2015年09月21日

松井孝嘉「首は絶対にもんではいけない」

私の夫は過去にムチ打ち症を経験したことがあるせいか、pcワークが長くなると必ずと言っていいくらい首こりになる。
そのまま放っておくと肩こり、頭痛、眼痛が起きる。
そんな時は、タオルをレンジでチンして首の後ろを温めたり、頸椎以外のところを抑えてあげる。
三週間に一度の鍼灸治療は、この首こり解消のために行っているようだ。
私も3年前に突然、首が回らなくなって、3ヶ月くらい難儀をした。後ろをふり向けないのは不自由だったなぁ。体ごとふり向いていたが、ロボットのような動きだった。
腰も体の要だけど、首もとっても大切な部位なんですよね。
首がいかに大切か、その首を守るためにどうすればよいかが書かれているのが、この本。
ライブラリーの新刊コーナーで見つけて、すぐに借り出しました。

首の後ろの頸椎は自律神経のセンサー。つまり首は脳の一部といっても過言ではない。
自律神経は交感神経と副交感神経からなり、体のあらゆるところに作用している。
だから自律神経が乱れると、さまざまな症状が発生し、不定愁訴として苦しむことになる。
めまい、頭痛、動悸、汗、しびれ、眼精疲労、睡眠障害、食欲不振・・

その原因が「首」にあるとは知らなかった。
首は細い筋肉で、ボーリングのボールほどの重さの頭を支えているのだから、大変だ。
首の細い人、長い人、猫背の人などはなおさら負荷が大きい。
しかも首の筋肉は疲れやすいだけでなく、疲れが取れにくいという。

首の疲れを取ろうとして首をもんだり、引っ張ったり、固定させてはいけないそうだ。
(押すのもいけないのかな?私、もみはしないのだけど、押していたんです。でも絶対に脳幹から続く頸椎の周辺は怖くて押しません)
この本には首の筋肉をほぐしリラックスさせる体操が紹介されている。
そう難しいものではなく、時間もかからない。
デスクワークで下を向くときは、30分に一度のこのリラクゼーションをするといい。
椅子に深く腰をかけ、上体をまっすぐにし、両手を首の後ろで組んで、そっと首を後ろに傾け30秒キープ。そのまま頭を基に戻す。

他にも松井先生考案の555体操というのもある。
これは上記のものよりもう少し複雑で、首のまわりの筋肉すべてをゆるめる効果があるもの。
私、イラストを見ながらこの555体操を試してみました。
驚くことに、即効ありでしたね。すごーく首がラクになった。
(そのときに気をつけた方が良いのは、肩を前に倒さないこと。肩は前から大きく後ろに回しておく。)

首こり、肩こりの人が随分多い。
パソコンやスマホやゲームで下向きの時間が長いせいだ。
首こりと侮ってはいけない。
最近よく言われる「新型うつ」は自律神経うつ、頸筋性うつとも呼ばれるくらい、首と深い関係があるのだ。
首こりがウツの原因だなんて!

この本を読んだ夫はさっそく、レンジでチンしたタオルで首の後ろを温めた。
これまでもそれはしていたのだけれど、レンジに温めたものは食べものもそうだが、すぐに冷めて困っていた。
ここに紹介してある方法は、ラップに濡れタオルを包んでチンし、それを乾いた別のタオルでまた包んでから当てるというもの。
これならいつまでも温かいまま。
寝る前にすると本当にラクになったらしい。
それと仕事で使う方のPCを、下に向かなくてもいいように、位置を高くしたところ、首の凝りが全然減ったそうだ。どうしてもっと早く気付かなかったのだろうと言っている。
これで3週間に一度の鍼灸治療が一カ月に一度の頻度になれば、節約できるかも。

posted by 北杜の星 at 08:00| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月08日

群ようこ「衣にちにち」

明日はちょっと外出、というとき「さて、何を着て行こう」と迷ってしまう。
私が住むのは八ヶ岳。夏はいいとして冬に東京に行く時には気温差が大きいので、まるで山の熊さんになってしまう。
それに加えて、服に悩むのは年齢の問題もある。
これまで似合っていた服の色、型、素材などがまったく似合わなくなってくるのだ。
これに気付いたのはもうかなり以前で、私が50歳になったころだった。
若いころと同じ恰好だと「若作り」になってしまって気持ち悪い。かといってあまり地味な格好だとよけい婆くさい。
それで私のとった戦略は、ボトムはスリム的なパンツ、トップスはカットソー(普段はファストファッションの品だが、外出時にはブランドもの)かセーター、それに春や秋はカジュアルなブルゾンかジャケット、冬はコートというシンプルというと響きがいいが、愛想のないかわいさとは程遠いスタイル。
多分、人から見るといつも同じ恰好に見えると思う。
でもこれでいい、と決めたので、もう迷わなくなった。

群さんは作家という仕事なので居職で家にいることが多い。猫を飼っているので家で上等なものは着られないそうだ。
だからこそ、外出の時にはいろいろ悩む。
会食、インタビュー、撮影・・なんでもいいというわけにはいかない。
自分のワードローブを眺めまわして、着てゆく服を前もって決めても、天候気温などの条件が問題だ。
動きやすいもの、冷えを防止するもの・・いろいろ考えれば考えるほど、悩んでしまう。
(だけど群さん、ちゃんとTPOにあわせて、素敵な服をきているんです。マーク・ジェイコブスなんてのも着てる)。

ここにも書いてあるが、トシをとったら「好きな色ではなく、似合う色を着るべし」と。
それは私も賛成だ。
体型も悪くなるが、何にもまして悪くなるのが肌の色。若いころに着ていた「地味」な色だと年齢が際立って見えてしまう。
とくに難しいのが、ベージュやグレーだ。
彩度や明度が肌の色に合っていないと最悪なことになる。
(そういうときは、サシ色としてマフラーやスカーフを使うのも手。でも間違ってもCAのようなスカーフにはしないね)。
それと型も大切。
体型をカバーしようと考えるのはいいとしても、上も下もダボダボだと、やはりこれもお婆さんスタイルだ。
全部を「今」にするとそれはそれで痛々しく見えてしまうけど、やはりどこかには「今」はほしいもの。

群さんは和の習い事をしているので着物を着る人だ。
着物は約束事が多くて大変という人がいるが、反対に考えると、約束通りにしていればいいのだから、楽といえば楽。
ここに書いてあるように歌舞伎座で、三十代半ばの女性が、紬の着物に袋帯をふくら雀に結んでいるの見たとあるけれど、それはない、ない。
紬はどんなに高価でも普段着、もしくはお洒落着だ。正装の袋帯はありえないでしょ。
最近では結城紬に絵を描いたものを訪問着として着る人が増えてきたが、私に言わせると、あれは野暮ですね。

でも着物の着方に変化もあらわれている。
昨今の温暖化で春や秋に気温が高くなって、従来なら6月と9月にしか着なかった単衣を、4・5・10月にも着るようになっているそうだ。
たしかに5月って暑くなったもの。袷なんて着てられない。
私の知り合いに、盛夏以外はいつも着物で通していらした女性がいた。その方は一年中、単衣だった。
どうして?と尋ねると、だって袷は重いんですものと言われた。
そう、チンと座っているだけでなく、くるくると働く日常着としての着物なら、軽い単衣のほうが動きやすいはずだ。
いつも紬の単衣にこれも紬の長い前掛け・・これが彼女のスタイルだった。
寒さは温かい肌着で調整されていたようだ。私の憧れの美しい女性でした。

だけど群さんのこの本を読んで、思ったことがある。
それは、たくさん服を所有しているから「悩み」「迷う」のではないだろうかということ。
現在、若い人たちの間では「ミニマリズム」という生き方が注目されているが、そうした生き方をするのなら、モノは極力少なくできるはず。
そのほうが風通しがいいし、風通しがいいということは、精神にもいいのではないだろうか?
ウツになる人の部屋はモノであふれ、整理整頓されていないことが多いと聞くが、それって物理的にも風邪通しが悪いよね。

群さん、服を減らしましょう!
posted by 北杜の星 at 08:34| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月24日

茂木健一郎「東京藝大物語」

茂木健一郎は5年間、東京藝大で非常勤講師を務めた。
これはそのときのできごとを、エッセイではなく小説として書いたもの。
小説といってもおそらくほとんどが実話か実話に基づいて書かれているのだと思う。教授や講師は実名で登場する。

茂木健一郎はご存知のように脳科学者である。つまり理系の人だ。
その彼が理系とはかけ離れたアート人間を相手にするのだ。彼にとっても学生にとってもお互い異分子同士。
はたして茂木のクオリア理論を学生は理解できるのか?茂木は学生をうまく指導できるのか?

これ、正直なところほとんど期待しないで読み始めたのだが、まぁ、面白いこと!
茂木の言語表現はなかなかのもので驚いた。
よく観察し、観察したことを上手にすくい取って書き表している。

四浪して油絵科に入ったジャガーは、入学したときの鼻水をチューブに入れてビーカーで持ち歩いている。
吃音傾向のあるハト沼は毎日上野公園のハトをスケッチしている。
早稲田を卒業後東京藝大に来た阿部ちゃんはさすがに他の学生とはちょっと違う雰囲気。
肉感的ないやらしさと多くの武勇伝をもつ杉ちゃん・・
まぁ、奇人変人揃いなのですよ。

しかし彼らは真剣なのだ。
アートで身を立てようと、毎日芸術を論じ、制作し、時に恋愛もし、一生懸命毎日を生きている。
とくにジャガーの猪突猛進ぶりは感動的でさえある。
カバンを持たないカバン持ちの書生として、茂木を慕うジャガーのかわいさ!

このなかでエピソードはたくさんあるのだが、大竹伸朗が講義にやってきたときの話はいかにも大竹らしくて面白い。
いつもの通り茂木はジャガーを「こいつ、油絵なんです。四浪ですけどね。」と紹介すると、大竹はギロリとジャガーを睨みつけ、「サイテーだな」と言い放ったのだ。
そして今をときめくアート界のスーパースターの登場に講義会場はどよめいたが、大竹は開口一番、「おまえら、分かっているのか!東京藝大なんて来ているようじゃ、アーティストとしてダメだ。そもそも美大になんか意味がないっ!」。
しーんと静まる会場。のっけから学生たちはみんなノックアウト。

いいなぁ、こういうの。
私が大竹伸朗を知ったのは彼の「倫敦/香港」という本を1989年に夫が買って帰ったことからだった。
そのキッチュさにすぐに大ファンになり、日本橋の小さな「ペース・ギャラリー」などの個展に足を運ぶようになった。
そうこうしているうちに彼はどんどんビッグになって、2006年には東京現代美術館で「全景」という大回顧展を開いた。
その展覧会の作品の多さに頭がクラクラした。
どんなにビッグになろうとも、けっして「体制的」にならない彼のアートは、私にとってとても心地よいものだ。
アーティストって本来は「反体制」のものだと思うのだけど、有名なり経済的に潤い権力者との接点が多くなると、アートとは異なる方向へ行く人が多くなる。
私はそれが嫌い。アーティストには前衛であってほしいし、権力におもねってほしくはない。
そういう意味で大竹伸朗は信頼できるアーティストだと信じている。
(大竹は東京藝大に落ち、武蔵野美大に入学するも、一週間で休学し北海道の牧場で働いた。ロンドンで暮らしヨーロッパのパンクのような前衛を身に付けた。
彼は絵のほかに音楽(といってもノイズ・バンド)もしている。結局武蔵野美大を卒業はしているが、それによってなにかを得たわけではない。)

軽く読めたこの本だけど、青春小説としてとても楽しい一冊だった。
東京藝大の学生の青春だけでなく、茂木健一郎の二度目の青春でもあったのではないだろうか。
posted by 北杜の星 at 08:09| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月07日

マイケル・ブース「英国一家、フランスを食べる」

マイケル・ブースは「英国一家、日本を食べる」がベストセラーになったフード・ジャーナリスト。
私は読んでいないのだがこの本はNHKでアニメ化されたほど有名なっている。
その著者が「英国人、フランスを食べる」を書いている。

フランスはグルメの国。ミシュランの星付きレストランともなると、世界中の人たちのそれこそ垂涎の的だ。
そのフランスに、英国一家が渡った。
夫のマイケル・ブースが妻と幼い子どもを連れてパリ住まいを始め、あの超有名な料理学校ル・コルドンブルーに入学するためだ。
ル・コルドンブルーは厳しく、授業料が高いことで知られるが、そこで学びたい人は多い。
私がル・コルドンブルーを知ったのは、オードリー・ヘップバーンの「麗しのサブリナ」の映画でだった。
いま考えると、お抱え運転手の娘がル・コルドンブルーに留学するなんてちょっと無理なんじゃないかと思うけど、あれはおとぎ話のようなものだから、いいのです。

パリの到着、アパルトマンの契約もかなり大変。
だけどなんとかそれをクリアして憧れの料理の勉強が始まった。
彼の偉いところは、単に習って友人を招待して料理を作るだけでは、ただの「料理が上手なのね」でしかないので、卒業後は一流レストランでしかるべき期間、修業しようと決意したことだ。これは半端ではない。

ル・コルドンブルーはもともとは1895年に創刊された料理雑誌だったそうだ。
読者を対象に、シェフが料理を教えるかたちで学校が始まり、雑誌は廃刊となったが学校は現在もますます続いている。
ここではいま流行りのヌーヴェル・キュイジーンではなく、伝統的正統派のフランス料理を教えている。
ものすごく手がかかり、技を必要とする料理である。
教える先生たちは包丁の持ち方から素材の扱い方など、理論とテクニックを基礎から叩き込む。
一緒に学ぶクラスメイト(?)はみなライバルでもある。

美味しそうという感想の前に、なんて大変なんだろうと、食欲が失せるくらいだ。
著者のだんだん本気が出てくる様子が、時に痛々しくさえ感じるくらい。
でもプロを目指すって、こういうことなんですよね。
そこには趣味ではとうてい到達できない世界が広がっている。

卒業後は、あのロブションの店での修業となった。これもスゴイことだ。
だけど、本物のレストランの厨房というのは、当たり前だが学校とは違う雰囲気で、彼なりの批判もここには書かれている。
まぁ、料理の世界はまだ師弟関係や労働条件の劣悪さが横たわっているのだろう。
料理自体も著者が習ったフランス料理ではなく、現代風にアレンジされている。料理は時代とともイン変化するものだからそれは仕方ないと思うし、私などはやはり軽い自然ぽい老理のほうがいいと思うのだけど。。

パリではなく日本のル・コルドンブルーでお菓子を習ったという知人は何人かいる。
彼女たちのつくるスウィーツは本当にパーフェクトな仕上がりで美しい。
でもプロになるのならそういうことは必要かもしれないけれど、家庭でもてなすときのケーキってそんんなにパーフェクトでなくてもいいのじゃないかな。
適当に美味しければそれでいいと思う。
パーフェクトなお菓子を買う楽しみがあるのも、うれしいことだもの。
posted by 北杜の星 at 07:18| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月16日

群ようこ「よれよれ肉体百科」

群さんも還暦を迎えた。
先だって読んだ彼女の「冷え」を治す漢方のエッセイは数年前の体験記だったが、あれから時は流れ体の老化は進むばかり。
でも群さんは歳をとって体のあちこちに不具合が出たり、美的見てくれが悪くなっても、それはそれで仕方ないと思う人のようだ。
それは私も同じで、プチ整形なぞは論外、エステにも行かない。(エステに行くのなら鍼灸整体にかかるほうがいいなぁ)
髪も染めない。筋トレもしない(これにはちゃんとした理由があって、それはいつか別の機会に)。
そう、「アンチ・アンチエイジング」なのである。

歳をとることに必死で攻防する人を見るのは痛々しい。
自分の老いを受け入れられない人は、死も受け入れらない人のような気がする。そんな人は苦しいのじゃないかしらん?
私の友人で80歳になっても髪を真っ黒に染めている人がいるが、あまりにベタ黒過ぎて見苦しい。
その一方で同じ年齢でもまったく自然のままの人もいる。彼女のほうが品よく美しく見えるばかりでなく、若く見えるのが不思議だ。
若さに固執し過ぎるのって悲しいよね。

老化というのは見てくれが変わるだけではない。
群さんがここに書くのは肉体そのものの老化もだが、歳をとっての所作や行動が変わることだ。
こんなことって若い時にはしなかったよな、反対に若い時はしたのに今はしなくなったなということが多くなる。
たとえば「脇毛」の処理。
若い時って冬でも脇毛の処理はちゃんとしていた。それが今はノースリーブを着る夏だけ。
しかもここは避暑地なので夏もノースリーブを着ることはないので、夏さえ自然派。
こういうズボラさは若い人にはないです。
もっとも欧米では脇毛があっても堂々としている。「あるものがあって何が悪い」という感じで、それは開き直りではなく習慣の違いで羞恥心の有りようが異なるからだろう。

このエッセイには56か所の体の部位について書いてあるが、「指」の項には最近の私には思い当たることがあった。
もともと白魚のような細くまっすぐで白く美しい指ではないのだが、ずいぶん節が目立つようになった。
節が太くなると指自体もずんぐりむっくりになる。
お尻の下がったのや顔のシワやシミは鏡を見ないと気付かないけれど、指はいつも自分の目に触れるからそのたびに「あーあ、こんなになっちゃって」と思う。
でもそれだけなら、まぁ仕方ないと思える。
困るのは群さんも書いているように機能の問題なのだ。レジで支払いをするときに、小銭が取り出しにくくなった。
よくお年寄りが支払いのときにモタモタするのを見てはいたが、ついにあがわが身に起こったようだ。
後ろのお客さんに迷惑なので、ついお札を出してしまうので、おつりの小銭がますます財布の中に増えるのが困る。
それとこれも群さんが書くように、ビニール袋などを開ける際、指に水分も脂分も無くなったので、開けにくいこと。
つい指にツバをつけてしまう。。

ほんの日常の小さなことが、若いころとは変わってくる。56か所の部位ということは56回のため息が出るということ。
「しかたない」と諦めるか、変化を面白がるほかないと思っている。
それが「アンチ・アンチエイジング」派の生きかた。

posted by 北杜の星 at 08:31| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月14日

丸山健二「夢の夜から口笛の朝まで」

人生でいいことなどなにもなく暮らしてきた人々の住む限界集落の入り口に「渡らずの橋」という吊り橋がかかっている。
この橋は金属材料を使わず、植物の蔓だけで造られている。
小説というよりも散文詩のようなこの作品の語り部は吊り橋である。

400ページ近い長編だが、じっさいの文字数は少ない。
面白いのは1ページの最初の文章から一文字ずつ下がって印刷してある。つまり左下がりの斜めになっているのだ。
こういう試みは平野啓一郎がしそうだが、私はあまり好きではない。
小説の「新しさ」はこういう点にあるのではないと思うからだ。
スカスカに白い部分の多い作品だが、凝縮されている内容と文体で読みづらかった。難解ではないのだが難解な印象がある。

作品は四部構成となっていて、それぞれ春夏秋冬の四つの季節のなかの村人の話しとなっている。
腰の曲がった老婆とフクロウ、川に父の遺体を捨てる孤独な男、川に投身自殺した老女と戦争で命を奪われた男が幼いころに戻って再開する兄と妹の話、親に捨てられ都会に出たものの故郷に戻った青年・・
彼らの人生はどれも暗く重く悲しい。貧しくて理不尽な人生だ。
それを静かに慈悲深く見守る吊り橋は何を表わしているのだろうか。
過酷なのになぜか美しい。まるで溝口の映画を観ているようだった。

現実と幻想の「今宵、観月の宴に」は丸山健二の世界そのものだし、国など信じないアナーキーなところも丸山健二だ。
でもこれ、疲れたなぁ。
まだびっしり文章が書かれているほうがよかった。
詩のようなので、かえって、遊びがなく気が抜けなくて疲れたのだと思う。
だからこの「夢の夜から口笛の朝まで」が、好きかどうか自分でも判断しかねている。
(それでも読了後に思い出す風景はいくつかある。)

彼の庭ではいま、薔薇が咲き乱れているのだろうか。
いや、「乱れている」というのは彼に失礼だろう。ストイックなまでに庭仕事をする彼だもの、「乱れ」があろうはずはない。
でも今年の梅雨の長雨が心配。
我が家の薔薇は今シーズンはもうほとんど終わり。ブルームーンの蕾があるくらい。湿気で虫がつかなければいいのだけれど。。
posted by 北杜の星 at 06:36| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月07日

村上龍「ラストワルツ」

「すべての男は消耗品である」シリーズはずいぶん長く続いているが、これはその何巻目となるのだろうか。
初め頃は読んでいたけれどいつのまにか読まなくなった。
村上龍は時代の空気を切り取るのがうまい。でもなんというか表層をなでるだけという印象が私にはあって少々物足らない。
政治家でも経済学者でも社会学者でもなく、作家だからそれはある程度しかたないのかもしれないが、問題を棚に乗せるだけって感じ。

「誰も本気になって文化としてのバブルを検証しようとしない」
「かつて『モノづくり』などという言葉はなかった」
「今『反体制派』はどういう役割を負っているのか」
「どこを探しても希望のかけらもない」
「メディア内部に『わかっていない人々」が増えている」
などなど01〜あとがきを入れて19の章には、作家村上龍の視点で社会を論じている文章が並んでいる。

時代が暗いせいか、全体にメランコリックな雰囲気だ。
いや、時代というよりも村上龍の年齢のせいかもしれない。
「ラストワルツ」の章で書いているが、彼はこのところ新しい音楽が聴けなくなったそうだ。
あんなにキューバの音楽を愛し、ロックやポップスなども聴き続けてそれについて発信してきたというのに。
でもそれってわかるような気がする。私も同じだからだ。
耳というのは人間の感覚の中でも保守的な器官で、新しいものを感受できなくなるのが早いらしい。
私がビートルズに出会ったころの親世代を考えてみればわかるが、彼らはビートルズの音楽をただ「騒がしい」と感じていた。
いつもon timeの文学・アート・音楽が好きな私だったけれど、文学はまだOK。でもコンテンポラリー・アートは半分くらいかな。音楽にいたっては何が流行っているかももう知らないし、興味が持てない。
だからと言って「懐かしの」音楽に浸る気分もしないので、アフリカやアラブの「今」の音楽を聴いたり、ブルーズ(これは古いも新しいもないところがあるから)を聴いているのだけれど、それだってお茶を濁しているような。
村上龍は「懐かしの」音楽をituneで購入しているそうだ。

しかしこういうことは前人たちが辿ってきた道。
ただ「老兵は去るのみ」とはいうものの、私たちの世代は欲深いので、なかなかそうはできないのが実情。「生涯現役」と言ってはばからない。
だから村上龍にも今しばらくは、問題提起くらいはし続けてもらいたいと願っているが、もう少し骨のあるもののほうがいい。
posted by 北杜の星 at 08:06| 山梨 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月22日

真梨幸子「人生相談」

初読みの作家さん。
もともとこういうジャンルの小説をあまり読まないので、彼女がこれまでどんなものを書いているのか知らなかった。
ミステリーというかサスペンスというか、そういう類の本。

「居候が居ついて、出てくれません」
「店のお客が生理的に嫌いです」
「大金を拾いましたがどうしたらいいでしょう」
「西城英樹の大ファンです」
「占いは当たりますか」・・

そんな何の関係もない異なる「人生相談」が裏でつながっているとしたら?
最後の最後でそれがわかる。
・・というものなので、構成としては新しいものではない。
でもこれ、読むのが苦痛だったな。
だって登場人物が多過ぎて、彼らがメビウスの輪のようにグルグルグルグル。
それにしてはメリハリがなくて、なんだかダラダラしている。
文章も雑っぽい。

単刀直入に言うと、これ、ダメでした。
どこがいいのかわからない。
ラストで無理やり整合性を持たせるというのが、私のミステリー嫌いの理由なのだけど、これって「まさしく」なんだもの。

私の感覚がおかしいのかと、ちょっといろんな評を見てみると、「最後まで読めなかった」「途中で放り出した」というのが結構あって「やっぱりね」だった。
最後まで読んだ私はエライのかバカなのか。(ヒマだけなのかも。)
この作家さん、もう読まないと思う。。

「人生相談」と言えば、朝日新聞土曜版において「人生相談」に答えていた私小説作家の車谷長吉さんが先月亡くなられた。
彼の人生相談「人生の救い」は本当に抱腹絶倒でその答えのユニークさにはいつも意表をつかれたものだった。
あの「人生相談」は他の回答者のものもどれもすごく面白かったなぁ。
(あれを読んでなお「人生相談」しようとする人っていないんじゃないかと思ったけど、いたんですよね、たくさん。)
posted by 北杜の星 at 07:23| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月27日

村井俊治「地震は必ず予測できる」

村井俊治氏は2000年、定年で東京大学生産技術研究所教授を退いた測量工学の専門家である。
その村井氏が知人に誘われJESEA(地震科学探査機構)を立ち上げ、地震予測を始めた。
地震学者は目に見えない地下の動きを研究するのだが、村井氏は人工衛星で測定した「地表の動きを記録した数値データ」を根拠とする独自の地震予測法を開発した。
伊予灘詩人、伊豆大島地震、飛騨地方群発地震など震度6以上の地震を予測した実績がある。
2011年3月11日の東日本大震災のときもデータの異常をつかんでいたのだが、親会社から公表を控えるよう指示されたという。
このときの無念さから、村井氏は前兆となる数値データを公開し、メルマガ配信によって伝えようと決意した。

政府が研究費を出している東大系の地震研究機関の地震学者にとっては、村井氏のGPSによる地震予測は科学的でないと考えている。
彼らは3・11が起きた後で「現時点で地震を予測するのは不可能」と弁明していた。
確かにそうかもしれない。でも私はその態度に開き直りを感じたのだけど。少なくとも自分たちのふがいなさをもっと反省すべきだと思った。
ちなみにイタリアのラクィラ地震では、予測できなかった地震学者たちは政府から起訴されている。

GPSの電子基準点からの地震予測方法の特許を取得したが、その前に民間がこのような予測をしていいものかと関係省庁に問い合わせたところ、係官からは「それは大丈夫です。でも我々はそういうのは『占い』とみなします」と返事が返ってきたという。

前兆をとらえたとしても、地震が「いつ」「どこで」起こるのかを正確に予測するのはむつかしい。
しかしこの国ではどこでも地震が起きる可能性は大なのである。
よく「断層」が問題になるが村井氏は断層のない場所でも地震は起こると言っている。
このようなところに原発があるのは問題で、第二のフクシマが起きる危険性は高い。
それなのに7月には鹿児島の川内原発を再稼働させようとしているのだ。(桜島はこのところ大きな噴火を繰り返していると言うのに)。
JESEAが観察の精度を高めることを願うばかりだ。

メルマガ「週刊MEGA地震予測」は一か月216円で購読できる。
私はこの定期購読はしていないのだが、内容を知らせてくれるサイトを見ている。(支援するためにも購読すればいいんですよね。216円なのだから、、)
ここ八ヶ岳でも一昨日の地震で震度2だった。(3くらいの感じがあった)。
あ、揺れてると思った直後にけたたましいアラームが鳴った。アラームの方がほんの少し遅かった。
これを村井氏は予測できたのだろうか。

地震専門学者たちが「科学的でない」とどんなに思っても、たとえ「鯰」だろうが「イルカ」だろうが、魚の大群の海岸打ち上げだろうが、「雲」だろうがなんでもいい。
前兆があることで人々が大地震に備えることができるのならば、被害は少なくできるはずだ。
科学が追い付いていないこと、それを人間以外のなにかは察知できることって、きっとあると私は思っている。
」か

「科学的」でない事象の解析をすることも必要ではないだろうか?
posted by 北杜の星 at 07:00| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月22日

松本美子「カミングアウト」

休暇を過ごしていたシチリアで偶然知り合ったドイツ人男性と結婚、ドイツでそれなりに幸せに暮らして20年。
前立腺癌の手術を終えて家に戻った夫が突然カミングアウトした。
「じつはぼくは女性だ」と。
それから始まる著者の、夫を理解しようとする努力の日々、やはり無理だと結論づけてからの離婚狂騒曲。

私はちょっと考えてみた。
もし私の夫が著者の夫と同じように、トランスジェんダーをしたいと言ったらどうするか?
私は自分でもジェンダー・フリーの人間だと思っていて、世の中の人が性同一性障害だろうが同性結婚だろうが全然気にしない。
20歳のころロンドンの公園でキスする男性カップルを見たときはさすがにショックだったが(もう45年以上前ことだ)、以来他の人の性を気にすることはなくなった。
むしろ性を含めてすべての面で、選択の自由が多い社会になればいいと考えている。

とはいっても、もしコトが私の夫だったら?
悩むと思う。
私の服を貸してあげようと言う気にも、女ものの靴を一緒に買いに行く気にもならないかも。
それは「気持ちが悪い」というよりも「裏切られた」という思いが強いからのような気がする。
なぜ今まで私を欺いていたのかという憤り。
女と元男の女が「夫婦」として一緒に暮らしていけるのかは、二人で考えるべき問題だ。

この本の著者の松本さんも、事実を受け入れるのには迷いがあった。
そのうえ夫はホルモン剤のせいか性格が変わってしまった。自己防衛や自分の思いのままに行動するためのウソを平気でつくようになりもした。
多分、松本さんにとって耐えられなかったのは、そういう点ではなかったろうか。

日本の実家の母や親せきの人ともしごくうまく付き合って、日本語も達者になっていた夫。
そんな夫に依存しきって、専門職をもつことがなかったのは、離婚するに置いて大きなネックとなった。
でも彼女は夫に負けない強い意思と、妥協しない自己を持つ人だと思う。
そうでなければ20年以上暮らしたとはいえ外国での離婚手続きのもろもろは乗り越えられなかったことだろう。

ドイツでは離婚では夫と妻双方で弁護士を立てるのだが、弁護士の役割は個人の感情的な問題を扱うのではなく、税理士に近いもので「相手からできるだけ多くお金を取るか」というものだ。
そしてその額に応じたものが弁護士報酬となる。
それでも男と女の愛憎はそうシンプルではなく、夫からのいやがらせはけっこうあったようだ。

こういうのを読むと暗澹たる思いになるのが常だが、爽快とはいえないまでも、松本さんにはよく頑張ったねとねぎらってあげたい気持ちになる。
(もっとも双方の意見を聞かなくてはわからない問題なんですけどね)。
現在彼女は日本に戻り、財産分与で小さなマンションを買たものの、「示談金」では生活できないので就活をしているらしい。
英語とドイツ語ができても、還暦を過ぎると就職って難しいのかな。

ドイツという国の風通しの良さがトランスジェンダーに関してもあった。
ドイツの法律では精神科医をはじめとするほかの医療機関に行く時や、許される範囲の公式の場で女性として1年以上過ごし、精神科医の承認があれば、性転換手術や戸籍の書き換えが認められる。
のみならず、性同一性障害者として、保険で手術費用も支払われるのだ。

夫婦別姓すら認められないこの国は何なんでしょうね。
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2015年05月19日

群ようこ「ゆるい生活」

ある日突然目まいに襲われた群ようこ。
歩くとふらつき、頭の位置を変えるとクラっとくるし、下を向いても目が回る。
そこで飛び込んだのが耳鼻科ではなく漢方薬局だった。
(目まいがするととにかく不安で、普通は病院に行く人が多いのだが、手足がしびれたり、モノが歪んで見えたり、頭が痛かったりすると危険な病気の可能性があるが、ほとんどの場合が「原因不明」「自律神経失調症」と言われる。これは「私の勝手な診断だが、群さんの目まいは耳石だった気がする。)

漢方薬局の先生は群さんより若い中年女性だった。
目まいや耳は水の毒のことが多いが、群さんも「水」で身体、とくに胃が冷えていると言われた。
東洋医学でいう「水」とは飲む水分だけでなく、甘いものを含むし、食べ物はすべて最後には「水」になるので、過食は「水」で身体を冷やすとのこと。
「人参湯」などの漢方薬を処方された。
それだけではなく先生はリンパ・マッサージをしてくれたのだが、これが絶叫するほどの痛さ。先生は「ちょっとさわっているだけですよ」というのだけれどとてもそうは思えない。

その激痛に耐え、お薬湯を煮だし、仕事をしながらつまんでいた(一日6個食べることもあった!)和菓子を断った。
あまり食べなかった肉を、鶏肉一日100グラムくらいは食べるように言い渡されたので、食べるようになった。
それから先生から言われたことは「一日に一つのことだけをする」ということ。
群さんの趣味は和事で、お三味線や小唄や裁縫、それに編み物。仕事が終わって裁縫や編み物を楽しんでいた。
でもそれはtoo muchなのだそう。だから仕事の仕方を変えて、裁縫などはほんの少しにするようになった。(最終的には裁縫も編み物もすっぱりやめた)。

散歩の1時間も先生は多過ぎると言う。
その理由は「正しい歩き方で歩く人はほとんどいない。かえって身体を壊している」とのこと。
それで散歩は季節の移り変わりがわかる程度の20分程度になった。
(これは正しい。私の友人も毎日長い時間歩いて「鍛えて」いたのだが、股関節を壊してしまった。結局はストレッチを充分することで回復した)。

先生は「とにかく、休むこと」。これが一番大切と。
これは以前私がお世話になっていた鍼灸の先生が常に仰っていたことで、動き過ぎないことが大切らしい。
なので群さんは仕事も7割、遊びもちょっとに切り替えたのだ。
「ゆるい生活」というよりもストイックな生活という印象がしないでもないが、努力の甲斐があって6年が過ぎ、あの悶絶リンパ・マッサージは痛くなくなった。

以前、中島たい子の「漢方小説」というやたら面白い本を読んだことがあるが、女性作家って漢方が好きなのかな?
ここでもいろいろ漢方の考え方が述べてあるが、いろいろ参考になる。
漢方の基礎となるのは「陰陽五行」というもので、すべてのもは「陰」と「陽」に分けられるし、皮膚の「五色」や味覚の「五味」もある。
色でいうと、肝臓が悪いと顔が青くなる(お酒を飲むほどに青くなる人はこれですね)、心臓は赤、胃が黄、腎臓は黒、肺は白(昔結核の女性は抜けるような白い顔をしていたという)。
また「五悪」というのがあってこれは、心臓には熱、胃は湿、肝臓は風、腎は寒、肺は乾燥を嫌うのだそうだ。
こうしてみると私たちが知っている漢方って、案外たくさんある。

群さんは先生からこうも言われた。
「仕事柄、頭に気がのぼるので、炭水化物は取り過ぎないように。でも食べないのは絶対にダメ」と。
そうか、私も本をよく読むせいか、鍼の先生から「気が頭に登り過ぎている」とよく言われる。「あまりモノを考え過ぎないように」とも言われる。下手な考えなのだから感がなくてもいいのだけれど、これが性格なのだからし方ないよなと聞き流していたけど、炭水化物を減らしてみようかな。

この本で始めて知ったことがあった。
「土用」の入りから立春、立夏、立秋、立冬までの各2週間ずつは「おとなしく」するほうがいいとのこと。
一年に4回の「土用」ってことは8週間、ずいぶん長い間をバタバタしないで過ごせということだ。留意しておこう。

どこの漢方薬局か明記していないけど、悶絶リンパ・マッサージ、一度受けてみたいような、みたくないような。。
posted by 北杜の星 at 07:19| 山梨 | Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月18日

三崎亜記「手のひらの幻獣」

三崎亜記はデビュー作「となり町戦争」以来ずっと、SFのようなちょっと荒唐無稽ともいえる設定の小説を書いてきた。
けれどそれには妙な現実感があって、そこが面白くも怖いところ。
必ずしも成功していない感じのものもあって、「三崎さん、この路線でこれからも行くのだろうか?」と心配がなくもなかった。
でもこの「手のひらの幻獣」は及第点。なかなか楽しめた。

これに収められている連作中編の登場人物はこれまでの短篇のなかと同じ人物らしいが、それらを読んでいるにもかかわらず全然記憶がなかった。
なので今回初めて出会う気分だった。
(こういうことを忘れてしまうのって昔ならありえなかったのだけど、加齢現象なのでしょうか)。
主人公は日野原柚月。
彼は動物のイメージを「表出」できる能力を持ち、同じ能力のある人間たちが所属する会社で10年間働いている。
彼の仕事先は例えば動物園。
動物園の檻の中には動物はいないかわりに柚月がいて、彼がマニュアルに沿ってイメージした動物を「表出」させるのである。
そうして仕事をする彼に、出来たばかりの「研究所」が彼を警備員の業務を任せることになった。
その研究所には彼のような特殊能力を増大させる「禁断の存在」があった。
それはいったい何のためなのか・・

ミステリー要素もあるのでストーリーを詳細に書いてはネタバレになって興を削ぐ。
私、自分の読解力を疑うくらいに最初理解できなかった。なかなか複雑なんです。
それが後の「遊園地」を読むことでつながりがわかってきた。
「研究所」と「遊園地」の二つあることが必要だったみたい。

三崎亜記の書くパラレル・ワールドは仮定の世界であることはわかっているのだけれど、でももしこれと同じ類のことが起こるかもしれないとの恐怖がある。
彼は仮定を描くことで、なにかを警告しているのか?
すくなくとも危惧しているのか?
つい、そう考えてしまうほど。

ラストのおさまりを急ぎ過ぎた印象はあるけれど、「あぁ、面白かった」の読書でした。
posted by 北杜の星 at 07:29| 山梨 | Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月21日

道尾秀介「透明カメレオン」

作家デビュー10年になる道尾秀介の長編小説。
ミステリー、恋愛、家族などいろいろ盛り込んで、賑やかなストーリー運びとなっている。

声は素晴らしいが容姿はチンチクリン、女性と一度もつきあったことのないパーソナリティの恭太郎が主人公。
彼は担当するラジオ番組で自分のことを含め「嘘」の話でリスナーを楽しませっている。
その話のネタは番組終了後に通う if というバーに集まる常連客から仕入れている。
ある雨の夜、一人の女性がびしょぬれになってやってきたことから、恭太郎やバーの連中を巻き込んでの騒動となる。。

直木賞候補となり始めた頃から、道尾秀介の作風はかなり変わって来た。
明らかに賞狙いの小説もあった。(受賞作「月と蟹」は完成度の高い小説だった)。
ことさらにヒューマンなものは作為的で、私はあまり好きではなかった。
彼の初期の「ラットマン」や「カラスの親指」のキレの良いどんでん返しにつぐどんでん返しは見事で楽しいものだった。
今回の「透明カメレオン」はどちらかというと初期の作風に還っているような気がする。

でもなんというか、あのキレがないんですよね。
「嘘」のどんでん返しは何度もあるのだけれど、正直言って「嘘」の策略の必然性が感じられない。
最後に家族の「感動」のお涙頂戴は余計じゃないかな。
あまりに盛り込み過ぎて、鋭さが消えているのが残念だ。
ただ if の常連客たちの群像劇としては楽しめるかもしれない。(恭太郎の番組「1upライフ」より」の記述部分はは伏線となっていて、ここは面白かった)

道尾さんの実力はこんなものではないはず。ファンとして次作に期待です。
posted by 北杜の星 at 07:40| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月16日

森博嗣「孤独の価値」

ひとは孤独を恐れる。
一人でいる孤独。たくさんのひとに囲まれるときに感じる孤独。わかってもらえない孤独。年老いる孤独・・
孤独の種類はさまざま。

孤独をつきつめて考えたことがあるだろうか。
孤独とは何か?なぜ孤独だといけないのか? 
この本には「孤独」がどこからるのか、その「孤独」を受け入れる方法が森博嗣によって解説されている。

かねてより森博嗣は作家をやめると公言していたが、その言葉どおり現在の彼はほとんど小説を書いていないらしい。
建築を某国立大学で教えていたのだが、そのほうはもっと早い時期に辞めている。
そしてどこかは不明だが田舎暮らしをしているようだ。
編集者とのやりとりもメールだけ、誰にも会わず、一人好きなことをして暮らしていると言う。
いわゆる「孤独」な日々なのだが、彼はちっとも寂しくないどころか毎日すこぶる楽しいそうだ。

まぁ、そうでしょ。それは楽しいでしょ。
だって経済的に恵まれ、家族がいて(外食はここ数年していないと書いてあるけど、それって家族のどなたかが作っているんですよね)、公共機関の電車にもバスにも乗ったことがないと言うが自家用車での移動はある。)
こういうのを孤独というのかなぁ。優雅な趣味三昧の隠遁生活だよね。

それはともかく、ここで彼が書くことには首肯できることもたくさんあった。
日本人は「わび」「さび」の美意識を持っている。「わび」は侘しい、「さび」は寂しいということだが、そのマイナス感情を美意識にまで高めた。昔のひとができて現代人ができないわけはない。

いまは「おひとりさま」が世の中にいっぱいだ。
結婚しない人が増えているだけでなく、恋人をつくろうともしないひとが多い。
ラーメン屋さんでは一人で仕切られたカウンターがあるそうだ。
誰とも繋がりたくない、誰にも干渉されたくない。。ある意味これって「孤独」を楽しんでいるかもしれない。

そもそも人と人との絆とか結びつきが素晴らしいというのは、森博嗣に言わせると「メディアがつくったステレオタイプの虚」だそうだ。
小説にしても映画にしても絆をテーマにすれば、わかりやすく感動的だ。
だがその感動はイージーに手に入るものでしかない。

私は二十歳の時に一人で外国暮らしをして、孤独というものを知った。
けれどその孤独には大きな自由もあった。どこにも属さない自由と孤独。誰も知った人がいない自由と孤独。何をしてもよい自由と孤独。
公園のベンチで日がな一日座り、じっとしているお年寄りをよく見かけた。
核家族の個人主義の国の凄まじい孤独だと思った。
でもそれは若い私の傲慢さであって、彼らは座りながら過去の思い出に浸って幸せだったのかもしれないと、最近思うようになった。
自分が歳をとると見方が変わる。

孤独は人間の本質的なもの。歴史のなかで人類はいつも孤独だった。
それは子どもがいて孫に囲まれているから幸せというのとは、全然異なる次元のことではないだろうか。
向き合うしかない。。と思います。

この本が参考になるかならないかわかりませんが、孤独を考えてみるにはいいかも。
posted by 北杜の星 at 07:24| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月07日

村田喜代子「八幡炎炎記」

久しぶりに骨太な村田喜代子の長編小説。
彼女の故郷である八幡を舞台にしているだけあって、小説全体に血肉が感じられる。
とくに日本の敗戦直後の昭和20年から朝鮮戦争の軍需景気に沸く八幡の町なので、エネルギーに満ちているのだ。
村田喜代子の幼いころをモデルとして女の子も登場して、彼女の自伝的要素が強い小説。

瀬高克美は八幡の町でテーラー店を構えて間もないが、腕が良いので仕事はだんだん増えてきている。
彼は広島の親方の元で修業していたが親方の妻ミツ江と手に手をとって遁走したのだった。
八幡はミツ江の実家がある町。両親はもうないが二人の姉たちが住んでいる。

克美の親方は原爆の火に焼かれて死んだが、彼はいまも親方の気配を感じ恐れている。
無常感と厭世感をもって生きている陰気な男だが、彼には強い情欲があって自分を押させることができない。
テーラーの客の妾や妻と関係をもちながら、やがては自業自得としか言えない結果となってしまうのだが。

この小説のもう一つの軸がヒナ子という小学生の女の子だ。
ヒナ子はミツ江の姉の孫。けれど養女の生んだ子なので本当の孫ではない。
この子の目を通す八幡の町が鮮やかだ。
まるで生きもののように力強い製鉄所が、ここに住む人々のすべてというくらいの存在。
紅蓮の炎や煙はしかし、克美にとっては親方を殺したあの広島の原爆を思い起こさせる。

ヒナ子は祖父母に育てられているが、これは村田喜代子の生い立ちそのままだ。
この本にも書かれているがあの当時、家庭は今のようにきっちりしたものではなく、かなりフレキシブルだったと思う。
家には誰だか関係のわからない居候がいたし、親戚の子を一時預かることもあった。
私が小学生や中学生の頃なんて、二号さんの娘というのがクラスには必ず一人や二人いたし、養女という子もいた。
そういうのは「特別」なことではあったのだけど、誰もそう特別扱いはしなかった。
だからヒナ子も、後に克美とミツ江のもとに養女に来た克美の弟の娘も、ごく自然に暮らしている。
1960年代以降のサラリーマン社会になって消えてしまったけれど、ああいうゆるい世界ってそれなりの良さがあったのだと思う。

敗戦、原爆、天皇・・人々はさまざまな思いを胸に抱えながら、戦後の生活の立て直しを優先させながらたくましく生きている。
日本はこういう人たちによって築かれて今があるんだと思う。
これをまた無に帰してしまうようなことをしてはならない。
暗いものに包まれた克美と、まっすぐに伸びようとするヒナ子の対比が見事。

大変な時期の日本だけれど、読んでいてなんだかちょっと羨ましくなる時代だった。
自分の子だけでなく他所の子も同じように風呂に入れご飯を食べさせ、それに対して感謝を押しつけることも卑屈になることもない。
こういう大らかさは、すくなくとも都会ではなくなった。
(「谷根千」を発行していた森まゆみさんは仕事が忙しい時にご近所さんが自分の小さい子どもたちにそうしてくれたと書いているが、下町だからこその人間の繋がり。それでももう30年以上前のことだ)。

そうそう、書き忘れるところだった。
この本にはとてもエロティックな描写がある。
克美は紳士服を誂える店なのだが、客の要望でその妻の服をつくることになり、採寸をする。
その場面がなんともセクシーなのだ。
胸や腰などの肉の部分ではなく、骨から骨へメジャーを渡して寸法をとる、その骨がすごーくエロティック。
エロティシズムはなにもセックスシーンではないというお手本のような描写だ。
村田喜代子って案外、曲者ですよ。素晴らしいです。
posted by 北杜の星 at 08:22| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月03日

宮下奈都「神さまたちの遊ぶ庭」

読むごとに好きになる作家に出会うことがあるけれど、私にとって宮下奈都はそんな作家の一人だ。
なぜか?
それは彼女の作品が幸せを運んで来てくれるから。
その幸福感はどうやら、宮下奈都という人間の善なるものから生まれ出ているような気がしていたのだが、彼女のエッセイを読んだ時にそれが間違っていないことを確認した。
そして再びこのエッセイ「神さまたちの遊ぶ庭」にも彼女の人となりが溢れていて、じつに魅力的だった。

宮下さんの夫はかねてより北海道が大好きで、いつか北海道に住みたいと願っていた。
息子二人と娘一人、五人の家族で帯広に移住する予定を立てた。
しかし夫は「帯広はやめないか」と言う。聞いてみると帯広よりもっと自然の多い土地で暮らしたいのだそうだ。
そして住むことになったのが大雪山国立公園のなかのトムラウシだった。
トムラウシ山は標高2141メートル、北海道で2番目に高い山で、日本百名山中唯一のカタカナの山だそうだ。

このトムラウシに宮下一家は山村留学のかたちで一年間住むことになった。
なぜ一年間の期限付きかというと、長男が中三で、ここには高校はないからなのだ。
他にも山村留学でここに住む家族がいた。彼らも最初は短期の予定であったが、この土地が気に入ってなかにはもう7年も住んでいいる家族がいるという)。
TUTAYAまで60キロ、スーパーまで37キロ。半端じゃない僻地中の僻地である。
(でもこんな遠い町に、生協がやって来てくれるんですよ!)

長男は中学三年生、次男は中学一年生、そして娘は小学生。
彼らが通う学校は中・高併置学校で、中学校は全生と5名、小学校は3名。
でも先生は校長・教頭先生をはじめ、ずいぶん大勢いて恵まれているし、美味しい給食を作ってくれるおじさんもいて生徒のリクエストを聞いてくれる。
もともと北海道移住を「面白そう」と賛成した子どもたちだ。すぐに順応していった。

夫も週に2日の仕事を見つけ、宮下さんもいろんなこを周囲の人々に教えてもらいながら覚えて行った。
なにしろ学校の行事や町のイベントがたくさんあって、それらには集落全員が参加するので、退屈する暇がない。
シカを射止めて肉をミンチにし肉まんをふかして作るなんて、ワイルドだよね。
家の外にはキタキツネやエゾシカが歩いているし、家の窓から蛇が侵入しようとしたこともあった。
でも残念ながら見たかった熊を見ることはなかったそうだ。

日記仕立てとなっているこのエッセイには、子どもたちの学校生活の記述がメインになっている。
それが四季折々をよく表わしていて、一家の暮らしぶりがよくわかる。
でもこお一家、とっても仲がいいんですね。
長男のマイペースぶり、次男のきちょうめんさ(後にずいぶん変わるんですけどね)、動物好きのユニークな会話をする娘・・
なにより宮下さんが夫を好きでたまらないというのが伝わってきて、あぁ彼女って彼に一目ぼれだったんだよなと微笑ましくなる。
仲の良い夫婦に育てられた子どもたちって、この三人のようにのびのび育つのですね。

自然は厳しいけれど、だからこそ助け合い密な関係を築いてきた周囲の人々。
彼らに支えられた過ごした一年。
アイヌ語で「神さまたちの遊ぶ庭」という意味のトムラウシ。
宮下家はいつかこの庭に戻ることがあるのだろうか?

心が洗われ、美しい気持ちになれる本でした。
posted by 北杜の星 at 07:06| 山梨 | Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月06日

町田康・檀一雄ほか「アンソロジー そば」

蕎麦、そば、ソバ、SOBA・・
どんな字であろうとこの食べ物の名を見ると、胸躍る。
蕎麦ほど好きな食べ物はないという私にとって、こういう作家たちの蕎麦アンソロジーはとってもうれしい。
(なかには、えーっ、こんな蕎麦でもいいのぉというのもあるけれど。)
蕎麦はやっぱり蕎麦。丁寧に「お蕎麦」などとは呼んでもらいたくない。
お蕎麦と聞くと、なんだかのびきってふにゃふにゃの蕎麦を想像してしまう。

このアンソロジーの書き手は38人。
色川武大、田中小実昌、小池昌代、平松洋子、吉村昭など私のお気に入りの作家、立原正秋、山口瞳のような懐かしい名前も並ぶ。
こうしたアンソロジーの常連、池波正太郎もいる。
みんな蕎麦に対しては一家言ありそうな「通」ばかり。杉浦日向子さんなんていかにも蕎麦通でしたよね。
でも川上弘美のように子どもの頃、蕎麦にツユをつけるのは嫌いで、新蕎麦はなにもつけずに食べてもいいのでうれしかったなどとスゴイことを言う人もいる。

蕎麦好きの私にとって、ここ八ヶ岳は天国のようなところ。
蕎麦の名店が数軒ある。
ちょっと足を延ばしてお隣の長野県に行くと、これまたたくさんの蕎麦屋があるのだからこたえられない。
よほど寒くて体が冷えていない限りは、せいろを頼む。
でも寒い寒い冬は、冷たい蕎麦はどんどん体が冷えて、どんなに最後に蕎麦湯を飲んでもだめ。
なので鴨汁せいろか、あればにしん蕎麦にする。
だけど体が温まると、やっぱり冷たいのにすればよかったと後悔してしまうんだよね。
それに鴨汁せいろって、食べるうちに汁が冷えてくるのがなんか裏切られたような気分。

町田康を著者にもってきたのは、彼の文章がいかにも彼らしかったから。
彼は食べ物屋に関しては極端に保守的で、知らない店にふらっと入ることはまずないのだそうだ。
たとえ不味くても値段が高くても、行ったことのある店ならば無駄な神経を使わなくてすむ安心感があるからだろう。
そんな彼が見知った蕎麦屋に入ったところ、店内がすっかり様変わりしていて、サービスも外国人になっていた。
童子が書いたようなメニューにある「おかわ蕎麦」を注文したら、できそこないの「おかめ蕎麦」だった。そしてそれはひどく不味かった。
それでも町田康はこの店がある限り、ここにまた入るしかない。
だから彼は望む。いっときも早くこの店が潰れますようにと。
・・困った神経の持ち主だ、町田さん。でもそういう町田康だから私は大ファンなのだけど。

蕎麦ほど最初の一口が清冽な食べ物はない。
藪系、更科系、韃靼、田舎、十割か二八か・・好みはいろいろ。
日本各地の蕎麦には特色がある。新潟のへぎそばは海藻がつなぎに使われていた。出雲蕎麦は黒くてぼそぼそしていた。この本には何人かが山形の蕎麦について書いていたけど、山形の蕎麦は経験したことがない。
残念なのは、蕎麦は悪くないのにツユが頂けないという店が多いことだ。
本物のわさびがないのなら七味か一味かおろしが添えてあるほうが私はいい。
そうそう、一度南信州のある村の蕎麦屋に入っておろし蕎麦を頼んだら、親田の辛味大根が使われていて、それはもう口の中が火事になったような辛さで、大根の辛みが苦手ではない私が食べられなかったことがある。夫など三口食べてギブアップ。他のものを注文し直していた。
でもあれ、慣れるとやみつきになるかも。

私が今一番好きな蕎麦屋は松本市の「五兵衛」という一見普通の蕎麦屋さん。
蕎麦屋ってよく「こだわりの」という感じで、店のしつらえも凝っているところがあるけれど、そんなんじゃないのも気に入っている。
普通の蕎麦屋の風情で、味はすこぶるつきというのが、ただ者でなくていいのです。
昨年夏に友人を案内したら、彼女もそこの蕎麦の美味しさに驚いていました。
食べ終わって店を出たら、長蛇の列となっていたのにもびっくり。
あぁ、蕎麦、食べに行きたいなぁ。蕎麦なら週に5日でもいい私です!

蕎麦屋にお願いがあるとしたら、2時からとか2時半からとかの昼休みは設けないでということ。
蕎麦は小腹が空いたときちょっとすすりたいもの。
11時から5時半くらいまでという開店時間が、蕎麦屋にはふさわしいと思う。

posted by 北杜の星 at 07:57| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月20日

群ようこ「福も来た」

これはドラマにもなった「パンとスープとネコ日和」の続きの物語らしい。
らしい、というのは私は前作もドラマも見ていないからわからないが、帯文にそのように書かれていた。
群ようこのエッセイを読むことは時々あっても、小説を読むことはほとんどないので、新鮮な気分で読んだ。

主人公はもう中年といっていい年代の独身女性。
食事処を経営していた母が亡くなり店をサンドイッチとスープの店に仕立て直し、中高でソフトボールをしていたしまちゃんに手伝ってもらいながら、夕方5時まで営業している。
最近飼い猫のたろも亡くした。
毎朝母とたろにお供えをあげているが、たろの写真に向かっての方に長い間話しかけている。

このゆるやかさ。
主人公のアキコがゆるやかなのだが、しまちゃんはもっとゆるい。
大きな体をいつも恐縮して折り曲げている女の子だ。
隣の喫茶店のママだけがちょっと雰囲気が違う感じだが彼女とて、一人のんびり自分流に暮らしている。でもコーヒーの淹れ方には注意深い。

アキコはなるべくオーガニック野菜いを使いサンドイッチやスープを作っているが、頑固にオーガニックにこだわっているのではなく、手に入らない時には仕方ないと思っている。
こんなところにも、ゆるやかさ自由さが感じられて好感がもてる。
店のお客さんは減ってきているようで、新しいメニューを出したりの努力はしているけれど、まぁしまちゃんの給料とボーナスが出ればそれでいいかって感じ。
自分のできることを一生懸命して、あとは天にお任せ。お客さんにお任せ。

せつないのは、たろちゃんが亡くなってどれくらい経つのかわからないが、アキコがまだ毎日思い出しては泣くことだ。
あぁ、大好きなネコを失うってこうなんだよね。
私もハッチの前のMICIOを亡くした時には、毎日毎日ベシャベシャと泣いていた。
亡くすとわかる。あんなに小さな生きものがあれほどの大きな存在だったとはということを。
何をしても思い出した。
そして喪も明けぬうちにハッチを飼うことになった。
これがネコの不思議で、亡くすといつも次がやって来るのだ。出会い方はそれぞれ違うのだけど出会ってしまう。
目が合い、何かがお互いに通じて、いつのまにか一緒に暮らすようになる。
ネコを失った悲しみはネコによってしか癒やされない。

「福も来た」というタイトル、何がアキコさんにとっての「福」か、読んでとくと納得してください。
「福」はささやかな、それでいてかけがいのないことのなかに見つかるようです。
posted by 北杜の星 at 07:52| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月14日

松本圭介「お坊さんが教えるこここが整う掃除の本」

このところこの松本圭介さん、寂聴さん、玄侑さんと、仏教関係の人の本を読んでいる。
別に仏教に興味があるわけではなく、単なる好奇心から。
でもこの本を読んだのにはちょっとワケがあった。
というのは最近の私は「掃除の鬼」と化しているからだ。

私には目にジストロフィの持病を抱えていて、すでにかなり視野視力が衰えてきている。
まだかろうじて小さな字が読めるので、読書ができるのはありがたい。(目が悪いと言うと、大きな字で書いてくれる人が多いのだけれど、私の場合は大きな字は読めなくて、小さく色の濃いペンで書かれている方がいい。)
私と同じ病気の知人が言うには、訪問客が台所が汚いと掃除して帰ったそうだ。
「恥ずかしかった」と。
見えない物は存在しない。でも汚れは確実にそこにある。
見えない目で家をきれいに保つにはどうすればよいのだろうか?と私は考えた。

結論はしごく簡単だった。
汚れる状態にしなければいい!
つまりは毎日掃除すれば、汚れるひまがないじゃないか。
そう、お寺の掃除がまさにこれ。汚れているかいないかに関係なく毎日床拭きをしている。あの方式で行こう!

以来毎日朝食後、床の水拭き(巾木も)、窓ガラスと網戸の掃除、トイレと風呂場はもちろん、棚や家具や電化製品、そして夜は台所のガスコンロを含め使った機器器具、シンクと排水口ゴミ入れと排水口の中まで・・
ほとんど大掃除状態を毎日続けた。
。。疲労困憊してしまった。
夫が「分けてすれば」と言っても、いったん始めると止めることができない融通のきかないこの性格にとっては、掃除を半分だけするなんて気持ち悪くてできない。
し残した半分が気になって気になって落ち着かない。
だけどトシには勝てず、最近では拭き掃除と窓拭きと網戸掃除は3日に一度ずつすることになった。(夫が毎日掃除機はかけてくれる)。

お寺ではいったいどんなお掃除方法をしているのだろう?とふと興味をもった。
お寺の作業は「作勉」と呼ばれるが、その中でも禅寺だけでなく掃除は修業そのものの作務だ。
なぜそれほど掃除をするかというと、目的はたった一つ。「こころをきれいにする」ため。
床を磨けばこころも磨ける。整理整頓をすればこころも整う。
うーん、疲れるだけどな、なんて言ってはいけない。私はまだ始めたばかりだ。
だけどこころがきれいになるかどうかはわからないが、爽やかな気分にはなる。

お寺の掃除はひたすら水拭きというのがいい。
私も洗剤はいっさい使わない。だから手荒れの心配なし。
広いお寺を歩いても、白足袋が汚れないのは、さすが恐れ入った。
お仕舞を習っていた時、お稽古に舞台を借りるのだが、きちんとした能舞台はそんなことはなかったけれど、簡便な舞台では化学雑巾で拭いているところがあって、白足袋の裏が真っ黒になったものだ。
膝を着いて雑巾がけするのは膝が痛くなるし、黒ずむ。だから厚いパッド付きの膝サポーターを買いました!


この本にはお寺の掃除のしかたが書かれているが、家庭でも通用することが多い。
寒い季節でも窓はしっかり開けて掃除をすることが大切だそうだ。
私の住むところは寒冷地なのでつい窓を全開ではなく30センチくらいしか開けないことがあるが、「今吹いている風の中で生きる」と今を感じるためにも空気を入れ替える必要があるらしい。
「今吹いている風の中で生きる」・・この言葉はなんだかこころに残った。
ここにも書かれているのだけれど、掃除をしてつくづく思うのは、「物」は少なければ少ないほどいいということ。
物に溢れていると掃除しにくいし、掃除しにくいところには埃がたまる。風通しも悪い。
鬱の人の部屋には物が多く清潔でないことが多いそうだが、そうかもしれない。

毎日掃除という修業をしているお坊さんは鬱にはならないのかな?
posted by 北杜の星 at 07:39| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月07日

宮部みゆき「荒神」

私がお世話になるライブラリーの司書の若い男の子から「宮部みゆきは読まないのですか?」と訊かれたことがある。
宮部みゆきは大好きな作家だ。読まないわけではない。
だけど人気作家のために彼女の新刊にはいつも十数人の予約が入っていて、短気な私はどうにも待てないのだ。
そのうちに何カ月もたってしまって、忘れることになる。
今回「荒神」を思い出したのには理由がある。
第十一回絲山賞に選ばれたからだ。
絲山賞といっても権威ある有名な文学賞ではない。作家絲山秋子がその年に読んでもっとも素晴らしいと思った本に、個人的に[勝手に)差し上げる賞で賞金も賞品もない。
好きな作家がどんな本を読み、面白いと感じたかに興味ある私はいつも絲山賞受賞作品を読むことにしていいる。(私にとっては大江賞よりはよほど価値があるんです。)
正直いって宮部みゆきの時代小説とは意外だったけれど。

でも読んだわかった。なるほどこれは素晴らしい。
初出は新聞連載小説なので565ページもの大長編。
それなのに中だるみが全然ない。構成にほころびがないどころか、驚くべき展開の連続だ。
登場人物が多いのにどの人物も丁寧に性格づけられていて個性豊か。
なんといってもこのダイナミックさには感嘆しっぱなしだった。

東北の小さな藩が反目し合っているが、元は二つは一つの藩。
神が宿る山を境に、麓の村は薬草を育てたり蚕を飼ったりして暮らしを営んでいた。
そこに一夜にして村を壊滅させる怪物が現れた。
それまで誰も見たことのないような巨大で邪悪な怪物だった。
怪物の正体は?
そこに一方の藩の専横な藩主側近とその妹の物語が絡む。。

宮部みゆきが好きなのは彼女の作品にはなにか「大いなるもの」がいつもあるからだ。
人智を超えたできごとや「もののけ」などが小説の中で自然に起きるから。
今回も自然のお山を仰ぎ見て暮らす人々の暮らしと、欲望を持つ人間の意識がつくりだすものが混ざり合っている。
一気呵成に読んだが読み終わるのが惜しかった。
最高のエンターテイメント!

第一刷発行から5か月強。私がライブラリーに予約入れた時点で2人待ちでした。
まぁこれくらい待つと読めるんですね。
絲山さんに感謝です。
(でもこのところ絲山さんのブログは1カ月以上更新されてなくて、また持病の躁鬱病が大変なのか、それとも仕事が忙しいのか、心配しています。)
posted by 北杜の星 at 07:38| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする