2014年03月16日

向笠千恵子「米ぢから八十八話」

外国に居るときには一ヶ月米を食べなくても平気なのに、自分の家では3日も米なし生活をすると「白い熱々のご飯が食べたい!」となる。
そんなときにはたくさんのおかずは不要で、ご飯のお供とお味噌汁で充分だ。
歳をとった最近ではだんだんと「朝ご飯」のような食卓が好きになってきているが、しみじみと美味しいと思う。
つい最近、友人が「雪見舞い」に新潟の加島屋製品あれこれを送ってくれたけど、ああいうのは白いご飯には何よりうれしい。
この本の著者、向笠千恵子さんも大のお米党だそうで、「ご飯文化研究」をしている人だ。
その彼女が米にちなんで「八十八」にわたる米の美味しい食べ方を紹介している。

「おむすび」から始まって「なれずし」「すし」「丼」「おこわ」「混ぜご飯」「粥・雑炊」「茶漬け・汁かけ飯」「おなじみライス」など、それらが食べられる美味しいところを併せて書いてある。
食事だけの米ではなく、おられやおかき、団子などの菓子類や調味料もある。
米からできる酒はないが、まぁ酒は酒のカテゴラリーで書く必要があるだろう。もっとも向笠さんはお酒が呑めないそうだが。

「おむすび」は青森県弘前の「森のイスキア」で佐藤初女さんのおむすびを食べている。
いいなぁ、いつか一度初女さんのおむすびを食べたいと願いながらいまだ果たせないでいるが、彼女の握るおむすびは米が美味しいからとか海苔が美味しいからとかいうものではない。
初女さんの心がご飯と一緒に握られているからこそ、ああして多くの人たちを癒すのだと思う。
初女さんのおむすびは大きくまん丸でふうわりしているそうだ。
でも私はどちらかというとしっかり握ったおむすびが好き。
それにご飯が見えなくなるように海苔をびっしりと巻きタドンのようにする。
海苔をパリパリで食べるために、海苔を別にし、食べるときに巻くというよりは、しっとりとした海苔がご飯に巻きついているほうがいい。
そう、遠足でつくってもらったようなおむすびが好きだ。

「汁かけ飯」のところで向笠さんは名古屋の「鯛めし楼」の鯛茶漬けがイチオシと書いている。
食べたいなぁ、鯛茶漬け、夫も私も大好物なのだ。
私たちのお気に入りはなんといっても銀座の「竹葉亭」。本来は鰻の店なのだが私たちはいつも鯛茶と決めている。池波正太郎の好物でもあったようだ。
あれより美味しいのだろうか。
島根県の大根島の「蟹の汁かけ飯」も旨そう。
これは松葉ガニのシーズンじゃないとたべられないもので、記事を見ると松江の「皆美館」の鯛茶漬けと具がよく似ているようだ。
我が家ではお客様のときに、最後のご飯を「汁かけ飯」にすることが時々ある。
お酒の後の水分補給にいいからだ。
毎年初夏になると瀬戸内の「鯛の浜焼き」をドーンと一匹持って来て頂くので、丁寧にほぐして鯛茶漬けにするのがここのところの恒例になっている。
汁かけ飯もお米が美味しくなくてはいけない料理だ。

「おこわ」は蒸し器でつくったことがなくて、いつも炊飯器で炊きおこわにする。
この近くにお赤飯をちゃんと蒸籠で蒸して作る友人がいて、さすがにもっちりとして美味しい。
赤飯好きの夫にとってはたまらないご飯で、黒切りゴマ塩があれば満足、他におかずはいらないと言う。
私はもち米は好きなのだが、「おこわ」に入れる小豆や栗が苦手なので、それらがない「おこわ」ならさぞ美味しいだろうと思うのだが、そういうものでもないのでしょうね。

最後「八十八」章目は「無洗米」についてで、「無洗米」から米の未来を考える」というもの。
じつは無洗米は私の懸念材料の一つなのである。
米の研ぎ汁が環境に悪いとか言われると、そうかなと思うが、でも日本人は古来よりずっと米を研いでご飯を炊いてきた。
私の場合で言うと、米を研ぎながら食事の段取りを考えるので、米を研ぐのは料理のプロセスの一部となっている。
まぁ最近の米は無洗米でなくてもすぐにきれいになるけれど。
でも災害時に水が貴重となれば、無洗米のほうが便利だよね。
無洗米は不味いという人は多いが、味はどうなのだろうか?
米を研ぐのと出汁をひくのは、私にとってゆるがせない料理の基本なんだけどなぁ。

お菓子について紹介する時間がなくなったけど、美味しそうなもの、たくさんです。
本のうしろには「お取り寄せ」の案内があるのも便利。
朝はパン、昼はパスタ、ご飯は夜だけだけど、米がなくては生きてゆけません。

2週間前からぼつぼつ出始めた蕗の薹。今が盛りとなりました。
我が家の下の畑にいっぱい。といっても目の悪い私には見つけられないので、夫が採りに行ってくれます。
今日はそのかわいい蕗の薹と、その天ぷらの写真です。
蕗の薹味噌も作りました。これはご飯にとってもよく合って、ついお替りしたくなるほど。
「米ぢから」が付きすぎて困ります。

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2014年03月10日

三山喬「ホームレス歌人のいた冬」

リーマン・ショックで日比谷公園に「派遣村」ができた2008年のあの冬、一人のホームレスが朝日新聞の朝日歌壇に投稿した歌が読者の目をひいた。
彼の投稿はその後9カ月続き、「公田耕一」はホームレス歌人として有名になった。
その間なんどか新聞紙上で担当記者は彼に姿を現すようにとの記事を書いたが、彼からの返事はなかった。
まるで江戸時代の浮世絵師写楽のように、彗星のように現れ消えていった公田公耕一とは誰なのか?
この本の著者である三山喬は公田の実像を追うルポルタージュを書くべく、横浜寿町に潜入した。

(柔らかい時計)を持ちて炊き出しのカレーの列に二時間並ぶ

美しき星空の下眠りゆくグレコの唄を聴くは幻

「柔らかい時計」とは画家サルバトーレ・ダリの絵のモチーフだし、「美しき星空」というのはプレヴェールの詩のシャンソンだ。
これは公田耕一氏がかなりの教養の持ち主ということの証左ではないだろうか。

三山喬は段ボール・ハウスで凍てつく真冬の夜を過ごしてみた。
一夜とはいえ、また明日は帰る部屋があるとはいえ、それを体験したことはホームレスを理解するうえで貴重な体験だったと思う。
それ以降ずっと寿町の福祉施設や援助団体やホームレスの人たちに公田氏のことを訊いて回ったが、成果はなかった。
ただ一人、公田に連絡を取ろうとした人のもとに「クンダです。」と電話があったことだけが、彼に繋がる細い糸だったが、それきりだった。
著者は公田を取材するうちに、高学歴のホームレスや同じように歌を詠むホームレスと知り合うのだが、しだいに公田耕一その人が見つからなくてもそれはそれで仕方がないと受け止めるようになった。
そしてホームレスがもしかすると明日の我が身かもしれないと、他人事とは思えなくなってゆく。

著者は東京大学を卒業後朝日新聞の記者となったが退職し、南米ペルーでフリー・ジャーナリストとして長く仕事をしてきた。
帰国後の日本は不景気で、廃刊となる雑誌が増え、仕事の場を失いつつあり、50歳を過ぎての転職の困難を考えると将来の不安がある。
だから貧困が他人事ではなかったのだ。
南米でも貧困は多かった。大きなスラム街がたくさんあった。
しかし南米のスラム街には女性や子供の笑い声が聞こえた。
寿町には老いた男ばかりだ。しかも彼らには家庭も友人もなく、まったく社会と切り離された絶望しかない。

このなかで心が冷えた記述があった。
ある施設から一群の人たちが出てきて、わきに停まるワゴン車の前に列を作ったそうだ。
ワゴン車はホームレスの人たちに一袋のパンを配っていた。
キリスト教の説教を聞いた後で配られる一袋のパン。
「慈善」行為かもしれないが、これは「無償の愛」ではないような気がするのだけど。。

説教を引き換へに配るパンならば生きる為には説教を聞く

パンのみで生きるにあらず配給のパンのみみにて一日生きる

ホームレス歌人公田耕一の歌を見た人は、それぞれの公田耕一像を持つことだろう。
それが彼の実像に近いものか遠いものかは、もはや問題ではない。
どんな境遇にあろうとも、自分を表現する方法をもつ人間の貴さと力は、「虚無の海に溺れ」ることはないはずだ。
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2014年03月06日

森絵都「漁師の愛人」

5編が収められた短編集。
そのうち3篇は「プリン三部作」とでも呼べばいいのか、男の子とプリンのお話だ。
この3作、なんともおかしい。
プリンという甘いお菓子が、怒りのもととなっていて、幼かったり若かったりする男の子にとっての怒りの持って行きどころが、妙に納得できる。

とくに「ア・ラ・モード」での男の子。
デートに出かけるのだが、最初からなにやら腹が立っている様子だ。
ここならあるだろうと、昔風の喫茶店に入ったものの、お目当てのプリン・ア・ラ・モードはプリンが無くてア・ラ・モードしかできないと言われる。
彼の怒りは頂点に達し、その怒りは女の子のブラトップにまで八つ当たり。
こうした怒りは言語化できないからこそ内にたまって、理不尽な言動に出るのだろうが、なんか、かわいいんだよね。

表題の「漁師の愛人」は、以前音楽プロデューサーだった男が故郷の港町に帰って漁師になる。
彼はかねてよりの不倫の相手を伴ってその港町に住んでいる。
漁師になtってシンプルにワイルドになった男。
周囲の女連中からは「二号丸」と呼ばれ白い目で見られ、話もしてもらえない女。
「愛人」というのは、自分の妻という砦を侵す敵なのである。

彼女の職業がユニークだ。
採譜といって、楽曲から音を拾って楽譜におとす仕事だ。
集中して聴く音、遠くの波の音、心をざわつかせる女たちの発する音・・
彼女のなかで音が積もってゆくと同時に、やりきれなさも積ってゆく。
男が変わるようには自分が変われない彼女の不安がせつない。

それにしてもこの港町の女たちの露骨なこと。
「愛人」を憎むのはわかるとしても、これほど直接的に憎しみをむき出しにできるものなのか。
女を憎むのなら男をも憎めばよいものを、彼女たちはそうはしない。
そんな故郷の環境に無頓着に住める男の無神経さ。
何も解決しようとしない男のずるさ。
愛人によりかかり、妻にもよりかかろうとする男の甘え。

それでも紗江はこの港町に住み続けるのでしょうね、男とともに。。
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2014年02月24日

松井恒夫「オリーブの健康世界」

「地中海型食生活をささえる驚異のひとしずく」の副題のこの本の著者は、これまで3万件以上の大腸内視鏡検査の実績をもつ内科医だ。
腸の専門医としてオリーブ(オイル)がいかに健康に効果があるかを、オリーブの樹の歴史から始めて詳しく説明している。

オリーブの樹は地中海地方では聖なる樹として古代から大切に栽培されてきた。
世界最多の生産量はスペイン、それからイタリア、ギリシャと続き、ぐっと離れてチュニジアやトルコなど。
種類は1千を超すそうだが、それぞれの土地の風土に合うものが栽培されている。
例えばイタリア南部プーリアでは苦みや辛みの強い「コラティナ」、中部トスカーナでは「フラントーイオ」や「モライオーロ」など。南スペインのアンダルシアでは「オヒブランカ」など。
それぞれ味、香、濃さなどに特色がある。

なぜオリーブオイルが健康に良いのか?
動物性脂肪や乳製品には飽和脂肪酸が多く含まれる。これは肝臓内でコレステロールや中性脂肪の合成を進ませて、心筋梗塞や脳梗塞の原因となる。
いっぽうオリーブオイルはHDL(善玉)コレステロールは低下させずに、LDL(悪玉)コレステロールのみを低下させる。
さらに活性酸素の作用を抑え、動脈硬化を予防するのだ。
「活性酸素の一つの状態であるフリーラジカルが関与する病気や病態、つまりは老化現象、肝臓病、慢性関節リウマチ、アテローム性動脈硬化、糖尿病、悪性腫瘍などが予防できる」そうだ。

オリーブオイルって痛みに効く。これは私の実感で、加齢現象なのか、手の親指の骨が突起して痛んでいたのだが、毎晩オリーブオイルを塗ってマッサージしていたら、ずいぶん痛みが軽減した。オリーブオイルは骨にまで浸透するのだ)
アンチエイジングにも効果があるというが、うーん、これは私の場合はどうだろう?年齢なりの姿かたちだと思うのだけど。。でも夫も私もコレステロールも血圧も正常値で、メタボではないからちょっとは効果があるのかな?
大腸の専門医としてオリーブオイルは大腸がんの予防もすると著者は言う。

「フランス料理」「メキシコ料理」「和食」など同じく「地中海型料理」もユネスコの無形文化財世界遺産に指定された。
もちろん地中海型食生活はオリーブオイルだけで成り立っているのではない。
北ヨーロッパに比べると新鮮野菜や果物の摂取量が多いこともあると思う。
ストレスをためない大らかな国民性も影響しているかもしれない。

我が家はオリーブオイルの消費が多いので、いつも5L缶で買っている。
コールド・プレスの無濾過のもので、まさしくオリーブの実のジュースという感じ。びりっと強い刺激が気に入っている。
無濾過なので缶の最後に澱がたまるのが難点と言えば難点だ。

ただオリーブオイルは上質なものを選ぶ必要がある。
最近ではEXヴァージン・オリーブオイルの偽装が多くなっているらしいから、あまりに安いものは避けたほうがいい。
イタリアでも質の良いオイルは高価だ。
イタリア人のオリーブオイルの使う量はかなりのもので、日本人はなかなかあそこまでの量を使うには勇気がいる。
イタリア在住経験のある夫は「もっと使って」と言うが、私はどこかセーブがかかってしまう。

この本には思いがけないオリーブオイルの使い方があって、試してみようかと思う。
お白湯にオリーブオイルを垂らして飲むと、お腹のなかで保温効果が高くなり体が温まるらしい。
またココアにオイルを入れて飲むと、相乗効果でいつまでも体がぽかぽかするそうだ。
体が冷えたときにオイル、便秘のときにもオイル。
オリーブオイルは女性にとっての「驚異のひとしずく」だ。
posted by 北杜の星 at 07:59| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月23日

町田康「猫のよびごえ」

町田康の待ちに待った「猫シリーズ」。
最近町田家では犬も飼うようになって、スピンクなどの「犬もの」もあるけれど、やはり猫でしょと猫好きの私は言いたい。
猫たちのために東京から熱海に引っ越してはや7年。
その間、町田家は大改装をしたりいろいろあった。それもすべて猫のため。
猫エイズにかかった病気の猫は他の元気な猫から隔離する必要があるからだ。
いったい、町田家には何匹の猫がいるのか知りたい人は、これを読んで数えてください。

熱海といえば熱海の海岸。
小説を書かなくちゃいけないのはわかっているけど、熱海の海岸を散歩したい。
散歩していると猫がいる。
それも人懐っこいかわいい猫だ。普通の人ならこんな人懐こい猫はニンゲンから可愛がられると思うかもしれないが、こういう猫がじつは酷い目に会うのだ。
警戒しなくて誰にでも近づくから。
町田さんはそれを危惧して猫を家に連れて帰った。海岸で拾ったから「ビーチ」と名付けた。

でも猫同士の相性があるんですね。
とくに猫は新参者を受け入れない性格を持つ。犬と違って群れで暮らさないため、独立独歩を好むのだ。
牽制したり、猫パンチをくりだしたり、ビーチが町田さんに甘えると怒ったり・・
エル、パンク、シャンティー、奈々は面白くない。
だけどビーチが終わりじゃなかった。
ネムリキョーシローとトナもやって来た。
そのうえ我慢ならないことには、「うざい」犬までやって来た。

いつものように写真がたくさん載っている。
町田さんと奥さんの敦子さんの撮ったものだ。カメラ目線ですごくかわいい。
それぞれの個性が出ていて、それが顔に表れている。

けれど猫はニンゲンより命が短い。
とくに町田家に来る猫は苦労した猫が多いので、10歳足らずで別れがやってくることがある。
生活というものはいつも変化している。変化しながら時間が過ぎて行っている。
だからこそ「いま」を書いておきたい、いま居る猫たちを書いておきたいし写真を撮っておきたい。
この本にはそんな町田康のやさしさがジンジンと伝わってくる。
これから先もずっと「猫シリーズ」を読みたいけれど、町田家の猫がどれだけ増えるのか、少々心配でもある。
だって猫の必要経費ってゴハン、猫砂、病院代など大変そうなんだもの。
それに加えて彼らはしょっちゅう、値の張る茶碗などを「わざと」壊すのだ。風呂の排水口にモノを投げ込むいたずら好きもいる。
猫たちのためにしっかり小説を書いて稼いで、楽しみにしている晩酌が続けられることを祈ってます。
posted by 北杜の星 at 07:43| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月21日

宮下奈都「終わらない歌」

「よろこびの歌」の続編。
読者の要望に答えて書かれたこの小説には「よろこびの歌」の主人公たちのその後が描かれている。
その後、といっても3年後。
「その後を書くにはちょっと早いんじゃない?」と思わぬでもなかったが、読んでみるととてもよかった。
そこには少女から大人へ変わろうとする女性たちの日々がある。
「よろこびの歌」より「終わらない歌」のほうが、私は好きだった。
一つには、宮下奈都が小説書きとして一段と成長しているという理由があると思う。
主人公たちの3年よりも、宮下奈都に流れた数年間のほうがより意味深いものだったかもしれない。

彼女たちは20歳になった。
玲は念願の音楽大学声楽科の学生になった。
けれど自分の歌に自信が持てなくて、歌を歌うよろこびさえも失っている。
いっぽう千夏はうどん屋の実家を出て一人暮らしとなり、ミュージカル女優を目指して日夜歌にダンスに一生懸命。オーディションに落ちることを繰り返しながら、いつかステージの真ん中に立つことを夢見ている。

「よろこびの歌」には出ていなかった女性もここには登場する。
以前の主人公たちを単にトレースするのではなく、この新たな登場人物たちがいるために物語が新鮮になっていて、ここらあたりも宮下奈都は巧いと思う。

前作と同じようにここでもさまざまな歌が使われているのだが、歌に引っ張られるように20歳の彼女たちが生きていく様子に胸を打たれる。
讃美歌「シオンの娘」、歌曲カルメンより「ハバネラ」、「Three Dog Nightsの「Joy to the world」、ザ・ハイロウズ「バームクーヘン」(これは「よろこびの歌」にも出ていた)、それから宮下奈都が大のファンだというザ・ブルーハーツの歌が4曲、それぞれの章のタイトルになっている。

今回もまたまた知らなかったブルーハーツをYou Tubesで聴いてみた。
「人にやさしく」の歌詞の「頑張れ」には、なにか鼓舞されるものがあった。
でも私が最も好きだったのは合唱曲の「Cosmos」だ。
東京生まれの東京育ちの東条あやは短大卒業後に、縁のない、一度旅行で訪れただけの北陸の小さな町に就職を決めて住み始めるのだが、そのきっかけとなったのが「Cosmos」。
   光の声が 天高くきこえる
   君も星だよ みんなみんな
という歌をYou Tube で聴いていると、いつまでもずっと聴いていたくなる。
私たちは遠い宇宙からの星屑と思っている私にはこの混声合唱歌、よかったなぁ。
私は知らなかったけれど、この歌あんがい知られているのかも。ご存じない方はちょっと、聴いてみてください。
この連作短編の中でも、東条あやの章が一番好きでした。
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2014年01月16日

宮下奈都「よろこびの歌」

先日、宮下奈都の初エッセイ集「はじめからその話をすればよかった」を読み、ますますの宮下ファンになった私だが、その本の中に自作について書かれている章があって、「主人公たちのその後を書いてほしい」との要望がもっとも強いのが「よろこびの歌」とあった。
そういえば私は「よろこびの歌」は読んでいない。
どうして読んでいないかというと、高校生が主人公だからだ。
この年齢になると高校生に感情移入するってむつかしい。
でもみんなが続編を望むほどの主人公たちってどんな女の子たちなんだろう、彼女たちに会いたいものだと思った。

有名なヴァイオリニストを母にもつ御木元玲は受かると疑わなかった音楽大付属高校の受験に失敗し、新設高校へ進学することになった。
屈辱感と挫折感から周囲と溶け込もうとしない彼女は突然、校内合唱コンクールの指揮者に推薦された。
やる気のないクラスメートとの練習は思いにまかせず、結果は惨憺たるものだった。
しかしその時歌った歌は彼女たちの間で復活し、今度は三年生を送る卒業式の時に歌われることに。。

玲だけが主人公ではない。
彼女のクラスの数人の女の子たちがそれぞれの章の語り部となっている。
それでも玲は特別だ。みんなが彼女の孤高なまでの存在感を特別視している。
高校生であってもみんなそれぞれの悩みや苦しみを抱えている。
それは大人からすれば幼い悩みかもしれないが、まだ人生のとば口にいる人間にとっては大きな問題だ。
思春期の自意識の強さがそれに追い打ちをかける。

好きだったのは「サンダーロード 牧野史香」の章。
史香は小さな頃から「見える」子だった。
他の人が見えない人間が「見える」。
だが「見える」ことが彼女を孤独にしていた。
そのことを特殊能力とは思えなかったし、そのことを誰に話していいのか、誰に話してはいけないのかがわからなかった。
彼女が新設高校を選んだのは、新しい学校だと御「見える」ものが少ないだろうからという理由からだ。
以前修学旅行で京都に行ったときに彼女はあまりに「見えて」、倒れてしまったことがあったのだ。
そんな史香にごく自然に接してくれる男の子が現れた。

「かつて高校生だった大人にぜひ読んでもらいたい一冊」と帯文にある。
数十年前のあの頃のことは忘れたわけではないけれど、顔を覆って思い出したくないことだってたくさんある。
あの頃に戻してあげようと言われても、御免蒙りたいような・・

この本の各章は「よろこびの歌」「カレーうどん」「NO.1」「サンダーロード」「バームクーヘン」「夏なんだな」「千年メダル」というタイトルがついている。
すべてハイロウズの歌だ。
ハイロウズの名前は知っているが歌を知らなかったので、You Tubeで聴いてみた。
ストレートな歌声だった。
宮下奈都はこの真っすぐさが好きなんだろうなと思った。
posted by 北杜の星 at 07:19| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月08日

宮下奈都「はじめからその話をすればよかった」

作家のエッセイを読むのはその作家の作品が好きで、作家の人となりを知りたいと思うからだろう。
これは宮下奈都の初エッセイ集だ。
これまで幾冊かの彼女の小説は読んできたが、そういえば彼女自身のことは北陸生まれという以外ほとんど何も知らなかった。
・・読んでみて驚いた。
なんというかうまく言語化できないのだけれど、このひと、ただものではない。
いつも片隅の惑う人たちを描いているが、彼女自身はなにかすごい人だ。

彼女が小説を書き始めたのは三十七歳の時。
三歳と一歳の二人の男の子を育て、お腹に三人目を宿している時だった。
それは「ホルモンのせい」としか言いようがないくらい唐突な衝動だった。
とんでもなく手がかかる育児にこの上もう一人増えたらこのままでは「私の人生は育児に薙ぎ倒されてしまう」と感じたからだ。

このエッセイには三人の子供の育児、彼女の一目惚れで結婚した夫のこと(初めて会った頃の彼は、ヘルムート・バーガーかルトガー・ハウアーに似ていた!)など「日々、つれづれ」が書かれている。
先に読んだ私の夫はときおり大笑いしながら読んでいた。
そういえば以前彼は「太陽のパスタ、豆のスープ」を読んだ時もずいぶんと笑っていたものだが、彼と宮下奈都のユーモア感覚には共通性があるのかもしれない。
笑いを取ろうとしているのではないのだけれど、なんか笑えるんです。

これまでの自作品の解説がしてあるのが興味深い。
私は宮下作品はどれも好きだがなかでも「田舎の紳士服店のモデルの妻」と「窓の向こうのガーシュウィン」がとりわけ好きなのだが、この二作は彼女自身も思い入れが強いようだ。
「田舎なの・・」は読者の好き嫌いが分かれる小説だそうで、いつも彼女の作品を読む彼女の夫がこれは途中で返してきたという。
「ハッチのライブラリー」で私がどんな記事を書いたか忘れたので、検索して読み直してみたら高く評価していて、作者の意図を外さす読んでいたことにホッとした。
作家の好きなものと読者の好きなものは必ずしも一致しないそうだが、そうだろうなとも思う。

他の作家の書評もたくさんある。
瀬尾まいこ、小路幸也、島本理生、ケストナー、辻村深月、中脇初枝などなど。
とても平易に感想が述べられている。

宮下奈都は上智大学哲学科を卒業している。
しかしこのエッセイには、アタマで考えただけのことは全然書かれていない。
彼女が実際に経験しながら通ってきたことが、正直に語られている。
逃げないで誠実に、しっかりと地に足を付けて暮らしてきた人の記録でもある。
だから涙が出そうなくらい、この本が素敵なのだ。
本当に宮下奈都という人は、底の深いひとだ。

このなかでハッとしたこと。
彼女は「ささやかな幸せ」という言葉が好きでないそうだ。
幸せはどんな幸せでもけっして「ささやか」なんかではなく、大きなものなのだと。
そう、まったくそうだ。

それから清水真砂子の「青春の終わった日、ひとつの自伝」の書評の文章。
「豊かな人生というのがどういう人生を指すのか、ひとことで語るのはむずかしい。たとえば、貧しくとも家族揃って仲良く楽しく暮らすことができれば豊かだろうか。終生ひとりであっても、本に囲まれ音楽を聴いて生きていけるならそれで豊かなのか。うん、そうだろう、と思う。でも、それだけでもないだろう、とも思う。いろんな豊かさがある。豊かさには深さと広さがある。」
そう、これもまったくそうだ。
短絡的に、逆説的に決めてしまうには、人生の豊かさはたしかに、深く広い。

宮下さん、お風呂にはちゃんと入って温まってくださいね。
いまお住まいの北海道は冷えますから。
posted by 北杜の星 at 07:59| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月21日

本谷有希子「自分を好きになる方法」

初期作品と比べるとかなりわかりやすい人物設定と構成になっている。
これまでの彼女の作品は瞬発力全開という感じだったが、これには持続力を感じる。
主人公も今までのようにエキセントリックではない。
それでもこれはれっきとした本谷有希子で、不穏な空気が流れていることに変わりはない。

主人公はリンデという女性。彼女の名前はシューベルトの菩提樹(リンデンバウム)から付けられた。
そのリンデの16歳、28歳、34歳、47歳、3歳、63歳のある一日を切り取って描かれている小説だが、特別なことが起こるわけではない。
ただそれら異なる年齢のリンデをどう理解するか。
彼女が欲するもの、願うこと、求めるひと。
そこにはいつも同じリンデがいるわけではない。
神経質な恋人(後に夫となり、もっと後には離婚する)を前にする28歳と34歳のリンデと、影の薄いヤモメの男性を前にするリンデは同じ人物とは思えないほど違っている。

人間はいつも同じではない。対峙する相手によって、自分は微妙に変化するものだ。
リンデは自分が自分らしくいられる相手をいつも探している。
そういう相手が見つかったときに初めて「自分を好きなる」ことができるのかもしれない。

どの年齢のリンデが好きか?理解できるか?
それは読み手によって異なると思う。
私は16歳のリンを一番身近に感じた。
おとなしい女子の3人グループにいるリンデは、いつもどこか違和感を持っていたが、賑やかなグループの女の子からお弁当を一緒に食べようと誘われてみて、はっきりとおとなしいグループが自分の好きなタイプでないと気付く。彼女たちに気を使い続ける自分を自分でも持て余している。
それは相手を傷つけたくないからではないのだが、その微妙な心理のニュアンスがおもしろい。
ただ3歳の幼稚園でのお昼寝タイムのリンデと63歳のリンデにはどこか共通項があるような。。
自我そのもの、その人の「地」が透けて見える。
63歳のリンデは、これまでの本谷作品の主人公がそのまま歳を取ったみたいだ。

だんだんと読みやすくなる本谷有希子。
でも私はエキセントリックな主人公も好きなのだけど。
posted by 北杜の星 at 07:14| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月15日

松家仁之「沈むフランシス」

この作家のものならこれから出版されるすべての作品を読みたいと、第一作「火山のふもとで」を読んだすぐ後に思った。
それくらい「火山のふもと」には心魅せられた。
長く編集者として仕事をしてきたとはいえ、初めての小説とは思えないほどの完成度の高さと、センスの良さにとにかく陶然となった。
そして「火山のふもとで」を友人たちにぜひ読むようにと奨めたのだが、みんな口をそろえて「素敵だった」「すごい美意識」とか、なかには「私に双子の弟がいたとして、その弟が書いたとしか思えないほどなにもかもが私の感性だった」という人までいて、とてもうれしかった。

その松家仁之の待ちに待った第二作が「沈むフランシス」。
すでにいろんなところでの書評がでているが、前作に劣らず素晴らしい評価のようだ。
「沈むフランシス」というタイトルの不思議さに興味と期待感は増すばかり。

東京で商社の総合職として働いてきた30代のけい子は一緒に暮らしてきた男性と別れ、北海道道東の小さな村の郵便局の非正規雇用職員となり、郵便の仕分けや配達を担当している。
彼女は中学生の時の3年間を、父親の転勤に伴って村の隣町で暮らしたことがあった。
彼女が車で配達する先には目の見えない老女や、毎日郵便受けをのぞくのが面倒だから配達は週一度にしてくれと頼む男がいたりする。
いつも給油するガソリンスタンドの男は桂子に関心を持つからか、うっとうしい存在だ。
そんな彼女の配達先の一つに、川のそばの一軒家があった。
そこには桂子とほぼ同年代の和彦が一人住んでいた。
家の隣の建物にはタービンが設置されていて、村への電気供給のための小さな水力発電所となっていて、和彦はその管理をしているのだった。

桂子と和彦との恋愛小説である。
しかし桂子や和彦だけが主人公ではない。
むしろ彼らはわき役で、本当の主人公はこの北海道の自然なのではないだろうか。
作者は桂子たちを描きたかったのではなく、この自然の、風、光、川の流れ、音、雪こそを描きたかったのではないか。
「火山のふもと」においても北軽井沢の木々をわたる風を感じたが、この中編では自然がより強く表に出ている。

ここでは二人の性愛も、厳冬の雪も、激しい風雨も、濁流となった川も、すべてが静かで美しい。
「沈むフランシス」が元通りになるかどうかはわからないけれど、桂子と和彦にはほのかな希望が見えるようだ。
「火山のふもとで」では建築、車、バイクなど随所に作者のテイストが表れていたが、今回も「音」や料理の数々にそれが感じられて、あぁいろんなことにいい意味のこだわりを持つ人なんだなと思った。

水力発電のことを和彦が桂子に説明する箇所では、池澤夏樹のことを思い浮かべた。
池澤は自然エネルギーの風力発電を小説の中でときどき出していて、同じように説明するのだがその説明の仕方は、けっして高目線ではないのだけれど、どこか啓蒙的で教え諭す熱意ある雰囲気。
それに比べると松家仁之の説明はそういう感じはなくて、ただ淡々と事実を述べているふうだ。
同じ自然エネルギーを扱っているのにこのようなニュアンスの違いがあるのは、たんに小説上の問題ではなく作家の個性というものだろう。
私が住んでいる近くにも、小さな川の流れを使ってタービンを回し、自家用の水力発電をしているところがある。
日本には川が、それも流れの急な川が多いのだから、小水力発電には向いていると思う。
大きな装置を考えるだけでなく、家庭用太陽光発電のように、小水力発電も視野に入れて自然エネルギーを考えてもいい。
原子力発電なんか要らない。
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2013年10月26日

森眞理「レッジョ・エミリアからのおくりもの」

これは幼児教育の本。
子供がいなくて孫もいなくて、たいした子供好きというわけではない私がなぜこの本を手に取ったか。
私には数人の幼児教育に関わる友人知人がいるのだが、彼女たちの経営する幼児教室というのはいわゆる「お受験」のためのもの。
かねてより私はそういうのって本当の幼児教育というものだろうかと疑問に感じていた。
彼女たちはおそらくシュタイナー教育やイタリアの女性医師第一号であるマリア・モンテッソーリなどの理論を学んだのだと思うが、まるで勉強したことを忘れてしまったかのような「教育」なのである。
ライブラリーでこの本をぱらぱら見るとどうやら彼女たちとはまったく違うスタンスで、幼児教育を考える本だということがわかった。

レッジョ・エミリアはイタリア北部のエミリア・ロマーナ州にある小さな街だ。
エミリア・ロマーナは食の宝庫で、パルマは生ハムとパルミジャーノ・チーズが全世界に知れ渡っているし、モデーナはバルサミコ酢で有名なところ。
州都のボローニャはボローニャ・ソーセージやパスタのボロネーゼがこれまた有名だ。
でも食だけではない。ボローニャ大学はヨーロッパ最古の大学として現在でも「大学の原点」とされているところだ。
つまり、エミリア・ロマーナ州は「教育州」なのである。

レッジョで幼児教育が重要視されたのは、第二次世界大戦で敗戦国となり、その復興のためだった。
復興のためには教育が必要と女性たちが立ち上がった。
それにレッジョには一人の教育理論および実践者がいたことも大きい。
彼の書いた詩からは、彼が子供たちの無限の可能性を信じていたことがうかがえる。

0歳から3歳までの乳児、3歳から6歳までの幼児教育をどうするか。
さらにはそれ以上の年齢の子供たちにどうつなげるか。
その教育はいつも「子供たちが真ん中にいる」ものだ。
教育には「場」も大切で、レッジョでは幼児教育の現場の建物がユニーク。
教室には普通の家にあるソファや椅子が置いてあったりして、子供たちがリラックスできる空間となっている。
その空間から科学や芸術に向かう創造性が生まれているという。

いまレッジョ・エミリアの幼児教育理念は世界中に広がりをみせている。
この本には日本での幼児教育関係者の対談が載っているが、彼らの話しには私の友人たちの「お受験」とはまったく異なるヴィジョンがある。
人生の価値をどこに置くか、それをどう伸ばすかのそもそものスタート・ラインが違っていて、私はこっちのほうに全面賛成だ。

幼児教育というか幼稚園にあるモノに対して、私はこれまでもずっと「なんだかなぁ」と思ってきたことがある。
それは幼稚園にある設置物が象さんとかパンダさんとか、なんとも幼稚なものだからだ。
幼稚園だから幼稚でいいはずはないと思う。
わけがわからなくとも、もっとセンスあるオブジェなどのアート作品があれば、幼い時には理解できなくても大きくなって思い出すときに、きっと豊かな原風景として心に浮かぶのではないかと考えるからだ。
イサム・ノグチや草間彌生のような作品があれば面白いだろうに。
もちろんそんな有名なアーティスト作品でなくてもいい。とにかく柔軟な心と脳に響くモノを置いてほしい。
イタリアでは街がとても美しい。きっとレッジョの街も古くて美しいのだろう。
そういう環境で育つから、イタリア人はあんなにも美しいデザインを作り出すことができるのではないだろうか。
posted by 北杜の星 at 08:30| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月13日

群ようこ「働かないの」

「れんげ荘物語」第2弾。
といっても第一作を私は読んでいないので、主人公のキョウコとは今回が初対面だ。
一流企業の勤めを辞め、実家からも離れ、築ウン十年の古アパートに住み、月10万円の生活費で暮らすキョウコ。
彼女はアルバイトすらしていなくて、ただただ会社時代に貯めたお金を切り崩しながらの毎日を送っている。
もちろん贅沢はできない。
それでも食べ物は自然食品店で購入し、時には部屋にバラの花を飾ったり、ささやかな外での食事を楽しんだりしている。

小金を持つと、お店を開こうかしら?それとも小さな会社を興そうか?と計画する女性は多い。
でもキョウコはそうではない。
徹底して働かずに暮らす決意だ。
これが未来永劫続くかどうかは貯蓄高によるだろうが、どんなに高給取りでもOLが20年働いたくらいでは無理じゃないだろうか。
そのうち年金がもらえるようになるのかな。。

でも私、キョウコのようなこういう暮らしがけっして嫌いではない。
怠惰で多くを望まず、本を読めればそれで満足という私の性格を考えればある意味、キョウコの生活は理想的かもしれない。
月10万円で賄えるかどうかは別として。(だって家賃を含んでの10万円ですよ)。

全然働かないでいると、役所から問い合わせがくるものなの?
キョウコの元に役所から電話があり「働かないんですか」と職員から訊ねられているのだ。
住民税や社会保険料の徴収に困るのだろうか。
親の元に一緒に住んでいるのならともかくも、独立して長年所得がないというのは、役所にすると不可解なことなのだろう。
でもそんなの個人の自由、放って置いて欲しいよね。

静かに暮らすキョウコにも、いくつかの出来事は起こる。
アパートの空き部屋にモデルみたいな素敵な若い女性が越してきたのもその一つ。
これでアパートの住人は年配の女性と旅行ばかりしている女性とキョウコとこの女性の4人となった。
もう一つはある日入ったカフェで、趣味の集まりの女性たちを見かけたこと。
彼女たちの集まりを見て、自分に欠けているのは美しいものだと知り、キョウコは刺繍を始めることに。。

節約していると、どこからともなく救いの手が現れる。
刺繍の道具や糸や布を譲ってくれる人や、なにやかやと気にかけてくれる友人がいる。
実家の母との軋轢で家を出た彼女には、なによりの心温まる人とのお付き合いだ。

キョウコはこの生活を始めるに当たって、ある雑誌に載っていた収支パーセントモデルを参考にすることにしたのだが、これって案外役立つかもしれない。
使えるお金を100として、住は27%、食は17%、被服費3パーセント、交際費3パーセント・・
こういうのもっと前から知っていれば。。
今になってわかってもなぁ。遅きに逸します。
posted by 北杜の星 at 07:47| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月11日

幕内秀夫「粗食で10歳若返る」

粗食と言われてどんな食事を思い浮かべるだろうか?
禅寺で供されるような食事?
ひじきや切干大根や昆布と大豆の煮物などの昔からのお惣菜?
ベジタリアンのご飯?

だけどいつもこういう食卓ではなんだか楽しくない。
粗食を奨める幕内さんだってこの本で「おいしい、楽しい、体にいい食事術」を提案している。
玄米が体にいいからと無理して食べない。白米では健康に悪いかもという向きには、五分搗きご飯や雑穀入りのご飯でいいと言っている。
それだけではない。幕内さんはもっと寛大だ。ご飯はコンビニで買ってもいいし、おかずも上手に選んでスーパーなどで買えば大丈夫だと。
それなら一人暮らしの仕事帰りの人でも気楽で安全に食卓を整えられるはず。
(幕内さん、以前に比べるとかなり譲歩している。世相を考えるとあまりムツカシイことを言わない方が実践可能だものね。)

カタカナ食をやめること。
パン、パスタ、ラーメン、ハンバーグ、オムライス、カレーライス、サラダ・・
うーん、我が家のランチはほとんど毎日カタカナ食のパスタとサラダだなぁ。朝食はパンとミルクティとナッツだし。(夕食は完全和食だけど)。
これじゃぁ、いけないのか?
でももうずうーっと何十年もこれできているんだけど。。
一つ救いは、幕内さんの言う白いふかふかのパンではなくて、国内小麦と塩と天然酵母で薪釜で焼いた黒っぽいパンを食べてること。
幕内さんに言わせると、サラダは天ぷらなどの油ものと同じだそうだ。
これも、うーんだ。確かにサラダはオイルでトスして作るのだけど、上質なオリーブオイルは体の酸化を防ぐと私は信じているのだけどな。
じっさいに私たち夫婦のオリーブオイルの摂取量は日本人にしては多い方だと思うけど、コレステロール値も中性脂肪も体脂肪もまったく正常だし、太ってもいない。
これに関しては私は幕内さんの説には賛成しない。

もうひとつ、賛成できないことは彼が「餅はご飯にかわる常備食」と書いていることだ。
餅は昔から「ハレ」の食べ物だ。いつもいつも普通に食べるものではない。
餅を常食すると糖尿病になってしまうのではないか。
現在日本人が好きな米はコシヒカリのようなモチッと粘りの強いものだが、ある人たちに言わせるとそのコシヒカリ系だって毎日食べると糖尿病のリスクが高まるらしい。
ササニシキのようにさらっとあっさりした米には糖質が少ないそうだ。
国民病といわれる糖尿病に気をつけるには、餅を常食しないほうがいいのではないだろうか?

日本人が昔から食べてきた食事。
米、味噌汁、焼き魚、海草・・
海草といえば、海草を消化できる酵素を持っているのは日本人だけだとか。
長年、海草を食べて暮らしてきた民族ならではの体に私たちはなっているのだろう。
昔から4キロ四方で採れる食べ物を食べていると人間は健康と言われてきた。
そういう意味では、ここ八ヶ岳に住み、魚以外は米、野菜、豆腐納豆など地産地消の環境にいるのは幸せなことだ。
10歳若返らなくてもいいけど、元気ではいたいもの。

我が家の課題はランチでしょうか、幕内さん?
posted by 北杜の星 at 07:38| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月29日

守屋良介「アイルランドから女性ザッチャーがやってきた」

私の住む八ヶ岳に一軒の隠れ家のようなカフェがあると友人が教えてくれた。
少し前までは週末だけの営業っだったのが最近では週日も開いているという。
カフェの名前は「カフェ・アンティーブ」。
この本の著者である守屋夫妻がオーナーである。

カフェ・アンティーブの建物は茅葺屋根だ。
この周辺にはまだところどころ茅葺屋根の家が残っていて、ほとんどが都会から移住して来た人たちが、古民家を購入し修繕したもの。
だからもちろん和風家屋だ。
しかしカフェ・アンティーブの屋根は和風ではない。アイルランド風なのだ。
それはここの茅葺屋根を葺いたのが、アイルランドからやって来た若い女性のザッチャー(茅葺屋根職人)だったからだ。
どうしてアイルランドだったのか・・それがこの本に書かれている。

守屋氏が関西での仕事を辞め故郷の甲府に帰ってアパート暮らしを始めたある日、センスがいいなとふらりと入った喫茶店。
それがカフェ・アンティーブという名前で、一人の女性がコーヒーを淹れていた。
やがて二人は結婚。
八ヶ岳の大泉駅近くの家を買わないかという申し出があり、もともとこの家に縁があった守屋氏の奥さんは、甲府で区画整理のためになくなったカフェ・アンティーブを再開できればという思いがあって、話がまとまる。
まず小さな家を建て、そして母屋を建て替える。
その段階で屋根は茅葺きにということになった。
近くの原に生えている萱を、ボランティアの友人知人たちと刈り込み束にし、それは大変な労働をしたものの、どうもそれではダメなようで、建築家はいろいろ調べた結果、アイルランドの茅葺屋根を採用することに。
そして若く華奢なアメリカ人女性がアイルランドからやって来た!

家を建てるのは大事業だ。
しかもハウスメーカーの家ではなく、設計者、施工会社を決めるところから始めるのは、強い意志と努力が必要だ。
そう覚悟をしていても、建築途中では必ず何かが起こる。
その一つ一つをクリアしなければ先には進めない。
守屋夫妻にもたくさんのトラブルが舞い降りてきたが、みんなの厚意で竣工とあいなった。

しかし家は建物が完成しただけでは完結はしない。
家を素敵に見せるには庭などの外構が必要で、家の佇まいができるのは数年も十数年も先のこと。
幸いなことにこの家の庭は、あの中谷耿一郎さんが計画しているので、素晴らしいものになるはずで楽しみだ。

守屋氏はそのつもりはなかったのに、日本でどうしてアイルランド式になったのかとご自分でも訝っておいでのようだが、それは、すべて「ご縁」なんですよね。
奥さんと出会ったのも「ご縁」なら、土地が手に入ったのも「ご縁」、建築家や中谷さんとの出会いも「ご縁」。
目に見えない糸がずっと繋がって、今に至ったのだと思う。
それを大切にする限り、カフェ・アンティーブはますます居心地のよいthatched house となることだろう。
お茶をしに行くのが楽しみだ。
posted by 北杜の星 at 07:48| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月27日

宮脇昭「森の力」

「お前はまず現場に出て、自分の体を測定器にすればいいのだ。現場で、目で見、匂いを嗅ぎ、舐めて、調べろ」。
これは宮脇がドイツに留学したときに、師から言われた言葉。
彼はずっとこの言葉を忠実に守り、植物生態学の理論と実践の道を歩んできた。

現在の日本にはほとんど自然な森や林は残っていない。
杉だけの山、松やヒノキだけの林・・これれは人間が人間の都合のために植えたものだ。
宮脇は日本の理想の緑は「鎮守の森」だと言っている。
「鎮守の森」には高木、中高木、低木の広葉樹が密に混ざり合い、地震や台風や火事や洪水の被害から集落を守。
日本の森に必要なのはそういう緑で、木でいうならば、タブの木、カシ、シイ。
宮脇はこの3種の木を日本中に植えようと提案してきた。

カシやシイはどんぐりの木だ。
どんぐりの実が落ちて鹿や猪などの動物が食べる。冬になると木の葉が落ちて地面に太陽が差し、そこに命が循環する。
杉やヒノキなどの単一林はある年数が経てば伐採が必要だし、下草を刈らなければならないし、管理が大変だ。
実際に現在の日本では林業に携わる人が減り、山は荒れ放題となっている。
私の父の実家は山口県と島根県の県境で代々林業を家業としてきたが、伯父は公務員、従兄は街に出てサラリーマン。
山守をする人がいなくなった山は荒れてしまった。
台風が来て倒木となってもそのまま放置されている。大雨が降ればその倒木が流されることによって、また木が倒れるという悪循環らしい。
40年以上前に「子や孫の代にはたんとお金が入る」と、山のほんとどを杉にしたからだ。
しかし輸入木材のほうが断然安くなり、杉を売ってもお金にはならない。
私が子どもの頃にはわさび田があったし、秋にはマツタケが採れた。大きな栗林もあったというのに。

海辺の白砂に青い松、、というのは日本の自然な風景だと思っていたが、そうではなかったのだ。あれは人工的に植えられたものだった。
3・11の津波で根こそぎなぎ倒された松林の写真を見た人は多いと思うが、あれは自然じゃなかったから倒れたのだと宮脇は言う。
近くのシイやタブの木は津波にも負けず、今も凛と立っているのだそうだ。
松くい虫で松が枯れるのも、無理な植林をしているからだし、いまや国民病となった花粉症だって、杉をむやみに植えたからだ。

それではタブの木やシイやカシをどのように植えるのか?
小さなポット苗を用意して、それを植えていく。
1970年代終わりに、日本で工場を建設するときには敷地の20パーセントを緑地化することが義務付けられた。
企業がそろって宮脇を招聘し、宮脇方式でポット苗を植え始めた。

日本だけではない。宮脇は世界中で木を植える運動を続けている。
中国、アマゾン、どこにでも行って、みんなで木を植える。
その行動力はとても80歳を超えた人とは思えないほどエネルギッシュだ。

私の友人が宮脇さんの講演会を企画主催したので、聞きに行ったことがある。
もう数年前のことだが、彼が発するパワーに圧倒されつつ、素晴らしい話を聞いた。
いつまでもずっと一晩中でも聞いていたいと思ったほど、いい「気」に包まれた講演会だった。

私は八ヶ岳南麓住まいだが、周辺の里山は杉、松、ヒノキだらけ。
最近は木が売れるのか、山が丸坊主となっているとこもが多い。
でもその後にやはり杉を植えてるんですよね。
花粉症の私たち夫婦はその杉の苗木を見て、ため息をつくばかり。。。
posted by 北杜の星 at 07:38| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月19日

本橋成一「うちは精肉店」

本橋成一は写真家であり映画監督。
また「東中野ポレポレ」という映画館のオーナーでもある。
「ポレポレ」では本橋監督作品の「ナジャの村」や「アレクセイの泉」をはじめとして、優れた自主映画を上映している。
私の住んでいた西荻から近かったのでよく行ったものだ。
この「うちは精肉店」は本橋成一が取材した写真と文章による写真集で、小学生にも見てもらえるように漢字にはルビがふってある。

大阪府の貝塚市にある北出精肉店はたんなる精肉店ではない。
市場で買った黒毛和牛の子牛を大切に育て、と畜し、小売をするという一貫行程の店なのだ。
江戸時代から7代続いたこのと畜場はしかし、本橋成一が撮影取材したこの日が最後となった。

この写真集に載っている一枚の写真は、男性が牛を引いて町を歩いているもの。
ほとんどのどかとも言えるのだが、牛はこれからと畜場へ連れて行かれる。
特殊なハンマーで眉間を叩き気絶させ、頚動脈を切り放血する。
この作業をいかに手早くするかが美味しい牛肉にとっては重要だそうだ。
もちろん牛が苦しまないためにも必要なことだろう。

傷つけないように肉と皮を切り離し、枝肉や内臓に切り分け、小売するまでの作業は、吊って肉を半分に割るとき電動のこぎりを使う以外はすべて手作業で行われる。
牛は「鳴き声のほかは捨てるところがない」というほど有効利用される。
骨や血は肥料に、皮は皮革製品に、脂は油脂や石鹸に、骨や腱からはゼラチンや膠が作られる。
北出家の男性はだんじり祭りのための太鼓の皮張りの仕事もしている。

下校途中の小学生の男の子や女の子たちが、冷蔵庫で数日ねかせる前の吊られた大きな肉のかたまりを「スゴイ、スゴイ」と歓声をあげて見ている写真があるが、どの顔も生き生きしていて、「牛がかわいそう」の表情ではないのがいい。
子どもの方が本質をわかっているのだろう。
スーパーにはまるで工場製品のようにクリーンなトレイに入った肉が並べられている。
と畜されたという事実を私たちは忘れてしまいそうだが、この本は忘れてはいけないことを思い出させてくれる一冊だ。

北出さんは「かわいがって育てた牛ほど肉がおいしい」と言う。
以前やはり写真集で「豚とおっちゃん」を見たが、養豚業のおっちゃんが限りない愛情を豚に注いでいて、豚もおっちゃんに甘えていて、とても幸せな光景があった。
牛も豚もペットとして飼っているのではない。経済活動として飼っているのだ。
それでも共に時間を過ごすその「いま」を慈しみいとおしんでいる姿が感動的だった。
そこには「いのちをいただく」ということが本当にわかっている人間がいた。
ともすれば目をそむけてしまう「屠る」ということに、もっと感謝をもって向き合わなければならないと思う。

私の小さな頃は、町のお肉屋さんは牛を一頭買いにして、自分で切り分けていた記憶がある。
店頭には大きな肉塊があって、すごい刃渡りの牛刀を使っていた。
ああした光景が消えたのはいつ頃だったのだろうか。

posted by 北杜の星 at 06:43| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月02日

前田朗・木村三浩「領土とナショナリズム」

「民族派と非国民派の対話」の副題を持つこの本は、東京造形大学教授の前田朗氏が自分の講義に木村三浩氏を招いて、学生達に話をしてもらったものがまとめられていて、「対話」とあるが前田氏が木村氏にインタビューをするという形式になっている。
3回にわたる講義では、北方領土、尖閣諸島、竹島などの領土に関する問題が多い。
ここでの民族派は木村氏で非国民派は前田氏のことである。
最初「右翼が来る」ということで、学生達は騒いだようだ。

木村氏は「一水会」という右翼政治団体の代表者だ。
私たち、というか私は「右翼」と聞くと、街宣車で六本木周辺(ロシア大使館がある)を大音響でがなり立てる連中とか、「天皇に戦争責任がある」と言った元長崎市長を襲うとかいう物騒で迷惑な連中を想像する。
(こういうことは反社会的だと思うのだけど、どういうわけか警察は左翼の運動家に対するほどには厳しくないんですよね。ある人は「右翼も警察も、野球で言えば一軍と二軍だもんな」と言うのだけれど)。
しかし、木村三浩氏はインテリの紳士。
穏やかに相手の話すことに耳を傾け、自分の考えを静かに示す。

私はまぁリベラルな親に育てられ、世代的にもリベラルな人生を歩んできたので、世の中が右傾化するのはコワイ。
最近の領土問題がナショナリズムに発展するのは避けたいと思っている。
それは過去の歴史にもあるように、戦争への道の第一歩だからだ。
だからいわゆる「右翼」は嫌い。
でもちょっと待てよ、と思う。
右翼のなにを私は知っているだろうか?
それはほとんど生理的な嫌悪で、彼らの本当のロジックは知らないのではないだろうか。
街宣車でがなりたてたり、ヘイト・スピーチをする人間達は論外として、木村氏のような「右翼」の声ならば、一度は聞いてみよう・・

おもしろいことに木村氏の言うことを読んでいると、「そうかもしれない」と思ってしまうところがあるんですね。
とくに領土問題を歴史的な分析で説明してあるところなど、「ふーん、知らなかった」と。
(でも歴史というものは、いかようにも解釈できるんですけどね)。
北方領土に関しては、「あれは歴史的に日本のもの」だという派と、「戦争で負けて奪われたのだから仕方ない」派と、「どうでもいい」派に分かれる。
私など、尖閣諸島はあれはあれで以前はおさまっていたのだから、中国の言うように「棚上げ」しとけばそれでいいんじゃないかと思っている。
石原のように何も問題を大きくすることはなかったのにと。
しかし木村氏のような「民族派」はあくまであれらは日本の領土だと主張している。
氏は尖閣諸島の魚釣島に上陸し灯台を建て生活した経験を持つ。

世の中にはいろんな意見がある。
右もいれば左もいるし中道というのもいる。
全員が同じ考えであるはずがないし、あるとしたらそれはそれで気持ち悪い。
だからお互いの意見を聞き合い、言い合い、理解し合うことが大切だ。
前田氏の言うように「反対意見に耳を傾ける姿勢」を持ちたいものだ。たとえ耳を傾けても、賛成はできないとしても。。

領土、天皇、憲法、戦争・・
国の未来を考える上での大切なことを、「民族派」「非国民派」がどうとらえているか、この本、おもしろかった。
posted by 北杜の星 at 07:35| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月09日

メイ・・サートン「独り居の日記」

若い頃のように何度も何度も本を読み返すということのなくなった私だが、それでも武田百合子や須賀敦子、山川方夫や木山捷平など時々埃を払って本棚から取り出すことがある。
メイ・サートンの「独り居の日記」もそういう一冊だ。
とくに心がざわついた時などにこれを読むと、独りで暮らしたいと思ってしまう。
以前にもこのブログで紹介したし、取り立てて新しいことを書くわけではないのだけれど、庭の素敵なこの季節にサートンの庭を思い浮かべながらまた書いてみます。

詩人のサートンがこれを書いたのは58歳のとき。
初めて読んだときはいわゆる「老後の暮らし方」的に読んだところがあった。
でも今の私はあのときのサートンの年齢を超えてしまっている。
だからだろうか、最初読んだときに比べると彼女のことがより理解できるような気もする。
ただ大いに違うのは、私はとてもとても彼女のように内省的には生きていないということ。
バタバタとした日常に埋没して暮らしているだけだ。
彼女の深みはどこから来るのか。
静かでいて烈しくて、優しいのに厳しい。感情が右から左に振り切れるときの彼女の落ち込みようは本当に気の毒だ。
・・「敬して遠ざかる」という言葉があるが、もし彼女と知り合いならば、そういう気持ちになるかもしれない。

創作者である彼女、生活者である彼女。
この本はそんなサートンの両方が書かれている。
美しく整えられた部屋の写真を見るときっと誰もが「理想の暮らし」と思うだろう。
独りではあるが訪問客はあるし、彼女がどこかを訪れることもある。
しかし庭師の死や、パートナーとの別離の兆し、これから迎えるであろう老いへの怖れなど、受け入れ向き合わなければならない孤独に胸がつぶれる。
それでもなお彼女の孤独は美しいし、独り居が豊かに映るのは、そこに守るべき尊厳があるからだろう。

サートンのような覚悟も意気もない私は、この本を読んで彼女に憧れるだけだ。
posted by 北杜の星 at 08:32| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月04日

本谷有希子・文/榎本俊二・絵「かみにえともじ」

本谷さんは今月、詩人で作詞家の御徒町凧さんとご結婚されたそうで、きっとユニークで楽しい生活を送っていらっしゃることでしょう。
おめでとうございます。

「かみにえともじ」とは「紙に絵と文字」。
本谷有希子のエッセイに漫画家の榎本俊二のイラストの挿絵が付いている。
漫画週刊誌「モーニング」に連載されていたものから抜粋したそうだ。
私は漫画をいっさい読まないのでこの雑誌のことを知らないのだが、大新聞系の週刊誌などよりも、たぶん直球ストレートなことが書けるのではないかと思う。
直球ストレートといっても、そこはあの特異な芝居や小説の本谷さんのこと。読む人にとってはとんでもないカーブやシュート、ときには魔球と感じるかもしれない。

とても面白かったです。
本谷有希子という人の自意識過剰さから出る「恥ずかしさ」の感覚は、私にもよく理解できるものだったし、彼女の大雑把でいてストイックなところとか、意外に警戒心が強かったり(ここでは不動産屋に対しての警戒心なのだが、こういうのって割と正しいんですよね)、うまく噛みあわない人間関係に鬱々となったり、関係が壊れてもいいし相手を泣かせてもいいから毅然とした態度をとると決心したこと・・
またとても可愛がってくれたお祖母さんが亡くなっても、涙一滴こぼれない自分という人間への想いなど。
(このお祖母さんは彼女を可愛がりいつもお金をくれていたそうで、芝居人間の貧乏を味わわなくてすんだのはお祖母さんのおかげだったとか)。

楽しいことはもちろん、ツライこと悲しいこと、うまく行かないこともぜーんぶ、カッカカッカと笑い飛ばして前に進む本谷有希子という人の強さ。
そう、彼女は強い人だと思う。
だけどどんなに強い人でも、時には泣き言を言いたくなる。
前に足が出ない気持ちになることだってある。
「かみにえともじ」はそんな本谷さんを理解するための、格好の一冊だった。

もう何度も候補になっている芥川賞。
ファンの私は彼女に受賞して欲しいけれど、本谷有希子がメジャーになるのもなんだかつまらないような。。
彼女のちょっと捩じれた感覚、いつまでも大切にしてもらいたい。
posted by 北杜の星 at 07:41| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月20日

三崎亜記「玉磨き」

「となり町戦争」「廃墟建築士」「鼓笛隊の襲撃」など、現実ではありえない出来事が、読んでいるうちに「こういうことって、あるかも」とリアルに思えてくる・・そんな小説を書き続けている三崎亜記。
今回の「玉磨き」でも、彼の架空世界のリアルさがこれまで以上に展開されている。
それは小説の手法によるもので、これがルポルタージュのかたちをとっているからだ。
ある「仕事」に従事している人にインタビューをするという設定なので、フィクションだかノンフィクションだかわからなくなってくる臨場感に溢れている。

この短編集は6編から成っていて、どれもが「仕事」を扱っている。
この「仕事」というのがじつに無目的で理不尽なものなのだ。
表題の「玉磨き」にはその土地の伝統技術である玉を磨く男が出てくるのだが、60センチ直径の玉をひたすら磨いている。
何のために磨くのか、磨いた玉がどうなるのかということは関係がない。とにかく時には食事もせず睡眠も取らず磨き続けるのだ
おそらく玉は何十年何百年後には磨耗して消滅してしまうだろう。事実、玉磨きをしていた他の家々では研磨機を導入したために玉がなくなって、彼の家族だけが唯一玉磨きの後継者となっている。
他にも、始発点と終着点が変わらない鉄道を作る男と列車の乗客たち。
自分の部屋でただ部品を作り続ける女や男が出てくるのだが、彼らはその部品がどんな製品の一部分かを知らされていない。

彼らの仕事は無意味である。不条理である。
しかし考えてみるとどのような仕事であっても、どこか同じようなところをもっているのではないだろうか。
社会の役に立っているか、誰かの助けになっているか、この仕事で世の中を変えよう・・
でもそんなことほとんどの人間は考えてはいない。
目の前の仕事を消化することを日々繰り返しているだけだ。
無意味、不条理と言えなくもない。
この小説集がリアルさを感じさせるとしたら、わが身に引き寄せて考えてしまうところだろう。

これ、とっても面白かった。
正直、「コロヨシ」など最近の三崎亜記に少し物足らなさを持っていたので、ひさしぶりにワクワクできてうれしい。
この本の後ろに、各短編の「参考文献」が載っているのだが、これは作者の「お遊び」。
いかにもありそうな文献が並んでいるけれど、もちろんこれらは全部贋物だ。
こういうのを考えるのって、悪戯少年の面目躍如って感じで楽しかったんじゃないかな。彼の楽しげな顔が目に浮かびそうだ。
posted by 北杜の星 at 07:37| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする