2008年08月03日

リチャード、レイチェル・ヘラー「低炭水化物ダイエット」

私の友人で、若い頃からかなり太っている人がいる。
加齢とともに身体のあちこちに弊害が出るようになり、ダイエットを決意したのはもう2年前だ。
きちんとクリニックへ通い、専門の医師からのアドバイスどおりにダイエットを実施した。
それが糖質を排除するという方法だった。
この本のタイトルにあるように「低炭水化物ダイエット」そのものだ。
米、パン、麺類、甘いもの、野菜のなかでもジャガイモなどのイモ類、かぼちゃ、牛蒡などは食べてはいけない。
一緒に鮨屋に行っても、刺身や焼き物ばかりで、肝心のにぎり鮨は食べない・・という徹底ぶり。
フランスに住んでいたことがある人なので、フランスパン大好き人間なのに、それが食べられないのが一番つらいと嘆いていた。
でもその涙ぐましい努力の結果、彼女、けっこう痩せた。

この本を読むと、炭水化物は肥満の諸悪の根源らしい。
炭水化物を摂らないで、たんぱく質や脂肪を食べても、太りはしないし、コレステロールなどの数値も上がらないのだそうである。
たしかに、炭水化物が太る原因というのは、私の経験でも理解できる。
夏になると食欲が落ちて、冷たい麺類ばかりを食べると、ぽっこりお腹が出るもの。
そういうときに、コールドミートをたくさん入れた具沢山のサラダをどれだけお腹一杯食べても、決して体重は増えないのだ。
炭水化物オンリーの食事は太る。確かに太る。

だけどね、長い歴史のなかで人類は穀類を食べて生きてきたのじゃないかな。
穀類は穀類の役割を持っていると私は思うのだけど・・
例えば、糖尿病患者の糖質完全排除で好成績を挙げている四国の糖尿病専門クリニックなどあるけれど、それは病気治療のため。
ただ痩せたいがために、炭水化物を全然摂らないのは正しい方法なのだろうか。
これを読んでも、私は懐疑的。

前述の私の友人、痩せたのだけど、長い間の食習慣を変えることはそう持続できるものではないようで、現在は大好きなパンを楽しんでいる。
すこぶる幸せそうだ。
彼女の体重?想像におまかせしましょう。
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2008年01月06日

李希和「平和三色」

著者は在日朝鮮人二世。
この本は、北朝鮮帰国事業時代に祖国に帰った親友のその後と自分との関りを書いたものである。
これを読むまでは、帰国事業で北に帰った人たちは、夢と希望に満ち溢れていたのだと思っていた。
その頃の日本社会の朝鮮に対する差別意識や、その差別による経済的な苦しみのために、祖国に帰りさえすればよりよい人生が送れると考えていたのだと。
しかし多くの在日の人たちが、北朝鮮がパラダイスではないことを当時から知っていたのだ。
朝鮮総連の、愛国心に訴える巧みな誘導に心理的に追い込まれて帰国を決意した人も多い。
そしてその後の彼らの人生は、予想したとおりのものとなった。彼らは人質となったのだ。

日本に残った家族からの仕送りが豊かにある場合は、まだいい。
そうでない人々は「在日」と蔑まれて差別され、ちょっとしたことで強制収容所の送られたという。
送金できる在日の家族には、法外な献上金が課せられた。
それは現在に至るまで続いている。
日本からのそうした金品がなければ、北朝鮮の経済は成り立たなかった。
あの万景峰号という船も、在日朝鮮人からのプレゼントである。

祖国で過酷な生活を強いられている彼らに、なんとか救いの手を伸べようとする主人公たちの努力。
祖国一辺倒だった在日朝鮮人も、最近は北の実情をきちんと把握していて、これではいけない、何かが出来るはずだと考えるようになった。
朝鮮総連や朝銀の成り立ちが、この本を読むとよくわかる。
総連と民団とのこともわかる。
彼らのことを考えるたびに、私は日本という国はひどい国だと思ってしまう。
在日も今では三世、四世の時代だ。日本に生まれ育って日本語しか話せない人も多いだろう。
この国で働き税金を納めているのに、選挙権も与えられていない。
権利がなくて義務だけがある、おかしなことである。

主人公と帰還した親友のサンスは、高校時代から学校をサボって麻雀をしていたほどの麻雀好き。
「平和三色」・・ピンフサンショク。
北(朝鮮民主主義人民共和国)と南(大韓民国)と日本。
三国間に平和が訪れるようにとの、祈りの本である。
posted by 北杜の星 at 08:12| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ラ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月18日

リービ英雄「千々にくだけて」

主人公エドワードは日本に住み日本語で小説を書いている生粋の白人アメリカ人。
或る夏の終わりNYに帰ろうと飛行機に乗った。
バンクーバーを経由地としたのは唯一つの理由からだ。
それは彼がヘビースモーカーで、直行便はとんでもない、バンクーバーだと西海岸経由より2時間はやく煙草が吸えるということだった。
しかしバンクーバーに着くと、アメリカへの国境は突然閉鎖される。
「すべての飛行機が地上に釘付けされたのに遭遇し、足止めされた。
ホテルの部屋で一人で朝から夜中までテレビから流れてくるおぞましい映像を見ながら、一週間バンクーバーで過ごした後、
そのまま東京に帰ってしまった」
そう、9月11日のNYテロの日だったのである。

やっと繋がったブルックリンに住む妹の電話は、
「空の中をとめどなく流れてきて、ストリートとビルに静かに落ちる灰の中に、紙のきれはしが飛ばされて」いると伝える。
何千枚もの壊れた窓から飛ばされた書類やメモ用紙が川を渡ってブルックリンにまで、2マイルも3マイルも離れて降っていると言う。

この「千々にくだけて」のタイトルは、松尾芭蕉の
   島々や
      千々にくだけて
        夏の海
からとっている。
この句の千々にくだけての英訳は、broken broken into thousands of pieces 
本の表紙は、銀色に千々にくだけた星くずが散らばっているように見える。
星と見ればそれは果てない宇宙のようだが、でもくだけたビルのコンクリートや窓の破片と見れば、美しいとは思えなくなる。

結局エドワードが家族と会えたのは一年後のことだった。
家族といってもそこには典型的なアメリカの縮図がある。
NYには離婚した両親との間の妹が、ワシントンには母と母と再婚した夫が前の妻との間に持ったアニータという義理の妹が住んでいる。
「千々・・」の次に収められている作品は続編となっているものだ。
在日30年になるエドワードは、英語を聞き頭の中で日本語に置き換える。
日本語で考えて、英語に直して話をする。
30年というのは、そうした年月なのだ。

寄港地バンクーバーで、日本に戻ることも、アメリカに帰ることもできないエドワード。
母国のアメリカの家族はばらばらで、確かな家族は一体誰なのか。
第一家族とはなんなのか。
宙ぶらりんのエドワードのバンクーバーでの状態は、まさしく彼のポジションを象徴してるのではないだろうか。

リービ英雄としては読みやすく、バンクーバーとう土地から9・11をとらえた、興味深い作品だった。
いつものように、「言葉」に対する彼の感覚もうかがえるものだ。
posted by 北杜の星 at 09:30| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ラ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月11日

リシャール・コラス「遥かなる航跡」

著者はシャネル日本法人社長である。
そしてこの「遥かなる航跡」は、彼の自伝的要素の濃い小説だという。
アマゾンに行くかわりに日本にやってきたのは、三十数年前の18歳の時。
パイロットだった父のおかげで、無料でファースト・クラスに乗ってきた。
大きなことから小さなことまで、なんとフランスと違っていたことか!
しかしその違いが、主人公の青年にはとても惹かれるものだった。

日本人以上に日本人らしいという言葉があるが、コラス氏はまさしくその典型の「外国人」である。
鎌倉の家で、着物や作務衣を着て、日本人の妻の用意した和朝食を摂る。
一膳目は卵かけご飯、二膳目は納豆で・・。
妻がそばにいないと何も出来ない。
Yシャツ、スーツ、ネクタイ、すべて妻が用意し、何がどこにあるのかぜんぜんわからない。
「極度に妻に依存している」男なのだ。
そこまで日本的にならなくてもいいと思うのだけど。

ビジネスで忙しいある日、デスクに一通の手紙が置かれていた。
ふだんはすべての郵便物は私信も含めて秘書が開封するのだが、なぜかそれだけは開かれていなかった。
その手紙は無署名無住所で、どこの消印かもわからない。
それを読むうちに、主人公は様々なことを回想し、ついにそれが三十数年前の瀬戸内旅行の時に知り合った少女だ、気付く。
激しい恋だった。
永久を誓った二人だった。
しかし様々な残酷さで、結局二人の恋はかなうことがなかった。
この作品、最初は陽気で青年の持つ溌剌さが溢れているし、ユーモアもあるのだが、少女と知り合ったころの回想となる頃から雰囲気が変わる。
悲しく重くなってゆく。
それとその手紙の文章が、翻訳文ぽくて、違和感がある。
こんな表現、書き方はしないよな、って感じ。

三十数年も日本に住みながら、主人公は
「今でもこの国は貴方を魅了し、魅惑し、感動させつづけ、あなたの五感と好奇心を燃え上がらせ、あなたを惑わせ、怒らせ、ときには不安に陥らせる」
きっとこの間、日本と日本人は大きく変わったと思う。
以前の礼節や恥じらいや誇りはなくなったのではないだろうか。
単に観光ではなく、日本でビッグ・ビジネスをしている著者には、わかりすぎるくらいわかることだろうけれど。

一昨日の友人からのメールで、シャネルの建物の中で催されている写真展に行ってきたとあった。
「洋服はミニが多かった」とも。
私はキッチュで楽しいものが好きなので、高級ブランドにはあんまり興味がわかないほうだけど、きれいな服を見るのは大好き。
コラス氏のような社長がいるシャネルという会社には、このたびちょっと興味を覚えた。
(興味を覚えても、洋服はとてもとても買えないけれど)
この本、フランス語で書かれたものを、日本語に訳してあるのだけれど、さっきも書いたように手紙の部分以外はスムーズに読める。
とってもロマンチックな小説だ。

それとこれを読んで驚いたことが一つ。
私たち日本人は、ファーブル昆虫記でファーブルの名前は誰でも知っているが、フランスでは、プロヴァンス出身者か昆虫の専門家でないかぎり知らない・・そうである。ふーん、わからないものだ。
posted by 北杜の星 at 09:18| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ラ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月08日

李恢成「地上生活者 第一部 北方からきた愚者」

李恢成を読むのは十数年ぶり。
といってももともとそんなに良い読者というわけではない。
「またふたたびの道」「砧をうつ女」「伽椰子のために」くらいしか読んでいない。
印象としては静かな語り口で「在日」の人間をかいている、というものだった。
「在日文学」と呼んでいいのかどうかわからないが、そういうジャンルが存在すると思う。
日本人として日本に生まれ育った私には、彼らの本当の気持ちは計り知れない。
しかし李良枝の血を吐くような作品を読むと、その悩みの強さに圧倒されてしまう。

ドストエフスキーに「地上生活者」というのがある。
李恢成は、早稲田の露文を卒業した人だから、当然これを念頭において書いたたものと思われる。
サハリンに生まれ少年期を送った主人公の高松愚哲が、戦後趙愚哲として生きることにした誇りと苦悩。
その複雑な思いを時代の推移と共に描いている大長編である。
一部、二部、ともに各600ページにもおよぶ。
単純に物理的に重くて重くて、寝っ転がっては到底読めない。
今までの私の読んだ限りの李恢成は真面目で優しくおとなしい感じだったが、この本ではユーモアもいっぱいだ。
内容がヘヴィーでしかも長編なだけに、そのユーモアが救いとなっている。

愚哲は自分が朝鮮人であることをカミングアウトする。
そのつらさ厳しさがあっても、やはりこれは青春記である。
キラキラ輝くものにあふれている。
友人たちとの濃密な付き合い、先生との交わりはうらやましい。
あの当時の若者たちは今よりもっともっと社会に関って生きていたのだと、驚いてしまう。
自分という個が社会と大きく繋がっている。
だからこそ周囲の人間たちとも近しく結びつけるのだろう。

これはほとんど自伝らしい。
主人公は「売れない作家」を自認する年老いた愚哲である。
この「第一部」、私には大変面白かった。
個人的に在日の友人も何人かいるし、その家族の歴史や苦労を聞き知ってはいるのだが、知ることと深く理解することは別のことだ。
そして心を寄せることは、もっと別のことなのだ。

第二部も読みたいのだけれど、ちょっとインターバルをおきたい。
だってホント腱鞘炎になるくらい重かったんだもの。
手首を休めたい。
posted by 北杜の星 at 08:59| ☔| Comment(0) | TrackBack(1) | ラ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月27日

リービ英雄「我的中国」

本の紹介の前に・・
作家小島信夫が亡くなった。九十一歳だった。年齢に不足はないが、私はものすごく寂しい。
夏が終わった頃に「残光」について書いたばかりだったのに。
小島作品は難解なので、わたしがしっかりと理解できていたかどうかは頼りないが、好きな作家だった。
第三の世代といわれていても、ほかの第三の世代の人たちとはちょっと作風が違っていて、不思議な前衛的私小説だった。
私にとって、「巨星」がおちた。悲しい。どうぞ安らかに。

「我的中国」
中国語を少し、日本語を流暢に操りながら「在日白人アメリカ人」が中国を旅する、私小説的紀行文である。
個人的にリービ英雄という作家というより人間にとても興味を持っている。
彼の言語感覚、言語を通して成り立っている彼の世界というものを、知りたいと考えている。
彼にとって、生まれ育ちだけでなく、言語の取得の仕方が彼の生き方に大きな影響を与えてきたからだ。

中国人にとってもきっと彼は「変なガイジン」だったのではなかろうか。
彼が中国をどう見たかも面白いが、中国人が彼をどう見たかのほうが、もっと面白そうだ。
彼にとって言語、民族、国がどんな意味を持つのか。
醒めて斜めに物事を見るのでもなく、熱い視線で熱心に見るのでもなく、リービ英雄は旅をしている。

彼は田舎より都会が似合う人だ。
たとえば北京
「北京という都市は、京都とパリとワシントンD.Cをいっしょにしたような、文化の自覚と自己中心性と、過剰なほどの権力意識をない交ぜにしたところだった」と書いているが、母語ではない日本語で考えながら、街を歩く彼の姿が目に浮かぶ。

もちろん都会だけではなく田舎にも彼は行く。
「京成電車さながらに揺れる」列車に乗り、「ウクライナにもドイツにもイギリスにも住んだ」と話す老大学教授と会話をしたり、山を売り、金ピカのセイコーやオメガの時計を手首にはめた農民から「年収はいくらか」といささかの遠慮もなく聞かれたりしながら、旅を続けているのだ。
これは数年前に出版された本なので、変わりゆく中国が垣間見えるが、現在はもっともっと違っているのだろう。

旅はおもしろい。旅ほど旅する人の考え方、ライフスタイルなどを表すものはない。
どういう旅をしたかで、その人がわかってくる。
小説だけのリービ英雄よりは、この本を読んで、彼に少し近づけたような気がする。
posted by 北杜の星 at 08:43| ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | ラ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月20日

領家高子「夏のピューマ」

画家の妙子は一面識もない永沢英之に自分の絵を送った。
永沢は異端の哲学者と呼ばれた九鬼周造の研究者である。
そこから始まる「究極のエロス」の恋愛・・。
いくつかの謎の扉を開かないと永沢というオトコの実体には到達できないのだが、まぁこの永沢のエキセントリックなこと。女がエキセントリックなのは、それが美人なら許すが、男のそれはちょっと勘弁してもらいたい感じだ。ひとつの精神障害の表れだとのちに判明するのだけれど。
それにしても領家高子、わけのわからない小説を書いたものだ。

この本の背景には、九鬼周造哲学がある。かれの「いきの構造」や偶然をめぐる哲学が随所にでてくる。
九鬼周造は西田幾太郎と同時代の人だが、かなり変わった人だったらしい。
つい最近絲山秋子のエッセイを読んでいて、九鬼の「いきの構造」が出てきたのにはちょっとびっくり。絲山さん、かなりいろんな本を読んでいるんだなぁと思った。

「夏のピューマ」の永沢の謎が解き明かされるたびに「偶然」が作用し、妙子は強く結び付けられていく。
他の領家高子の「向島」「墨提」「言問」の三部作でわかるように、彼女の母親は向島の売れっ子芸者だった人だ。
この作品の妙子、永沢、そして九鬼周造の母親もみんなそう。領家高子にとって、母親が芸者だったということは、彼女のアイデンティティーそのものなのだろう。だから主人公たちの共通項で、小説を書いてみたかったのかもしれない。
でも私には「究極のエロス」とは受け取れなかったし、わけのわからない小説だった。

領家高子は硬質な文章を書く人で私はすきなのだけれど、作品によって、出来不出来の差が大き過ぎると思う。
私がこの深遠な哲学テーマを理解できないのは別として、残念だ。
posted by 北杜の星 at 09:10| ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ラ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月07日

ロレンツォ・リカルディ「きみがくれたぼくの星空」

一体誰がこんな気恥ずかしい題をつけるのだろう。ったくもう。
老いぼれて老人ホームでくらすトンマーゾは、最初の一年一言も口をきこうとしなかった。
辛らつで神を信じず、ひとくくりで「おじいちゃん」と呼ばれることに激怒し、職員に罵詈雑言を浴びせる。
年老いて半身不随になってオシメをしていても、頭がボケているわけではないのに、ウスノロ扱いされるのには耐えられない。
トンマーゾは著名な物理天文学者だったのである。
怒りに震えながらも彼のシニカルな観察眼は、どこかユーモアがあり楽しいし確かだ。彼の感受性と分析力はまだしっかりと残っている。
しかしなにかをしようという積極的意欲は失われてしまった。

そんなトンマーゾに天使が舞い降りた。
エレナというやさしく理知的な、なによりも年老いてなお愛することを恐れない女性。
彼女は彼に、愛と再び生きる勇気を与えてくれた。

老いらくの恋物語なのだが、著者が心理学者ということもあってか、心理描写が鋭く、たんなるお涙頂戴ストーリーに終わっていない。
トンマーゾが科学者という設定なので、宇宙とか理系の話がたくさん出てきて興味深い。
なかでも彼が、宇宙からずっと離れたところでは、光の速度ははるかに速いと信じているという箇所で、私は思わず「そう、そうなのよ」と叫んでしまった。
何を隠そう(というほど大げさなことではないのだが)、実は私もそう考えているのである。
夜空の星の光は、何千年前に輝いた光がいま届いているのだよ、ということ、あれは違うのだと思っている。光の速度は宇宙の場所場所で違っていて、宇宙ができた頃と今ではその速度も違うのではないだろうかと・・。もちろん私のような科学オンチが考えることだから、何の根拠もなく、荒唐無稽なことかもしれないし、アインシュタインにたてつく気もないのだけれど。

この本はタイトルほどロマンチックではない。ロマンチックに読もうとすればいくらでも読めるけれど、もっと辛口なものだ。
日本でもイタリアでも、老人ホームではというか老人を扱うやり方は同じなんだと、ちょっと絶望。
イタリアで大ベストセラーになったらしいが、なっても不思議はないくらい面白かった。
ただあとがきにあるように電車のなかで「原稿を読みながらうるうるになって困ってしまった」ということはなかった。
感動本ではあるけれど、泣かせ本ではないんじゃないかな。
posted by 北杜の星 at 14:45| ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ラ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月14日

レアード・ハント「インディアナ、インディアナ」

静かで美しい作品だった。
こういう本を読むとしばらくは何も読みたくない。
しんと余韻にひたっていたい。

インディアナの農場に、年老いた知的障害のある男ノアが住んでいる。
ノアを訪れるのは一人の友人だけ。ほとんどを過去の回想のなかに生きているようだ。
回想と交差して、精神病院に居るノアの恋人オーバルからの手紙が引用されている。
時が整然として並んでいないので、脈絡をつかむのに苦労するが、最後まで読んでいくと、わからなかったピースがきちんとおさまってゆく。

全体に漂うノアの深い喪失感が胸に滲みこむ。
ノアのかなしみは過去であって過去ではない。ノアの今に続く全人生なのだ。大切なものを失うことがどんなことか。そして私たちは多くのものを失いながら年老いてゆく現実。
そういうことが、インディアナの農場の鳥や木や花に囲まれた牧歌的な風景のなかで起こってゆく。

ノアの父親は元教師だけあってか、ノアに語る話は、時に寓話的であったり、啓蒙的であったり、ユーモアもあって楽しい。
母親は地に足がついるって感じのなかなかのリアリストだ。
隣人たちもみなノアには優しい。
ノアが郵便配達の仕事をしていた時のエピソードがかわいい。
郵便を持っていった家では食事時だった。ノアはごく当たり前のように食卓に着く。美味しく食べ終わりノアは夫人に「郵便を持ってきました」と言う。
「そのようだね、ノア」。
ノアは郵便受けに入れる代わりに、石の下に置いたりするので、結局はクビになるのだが・・。

そのように暖かな人たちをノアはしかし憎むようになるのだ。
オーバルに恋をして幸せな暮らしを始めたときに、ある事件がおこってしまう。
オーバルの精神の病気が原因でおこったために、オーバルは遠くの町の病院に入れられてしまった。
ノアはどうしても納得できない。
それまで知らなかった黒い感情をあの大好きな父に対しても持つようになる。

静かで悲しくて、でもどこかほのおかしくて、ちょっと残酷で、良い意味の叙情が流れている小説だ。
おそらく今年前半で読んだ本のベスト・ワンかもしれない。
当然と言えば当然なのだが、あの柴田元幸の訳が素晴らしい。訳本に時々感じるツッカカリがどこにもなく、ゆったり流れる時間と空気をそのまま日本語にしている。

実は昨夜(7月13日)、柴田元幸と作家の栗田有起のトーク・ショーが都内の書店であったのだが、私は夏風邪を引いて行けなかった。とても残念。
栗田有起も「インディアナ、インディアナ」に深い感銘を受けたのだと言う。

胸に抱きたくなるような本に出会った時ほど、幸せなことはない。
そして年にほんの一回か二回あるかどうかだが、読み続けていると必ず出会えるのがうれしい。
posted by 北杜の星 at 09:44| 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | ラ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月22日

ルカ・ローリア「イタリア人はなぜクヨクヨしないの?」

イタリア人はクヨクヨしないか?
「する」というのが、私の答え。
でも「する」時間がとても短い。
切り替えが早いというか、こだわらないのか、忘れやすいのかはわからないが、それがクヨクヨしないという印象を与えているのだろう。

友人や隣人とイザコザがあっても、バンバンと言い合って、それで終わり。
次の日には、普通に挨拶している。
あれはあれ、で済んでいるのだ。
言ったほうも言われた方も、根に持たない。

「イタリア人は、幸せを計る定規の目盛りがことさら甘く、都合よくできています。」(本文より)

そういうの、いいなぁ。
起こっていないことは、まだ起こっていないのだし、起こってしまったことは、もう起こってしまったのだから、なにもクヨクヨ考えることはないのだ。
わかっているのだけれどね。

ただ歳をとると、小さなことで幸せを感じるようになる。
暖かくなるだけでうれしいし、花が咲けばいとおしい。
これが幸せの定規の目盛りが甘いということなら、結構なことではないか。

イタリア人がクヨクヨするのは、四年に一回。
サッカーのワールド・カップで、イタリアが負けた時だけ、なのだそう。
ほんと、幸せな人たちである。
posted by 北杜の星 at 09:00| ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ラ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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