2015年01月04日

よしもとばなな「鳥たち」

雪と寒気に日本中が包まれています。
ふるさとでお正月を過ごし都会に戻られる方々、帰途の交通事情は大丈夫でしょうか。
ここは1日のお昼は少し吹雪いたものの積雪はほんの2センチ程度、一昨日も昨日もお天気なのはありがたいです。
でも寒い!昨日の最低気温は−6℃。
こんなに寒い時には、せめて心がポカポカ温まる本をご紹介したいと選んだのは、よしもとばななさんです。

大学生のまこと2歳年下のパン職人見習の嵯峨はアリゾナ州のセドナに住んでいたが、共に母を亡くして日本に帰国した。
彼らは一人のカリスマ男性を中心に小さなコミューンとして一緒に暮らしていた。
しかしその男性が病気になり亡くなり、母たちも後を追うように自死してしまった。
苛酷な過去を持つまこと嵯峨は二人で肩を寄せ合いながら生きてきた。

まこは大学で演劇をしていて、主役に抜擢されることが多い。
劇の脚本と演出を手掛けるのまこの主任教授だ。
彼には1970年代のヒッピー文化が色濃く残っている。

よしもとばななの世代はヒッピー世代ではない。
それでも彼女はずっと70年代に惹かれてきたようだ。
生きにくい現在に比べるとあの時代が自由で希望がいっぱいの気がするのだろうか。
まさにその時代に青春期を過ごし、60年代終わりから70年年代初めにイギリスに住んでいた私にとって、ヒッピーは肌身に沁みついた「ある思想」であり一つの「価値観」だ。
それは良い意味でも悪い意味でも今の私を形成していると思う。
まこや嵯峨の母親たちは私と同じ世代だ。

しかしまこと嵯峨の過去はあまりにつらい。
つらいから二人は強く結びつき、二人で未来を語ってもそれは過去の呪縛から解き放たれていない。
そんな二人がやっとセドナに行ってみようと話せるようになった。
まだまだ未来にまでは思いが馳せられないけれど、過去を振り返るのではない現在を出発点として、前に進もうとしている。
彼らが本当の大人になるために。

重い物語ではある。
それでもこれは再生の物語なのだ。
まこと嵯峨が空を飛ぶ自由な鳥たちになる日が遠くない気がする。
この小説

作中の詩は「チョンタルの詩 メキシコ・インディアン古謡」からの引用だそうだが、天と地と命が一つのものだということを深く感じる。
そう、こういうのがよしもとさんなんですよね。
空を飛ぶ鳥のハッピーさ、そこからすべてを見渡す賢さ、私もそうなりたいものです。
posted by 北杜の星 at 08:02| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月10日

山本譲司「螺旋階段」

大手不動産デベロッパー会社の企画部長である54歳の向子島洋介は、会社建て直しで就任した新社長に引き立てられている。
洋介もまた社長の期待に添えるよう努力している。
いわゆる普通のエリートサラリーマンである。
感触の良い新プロジェクトを煮詰めるために部下二人を伴い大阪に赴いた。
その新幹線のなかで受け取った一本の電話が、向子島家の崩壊の始まりだった。
このところ体調のすぐれない妻の精密検査の日でもあるその朝、次男の覚せい剤容疑で家宅捜査されているというのだ。。

夫婦とは、家族とは、仕事をするということとは、なにか?
たった1年足らずのあいだに向子島家はなにを失ったのか?
重く暗いできごとが、これもかと重なり合い続く。

でも、続き過ぎなんだよね。
あまりに続いて、リアリティが薄れてしまう。
会社のプレジェくトの話も、二転三転どころか四転五転もして、ハラハラするより「またか」の気持ちの方が強い。
この作者、文章がうまくないんだと思う。
ラスト近くになると彼が書きたいことや、「螺旋階段」とタイトルをつけた意味がわかってくるし、それはとても人間にとって大切だというのもわかるのだけれど、そう、端的に言うなれば、小説下手なんです。
もうこれ以上は何も起こりようがないところまで来てからのラストも、あまりによくあるパターン。
それになんといってもヒドイのが会話部分。

山本譲司というひとは元衆議院議員だそうだ。
議員をしている時に秘書費を流用し詐欺罪で収監され、その獄中記「獄窓記」を書いている。
それはノンフィクションだったが、ノンフィクションで書ききれなかったことを小説で書くようになったのだという。

書きたいことはわかるし、その書きたいことは私も同感できることだ。
あとは山本譲司というノン・フィクション・ライターでない「作家」が、いかにして小説を組み立て、文体をつくりあげ、表現するかだ。
一つだけこの作家に忠告するとしたら、「もっと小説を読みなさい」ということ。
今日は辛口になってしまって「ごめんなさい」だけど、この人がもう少し巧くなったものを読みたいです。期待してます

posted by 北杜の星 at 07:47| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月14日

矢幡洋「病み上がりの夜空に」

著者は臨床心理士。
妻の奈緒も同業だ。
しかし奈緒は幼いころからの強いストレスで、解離性障害(離人症)となったことがある。
そんな彼らに生まれたリエは、自閉症だった。

「妻」と「俺」の章が交互で書かれているのだが、書いたのはどちらも洋。
第一章は奈緒の実家編だが、これがなんとも凄まじい。
祖母と母は絶えず口汚くののしり合い、時には暴力沙汰になるくらい憎しみあっていた。
父はそんな二人を見ないふりをし、なんの介入もしない。
奈緒は4歳の時から畑を手伝い、家事をさせられ、女中代りにこき使われていた。
そのうえ母からの虐待を受けていた。
小学校中学年のときに家出をし、山中で自殺を図るほど絶望的な毎日だった。
長いあいだの強いストレスで離人症となり、登校拒否にもなった。
しかし彼女は自分の体験から、いつか心理療法家になりたいという強い願いを持つようになり、努力の末それを達成する。
やがて洋と知り合い結婚。二人は同業なので話すことは毎日たくさんあり、奈緒はやっとささやかな幸せな家庭を築けたと思った。

けれど生まれた娘のリエは哺乳瓶からはミルクを飲まず、少しのことで火のように泣き続け、ちっとも眠らなかった。
1歳になっても2歳になってもコミュニケートできなかった。
もともと身体が虚弱な奈緒は疲労困憊する。洋は仕事をしながら必死に奈緒を支える。
保育件に行くようになってもリエは変わらなかった。
友だちは出来ず、お絵かきの一人世界に没頭するだけ。
リエが自閉症と判明したのは小学校に上がる直前だった。

両親が臨床心理士というプロでありながらなぜ我が子の病気がそれまでわからなかったのかが疑問なのだが、そこにはそうは思いたくない親ごころがあったのかもしれない。
二人は必至でリエの療育に励むのだが、だんだんと夫婦のリエに対する気持ちには温度差が生じるようになってゆく。
身体が弱い奈緒は心も疲れ切ってしまい、リエに対して腹立たしさがつのり、時には叩いてしまうことも。
本当なら育児は楽しいはずなのに、辛いこと悲しいことの絶望的なきとばかり。結婚さえも彼女は疑うようになる。
でも洋はよくやったと思うんだけどな。
病弱な妻の替わりにリエの面倒を忍耐強く見るし、満足に仕事ができない窮乏生活の中で頑張った。

リエは少しずつ少しずつ、その歩みは遅いけれど、いろんなことを表現できるようになっている。
「自分」にしか興味がなかった彼女が、他人の存在に気付き、他人の気持ちまで測れるようになった。
抽象的な「死」と死に向かう人の心理まで忖度できるほど成長した。
リエは言葉を持たないわけではない。表現のしかたが違うのだ。
きっと彼女の心とあたまには、わかっていることやわかってほしいことが詰まっているのだと思う。

私には子どもが居ないので子育ての経験がないのだけれど、この本はあまりに辛く重過ぎて、もし私が彼らの立場ならこれほどまでに立ち向かえるだろうか自信がない。
産んだんだから育てるしかないのだといえばそうなのだけど、やはり他の子どもと絶えず較べて我が身の不幸を嘆くだろう。
奈緒を責めることはできない。

ただ奈緒に関して一つだけ解せないことがある。
彼女は苦しんでいるのに、心理療法士のカウンセリングを受けようとはしない。プロ同士のお互いの腹の探り合いや競い合いがいやだからだそうだ。
だからと言ってその代わりに彼女が頼るのが占い師なのは、ちょっと驚く。
「井戸で死んだ先祖の供養がされていない」という、いかにもの占い師の言説に頼ろうとするのだ。
でもこういうのを読むと、プロでさえ臨床心理士を信じていないのかとこちらまで不安になる。

著者は二人目の子どもがほしかったが、奈緒に拒否されたそうだ。
自分たちが死んだあとリエをサポートしてくれる弟妹がいればと願う気持ちはわからないでもないけれど、それって弟妹にとってはすごい重荷だ。
そんな気持ちで子どもをつくってはいけないし、そんな大変なことを託してはいけないような気がする。
冷静でロジカルな著者でさえ、こういうふうに家族をとらえているかと思うと、心が細くなる。
外国には上の子どもの腎臓移植のために下の子を産むケースがあるらしいけど、根っこは同じじゃないか。

洋さんと奈緒さんとリエさん一家の平穏がやってきますように。。
近い将来きっと奈緒さんもリエさんが生まれてきてくれてよかったと思える日がくるような気がする。
posted by 北杜の星 at 07:17| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月24日

山崎まゆみ「白菊」

夏が去り、花火の季節は終わってしまった。
住む土地の花火を愉しんだひと、、遠出をしてわざわざ見に行ったひと・・他の季節にもあると言うが、花火はやはり夏の風物詩だ。
この本は日本三大花火大会の一つである、新潟県長岡市の花火大会の花火を作りつづけた嘉瀬誠次さんのことを書いたノンフィクションである。
いまはどこの花火大会でも打ち上げられている三尺玉やナイアガラは、嘉瀬さんが作ったものだ。
いわば伝説の花火師の嘉瀬さんだが、彼のこころにあったのは「鎮魂」の強い気持ちだったという。

この本のタイトルになっている「白菊」も彼のつくった花火だが、これこそ彼の鎮魂が表現されたものなのだ。
太平洋戦争終結数日前の長岡空襲で亡くなった人たちへの、共に抑留されたシベリアから還ってこれなかった戦友だちへ花を手向けるように、彼は「白菊」をつくり長岡の空に、ハバロフスクの空に打ち上げた。
(花火を打ち上げるには、日本一の信濃川は広い河川敷を持っているので、最適な場所だという)。
また嘉瀬さんは「フェニックス」もつくったがこれは、2004年の中越地震の被害からの「復興」を願うものだった。
「フェニックス」は2011年の東日本大震災からの復興のために、現在は打ち上げられている。
「鎮魂」「復興」「平和」への祈りの花火が長岡の夜空に浮かぶとき、見物に来た100万人の人たちは涙を流すという。
最初から最後まで花火を見ながら、人々が泣く。こんな花火大会は珍しい。
嘉瀬さんは世界中に招かれ、花火を打ち上げた。彼のスターマインの組み合わせは世界の人々を感嘆させてきた。

著者の山崎まゆみさんは長岡出身。
それも嘉瀬さんとはご近所同士で、彼女が子どもの頃からよく知っていた人だったそうだ。
もちろんその当時は、嘉瀬さんがこれほどスゴイひととは知らなかったのだけれど。

もう三十数年前になるだろうか。どういう経緯でその場に私が居たのか理由が思いだせないのだが、大阪富田林のPL教団の花火に招かれたことがある。
花火が始まると同時に大階段から(まるで宝塚のように)教主夫妻が登場したのも驚いたが、そのあとの凄まじいほどの花火の連発にびっくりした。
PLの花火は宗教行事だそうだが、当時は世界一の規模らしかった。(現在はアラブ首長国連邦のドバイで、何百億円ものお金をかえた花火が、砂漠の空に上がるそうだ)。
それを至近の貴賓席で、竹葉亭の鰻弁当つきで見たのだった。いったい誰に連れて行ってもらったものだったか、不思議でならない。
でもあれ以来だと思う。
「もう花火はいいや」という気持ちになったのは。
人混みのなか、トイレや帰りの渋滞を心配してまで見たいとはおもわなくなったのだ。
一生分の花火を見ちゃったという気分。
諏訪湖の花火に何度も招待されたのだが、一度も行っていない。花火好きのひとからすると垂涎もののはずなのに。
もし夫が花火大好きでどうしても見たいといういうのなら、一緒に行くのかもしれないけれど、彼も混雑するなかわざわざ行きたくないという消極派。
見ればきっと感激すると思うのだけど。。
そしてそれが長岡の花火なら、「鎮魂」「復興」「平和」への想いに、私たちも涙を流すかもしれない。

posted by 北杜の星 at 07:44| 山梨 | Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月10日

柚木麻子「本屋さんのダイアナ」

「大穴」と書いてダイアナと名づけられた少女は髪は金髪のパサパさ、派手なキャラクターTシャツを着ている。母親から押し付けられたものだ。
ダイアナの母はもっとド派手のキャバクラ勤め。10代半ばでダイアナを産んだ。料理はまったくせずにいつもコンビニの食べもの。
ダイアナはそんな母を嫌いではないものの、こんな生活から早く逃げ出したいと思っている。
そんな彼女の唯一の救いが、本を読むこと。
ダイアナは小学校3年生の新学期の教室で、彩子という一人の少女と出会った。
彼女は頭が良くてシックで、たちまち大穴の憧れとなった。
彩子もまた本好きと知り、ますます二人は親しくなっていった。特に「秘密の森のダイアナ」という5巻の児童書が二人の絆となってゆく。

彩子の母は料理教室を主宰し、上品な女性だった。父親は編集者で、家にはたくさんの本が本棚に並んでいた。
こんな家に生まれたかった、とダイアナは思う。
いっぽう彩子は彩子で、普段は禁止されているゲームができたり、ジャンクフードを食べたりできるダイアナを羨ましがる。自分の歳取った両親と比べて若いダイアナの母を素敵に思う。
二人のないものねだりが、かわいい。

けれど中学進学を目前に、ふとした誤解で二人は離れてしまう。
それ以降彼女たちの道は分かれ、再会したのは10年後だった。
ダイアナは幼いころからなりたかった本屋さんに勤めることになり、彩子は大学生になった。
大学の初めで起こったことがらから彩子は変わってしまう。でもその変わり方は彩子なりのプライドのためなのだが、自分でも納得できないものがあった彩子は、昔の聡明さを取り戻す・・

少女たちの成長物語。
直木賞候補となったこの「本屋さんのダイアナ」は、定石通りの筋運びではあるけれど、ダイアナの母など脇役のキャラが際立っていて、ぐいぐい読ませる。
ダイアナが語りの部分ではダイアナに感情移入し、彩子が主人公のときには彩子に肩入れしながら、彼女たちの行く末を心配してしまう。
ホント、直木賞候補となるのがわかる筋立て。

誰もが誰かを羨むものだ。
とくに年若いと、他の人の幸運さを眩く感じる。
でも私のような年齢になると、ナニゴトもない人生などないとわかってくる。
どんなに恵まれたように見える人生にも、なにかが起こるもの。
病苦、経済破綻、人間関係のゴタゴタ、親の介護・・
みんなみんな、なにかに悩み苦しむ時期があることを知る。
だから、他人のことを羨まなくなるんですね。その代わり「お互い、大変だったよね」と肩たたき合える。

ダイアナも彩子もまだ22歳だ。
本はここで終わっているけれど、彼女たちはやっとスタート台に立ったところ。
「頑張れ!」と言ってあげたい。
そしていつまでも、本が彼女たちの傍らにありますようにと。
posted by 北杜の星 at 07:38| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月05日

山本容朗編「猫は神さまの贈り物(小説編)」

「小説編」とあるようにこれには「エッセイ編」もあるようだ。
もともと小説編とエッセイ編は一冊の本で、最初は1982年というからずいぶんと古い発行のもの。
編者の山本容朗は昨年鬼籍に入った文芸評論家だが、猫好きとは知らなかった。
彼の書く文壇ゴシップを「へぇ、あの作家ってこんな人なんだ」と面白おかしく読んでいたが、そこには彼の作家への愛情が感じられたものだった。

ここに並ぶのは9つ短篇。(詩もある)
もちろんすべてに猫が出てくる。なかには猫しか出ない小説もある。
森茉莉、吉行理恵、室生犀星、佐藤春夫、小松左京、梅崎春生、宮沢賢治、金井美恵子、星新一。
みな個性的な作家たちだ。
森茉莉、吉行理恵、金井美恵子は猫好きとして有名で、いかにも彼女たちらしい作品だ。
小松左京の「猫の首」は、ある朝門柱に切り落とされた猫の首が置かれていたという、あの十数年前の神戸の事件を彷彿とさせる短篇だが、こちらは1960年代に書かれている。
ラストは小松左京らしくSFっぽくて怖い。

梅崎春生は木山捷平とともに私の大好きな戦後派作家だが、こういう作品があるのは知らなかった。
猫しかでない小説というのは彼の「大王猫の病気」のこと。
猫の国の大王が病気になり、医者のヤブ猫の指示でオベッカ猫と笑い猫とぼやき猫が、病気に効くという牛の脳下垂体をとりに行くという童話のようなお話なのだが、梅崎春生らしい皮肉に溢れている。
猫大王が病気のためとはいえ気難しくて怒りっぽいのは、梅崎本人らしくて笑えるところだ。

エッセイ編もぜひ読んでみたい。
ちょっと昔というだけなのに、作家たちの日本語がとても美しく素敵なのだ。
でもこの本、この薄さで税込1700円以上というには高すぎやしませんか?しかもいわゆる二番煎じのもの。
私はライブラリーで借りて読んだので文句が言える筋ではないのだけれど。。

我が家の「神さまからの贈り物」は毎夏のごとく今年もテラスにターフを張ってもらって、その下のバスケットのなかで寝ています。
まるでホームレスのおばあさんみたい。
さすがに暑くて午後になるとへろへろになって部屋に戻って、お水をがぶがぶ飲んでいますけど、猫は熱中症にはならないのでしょうか。
18歳を越したのでいささか心配です。
posted by 北杜の星 at 07:05| 山梨 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月18日

柳澤厚生「グルタチオン点滴でパーキンソン病を治す」

病気はどんな病気でも罹った人にとってはつらいものだが、そのなかでもパーキンソン病になった人は著しいQOLの低下するので、大変な困難さがある。
私の周りにも数人のパーキンソン病の人がいる。
パーキンソン病は難病指定疾患だが、決して稀な病気ではない。
10万人に200人の割合、全国に13万人の患者がいるし、潜在的な患者を含めると数十万人になるという。

パーキンソン病は脳内のドーパミンが減るのが原因で発症する。
その症状は動作緩慢、手足の震え、筋肉のこわばり、姿勢の異常など。
書字困難や歩行困難、発語障害、排尿や睡眠の障害も起こる。
こうした症状に苦しむうちにウツになることも多い。
治療としては足りないドーパミンを補う薬物療法が基本となるが、これは病気を根本的に治す「原因治療」ではない。副作用もある。

この本の著者の柳澤氏は一人のパーキンソン病患者と出会ったことで、グルタチオン点滴治療を日本で初めて行うことになった。
それまでも彼は高濃度ビタミンC点滴療法や、幹細胞栄養療法などの統合治療をしてきた経験がある。
そのどれもが成功している。

グルタチオンは新薬ではない。
ずいぶん以前から肝臓の治療薬として用いられてきた。
しかし、ここに一つ問題がある。
グルタチオンを肝臓の薬として使用する場合は、健康保険の適用となるが、それ以外の用途に使う時には「自由診療」となり、自費となってしまうのだ。
これはグルタチオンが肝臓病の薬として厚生省から認可されているからだ。
グルタチオンをパーキンソン病の治療薬として認可してもらうには、治験を重ねなくてはならないが、すでに特許が切れた薬に治験のような莫大な経費をかける薬品会社はあるはずもない。
(私はこういう薬のことを知らなかったので、非常に驚いた。)

点滴を受けた後すぐに歩行や動作が改善される場合もあれば、少し時間がかかる場合もあるが、概してどの患者にも効果があるようだ。
しかも副作用がない。

週1回から2回、グルタチオン点滴を受けるのだが、自由診療なので費用にバラつきがあるが、8千円から2万円くらいとのこと。
1回1万円として1カ月に4万円から10万円弱かかる計算になる。
これだけの費用をかけられる患者がどれだけいるだろうか。
ましてやパーキンソン病は老人が多い。年金暮らしにとってはじつに重い負担だ。
これから日本は混合医療がどの病院でも中心となると聞く。
膨大な医療費に押しつぶされる国にとっては仕方のないことかもしれないが、お金持ちだけが健康になる社会になるとしたら。。
国民皆保険という世界に誇れる日本のシステムだったはずなのに、なんか、言葉もない。
posted by 北杜の星 at 07:28| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月14日

柳美里「上野駅公園口」

これまでとはかなり違う作風の柳美里だ。
文体も、尻切れトンボだったり、繰り返しが多かったり、詩のようだったりしている。
天皇と同じ日に福島の小さな町に生まれ、上野公園でホームレスとなった男の物語なのだが、たんにホームレスを描くものではなくて、前回の東京オリンピックの頃のこの国のの時代と社会を、批判するでも非難するでもなく、そういうものとして受け入れた主人公に対し、この作者は何を言いたかったのか。
激しさのない淡々とした描写のなかに、柳美里は何を書き表わしたかったのか。

天皇と同じ日に生まれたというだけではない。皇太子と同じ日に長男が生まれている。皇太子の「浩」という字をもらって浩一と名付けた。
東京オリンピックの前年、主人公は貧しい故郷の町から東京へ出稼ぎに行った。
以来三十数年間彼は盆と暮れに帰郷するだけで、出稼ぎで家族を養なってきた。
しかし浩一はレントゲン技師の国家資格を取得した直後、急死してしまう。
老いて家に戻り、静かに暮らそうとした矢先、妻が息子と同じように眠っている間に急死してした。
眠れなくなった男は、「捜さないでくれ」と孫娘に書き置きして家を出た。
そして上野公園でホームレスとなった。

上野公園のホームレスの人たちには東北出身者が多いと言う。
上野駅は東北の玄関口だったからだ。
上野公園は関東大震災のときに焼けなかった。それまで宮内省の持ち物だったのを昭和天皇が下賜されたため、「上野恩師公園」となった。

このように天皇と繋がる糸の先で人生を送って来た主人公は若いころ、お召列車で故郷に行幸される昭和天皇に出会ったことがある。
そして上野公園でも今の天皇皇后のゆっくり走る車を近い距離から見たことがある。
上野公園では天皇など皇室の方がお出ましになる時に、「山狩り」が行われる。
高貴な方々の御目を汚さぬように、ホームレスにコヤを撤去させ彼らを追い払うのだ。
真冬の凍てつく日に山狩りをされ、震える主人公の前を通る天皇皇后の車。
「柔和としか言いようのない眼差し」をし、「挑んだり貪ったり彷徨ったりすることを一度も経験したことのない人生」を送った人たちが目の前に居た。
彼は、天皇皇后に思わず手を振るのだった。

2020年にはまた東京オリンピックが開催される。
その経済効果はニ十兆円とも言われる。
五輪関連の土木建設工事のための人出不足が騒がれている。おそらく震災や原発事故で職を失った東北の人たちが出稼ぎにやって来るだろう。
オリンピックが終わって、その人たちの行く末はどうなるのだろうか?
東京五輪が優先で、震災被害地の復興が遅れることはないのだろうか?
原発問題は収束しているのだろうか?
上野恩師公園にホームレスが増えることにならなければいいのだけれど。

2012年3月以来、福島で「南相馬ひばりエフエム」でパーソナリティを続けてきた柳美里だからこそ書けた本だ。
主人公の町の歴史、その町の宗教、方言などきちんと検証されていることが、この本に厚みをもたらしていると思う。
posted by 北杜の星 at 07:48| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月02日

柚木麻子「伊藤くんA to Z」

塾講師の伊藤誠二郎、顔はイケメン、センスもいい。実家は千葉の資産家。
となるとすこぶる素敵な男性のようだが、自意識過剰のジコチュー男。そのためか今もって童貞。
その伊藤くんにまつわるAからEまでの5人の女性を描くこの連作短編集は直木賞候補となっている。

長い間伊藤くんに片思いしていて、利用されるだけでちっとも顧みられないデパート勤務の美人キャリアウーマン。
伊藤くんからストーカーまがいの好意を持たれてほとほと困っている女性。
処女は重いと伊藤くんから逃げられている女性。
その女性の親友で、伊藤くんの童貞を奪おうとする女性。
シナリオ・ライター志望の伊藤くんが敬愛する脚本家の女性。

ひと言で言って伊藤くんはしょもない男だ。
こんな男を好きなる女がいるなんて信じられない。
だけど女性はそれほど馬鹿じゃない。
いつか伊藤くんを乗り越えて生きてゆくのだ。
伊藤くんはちょっとした気の迷い、人生の小さな足の踏み外しにしかすぎないと気付いてゆく。
まあ、こんなもんでしょ。どこか哀れな伊藤くん。。

この作品、つまんなかった。
なにがつまんないって、登場人物が伊藤くんを先頭にみんな好きになれないんだもの。
(最初の智美さんだけはカッコいいけど。)
感情移入がぜんぜんできない主人公たちの小説を読むのは面白くない。
そのうえ読後感の良い終わり方でもないし。
なぜこれが直木賞候補となったのか解せません。退屈な直木賞候補小説ってどうよ、と言いたくなる。
柚木さんの小説、もっと他のいいのがあると思うのだけど。。
posted by 北杜の星 at 07:46| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月04日

よしもとばなな「花のベッドでひるねして」

「なんだか海で赤ちゃんが私を待っている」と突然家から飛び出して、帰った時には腕に赤ん坊を抱いていたママ。
わかめに包まれて海に捨てられていた幹は、海のそばの丘でB&Bを経営する大平家の娘として育てられた。
家には彫刻をする父と祖父が一緒だった。
祖父は遠い昔、イギリスのグラストンベリーのB&Bで働いたことがあり、この地で同じ宿泊施設を開いたのだった。
祖父には不思議な力があった。
望めばそれが叶うのだ。
家のだれかがアイスクリームを食べたいと思ったら、なぜか偶然のようにアイスクリームがやって来たし、祖父がクィーンのフレディ・マーキュリーのTシャツが着たいと願ったら、まるで空から降って来たようにTシャツが現れた。
幹はそんな家族とともに、いま、30代半ばとなった。

これはとてもスピリチュアルな本で小説と言うよりも、よしもとさんがどうしても書かずにはいられない彼女自身が感じ、考えていることを掻いたものなのだと思った。
父の吉本隆明を亡くし、悲しくて悲しくてどうしようもなくて、そのうえまだ悲しいことが続いていたとき、それでも「書こう」と書いたものだ。
だからこの本には死者がたくさんでてくるし、その死者たちと夢のなかで話したりする。
こういうものが嫌いな人は違和を感じるかもしれない。
でもよしもとさんのファンはこういうのが好きで読んでいるのだから、いいのだ。

グラストンベリーという場所がそもそもイギリスきってのスピリチュアル・ポイントである。
そのカルト的というかニュー・エイジ的な土地と深く結びついた祖父が、そうでないわけがない。
幹も血のつながりはないけれど、祖父と長い間共に暮らしたために、彼の精神性を受け継いでいる。
この小説にはイギリスの雰囲気が溢れている。
B&Bといい、そこで出すギネスやフィッシュ・アンド・チップス、スコーンといい、イギリスの風が吹いていてなんだか懐かしい感じ。

愛する人を失ったとき、ただの物体になって灰になると考えるよりも、その人の魂は偏在していていつもそばにいてくれると信じる方が幸せだと思う。
生きている人間は誰も死後の世界を本当に見たことがないし知らない。
それならば、死後の世界や魂が「ない」と思うより「ある」と思ってもいいし、特別な宗教をもたなくともカミサマはどこかにいらっしゃると信じるのはいいことだ。
そう思うことで、死ぬ怖さだって軽減できるような気がする。
この本には小説としてよりも、もっと別の要素がズンと胸の底に響くなにかがあって、かなり頻繁に、この文章に出会えてよかったと幸せになれる。

主人公の幹という名前は、立原正秋のお嬢さんの幹さんが亡き父親のことを書いた文章を読み素敵だと思ったよしもとさんが、彼女からもらったのだという。
立原正秋か、、もう何十年も読んでいない作家だが、彼のような父親に育てられた子供がどんなふうに成長するのか、父のことをどう見ていたか興味あるところだ。
よしもとさんが読んだというその本、読んでみよう。
posted by 北杜の星 at 07:30| 山梨 ☁| Comment(5) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月24日

柚木麻子「その手をにぎりたい」

本木青子は家具会社を退職し故郷に帰るつもりだった。
送別会として社長に銀座の超高級鮨店「すし静」に連れて行ってもらった。
座るだけで3万円という店だ。
青子は海のない栃木の干瓢農家の娘。そfれまで鮨屋のカウンターに座ったことすらなかった。
彼女が最初に食べたのがマグロのヅケ。
握ったのは若い寿司職人の一ノ瀬。彼の清らかでしっかりとした手のひらから直に食べたヅケは言葉を失うくらい旨かった。
この鮨のために、青子は東京に留まる決心をし、不動産会社に就職することにした。

時は1983年から1992年。バブルが始まり終焉するまでの10年間。
若い女一人で「すし静」の暖簾をくぐるにはとてつもない勇気が必要だったことだろう。
OLにとって一回5万円の食事は1年にそう何回も行けない。
しかし青子はここの鮨を食べたいために一生い懸命に働いた。
やがて営業職となりバリバリと働く女になった青子にとって、「すし静」が唯一の居場所となった。
それはたぶん、一ノ瀬にとっても同じだった。
彼らはお互いに成長していった。
「手」を介し、カウンター越しだけの、秘められた愛情。
他の接触はなにもないのに、とてもセクシーなのはなぜなのだろう?
鮨という簡単だけど奥の深い技術を必要とする食べ物だけに、そのセクシーさが際立つ。

狂騒のバブルが終わってみると、不動産会社は大きな負債を抱えつぶれ、店はキャピキャッピした軽薄な客に荒らされ昔ながらの常連客にそっぽを向かれていた。
当時いろんなところで起こった現象だ。
それでも失わないなにかが一ノ瀬にも青子にも残っている。
愛は叶ったのか、叶わなかったのか。
それは彼らにしかわからないことだけど、絶望ではないような気がする。

このせつなさ、なんの予備知識もなく読んだがこの本、余韻が残る素敵な本でした。
「すし静」のような高級鮨ではないけれど、私たちは他の友人夫婦たちと毎月第四週末には「鮨デー」と称す集まりを持っていて、その日は八ヶ岳の山の中とは思えないほど新鮮な魚の鮨を楽しむ。
この連休の中日がちょうどその日で、ワイワイお喋りしバカを言いながら「鮨デー」を過ごした。
「すし静」みたいに緊張しないですむのは、庶民派の私にはうれしい。
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2014年01月22日

よしもとばなな「Q健康って?」

「私は体が弱く、心も強くなく、いつも健康に憧れて暮らしてきた。しかし、あまりにもいろんなとりくみをしてきたために、いつのまにか初対面の人に「健康そうですね」と言われるような人になってしまった。」

このよしもとさんの「あとがき」の言葉は、そのままそっくり私のことだ。
未熟児で生まれたために小さくてやせっぽちの虚弱児だった。
オーバーワークですぐに熱を出して、一月に5日くらい寝込んでいた。
腎臓病、肺結核、メニエール病・・どれも痛い病気ではなく、じっと安静に寝ていればいい怠け者にはぴったりの病気で、本がたくさん読めたのは幸いだった。
そんな私が現在、会う人に「とても元気ね」と言われる。
たしかに周囲の同年齢の友人たちが「最近、体力が衰えた」と嘆くのだけれど、私はなんだかますます元気になっている感じがして少々気が引けている。
どうしてこうなったか?
実は私もよしもとさんと同じように「いろんなとりくみをしてきたため」なのだ。

私は西洋医学を否定するものではない。
手術が必要なら手術を受けるし、感染症にかかったら抗生剤治療を受けるだろう。
でも基本的、恒常的には、代替療法と呼ばれる療法を選ぶ。
その理由として、人間は天然素材でできているから。
化学製剤をながく続けると副作用が出るし、自然治癒力が衰える。
だから鍼灸、整体、気功、アロマテラピー、呼吸法、ホメオパシー、ヒーリングなどで体を整えてきた。
・・そしてとても元気になった。

この本には4人の代替治療に携わる人が紹介され、よしもとさんと対談している。
彼ら4人の治療法はそれぞれに異なるが、不思議なことにその健康に関する哲学や思想は同じものを基盤としている。
お腹への気功のチネイザンの大内雅弘、ホメオパスの勢?孝代、セラピスト安田隆、ロルファー田畑浩良。
(田畑氏はよしもとさんの夫。彼女がボディワークをしている人と結婚しているのは知っていたが、こういう人というのはこの本で初めて知った。よしもとさんが結婚するだけのことはある、という人だ)。
この本の最終章にはよしもとさんの友人のるなさんのがん闘病記が載っているが、これを読むと「るなさんって、とっても健康な人だ」と思ってしまう。
るなさんはかなりシビアな転移がんで、その治療はハードなのだけれど。

上記の4人の治療者たちは「病気がないことが健康」とは考えていない。
病気であっても健康と思える体と心のありかたを問うているのではないかと思える。
体のある一部分が病んでいたとしても、その人の全部が病んでいるわけではない。「健康イコールどこも悪くない」ということでは絶対ないのだ。
病んでいない部分で人は健康で幸せになれる。スゴイ人なら病んでいる部分であっても幸せになれるのかもしれない。
そのためには体と心と魂が繋がって三位一体となっていなければならない。
体だけをエクササイズで鍛えるのはよくないし、瞑想ばかりをして心だけを鍛えるのもよくないらしい。
いちばんむつかしいのは魂を鍛えることだ思うが、体と心がバランスがとれて強くなれば、魂も強くなるような気がするな。

「良い気」を持った人から治療を受けたい。
治療は手や指で触るもの。その手が悪しき心を持つ人の手だったり、暗い気持ちの手だったりすると、その悪い気がこちらの体に入り込んでしまう。
この本の4人の治療者たちからは「良い気」が伝わってきて、彼らの治療を受けてみたいと思う。
けっして安い治療費ではないだろうけれど)。
彼らの治療がどんなものかを説明するには、この本の全部を書き出さなくては追いつかず、それは不可能なので、是非、この本を読んでもらうほかない。
「これをすると健康になる」「これを飲めば元気になる」というハウツー健康本ではこれはない。
「健康って?」なにかだけでなく、「どう生きるべきか」を本質的に分かりたい人のための一冊だ。
ライブラリーで借りて読んだけど、これは買って永久保存します。
posted by 北杜の星 at 07:40| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月29日

よしもとばなな「スナックちどり」

主人公のさっちゃんは40歳を前に離婚した。
元夫はいつも明るく、人を幸福にすることに心を砕く人だったが、どこか薄く浅かった。
同じ職場だったためさっちゃんの方が辞職し、実家に帰ってきた。
仕事を失った彼女はロンドンの友人のところへ行った。

さっちゃんのいとこのちどりははやく父母を亡くし、下町でスナックを経営する祖父母に育てられた。
その祖父母も亡くなり、スナックを閉じてバーに改装する期間中、パリに旅立った。

そんな二人がイギリス西部のコーンウォール地方に出かけ、海辺の小さな町で4泊もすることになった。
その町の名前が、ペンザンス!
懐かしいなぁ。
もう40年以上前になるが、私はペンザンスに一度だけ行ったことがある。
もっとも目的地はペンザンスではなくてもう少し北のセント・アイヴスだったのだけど、途中でなんとなく立ち寄ったのだ。
この本に書いてあるように、何もないところだった。
以来ペンザンスの名前など聞いたことも目にしたこともなかったのに、ここでこうして出会えるなんて。

さっちゃんとちどりがペンザンスを訪れたのは春まだきの寒い季節。
みんな白い息を吐き、コートとマフラーで身を固めていた。
そんななか彼女たちは、セント・マイケルマウントという元修道院のある島へ渡った。
そう、フランスにあるあの有名な世界遺産のモン・サンミッシェルと同じ名を持つ、同じようなロケーションの島だ。
(よしもとさんはモン・サンミッシェルより明るくて美しかったと書いている)。
この島の頂上にあるレストランの「クリームティ」を楽しむ二人。
「クリームティ」というのはこのあたりの「アフタヌーン・ティ」で、たっぷりのクロテッド・クリームをスコーンに乗せて食べるもので、濃厚だけどあっさりしていて(でもやっぱり濃厚で)とても美味しいのだ。日本のクロテッド・クリームはあれはクロテッド・クリームではなくて「モドキ」だ。
でも私の記憶ではコーンウォールの方では、コーニッシュ・クリームと呼ぶんじゃなかったかな?
(デヴォン州出身の友人は絶対に「デヴォンシャー・クリーム」と呼んでいたけど)。

小さなホテルのイケメン・シェフのつくる極上のイングリッシュ・ブレックファースト、ホテルの隣のタイ料理店の辛い辛い料理、こってりしたポテト、ギネス・・
出てくる食べ物がどれも美味しいだけでなく、心を温めてくれる。
さっちゃんは自分が切り出した離婚とはいえ、喪失感はぬぐえないし、ちどりは祖父母の不在をいまだ悲しんでいる。
それでもちょっとした旅、美味しい食べ物は人をほんのひととき慰めてくれる。
そして明日に光を当ててくれる。
さっちゃんもちどりもまだ40歳前。
人生は新たに始められるし、まだまだ続く。

よしもとばななって私にとって大切な作家だ。
ぐだぐだと長く説明の多い文章はなんとかならないかと今回も思うのだけど、そんなことが問題ではなくなるほど、「善なる」ものの力があって、読むと幸せな気分になる。
読んで後悔したことが一度もない作家さんです。

アフタヌーン・ティといえば、20年前に友人がプレゼントしてくれた素敵なティ・ポットが我が家にあります。
ティー・コージーつきで、フェルトが内張りにしてあって紅茶が冷めないようになっていて、ポットは外して洗えるんです。pot.png   !cid_BA21FAB9CD074A55954D9805E61DB44D@abepc.png

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2013年11月24日

山崎ナオコーラ「昼田とハッコウ」

東京の住みたい街ナンバーワン、幸福寺にある地元密着書「アロワナ書店」。
この店の三代目ハッコウは名ばかりの店長で、本が好きなわけでもなく、いつもフラフラしている。彼はなにかしらパニック症候群でもあるのか、電車や車に乗って幸福寺の街から離れることができない。
ハッコウと同じ屋根の下で一緒に育ったのが従兄の昼田だ。
昼田は父親知らずのうえ母が幼いころ亡くなったので、ハッコウの父(「アロワナ書店二代目)が引き取って育ててくれた。
だから昼田とハッコウは同年でもあり双子のように育った。
昼田は有能で六本木ヒルズのIT企業に勤め、今は一人暮らしをしている。

ハッコウの父がお正月の餅を喉に詰まらせ急死したことから、「アロワナ書店」の経営を昼田は真剣に考え始める。
幸福寺の駅には大型書店ができて、中規模の「アロワナ書店」は苦戦しているからだ。
この作品は昼田とハッコウの本屋再生物語なのだが、読んでいくと、昼田やハッコウよりも誰よりも、山崎ナオコーラ自身の本屋さんへの想いの強さを感じる。
これは街々で頑張っている昔ながらの本屋さんへのエールだ。

ここでのテーマはもう一つあると思う。
それは緩やかな人間関係だ。
昼田とハッコウもそうだが、ハッコウの放浪癖のある兄、美術学生の弟など個性は豊かなのにもかかわらず、彼らは相手を強くプッシュすることもなく、非難することもなく個々の生き方を受け入れている。
それじゃぁバラバラなのかというと、そうでもないのだ。
こうした人間関係は今の若い人たちの結びつきそのものではないだろうか。
激しさ、熱さ、強さ、濃さなどという言葉とは遠いけれど、でも彼らの絆は確かにある。

もちろん幸福寺は吉祥寺がモデルとなっている。
井の頭公園や商店街などの雰囲気もだからそのまま。
吉祥寺を知る人には楽しい本だ。
かなりの長編で、無駄に長すぎる気がしないでもないが、あまり多くない登場人物はみな魅力的だった。
「昼田とハッコウ」というそっけないタイトルは、感情過多にならない主人公たちにはぴったりだ。
posted by 北杜の星 at 07:48| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月12日

山口果林「安部公房とわたし」

告白本である。
こういう告白本はともすれば読後感が悪く、読んだことを後悔することが多い。
自己弁護や相手への恨みつらみからの暴露などの「悪い気」がまき散らされているからだ。
この本にもそれは皆無とはいえない。とくに安部公房の奥さんへの言及にそれを感じる。
それでもここには著者、山口果林の青春の思いを記録しておきたいという切実な気持ちがあり、それは理解できるものだったし、感情過多にならないような筆の抑制が好ましかった。

安部公房と山口果林の関係についてはかなり以前から知っていた。
劇団関係の知人から聞いていたものだ。
でもそれは「噂」で、当人たちにとっては違う側面があるはずとずっと思っていたので、今回のこの本で真実(山口果林からの)を知ることができて興味深かった。

山口果林が安部公房と知り合ったのは彼女が18歳のとき、桐朋の演劇科の生徒と師としてだった。
公房からの熱心なアプローチに、若かった果林は戸惑いながら惹かれていった。
それ以来25年間。公房が亡くなるまでその関係は続いた。
NHK朝の連続テレビ小説のヒロインに抜擢される直前の堕胎、舞台美術家として夫とともに仕事をしてきた公房の妻との葛藤、公房の前立腺癌などが赤裸々に語られる。

けれどそれがこの本の目的ではないのだと思う。
果林は安部公房との日々を苦しみながらもたくさんのことを吸収し、演技者として大きくなってゆく。
あくまで舞台志向だったのに、安部公房との諸事情のために活動をテレビにシフトしなくてはならなくなるが、それでもそのなかで誠実に仕事に徹した。
やがて妻と別居した彼と箱根の別荘と彼女の杉並のマンションで、なかば同棲となった。

このなかには創作をする安部公房の姿が書かれていて、その当時の彼の作品がこのような過程でできたとわかるが、それ以上に読者が知らない公房の素顔を見ることができる。
それは彼の作品からは想像ができないほどカワイイ。
車が好きで、カメラなどのモノが大好き。車雑誌とモノ・マガジンがあればご機嫌だったようだ。

安部公房が奥さんと離婚できなかったのは、新潮社のある編集者から「ノーベル文学賞のためにスキャンダルは避けてくれ」と言われていたからだそうだ。
だから安部公房が果林のマンションで倒れた時に、彼女自身で救急車を呼べず、彼の医師である一人娘を介して呼ばなければならなかった。
それが公房の直接の死因ではないのだろうが、果林はそのために処置が遅れたことをずっと後悔していたようだ。

山口果林は現在60代半ば。
これまで安部公房の娘の著作にも一切触れられていない「透明人間」の自分に、一条の光を当てたかったのだろう。
なぜならそれは彼女の輝く青春だったのだから。
作家と女優という関係、男と女という関係、この本にはその両方が描かれている。
ただ時系列がぐちゃぐちゃで、少し読みづらかった。
posted by 北杜の星 at 07:34| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月03日

吉田智子「江戸創業金魚卸問屋の金魚のはなし」

東京都文京区本郷に創業350年になる金魚卸問屋がある。
著者の吉田智子さんはその店の7代目女将だ。

私が小さな頃はどこの家にもガラスの金魚鉢が置かれ、そのなかで金魚がひらひらと泳いでいた。
昭和30年代がもっとも家庭で金魚が飼われていた時代だったそうだ。
お祭りの夜店で金魚すくいを体験した人も多いだろう。
泡がブクブク出る立派な水槽に熱帯魚はいても、また風流にメダカを飼う人はいても、あの金魚鉢も金魚もほとんど見なくなったのはなぜなのか。

金魚はおよそ700年前の室町時代に、中国から渡来した。
体型別に4つに分けられるという。
「和金」「琉金」「オランダ獅子頭」「らんちゅう」の4種だ。
この本にはさまざまな金魚の写真と説明がある。
金魚すくいで見るもの、ピラピラしたもの、頭がボコボコのもの、目が出てるもの。
色だって赤、黒、赤白、斑。。

本当を言えば私は金魚はどうも苦手で、値段の高いものほどダメ。
だって頭ボコボコなんてあれ、畸形としか思えない。
大昔、金魚鉢の水を替えるのに金魚を移すとき、手で直接触れなくて紅茶のストレイナーを使ったところ、母からこっぴどく怒られたことがあるが、それくらい敬遠したい生きものなのだ。
泳ぐものも飛ぶものも好きじゃない。ただ猫だけを盲愛している人間だ。

それでもこの「金魚のはなし」にはとてもとても興味をひかれた。
だって智子さんの金魚への愛情がいっぱいなんだもの。
金魚の知識は盛りだくさんだし、金魚の正しい飼い方もわかる。

金魚が水温0℃〜35℃までで生息して、夏バテをするし、冬眠するって知ってました?
金魚が15年くらいの長寿だって知ってました?(金魚すくいでとってきた金魚は短命だけど)。
向井千明さんと一緒に宇宙に行った金魚がいるって、知ってました?
こういうのって、誰かと話をしているときのちょっとした話題に最適ですよね。
そんな金魚のあれこれがこの本にはたくさん載っている。

智子さんの店は金魚卸問屋だけではなく、今では素敵なカフェが併設されている。
「金魚坂」というのが店の名前。
お茶だけではなく、黒カレーなどのランチも楽しめるらしい。
もちろん金魚を買えるし、なんと金魚すくいまでできちゃうお店だそうだ。
触らないで見るだけなら、一度覗いてみたい
posted by 北杜の星 at 07:34| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月09日

吉田修一「愛に乱暴」

初瀬桃子、結婚8年になる主婦。子どもはいない。
カルチャーセンターで手作り石鹸の講座を持っている。
夫、真守の両親の家の敷地の離れに住んでいる。その離れには昔、夫の祖父の妾が住んでいたらしい。
義母と桃子はそれなりにまぁうまくいっているようだ。
そんな桃子の暮らしが、ある日突然崩壊する。
真守が不倫をし、しかも相手の若い女性は妊娠しているという。

と書くと、これはよくあるお話なのだが、よくあるお話で終わらせないのが吉田修一の力量だ。
前半のさまざまな出来事が後半への伏線となって、帯文にある「読者も騙される」ということになってゆくプロセスは見事。
しかし構成だけがこの小説のすべてではない。
桃子が次第に孤立して不気味な行動をする怖さ、哀れさ、悲しさの描写が印象的だ。
夫の不倫の相手の状況と、結婚する前の自分の状況のあまりの一致が、桃子をなおも意固地にさせるのか。。

不思議なのは、この小説のメインの登場人物たちに好感はもてないのに、彼らの気持ちがとてもよくわかることだ。
人間の感情のもって行きどころとして、ごく当然の反応だからか。
でもラストがちょっと納得できなかった。
ひょっとしたら吉田修一は、これをどう終わらせていいのかわからなくて、こうしてしまったのではないかと思ったくらいだ。
せめて桃子を暗い穴から救い出したかったのか。

桃子を含めみんな「悪人」ではないのだけれど、「善人」とも言えない。誰かを傷つけているのは事実だから。
ただ周囲の人たちは、伯母にしてもカルチャーセンターの男性にしても近所の中国人にしても「善人」なのがこの小説のおもしろいところだ。
浅い付き合いだからこそ、人は人に優しくなれる。
人間は深く関われば関わるほど、お互い「善人」でいることは難しいのかもしれない。
posted by 北杜の星 at 07:40| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(1) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月26日

楊逸「流転の女」

林杏は中国留学生。
彼女は法律を勉強しているが、時給900円の居酒屋でのバイトを続ける苦学生だ。
そんな彼女に同級生の弁護士の父親から、中国人容疑者の通訳をしてほしいと依頼される。
往復と仕事にかかる時間は3時間50分。その報酬はなんと1万5千円だった。
林は1万円札の肖像の福澤諭吉を万太郎と呼び、5千円札の樋口一葉に「おせん」という名をつける。
そしていつの日か再会することを夢見て、「おせん」の番号を書き留める。
何回か通訳のバイトで稼ぐお金を見るたびに、彼女は最初に手にした「おせん」の行方に想いを馳せる。

林が主人公となる章とお札の「おせん」が主人公となる章で構成されるこの小説、お金にまつわるあれこれが描かれているのだが、どうもみんなうまくはいっていない。
林の両親は臓器移植の仕事をし始めるが失敗、同じ留学生仲間の陳は胡散臭い男にひっかかっているし、通訳を頼まれた容疑者とその一味もなにやら危ない橋を渡っているようだ。
一獲千金を狙っても、そううまく運ばないのが世の常というもの。

貨幣がなかった大昔、人々は平和だったのだろうか。
お金は魔物というけれど、それなら「おせん」は魔女なのか。
「おせん」は日本を離れて「流転の魔女」となってしまった。
お金がないのは不幸せ。だけどあればそれで幸せなのか。

この小説の構成が成功しているかどうか私にはわからないが、「おせん」が主人公の章は、いろんなことが起きるわりには退屈だった。
だっていくら「おせん」を擬人化しても、5千円札に感情移入するのはムツカシイです。
posted by 北杜の星 at 08:01| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月12日

米本浩二「みぞれふる空」

毎日新聞記者の米本氏が福岡から東京へ単身赴任中に、妻の佐恵香さん(サーちゃん)が病気になった。
病名は脊髄小脳変性症。1万人に1人という難病だ。
発症後5年で歩けなくなり、言語障害となり、やがては死に至るといわれ、治療法はなくリハビリをして進行を遅らせるだけという病気である。

サーちゃんはまだ44歳だった。
思春期の娘が二人いる。長女の桜子と次女の胡桃子。
だんだんとできないことがふえてゆく。できることも時間がかかる。入浴は2時間もかかるようになった。
それでも生来几帳面でキレイ好きの彼女は、洗濯も皿洗いも掃除も自分でやろうとする。
(彼女は台所は自分の領域と考えていて、夫が入るのを嫌った。)

苛々して夫の米本氏に尖った声が出ることもずいぶんあった。
そのうえ娘たち、とくに長女の桜子の反抗がすごかった。
「うざっ、きもっ、きしょっ」の3つの言葉しか発しない。(きしょっというのは気色悪いの意味らしい)。

でもこの本のよしもとばななのあとがきを読むと、桜子の気持ちがわかったような気がした。
「思春期というのはどうしても思ったことと行動が裏腹になってしまい、なんでじぶんがそこまでしてしまうのかわからないようなことをしては、苦しみのなかでもがく」。
きっと桜子は病気のお母さんを受け入れることができなくて、お母さんとどう向き合っていいのかわからなかったのだ。
(よしもとばなながあとがきを書いたのは、米本氏が東京本社の学芸部に居たときに、彼女の新聞連載小説を担当したという経緯から)。

サーちゃんや娘たちを観察する米本氏の目は鋭い。しかし筆はたくみな例えやユーモアを交えながらとてもやさしい。
ときには妻の病気に絶望的になることも、家事の大変さに音を上げることもあった。
それでも必死で妻を支え、家族の要となろうとする米本氏には胸を打たれる。

漢方薬も試した。遠い安曇野の気功の老師の治療も受けた。
しかし少しずつ進行をしているサーちゃん。
でも発症後5年で歩けなくなると宣告されたにもかかわらず、5年をとうに過ぎた今も彼女は歩けている。
デパートで美味しいものを買っている。

米本氏は歩けなくなったサーちゃんには「這う」ことが残されていて、これは希望であり、新しい出発だと書いている。
もちろん「這う」という姿を想像すると最初はなんとも言えない気持ちになったのだが。
あとがきでよしもとばななも同じことを書いていて彼女の父親(吉本隆明)は「人生の最後の10年くらいはほとんど歩けず、ずっと家の中を這っていた」そうだ。
最初は暗澹となっていたが「やがて這う父に慣れ、そして這う父との幸せな思いでをたくさんつくった」とある。

これを読み思ったのは、医師の役目ということ。
治癒のない難病患者にたいして医師ができることは、せめて心を添わせることではないだろうか。
ケアレスに患者を傷つけることがないように、「言葉」の大切さを肝に銘じてほしい。

この本には日野啓三の作品からの引用が何箇所か載っているが、米本氏は文芸部の記者だけあって文学好きの方のようだ。
でも米本氏の文章は即物的な新聞記者っぽいものではなく、かといって変に情動的でもなく素敵だった。
posted by 北杜の星 at 07:27| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月30日

山口真美「赤ちゃんは顔をよむ」

心理学にはいろんな分野があるが、私がもっとも興味あるのが発達心理学だ。それも赤ちゃんの発達心理学。
だからこのような本があるのはとてもうれしい。
発達心理学には人間の発達プロセスもわかるが、人類の進化もわかると思う。
どちらにしても脳がいかに働くかを知るのはとてもわくわくすることだ。

視覚障害者を別として私たちは顔で人を認識する。
それではいつから人の顔がわかるようになるのか?
そしてどのようにして人の顔の差異を区別できるのか?
さまざまな実験(CGをつかったものなど)から、赤ちゃんがどのようにして顔を認識するかを研究している。

赤ちゃんは生後かなり早い段階から、いろんなことがわかるんですね。
お母さんの顔はもちろんのこといろんな人の顔を認識する。また複雑なものが好きみたいだ。
物の形の違いや大きさの違いもちゃんと見分けられる。
赤ちゃんはじっとなにかを真剣に見つめていることがある。そんなとき赤ちゃんは言語化できないだけで、多くのことを考えているのだ。
「視覚と脳」が結びついている。
赤ちゃんには他の動物と同じところも多くあるが、人間としての成長過程もあって面白い。

「赤ちゃんは顔をよむ」が、私はどうも人の顔が覚えられない。
場所や服装などが同じ条件ならわかるのだが、他の場所にその人がいたりすると誰だかわからないのだ。
顔をきっちりした造型として認識しているのではなく、なんとなくイメージでつかんでいるだけなのかもしれない。
ホテルのコンシェルジュのような人のなかには、何千人ものお客さんの顔と名前を覚えていて、その人の名前で「いらっしゃいませ」を言うスゴイ人がいるらしいが、私にすればあれほどの神業はない。
最近ブラッド・ピットが「相貌失認」を告白したが、一気に親近感を覚えた。
多分人に嫌われていると思うと言っているが、ブラッド・ピットくらいになると許されるというか、周囲の人が気を使ってくれる部分もあるのでは。
あのイトヤマさんも顔が認識できない人のようで、5回くらい同じ人に「はじめまして」と言うらしい。
会社の営業職だったイトヤマさん、困っただろうな。そんな人、絶対小説家になるしかないと思う。

・・つまり私もイトヤマさんもブラッド・ピットも、赤ちゃん以下ということなんですね。
posted by 北杜の星 at 06:45| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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