2016年08月10日

柳美里「ねこのおうち」

NHKの岩合さんの世界猫歩きの番組が火をつけたのか、最近はすごい猫ブーム。
猫好きな私はそれはそれで嬉しいのだが心配もある。
ブームに乗って飼い始めたはいいが、事情が変わって飼えなくなった時には、たくさんの猫たちはどうなってしまうのだろう?と危惧するからだ。
犬を捨てるひとがいるが、猫はもっと捨てやすい生きものなんですよね。だから心配。

この「ねこのおうち」にもそうした捨てられた猫たちが描かれている。
まず、ある夫婦に飼われているチンチラが家出した一時期に野良猫と交尾し生れた雑種の猫が捨てられる。まだピンクのネズミみたいな生れたて。
でもやさしいおばあさんに拾われてミーコと名付けかわいがられる。いつもおばあさんと一緒。ミーコもおばあさんもとても幸せそうだ。
しかし蜜月は続かない。おばあさんが認知症となって子どもたちがどこかへ連れて行ってしまったのだ。
ミーコは再び公園で野良猫となり、そこで6匹の子猫を産むものの、猫嫌いの人に毒まんじゅうを仕掛けられて死んでしまう。
公園に残された子猫たち・・

登校拒否の引きこもりの女子高校生。
一人暮らしの若い男性。
離婚し夜の仕事をする母と一緒の男の子。
癌で死を告知された妻と彼女に寄りそう夫。
老人ホーム。

猫はそこにいるだけで、大きな慰めとなる。何にもしなくていい。ただそこにいてくれるだけでいい。
人間だとそうはいかない。
何もしない、役に立たないと、文句の一つも言いたくなる。
猫に話す声はだれもが甘いが、配偶者にそんな声はとうてい出せない。(出すと気持ち悪い)

猫は犬とはなにかが違う。同じペットという生きものとして見ても、猫と犬は絶対違うのだ。
犬は飼い主とその家族の「役に立とう」と健気に自分で勉めているいるところがある。自分の役割を果たそうとするように。
でも猫は猫であることが存在の全部。猫でいることが役割なのだ。
猫は猫でいるだけで完結している。
あのサイズも人間が触れるのにちょうどいいし、あの毛の柔らかさ、からだのあたたかさもいい。
癒されるという言葉はあまりに多用されすぎて好きな言葉ではないから使いたくないけれど、猫は本当に癒され慰めになる生きものだ。

それにしても柳美里がこんな胸がキュンとなる小説を書くなんて意外だった。
どこかヒリヒリ痛くて、東由多加の闘病三部作は読んでいられないほど緊張したものだ。
彼女の生活がそれなりに落ち着いてきたのだろうか。
生きにくい、生きるのが下手な彼女に、それでもいろんな人たちが手を差し伸べてなんとかやれてきたのだと思うけど、そんな彼女に猫という支えができたのならよかったと思う。

最終章にあるように、老人ホームで犬や猫と一緒にお年寄りが最期の日々を過ごせるならうれしい。
殺処分になる犬や猫も少しは救われる。
現在は捨て犬や猫の支援施設では、飼いたいという申し出があっても70歳以上だと引き渡してくれないケースが多い。
でもこれまでの人生を生きものと共に過ごした人だからこそ、晩年も一緒に暮らしたいはず。
ここらあたりの改善を社会でなんとかできないものかと思うのだけど。
だからせめて老人ホームなら世話をするスタッフもいることだし、可能なんじゃないかな?
動物嫌いの人は別棟に区分けすればいいし、食堂などの共有スペースに入れないようにすればいい。
私、そんな老人ホームに入りたいです。
posted by 北杜の星 at 07:22| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月09日

矢作直樹/稲葉耶季「こっちの世界、あっちの世界」

お盆は亡くなった人があちらの世界からこちらの世界の家族の元に帰って来ると言われている。
そのために迎え火をしたりする。
亡き人たちはどこから戻って来るのか?
この時期、ちょっと考えてみたくて、この本。


矢作直樹氏は元東京大学医学部大学院教授で東大付属病院の救急部・集中治療部部長。
稲葉耶季氏は静岡や沖縄で裁判所判事を務めた。

二人の共通項は、人には体、心、魂があって、この世とあの世の境目はないというもの。
矢作氏には「人は死なない」という医師にしてはびっくりするようなタイトルのベストセラーがあり、稲葉氏には「食べない、死なない、争わない」という著書がある。
その二人の対談集がこれ。
こういう話しが駄目な人は多いだろうし、無関心の人もいるだろう。
そういう人にこそ、ロジカルな職業を持って生きてきた二人の対談を読んでみてもらいたい。

私は体と心とそして魂を信じている。
特定の宗教ではなく「神様」がいるとも思っている。
神様も魂も見たことはないので、立証はできない。臨死体験もないのでこの世とあの世の境がどうなっているのかはわからない。
でもわからないのなら、神様や魂がある、と思ってもいいのではないか?
神様や魂が、死の恐怖と向き合うために人間が作り上げた想念だとしても、それで安らかになれるのならいいと思うのだ。
アバウトな神様・魂の肯定なので特定の宗教への信仰心は持てないけど、自分としてはこれで充分だ。

二人の対談は魂の部分についてはほとんどが同意見だが、医療に関してはかなりつっこんだ対談となっている。
というのも、稲葉氏はホメオパスになるためにホメオパシーの勉強をされていて、現代医療とくに抗がん剤には否定的な立場である。
一方矢作氏は抗がん剤の効用を認めている。癌細胞分裂の速い小児がんや血液のがんには、抗がん剤の効果が認められるからだ。
このやりとりはどちらも迎合しない意見でなかなか興味深い。
矢作氏の弟さんがいっさいの治療を拒んで、がんで安らかに亡くなったというが、医師としての立場より家族として弟さんを見守った矢作氏の気持ちに心打たれる。

稲葉氏は不食ではないが、きわめて少食だそうだ。
不食や少食はある日突然に、(何かの啓示なのか)起きるという。
食欲は本能の一部だが、「欲望」でもある。美味しい物を食べたいという欲望。
生きる上で欲望を減らすと、不食・少食に行きつくのだろう。そうした人の魂は高いところにあるのだと思う。
食べものに意地汚い私にはとうてい到達できそうもないが、それでもこの年齢になると、ご馳走を毎日食べたくはなくなる。
旅行に行って美味しい食事をするのはせいぜい二日でいい。(そうした場合でも朝食は少なくする)。それ以上続くと辟易してしまうようになった。
今年は二泊三日の断食に行ってみようと考えている。
最近、皮膚に湿疹が出ることが多くなった。多分体に毒素がたまっているための症状だと思う。
内臓疾患だけでなく、関節などにも「悪いもの」が溜まりやすいので、これからの老後を健やかに過ごすためにも、デトックスが必要だ。
稲賀氏も矢作氏も玄米菜食の食生活だという。

概ね、賛成できる対談だったが、一つだけどうしても拒絶反応があったのが、矢作氏の皇国史観だ。
日本人の変質は幕末維新から始まったというのはその通りだが、日本人の高い精神性を取り戻すために何をすべきかという部分が、私には受け入れらない。
日本人の精神性だけが世界で高いわけではないし、それを取り戻すために必要なのが高天原から繋がるものだなんて思想はいやだしコワい。
現在、だんだんとまたそういう考えが張り込ぼうとしているのは、なおさらコワイです。


posted by 北杜の星 at 07:53| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月25日

山崎ナオコーラ「かわいい夫」

私が山崎ナオコーラを初めて読んだのはずいぶんと遅くて、「この世は二人組ではできあがらない」だった。ということは彼女がデビューして6年も過ぎたころだ。
ペンネームの「ナオコーラ」がどうにもイヤで敬遠していた。
こういうところが私の狭量なところで、食わず嫌い、読まず嫌いで失っているものがたくさんあるのだと思う。
そういう意味で、山崎ナオコーラを読書歴に加えたのは、偶然とはいえ正解、大正解だった。ある日、読んでみようと思い立ったのだった。
なによりも文章がよかった。平易な言葉で書かれた深い心理描写。その描写にはべたつきがない。
私の後に読んだ夫も「この人はいいね。」と言っていた。

「かわいい夫」はエッセイ集だ。
ひたすら結婚して間もない夫が出てくる。
だからといって「夫自慢」ではない。
そもそも世間的にみて、自慢の種になるようなところがないのだ。
小さな書店の書店員、仕事が大好き。でも給料はとても安い。労働時間も長く、夏休みも正月休みもほとんどない。せいぜい一泊二日の旅行しかできない。
そしてその旅行の費用は妻がもつことになる。

でも、それでいいのだ。
山崎さんは夫に、経済的豊さを求めて結婚したのではないからだ。
自分の本の売れ行きが落ちて、都内のマンションから郊外の部屋に引っ越しをしなくてはいけなくなっても、読者におもねるようなベストセラー小説は書けそうもない。
薄給の夫と実家の両親を支えるのはちっともやぶさかでない。
またこの夫という男性、なかなか大物だ。
全然卑屈になっていない。そうしたことに価値観を置いていないんですね。どんなときにも卑屈にならない、尊大にならない人間って、いるようでいないものだ。
「かわいい夫」というタイトルはちょっと驚くが、「かわいい」のもっと上を行く、超然とした人だ。

山崎さんはきっとこういう小さな者の小さな生活を大切にしたいと考えているのだろう。
読書人口が減少する一方の昨今、自分の本の売れ行き、夫の書店員という職業・・不安定な暮らしかもしれない。
でもこの本には彼女の心意気を感じる。それはこの本が「夏葉社」からでていることだ。
夏葉社は吉祥寺にあるとっても小さい出版社。発刊されている本も多くない。
けれどここの本のすくい取りかたが素敵で、しかも本自体の佇まいがあって、私はこの出版社の大ファン。
ベストセラーは決して生みださない出版社をあえて選ぶ山崎さんに、大いなる敬意を覚えます。

ちょっと長いけどこの本のなかから文章を抜粋しますね。これを読むと彼女のことがよくわかると思う。
「私は夫と結婚してから、雑誌やネットで評価されているレストランに行かなくなった。・・(中略)夫と外食するなら、自分たちの家の近くの、偶然入った「町の洋食屋さん」の良さを、自分たちなりに発見して愛しむ方が楽しい、と気がついた。
これは「町の本屋さん」で働く夫と一緒に過ごすうちにだんだん身についてきた感性なのではないかな、と思う。
世界で一番素敵な本なんて読まなくていい。たまたま出会った本を、自分なりの読み方で、深く読み込んでいく方が、ずっと素敵な読書になる。」

彼女は結婚する以前は、結婚相手は自分とぴったりの世界で唯一の人だと思っていたと言う。
でも今は、夫が世界一自分に合う人かどうかは問題いではなく、ただ側にいてくれる人を愛し抜きたいだけだと。
うーん、でもそう思えるのって、自分に合っているからですよね。多分、世界一。
「かわいい夫」はつまり、山崎ナオコーラのノロケなんです。
でもこれがちっともイヤミじゃなくって、なんだか涙ぐみそうになるくらい素敵だったのです。
こういう結婚が出来たということが、人生の歓び。いつまでもこの歓びが続きますように。
posted by 北杜の星 at 08:04| 山梨 | Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月22日

吉田恵理子「ランチタイムが楽しみなフランス人たち」

著者はパリと東京に拠点を置くワインとフードライター。
フランス国立ランス大学高等美食学研究院に学び、大学院資格同等のディプロマをもつ。
(大学に美食研究院があるとは、さすがフランス)

フランスはワインとグルメの国といわれる。
そんなフランスに住むひとたちがどんなランチを食べているのか、ちょっと興味がある。
日本人のランチ事情とどう違うのかも知りたい。

ランチするところとしては、レストラン、ビストロ、ブラッスリー、カフェ、セルフサービスやファストフードなどの簡便な店・・
そのときの腹具合や懐具合によりその選択はさまざま。(でもまぁ、普通のサラリーマンやOLが高級なレストランにランチしに行きはしない)。
もし日本人が観光客としてそうした場所に行くとしたら、どんなことに気をつけ、どんなふうに注文すればよいのか?
いつも隣のテーブルの人の食べているお皿を指差して、「あれと同じもの」と言うのはあまりに能がない。
美味しいものをたべたければそれなりのちょっとしたお勉強も必要だ。
少なくともメニューの肉か魚の区別くらいはできるフランス語を知っておきたい。
(食事処にきているのだから、何か食べたいのだろうとわかるので、そう心配はしないでいいと思うけど)。

マナーが気がかりという人もいるだろう。
カトラリーの置き場所は国によって違うし、パンをナイフで切るところも切らないところもある。
もっともしてはいけないことは、音を立てて食べること。
日本人はお茶や汁をすするし、蕎麦は盛大な音を立てて食べるが、あれを外国でするとレストラン中が凍りつきますよ。
もうひとつしてはいけないのは、お皿を手に持つことだ。
これも日本人はお茶碗を左手に持ったり、小鉢を持ったりして食べるので、つい持ってしまうが、あれはとても悪いマナーだ。
左手に持っていいお皿は、ソーサーだけ。
それとこれは日本人がおおいに戸惑うのだが、ラテンの国の食堂には、よほど高級なところは別としてパン皿は置いていない。
じゃぁどこに置くか?
テーブルの上にそのまま置けばいいのだ。
汚い?いいえ、汚くはありません。テーブルクロスは客ごとに替えるから。
それにもし替えてなくても、外国人は日本人ほど神経質ではないので全然気にしない。

ここに写真付きで紹介されているランチのなんと美味しそうなこと!
気取ったものはまったくない。ステーク・エ・フリットなどはステーキ肉の上にどっさりフライドポテトが乗っているだけ。じつに愛想がない。でもこれこそ、フランス人の普段の食事なのである。
フランス人は太っていない。たしかに、イタリア人と比べるとスリム。
それはランチ時にしっかり食べて、夕食は軽くの習慣があるからだそうだ。(イタリア人もそうなのだけどイタリア人はパスタ喰いだからなぁ、太るよな)。

ランチの値段は約1500円程度か。
日本人がコンビニのおにぎりで済ますのとは、やはり値が張る。
でも美しく、美味しく、パン食べ放題で、ワインは2杯までなら大目にみられる・・というフランス人のランチは、恵まれている。
ランチタイムが待ち遠しくなるのがわかる。

だけどね、4年前に我が家に一週間近く泊りに来たエリックというフランス人は、日本滞在中、ラーメン屋、牛丼屋、てんやの天丼などが500円くらいで、しかもすこぶる美味しくて、日本のように素敵な国はない、と言っていたんですよ。
うーん、どちらを評価していいものか。。
お国変われば品変わるなのか?
でも彼はフォアグラは大嫌い、ワインは全然飲まない、カフェもあんまり飲まないという「変なフランス人」だったな。

どちらにしてもランチタイムが楽しみと感じられれば、いいのですが。
posted by 北杜の星 at 07:28| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月09日

吉村尚美「平熱37℃で病気知らず」

昔の体温計は水銀がスーッと上がって熱を測った。
37℃のところに赤いマークがつけてあって、それ以上だと熱があると判断していた。
それ以下は平熱。

現在日本人の平熱はかなり下がっている。35℃前半よという人が女性に結構多い。
私はと言えば朝は36℃を境にしたあたりなのだが、一日の中でもっとも体温が上がる夕方になると37℃を超えることもある。この乱高下がとてもキツイ。夫は私のことを「キミは変温動物だね」と言う。
体温調整は人間の基礎代謝の大きな部分を占めているので、私が太らないのは体温調整に多大なエネルギーを使っているからかもしれない。

フランス人は平熱が37℃だと聞いたことがある。ワインがいいのか、チーズがいいのかはわからないが、愛に生きる国の人らしくホットなのかな。
日本人だって1950年代には平熱が、36.89℃だtったというからびっくりだ。ほとんど平熱37℃。
いつのまにみんな低体温になってしまったのか?

理由はさまざま、ひとつだけではなく複合的なものだろう。
ストレスが多い。
不規則な生活。
運動不足。
過食。
これらが原因みたい。

よく低体温と冷えを混同しがちだが、まったく違うことだと著者は言う。
でもどちらも病気を引き起こすものなのは変わりない。
癌は低体温だと罹りやすくなるし、脳血管系の疾病もリスクが高くなる。
過食がいけないとは意外なようだが、消化にエネルギーを費やして体温維持ができなくなるというメカニズムだそうだ。
「腹八分」と思った時にはすでに満腹ということがあるので、「腹六分」を心がけよと書いてあるが、うーん、六分とはむつかしい。。

私の体温は一日のうちで変化するだけでなく、夏と冬の季節ごとにも変動があって、気温が30℃を超えると体温が上がり青菜に塩になってしまうし、冬の寒さには体がかたまってしまう。
温度差にも弱くて、温度差アレルギーのために、夏でも冬でも午前中はくしゃみが止まらない。
こんな体質を改善するために、今月からホメオパシーは体温調整のためのレメディを出してもらっている。飲み始めてまだ4日。結果がたのしみだ。
でも飲み始める前から大風邪をひいて、久しぶりに38.5℃の熱が出た。熱に強い私もさすがに本を読みながら寝ていた。
これまでは熱が出るといつも口唇ヘルペスができていたのだが、前回のホメオパシーでヘルペスのためのレメディを処方されて飲んでいたためか、今回はまったく出なかった。ヘルペス・ウィルスが弱まったのかしら。
ヘルペス対応は、もともとが自家感作性皮膚炎という湿疹だったので、湿疹関連の症状すべてを治すというスタンスなのだと思います。他にも太陽湿疹や寒冷ジンマシンにも対応してもらっています。
ホメオパシーってつくづくスゴイと回を重ねるごとに実感しています。
(今回のレメディは他にもあって、原爆の放射能の害をなくすのが含まれるそう。、私は広島の被爆二世なのです。ホメオパシーでは広島と長崎では異なるレメディがあるようですが、確かに広島に落とされた原爆はウラン型、長崎はプルトニウムですから、同じ放射能でも異なる影響があるのでしょう。)

とにかく、平熱を上げる努力をして病気知らずの体になりましょう!

posted by 北杜の星 at 07:40| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月06日

吉田修一「森は知っている」

過酷な幼児体験を持つ鷹野は小さな南の島の高校生。
しかしただの高校生ではない。
同級生の柳とともにある組織の一員となるべく教育されているのだ。
そろそろ彼らは正式のメンバーになる時期。ミッションンを待つ身である。
正式メンバーになると胸に爆弾を埋め込まれ、もし24時間以上連絡が途絶えると組織を裏切ったと見なされ、遠隔装置で爆発ボタンが押されてしまう。
彼らが信頼されるのは24時間だけ。
そして35歳になったら解放されて、残りの人生を自由に過ごすことができる・・

というスパイ小説を吉田修一が書くとは!
東西イデオロギーの壁が崩壊して以来、外国のスパイ小説は様変わりをした。
最近では「産業スパイ」を扱うものが増えてきている。
「森は知っている」もそう。情報を得てそれをより高い値で買ってくれる企業を探す。企業間の競争、産業スパイ組織間のせめぎ合い。
ハラハラドキドキの連続だ。

スパイものとしては定石通りと言えば定石通り。
組織を裏切る者もいれば、非情に徹しきれない者もいる。
そういう欲と情があるからこそ人間くさい物語になるのだ。

面白かった!
もともと私は国際陰謀小説が大好きで、A・Jクイネルやラドラムの大ファン。昔はよく読んだものだ。
荒唐無稽なできごとが連続するがそれらのある部分は当時の世界情勢の裏側を暗示しているものが多かった。
単にストーリーを作るのではなく、ちゃんとした資料に基づいて書かれたと思しき部分がかなりあったのだ。
ミステリーよりエスピオナージュのほうが断然私好みだったなぁ。

スパイものってラストはいつもどこかもの悲しい。
彼らの行く末はどうなるのか?
ハッピーエンディングであっても、ついその続きを想像してしまう。
posted by 北杜の星 at 07:50| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月17日

柚木麻子「ナイルバーチの女子会」

どうもこれじゃぁちょっと弱いよなと読後感じていたので、二度の候補となったものの直木賞を逃した際には残念だったけれどそれなりに納得した。次作に期待しようと。
期待は裏切られなかった。この「ナイルバーチの女子会」はスゴイ小説だった。
痛々しさを上回る怖さに次のページを繰るのがもどかしく、350ページを一気読み。
山本周五郎賞を受賞したというが、これもなるほど納得。

才色兼備、パーフェクトな頭脳と顔やスタイルを持つ30歳の栄利子は大手商社の営業キャリアウーマン。父も同じ商社の子会社の社長というエリート、東京生まれの東京育ち。
一方翔子は栄利子と同じ年齢だが地方出身の専業主婦。「おひょうのダメ奥さん日記」というブログを書いている。
栄利子はこの肩の力が抜けた、それでいてどこかセンスを感じさせるブログを毎日訪問している。
二人の住むエリアは同じのようだと気付いた栄利子は「偶然」カフェで翔子と出会い、その会話から翔子を「親友」と勘違いをして、以後ストーカーのように翔子を追いまわす。
次第に栄利子を気味悪がる翔子・・

人と人との距離をうまく取れない人がいる。
近過ぎるとうっとうしいし、遠すぎるともどかしい。
栄利子は過去にも同級生の女の子をストーカー行為で傷つけたことがある。
家族に恵まれなかった翔子はやっと自分が自然体でいられる夫と結婚したものの、あまりに自堕落に日々を送っている。
二人に共通するのは、同性の友だちがいないこと。
それを必死に求めるのが栄利子。どうでもいいようでやはり求めるのが翔子。
彼女たちの間には他にも二人の女性がいて、一人は過去に栄利子に傷つけられた女性、もう一人は女性の友人に囲まれて生きることだけを考える若い女性。
みんな同性の友人を意識しながら生きている。楽しい「女子会」に参加したいと。

この本のタイトルのナイルバーチとは、「スズキ目アカメ属の淡水魚。淡白な味で知られる食用魚だが、一つの生態系を壊してしまうほどの凶暴性を持つ、要注意外来生物」。
栄利子は仕事でナイルバーチを輸入するためにアフリカへ出張する。(安い回転寿司屋で「えんがわ」というのはナイルバーチのものだそうだ)。
淡白そうに見えてじつは獰猛なのは栄リ子だが、ある意味、女はみんなそうなのかもしれない。
傷つける方も傷つけられる方も、同じものを求めているのにそれに気付かない。
そして男は何の役にも立たない存在となってしまう。

正直言って、栄利子と翔子、どちらにも感情移入はできなかった。共感材料がなさすぎる。
それなのに彼女たちの痛みがギシギシと伝わってきた。こういうのはめずらしい。
感情移入できない作品は好きになれないこいとが多いのだが、これは作者の意気込みの大きさなのだろうか、圧倒されるものがあった。
柚木麻子という作家さん、ものすごく成長したと思う。文章も巧くなっている。
山本周五郎賞の選考委員は私の好みの作家たちではないのだけれど、これまでの受賞作品はどれも素晴らしいものだ。
柚木さん、山本周五郎賞受賞おめでとうございます。
posted by 北杜の星 at 08:20| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月01日

柳美里「貧乏の神様」

「芥川賞作家 困窮記」というエッセイ集。

純文学小説のための芥川賞。
この賞の受賞作品はよほど話題にならなければベストセラーになることは少ない。
ましてや受賞後の作品が売れることは難しく、そのまま消えて行った作家たちも大勢いる。
そこらあたりは直木賞作家と異なる点だ。

つい最近もイトヤマさんのブログで「本業だけではとても食べられない」とあるのを読み、いまや「中堅」どころの彼女でもそうなのかと心配になった。
それでふと思った。純文学の極北であるあの笙野頼子などはじゃぁどうしているのだろうかと。
笙野頼子は「神道左派」の「幻想私小説家」として、どうみても「売れている」とは考えられない。
難病を抱え、アグレッしヴな性格からひとには疎まれ、四面楚歌とされやすい笙野はどうやって生計をたてているのか?
筆一本では難しいから、イトヤマさんも笙野も大学で教えることでなんとかしのいでいるのかもしれない。

でも同じ芥川賞作家であっても柳美里は違っているのではないか?
柳美には知名度があるし、東由多加との癌闘病記「命」シリーズ4作はベストセラーとして売れに売れたはずだ。
しかしこの本にも書いてあるがその印税はすべて東の治療費に消えたという。
1日4万円以上の個室を東は希望し、日本で承認されていない投薬をうけるためアメリカの病院にも渡った。東の葬儀をとり行い郷里に墓を建立したのも柳だ。
おそらくこれらの費用は本を書くことを前提に借金していたのだろう。

作家は日雇い労働者と同じ。書かなければ一銭も入らない。
息子(東との子どもではない)と15歳年下の同居人である村上君との生活を支えなければならないというのに、財布には数百円しかない日がある。
翌日の対談のためにボサボサの髪をカットに行った美容院で「財布を忘れた」とウソを言わなければならない。
息子の貯金箱からお金を出し、自分のアクセサリーを換金した。
村上君も大切なコレクションのCDやDVDをブックオフに持って行った。

ここにはツイッターで有名になった柳美里の「原稿未払い騒動」の顛末が、相手出版社の編集長とのメールを基に詳しく書かれているのだが、両者の言い分が真っ向から食い違っていることに、日本の出版会の悪しき「伝統」を感じてしまう。契約書を交わさないんですね。口約束だけの世界。
柳は原稿用紙一枚2万円で依頼されたと言い、未払い総額は1千万円を超えると言う。
しかし編集長はそれは払えないと言う。
でも何年間も未払いなのは、いかに出版会が不況とはいえ納得できないのは当然だ。

原稿料が入らないと、水道を止めると警告され、国民健康保険は1年滞納してこれも資格はく奪の危険性、すべてのカードは停止、息子の塾からは授業料未納で除籍すると言われている。
結局、「創」最低原稿料1枚4000円で、400字詰め原稿用紙388枚の原稿料、計155万円強で決着することに。

こういうのって心身が消耗しきってしまうと思う。
でも柳美里はけっして貧乏に負けていない。むしろ貧乏を楽しもうとしている。
「貧乏の神様」がいて、その神様が自分に小説を書かせてくれていると思い、表現者の矜持を失わない。
かねがね私は、柳美里って強い人なのか弱い人なのか、判じかねるところがあった。
でも今回この本を読んでわかった。
彼女は強い人だ。朝鮮半島の人らしく喜怒哀楽が激しく、悲しいことにはひどく打ちひしがれるけれど、彼女の名前の柳のように、細くても強風に折れたりはしない。
それに子どもを得て育てることで、母の強さが加わったのだろう、脆さなくなった。
これからもいろんなところで闘いながら執筆活動に励んでもらいたい。
posted by 北杜の星 at 07:24| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月20日

よしもとばなな「小さな幸せ46」

「婦人公論」にこのエッセイが連載された頃、吉本さんは両親を同じ年に亡くした時期だった。
それでもエッセイに自分が書く「小さな幸せ」に救われる気持ちだったという。
よしもとさんのいいところは、そういう小さな幸せを見つけることができる点だろう。

昨日のある新聞の川柳欄に、「しあわせのコツは自己満足なのよ」というのがあった。
笑うより前に本当にそうだ、と思った。
誰かが幸せにしてくれるのではない。自分で自分を幸せにするのだ。たとえそれが自己満足であってもいいじゃないか。
他の人から見たら「そんなので満足なの?」と思われようとかまわない。
ちなみに私のしあわせでいる方法は、「他人と自分を比較しないこと」。
比較すると羨ましかったり嫉妬したりするようになってしまう。
例えば、私の顔や姿より良い人は世の中にゴマンといるけど、そんなの比較してもしかたないでしょ。ましてやこの年齢で。
それにこの年齢になったからこそ、誰の人生にも山も谷もあるというのがわかっている。何事もない人生なんで誰にもないもの。
羨ましいばかりの人なんていないんですよ。

ここに並ぶ46のエッセイには、そんなよしもとさんの日常の「小さな幸せ」がいっぱいだ。
両親を亡くして間がないので、父の隆明についての文章がかなりある。
彼は晩年、歩くことができず家の中を這っていたという。目もほとんど見えなかったようだ。
それでも伝えたい言葉が彼の中には溢れていて、何度も何度も同じことを繰り返し話すのを批判されたりしたけれど、よしもとさんはそんな父親を尊敬していた。

吉本隆明って思想家としてはよく知らないけれど(私のせいだよりもうちょっと上の人たちがよく読んでいたけど)、普段の彼はかなりおもしろい人だったみたい。
まずとんでもない「早食い」だったようで、みかんは2秒、夕食は5分、旅行に行って乗り物が動き出したときにはもう駅弁を食べ終わっている・・
すごいなぁ。それじゃぁ吉本さんの言うように糖尿病になるのも当たり前。
そんな親が目の前で食べていると、子どもだって知らないうちに早食いになってしまうよね。
かくいう私もかなりの早食いで、これは夫がそうだからという理由もあるが、お客さんのときに、一緒に食べながら次の料理を用意するにはどうしても先に食べ終える必要があるからなのだ。
それでもまだ夫や私の上には上がいるもので、夫の友人のMさんの早食いは超有名。
なにしろみんなで缶コーヒーを飲むと、みんながプルトップを捨てている時にはもう缶を捨てていた。

家族や友人はべったりじゃなくても心が通い合えばしあわせ。
旅や食べ物は豪華じゃなくても心地よく満足できればいい。
そんな小さな幸せを見つけるコツが書かれています。

この中で最近私がかなり興味あることが出ていたのでびっくり。
それはTAO(道教)が伝える古くからの気功の一つで、チネイザンというお腹をマッサージするホリスティック・セラピー。
お腹を中心のマッサージが身体だけでなく心も整えてくれるというものだ。
世の中の身体が悪い人や痛い人は、原因は骨や関節や筋肉だと考えているかもしれないけれど、それだけが原因ではない。
心と体がさまざまに絡み合ってそうした痛みが出るのである。
だからその部位だけを治療するのではなく、ホリスティックに全部を考える方がいいと私は思う。身体は単にパーツではないのだ。それを現代医療は各専門分野において解決しようとしている。

よしもとさん、美味しいものの食べ過ぎでかなり中年太りでお腹がポッコリなっているようで、それを見たチネイザン療法士さんが「チネイザンですっきりさせなさい」と言っている。
チネイザンにはそういう効果もあるのか?
よしもとさんも50歳を超えた。いつまでも元気で読者に癒やしと幸せを運んでくれるためにも、過食や過労は避けて暮らしてと願っている。
posted by 北杜の星 at 07:35| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月12日

吉井潤「29歳で図書館長になって」

著者の吉井さんは大学院で、図書館・情報学専攻情報資源管理分野修士課程を終了したいわば図書館のプロ中のプロ。
その彼が29歳という若さで図書館長となり、これからの図書館はいかにあるべきかを問うのがこの本。
私のように読む本のほとんどを図書館のお世話になっている身としては、図書館の存在は大きい。

じつは10年近く前まで、私は図書館の本が読めなかった。
幼いころから本の虫でいつも本に囲まれて育ったが、小学生の時を除いてあまり図書館を利用したことがなかった。
「他人の触った本を読むのは気持ち悪い」とそう潔癖なわけでもないのに思っていた。
それに夫の事務所の経費で本はいくらでも、値段を気にすることなく買えていた。
でも世の中が不景気になり事務所を縮小、経費が使えなくなったのに加えて、モノで溢れた生活がいやになった。本ってどんどん増えるんですよね。
それよりなにより大きな理由は東京を離れて田舎暮らしとなり、近所に本屋さんがないことだった。
ある時友人に「行ってみたら?」と奨められてこの町の図書館に行ってみると、驚いたことに本がとってもきれいだった。ほとんど新本そのもの。
東京の図書館ではたくさんの人が借りるので本はボロボロで汚いと聞いていたから、その清潔さにびっくりした。「これなら大丈夫かも」と借りたのが最初で、以来お世話になりっぱなしである。

図書館に行くとときどき小さな子どもたちへの「読み聞かせ会」をしていることがある。
ああ、こうやって小さなときから図書館に親しみ、本好きになってゆくのかなと、図書館の努力を感じるとともに、これは私の世代でいうと紙芝居みたいなものなのだなと思う。
じっと耳を傾けている子もいれば、ぼんやりなにか考え事をしている風な子や友だちとつつきあっている子もいる。むしろ後のお母さんの方が熱心に聞いている。

私はいつもネット予約した本の取り置きを受け取りに行くだけなのだが、図書館にはじつにさまざまな本が並んでいる。
文芸本や実用書、新聞雑誌などの他にも、いかにも寄贈されたと思しき郷土関係の本や、弱視者のための大きな活字本も並んでいる。
全集なども意外に多くて「そうか、買って揃えるまでもないんだな」と思う。全集って買ってしまうとどこか安心してしまい、全部を読み切ることがほとんどないからだ。
CDやDVDもある。

吉井さんの意気込みはすごい。熱意がびんびん伝わって来る。
それを表わすように「~したい」「~べきだ」「~しなくてはならない」という表現がそこかしこに見える。
意欲的なのは理解できるが、こういう上司を持つのは大変だなともちょっぴり思う。
図書館は人と接するいわば接客業なのだから、服装をきちんとすることや、老舗の高級旅館に自腹で行ってそのサービスを勉強するのも大切と言うのは正しいと思うが、別にスーツやジャケット姿でなくてもいいんじゃないかな。
短いスカートにパンプスや、ヒップポップ系のジーンズなんてのは困るけど。
(彼は図書館員がエプロンをつけて接客するのはおかしいと書いているが、そう、図書館員さんってよくエプロンを着けているよね。本を扱うのって汚れるから仕方ないと思っていたけど、そうか、あれは変なのかも。)

いままでの図書館はどれだけお客さんが来ても、お金を産まなかった。
だが図書館はお金がかかる。設備費と設備維持費、人件費、図書購入費などなど。
公立図書館の場合は税金で賄われているものだ。
それを吉井さんは、お金を生みだす場所にしようと提案している。それで得た収入でより素晴らしい図書館を作ることができるからだ。
地元産業の物品を売ってもいいし、イベントをしてもいい。
また返却日を過ぎた本に延滞金を科すことも考えるべきだと。アメリカなどでは当たり前になっているそうだ。
一日の延滞金は10円が妥当だとか。100円にすると借りる人が減るらしい。
これはいいことだと思う。返却日にルーズな人っているんだよね。ちなみに私は、読んだらすぐに数日で返却しているが、これは図書館で信頼を得ることにつながってりう。
「こんなにはやく読んではやく返してもらってありがたい」と言われている。

この本を読んでいて突然「北杜市の図書館」が出てきたのにはびっくりした。
私の住む北杜市には市町村合併して7つの図書館がある。その経費についての記述だった。
「山梨県の北杜市図書館では2013年度の総決算額は、1億5915万7617円。このうち正規職員の人件費が2775万8357円、臨時職員の人件費が6732万2003円だった。北杜市の正規職員は3人、非常勤・臨時職員は31人、パート・アルバイトは16人」だそうだ。
うーん、正職員とその他の人たちのペイがあまりに違い過ぎて唖然としてしまうが、仕事内容と責任の大きさが違うのか、単に地方公務員の給与が高く格差を生んでいるのか判じかねる。
カウンターにいる若い女性や年配の女性のほとんどがパートやアルバイトだと思うけど、この本に書いてあることを教えてあげるべきかどうか悩むところだ。
彼らが気の毒なのは、寒冷地にもかかわらず経費を節約するために真冬の暖房がとても低くせってしてあることで、こんなに寒かったら冷え症になってしまうと心配になる。第一図書館を訪れるお客さんがコートを脱げないほどの室温というのは、いかがなものか?改善してもらいたい。

私が個人的に北杜図書館に提案したいのは、ここにはたくさんの作家や学者や芸術家が住んだり別荘として通っているのだから、彼らを招いての講演会やパネル・ディスカッションなどを催してはどうだろうということだ。もちろん入場券を販売する。作家さんたちにはボランティアと理解してもらう。
この本に吉井さんが書くように、図書館の本を参考に調理実習ひゃ木工のワークショップを開いてもいいだろう。(ここにはたくさんの物作り作家がいるんです)。
高原野菜を入り口で売ってもいい。

吉井さんが書いていることで大賛成だったのが、「お話していい図書館」づくりという部分だ。
図書館ではみんなとても静か。咳やくしゃみをするのも憚られるほどだ。
でも例えば友人や夫婦で図書館に行って本を読みながら「これ見て見て」「これ、どう思う?」とちょっと話したいときがある。
そんなとき、話していい場所が図書館にあるといい。
飲食禁止のところが多いけど、食べたり飲んだり出来るところがあってもいい。
吉井さんの言うように素敵なカフェが併設されているなら、なおのこと素敵だ。

北杜市の図書館員さんたち、この本を読んでいろんなことを試してみたらいかがでしょうか?
田舎はタテ社会で、臨時職員やパートが物申すには勇気がいるかもしれないけれど、自分も図書館で働く一員として、また同じ北杜市民として、改善する点があるんじゃないかな。
利用者である私も考えるべきとことがたくさんありました。
posted by 北杜の星 at 07:41| 山梨 | Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月09日

吉村和敏「イタリアの最も美しい村」

1982年にフランスで始まった「最も美しい村」はその後、ベルギー、カナダ、イタリア、日本に広がった。
(私たち夫婦のお気に入りの旅舎がある長野県の大鹿村は「日本の最も美しい村」に加盟している。)
この本の著者(写真と文)はこの本のイタリアの前に4年半かけてフランスを全踏破している。
フランスに続きイタリアを踏破しようとして愕然としたそうだ。なにしろイタリアには「最も美しい村」加入が234村もあったからだ。
(ただフランスと違ってイタリアは国土が狭いのと、村々がわりと近いことが多いので、数の割には時間がかからなかったのではないだろうか)。

ここに出ている村々はイタリア人ですら知らないと思う。
それほど「小さな」村がほとんどだ。
北から南イタリア全土、シチリアやサルデーニャの島。、
イタリアにはこんな小さな集落がゴマンとあるのだ。
BS日テレで毎週土曜日夜に「小さな村の物語」という番組があるが、あれを見ながら私たち夫婦は「この番組は永久に続くよね。だってこんな村だらけだもの、イタリアは。」と。
ここにはちょっと大きな村や小さな町はあまり出てこない。(ノルチャやアンギアッリやロコロトンドやオトランドのようなわりと大きな町もあるけれど)。
小さな村だからといって侮ってはいけない。歴史的にも意味深い建物やフレスコ画などの見どころがあるのがイタリアのスゴイところ。

イタリア中部に8年間住んで仕事をしていた夫なので、さすがにウンブリア州の村々はかなり訪問したことがある。
昔はボロボロで誰も住んでいなかったような村が今ではきれいに修復されて、観光客が訪れるようになっていたりする。
この本の口絵写真の一枚に、花々で埋め尽くされた小径があって、見た瞬間「これってまるでスペッロみたい」と思ったら、それは本当にスペッロだったのには驚いた。
スペッロは聖フランチェスコで有名なアッシジの隣町で、古くからの近隣の住人はプッタネスカ(娼婦)の町)と呼ぶけれど理由はわからない。ここは以前からずっとこぎれいなところで、行きつけのレストランもあったりして、私たちは大好きな町だ。
スペッロの町の裏側には、コッレピーノというものすごく小さな村があって、そこにあるレストランには遠くローマからも食べにくるほど、トリュフや茸料理で知られている。

私がかねてより行きたい、行きたいと思っていたアブルッツォの村がたくさん紹介されているのがうれしい。
アブルッツォは山の中の山岳集落が多いのだが、建築学的にも興味ある造りとなっていて、本当に美しい。
2009年のラクィラの大地震で破壊されたところもあると聞くが、もう修復されたのだろうか。
今度イタリアに行ったら、ぜひ訪れてみたい。
そのときにはこの本が大きく役立ってくれることだろう。

ただこういう場所に行きたくても、列車やバスの便が悪い、もしくは運行していないので、レンタカーに頼るしかない。
とすれば日本からの旅行者で行ける人は限られるかもしれない。
でも大丈夫。現在は現地で暮らす日本人旅行コーディネーターが多いので、そういう人に頼めばどこでも連れて行ってくれ、通訳もしてくれる。
ローマやフィレンツェもいいけど、静かで美しい小さな村で一日二日過ごすのは悪くない。

この本、サイズがどうも中途半端なのがとても残念だ。
234の村全部の写真を大きくすると、本がとてつもなく大きくなるばかりでなく、値段が高くなるので仕方ないのかもしれないが、なんとも写真が小さいのが多くてもったいない。
かといってハンドブックとしてイタリア旅行中に持ち歩くのには、大きく重すぎる。
ぺらぺらの旅行案内書と違うので、必要なページを切り取ることもできないし。。
カラーコピーするしかないかな。
posted by 北杜の星 at 07:49| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月08日

よしもとばなな「サーカスナイト」

雪!
雪です。
4月8日、お釈迦様の花まつりだというのに八ヶ岳南麓のここでは雪が降ってます。
桜は5分咲き、レンギョウやユキヤナギも咲きそろったというのに、ぜんぶ雪柳のようになcっちゃった。
今日のランチには夫のクライアント御夫妻をお招きしてあるというのに。。
よしもとさんのこの本に出てくるバリ島の温かさをせめてお裾分けになりましょう。


さやかは娘のみちると亡くなったみちるの父親悟の両親の家に住んでいる。
義両親は彼女の自由を尊び、適度な距離で接してくれている。
ある日一通の手紙が届いた。
庭を掘らせてほしいという不可解な内容だった。しかし驚いたのは手紙の差出人がさやかの元恋人の一郎だったことだ。
一郎と彼の家族とはある事件が原因で疎遠となっていた。
さやかの親指はその事件がもとで動かなくなっている・・

いつものよしもとばなならしい作品。
生きる者同士のつながり、死という喪失とその意味、死者と生者のつながり。苦しさからの再生・・
読むと心がふわりと解け、それまで下を向いていた心が大きな天空を見上げるようになれる。
生きとし生けるものすべてが愛おしい。
善なるもの、聖なるものでこの世界が成立しているここちよい気分。
そう、私の大好きなよしもとばなな。

でもあえて、あえて、苦言を呈したい。
好きだからこそちょっぴり辛口批評をしたい。
これは新聞連載小説だったそうだ。
一回一回細切れで読むのならそうは気にならないのかもしれないが、全体を通して読むと、よしもとさんの文章はくどすぎる。ダラダラしすぎている。
もっとシンプルな文章を書いてほしい。
どうしてこんなにも説明しなくてはならないのだろうか。
なにもかもを書かなくて、読者に預ける部分があってもいいのじゃないか。
伝えたいことがいっぱいなのはわかるけど、よしもとばななを読もうとする人にそれほどの解説は必要ないと思うのだけどな。
登場人物の魅力を描くのに費やす言葉が多過ぎるのは、小説にとってはかえって邪魔だ。

と、書いてしまったけれど、やっぱり読後感は素敵なよしもとばなな。
彼女のファンはこれを求めて読んでいるのでしょう。

posted by 北杜の星 at 07:51| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月12日

八ヶ岳野鳥クラブ「八ヶ岳南麓野鳥2015」

これをライブラリーのHP内の新刊本案内で見つけた時、出版社の欄に「非売品」とあったのでいったいどんな本だろう、もしかしたら小冊子なのかなと思った。
予約一人の後で私に届いたのだが、ちょっと驚いた。
小冊子ともいえないような表紙を含めた9ページのコピー用紙が綴られたものだったからだ。
けれど見ているうちに、とてもとても「たった9ページ」とは思えなくなって、地道に観察を続けた方たちの野鳥に対する愛情と熱意が伝わる「定線センサス調査のまとめ」だった。

山梨県北杜市大泉町の標高1000メートルにある飛沢ため池を起点とし、未舗装の別荘地の林など標高差100メートルの範囲を毎月一回、望遠鏡や双眼鏡を持ち歩き、鳥の種類や数や行動を調査している。
2009年から2014年までの6年間で記録された鳥は、10目、30科、74種、4183羽。
これらが一覧表となっているのだが、この鳥とあの鳥が同じ科目なのかと初めて知ったものもいるし、我が家にたびたび来る「イカル」って意外に個体数が少ないのだなと思ったり、逆にこのあたりであまり見ない「カケス」があのあたりにはいるんだなと思ったりした。(蓼科にいた頃はカケスがいつも庭に来ていた。色がきれいだけど鳴き声が汚い鳥だ)。
我が家の標高は800メートルちょっとだが、200メートルの差って生態系にとっては大きいのかもしれない。

最初は表がほとんどを占めるブックレットなので面白くないかと思ったが、いえいえ、これ本当に興味深かった。
名前は知っているものの、姿をみたことのない鳥の多いこと。(見てもわからないんだろうな)
オオタカが観測されているが、すごい!
どんなところにいたのだろうか。私が見てもオオタカかワシかトンビか見分けがつくか心配だ。

心配といえばこのところ北杜市ではとても気がかりなことがある。このままでは野鳥の住むところがなくなってしまうのではないかと。
北杜市は全国で一番日照の多い明野町があるのだが、南アルプス麓を除いてどこもお日様さんさんな土地だ。
だから太陽光発電パネルがどんどん設置されている。
自然エネルギーの太陽光発電に私は反対する者ではない。反原発運動をしているので自然エネルギーには大賛成だ。
しかし今設置されている、または今の数倍も申請されている太陽発電パネルは自然エネルギーのエコロジカルな精神とはまったく異なるもので、森や林を伐り倒して更地にして、そこにパネルを並べるのだ。
そこには「お金儲け」しかない。使わない土地をお金を産む土地に変えるために、環境のことを顧みず設置している。その経済優先の考えこそが原子力発電を産んだのではなかったか。
こんな環境破壊は許せないと住民が立ち上がり、大泉地区ではやっと条例が出来て、自分の家の屋根にパネルを設置することだけが認められるようになったそうだ。
おかしいんだよね。山荘を建築する時の建築申請を出す際には、木を何本伐るかを届け出る義務があるし、伐った木の代わりに後で植えることも義務付けられているのに、太陽甲パネルに関してはなんの規制もないのは。
こんなことが続けば、野鳥の住処がなくなってしまうし、美しい景観が消えてしまう。
私たちの友人が中心になって住民運動をしているので、私たちも署名集めに頑張っています。
(私たちが危惧していることの一つに、もし太陽光発電事業が破綻した場合、または耐用年数が過ぎた後のパネルの撤去についてで、多大な経費をかけて撤去するはずはないということ。またあれだけの数のパネルをどう捨てるのかの問題がある。
昨日テレビで見たのだが、ドイツではそういう場合を考慮に入れて、設置する時に共済金を課しているのだそうだ。パネルに許可を出す日本の自治体はまったくそんなこと考えてもいない。)

我が家の庭の小梨の木に置いてある鳥の餌箱は、友人が作ってくれた立派な大きな「一軒家」風のもの。
毎朝それにシジュウカラやコゲラがたくさんやって来る。
餌はひまわりの種。ときどき豚肉の脂身を枝に差してやると、とても喜ぶ。
餌を出し忘れると、窓枠のところまで来て催促するまでになった。
この餌箱にひまわりの種を入れるのもあと一か月ちょっと。春から秋は自力で餌探しをしてもらう。
(友人の家には何か所も餌箱が置いてあって、ひまわりの種の特大袋を買って用意していると言う。)

野鳥が幸せに飛び交う自然は、人間にも大切なもののはず。
(以前はわが家のそばに梟がいたのだけど、私たちが住むようになったせいか最近は見ない。ごめんなさい、)

これがここの町のライブラリーにあるのは、意味と意義があるのですね。大変な観察、ご苦労様でした。
posted by 北杜の星 at 07:54| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月09日

山下洋輔「ドファララ門」

もう面白くて面白くて、一気読み。
山下洋輔の文章がこんなに面白いとは。まるで彼のフリー・ジャズそのもの。
インプロヴィゼーション感覚の文章はあっちへ飛びこっちへ戻りの連続で、とてもエキサイティングだった。
彼はずいぶん前に「ドバラダ門」という著書で、山下家の家系を書いているそうだが、私はそれは読んでいない。
今回の「ドファララ門」では母方の小山家の家系を辿っている。
どうやら彼の音楽ルーツは母方にあるようだ。

山下家、小山家ともになかなかの名門で、有名建築家がいたり、司法大臣がいたり、感化院創設者がいたり、実業家などがいて華やかな家系だ。
ここでは洋輔の母菊代を主軸に、彼の伝記が描かれている。
生誕已から始まって、戦時中の長野県下伊那郡への疎開、東京代打橋での幼年時代(京王線の線路の上にクギを並べて、ぺっちゃんこになるのを見ていたとか・・もちろんこっぴどく怒られた)、父の転勤に伴われ九州福岡の小学校に通ったこと、東京高円寺に戻ったら、みんなから九州訛りを笑われ、それまでの「東京からきたお坊ちゃん」がまったく覆ったこと)。
中学時代には兄の影響でジャズにのめりこみ、兄と一緒にバンド演奏をしていた。
麻布高校生の時にはすでにプロとしてお金を稼いでいた。
高校の成績はドン尻で、大学に行こうかそのままプロのミュージシャンになろうか迷ったこと。
ハチャメチャ大学時代。(でも大学において作曲を学んだことが将来の彼の音楽活動にどれほど役立ったか)
などなど、抱腹絶倒のエピソードの連続だ。

母菊代さんが洋輔の音楽性を育てたんだろう。
彼女の嫁入り道具にピアノがあって、洋輔は生まれた時から家にピアノがあったのだ。母はピアノを教えてもいた。
姉は絶対音感を持っているし、妹も後に音楽家となっている。
成績優秀な兄もジャズをしていたが、社会人になってからはぴたりと演奏は止めたそうだ。
どうも母方の小山家は祖母からしてお三味線が上手だったし、いろいろな人が音楽と関わりを持っていたようだ。

山下洋輔って、人にずいぶん恵まれてきた。
でもそれは、彼が好奇心旺盛でいつも心を開いている人だからだと思う。
ジャンルにとらわれずに人との交流を大切にしている。
文学、絵画、映画やテレビ界の友人が多いのはそうした彼だからこそで、面白いことに鼻が利くのだ。
筒井康隆との交流もそうだし、タモリを発掘したことは有名なはなし。

私はジャズを聴かない人間で、ひたすらブルースとロックと、バッハ。
フリー・ジャズなんてまったくチンプンカンプんのただの騒音という、ジャズファンからすると情けないヤツなのだけど、こういう育ち方をするとこういう素敵な人が育つのだなとこれを読んで深く納得しました。
私も幼稚園の時からピアノは習っていたんだけどな(習わされていたという感じで、いやでいやでたまらなかった。)
才能のある人ってマルチなんですよね。山下さんの文才に脱帽です。
posted by 北杜の星 at 08:19| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月05日

山田詠美「賢者の愛」

谷崎潤一郎の「痴人の愛」の痴人の反語として「賢者の愛」とタイトルがつけられている。
河合譲冶は若いナオミを自分の理想どおりに育てようとし失敗、破滅してしまうという「痴人の愛」だが、ここでは主人公は痴人ではなく賢者になろうとしている。
つまり自分の思うがままに育てることを成功させようとしているのだ。

真由子は旧家の生まれ。父は編集者、母は医師というインテリ家庭で何不自由なく慈しみ育てられた。
家の離れには父が援助する作家志望の諒一が住んでいた。
諒一を「りょう兄さま」と呼ぶ真由子は彼との将来を夢見ていた。
そんなとき隣家に成金家族が引っ越してきた。お金はあるがなにもかもがちぐはぐで品がない。小さな子どもたちはしつけられていないし、庭は荒れている。
その家族には真由子の2歳年下の百合がいて、やがて真由子と百合は「親友」同士になった。

しかしある日百合は告白する、「りょう兄さま」の子どもが出来たと。
そして彼らは結婚し、直巳が生まれた。
直巳の名は真由子がつけた。「痴人の愛」のナオミからとったのだ。
そこから真由子の長い時をかけての復讐が始まった。

複雑に絡まり合う感情。
憎しみだけではなくそこには愛があるのが救いなのか厄介なのか。
真由子の心理描写はきめ細かくて、あぁ山田詠美だといつもながら感心する。
この小説、まず夫が読み始めたが、第一章で返してきた。
わからないでもない。ちょっと生理的に受け付けない部分があるもの。
21歳年上の母親の「親友」が、子どもの頃から精神的にだけでなく性的にも彼をがんじがらめにしようとするのだから、ちょっと引ける。

譲冶と違って真由子は直巳を育てるのに成功したのかもしれない。
ラストの章の出来事は劇的すぎて少女劇画っぽい印象があるものの、誰が「痴人」で「誰が賢者」だったか、はたして「賢者」はいたのかと、考えさせられる。
直巳にとって真由子はかけがいのない存在だけど、真由子にとっても直巳は同じく大切な存在。もう彼しかいなくなってしまった。

ここで山田詠美は、女の「賢者」の部分はどこかにあるかもしれないものとして書いているような気がするが、男の「痴人」ぶりというか、女への理解のなさというかわかろうとしないところも、しっかりと書いていると思う。
諒一にしろ真由子の父親にしろ、男の性が「痴人」の大元なのかもしれない。譲冶がそうだったように。
「痴人」が幸せか?「賢者」が幸せか?最後まで私にはわかりませんでした。
posted by 北杜の星 at 07:23| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月02日

吉本隆明「『反原発』異論」

2011年3月11日以降、最晩年の吉本隆明の遺稿集とのこと。
しかしどうもこの出版社の意図するところがミエミエで、「反・反原発」「原発再稼働」の方へ方へと引っ張っていこうとしている。
吉本隆明が反原発に対して反対の意見を持っているのは彼の以前の文章で読んだことがある。
だから彼の原発に対するスタンスは知っていたつもりだ。
でもこうして彼の死後、こうして遺稿集の形で出版されると、どこか割り切れないものが私の胸のおうちに生まれることも確か。
(論創社」という出版社はどこかの息がかかっているんじゃないかな。。)

吉本隆明の論旨は以下の通り。
・たった一度の事故で原発を放棄するのは安易すぎる。
・文明を後戻りさせるということはありえない。それは人類をやめろというのと同じこと。
・日本人は放射能を怖がりすぎている。
・事故後1年か2年で(彼が生きていた時点)、反原発という結論を早まるな。
・原発はもっとも安価なエネルギーだ。

たった一度というわけではない。スリーマイル島やチェルノブイリの事故がある。
失敗したと気がついたら、後戻りの勇気を持つことが必要。それが歴史に学ぶということではないだろうか。
日本人は放射能を見くびっていると私は思う。汚染された水や空気や農作物に無関心すぎる。第一ドイツ人やイタリア人はもっと恐れているからこそ、自国から原発をなくしたのだ。
すでに4年が過ぎたが、福島第一原発はいまだに収束していない。
いったん事故が起これば、とても高くつくのが原発。

つまりは吉本隆明は科学の進歩を信じた世代なのだ。
ましてや彼は理工系の人間で、大学は工学部、就職もそうだった。
理系の技術を過信している。
一昔前なら、それでよかった。科学の進歩が人間の自由の領域を広げ、それが人類の発展を意味していたからだ。
でも今はそうではない。
共産主義は死に、資本主義さえも末期待つ状態にある。
私たちはここで踏みとどまらなければもはやコントロールを失う地点に片足を突っ込んでいると思う。
完璧な技術はない。それは人間は神ではないから。そうして謙虚さ、畏れを持つことが必要だ。

誰も時代を超えることはできない。
吉本隆明のような思想家であってもそうなのは悲しいけれど、戦争を経験した世代であるとしても、戦後の新しい世の希望のなかで生きられた人だった。
いまは、そうではないのですよ、隆明さん。
posted by 北杜の星 at 07:36| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月26日

吉田日出子「私の記憶が消えないうちに」

「上海バンスキング」で大プレークした女優、吉田日出子の語りをエディター兼ライターが書いたのがこの本。
前にも彼女はこのような本を出しているが、その時には「あとがき」は自分自身で書いた。
けれど今回はそれさえも他の人に委ねざるを得なかった。
その理由、彼女の生い立ち、そして女優としての活動がこの本に書かれている。
それに加えて、彼女の母親についてもたくさんのページが割かれている。

吉田日出子ってあの、まったりした喋り方をする女優さんだよね。
私は演劇、それも新劇系は背中がアワアワするくらい苦手なので、「上海バンスキング」も「もっと泣いてよ、フラッパー」も見たことがない。
能、歌舞伎、オペラ、バレーやダンスなどを見るのは大好きなのに、演劇と朗読は役者さんが熱演すればするほど生理的に恥ずかしくていたたまれなくなる。
これは夫も同じで、我が家ではテレビドラマすら見ない。
これまでの一生で一度もNHKの朝の連続テレビ小説や日曜日の大河時代劇を見たことがない日本人というのも、私たち夫婦くらいじゃないかしらね、と言い合っているくらいなのだ。

だから吉田日出子のこともそうは知らないのだけれど、日経新聞と朝日新聞の書評で紹介されていたのが興味深くて、ライブラリーで借りてきた。

1944年金沢生まれ。
高校卒業後、俳優座養成所に入る。
1962年、自由劇場を旗揚げ。
1979年、「上海バンスキング」初演、主役の「まどか」を演じる。

演劇嫌いの私でも「上海バンスキング」がどれだけのロングランとなったかくらいは知っている。
何度も友人から一緒に行こうと誘われた。
その「上海バンスキング」が初演から31年ぶり、最終公演から16年ぶりに再演となることになった。
しかし吉田日出子は大きな不安を抱えていた。
彼女だけではない。仲間たちもその不安は同じくらい大きかった。
彼女には「高次脳障害」があったからだ。

脳の病気や怪我によって起きる高次脳障害は、記憶がぼろぼろ零れ落ちてゆく病気だ。
彼女もこの中で、運転し慣れた道が突然わからなくなったり、何十年も歌い続けてきた歌の歌詞がでてこなかったりを告白している。
彼女の原因は(彼女は求めたがらないのだけれど)、アメリカから買い求めた愛犬トゥルーパーと散歩中に、猫が突然飛び出してきて、壁に激突したから。
そのとき前頭葉のどこかが傷ついたらしい。
脳の委縮はないので、認知症ではない。

でも私は思うのだけれど、女優という職業って、たとえセリフがなくてもそこにいるだけで充分ということ、あるはず。
存在するだけで完結してしまう何か、セリフや演技を超えるものがありさえすれば、できる役はあるのではないだろうか。
吉田日出子という女優さんは多分、そうした数少ない女優の一人だ。

彼女の「おかあちゃま」という人がなんともスゴイ。吉田日出子以上にスゴイ。
三度結婚したお医者さんで、若い頃は夫とともにパリに留学、当時の藤田嗣治や若き日の岡本太郎がよく亜パルとマンにご飯を食べに来ていたそだ。
ダンスや歌が好きなところは日出子が受け継いだ。(日出子の姉は精神科医、妹は建築家)、
86歳まで現役医師として働k、現在100歳近くでご健在というなんとも素敵な「おかあちゃま」だ。





posted by 北杜の星 at 08:03| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月18日

吉本隆明「フランシス子へ」

先日料理研究家高山なおみのエッセイを読んだらこの本が出てきて、読もうと思いながら忘れていたのを思い出した。

2013年3月、吉本隆明が亡くなってもう2年。
いつのまにか「よしもとばななのお父さん」と呼ばれるようになっていたが、敗戦後の日本における思想的リーダーだった。
私の世代よりひと世代上の知人の家に行くと、本棚には吉本隆明と埴谷雄高の本がずらりと並んでいたものだ。
「うわっ、コウメイとハニヤだ」と横目で眺めていたけれど。
隆明にしても埴谷にしても敗戦によりそれまでの価値観がすべてひっくり返り、どう生きるべきかを深く思索しなければ罪悪感や挫折感に押しつぶされそうだった。
イデオロギーという21世紀では死語となった括りの中に、道を見出そうとした世代だったのだと思う。

隆明が亡くなる9ヵ月半前、フランシス子が亡くなった。
外猫内猫と吉本家にたくさんいる猫のなかでフランシス子は「とりたててなにもない」猫だった。
でも隆明は「相性が良かった」と言う。自分を映す「合わせ鏡」のような存在だったと。
なぜフランシス子がそうだったのか。
そのフランシス子が亡くなってもなぜ、「悲しい」とか「寂しい」と言葉にできないのか。
そこには隆明らしい彼なりの考察がある。

考察は「ホトトギス」に展開される。
「夏は来ぬ」の歌にあるように、卯の花の咲くのは見えても、「ホトトギス」は見えない。「ホトトギス」は実存するのか?
・・それから話は「親鸞」に及ぶ。
隆明の論ずる親鸞は宗教者というよりも哲学者だ。

これはインタビューで話しているものを原稿に起こしたものだからか、平易な普通の言葉で書かれている。
エラソーなところのなかった隆明らしくて、いい。
最後のところで編集者が「ホトトギス」の鳴き声を聴かせるのだが、「ホトトギスはいるんだね」と彼は言った。
[あの歌の通りに、ここらあたりでは6月上旬、うつぎ(卯の花)が咲くととたんにホトトギスが泣き始めるんですよ、隆明さん。でも鳥の姿を見たことはないな)

フランシス子は忘れ難い猫だった。彼女を誰に似ているか例えるところが面白い。
武田泰淳だそうだ。
泰淳は座談会などでみんなで集まっていてもいつのまにか居なくなっていたと言う。
どこにも目立つところはないのに、忘れがたい人だったと。
「忘れがたいっていうのは、つまり好きってことなんでしょうね。」
でもそれって「大人(たいじん)」ってことじゃないかしらね。

「いい猫だった。
僕にとっては本当にいい猫だった」
この本の表紙には吉本家の玄関の写真がある。
フランシス子は自由にこの半分開いた引き戸を出入りしていたのだろう。
吉本さんの家って猫にぴったりの家だった。
posted by 北杜の星 at 07:37| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月13日

山本朋史「ボケてたまるか!」

62歳の現役記者が自分は認知症ではないかと東京医科歯科大学の「物忘れ外来」の診察を受けに行った。
それまでに予定をダブルブッキングしたり、漢字を忘れてメモができなくなったりのミスがあり、自分でこれは?と不安になったからだ。
そこで出会ったのが精神科医の浅田医師。
本来は筑波大学医学部教授で筑波大付属病院で診療をしている人だが、週に一度医科歯科大に来ている。
医科歯科大での検査は2時間に及んだ。
浅田医師は「特にこれといった問題はありません」と言いつつ、CTとMRI検査を受けるよう他の病院の予約を取ってくれた。(医科歯科大は設備が少なく何カ月も待たなくてはいけなかったから)。
そして検査のための紹介状を書いてくれた。
山本氏はこっそりその紹介状を開封して見た。そこには「認知症の疑いが強いため、克明に調べてください」と書かれていた!

認知症は誰がなっても大変だが、新聞記者がなれば支障をきたすことが多い知的労働だ。
山本氏は20年間、週刊朝日の記者として取材をしてきた。
だからだろうか、とても理性的に自分を分析できる能力を持つ人だ。そうでなければ自ら「物忘れ外来」には行かないと思う。

結論を言うならば、行って良かった。本当に良かった。
検査の結果、軽度認知症(MCI)と診断された山本氏は浅田医師の勧めに従い、筑波大の「認知力アップデイケア」に週一度参加することになった。
柔軟体操、体力テスト、数字計算、回想ゲーム、筋肉トレーニング、美術や音楽療法、料理教室・・
じつにさまざまなメニューが組まれている。
特に本山輝幸さんの筋肉トレーニングは有意義だった。
本山式筋トレとは、負荷が強くかかるくらいの道具を一切使わないもので、椅子があればどこでもできる。
その目的は「感覚神経を脳につなげること」。
筋肉が衰えると感覚神経が鈍り、痛みや疲れを脳に伝達しにくくなるそうだ。
認知症のお年寄りが徘徊で何キロも遠いところまで行けるのは、この感覚神経が音取れているので足の疲れを感じないから。
疲れないというのはいいことではないのだ。
筋トレ、それも下半身の筋トレをすると感覚神経が蘇り、脳が活発化する。
(写真つきでトレーニングのしかたが説明されている)。

いきなり重度の認知症になるのではない。
MCIの状態の時に手を打てば、かなり改善されるのがこれを読んでわかった。
本人が認知症を認めないことは多いし、「物忘れ外来」に行くことに大きな抵抗を見せる人もいるだろう。
家族が認めたくない意識が強くて、認知症から目をそらすこともあると思う。
でもやはり、早期発見、早期治療が大切なのだ。
ここで紹介されるのは薬ではなく、さまざまなトレーニングの方法だから、自宅でも自分でできるものばかり。

料理もとても認知症を遅らせるトレーニングになるようだ。
そういえば料理はとにかく段取りが大切。何を揃えて、どう切って、次は何を入れて・・
面倒くさがらなくて毎日料理をしていれば、大丈夫かな?
(でも年齢のせいか、持病の目のせいか、手間取ることが多くなっていて、自己嫌悪に陥ることもあるけれど)。

ただこういう認知症進行を止めるトレーニングに卒業はない。
能力アップをしたとしてもそれは一時期のこと。加齢はどんどん進むのだから、し続けなくてはならないのだ。
それとこれを読んで思ったのは、依頼心をもたない人、つまり自力で頑張ろうとする人でないと成功しないんじゃないかということ。
そのためにはお年寄りにあんまり至れり尽くせりするのは、ボケを進めることになりかねないと思う。
自立心を促すことの方が必要だと思う。

お手本にしたい山本朋史氏のノンフィクションでした。
posted by 北杜の星 at 07:40| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月16日

矢部宏治「日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか」

第152回芥川賞が小野正嗣、直木賞が西加奈子に授与されました。
どちらも大好きな作家さんなので、とてもうれしい。
とくに小野正嗣は「森のはずれで」を読んで以来のファンで、故郷の九州の小さな湾を舞台にした作品は素晴らしい。繊細で幻想的で、映像的です。
こんな気持ちの良い朝に紹介するにはこの本、ふさわしくないかもしれませんが・・

年明けそうそうに友人が電話をかけてきて、この本、面白いので読んでみてと言った。
こういう本としてはかなり売れているのは知っていて、ライブラリーに予約しようとしたのだけれど、なんと田舎の図書館としては珍しく10人近くのウェイティングがあったために、読むのをあきらめていたものなのだった。
だけど信頼する友人のお奨めとあらば仕方ない。買いました。

つまりは日本がアメリカに犬のように追従している現実がどこから来ているのかを問う本である。
著者は数年前に仕事で沖縄に行き、ホテルの窓からアメリカ軍基地を見て驚愕したそうだ。
そしていろんな疑問を抱くようになった。(遅いんだよ、と言いたいくらいだけどね。著者の矢部さんは大手広告会社勤務だったひと、広告に関わる人って私の周りに幾人もいるけれど、押し並べて社会的に保守的な人が多い。企業の宣伝をするのだから社会意識が強くては仕事が出来ないのだろうな)。
私たち日本人は沖縄にどれだけの犠牲を強いてきたか。沖縄は70年間それに耐え、抵抗してきた。
私たちはそれを沖縄だけの問題だと思っているかもしれないが、けっしてそうではない。
そもそも自分の国に他国の軍事基地があることからしておかしくないか?
あのイラクだってアメリカ軍を追い払ったというのに。
フィリピン・モデルはかなり日本にとって参考になるのではないかとこれを読んで思ったのは、フィリピンはアメリカ軍基地を撤廃したが安全保障条約は結んでいることだ。
(日米安保条約の是非は別に置き、現実問題の話として)。

日本の領空をわがもの顔に飛ぶアメリカ軍機。
米軍基地の住宅地の上は決して飛ばないアメリカ軍機。
米兵が強盗を働こうと、少女をレイプしようと、罪に問われないかもしくは軽い罪で終わるのは、それが彼らにとっては違法行為ではないからだ。
つまりそういう条約が日本とアメリカの間で結ばれているからなのだ。
日本の国内で犯罪を犯しても、基地内に逃げ込めばそこは治外法権。日本の司法はなにもできない。

こうしたバカげた条約を日本の誰が結んだのか?
自民党であり、日本の官僚である。
自民党が結成されたのは1955年。アメリカCIAからの資金援助を得て結成されたというこの本似書いてある事実は、私は知らなかった。
当時の社会党の勢力を弱めるために、党内の右派にお金を出して民社党を作り分裂させたのもCIAなのだそうだ。
さもありなん。。と思う所がなおおそろしい。

この構造は原発も同じである。
子どもたちの健康被害が歴然としているのに、原発の地元の自治体で原発稼働賛成の候補者が当選する。
著者が言うように、原発のある土地では沖縄のような闘いの歴史がないので、どう闘うべきかを知らないのかもしれない。

どんどん右傾化し、ふたたび戦争への道を歩み出しているのではという危機感を持つ人が増えている。
鳩山元首相が沖縄基地という地雷を踏んで政権を降ろされたのはなぜか、福島がチェルノブイリを超える事故を起こしながらなお原発を再稼働させるのはなぜか。
人々は考え、行動を起こし始めている。
ともすればこの日本に対して絶望的になってしまうけれど、希望の灯が消えたわけではないのだ。
こういう本がベストセラーになるし、地道に原発反対運動をするお母さんたちはいるし、辺野古で頑張っている人たちもいる。

個人的には基地も原発もアメリカという国の介在を疑わないので、特別この本が目新しくはなかったのだが、昭和天皇の戦争責任がなぜなくなったのかを歴史的な資料をもとに書かれている部分がとても興味深かった。
アメリカは秘密文書がある期間を経ると公開されるので、事実が明るみに出る。
これはアメリカのよい点だと思う。
機密密約を墓場まで持って行ったり、破棄したり焼却したりしてしまう日本と比べるとフェアといえるだろう。

平易な言葉で詳しく書かれているので、誰でもが理解しやすい本。
この本、誰に貸そうかな。ぜひ拡散させたい一冊です
posted by 北杜の星 at 08:17| 山梨 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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