2015年02月14日

松本圭介「お坊さんが教えるこここが整う掃除の本」

このところこの松本圭介さん、寂聴さん、玄侑さんと、仏教関係の人の本を読んでいる。
別に仏教に興味があるわけではなく、単なる好奇心から。
でもこの本を読んだのにはちょっとワケがあった。
というのは最近の私は「掃除の鬼」と化しているからだ。

私には目にジストロフィの持病を抱えていて、すでにかなり視野視力が衰えてきている。
まだかろうじて小さな字が読めるので、読書ができるのはありがたい。(目が悪いと言うと、大きな字で書いてくれる人が多いのだけれど、私の場合は大きな字は読めなくて、小さく色の濃いペンで書かれている方がいい。)
私と同じ病気の知人が言うには、訪問客が台所が汚いと掃除して帰ったそうだ。
「恥ずかしかった」と。
見えない物は存在しない。でも汚れは確実にそこにある。
見えない目で家をきれいに保つにはどうすればよいのだろうか?と私は考えた。

結論はしごく簡単だった。
汚れる状態にしなければいい!
つまりは毎日掃除すれば、汚れるひまがないじゃないか。
そう、お寺の掃除がまさにこれ。汚れているかいないかに関係なく毎日床拭きをしている。あの方式で行こう!

以来毎日朝食後、床の水拭き(巾木も)、窓ガラスと網戸の掃除、トイレと風呂場はもちろん、棚や家具や電化製品、そして夜は台所のガスコンロを含め使った機器器具、シンクと排水口ゴミ入れと排水口の中まで・・
ほとんど大掃除状態を毎日続けた。
。。疲労困憊してしまった。
夫が「分けてすれば」と言っても、いったん始めると止めることができない融通のきかないこの性格にとっては、掃除を半分だけするなんて気持ち悪くてできない。
し残した半分が気になって気になって落ち着かない。
だけどトシには勝てず、最近では拭き掃除と窓拭きと網戸掃除は3日に一度ずつすることになった。(夫が毎日掃除機はかけてくれる)。

お寺ではいったいどんなお掃除方法をしているのだろう?とふと興味をもった。
お寺の作業は「作勉」と呼ばれるが、その中でも禅寺だけでなく掃除は修業そのものの作務だ。
なぜそれほど掃除をするかというと、目的はたった一つ。「こころをきれいにする」ため。
床を磨けばこころも磨ける。整理整頓をすればこころも整う。
うーん、疲れるだけどな、なんて言ってはいけない。私はまだ始めたばかりだ。
だけどこころがきれいになるかどうかはわからないが、爽やかな気分にはなる。

お寺の掃除はひたすら水拭きというのがいい。
私も洗剤はいっさい使わない。だから手荒れの心配なし。
広いお寺を歩いても、白足袋が汚れないのは、さすが恐れ入った。
お仕舞を習っていた時、お稽古に舞台を借りるのだが、きちんとした能舞台はそんなことはなかったけれど、簡便な舞台では化学雑巾で拭いているところがあって、白足袋の裏が真っ黒になったものだ。
膝を着いて雑巾がけするのは膝が痛くなるし、黒ずむ。だから厚いパッド付きの膝サポーターを買いました!


この本にはお寺の掃除のしかたが書かれているが、家庭でも通用することが多い。
寒い季節でも窓はしっかり開けて掃除をすることが大切だそうだ。
私の住むところは寒冷地なのでつい窓を全開ではなく30センチくらいしか開けないことがあるが、「今吹いている風の中で生きる」と今を感じるためにも空気を入れ替える必要があるらしい。
「今吹いている風の中で生きる」・・この言葉はなんだかこころに残った。
ここにも書かれているのだけれど、掃除をしてつくづく思うのは、「物」は少なければ少ないほどいいということ。
物に溢れていると掃除しにくいし、掃除しにくいところには埃がたまる。風通しも悪い。
鬱の人の部屋には物が多く清潔でないことが多いそうだが、そうかもしれない。

毎日掃除という修業をしているお坊さんは鬱にはならないのかな?
posted by 北杜の星 at 07:39| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月07日

宮部みゆき「荒神」

私がお世話になるライブラリーの司書の若い男の子から「宮部みゆきは読まないのですか?」と訊かれたことがある。
宮部みゆきは大好きな作家だ。読まないわけではない。
だけど人気作家のために彼女の新刊にはいつも十数人の予約が入っていて、短気な私はどうにも待てないのだ。
そのうちに何カ月もたってしまって、忘れることになる。
今回「荒神」を思い出したのには理由がある。
第十一回絲山賞に選ばれたからだ。
絲山賞といっても権威ある有名な文学賞ではない。作家絲山秋子がその年に読んでもっとも素晴らしいと思った本に、個人的に[勝手に)差し上げる賞で賞金も賞品もない。
好きな作家がどんな本を読み、面白いと感じたかに興味ある私はいつも絲山賞受賞作品を読むことにしていいる。(私にとっては大江賞よりはよほど価値があるんです。)
正直いって宮部みゆきの時代小説とは意外だったけれど。

でも読んだわかった。なるほどこれは素晴らしい。
初出は新聞連載小説なので565ページもの大長編。
それなのに中だるみが全然ない。構成にほころびがないどころか、驚くべき展開の連続だ。
登場人物が多いのにどの人物も丁寧に性格づけられていて個性豊か。
なんといってもこのダイナミックさには感嘆しっぱなしだった。

東北の小さな藩が反目し合っているが、元は二つは一つの藩。
神が宿る山を境に、麓の村は薬草を育てたり蚕を飼ったりして暮らしを営んでいた。
そこに一夜にして村を壊滅させる怪物が現れた。
それまで誰も見たことのないような巨大で邪悪な怪物だった。
怪物の正体は?
そこに一方の藩の専横な藩主側近とその妹の物語が絡む。。

宮部みゆきが好きなのは彼女の作品にはなにか「大いなるもの」がいつもあるからだ。
人智を超えたできごとや「もののけ」などが小説の中で自然に起きるから。
今回も自然のお山を仰ぎ見て暮らす人々の暮らしと、欲望を持つ人間の意識がつくりだすものが混ざり合っている。
一気呵成に読んだが読み終わるのが惜しかった。
最高のエンターテイメント!

第一刷発行から5か月強。私がライブラリーに予約入れた時点で2人待ちでした。
まぁこれくらい待つと読めるんですね。
絲山さんに感謝です。
(でもこのところ絲山さんのブログは1カ月以上更新されてなくて、また持病の躁鬱病が大変なのか、それとも仕事が忙しいのか、心配しています。)
posted by 北杜の星 at 07:38| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月24日

宮本輝「いのちの姿」

25歳の時にパニック症候群となり、電車に乗っての通勤が不可能となってサラリーマンを辞め、そのときに書店で立ち読みした文芸誌の小説があまりに面白くなくて、自分ならもっと面白い小説が書けると、小説家になる決心をした宮本輝。
以来短篇・長編・エッセイと書き続けてきた。
しかしある時から小説に専念したいと、エッセイを書くことを止めていたそうだ。
だが京都の有名料亭の大女将から「年に2度、うちからエッセイ本を出し、お客さんに無料でお渡しする」という話しがあり、自由に枚数の制限なく書いてくれと依頼された。
断っても許してはもらえず、どうぜこういう本は3号くらいで潰れると思い引き受けた。
ところがそのエッセイ本は7年たった今も続いている。
これは7年間14本分のエッセイを収録したものである。
だから長さはまちまち。長いものもあれば短いものもある。

小説を書くということ。
これまで読んだ小説について。
取材旅行で訪れた土地。
阪神淡路大震災と年に40日かけて旅したシルク・ロード。(私はこの紀行本「ひとたびはポプラに臥す」が大好きで、全6巻を3回読んだ)。
これまで書かなかった異父兄のこと。
・・などなどが書かれている。

宮本輝をこれまで読んでいる人にとってはすでに知っていることも多いはずだ。
事業に失敗して富山に逃げ住んだ父母との暮らしがせつないが、その富山にある新聞社から長編小説の依頼があったり、人生の時間の流れを感じさせる。
「いのちの姿」というのは少々大仰なタイトルではあるが、60代後半という年齢になると、これまでの様々な越し方を振り返り、すべての命が偶然ではなく繋がっていることに深い想いが湧くのかもしれない。

私がもっとも興味深かったのが宮本輝の読書についての項で、高校まではずいぶんな読書量だったようだが大学生・勤め人になってからは3冊しか読んでいないそうだ。
その3冊のうちの1冊かポール・ニザンの「アデン・アラビア」で、これはちょっと意外だった。
「アデン・アラビア」はその冒頭の文章「僕は二十歳だった。それがひとの一生で一番美しい年齢だなどとだれにも言わせまい」で有名だが、これは篠田浩一郎訳のもの。
つい先日第152回芥川賞を受賞した小野正嗣はこの「アデン・アラビア」の新訳を。池澤夏樹個人編集の世界文学全集においてしている。
この部分がどう訳されているかの興味と、40年ぶりに読む「アデン・アラビア」が現在の私にとっていかなるものかの興味で読んだのだが、いやぁ、昔とまったく同じ感覚で読めたので自分でも驚きだった。
でもこれって、私がちっとも成長していないということなのかも。。
posted by 北杜の星 at 07:34| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月29日

母里啓子「もうワクチンはやめなさい」

インフルエンザが流行する季節となってきた。
インフルエンザ・ワクチンを接種した人も多いだろう。
私は一度もインフルエンザ・ワクチンを打ったことがない。
理由は簡単だ。インフルエンザ・ワクチンは毒だからである。
それも効果がなくて危険性があるばかりだからだ。
もうかなり前から私は友人にそのことを伝えている。なかには「本当?自分で調べてみるとわ」と真実に気づき接種をやめた人もいれば、依然として打ち続けている人もいる。
個人の自由と言えば自由なのだから強くは言わないが、我々はワクチンに関してはずっとマインド・コントロールされているのではないだろうか。
この本の著者は千葉大医学部卒業、現東大の伝染病研究所でウィルスの勉強をした人。つまりワクチンの最前線で働いていた人だ。
その彼女がワクチンの無効性と危険性を述べているのだから、これほど確かなことはない。

高齢者がインフルエンザに罹ったときの重症化を防ぐのがワクチンだと言われている。
しかしその確かなデータはどこにもないそうだ。
むしろ2009年の流行期にワクチンを打たなかった60歳以上での死亡は70名。ワクチンを打った後遺症で亡くなった人が121名という確かな数字がある。
ワクチンを研究している人たちも、効果のあるワクチンはないと言い切っている。
なぜならばウィルスは体の中に居る間でも変異するほど変異が速くて、それに追いつくことができないからなのだ。

インフルエンザ・ワクチンも怖いが、もっと怖いのが子宮頚がんの予防ワクチンだ。
政府は今年、女子高校生にこのワクチンの接種を行ったが、あまりに重篤な後遺症が次々に出てきて中止となった。
しかし来年次以降これを再開するという。ワクチンが改善されたわけではないというのに。
(そもそも子宮頸がんは早期発見しやすいし、死亡率も低い癌だ)。

こんなに危険極まるワクチンをなぜ接種させようと厚生労働省や病院医院は宣伝するのだろうか?
それはワクチンが大産業だからである。
インフルエンザ・ワクチンは日本で3500万回分も製造されている。
また世界人口の約半分は女性なのだから、女性全員に子宮頚がんのワクチンを接種するとなるとものすごい数量となる。
製薬会社、製薬会社から献金を受けている政治家、経営原理の上に立つ病院・・

もっともっと怖いことがある。
それは赤ん坊、しかも0歳児への推奨ワクチンが10種にものぼることだ。
赤ちゃんはお母さんの子宮から免疫を持って生まれ出てくるはず。そんな赤ちゃんになぜインフルエンザ・ウィルスを生後2カ月で打たなければならないのか?
また日本ではすでに病人のいなっくなったジフテリアの予防接種を打つ必要が本当にあるのか?
この本はそうした疑問にきちんと答えてくれている。
(もっとも疑問すらもっていない人がおおいんでしょうけど)。

私が憤りを感じるのは、子どもを持つお母さんを不安に陥れ脅して、ワクチンの接種を奨めることだ。
赤ちゃんや子どもを人質にとる卑怯さ。
お金のためなら母性愛を利用する姑息さが許せない。
(少子化になって小児科医院の経営のためには乳幼児のワクチンはかなりの収益となる。)

ワクチンをむやみに打ってはいけない。
それもインフルエンザのように自然治癒する病気に必要なのかどうか、自分でしっかり考えてみることが大切。
どうぞこの本、一読を。
posted by 北杜の星 at 08:09| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月23日

宮下奈都「たった、それだけ」

総合商社の海外営業部部長の男が、贈賄が発覚する寸前に逃亡した。
残された姉、妻、娘、不倫の相手、彼女たちに関わる人たちの視点から、その後の人生を描いた小説。

殺人や強盗などからすれば大きな罪ではない。
むしろ会社の犠牲になり罪を被る役割を背負わされたとも言える。
それでも彼は逃げることを選んだ。
家族がどんな辛い人生を歩むかを知らないわけではなかったろうに。

強くても弱くても、そのひとなりに前に進むしかない。
「たった、それだけ」が原因となっったために。
でも「った、それだけ」の他人の言葉や思いやりに、力を与えられることがある。
そして何年か後、何十年か後には笑顔が取り戻せるかもしれない。

宮下奈都はいつも人間を肯定している。
だから状況が酷くても、読後救われる。
彼女のエッセイを読んで知ったのだが、ご主人とは一目惚れした恋愛結婚だったそうだ。
彼女の人生肯定は人を愛することから生まれたのだろうか。
ご主人の転勤で住み慣れた福井から北海道のとんでもない山の中に住んだり、普通の暮らしを大切にしているひとだ。
彼女の強みは、この普通さにあると思う。

このところうなだれ気味の人、この本を最後まで読むとふつふつと元気になれますよ。

posted by 北杜の星 at 08:08| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月02日

湊かなえ「物語のおわり」

湊かなえはこれまでほんの2冊しか読んでいない。
大ベストセラーの「告白」すら読んでいない。
「母性」は評判ほどには響くものが感じられなくて、縁の薄い作家さんかもと思っていた。
でも図書館の新刊コーナーにあったので、つい手に取ったのだが、これは湊ファンにとっては垂涎のラッキーさなのだろうなと、ちょっと申し訳ない気持ちで読み始めた。

これ、構成がいいんですね。感心しました。舞台に北海道をもってきたところもいい。
まず「空の彼方」という原稿用紙に書かれた未完の小説から始まる。
山間の小さな町のパン屋の娘が中学の時に友人に見せるためにミステリー小説を書き、幼い恋を育んだ婚約者と結ばれる直前、小説家になるために東京へ出る決意をするというもの。
しかし駅には婚約者が立っていたというところで終わっている。
(この婚約者の大学が北海道大学だった)。

そしてこの未完の原稿用紙は北海道にやって来た人たちの間で、順繰りに手渡されてゆく。
妊娠中に癌が発見され、それでも産みたいと願う女性。
プロのカメラマンになる夢をあきらめ故郷でかまぼこ工場を継ぐ青年。
希望通りの会社の内定を得たのに、なんだかんだと文句を言い祝福してくれない恋人に戸惑う女性。
仕事一筋に証券会社勤務をしてきた女性・・

彼らはそれぞれの事情や想いを抱いて北海道に来た。
北海道での土地もさまざまだ。
だから彼らが原稿用紙の小説を読んで創り上げる小説の続きもいろいろである。
人が変われば小説ってこうも違うものになるのだなと興味深かった。

最後の二つの章は数十年後のお話で、ここには本当の結末がわかるようになっているのだが、私はこれにはどうも納得できない。
これってミステリーを書いてきた湊かなえだからなのか、どうしても決着をつけずにはいられないクセを感じてしまう。
ラストはあまり成功しているとは思えないのだけどなぁ。
無理に結末を作らなくても、未完は未完のままで良かったんじゃないだろうか。
読み手に預ける・・というかたちのほうが、余韻が残ったような気がする。

と、批判がましいことを書いてしまったけれど、充分楽しめた小説でした。

posted by 北杜の星 at 08:05| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月26日

宮下都「ふたつのしるし」

ハルは保育園のときから先生に理解されない子どもだった。
小学校に上がっても、いつまでも蟻の行列を眺めている子で、担任の先生はハルの母親を呼び出し「クラスのみんなの迷惑になっている」と言い放った。
けれどそんなハルをスゴイヤツと認めたのが健太。彼はハルの親友となった。

遥名はハルより数才年上。
彼女もいつも周りに違和感を覚えていたが、ハルと違うのは、彼女は目立たないよう本当の自分を隠していた。
きれいで頭が良い遥名は自分をバカっぽく見せることで、いじめられるのを避けていたのだ。

そんなハルと遥名がさまざまな出来事を乗り越えて出会ったのが、3・11の夜だった。

幼稚園とか学校ってちっとも個性を伸ばしてなんかくれない場所だと思う。
先生にしてみれば個性の強い子はつまりは、管理しにくい子ということ。
それじゃぁ困るんだよね、先生は。
だから「みんな同じ」を生徒に求め、上意下達という軍隊のような組織にしてしまう。
そういうことに順応する子が、「良い子」と呼ばれる。

私は幼稚園は3年保育だった。
入園したのはまだ3歳だったが、幼稚園ってなんでこんなにいつも並ばなきゃいけないところなんだろ?と思った。
ちゃんと言語化はできなかったけれど、それは理不尽だと感じていた。
一番チビだったので列の一番前に立たされて並ばされるのが、本当にいやだった。当時の写真を見るといつもしかめつらをしている。
あれからじゃないかな、私が「群れる」のがいやになったのは。

ハルはADHDなのだろう。
成長するに従って少しは周囲のことを考えられるようになっていくが、自分の興味あることにだけ一生懸命。
だから適した仕事を得ると根気や努力は強く大きく、やりがいを持てる。
ハルは仕事をすることでやっと世界と繋がったのだ。

遥名は苦しい恋愛の後で、ハルに「しるし」を見つけ出す。
ハルはずっと前から遥名のその「しるし」に気づいていた。
「ふたつのしるし」が一緒になったとき、居心地の良い場所がふたりにできるのだ。

このなかに蟻に関する面白い記述がある。
働き蟻のなかで一生懸命働くのは8割の蟻で、あとの2割は働き蟻のくせに怠けてばかりいる。
では、その怠け者の蟻を捕まえて排除してみると、残った蟻のやはり2割は働くなるのだそうだ。
しかしその2割の働かない働き蟻は有事になると俄然働き者になるのだという。

でも私は社会にはそういう怠けものがいてもいいんだと思う。
10人の人間がいたら、1番から10番までの順位がつくのは当然のことで、全員が有能になれるわけがない。
10人いたらその中の3人くらいが優秀でがむしゃらに働いて、あと5人くらいはまぁ普通、そして残りはあまり役には立たない人・・そういう構成が世の中なんじゃないかな。
昔は年功序列というシステムが社会をそうやって支えていた。
だけど今はそんなのは許されない。みんなが有能を期待され、期待に添わなければ無意味な人間として扱われる。

どんな人間だって存在理由はあるし、幸せになる資格があるんだよというのがこの小説だ。
そしてちゃんと幸せになったハルと遥名。
宮下奈都の優しさにあふれた一冊です。
posted by 北杜の星 at 08:02| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月31日

村上紀美子「納得の老後」

昨日のニュースで、特養老人ホームの相部屋に一か月15000円の料金を徴収することが決まったとあった。
政府は消費税を5パーセントから8パーセントに上げるときに、増税分は福祉に使うと言っていたのではないか?
あれは大嘘だったのだ。
これからも福祉は悪くなることはあっても、良くなることはないと思う。
このことは団塊世代でこれからが老後となる私の世代にとっては深刻な問題である。
この国で老いるのだから、使えるシステムを利用しケアを受けながら、「納得の老後」とするべく折り合いをつけなくてはならない。
この本の著者の村上さんは数年間ヨーロッパの介護施設を視察し、ドイツ、オランダ、デンマーク、英国の現場の実情を知ることができた。
サブタイトルに「日欧在宅ケア探訪」とあるように、日本とヨーロッパを比較しながら、近未来の在宅ケアを模索していこうとしている。

ヨーロッパの福祉は素晴らしい・・と手放しで褒めちぎることはしたくない。
日本だって(これまでの)健康保険制度は世界においてなかなかのものだと思うし、介護保険システムだってすべての国にあるものでもないからだ。
それでもこの本を読めば、これから老後を迎えるであろう多くの日本人は、ドイツやデンマークを羨むだろう。
歳をとっても在宅で暮らしたいと願う人にとってはなおさらに。

ドイツでは訪問看護師が各家を訪れて、介護(清拭やシャワー、食事、ベッドメイキング、排泄など)とある程度の医療行為もしている。
滞在時間は10分から1時間くらい。朝7時から夜23時までサービスが受けられる。
介護度によって使えるケアと値段が異なるのは日本と同じだ。

これはいいと思ったのは、最初の患者や家族との面談後すぐにケアが受けられることだ。
手続きはその後で行うのだという。
日本だと介護認定からケアを受けるまでには数週間も待たなければならないのだから、これは助かる。
それと、自分で物事が決定しずらくなっている高齢者や認知症患者のための後見人制度がじつにしっかりしている。
後見人は血縁者であれ友人であれ誰でも自分の好きなひとに後見を依頼でき、よほどの理由がない限りその依頼を断ることはできないという。
もちろん弁護士や福祉関係者が後見人となる場合もあるが、財産の扱いなどにはちゃんとしたチェックが必要。
かなり安心して任せられるのがいい。
日本ではとにかく血縁優先で、疎遠な兄弟姉妹や、甥姪などに迷惑をかけることになるし、現在は一人暮らしも多いのだから、この点は改善してほしいと、子どものいない私たち夫婦は願っている。

デンマーク、オランダ、英国などで共通しているのが「家庭医」の存在だ。
国によってはどの「家庭医」にかかるかの登録義務があるところがあるが、「家庭医」は医療だけでなくよろず相談的な役割をもっているようだ。
「家庭医」と介護が連携して、在宅ケアを行っている。
これらの国では本人が望めば、最期を自宅で迎えることが可能だ。
医療保険や介護保険でカバーできない、一人暮らしの「看取り」のためにボランティアがつきそうこともある。

でもすごく歳をとってから一人で暮らすのは孤独だし刺激がなさすぎて退屈だと私は思う。
私ならケア付き老人ホームで暮らす方がいいな。
自分の部屋で一人になれるし、寂しい時には話し相手がいるし、病気したら介護されるのは安心だ。
最期をどうするか、家族がいれば家族と話し合って、いなければじっくり考えておいた方がいい。
日本では「死」の話題をタブー扱いする人がまだいるが、家族だからこそ「老後」「死」「死後」を語り合えるのではないだろうか。
語り合う材料として、この本は参考になります。
posted by 北杜の星 at 07:46| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月21日

森まゆみ「女のきっぷ」

女のきっぷのきっぷは切符ではありません。気風です。
「気風がいい」のあの気風。
思い切りがよくてさっぱりしている。愚痴を言わず、困った人がいればすぐに手を貸す。お金だって必要とあれば用立てる。
そんな女性の気風のよさって惚れ惚れする。
「気風がいい」の反対語はというと、「ケチ」だそうだが、ケチな女性というのもこれまたいて、自分は大事にして自分のことには大枚をはたくけど、他人様にはベロを出すのも惜しいという、そんなニンゲン。
私の経験で言うと、金銭的にケチな人間は了見が狭いことが多い。
「気風がいい」というのは他人様のために何かができるということではないだろうか。

森まゆみがここに並べた女性17人は時代もジャンルも異なるが、みんな逆境をしなやかに生きた人たちだ。
そこにはある意味での「気風のよさ」がある。
明治から平成まで、信念をもって行きぬいた「女性列伝」。

樋口一葉、与謝野晶子、宇野千代、吉野せい、林芙美子などの作家たち、ハンセン病患者に寄り添った神谷美恵子や消費者運動を続けた野村かつ子、明治時代に国際結婚をした日本初の女性洋画家ラグーサ玉、製糸の技術を学び富岡製糸工場で役割を果たした和田英、ブルースの女王淡谷のり子、下町女優の沢村貞子・・
知る名も知らない名もあったが読んでみると確かに彼女たちの人生は短い長いにかかわらず、何事もない人生ではなかった。
貧乏にあえぎ、夫の不実に苦しみ、社会の理不尽さに挑む人生である。

もちろん、幸せな一生を送った女性もいる。
ラグーサ玉さんはその一人だ。
彼女はイタリアのシチリアから西洋の絵画を教えて来ていた、年の離れたラグーサさんと結婚した。
まだ明治の初め。シチリアがどんなと地下の情報も皆無だった時代、ラグーサの優しさを信じ、また自分の絵の才能の開花を望み、遠く海を渡った。
けれど心配には及ばなかった。義両親は彼女を歓迎し優しく接してくれたし、シチリアの人たちはみな明るかった。
むしろ婚姻届を出すために日本領事館へ行った時の同胞からの扱いの酷さに傷つき、もう日本には帰るまいと決意した。
(米英独仏には低身低頭するくせに、それ以外の国を認めない日本。ましてやそういう国の人間と結婚する女性を差別したのだ。)
ラグーサは日本の工芸をイタリアに紹介したり、美術大学を設立。玉さんはそこの教授となった。

玉さんがシチリアに渡って50年後、彼女人生が小説となり新聞に連載されてから、彼女は世間にしられることとなった。
そしてやっと彼女は帰国をすることになったが、日本語は忘れ果てていたそうだ。
無理もない。当時のシチリアでは他に日本人はいなかっただろうから、日本語を話す機会はなかったはずだ。
私たち夫婦は10カ月前シチリアに友人夫婦と遊びに行った。
州都パレルモの小さな美術館で油絵を見た。それはラグーサ玉さんの肖像画だった。
他の絵の人物とちがってあきらかに東洋の女性がそこにいた。
敵視的な土地とはいえ、あのころ辺境の地であったシチリアに住んだ日本人女性がいたんだと、感慨深かった。

「気風がいい」とは勇気あるということでもあるんですね。
この本の17人の生き方を見て、つくづくそう思いました。
・・私も、気風のいい女になりたいものですが。。
posted by 北杜の星 at 07:40| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月19日

松山巌「須賀敦子の方へ」

つい最近「須賀敦子ふたたび」というムック本を読んだばかりなのに、またこれを読むことができるなんて、須賀敦子の大の大の大ファンである私はつくづくうれしい。
著者の松山巌は小説家、文芸評論家である。
しかしこの本は評論家として書いた評伝というよりは、親しい友人の縁のあった土地を訪れるという気持ちからのように思われる。
本当なら一緒に訪れたかもしれない場所を、松山一人で(須賀の妹の良子さんと一緒のこともあるが)訪れる。
そこで須賀の書いたものの原点を見つけたり、彼女の人生の軌跡を辿ったりしている。

松山が須賀と最初に会ったのは1991年暮れのこと。
麻布の裏路地の小さな中華屋だった。
彼は須賀も彼女の作品も知らなかったそうだが、隣り合わせに座り共通の会話で盛り上がった。
(須賀は港区に幼いころ住んでいたし、松山はマッカーサー道路住まい。彼はもともとは建築家で須賀の実家は須賀工業という日本建築史上有名な上下水道設備会社)

その後で彼らは毎日新聞の書評をすることになる。
あのころの毎日新聞の書評を読むのが私はとても楽しみだった。
森まゆみ、池澤夏樹、堀江敏幸、須賀敦子、松山巌・・私が大好きな人たちばかり。

この本はどの章も心に留めたいと大切に大切に読んだ。
どれも紹介したいけれどそういうわけにもいかないので、「リッカさんの木」だけを書き出します。
このブログにも先日書いたのだけど須賀敦子は庄野潤三の「夕べの雲」をイタリア語訳している。
彼女は生前たびたび、なぜこの本を訳したのかと問われことがあったというが、「本能的に訳してしまった」と答えている。
彼女の本能に響くなにが「夕べの雲」にあったのか。
ちょっとだけわかるような気がするのだけど。。
[夕べの雲」を訳した後で須賀は庄野の家を訪れ、自分の手でならの木を植樹したのだが、その木を庄野家の人たちは「リッカの木」と読んでいた。
アツコ・リッカ・スガというのがペッピーノと結婚した彼女の名前だったからだ。
もう四十数年前のことだ。

昨日の新聞のニュースで、須賀敦子の書簡55通が発見されたという。
今月創刊の女性誌「つるとはな」に掲載されるそうだ。

現在、神奈川近代文学館で須賀敦子展を開催中です。
11月16日(日)の午後、松家仁之氏の講演が予定されています。
興味のある方は文学館HPをご覧になってください。
(八ヶ岳生活になってこういう場に参加できなくなったのが、残念なことです。)
posted by 北杜の星 at 07:17| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月07日

松家仁之・松山巌ほか「須賀敦子ふたたび」

1998年3月、須賀敦子が亡くなった。69歳だった。
「書くひと」が目の前からいなくなったことが、これほど大きなショックだったことはなかった。
悲しみというよりもエゴイスティックな落胆だったのだと思う。
もう彼女の書くものが読めないという喪失感。それは私の「時間」までも同時に失われたような気持ちだった。
10年のあいだに「ミラノ霧の風景」「コルシア書店の仲間たち」「ヴェネツィアの宿」「トリエステの坂道」そして「ユルスナールの靴」のたった5冊の本を書き遺しだだけ。
そんなの少なすぎる。これからもずっと彼女との「時間」は続くと疑わなかったのに。

あれから16年あまり。喪失感はいまも変わらず続いている。
秋になったこの頃になると須賀敦子と表紙にある本を手に取りたくなる。
上記のエッセイだったり、彼女の訳したものであったり、なんでもいいから彼女の文章に触れたくなる。
そのたびに彼女の全集を見ながら、「これだけ、なんだよね」と自分を納得させるしかないのだ。

だからこの本のように須賀敦子のことを忘れず、ますます彼女への評価を大きくする人たちがいることがうれしい。
須賀敦子が生前に関わった人々・・編集者たち、文学上の付き合いのあった人、キリスト教の運動を共にした人、イタリアや日本での留学でお世話になった人たちが「須賀敦子」を語り、書いている。
その誰もがみんな、いかに彼女という人間、彼女が書いた文章に魅せられていたことか!

最近になって私はつくづく、須賀敦子は「信仰のひと」だったと認識するようになった。
イタリアで出会った人々の思い出を綴る彼女の文章は、この本の中のどなたかが書いているように、追想ではなく追悼だった。
夫のペッピーノはもちろんのこと、知りあってそして亡くしてしまった友人知人たちへの追悼文を彼女は書いたのかもしれない。
そして彼女の感情と行動のベースには、いつもカトリックの信仰があったのではないか?

エッセイのようで小説のような彼女の文章は静かで深くて、一度読むと心にいつまでも残るものだが、彼女はでも、本当に書きたかったことは、小説のかたちでかきたかったのではないだろうか?
エッセイに自分の「信仰」をあからさまに盛り込むほど彼女は無粋な人ではない。きちんと消化した上のフィクションとして書き著したいものがあったのでは?
それを書く前に彼女は亡くなってしまったような気がするのだ。
せめてあと10年早く書き始めてくれていたなら、と悔しくてならない。
彼女がイタリアでのことを書くようになったのは、帰国20年後のこと。
その間、彼女は日本でいかに生きるかの道を探していたのだ。不遇ななかで強い意志をもって。
そしてようやく生活が落ち着き、20年という年月の中で熟成したものを書き出した。
近しいようでいながらも距離感を保ちながら冷静に、でも抒情的に描く彼女のイタリアでの友人たちは、彼女が書いたときから、私たち読者にも忘れられない人たちとなっていった。

この本には未発表のエッセイ3本が含まれていて、とても幸せ。
どういう縁なのか、石田千も寄稿している。
表紙の写真の彼女はラフな格好(白いTシャツ、黒いショートパンツ、白いスニーカー)で腰かけて微笑んでいる。
その横を猫が歩いている。
イタリアのどこかの家の前。
たったこれだけなのに、なんだか洒落ていて、須賀敦子はやはりただの人ではない感じが伝わる。
(優しいだけの人ではなくて、自分にも他人にも厳しく、かなり辛辣なことを言う人だったようだが、それもちゃんとうかがえる彼女ん顔だ)。
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2014年09月13日

松家仁之「優雅なのかどうか、わからない」

「火山のふもとで」「沈むフランシス」に次ぐ松家仁之の第三作目の長編小説。
彼は新潮社で「新潮クレストブック」「考える人」「芸術新潮」の編集長をしていた人なのだが、こうして小説を書く人になってくれて本当によかった。
もちろんすぐれた海外文学を読むのも、興味ある特集をした雑誌を読むのも大好きなのだけど、やはり小説はなによりも私の愉しみ。その愉しみを作り出してくれるお気に入りの作家は多い方が断然いい。

誰にもそれぞれあると思うが、作家を気にいるということにはいくつかの要素があるものだ。
ストーリー・テリングの妙とか、文体とか、人物設定とか、時代背景とか・・
松家仁之に関しては、センスの良さである。
私にとって彼が登場させる建築物、家具、車やバイク、音楽、樹木草花、食べもの・・どれもが彼の美意識に基づくものだと感じられる。


新刊「優雅なのかどうか、わからない」という不思議なタイトルのこの本には、幼いころ建築家になりたかったという松家氏の建築への想いが詰まっている。
築50年の家の改築が描かれているのだが、建築の素人とは思えない。
(もっとも彼には建築家の叔父さんがいて、その叔父さんは私の夫の古い友人なのだが)
こんなに建築が好きならなぜ建築家にならなかったのかとも思うが、やはり小説を書く人でよかった。こうして彼の小説が読めるのは至福なのだから。

妻と離婚し、元代々木のマンションを譲渡して家を出た40代半ばの編集者である主人公は、次に住むのなら古い一軒家がいいと捜し始めた。
やがて幸運にも、ほとんど彼の希望通りの物件が見つかった。
そこは築後50年の家で、70代の女性が住んでいたのだが、彼女はアメリカの息子の家に移住するので、家は自由に改装してよいと願ってもない話しだった。
彼女は外猫の「ふみ」の面倒を見てほしいと彼に頼んだ。
まずキッチン、風呂、洗面トイレの改築を知り合いの建築家にお願いした。次には窓と暖炉。
彼は暖炉を燃やすのをとても楽しみにしているのだった。

そんなある日、彼は近所のデパートの上の蕎麦屋で以前の恋人に出会った。
佳奈とは仕事仲間で数年間付き合っていたのだが、結婚している彼との関係に疲れたのか彼女の方から別れを切り出したのだった。
妻と離婚する1年前だった。離婚のとき妻は「私が知らないとでも思っていたの」と言った。
いま佳奈は松本で独り暮らしをしていた父親と一緒に、なんと彼の家のすぐ近くにやはり一軒家を借りて住んでいると言う・・

庭つきの家は吉祥寺井の頭公園を借景に佇んでいる。
40代で独り暮らし。息子はアメリカの大学院にいて日本には帰らないと言っている。
友人たちは「優雅だな」と羨ましがる。
たしかに誰の目にも優雅に映る。じっさい彼は優雅に掃除をし、丁寧に料理を作っている。
端折ろうと思えばいくらでも端折れる家事を、義務感でなくしようとしている。
こういう男性がこんな家に住んでいるなら、もうこれだけで充足完結した世界だと思うのだけれど、彼の佳奈への想いは募ってゆく。

大変なことがけっこう起こる。そもそも離婚だって大変だったはずだ。
けれど松家仁之の筆はどこまでも静かで品がよい。
今回もすこぶるつきのセンスの良さです。
出てくる家具など素晴らしい。

そうそう、この中に主人公が佳奈と一緒に観るDVDにちょっと驚いた。
それは私がロンドンに住んでいる頃に観たものだった。
ダスティン・ホフマンとミア・ファロウの「ジョンとメリー」という映画で、バーで偶然知り合った男と女が男の部屋で一夜を共にするというものだった。
あのときの部屋が素敵で、部屋から見える(高いところに部屋があったと記憶するが)ロンドンだったかニューヨークだったかの風景が美しかった。
ダスティン・ホフマンにしては今思うと小品への出演だったが、たしかに巧かった。
でも私は彼はミスキャストだと思った。あんまり建築家っぽくなかったしセクシーさに欠けるというか、真面目すぎる感じがした。
そうか、「ジョンとメリー」のDVDがあるのか。

上質な小説には上質な人生が息づいている。
この本、これから涼しくなる季節にはぴったり。
それにしても男性はなぜあんなに火を燃やすのが好きなのか?
暖炉、キャンプファイヤー、BBQ・・
太古の昔からの本能なのか?
もっともここでは松本という寒冷地育ちの佳奈のほうが、暖炉の薪の燃やし方は上手なんですけどね。
(いかに煙が入り込まないで暖炉が燃えるかの詳細が説明されているけれど、そうです、すべてその通り。もうひとつ付け加えるとすると、煙突は長い方が煙をよく引きます。これは十数件の山荘の暖炉を設計した私の夫が言っていることです。)
「ふみ」はどういうわけか暖炉が好きじゃなかったみたい。薪のぱちぱち爆ぜる音が怖いのでしょうね。
posted by 北杜の星 at 07:44| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月09日

村田沙耶香「殺人出産」

少子化が進んだ100年後の日本の出産システムを描いたSF的中編小説。

出産はすべて人工授精。男性も人口子宮をつければ出産が可能だ。
しかしそれだけではない。そのシステムが特異なところは、10人出産すれば誰か殺したい人間1人を殺すことができるのだ。
殺人が合法的にできるのである。
10人産む人は「産み人」として、殺される人は「死に人」として。ともに世間から敬われる・・

そこには現在の「正義」とは違う「正義」がある。
生きる時代によって常識や正義は違ったのものになるのか。
主人公は必ずしもそのシステムに賛成をしているわけではないが、同僚女性のようなまったく反対の立場でもない。
その同僚女性は100年前の価値観で生きようとしていて、それにも主人公は違和感を抱いている。

ものすごく奇妙な設定の小説だ。
面白くてぐいぐいと読ませられた。
でもなにかが不消化な気がする。その「なにか」に説得力が欠けているんだな、残念ながら。惜しい、とっても惜しいのだけど。
とくに最後、「産み人」になって10人産んだ主人公の姉が「死に人」を殺すのに手を貸す主人公のラストの心理が唐突に安っぽい感じがして、このラストによってこの小説が破綻しているのではないかと思った。
すくなくとも私はこんなラストは望んでいなかった。。

他の3篇の短編もSFっぽいが、どれも試験的小説という感じがする。
「ギンイロノウタ」など難解だけど、どこか良い意味でひっかかる作品を書いてきた村田沙耶香なので、もっと完成度の高い作品を期待します。
(といっても、大好きな村田沙耶香だから厳しくなるのであって、「この先、どうなるんだろう?」と
充分読んでおもしろいものではあったのです)。
posted by 北杜の星 at 07:40| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月27日

村上敦・池田憲昭・滝川薫「ドイツの市民エネルギー企業」

2年半くらい前になるが一本のドキュメンタリー映画を観た。「シェーナウの想い」というタイトルだった。
チェルノブイリ原発事故をきっかけに、ドイツ南西部の小さな町シェーナウの住人たちが「子どもたちのために自然エネルギー社会を」との想いから、市民が市民の電力供給t会社を立ち上げる過程を撮ったものだった。
一軒一軒の家のドアを叩き、説明説得して歩く人々。
もちろん最初は反対意見も多かった。

いま、鹿児島県の大内原発が再稼働されようとしている。
3・11の福島原発がまだまだ収束とはほど遠いというのに、である。
原発がないから値上げしなくてはいけないということで、このところ電気料金の負担がずいぶん大きくなった。
でも本当にそうだろうか?と私は疑っている。
値上がりはいやだと、短絡的に原発再稼働に賛成の人もいるという。
こういう人たちには、他の方法だってあるんじゃないかと、もっと考えてみてほしい。
この本は、MIT Energy Vision社によって企画されたもの。
「MIT社は、日本で持続可能なエネルギー供給を実現しようとする地域や企業を欧州から支援することを目指して」著者の3人のジャーナリストによって設立された。

「エネルギー・ヴェンデ」という言葉をご存知だろうか。
ヴェンデとは「転換」という意味だが、単なる転換ではなく「進化」だそうだ。ヴェンデは現在ワールドワイドに使われている。
どのようにエネルギーを転換、進化させていけばいいのか。再生可能なエネルギー、利潤目的の大企業に頼らないエネルギーをどうしたら得られるのか。
その方法論がこの本に書かれている。

大きな地域の大きな電力会社ではなく、小さな地域のそれも、市民が出資する・・これがキーワードのようだ。
ここには130億円分の設備に出資した市民たちが紹介されているが、こうした社会意識をまず持つことが必要とつくづく思う。
しかし出資は寄付ではない。ちゃんと経営的な裏付けがなくてはならない。
それと、自然エネルギーを実現させるためには、省エネも大切なことだ。

この本を読むと、なんだか希望が生まれる。「できるかもしれない」と。
あきらめてはいけないんだよね。この国の政治にともすれば絶望してあきらめそうになってしまうけど、いつだってどこだって、人が変えたものは人がまた変えることができるのだから、あきらめてはいけない。

私が住む八ヶ岳南麓の北杜市は日本でも日照時間が長い土地で、そのなかでも明野町は日本一。
だからだろうか最近、ソーラー・パネルがずいぶんたくさん設置されている。
最初は「わぁ、自然エネルギーに関心を持つ人がこんなにいるようになったんだ」と喜んでいたのだが、でも悲しいことにこれが自然エネルギーや環境を考えてではないことがわかった。
これは売電のため、つまりは利潤目的だけのためなのである。
設置するのは個人ではなく、会社、企業だ。
未使用の役に立たない土地を放っておくより、売れるほうがいい、地代が入るほうがいいと、土地の持ち主は考えいる。
森を崩し、木を切り倒し、環境破壊をしていることに対し反対運動を始める人たちが出てきているが、パネルの設置を規制する法律がなにもないので、パネルはどんどん増えるばかりだ。
こういうことすら、経済優先でしかとらえられないのかと、うんざりです。
posted by 北杜の星 at 08:04| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月20日

町田康、島本理生、北杜夫ほか「ずるずる、ラーメン」

著者名を書くのにかなり迷った。
というのもこのラーメンに関するエッセイ集には32人の名だたる書き手が並ぶからだ。(うち一つは漫画)。
開高健、角田光代、江國香織、吉村昭、石垣りん、東海林さだお、古波蔵保好という懐かしい名前もある。
なので、単に好きだという理由で町田康を最初に書き出した次第。島本理生のラーメン好きは有名なので敬意を表して彼女の名前も。

でもこの「ずるずる、ラーメン」の「ずるずる」ってあまり美味しそうな語感がしない。
確かに麺は「ずるずる」ではあるのだけどね。
数週間前、私たちの知人がイタリアへ行くので話を聞きたいと我が家に食事がてらやって来た。
パスタを出したところ、彼は盛大に「ずるずる」という音を立てて食べ始めた。
こういうことを注意するのはとても難しいのだけれど、私の夫はどういうわけかこういうことを言っても角が立たないトクな性格で、「その音はやめたほうがいいよ。イタリアのレストラン中が凍りつくよ」と注意した。
彼は「そうですか。自分が音を立ててることに気付かなかった」と素直に聞き入れてくれ、以後「ずるずる」はなくなって一同ホッとした。
日本の麺類は音を出しても平気、というかまったく音無しで蕎麦を食べているのを見ると、かえって不味く無粋に見えてしまう。
ま、お国柄で食事のマナーもそれぞれということ。

受験勉強の夜中のラーメン、旅行先で食べたラーメン、ニ度と出会えない幻のラーメン、飲んだ後のラーメン・・
32人のラーメンには32のラーメン物語がある。
そのなかで池部良が小津安二郎監督「早春」の撮影現場でのラーメン・エピソードの顛末にはクスリと笑った。
池部良というひと、ユーモアの塩梅が抜群の書き手だ。
またほとんど自分の私生活の詳細をかくことのない丸山健二が、仙台の高校寮生活を書いたものはちょっと以外で、強面の彼にも普通の学生時代があったのだとなんだか安心した。
この本の中で「食べてみたいラーメン」は、馳星周の行きつけのレストランのシェフ特製の「トルコ風ラーメン」だったかな。
海老のスープにヨーグルトを入れ、トッピングは焼き豚やメンマという普通のラーメンの具というもので、摩訶不思議で味の想像ができないのだが、編集者ともどもみんなが絶品と舌鼓を打ったと言う。うーん、興味あるなぁ。

私はラーメンは食べてもよし、食べなくてもよしという感じでとりたてて大好物ではない。
私の周りにはどういうわけかラーメンは苦手という人が多い。
私の夫もラーメンとお好み焼きを敵視している。(ちなみにお好み焼きは私、大好きです)。
彼はラーメンだけでなく汁に浮かんだ麺というのがダメで、せいろ蕎麦は大好物でも汁蕎麦は食べない人。
でも好きな汁麺がニ種類あって、一つは沖縄そば、もう一つは群馬の知人の家でご馳走になった「舞茸うどん」で、今も「あの舞茸うどんは旨かったなぁ」と言う。でもなかなかおいそれとは行けるところではないので「幻」となりつつある。
私はと言えば、醤油の濃いラーメンよりは、もう少し薄い色の豚骨ベースの醤油味で、麺が細くて固いのが好みです。
ここ八ヶ岳は「ラーメン不毛地帯」として有名だそうで、ラーメン好きの人間にとっては悲惨なところのようです。
でもまぁ、山梨なんだから「ほうとう」食べてりゃ、いいんです。
posted by 北杜の星 at 07:43| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月28日

メラニー・ウォーナー「加工食品には秘密がある」

このタイトルを見て、「きっと素敵な秘密が隠されているのだろう」と考える能天気な人間はいまどきいないはずだ。
加工食品にはたくさんの添加物が使われているのを誰もが知っているからだ。
私もこういう類の本をこれまで何冊も読んでいる。
それなのになお、食品に関する記事や本を読むのには理由があって、自分の食生活を戒めるためだ。
時々その怖さを思い知り、毎日の食を「面倒くさい」とおろそかにしないため。
それにどの本にも知らなかった事実が必ず一つや二つは書かれていて、怖さも増えるのだ。
この本はかなり専門的で、著者が緊密な取材を重ねたことは巻末の参考文献のおびただしい数でもわかる。

ひと言で言ってしまえば、加工食品は資本主義経済に組み込まれたものであって、食品をつくる企業はいかに利潤をあげるための努力をしているかということ。
消費者の健康は二の次、三の次なのだ。
工業製品となってしまった食品は自然とはかけ離れたものとなっている。
保存期間を長くするためや、舌触りや色のために添加物がどんどん使われる。
それらの添加物一つ一つでも体に害を与えかねないのに、多種の相乗悪作用は誰もわからない。

ブルーベリー・マフィンにはブルーベリーはまったく入っていない。
賞味期限を何カ月過ぎても、色や匂いや形になんら変化がない食品。
水で「水増し」された肉やベーコンやソーセージ。
食品に大豆が使われるのは、大豆が健康に良いからではなく、量を大豆で増したり大豆油でなめらかにするためだ。しかもその大豆は遺伝子組み換え。
空っぽのカロリーや栄養素。それを補うためのサプリメント。
現在世界のビタミンのほとんどが中国製だという。羊の毛の脂肪が思いもかけぬ食品となっているのには驚愕するのみ。

ある食品の研究者は「肝心なのはとにかく、最善を尽くして体にいいものを食べること」と言い、一日りんご2個を食べ、水か緑茶か生姜茶しか飲まず、加工食品を避けて、鶏肉と魚を少しだけ食べる」と言っている。
我が家の食はまぁまぁだと思う。
5月から12月までは地元の無農薬野菜を自然食品店で、それ以外の期間は(他よりは安全だと思う)生協の野菜を使っているし、肉も生協だ。
今月からは生活クラブ生協の宅配を受けられることになったので、より安全安心な肉や牛乳、練りものなどが手に入るようになった。
生活クラブはアイテムは少ないが、豚肉はあの平田牧場だし、保存料や添加物のない食品を多く扱っている。
ただ値段はかなり高くつく。
でもシニアの夫婦、そんなにたくさんのお肉は食べられなくなっているのだから、まぁいいか。

歳を取った人間ではなく、小さな子どもたちにこそ本当は注意してもらいたい加工食品、添加物の中にはADHDの原因になるものがあるという。
posted by 北杜の星 at 08:04| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月27日

村田喜代子「屋根屋」

小説ってなんて自由なんだろう。
翼がなくても空を飛べるし、高い屋根に腰かけられる。
そう、まるで夢の中のように。
そしてこれは、夢の中の出来事でもあるのだ。

専業主婦のみのりはゴルフ好きの夫と高校生の息子と三人暮らし。
築後18年の家す住むがその家の屋根が、梅雨時のある日雨漏りがするようになった。
夫がやっつけ仕事で修理をするが、雨漏りは直らない。
そこでやって来たのが、屋根屋の永瀬だ。
彼は九州なまりの朴訥な大男。
休憩のときにみのりと永瀬は話をするようになり、永瀬が妻を亡くしていることを知った。
妻の亡きあと精神的におかしくなった永瀬は心療内科の医師から、夢日記を書くように言われたと言う。
そして彼は自由に見たい夢を見られるようになったと。

みのりは永瀬から見たい夢の見方を教えてもらう。訓練をして彼女も見られるようになると、不思議なことに彼女の夢の中に永瀬が入り込み、二人一緒に奈良や京都のお寺の大屋根に飛んで行くようになるのだ。
屋根に座り、ほうじ茶を飲み、瓦を見て話し合う。
二人のあいだに流れるユーモアと甘やかな気配・・

どうしてこんなストーリーが思いつけるのか?
村田喜代子の小説にはいつも驚かされる。
彼女の物語の中には、人間の根源につながるなにかが感じられるし、だからこそなのか、どこか怖さもある。
みのりと永瀬の間に流れるのは恋愛感情とは言えないものだが、それでも二人で共に同じ体験を(夢のなかであろうと)続けていると、違ったものが生まれるのか。
夢とはいえ夢の中でする会話や行動はとてもリアルで、現実の生活の方がなにやら非現実に思えてしまうくらいなのだ。
(突然、虎が飛んできて、それを永瀬はみのりの夫だと言うところなど、潜在意識や罪悪感が表れていて心理的にも興味深い)
ファンタジーと言えばファンタジーなのだけど、何とも言えない浮遊感が心地よい。
このフワフワ感と「屋根屋」というなんともそっけないタイトルとのギャップがいいと思う。
これでタイトルがひねくりまわされていたら、トゥー・マッチ。

これを読みながら「夢見る夢子さん」という言葉を思い出した。
みのりの夢のなかに入って、フランスに飛んで行くのも悪くない。(でも必ず戻ってくるように・・)
posted by 北杜の星 at 08:40| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月17日

松井今朝子「師父の遺言」

松井今朝子が時代小説を書く直木賞作家というのは知っていたが、あの武智鉄二の最晩年の弟子というのはこの本で初めて知った。
といっても武智鉄二すら私はよく知らなくて、鬼才の芸術家という印象しかなかった。
中学生だったか高校生だったか、花も恥じらう潔癖な女学生のころ、義理の娘を裸にし縄で縛り宙づりにした「白日夢」という谷崎原作の映画を撮った彼を「イヤラシイ人」と思い、リメイクされた「白日夢」での「ホンバン」演技に、嫌悪感はますばかりだった。
しかし映画は彼の才能の一端で、オペラ、歌舞伎などさまざまなジャンルを演出した人だったらしい。

松井今朝子がいかにして武智の最後の弟子になったかの経緯を説明するために、彼女は自分の生い立ちから始めているが、これは大正解だろう。
彼女の出自を考えると、彼女が歌舞伎などの台本書きや演出に向かうには、幼いころからすでに一本の道筋がついていたのだ。
祇園の料亭に生まれ、扇雀を縁戚にもち、3歳のときにはすでに歌舞伎を経験してその真似をしていたというし、中学生の時には自分の小遣いで南座に観に行っているのだから、とんでもなくスゴイ話だ。
早稲田の大学院のときに学者にならずに松竹に入社したのも、決められた道筋としか言いようがない。

才能と才能って、ひきあうもの。
武智は彼女を自分の後継者として育てようとし、彼女は武智を師、父、ときには恋心さえもちながら、一緒に芝居をつくった。
裏方と役者にはさまって苦労をしていたときに、武智は何も言わず見守っていたのだろう。
彼女が武智の演出助手をしていたのはほんの3年くらいの間。長い期間ではない。
しかしそれはたとえようもないほど濃密な時間だった。
武智をすい臓がんで失い、彼女は慟哭した。

師というのは年上だからいつか先立たれる。
でも人生で師と呼べる人を持てるのは、どれほど幸せなことか。
私は学校の先生にはとんと恵まれなかったが、一人、感謝してもしきれない師がいてくださったことは恩恵である。

武智鉄二よりも松井今朝子と言う人の方が何倍も興味深いノン・フィクションだった。
じつは20数年ぶりで虫歯になり、歯の神経を抜く治療をした後、すごく歯が痛くなって気もそぞろにこの本を読んだので、素晴らしさをうまく伝えられないのが残念ですが、本当に面白い一冊でした。
posted by 北杜の星 at 08:20| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月04日

南清貴「じつは怖い外食」

これ、ホラー小説より怖いおはなし。
だって私たちが食べている食べものが危険いっぱいなんだから。
食べ物は私たちの体をつくるもの。それが食べれば食べるほど「毒」だとしたら・・
副題に「サラリーマン・ランチ、ファミリー外食に潜む25の危険」とあるように、食品にまつわるさまざなな注意点が書かれている。

ファミレス、コンビニ、安い居酒屋が提供する料理が健康的でないというのは、大多数の人が知っていることだろう。
不景気が長く続き、店はコストを抑えるために原材料費の節減を図るしかない現実。
それでもこの本を読むと、「ここまでなんだ?!」と驚いてしまう。
一流料理店やホテルでさえそうだなんて、何を信じていいのかわからなくなる。
精米改良剤を使ってツヤやふくらみや甘みを出した米、脂を添加した高級霜降り肉、決着剤で繋がれたくず肉からなるフィレステーキ肉、多用される化学調味料「グルタミン酸ソーダ(グルソ)」、防かび剤にまみれたレモンを使った酎ハイ、抗生物質いっぱいの餌で育てられる養殖魚や肉・・
列挙すればキリがない。
こういう食材が外食には使われているのだ。
コンビニ弁当の残飯を餌にした豚は、頭が二つ、尻尾が三本の奇形児を産んだそうだ。
豚だけではない。人間の奇形児が生まれる頻度が高くなているという。
1999年には1.48パーセント、2006年には1.8パーセント、2010年には2.3パーセントに上昇している。
出産前診断を受ける人が多くなった現在のこの数字はおそろしい。
このうえ、もし放射能汚染が影響をしたらどうなるのか、考えるだに不安になってしまう。

外食が危険なら、じゃぁ家で食べれば安全かというと、そうでないのが困る。
スーパーで普通に売っている食品からして安全ではないからだ。
魚や肉が危ないなら野菜をと思っても、その野菜に高濃度の硝酸態窒素が含まれている場合だってある。
(スーパーでは野菜の鮮度を保たせるために、薬剤を溶かした液に野菜を漬けている。)
健康に良いと野菜を摂るのが仇になるのだ。
そのうえ、食品偽装が横行している。

しかし問題の根っこはもっと大きなところにある。
モンサント社に代表される遺伝子組み換えの食品。(モンサント社はベトナム戦争時に枯葉剤を製造していた会社)。
長い期間使用した農薬の影響で、保水力をなくした土壌。
グローバル経済社会となって食糧問題は一地域ではなく、全世界的なものとなっている。

これを読んで「どうしよう」と思ったのが、赤身肉の話。
よく歳をとったら「牛のヒレ肉を食べるのがいい」と聞くし、あの日野原先生だって毎日食べているそうだ。
私たちもシニアの夫婦。霜降り肉を食べたいとは思わないが、牛のヒレをステーキにして週に2回くらい食べようかなと考えていた。
けれどどうもそれは危ないようである。
アメリカの研究機関は最近「赤身の肉を控えるように」と言い始めた。
その理由として、牛を育てるときの飼料であるトウモロコシ含まれるオメガ6系脂肪酸らしい。
赤身といえ牛肉にはそうした体に悪い脂肪酸がたくさんあって、癌、脳疾患、糖尿病、心臓病の原因になっているという。
うーん、いったい私たちは何を食べればいいのだろうか?
ほとんど絶望的になるが、一人ひとりが安全な食品を賢く選んで暮らしかないのだろうな。
安いからと言って手を出さないことが大切かもしれない。

posted by 北杜の星 at 07:58| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月31日

マーク・ベコフ「動物たちの心の科学」

動物たちに情動はあるか?というこの本は、「いまどきまだそんなことを・・」と言いたくなるくらい新視点からのものはないのだけれど、動物といつも一緒に生活している人間にとっては興味深く面白い本だった。
この本の前書きを書いているのは、私の大好きなジェーン・グードルさん。
グードルさんはチンパンジー観察で有名な動物行動学者だが、長年チンパンジーを見てきて彼らにははっきりと人間と同じ情動があると断言している。
長く群れを留守にして帰ったチンバンジーは仲間にキスしたりハグして再開を喜びあうし、母方の兄弟姉妹とは一生強い絆を持つという。

我が家の18歳になる猫のハッチにだって情動はある。
失敗を見られると恥ずかしがったり、ご飯が欲しくてもぐっすり眠っている私たちを気がねして起こさなかったり、起こしてもそっと起こしたり(起きないとだんだん強く顔を叩く)、彼女なりの感情があることに疑いはない。
猫や犬はどんなに乱暴なことをされてもそれが小さな子供なら、じっと我慢をしているが、これも彼らなりになにかを感じているのだと思う。
動物だけでなく、「動」はなくても「情」なら植物にさえあるのではないだろうか。
花を愛する人の手入れに、花はちゃんと答えてくれる。

海のダイバーをフカから守るイルカたち。
仲間の死を悼む象たち。
重い病気になったラットが自殺願望から猫の前に身を投じようとする衝動が、人間の抗うつ剤を与えると消えること。
こうしたことは動物の情動を示しているのではないだろうか。
人間が考えているよりずっと動物たちはさまざまなことを感じ考え行動しているのだと思う。
ただそれを言語化できないだけだ。
この本を読むとそんな動物たちがますます愛おしくなる。

これは少し違う話になるかもしれないが、最近送られてきた田中優氏のメルマガに、元レースクィーンでタレントの岡本夏生のブログが載っていた。
彼女について多くは知らないのだが、こういう考えを持つ人かとうれしくなった。
彼女は旅行先のフィレンツェを歩いているとき、一軒のペットショップを見つけた。
中を見るとなにか様子が違う。動物たちは動いていない。
よく見るとケージの中はすべて「ぬいぐるみ」だったそうだ。
ヨーロッパでは動物愛護のためにペットショップのケージに生体動物を展示することを禁止する国が多くなっている。
ペットショップそのものをなくす運動も盛んだ。
岡本さんは、狭いケージに入れられ餌もトイレも同じスペースに置かれ、ろくに運動をさせない日本のペットショップを悲しみ怒っている。
ある統計によると、ペットショップで動物を買う5人に1人が里親になるならば、日本の動物の殺処分はなくなるそうだ。
私はペットショップが嫌いだ。
ペットショップで動物を買うひとが嫌いだ。
私の周囲の友人たちは、殺処分される寸前の犬を飼っている。なかには7匹も飼っている夫婦がいる。その犬たちのために庭にドッグランを造るための芝を張ろうとしている。この2月の大雪の時には犬のおしっこをさせるための雪掻きがそれは大変だったそうだが、そんなことをとてもうれしそうな顔で話す。
流行遅れだと飼っていたハスキー犬を捨てて、ゴールデンレトリバーを買ったヤカラが何人もいたそうだが、そういう人間にこの本を読ませたい。
posted by 北杜の星 at 08:08| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする