからというのもあるが、もっと大切なのは、せっかく食後には「よい唾液」が出ているのに、歯磨きをすることで唾液がなくなり、消化に悪いだけでなく、歯自体が守れなくなるのだそうだ。
虫歯にならないためにその唾液が大きな役割をしているのだという。
それと口内には菌がいっぱいなのだが、その菌を唾液がコントロールして「口内フローラル」のバランスをとっているのだ。

現在の欧米の歯科では、虫歯の治療がメインではなく、いかに歯周病を防ぐかが治療の基本となっているらしい。
そのためには、歯ブラシではなく、デンタルフロスを使用すること。
歯ブラシは食べかすを取るのが目的だが、虫歯は唾液が防いでくれる。だからデンタルフロスや歯間ブラシで「プラーグ・コントロール」をすることが大切。
私たちは外科的治療巧い先生を「上手な歯医者さん」と思っているが、どうもそうではないようだ。
歯周病を防ぐ、悪化させないためにどうすればよいかの適切なアドバイスができる先生を選ぶこと。
歯科医ですら、歯は食後すぐに磨くものと信じ切っている人がいるそうなので、歯科医院の選択を誤ってはいけない。

歯周病を防ぐのがなぜ重要かというと、歯周病がさまざまな病気の原因になるからだ。
口内の有毒な菌が肺炎、脳梗塞、糖尿病、心臓病、はてはアルツハイマーの原因となっているとたら、恐ろしいことではないだろうか。
現に歯周病が改善されたら、糖尿病も改善されたという例は多いという。
(糖尿病だから歯周病になるということもあるが)。
抗生物質を投与すると、歯周病が治るという症例があるらしいが、善玉菌まで殺す可能性があったり、他の副作用があったりして、抗生物質を使うのは最終手段だと著者は書いているが、外科的治療に頼らなくて、薬で歯周病が治る日が来るのかもしれない。

・プラーグ(歯垢)ができるのは、飲食後24時間。
・唾液がプラーグをコントロールしてくれ、その能力は飲食後にもっとも高まっている。
・プラーグは夜寝ている時にできる

この3点を考えると、私の東京の歯科の先生はまったく正しかったのだ!
起床直後と就寝前の2回のしっかりしたデンタル・フロス中心の歯磨き・・
ちなみに夫はこれを実行していて(ものぐさなので昼食後などに歯磨きできない性格なのだ)、虫歯がないんですよね。
東京の歯科医院には、文学座の俳優さんや(北村和夫さんにはよくお会いしたものだ)、声楽家たち、千葉ロッテ・マリーンズの選手たちが通っていたが、歯のブリッジを入れた後でも何の違和感なくすぐに慣れるほど、歯の調整が上手な先生だった。
そうか、あの先生はとっても良い先生だったんだね!
そこの歯科助手の女性の歯垢取りは抜群に巧かったと、私と夫はこちらの歯科医院に行った後に話すのだが、良い先生には良い助手がつくものなのでsね。
つくづく、あの先生が懐かしいが、でも東京まで毎回通うのも大変だし。。
せめて、歯磨きの件についてちゃんと実行することにしよう。

それにしてもこの本を読むと、医学界のいろんな癒着が「お前もか!」という感じでわかるのが悲しい。
この本、読む価値大いにありの一冊です。
posted by 北杜の星 at 07:18| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月17日

三浦哲郎「燈火」

大好きな幻戯書房の銀河叢書のうちの一冊。
銀河叢書とは、敗戦後70年を過ぎてなにもかものスピードが速くなって、美しい言葉もボロボロと失われていくなか、文学的想像力を刺激する埋もれた作品を精選し紹介するもので、これまで十数冊が発刊されている。
並ぶのは私好みの作家、例えば木山捷平、田中小実昌、小島信夫らなのだから堪えられない。
そしてここに三浦哲郎が初登場した。

正直にいえば、三浦哲郎をよく読んできたとは言えない。
彼の自伝的代表作は私にとtっては少しばかり情緒というか情感が多すぎる印象だったからだ。
しかし生家において、二人の姉が自殺、二人の兄が失踪という境遇で、そのことを小説に書くとしたなら、そうなるのは仕方ないことだったのかもしれない。
この「燈火」もほとんど自分の家庭と家族を描く連作短編集なのだが、驚いた。
三浦哲郎ってこれほどの書き手だったの!?
なぜ、これまで読んでこなかったのか、本当に後悔した。
文体と言葉の簡潔さ、それでいて過不足ない事象の描写は心象すべてを表している。
ただ残念ながらこの作品は未完に終わっている。
あるところに連載していたのだが途中で病気になり中断。そのままになったらしい。
だがそれでも十分、作品の素晴らしさに変わりはない。

主人公の作家馬淵は故郷の北の街で、ある女性との会食直後に、大量の吐血をして倒れた。胃潰瘍だった。
劇的な始まりなのだが、劇的なことばかりが続くわけではない。
むしろ家族の細々とした日常の、ささやかなできごとが綴られているのだ。
染めるのをやめた妻の白髪、長女の結婚、次女の独立、故郷に住む弱視の姉の火の不始末、旧友の死・・
ありふれたことばかりといえば、ありふれたことばかり。
それでもそうした出来事から派生する波はあるのだ。

作者の長女の方がこの本が出版された経緯について後記されている。
そして佐伯一麦が「日常の時間の厚み」という解説文を書いている。
佐伯一麦も日常を描く氏小説家である。二人に共通するものがあるのだろう。
・・と思ったところで、思い出した。
佐伯一麦は現在、山梨文学賞の小説部門の選考委員を務めているのだった。
三浦哲郎は亡くなるまでずっと選考委員だった。それを引き継いだのが佐伯一麦。
今年選考委員の一人であった津島佑子も亡くなったが、彼女の後任は誰になるのだろう?

これほどの書き手を数冊しか読まずに過ごしてきたとは。。情けないです。
狭量な私はこういうヘマをときどきしてしまうんですね。残念さを挽回するために他の作品を読んでみます。
posted by 北杜の星 at 07:43| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする