2017年08月24日

益田美樹「義肢装具士になるには」

「義肢装具士」・・義肢を作る職業の人がいるとは思っていたが、その仕事の内容のことは何もしらなかった。
なぜ私が義肢に興味を持ったかというと、つい最近、私の友人のご主人が膝から下の脚を切断したからだ。
事故ではなく糖尿病の合併症である。
友人が話してくれたことがとてもショックだった。
「病院で切断された脚、どうするか知っている?」
「ううん、どうするの?」
「病院は家族に返してくれるのよ」。
「えーっ、返してもらってどうするの?」
「病院でもらった書類を添えて、火葬場で焼いてもらうの」
「。。。」

現在そのご主人は義肢をつけてリハビリをし、家の中を歩けるまでになったそうだ。
「ぺりかん社」発刊のこの本はシリーズで、医療に関わる仕事をしたい人に向け、仕事の内容や資格取得方法などを教えてくれるもの。
ここにもそうしたことが書かれている。

義肢装具士は国家資格が必要な職業。
働く先は病院や製作所などで、他の医療関係者である医師、看護師、医学療法士などと連携しながら、患者に適合する義肢、義手の他に、車椅子利用者のためのシッティング装具や足に悩みを持つ人のための靴やソールを作ることも含まれるそうだ。
パラアスリートの才能を最大限に引き出すサポートもする。

この仕事、女性にも向いていて、女性の義肢装具士もたくさんいる。
シリコンを使用しての装具作りには器用さが必要だが、それだけではなく、患者の心理に添う神経の細やかさも大切となる。
装具には治療時に使うためのもので、治療が終われば不要になるものもあるようだが、それだって手は抜けない。
機能、見た目など考慮すべき点はたくさんある。

義肢装具士は国内だけででなく、国際協力に貢献できる。
地雷で失った脚に義肢を装着した若い人たちは、仕事に就けるようになる。
そうしたNGOにボランティアとして参加し、自分の仕事を役立てながら世界を見ることができるのは素晴らしい。

義肢義手は今では精密に進化した。
私が幼いころに町で見た傷痍軍人(知らない若い人がいるかもしれないが、戦争から傷ついて帰国した兵隊さんが白い服を着て、物乞いをしていたのだ)の人たちの「脚」。
あれは義肢なんてものではなかった。
棒が1本、白いズボンの下から出ていた。
あれは上をどうやって留めていたのだろうか?
肉に食い込んでさぞ痛かったことだろうし、歩くには不安定だったはずだ。だから松葉杖をついていた記憶があるのだが。
あの棒はとても義肢と呼べるものではなかった。

ハンディのある人が少しでも日常をラクに送れるための装具、これからも日進月歩で開発されてほしいものだ。
そしてそれを作る義肢装具士という仕事も世の中でますます必要とされることだろう。
高齢者社会、糖尿病合併症・・患者は増えるばかりなのだから。
posted by 北杜の星 at 07:14| 山梨 ☁| Comment(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月27日

三砂ちづる「死にゆく人のかたわらで」

著者の三砂ちづるは津田塾大学教授。母子の健康をテーマとしている疫学者である。
女性独自の身体性にもっと目を向けて、その身体性を元に保健や社会のことを考えようと提案している。
その趣旨がフェミニストたちから誤解されることも多いが、社会的なフェミニズムには賛成だが、身体性という点においては彼女の論旨は正しいと私は考えている。
これまで数冊の彼女の著作うを読み、「そう、女は太古の昔から宇宙の自然とともに生きて来たんだ」とつくづく納得させられる。
男と女の身体の性差はたしかにあるのだ。
その彼女が末期癌の夫を自宅で看取った。
これはその記録である。

この本を読むと自宅で最期」というのが、それほど大変ではないと感じられる。
もちろん、下の世話やときおり起きる昏倒発作は大変だし怖かったことだろう。
でも在宅看護のためのシステムがしっかりしていれば、例えば、在宅訪問医と看護師、ケア・スタッフがしかりしていれば、可能なんじゃないかと思えてくるのだ。
それほど三砂ちづるという人は自然体で終末介護を受け止めてる楽天さがある。
そう、必要以上に思い煩わないことの大切さを彼女は教えてくれる。

夫がある日、喉の腫れに気付き病院へ行ったところ、喉頭癌がリンパに転移したステージWの末期癌で余命6か月と告知される。
夫は団塊世代、名を金蔵という。(戦後生まれとしてはクラシカルな名前で、これは祖父による命名だったとか)。
彼はあの近藤誠医師の初めのころの本の編集者だったことで、近藤医師の信奉者。癌健診を受けたことはないし、転移した末期癌に対して過度な治療をするつもりも、ましてや延命処置も受ける気はさらさらなかった。

しかし告知を受けた直後から、発作が起きて下は垂れ流しとなることが頻繁に起きた。
これは喉にある迷走神経を癌細胞が刺激するために起きるもので、最初に受けた放射線治療で癌が小さくなってからは起きなかった。
また癌が大きくなればそれはそれで、迷走神経を壊してしまうので、発作は起きなくなったとか。

夫はやがて積極的な医療を拒否。家で高カロリー輸液900ミリリットル(これは生命維持ギリギリのカロリー)をしながら、自宅で療養することを選択。
治療はしないが症状に対しては、麻薬系の痛みどめや酸素吸入などを使った。
妻のちづるも仕事を続けた。
夫は死のその日まで、らい客と話をし、ポータブルトイレで自分で排せつできた。
175センチの身長、70キロだったが、体重は40キロを切っていたらしいが、それでも本人もちづるも、その日が最期とは思っていなかった。
安らかに穏やかに、規則的な下顎呼吸の数時間後に亡くなった。

この本には実際的な末期癌の家族を看取るための金銭的なものとか、恐怖などについても書かれている。
夫は民間の医療保険や生命保険にはいっさい加入していなくて、すべてを公的な介護保険と健康保険で賄ったそう。
その金額は合計で月に約8万円だったそうだ。
これも普通の家庭でも、それほど大変でないのではないだろうか。
おおいに役立った介護ベッドやポータブルトイレも介護保険でOKだった。
酸素吸入器も素晴らし性能のものが保健で家に運び込まれた。
日本の医療には不平不満はあるものの、著者は素直にありがたいと感謝している。

この金蔵さん、私よりちょとだけ年上だけど同世代。
彼の性格描写に笑ってしまった。「これって、ホント、団塊の世代だよな」と。
「大学では緑のヘルメットなどかぶって、その世代にふさわしい大学生活をおくり、生涯、「社会派」であることをめざし、金持ちやエライ人はすべて悪い奴だと思い、特別扱いされることを嫌い・・」とあるが、そう、そのとおり、これは私たち世代そのもの。
これだけで金蔵さんに肩入れしながら読んだ。

つくづく近藤誠医師の説が正しいと思う。
何も症状のないう癌が見つかっても、それは癌もどきで、治療の必要はない。
また症状があってしかも転移している癌は、治療しないほうがQOLが保てるし、苦しまないで死ねる。
それを実践した金象さんと、彼を看取った三砂ちづるさん。
どちらにとっても悔いのない2年2カ月だったことだろう。

これを読むと、私の夫が癌の末期になったら、家で看てあげようかなという気になります。
どうしてもできないのは、物理的なことだと思う。
体重が40キロを切ったとしても、もし倒れたら抱え起こすのは、私の体力では無理だろう。
心配なのはそういうこと。それと「死」そのものへの恐怖だが、これは別の問題として自分が克服するしかないのかもしれない。
(私之場合は、あの鎌田實先生の諏訪中央v病院のホスピスで最期を迎えたいと思っていますが。。)
posted by 北杜の星 at 07:04| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月20日

町田康「関東戎夷焼煮袋」

関東戎夷とは、関東は歴史文化がない蛮国ということ。
大阪生れの大阪育ち、と言っても関東に暮らして40年になる町田康。(現在は熱海に居を移している)
自分は上方人間としてのアイデンティティを失ったのでないか?と自問自答してみると、はたしてそうであるような。。
それはいけないと、関西人の矜持を取り戻すべく、まずは関西のソウル・フードから試みることにした。

関西のソウル・フードとして思い浮かべるのは、「うこん「ホルモン」「お好み焼き」「イカ焼き」「土手焼き」・・これが町田康の選んだ食べもの4品。
これらを自ら拵えよう。
でもあの町田康のことだから、すんなり作れるわけがない。話題はあっちに飛びこっちに戻り、材料を仕入れるときからゴタゴタ続き。いざ作ろうとするとまたもや問題山積なのだが、これらの問題、ぜーんぶ町田康本人が呼び起こす。
彼のファンならそのあれやこれやが楽しいのだが、ファンでない読者は「この作家はほんまに、アホンダラや」と信じ込むに違いない。
ちなみに大ファンの私にはとっても楽しい本でした。

関東に来てうどんを食した関西人の驚きたるや、これはもう誰もが経験することだし、さんざんこれまで書かれつくされているほどだけど、やっぱりあの汁の真っ黒さは受け入れがたいものがあるようだ。
私は広島にも大阪にも住んで、出汁の旨さを知っているのだが、広島の出汁と大阪の出汁は汁の色はどちらも薄いが、微妙に違うんですね。
大阪の方が出汁の味が濃くて上品。広島はいりこ(煮干し)を使うことが多いからかな?
先日、大阪出身で甲府に住む知人に京都のにしん蕎麦をプレゼントしたら、彼女は「うわあーっ、関西!」と一口食べて思わず叫んだそうだ。
懐かしかったみたいで、その懐かしさ、わかりますねぇ。

でも、人間は町田康を含めて、あんなに驚愕しイヤだったものでも、悲しいかな、慣れるんですよね。
その慣れこそが怖い。
町田康のつくった「うどん」がどうなったかは、読んでのお楽しみ。「お

この本のなかに町田康は「豚肉」についても書いているが、これって西の人間ならわかるのだけど、西で肉といえば「牛肉」のこと。でも関東では「豚」なのだ。
彼が東京に住み始めての第一印象は「とんかつの店が多い」ということだったそうだ。
私は広島や大阪での肉うどんの肉が牛肉なのに慣れていたので、関東で豚肉が入っていたのには、なんか貧乏くさい感じがしたものだ。
小さな頃のカツサンドのカツも薄い牛肉だった。
あの牛肉と豚肉の境はどのあたりなのだろうか?
近江は近江牛の産地だから牛肉かも。名古屋はどっちかな?

「イカ焼き」と関東で言うのは、お祭りの屋台などで売っている鉄板の上で丸のイカを焼き串に刺したものをいうが、関西ではちょっと違う。
コナモンではあるがタコ焼きとも違っていて、お好み焼きの具がイカという感じ。
でも私は大阪で一度も食べたことがない。町田康の文章を読むと、家で簡単に作れそうだ。

「お好み焼き」は確かに大阪も有名だが広島のソウル・フードでもあって、私は断然広島派だ。
これはもう私のお好み焼きの原風景なので誰が何と言っても変えられない。
それは大阪人も同じで譲らない。
大阪人と広島人が一致団結するとしたら、「東京のもんじゃは人間の食べるものではない」ということだろう。

「ホルモン」も「土手焼き」も経験がないので、これを読んでも「そうよ、そうよ」とうなずけなかったのが残念。
だけどなんで「イカ焼き」があって「タコ焼き」がないんでしょうね。

関東戎夷なんて言っても、40年も住めば「住めば都」です。
そのことを認めなければいけない町田康。。さらに忸怩たるものがあるでしょうが。。
ちなみに私は蕎麦好きなので、蕎麦の旨さはやはり東京。それだけで「うどん」汁の黒さは無視できるようになりました。(あれは汁であって、出汁ではありません!)。
posted by 北杜の星 at 06:57| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月15日

水月昭道「お寺さん崩壊」

寺が潰れるという話は最近ときおり聞く。
不思議ではない。むしろ「そうだろうなぁ」と思う。
過疎化で檀家が少なくなった、自由な葬送が増えて寺で葬儀を執り行わなくなった、信仰心が薄れたなど理由はさまざま。
でも私が考えるに、寺に魅力がなくなったことが大きな原因ではないか。
それに魅力ある僧侶だっていない。
いろんなイベントを考えついたり、テレビに出たり、本を出版したりする僧侶はいて、いっときは話題になるがやがて消えてゆく人も多い。
だけど、そういうのと「尊敬できる」のは別の話だ。
つまりは、尊敬できる「お寺さん」がないということ。やはり聖職者には尊敬できる部分が見えないと信頼できない。
少なくとも、「あの寺に行って、あのお坊さんの法話を聴いてみたい」という気にさせる魅力がないということ。

この本にはいかに寺の内情が大変かが詳しく述べられている。
寺の経営基盤となる収入は、葬儀や法事などでぇの「お布施」。それと年会費だそうだ。
ちなみに著者が住職を務める寺は檀家約150軒。そこから上がる収入は、お布施が450万円、年会費が150万円の計600万円。
寺によっては他にエキストラで駐車場代とか副業兼業からの収入もあるらしいが。

600万円あれがまぁまぁじゃないか、プアではないじゃないかと思われるかもしれないが、著者に言わせるといろいろな経費を差し引くと、給料として得られる金額は年200万円にしかならないとか。
著者には「高学歴ワーキングプア」という著書があるのだが、これでは院卒の本人そのものの話としか言いようがない。

大変だなあごは思っても、心底から同情でけいない気持ちも私にはある。
こういう経済状態だと寺を継ぐ子がいないとも書かれているが、そもそもなぜ寺が世襲制なのかが納得できない。
九州にある寺が潰れる際に、土地は元住職の所有、本堂は宗教法人所有となっていて、その処遇があれこれあったと書かれていたが、なぜ寺の土地が住職個人の所有地なのかもわらかない。
宗教法人の税制は、宗教的部分の収入にだけ適用されると言うが、その収入となる「お布施」があまりにも不透明だと感じるのは、私だけではないだろう。
みんなが寺離れした原因はその不透明さにあるはずだ。

乱暴な言い方になるかもしれないが、どんなものであっても未来永劫変化ナシということはあり得ない。それこそ諸行無常なのである。
崩壊するものなら崩壊してみればいい。そこから新しい寺、または僧侶のありかたが見つかるかもしれない。
潰れるのには潰れる理由があるし、存続できるならそれはそれを必要とする人間がいるからだろう。

この本では最後の方に、仏教に関する話が出てくるが、それもなんだか「これまで経済的なことだけ言いたててきたので、ここらでちょっど仏教の話でもするか」というつけ足しのように感じてしまうのは、うがち過ぎだろうか。
私が寺に魅力を感じないのは、寺のケアする範囲がせいぜい檀家までということだ。
もっと大きな範囲でモノゴトが考えられないものか。ワーキングプア、子どもの貧困が今の日本にはあって、そういうことに対する社会的なアプローチがお寺さんには少ないのではないか?
そういう点はキリスト教の活動を見習ってみればいいと思う。
狭い地域社会、それも檀家だけに目が向いていては、今の世のなかで信頼はえられないと思うのだけど。。

でも少ない年収にもかかわらず、著者は仏教に身を投じ続けると断言していることには、心強さを覚えます。
こういう「お寺さん」にこそ期待したいものです。
いっときの人気取りではなく、「尊敬するお坊さん」と慕われるようになってほしい。それこそが寺を崩壊させない道だと思います。
posted by 北杜の星 at 08:09| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月22日

群ようこ「かもめ食堂」

11冊目の点字本。
これを読み終わる頃には。ちょっとスピードが上がったのが実感できて、これからは地元の点字図書館だけでなく他県他館の本も借りられるようになるかもしれない。
それだと新刊本が借り受け期間20日間以内で読めるかもしれない。
と言っても、点訳するタイムラグがあるので、どうしても数カ月後になるのだけど。

「かもめ食堂」は本で読むのはこれが初めて。
封切された時、映画を見た。
なによりも驚いたのが、これ以上ないというキャスティングと、食器や調理器具やインテリア、それと料理のセンスの良いことだった。
さすが北欧はデザインの国。すべてが素晴らしいコーディネートだった。スタイリストがよほど優秀だったのだろう。
それらの中には我が家にある鍋や皿もちょっと画面に出てきて、「あっ!」とうれしくなったものだ。
あんまり日本映画を観ない私だが、「かもめ食堂」はもう一度観たいなぁ。
(ここのライブラリーにDVDがあるみたいなので、借りよう!)

印字本は一冊だが、点字本は2巻に分かれている。
その一つを読んで「あぁ、これって映画のまま、とうか映画化は本のままなのね」と思った。
映画化された原作が映画とはかけ離れているのはよくあることで、その最悪ケースは、村田喜代子「鍋の中」。
黒澤明監督によって「八月の狂詩曲」という、なんとも安っぽいヒューマニズムに化けてしまっていてびっくりした。
原作者の村田喜代子も怒り心頭だったと聞く。
でも「かもめ食堂」はそんなことはまったくなくて、本と映画がぴったりだった。

でも、でもですね。。
一冊目の最後の頁で「あれー?これってエンディング?なんで?なんで?」
もしかしたら、これって第2巻のほう?私、第1巻を飛ばして後半を読んじゃったの?

そうでした。第1巻のほうには、サチエやミドリがフィンランドにやってきた経緯が書かれていた。
豪華な食事ではなくふつうのご飯を供する食堂を持ちたいと思っていたサチエが、宝くじに当たってフィンランドに店を構えるようになったこと。
サチエとミドりの「ガッチャマン」出会い。
そんなこんなが第1巻でわかった。
それにしてもこの本、まるで映画を目的に書かれたんじゃないかと思うほど、サチエは小林聡美、ミドリは片桐はいり、マサコはもたいまさこ、そのもの。
みんなナチュラルな演技だった。

サチエが日本のソウル・フードと呼ぶ「オニギリ」。
誰が何と言ってもこれだけは譲らなかったサチエの「オニギリ」。
外国人にとってはとても珍妙なものに映るらしい。とうてい食べものとは思えないようだ。
海苔は黒い紙だし、まず海苔の黒とご飯の白という強いコントラストは食べもの概念から外れている。
中の梅干しやおあかかも、彼らの嗜好には合わないかも。
でもそんな「オニギリ」を信じてメニューに載せ続けるサチエを、心から応援したくなる。

それと可笑しかったのは、合気道の達人の父に育てられ、自身も心得の尾あるサチエが毎日膝行法をしている傍で、ミドリがヨガっぽい動きをすると、サチエがすかさず「ヨガはダメですよ」と言うところ。
武道の動きとヨガの動きは違うんでしょうね。

この2冊、点字で全300頁弱を6日間で読了。
やったぁ!!という達成感でいっぱいです。
posted by 北杜の星 at 07:58| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月06日

宮下奈都「死すかな雨」

「羊と鋼の森」で本屋大賞受賞となった宮下奈都。
こんな言い方は失礼だが、私にとっては「彼女、化けちゃったよ」という感じがないでもなかった。
けっして彼女の小説を評価しないのではない。むしろその反対で、ずっと彼女の小説を読んできて「あぁ、佳い小品を書く人なんだな」と大好きではあった作家なのだ。
それでもこんなベストセラーを書く人になるとは、私の見る目がなかったと反省。
(ちなみに彼女の作品で私が一番好きなのは、全然売れなかったそうだが、「田舎の紳士服店のモデルの妻」です。これは彼女自身も力を入れて書いたようで、でも理解されなかったとどこかで言っていた)。

この本の帯には「本屋大賞第一作」とあるが、それは違う。
これは彼女の2004年のデビュー作ななのである。これまで本になっていなかったのか?
文學界新人賞に応募して佳作となったものだ。
100ページそこそこのごく短い小説。

主人公の青年はある日、パチンコ屋の駐輪場の屋台のたいやきを買った。
素晴らしく美味しかった。
焼く人を見ると、そこには若い女性のこよみさんがいた。
やがて少しずつ話すようになった頃、こよんさんは交通事故で病院に搬送されたが、意識不明が続いた。
ようやく意識が戻ったものの、事故前の記憶はあるのだが、事故後は今日のことを翌日には忘れている人になってしまった。
二人は寄り添うように一緒に暮らし始めるが。。

というストーリーだが、単なるお涙頂戴ではないし、ところどころに「ふふふ」と小さな笑いがこみあげるユーモアもある。
でもなんだろ?ちょっとイージーな物語で、この題材でこう書けば、もしかしたら賞が狙えるかも、という魂胆が透けて見えるというか、まぁ、ちょっとつまんない。
なぜかというと、ここにはみんな良い人しかでてこないんだなぁ。「怖さ」がない。
(屋台にこわいオニイサンたちが来て子よみさんを脅すが、そういう怖さとは違います)。
こういう話はどこかに「怖さ」がないと、気が抜けたビールになってしまう。

なんだかんだと、いちゃもんつけている私だけど、宮下奈都がこの中で書いていることはわかるのです。
人間を形作るくものは遺伝子などではなく、会った人々、聴いた音楽、味わった食べもの、訪れた土地などから成り立っているのだということ。
たとえその記憶がはっきりと残っていなくても、脳や体のどこかにそれらが集積された痕跡はあるはず。
「忘れても忘れても育っていくもの」がある限り、こよみさんと青年の暮らしは続けられるのだろう。

この本には予約がたくさん入っていますというラベルが貼ってある。
本屋大賞の後だもの、みんな読みたいのだ。
これからライブラリーに返却に行きます。
posted by 北杜の星 at 07:30| 山梨 | Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月31日

宮本輝「草花たちの静かな誓い」

久しぶりに読む宮本輝。
私の感覚では宮本輝は芥川賞というよりも直木賞に近いストーリー・テラーだ。
彼の書いたもののなかでは初期の「錦繍」が好きだ。
最初、蔵王のロープウェイで別れた元妻と出会う場面の文章の素晴らしさ。小説の導入部としてもとても映像的だった。
あの文章を読んで、「この人は残る小説家になるだろうな」と生意気にも思った。
その文章に関しては小川洋子がエッセイのなかで、同じようなことを書いて賞賛していた。
宮本輝の小説はあまり読んでいないが、彼のシルクロード紀行文「ひとたびはポプラに臥す」は大の大のお気に入りで、何度も読んだ。
新聞社のカメラマンたち、彼の息子、通訳との旅は、まだまだシルクロードが整備されていない時代、けれどパキスタンを抜けてフンザまで抜けられたある意味、平和な時代の旅だった。
今もときおり読み返すことがあるが、全然古くなっていない。

さてこの「草花たちの静かな誓い」。
ミステリー仕立てなので筋はあまり書かない方がいい。でもかなり前の部分で誰が誰なのかはわかるのだけど。
ロスアンジェルス在住の菊枝叔母さんが日本旅行中に突然亡くなった。
甥の弦矢が渡米すると、莫大な財産が彼に遺されているのがわかった。(家を含めると45億円!)
しかし6歳のときに白血病で亡くなったとばかり思っていた菊枝叔母さんの娘は、じつは生きていることを知る。
娘のレイラは誘拐されたのだった。
そこには隠された事実が。。
(この事実がどうにも落ち着きの悪い読後感を導いて理うと思う)。

この小説はロス近郊の高級住宅地が舞台。
その高級さがどんなものかの取材を、宮本輝派丹念にしたのだろう。そこに住む知り合いがいたのかな?
地元不動産屋の評価額が10億円以上という豪邸。
そこで庭を任されている日系の庭師やぷ得トルコ人女性のハウスキーパー、レイラを探すよう依頼した私立探偵、弁護士・・
脇役は少ないが、しっかりした人物像をつくっている。
アメリカの法律もいろいろ知ることができて興味深い。

菊枝叔母さんはその豪邸の庭を草花でいっぱいにするつもりだったようだ。
彼女はいつも娘に、草花には人間と同じような意識があるのだと話していた。
弦矢も庭の花々を見ながら、草花は宇宙の一部ではなく、宇宙ものものだと実感する。

エンターテイメントとして大いに楽しめる小説。
菊枝叔母さんの作って冷凍保存してあるスープの美味しそうなこと!
私も今日あたり、かぶのスープをつくろうかな?といっても菊枝叔母さんのような本格的ではなく、超簡単なものだけど。
(トロリ感を出すために冷ご飯をちょっと入れて煮込み、フードプロセッサーにかけるのがコツ)。
posted by 北杜の星 at 08:10| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月30日

森川すいめい「その島のひとたちは、ひとの話をきかない」

「精神科医、『自殺希少地帯を行く」という副題のとおり、精神科医である著者のフィールドワークがルポされている。
このタイトルに惹かれて読むことにしたのだが、かなり面白かった。
日本の自殺者の多さはかなり以前から言われているが、同じ県であっても地域によって自殺の多い土地もあれば少ない土地もある。
その差はどこからきているのか?住人たちに違いがあるのか?

そう、あるみたいなんですね。その土地土地による差が。
人にやさしくて至れり尽くせりのところが自殺希少地帯と思いそうだが、そうではないようだ。
むしろ人と人との距離が適正に守られているところの方が、自殺は少ないらしい。

例えば、人口2千人の町(村?)で、名前は知らないが顔は知っていて、挨拶はする程度。
自分の意見は相手にかまわずに述べる。(ひとの言うことはきかない)。
同意見に迎合しないので、そういう土地には派閥ができない。
クールに見えるが、自分にできないことを頼まれたら、からなず他のひとに訊いてみる。
助けるときはとことん助ける。

著者はある土地に行き、櫛を忘れたことに気付いて、町の雑貨屋さんに櫛を買いに行った。
けれどその店には櫛は置いていなかった。
あきらめて帰りかけたら、その店の主人は家の奥から4本の櫛を持って来て「どれがいいか?」と尋ねたという。
あっけにとられて返事ができないでいるとその主人は「あ、この黒いのがいいよね」と言って、水で洗って彼に手渡したそうだ。
また、自殺希少地帯の近くでヒッチハイクをしたら、車を止めて乗せてくれたのは、すべてその土地のひとの車だったとか。

クールだがあいさつを言い交わし、天気の話をしたりする関係が、人を孤独にさせない。
ある町にはいたるとこいろに「ベンチ」がある。住人は歩いて疲れたらベンチに座る。
坐っていると前を人がとおるのでちょっと話をする。
また、村や町には屋根つきのバスの停留所があるが、家を出てそこに坐って人と会話をする。
なんとくことのないちょっとした会話。でもそれが人を救うのだ。


ふだんは放っておいてくれる。
でも必要とあらば手を貸す。
・・そんな人間関係があるところがどうも、自殺希少地帯のようなのだ。
そこではみんなかなり我が強そうだ。我を通すだけの風通しの良さがあるということかもしれない。
自分勝手といえば自分勝手なのだが、助けたといって恩着せがましさはない。自分が自分の意思でしているというスタンスなのだ。

もっともある村人は「私はあの村が大嫌いだから出た。」と言う。
嫌いな人が出てゆくから、そこには自殺する人がいないのだと。
うーん、そういうことも言えるのかな?
だけど私にはなんだかそういう地帯って、心地よさそうに映るんですけど。
posted by 北杜の星 at 07:56| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月12日

森見登美彦「夜行」

これ、今月決まる直木賞の候補作品なんですね。
候補になる前に借り出していたので、予約はまだ全然入っていなかくてラッキーだった。

十年前に京都の鞍馬の火祭に出かけた英会話スクールの学生たち6人連れ。
そのなかの一人の女子学生が突然いなくなり、以来ずっと行方不明のまま。
今回主人公の呼びかけで、残りの5人がまた鞍馬に集まった。

それぞれが語る旅先での経験談は、いつも誰かがいなくなる。
尾道、奥飛騨、津軽、天竜峡・・
みんなの共通項は旅先いで偶然見た、岸田道生という画家の版画「夜行」だった。
その版画には、暗い夜の中で一人の女性が手を振っているというもの。あたかも、あちらの世界に読んでいるような構図の絵だ、

話には結論がない。
確かにあったことかも、どうかすると定かではない。
生活しているこちらの世界と行方の知れなくなった彼らの世界が、ポジフィルムとネガフィルムのように陰と陽に思える。
しかし夜の闇は強く濃く、「世界はいつも夜なのよ」という言葉が、謎を深くする。
最後まで着地点はははっきりしない。

不可思議さに惹きつけられる作品だった。
説明のつかないことが説明のつかないままに、納得できる感じ。
ラストの主人公に起きることが、どんでん返しだとしたら、ますますすべては霧の中。
生にはぽっかり空いた穴がある。その怖さを知るひとには、これは単なるファンタジーとは受け取れないだろう。
私はこういうお話が大好きなので、これ、存分に楽しめました。

でも、直木賞にはちょっと弱いような気がするのだけど。。
まぁ賞はこれだけが対象となるものではなく、これまでの評価を含めてのものだとしたら、森見さん、そろそろ受賞してもおかしくない時期ではある。

posted by 北杜の星 at 07:46| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月10日

町屋良平「青が破れる」

どうも判然としない小説だった。
中途半端というよりも、どうとらえていいかわかりかねる感じ。
良いのか悪いのか、面白いのかつまらないのか、それさえもわからない。
これ、文藝賞を受賞してるんですよね。文藝賞の選者は、町田康、保坂和志、藤沢周という私のお気に入りの作家で、彼らが絶賛したとか。
本当かいな?と訝しいのだが、私の「読み」が足らないのか?
絶賛の個所がどのあたりかも理解できない。

ボクシングをしている主人公の「おれ」。
おれの友人とその難病にかかっている恋人。
おれより優秀なボクシング仲間。
ピザ宅配で知り合った女性に呼び出されてのときたまの関係と彼女の息子・・

登場人物はそう多くはない。
そのなかで起きることはけっこう起伏があって、何人かが死に、残された者たちの生が続く。。というのが一応のテーマなのだと思うのだけど、何か理由のはっきりしない反発心がこれを読むと湧いてくるのはなぜなのだろう?
私だけなのか?

ひらがなが多用される文章にも反発を覚える。
ふつう、ひらがなが多いと、ゆったり落ち着いて静かな気持ちになるのだけど、ここでは作為的過ぎるように思えて、ちょっとイラついてしまうのだ。
それでいて、全体に荒っぽいため、バランスが悪い。

うーん、私では評価できない小説です。
次作を読んだら作者の意図がわかるのかな?
少なくとも次作を読もうと思うくらいには、「読める」人なんですけどね。
この気にかかるということが、つまりは作品としては成功しているということならば、これ成功作かもしれません。
posted by 北杜の星 at 07:49| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月21日

マイケル・ブース「限りなく完璧に近い人々」

「なぜ北欧の暮らしは世界一幸せなのか?」が副頽。
じつは私はこういう本はあまり好きではないのだ。
だって他の国がいかに素晴らしいかを知ったとしても、私のこの国が良くなるわけはないし、知れば知るほどなーんか虚しくなるだけだから。
隣の芝生の青さを羨んでもしかたない。。
それでも時どき読んでしまうのは、虚しさのなかに巣くう腹立たしさをなんとかこの国に反映したいと思うからなのかもしれない。
ごまめの歯ぎしりだけど、たくさんのごまめが集まれば何かを変えることができるかもしれいもの。

マイケル・ブースという名前にひっかかるものがあった。
調べてみると、「英国一家、日本を食べる」のあの著者だった。
彼はイギリス人、でもデンマーク人の女性と結婚し現在はデンマーク暮らしだそうだ。
イギリスは今は経済が大変で以前ほどではないというが、それでもまだまだ福祉的には国民は恵まれているはず、そのイギリス人である彼が北欧デンマークに住んで感じる「幸福指数の高さ」。
この本ではそうした北欧5カ国の人々の暮らしをユーモラスに書いている。
でもこれ、500ページぎっしりの読み応えのある本で、読むのに4日かかりました。
なおこの本はオバマ大統領がホワイトハウスの晩さん会で引用したとのこと。アメリカでも「お手本」になる部分があるのだろう。

アイスランド、デンマーク、ノルウェイ、スウェーデン、フィンランド。
私たちは北欧というと、ひと括りにしまいがちだが、この本を読むとそれぞれに個性的で国民性の違いが大きいのがわかる。
著者がデンマーク在住なのでかなりのスペースをデンマークに割いているのは当然だが、どの国に関しても賞賛ばかりでなくその欠点についても容赦はない。

税金は高い、生産性が悪い(休暇が多いんですね)、高齢化、移民問題ももちろんあるしドラッグ問題だってある。
それでも北欧の人たちの満足度が高いのはなぜか?
なにしろデンマークの国民で人生が大変と考えている人は、1パーセントにすぎないのだ!
税金がどれほど高くとも、教育、医療、福祉など暮らしや将来に不安がないというのは、どれだけ安心なことか。日本の若者の不安度不満度(ほとんど諦めているみたいなのが悲しい)を蚊が得ると、本当にうらやましい。
そのうえ長い休暇があるのだから、過労死などは起こらないだろうし、ほとんどの人たちが持っている郊外の小ぢんまりとした別荘やキャンピングカーでm夏を過ごすことができる。

税金の高さは凄まじい。なにしろ最高税率は50%。
労働者人口の20パーセントは仕事をしていなくて、失業手当や障害者手当を支給されている。
そんな国、どうやって回しているんだ?!と日本人の私は不思議に思ってしまう。つくづく日本の国の税金の使い方の不透明さに唖然となる。
デンマークでは総選挙の投票率が87%だという。
みなが政治に関心をもっているのだ。

税金が高いということは、金持ちと貧乏人の格差が少ないということ。
だからデンマークでパーティをすると、集まる人たちの職業がじつにさまざま。教師や議員などもいるし肉体労働の人もいる。そこでの話題もおそらくさまざまなのだろう。
平等意識が高く、他人への信頼度も高い。

もっとも現在はグローバル社会。経済問題は世界中どこも同じで存在する。移民問題は北欧にも迫っている。
北欧システムがいつまでどこまで今の状態で続けられるかは、誰にもわからない。
それでもすぐ近い将来のこの国の少子化や社会保障制度などには、北欧モデルは参考になるところがたくさんあるはずだ。
この本を読んでいるとそれが決して不可能ではないと思えるのだけど、日本の政治家を思い浮かべると「うーん」と唸ってしまう。
利権ではなく理念を持つ政治家を持つには、それなりの意識の国民がいなければ無理なのだろう。
それはとりもなおさずに、私たち一人一人の問題なのだと思う。
posted by 北杜の星 at 07:54| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月07日

森絵都「みかづき」

昭和30年代半ば、世の中に公団ができ、団塊世代が受験に向かい始めた頃、千葉の小学校の用務員だった吾郎は放課後、勉強のわからない子どもたちを教えていた。
吾郎の教え方が評判になり、塾を立ち上げたい千明から、その塾への参加を請われた。
吾郎はやがて、蕗子という娘を女手一人で育てる千明と結婚、共に塾を経営することになる。
けれど二人の教育方針は異なっていた。
公教育へのアンチテーゼとしての塾を目指す千明に、吾郎は次第に違和感を覚えて袂を分かつようになる。
吾郎の塾は支校を増やし、大きくなってゆく。
と同時にさまざまな問題も起きて、それなりの苦悩も生じるのだが。。

小説の視点は吾郎から千明に移り、最後は孫の一郎へと繋がる。
これは「塾」という教育機関を時代の変遷とともに描きつつ、三代にわたる家族を描く小説でもある。
高度成長まっただ中の昭和の時代と、平成への40年余り。
この間にとっぷり浸って生きた私にはすごい臨場感で読めた。
「そう、そういう時代だったよね」とわかる部分が多かった。
私の通っていた塾はいわゆる「私塾」で、今のような大きな規模の全国展開などの塾ではなかく、むしろ最初の放課後の吾郎の教室のようなものだったけれど、当時、塾通いをする子どもはそうはいなかった。
私は幼稚園も受験を経て、3年保育を電車に一人乗って通わされていたけれど、今考えると、私の母親って教育ママだったのかもしれない。
早生まれの小さな子どもを一人で毎日電車で幼稚園に通わせるなんて、危険きわまりないと今ならほとんど虐待だよね。
もしその経験が私の人生に役に立っているとしたら、まぁ、独立心が強い人間になったかなというくらい。

でもあの頃は、みんな上昇志向が強かったし、未来が輝くものとしてあった。
頑張れば頑張るほど、結果が出た時代。
結果を出すためには、なによりも教育だったのだ。

吾郎の孫の一郎は塾の仕事に従事しながらも、吾郎や千明とは異なる塾を目指している。
経済的に塾に通う得ない子どもたちのため、何ができるかを考えているし、それを実行に移している。
現在、国立大学に進学するためには、塾通いが必須となっているらしいが、その塾へ通うにはお金がかかる。国公立大学は貧困家庭の子どもには通えない。
(国公立大学の学費の高騰も激しいし)。

この本、教育とは何か?何のためなのか?を考えるには素晴らしい一冊。
やれ、ゆとり教育は間違っていたとか、公教育の現場には紆余曲折が多い。振り回される子どもたちはどうすればいいのか。
塾だからこその自由な教育というものがあるのかもしれない。
できるなら学校や塾の先生に読んでもらいたい。

森さんの人生における価値観がこれを読むとよくわかります。
読んでよかった、森さんの力作長編。
posted by 北杜の星 at 07:44| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月18日

森昭「歯はみがいてはいけない」

八ヶ岳に引っ越してからも4年前まで歯科はずっとお世話になっていた先生のところに通っていた。
その歯科医は「朝起きた直後と、夜寝る前にしっかり歯を磨けばいい」と言っていた。
でも世間では「歯は毎食後に磨くこと」というのが常識なので、先生の言うことよりその常識に従っていた。
ただ食後すぐに磨くのは歯に悪いと知ったので、食後30分以上たってから磨くようになった。

けれどこの本の著者は、歯を磨くのは食べかすをとるためではないので、食後そのために磨いてはいけないのだと書く。
食後の口内は食べものによって酸性化していて、歯が柔らかくなっている。それをブラシでこすることで歯が摩耗してしまうからというのもあるが、もっと大切なのは、せっかく食後には「よい唾液」が出ているのに、歯磨きをすることで唾液がなくなり、消化に悪いだけでなく、歯自体が守れなくなるのだそうだ。
虫歯にならないためにその唾液が大きな役割をしているのだという。
それと口内には菌がいっぱいなのだが、その菌を唾液がコントロールして「口内フローラル」のバランスをとっているのだ。

現在の欧米の歯科では、虫歯の治療がメインではなく、いかに歯周病を防ぐかが治療の基本となっているらしい。
そのためには、歯ブラシではなく、デンタルフロスを使用すること。
歯ブラシは食べかすを取るのが目的だが、虫歯は唾液が防いでくれる。だからデンタルフロスや歯間ブラシで「プラーグ・コントロール」をすることが大切。
私たちは外科的治療巧い先生を「上手な歯医者さん」と思っているが、どうもそうではないようだ。
歯周病を防ぐ、悪化させないためにどうすればよいかの適切なアドバイスができる先生を選ぶこと。
歯科医ですら、歯は食後すぐに磨くものと信じ切っている人がいるそうなので、歯科医院の選択を誤ってはいけない。

歯周病を防ぐのがなぜ重要かというと、歯周病がさまざまな病気の原因になるからだ。
口内の有毒な菌が肺炎、脳梗塞、糖尿病、心臓病、はてはアルツハイマーの原因となっているとたら、恐ろしいことではないだろうか。
現に歯周病が改善されたら、糖尿病も改善されたという例は多いという。
(糖尿病だから歯周病になるということもあるが)。
抗生物質を投与すると、歯周病が治るという症例があるらしいが、善玉菌まで殺す可能性があったり、他の副作用があったりして、抗生物質を使うのは最終手段だと著者は書いているが、外科的治療に頼らなくて、薬で歯周病が治る日が来るのかもしれない。

・プラーグ(歯垢)ができるのは、飲食後24時間。
・唾液がプラーグをコントロールしてくれ、その能力は飲食後にもっとも高まっている。
・プラーグは夜寝ている時にできる

この3点を考えると、私の東京の歯科の先生はまったく正しかったのだ!
起床直後と就寝前の2回のしっかりしたデンタル・フロス中心の歯磨き・・
ちなみに夫はこれを実行していて(ものぐさなので昼食後などに歯磨きできない性格なのだ)、虫歯がないんですよね。
東京の歯科医院には、文学座の俳優さんや(北村和夫さんにはよくお会いしたものだ)、声楽家たち、千葉ロッテ・マリーンズの選手たちが通っていたが、歯のブリッジを入れた後でも何の違和感なくすぐに慣れるほど、歯の調整が上手な先生だった。
そうか、あの先生はとっても良い先生だったんだね!
そこの歯科助手の女性の歯垢取りは抜群に巧かったと、私と夫はこちらの歯科医院に行った後に話すのだが、良い先生には良い助手がつくものなのでsね。
つくづく、あの先生が懐かしいが、でも東京まで毎回通うのも大変だし。。
せめて、歯磨きの件についてちゃんと実行することにしよう。

それにしてもこの本を読むと、医学界のいろんな癒着が「お前もか!」という感じでわかるのが悲しい。
この本、読む価値大いにありの一冊です。
posted by 北杜の星 at 07:18| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月17日

三浦哲郎「燈火」

大好きな幻戯書房の銀河叢書のうちの一冊。
銀河叢書とは、敗戦後70年を過ぎてなにもかものスピードが速くなって、美しい言葉もボロボロと失われていくなか、文学的想像力を刺激する埋もれた作品を精選し紹介するもので、これまで十数冊が発刊されている。
並ぶのは私好みの作家、例えば木山捷平、田中小実昌、小島信夫らなのだから堪えられない。
そしてここに三浦哲郎が初登場した。

正直にいえば、三浦哲郎をよく読んできたとは言えない。
彼の自伝的代表作は私にとtっては少しばかり情緒というか情感が多すぎる印象だったからだ。
しかし生家において、二人の姉が自殺、二人の兄が失踪という境遇で、そのことを小説に書くとしたなら、そうなるのは仕方ないことだったのかもしれない。
この「燈火」もほとんど自分の家庭と家族を描く連作短編集なのだが、驚いた。
三浦哲郎ってこれほどの書き手だったの!?
なぜ、これまで読んでこなかったのか、本当に後悔した。
文体と言葉の簡潔さ、それでいて過不足ない事象の描写は心象すべてを表している。
ただ残念ながらこの作品は未完に終わっている。
あるところに連載していたのだが途中で病気になり中断。そのままになったらしい。
だがそれでも十分、作品の素晴らしさに変わりはない。

主人公の作家馬淵は故郷の北の街で、ある女性との会食直後に、大量の吐血をして倒れた。胃潰瘍だった。
劇的な始まりなのだが、劇的なことばかりが続くわけではない。
むしろ家族の細々とした日常の、ささやかなできごとが綴られているのだ。
染めるのをやめた妻の白髪、長女の結婚、次女の独立、故郷に住む弱視の姉の火の不始末、旧友の死・・
ありふれたことばかりといえば、ありふれたことばかり。
それでもそうした出来事から派生する波はあるのだ。

作者の長女の方がこの本が出版された経緯について後記されている。
そして佐伯一麦が「日常の時間の厚み」という解説文を書いている。
佐伯一麦も日常を描く氏小説家である。二人に共通するものがあるのだろう。
・・と思ったところで、思い出した。
佐伯一麦は現在、山梨文学賞の小説部門の選考委員を務めているのだった。
三浦哲郎は亡くなるまでずっと選考委員だった。それを引き継いだのが佐伯一麦。
今年選考委員の一人であった津島佑子も亡くなったが、彼女の後任は誰になるのだろう?

これほどの書き手を数冊しか読まずに過ごしてきたとは。。情けないです。
狭量な私はこういうヘマをときどきしてしまうんですね。残念さを挽回するために他の作品を読んでみます。
posted by 北杜の星 at 07:43| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月26日

室井佑月「息子ってヤツは」

室井佑月の本を読むのはこれが初めて。
でも彼女がテレビのコメンテイターとして出演しているのを見る限りでは、ストレートに意見を述べ、それが私とほぼ同意見なこともあって、わりと好きな女性である。
彼女が作家の高橋源一郎と結婚してて子どもを産み、すぐに離婚というのは知っていたのだが、その息子さん、今はすでに高校生だとか。
シングルマザーとして仕事をしつつ子育てをしてきた彼女の、これは子育てエッセイである。
それも「お受験」エッセイ。

私に子どもがいないせいか、「お受験」にはなんとなく反発を覚えるところがあって、なにも小さな時から塾へ行かせなくてもと考えるのだが、室井さんには室井さんの考えがあったようだ。
それは、親として子に残せるものは教育だけ。前を向いて「自分は何のために生れてきたのか」を問い生きていける人間になってほしいと願ったからだ。
それで小学3年生のときから学習塾へ通わせ、お尻をたたき、中学受験に挑んだ。

でもやみくもなお受験ママではないんですね、彼女。
一人息子を盲愛してはいるが、盲信しているわけではない。自分のこともちゃんとわかっている。
息子は自分という母親といつも一緒ではよくないと、地方の中・高一貫校にターゲットを絞ったのである。
こういう理性は本当にリッパ。

とはいえ、息子は勉強嫌い。ゲームをしたり、ダラダラしてなかなか勉強に熱が入らない。(まぁ、これが普通だと思うのだけど)。
だけど、ここが彼女のユニークな点。
「勉強しろ」とは言わない。(最初は言ったようだが)。
「あんたって、勉強すきだから」という言葉を繰り返し言い聞かせたのだ。
学校から帰ってふてくされながら宿題をしているときには、[宿題をするのは当たり前と思っていても)、「へぇ学校から帰ってきたのに、また勉強しているの?ほんと、勉強が好きなんだから」とつぶやいて見せる。
するとあらあら、「オレって、勉強好きなのかも」と言うようになった!

この洗脳戦略は室井さんが銀座の高級クラブのホステスをしていたのきに学習したのだそうだ。
男って、洗脳されやすいらしい。
息子にもこれは成功したようだ。
(でも、母息子のバトルはこれからもおおいに続く。。)

巧いなぁ、室井さん。
私も夫にこの戦法をつかってみようかな。「あなたって本当はすごーく料理が上手なのね」とか毎日言っちゃって。。

中学合格、地方から休みに帰って来てもあの年齢の男の子が母親にやさしい言葉をかけてくるはずがない。
返事すらしないもの。内心「うるさいなぁ」「面倒だなぁ」と思っているのが、ときおり言葉や態度に表れる。
それでもやはり、そこは母と息子。絶対に切っても切れない「ナニカ」は横たわっているような気がして、息子っていいじゃん!と思う。
現在彼女の息子はソフトボールとギターに夢中な高校一年生。
これから大学受験が控えているが、もう母親の言う通りにはならないでしょう。自分で自分の道を考え見つけるしかない。
そのための「道」をつけてあげるのが親の役割。そしてその役割をしっかり果たした室井さんだと私は思います。

エライし、巧い。人間操縦法に長けているひとですね、室井さんは。
でもそれ以上に、息子を愛し、そして信じているのだと思う。なんやかや言っても、二人の信頼がつたわってくるエッセイでした。
子育中の方にはお勧めです。
posted by 北杜の星 at 07:45| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月26日

森まゆみ「昭和の親が教えてくれたこと」

タイトルを見ると、なんだか教訓を垂れている印象を受けるかもしれないが、全然んそういうことはない。
あの森まゆみさんだもの、そんな上から目線があろうはずがない。
1954年生まれというから私よりは数歳若い。でも育った時代はほぼ同じ。日本が戦後からようやく抜け出そうとした頃、まだまだ貧しくて暮らしはつましかったが、そこにはささやかな「庶民の哲学」がった。
それが人と人との間の潤滑油になっていた。
ましてや「東京の下町」の駒込動坂下の長屋で育った森さん、ご近所さんとの付き合い、助け合いのなかで自然と身についたことがたくさんある。
私もそうだが私たちの親は大正末期から昭和の初めに生れた人たちだ。戦後の新しい時代いとはいえ育児法は古いものだった。
その古さに抵抗反抗したものだったが、今思うと懐かしいし、ある意味ありがたかったかな。

森さんの幼いころを描くこのエッセイ集にはいろんな「言葉」「言い回し」が章の題になっている。
「起きて半畳、寝て一畳」「すまじきものは宮仕え」「遠くの親戚より近くの他人」「お百姓さんが汗水たらして・・」「お里が知れる」「明日ありと思う心の仇桜」「親しき仲にも礼儀あり」・・
あった、あった。私の親も何かにつけてよく言っていたなぁ。
言われるたびに「ぅんもう、またか」と思っていたけど、幼いころに聞いた言葉は今でもちゃんと刷り込まれている。

私の時代には子どもは家の手伝いをしていた、というかさせられていた。母親が買い忘れたモノをちょっと買いに行かされたり、玄関周りの掃除もさせられた。
森さんも同じで、掃除をする時には彼女のお母さんはいつも「隣の半分まで掃くんだよ」と言ったそうだ。
「自分の前だけきれいになればいいというのはいけない。しかし隣の前を全部掃くのはおこがましい。やりすぎだ。」というのがその理由。
いいですねぇ、こうした「程の良さ」。
これぞ人とのお付き合いの「間合い」というもの。「庶民の哲学」の深さです。

森さんの両親はどちらも歯科医師だった。当然おかあさんはとても忙しい。
だからご近所さんが助けてくれた。隣の家でご飯を食べさせてもらったり、学校から家ではなく他所の家にランドセルを置いて遊んだり。。
当時は働く女性を専業主婦がよく助けていたものだそうだ。
仕事を持つ女性がともすれば専業主婦を見下して、両者が敵対するバカなことはなかった。(それはある一時期あったけど現在は少なくなっていて、女性同士の連帯が強くなっていると思う)。
隣の家でご飯を食べる。その代わりに風呂を立てて入れてあげる。(隣は銭湯に行っていた)。

(余談だが、ある有名な女性の学者が書いていたのだが、仕事関係で知り合った人はどんなに親しくなっても距離があって、例えば入院したとして、お見舞いには来てくれるが、下着までは洗ってくれない。でも子育てで知り合ったお母さん仲間の友人はパンツまで洗ってくれた、と。それに主婦の人脈の深さ太さにはつくづく感嘆するものがあったという。仕事を通しての友人がどんなに多くても、そこまで深くはなれないと思う。)

「風呂を立てる」という言葉も今はなくなりましたね。
消えた言葉というのも結構ある。
以前は「弁当をつかう」とか「出汁をひく」「米を研ぐ」と言ってたけど。。

私はとても森まゆみが好き。
彼女の価値観、社会に対するスタンスと行動など共感するものは多い。
そうした彼女をつくりあげたげたのが、彼女の生まれ育った界隈ということがこれを読むと再認識できる。
そして今でもその地を愛し続けられる彼女の幸せを思うと、土地に執着しなくて生きて来た私には、本当にうらやましいものがあります。
原田氏病にかかったいうけど、大丈夫なのかな?
私と同じで、自然療法の自然治癒で治そうとする彼女、いつまでも元気でいてもらいたいです。
posted by 北杜の星 at 07:38| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月01日

宮坂信之「ステロイドがわかる本」

この本を読んだのには二つの理由がある。
一つは、友人が自己免疫系病気の治療にステロイド投薬を受けることにしたのと、もう一つは2週間前から私の皮膚に湿疹が出始めたこと。
昨年の皮膚病は自家感作性皮膚炎というもので、それはホメオパシーで治ったのだが、もしかして再発かとビクビクしていた。
この暑いのに東京のホメオパスの先生との相談会に行くのはいやだなぁと思い、でももしこちらの病院の皮膚科に行くとなると、ステロイドを使われるんだろうなと、これはもっといやだとビクビクしていた。
でも昨年とは微妙に異なる症状で、自家感作性皮膚炎は左右対称なのに右側だけにしかでていない。だけどそれはそれで帯状疱疹という可能性もある。。
診察の結果は、蕁麻疹とのこと。食べものアレルギーの蕁麻疹ではなくて、古い蕁麻疹の「種」のようなのが体の中に残っていて、それがストレスや疲れで出てくるのだそう。
もし慢性化すると厄介みたい。(皮膚疾患ってアトピーを見てもわかるように、どれも厄介なんですけどね)。
放っておいても数日すれば消えるし、もし慢性化を防ぐのなら抗ヒスタミン剤を服用してくださいと言われて、かなりホッとした。
私は幼いことから蕁麻疹がよく出る子だった。今でも太陽湿疹や寒冷蕁麻疹に悩まされている。
(症状、とくに肌の症状というのは体の内の毒素を出しているのだから、出し切るのが本当の治療だと思っている。)

ステロイドは怖い!というのは今では誰もが知っていて、できるならば避けたいと思っている。
でもステロイドは医師がきちんと経過を観察しながら塗布したり服用すれば、安全とも言われている。
薬はどんな薬にも、漢方薬にも副作用はあるのだから、ステロイドだって諸刃の刃。
じっさいに私のまわりにも、副作用で困ったというひともいれば、ステロイドで湿疹が消えて痒みから解放されたと喜ぶひともいる。
それでは、どうすればいいか?
膠原病・リウマチ専門医である著者が、病気別にステロイドとどう付き合うかを教えてくれるこの本は、これからステロイド治療を始めようとするひと、治療中のひとが読めば、役立つかもしれない。
専門だけあって自己免疫の病気が大部分を占めているが、皮膚科、耳鼻科、呼吸器内科、腎臓内科など多くの病気にステロイドは対応している。

ステロイドはご存じのように副腎から出るホルモンである。
投与される量にもよるが、2週間くらい服用すると、副腎からのステロイドは出ることをストップしてしまう。人間の体って怠け者なんですね。外から入ると内ではつくらなくなる。
一度つくるのをストップすると再びつくれるようになるには時間がかかる。つまり体にステロイド・ホルモンがまったく供給されなくなる期間ができるということ。
これがよく云われるような「急にステロイドを止めるのはよくない」の原因なのである。
自己判断ではなく、医師の管理の元に量を少しずつ減らしながら終わらせることが肝心。

しかし服用中にも副作用が起こる場合はある。
ムーンフェイス、肥満(手足は細くなる)、皮膚が薄くなったり血管壁が弱くなるので打ちあざがでやすくなるなどなど。
けれどこれは軽度副作用なので普通は治療は継続される。
(私にはこれが「軽度」とは思えないのだけど。これらを起こすかなりの異変が体のなかで起きているのだと思う)。
重症副作用は深刻だ。
感染症にかかりやすくなる、糖尿病、消化性潰瘍、骨粗しょう症、無菌性骨壊死、筋委縮、精神病(気分のムラやうつ病など)、脂質異常、白内障・・
挙げればきりがないくらいの副作用がある。

この本にはこういう副作用は「長期」「多量」に続ければとあるが、どれくらいの期間を「長期」と云うのかは、明記されていない。
人間には個体差があるし、年齢によっても副作用の出方はことなるはずだ。
日本では病気になると「標準治療」が行われ、ステロイドの投薬もそうした「標準治療」のガイドラインに沿って行われるのだろうが、そこではちゃんと個人差がはっきりしているのだろうか?
(多分わかっていないから、「経過観察」なのだと思うのだけど)。
ただこの標準治療というのがあるから、他の外来に行ってセコンド・オピニオンを得ようとしても、同じ意見しか返ってこない場合が多いため、「やはり、この治療しかないのね」ということになってしまう。

ちなみに「一つ目」の私の友人のステロイド治療は、医師から薦められたものではなく、あくまでも「自己判断」でステロイド治療を受けるかどうかを自分で決めさせられたのだそうだ。
「えー、それって医師はなんのためにいるの?」「責任回避じゃない?」と私は納得できないのだが、イマドキの医師ってそうなの?
でもそれってやっぱり、ステロイドの副作用があるってことですよね。
何を選択して、何を拒否するかを患者にゆだねるということは、患者にもっともっと知識をもちなさいということである。
しっかりいろんな資料を調べて研究する必要があるのかも。
さいわい最近では大学の研究室や専門医の意見がネットで調べられるようになってきた。
重度であっても軽度であっても、副作用が私の友人に出ないことを祈ります。
posted by 北杜の星 at 07:48| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月06日

三崎亜記「ニセモノの妻」

三崎亜記の作品はよくSF的と評される。
でも私はそうは思わない。
SFなら「なんでもあり」になってしまって、つまらない。
彼の作品は日常をちょっと上下逆さにしたり裏表にしたりすることで、それまで想像もしなかった世界に読者を運んでくれるから面白いのだと思う。
架空の世界であっても、ベースはあくまで「日常」なのではないだろうか。

この4つの短編集もそう。4組の夫婦を描くもの。
普通に暮らしているはずの夫婦に起こる不思議で怖いこと。ぜったいに起こらないことが起こったとき、彼らがどう考えどう行動するか。
奇想天外が起こると、それはホラーだったりミステリーだったり。
しかもそれが起こるのが夫婦になのだから、せつなくもあるのです。

買ったばかりの新築マンションに引っ越した夫婦。でもマンションにはどの部屋にも灯りがない。誰にも会わない。
ある日突然6年一緒に暮らした妻が「私はニセモノかもしれない」と言い、二人してホンモノの妻を探しに。
「あなたとは傾きが違うのよね」と「坂」主義の妻が言う。世の中は坂主義と階段主義が対立。
どういうわけかできた断層が、家族を分断する。。

・・というお話を詳しく説明するのは野暮というもの。
これを楽しめるかばからしいと思うかは読者次第だ。
ただ、三崎亜記を読んでいつも心配なのが、「いつまでこれが続けられうのだろう」「ネタ切れしないの?」ということ。
奇想天外がalwaysになると、驚きがなくなってカラクリがわかり、飽きられるんじゃないかとヒヤヒヤするのだ。
でも彼の強みがあるとしたら、上に書いたように彼が物語を「日常」から拡げていることだろう。
日常ならいくらでもどこにでも誰にでもある。枯渇することはないはず。
要はマンネリにならないことかな。

今回はこう来たのなら、次回はどう来るか?この楽しみが三崎亜記にはあるんです。


posted by 北杜の星 at 07:20| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月17日

町田康「リフォームの爆発」

町田康が東京都心から熱海の山のなかに引っ越したのは、当時飼っていた10頭の猫のためだった。
買ったのは中古の家でかなりたくさんの部屋数があり、茶室までついているもの。それを入居にあたって改築をした。
猫たちのうち何頭かは死んで現在は、猫6頭と犬2頭がいる。
それらすべてが保護の必要のある見るに見かねて飼うことになった犬猫たちだ。
町田康、それ以上に彼の奥さんはやさしいひとで、気の毒な生き物を見過ごすことができないのである。

そして今回、また家をリフォームすることとなった。それも大々的に。
家中に不具合が出たためだ。
まず、人と寝食を共にしたい居場所がない二頭の大型犬のため。
人を怖がる猫6頭のための茶室・物置小屋や連絡通路の傷みによる逃亡と倒壊の懸念。
そして細長いダイニングキッチンで食事をする苦しみと悲しみ。
ダイニングキッチンの暗さによる絶望と虚無。
これらを改善するためのリフォームなんですね。
(この家、ずいぶんとイレギュラーな造りのようで、私に言わせると「町田さん、なんでこんな家を買ったのよ」と言いたくなるんですけど)。

町田康はこれまでも自分でもいろいろ側庭などの工事をしている。
彼のことだもの、すればするほど失敗の穴が拡がり、奥さんからはあきれられ、自分も嫌気がさして不貞腐れることとなる。
ならばプロの職人さんたちに依頼をしよう!と考えたのは正解。まぁ自分で手に負える規模のリフォームではないのだからそれは当然。
でもこれが一筋縄ではいかないのは町田康ファンなら誰もが想像できる。
職人さんたちとのあれやこれやの折衝が大変なのだ。
彼らの一挙手一投足にビビってしまう。でもちゃんと自らお茶出しもしているんです。

でもかなりリフォームというか建築のことを勉強したものと思われる。そうでなければこのような詳細なリフォーム・エッセイは書けないだろう。
もし「リフォーム文学」というジャンルの賞があるならば、これは間違いなしの大賞受賞だ。
まずただのエッセイではなく、本の導入部はエッセイではなく小説といってもいいくらいの構成となっている。
町田康はこれを書くにあたって、新しいエッセイのかたちを作ろうとしたのではないか。意欲作ですね。

リフォーム後のスピンクたちがどう感じているか、それは次の「スピンク・シリーズ」でわかることでしょう。
楽しみです。
posted by 北杜の星 at 07:51| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月11日

本谷有希子「異類婚姻譚」

これまで三度芥川賞の候補となりながら逃してきた本谷有希子。
応援していた私は「やっと」の思いで、胸をなでおろした。
若いころから(今でも30代なかばで充分若いけど)才能あふれる人で、彼女の舞台なら観てみたいものだと、演劇嫌いの私が願ったほど。
でもそういう意味では今回の受賞作品はこれまでのエキセントリックな主人公の言動が薄まっている印象があって、ちょっと肩透かしかもと読み始めた。
ハチャメチャ、ヒリヒリの彼女の小説の特性が弱いかな、と。

それでも大いに楽しめたのは、作品をとおしてのものすごい「気持ち悪さ」だ。
「気持ち悪い」のが楽しいとは変な言い方だが、この「違和感」がなんとも本谷作品らしいところ。
そして「気持ち悪さ」の根源が何かを問うのが、このお話し。

結婚して4年の夫婦、サンちゃんと「旦那」。
子どもはなく、サンちゃんは専業主婦で安楽に暮らしている。
旦那はけっこうな稼ぎの仕事をしているが、だからだろうか、家では何もしたくないと言う。面倒なことはとにかく避けて、テレビのバラエティ番組を見ている。
ある日サンちゃんは自分と旦那の顔が似て来たのに気付く。
顔の造作は一定ではなく、見るごとに変化したり、元にもどったり。
そして何もしようとしなかった夫が突然、大量の揚げ物をつくるようになって。。

日常が異化していく。
それが妻に何かを気付かせる。
同化する夫婦と、やっぱり「異類」である二人の人間の結婚性格。違和が大きくなればなるほど疑問も大きくなる。
。。気持ち悪さがピークになるのが、隣人の猫を山に「逃がして」やりに行く場面。
猫を逃がすのは、なにかの暗喩か?
いろんなエピソードが出てくるが、その都度少しずつ、裂け目が広がるとろこにリアリティが感じられて笑える。(本谷作品にはいつもこの「わらい」があるんですよね。)

毒が薄まったような印象を最初受けたけど、やはりこれはまぎれもない本谷有希子でした。
読みやすくなっているので、読者層が増えるのではないでしょうか?
本を読む人をとにかく多くしたい。そのためにはレベルを落とすのではなく、読みやすくする努力を作家たちはしてもいいのでは?と思います。
純文学好きだけが本好きとはかぎらないのですから。
ちなみに私はそういうジャンルがあるとすればですが「純文学」大好き人間です。
posted by 北杜の星 at 07:38| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする