2017年04月27日

色川武大「離婚」

9冊目の点字本です。
次の本を何にするかは、私の点字読みのレベルに合うものを探す必要があり苦心するのだが、今回は「是非、これ」とすんなり決まった。
というのは、友人夫婦の奥さんのほうと話していて、何かの話しの続きで「色川武大って、私の理想の男なの」と意気投合したからだ。
彼女の夫は外資系証券会社の為替ディーラーをしていた人で、彼女も元同僚。
現在51歳なのだが、すでに仕事をリタイア。悠々自適とはこのことかというほど、気ままに優雅に暮らしている夫婦なのである。
もう一生働かなくてもいいだけ、これまで働いてきたのだろう。
一緒に高級レストランに行っても、夫はテーブルで眠ってしまい「本当に、私、どうしていいかわからなかったわ」と彼女は今では笑うけど、そんなに大変に仕事をしてきた人だ。
その彼女は「私、博打をしない男は嫌いなの」と。
まぁ、為替ディーラーというのも一種の博打打ちのようなものか。

じつは私も彼女と同じ意見。
博打をする男って、どこか色気を感じてしまう。
だからといって私は小心者なので、博打打ちを夫にする勇気はない。傍から見て「あぁ、いい男だな」と他人事のように思うのが関の山。
そういう意味で、色川武大は私にとっては理想の男像に近いのだ。
もちろん単なるおバカなギャンブル狂いではないのは当然のことです。

「離婚」はもう40年も前の直木賞受賞作品。
私小説と思われるように、主人公は40代後半のフリーライター。
妻と離婚したが、つきあいは続いてい。どころか結婚していたときよりも「元女房」に対する想いが強く、元女房も夫に経済的にも精神的にも依存している。
つまりは「腐れ縁」なのだが、男と女の深淵がそこにはあって、「あなたたち、もう別れるなんてできないのよ」とその関係に悲しさとともにどこか安堵感を持ってしまう。

生活態度はだらしない、経済観念はゼロ。ワガママ自分勝手・・
まぁ、女としては魅力的かもしれないが、女房としては失格。
でもそんな元女房を前に主人公は自分も同類ではないかの自嘲がある。
彼女がそんな女だったのは「私を妾にしてよ」の最初の言葉でもわかっていたはず。彼女も彼女なりに彼を見捨てられない何かを感じていたのかもしれない。

Pity is aking to love,
夏目漱石は「三四郎」のなかで、「かわいそうだたぁ、惚れたってことよ」と訳したが、そういうことなんだろうな。
つまりはこれも「愛」なのだとしか思えない。
だからこそ、悲しみも面白みもあるのだ。軽妙なタッチで書かれているからこそ、それがより伝わってくる、
他に「四人」「妻の嫁入り」「少女jたち」が併載されている。

「少女たち」の冒頭で主人公が牛込納戸町の豆腐屋に豆腐を買いに行く場面がある。
この豆腐屋は私が以前住んでいた市ヶ谷砂土原の家のすぐ近くにあって、私もよく買いに行ったものだ。
小さい店だが、美味しい豆腐を売っていた。
色川武大の実家もその豆腐屋から近い牛込矢来町(新潮社があるあたり)だったので、あの周辺の店を知っていたのだろう。
もうずいぶん前にその豆腐屋はなくなったけれど。

それにしても作家の家族にはなりたくないものだ。
何を書かれるかわかったものではない。
じっさいに色川の奥さんの孝子さんはこれを読んで、自殺も考えたそうである。
「あることないこと」を書くのが作家とはいえ、つらいですよね。
posted by 北杜の星 at 07:34| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月26日

岩崎啓子・石川みずえ「ちょっと具合のよくないときのごはん」

病院に行くまでもないけど、どうも胃の調子が悪い、なんだかオシッコの出が少ないし体がむくんでいる、飲み過ぎた・・なんてことが日常にはよくある。
少なくとも、私にはよくある。
病院へはよほどのことがない限りい行きたくない私なので、そういう時のためにどうすればいいか?は大切だ。

具合が悪いときには、「食べない」に限る。
風邪をひきそうだから体力をつけるためにたくさん食べようと考える人がいるが、あれは大間違いだ。
なぜなら、消化にはすごいエネルギーが必要で、体が弱っている時にたくさん食べると、そっちの方にエネルギーを使われてしまって、体の回復するエネルギーが少なくなるからだ。
若い頃ならそんな無茶もできるが、中高年になると、そんなことは止めた方がいい。

動物を見るとよくわかるが、彼らは具合の悪い時には「食べない」。食べずにひたすら体を休める。
人間もそれを見習う方がいいのではないだろうか?
ただでさえ中高年になっての美食や過食は、内臓だけでなく筋肉や関節にも悪影響を及ぼすという。
私は食べることにイヤシイ人間だが、一つだけ実行していることがある。
それは「食べない」こと、食べないでお白湯を飲むことの二つ。
これがとてもいんですよ。

けれど仕事をしていると、まったく食べないわけにもいかないだろう。長期になるとなおさらだ。
そんな時に、この本は何をどう食べればいいかを教えてくれる。
管理栄養士と医学博士の著者たちが、料理法を含めて紹介してくれている食品と料理には、昔ながらの知恵が詰まっている。
こういうものなら安心して体に取り入れらやすい。

症状別に書かれているのもわかりやすい。
目の疲労には人参。オシッコの出が悪い時には小豆、便秘にはおからやきのこ・・
ごく普通に手に入る食材なのが助かる。
食べものなので即効があるとは限らないが、食物繊維などは目に見えて効果がああるし、小豆も効果てきめん。
なによりも、薬と違って副作用がないのがいい。
「甘いものを食べても、本当の疲れはとれない」など、10のコラムには「なるほど」の説得力がある。

これから季節の変わり目。
自然の新陳代謝に体力が追いつかない日々になることもあるので、この時期は注意が必要です。
この時期に無理をすると、体だけでなく精神の不調も起きてしまいます。
お互い、気をつけましょう。
何度も繰りかえしますが、「食べない」ことも大切です。
間違っても「元気をつけるために、焼き肉、食べよう」なんて考えないこと!!
posted by 北杜の星 at 07:25| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月25日

今村夏子「あひる」

今村夏子はいま私がもっとも気になる作家だ。
「こちらあみ子」のあの空気感がここにも漂っている。
この空気感をどう言葉で表現すればいいのか、「読んだらわかります」としか言いようがない。
ちょっと見には、ほのぼの、ふうわり。けれど底には残酷さ、恐ろしさ。
グサリと直接的ではなくて、じんわりといつの間にか深い傷となっている。

ほとんど引きこもりのように、医療関係の資格取得のための勉強をしている若い女性の「わたし」の家に、あひるがやって来た。
「のりたま」と名付けられたあひるは、通学路の小学生たちの人気の的となる。
あひるを見に来る子どもたちは、やがて「わたし」の両親の歓待を受けて、家に上がり込むようになる。
けれどあひるは衰弱しどこかへ運ばれ、戻って来たあひるは前とは違うあひるようなのだ。
それが繰り返されるが、両親は動物病院に連れて行くでもなく、ただ「祈る」のみ。そして新しいあひるについては誰もが口に出さない。

不気味である。恐ろしい。
「わたし」は両親から顧みられない無視された存在だ。
両親は弟の子、孫を待ち望んでいるが、その代替として小学生たちを異常なほど歓迎する。
それを傍観する「わたし」の感情は説明されていない。

しかし、3羽目のあひるが死んだとき、「わたし」はあひるの死骸を抱きかかえて、丁寧にお湯で洗ってやる。
その行為が哀切だ。
しかしここでも「わたし」の感情に対する説明はない。
この小説の中で「説明」があるのはただ一度、子どもの誕生日祝いに大量のご馳走を作ったのに、誰も来なかったその夜中に、一人の男の子がやって来てそのご馳走を食べて帰ったところにだけ、「わたし」の両親とあひるへの「気持ち」が書かれている。
(小説として、ここはある方がいいのか、ない方がいいのかは判じかねる)。
何気なく、すらすら簡単に読める作品だ。
横たわるものの深刻さに気付かないかもしれない。でもこれ、「こちらあみ子」よりある意味スゴイと思う。
芥川賞の候補となったが、確かに受賞には弱い部分があるかもしれないけれど、今回受賞の「シンセカイ」よりいい。
寡作かもしれないけれど、彼女は「書けるひと」だと思います。
次回の作品がどう出るか、とても楽しみ!
posted by 北杜の星 at 07:27| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月24日

土井善晴「一汁一菜でよいという提案」

なんて素敵な本だったことだろう。
ここには日本のご飯の基本のみならず、日本人の食の哲学というか、食べることは生きることという強く優しい想いが伺える。

著者の土井善晴のお父さんは土井勝。私の母世代からすると、いわゆる料理研究家の先駆者として有名で、今では当たり前になったお節の黒豆をシワなく煮る方法などをわかりやすく教えてくれた人だった。
テレビが家庭に定着し、NHKの「今日の料理」の講師として、主婦から絶大な信頼を得ていた。
そのソフトな語り口は私もよく覚えている。
善晴氏はその後継ぎとして、お父さんがあまりにビッグネームだっただけに心配されたが、現在ではお父さんをしのぐほどの存在になっている。
その証拠に、こんなにも有意義な本を書く料理研究家となっている。
お父さんとは別の意味で、本当にビッグになったのだ。
高度経済成長期を過ぎたいまの私たちがどう生きるべきかの提案がここにある。

日本人の食卓はじつに多様だ。
伝統の和食に加え、洋食中華エスニックなど、外食で食べるだけではなく家で作って食べている。
そんな国は世界にあまりいないと思う。
イタリア人は一年365日毎日イタリア料理を家で食べているし、不味いことで知られるイギリス人だって毎日同じイギリス料理を食べている。
インドではカレーが常食で、家庭でパスタは作らないと思う。
なぜ日本人はこれほどいろんな国いの料理を作るようになったのだろうか?
(いろんな国の料理を作るから、調理器具や食器類も増えるんですよね)。
かくいう我が家のランチはイタリアンだし、ネパールカレーはかなり頻繁に作るし、時にはガレットなども焼いて食べている。。なんで?と自分でも思うのだけど。

しかし善晴氏はそんな必要はないのだと言う。
味噌汁をベースに、漬け物があって、主食のご飯があって、メインのおかずが一品あればそれで充足するのだと。
少ない料理を丁寧に作る・・
とくに味噌汁は日本人の食のベースとなるもので、ただ味噌を湯で溶くだけで味噌汁と呼べるほど、味噌の力は大きいのだそうだ。
(塩を湯で溶いても「塩汁」とは言わないとか)。

「食事」は食べると書くが、食べる行為だけで成り立っているのではない。
買い物に行き、下ごしらえをし、調理をし、食べ、後片付けをする。
食べることに関わる全てを「食事い」という言葉は指しているのだ。
もっと言えば、野菜などを作ることから始まるのかもしれないが、それは都会では無理なのでせめて感謝をして食べたい。

「食事」には日本人の美意識があった。
ハレとケの区別があった。
慎ましさと贅沢の区分けをきちんとしていた。
普通の暮らしの慎ましさが一汁一菜なのである。
そしてその一汁一菜にはちゃんと季節があった。

こういう本を読むのは本当にホッとする。
とくに歳をとって「今日は何を作ろうか」と言う時に、あまり考えなくてすむし、これで完結できるのがありがたい。
歳をとっていつも贅沢で美味しいものを食べるのは、なんだか強欲の塊のようで気味が悪い。少なくともそういうふうに老いたくはないと私は思っている。
そんな私にとってこの本は、清風のようなすがすがしい一冊だった。

どんな味噌汁を組み合わせればいいかも教えてくれてあるので、とても重宝します。
なによりもなによりも、ここには日本人の指標となる「食」があります。
お勧めの本です!!
posted by 北杜の星 at 07:32| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | タ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月22日

ハッチの週間身辺雑記

こちらの今年の桜は、昨日やっと2分咲きになったかと思ったら、今日はもう満開という感じで、気がせかされます。
火曜日の天気予報は悪かったけど、その日しかダメという友人夫妻に合わせて、「雨ならまぁ、部屋から桜を観よう」とお花見を決行。
そしたら夜中の強い風が雨雲を押しのけたのか、見事な快晴になってくれ、テラスは暑いほど。
6人のお客さまとともに計8人の宴は、蕗や高野豆腐の煮物、グリーンアスパラのサラダ、豚ヒレカツ、夫の作った出汁巻き玉子、いなりずしとおむすびなどなどを並べ、友人がこれはいつものようにホットサンドを作って持って来てくれ、みんなで楽しみました。
筍が今年は不作らしく、いい筍が手に入らず、煮物が少し物足らかったのは残念でしたが。
散会の後で冷蔵庫を見ると、先日知多半島で買い求めた、わかめとシラスの酢のものが鎮座していて、出すのを忘れたのに気付き、がっかり。こういうことは私にはよくあることで、いつも夫から「バカだなぁ」とあきれられています。今回も夫は台所のカウンタートップにシラスが落ちていて、「あれ、シラスの料理はないのか」と思ったそうで、思ったのならちょっと言ってくれればいいものを、、

このお花見には、友人の母娘が参加してくれました。
お嬢さんといっても結婚されているのですが、彼女の身長は176センチ!夫と同じ高さです。
女性がそれだけの背だと、ものすごく大きく見えますね。でも彼女はスレンダーでモデル体型。
素朴で、東京生まれなのですが、こちらの山の生活が性に合っているそうです。
赤ちゃんができたけど、妊娠8か月で突然母子ともに危険な状態になり、本当にお気の毒に赤ちゃんを失ってしまわれました。
母体も歩くことさえできなくなる衰弱ぶりが1年以上続き、、このところようやく体調が回復し、笑顔がもどってきました。
だから今回のお花見に顔を出してくれたのが、とってもうれしかったです!

今週のビッグトピックは、ガラケーからiphoneに替えたことでしょうか。
「えーっ、今までスマホじゃなかったの」と驚かれるかもしれませんが、私はほとんど家に居る人間だし、家には3台のPCがあるし、これまでスマホの必要性はなかったのです。
でもだんだん目が見にくくなったため、スマホ、それもiphoneの視覚障害者対応機能の優秀さに、とうとう買い換えを決意。
すべて音声でできるように、今週から先生に教えてもらうことになりました。
甲府からやって来て下さるこの先生は、これまで点字とPC教習をしてくださった同じ先生。
このK先生はこれらの教習以外にも、白状訓練や盲導犬との歩き方など、視覚障害者の生活支援をいろいろ教えてくださいます。
昨年7月から点字教習を始めたので、もう10カ月となります。
教習が終わっていろいろお話しするのが楽しくて、K先生が毎週訪れなくなったら、さぞ寂しくなるだろうと心配いですが、iphoneの習得には、電脳人間ではない私のことなので、きっと時間がかかると思われるので、もうしばらくはおつきあいができそうです。

この先生、優しい方なのですが、タスクはしっかり出されます。
同じ視覚障害のある方の練習のために、PCメールを送ったり、私の点字力アップのために上級者とのお手紙交換を言い渡したり、作文の宿題もばっちり出ます。
劣等生の私は、忙しいと、それらの宿題がはかどらず、つい「すみません。。」ということに。
でもメールはともかく、点字を書くのは集中する時間がなければ私のレベルではなかなか書けないのです。
家事をして、友人たちと付きあって、用事で出かけるとすぐに数時間経ってしまうし、印字と点字の本を読む暇さえこのところないほどなんだかんだと忙しい。
先生には悪いけど今週も「ごめんなさい」となりそうです。

このiphone、タブレットをつけてもらったので、これから旅行に行く時などに便利ですね。
さっそく夫があれこれいじって、何が何だかわからない画面が出るようになってしまいました。
トップ画面はどこ?と困ったものですが、こういう人間の方が、向いているのでしょうね。
だけど他人のスマホに手を出さないでほしい。。

奈良旅行に行く前日ごろから、右目がゴロゴロ不快でしたが、あれこれとあったり、少し症状が軽減する日もあって、眼科に行かなかったのですが、やっと時間ができて昨日、いつもお世話になっている先生のところに行ってきました。
私は疲れたり熱がでるとすぐに口唇ヘルペスが出るので、もし角膜ヘルペスだといけないと心配でした。(それにしては2週間も放置していたのですが)。
それでなければドライアイかなと。
診察結果はなんと、「逆さまつ毛」!
それほど長いまつ毛でもないので思いもしませんでした。抜いてもらって、目に少し傷がついていたので軽いステロイド目薬を出してもらいました。
3日もすれば薬はもう必要ないそうで、安心しました。
ついでに来月の定期検診もすませちゃいました。
右目の中心視力はもうほとんどないので、以後は視野検査はナシにしてもらうことに。
これで次回からは検査の疲れが少し減ります。あの視野検査って疲れるんですよね。だんだん検査機器が進化して時間が短縮されたとはいえ、ぐったりしてしまうのです。

あと数日は桜が残るかな?
でも標高の高いところに行けば、まだまだこれからのところも。
GWの観光客は桜が楽しめそうです。
posted by 北杜の星 at 07:30| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月20日

小林せかい「ただめしを食べさせる食堂が今日も黒字の理有」

神田神保町にあるこの食堂のことは、なにかで知っていたが、詳しいシステムはこの本で知った。
これを書いたのは未来食堂のオーナーである小林氏だ。
未来食堂と名付けただけあって、そのシステムはこれまでにないユニークなもの。

この店はカウンター席のみの定食屋で、日替わり定食が一種類のみ。900円で提供している。
ここはオーナーの小林氏だけでまわしていて、従業員は誰もいない。
でもお昼時にはそれじゃぁ大変でしょ、と思ってしまうが、これが大丈夫なのだ。
50分食堂を手伝うと、1食分がタダになるのだ。
いつもはお客うさんとして来ている人が、今日はスタッフとして働く。報酬はその日の定食。
ずいぶん合理的なことを考えついたものだ。

うーん、だけど、うがった見方をすると、定食の原価は300円そこそこだよね。つまりは300円の報酬ということになってしまうのでは?
まぁ、お互いが納得していればそれで全然構わないのだけど。

50分を定食一食分で働く人のなかには、自分でその定食を食べずに、友人にプレゼントする人もいるという。
こういうのって、ちょっといい話。
だけどこの店、これだけでは終わらない。
もっと慈悲深く素敵な人がいるのだ。
自分でも食べず、友人知人にもプレゼントせずに、見知らぬ誰かにご飯を食べてもらう。
その無料食事券を店のドアに貼っておくのである。
ちょうど窮乏生活をしている人はその券をはがして使って、ご飯が食べられる。
なかには、本当のそうは困っていない人が使うかもしれないが、それはそれ、しかたない。
そういう善意がこの店で働く人にはある、ということ。

「ただめしを食べさせる食堂」というタイトルには、ちょっとひっかかる。なーんか、ゴーマン。
それにただめしを食べさせているのは、店ではない。店のオーナーではない。
働くお客さんが人間として上等なんですよね。
そうしたお客さん二負けないような人格の持ち主が小林氏なら、言うことは何もないです。
神保町の街で、未来食堂が繁盛してほしいです。
posted by 北杜の星 at 07:26| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月19日

門井慶喜「屋根をかける人」

1905年、一人のアメリカ人青年が滋賀県近江八幡の鉄道駅に降り立った。
商業高等学校の英語教師として赴任してきたのだ。
教師の仕事とともに彼にはキリスト教伝道師としてのミッションを強く持っていた。
彼の名は、ウィリアム・メレル・ヴォーリス。
この後、彼は日本に住み続け、日本に帰化し、日本に骨を埋めることになる。

英語教師はほんの2年でクビになってしまった。生徒たちからは慕われていたものの、仏教色の強い土地柄でのキリスト教伝道が学校側から嫌われたためだ。
しかしメレルには野心があった。
もともとが建築家志望でマサチューセッツ工科大学への入学も許可されていたのだが、故郷のコロラドから遠く、また体も弱かったため、建築家の夢を絶っていたのだ。
当時の日本はまだまだ西洋文化が根付いていなかった。メレルは日本に西洋建築で建物を建てたいと願った。
(彼の手がけた建築物は凄まじい数に及ぶ)。

メレルという人、敬虔なクリスチャンでありながら、「商売人」としての才能がとてもあったんですね。
近江という土地は江戸の時代から「近江商人」として名を馳せていたが、メレルにはその近江商人にも負けないほどの商才があったようだ。
彼の人懐こい人がらも幸いし、やがて注文がどんどんくるようになった。
顧客の紹介で、華族の娘と結婚したが、妻となった満喜子という女性はアメリカ在住9年の経験を持ち、子どもたちの新しい教育に意欲があって、メレルの良きパートナーとなった。

私は5年前くらいだろうか、この満喜子を主人公にした小説を読んでいる。
玉岡かおる著「負けんとき」という上・下巻の長い小説だったが、今回この本を読むことによって、メレル側と満喜子側からの視点で彼らの道程を知ることができて興味深かった。
華族がガイジンと結婚するには許可が必要だった時代に、価値観を同じくするメレルと結婚した彼女の勇気は、後のメレルの活動をも助けたようである。
ミッション学校を設立して、満喜子はその運営に心血を注いだ。

メンソレータムというハッカの匂いのする軟膏をご存知だろうか?
私の幼い頃は薬箱の中に、赤チンや正露丸などとともに、メンソレータムが必ず入っていた。ケガ、あかぎれ、肩コリ、頭痛などなんにでも効く万能薬だった。
そのメンソレータムの会社、近江兄弟社を設立したのも、メレルなのである。
ホント、商売が上手な人だった。
けれど彼も満喜子も建築やメンソレータムからの利益のほとんどすべてを、キリスト教伝道のために使ったのだ。私利私欲はまったくなかった。
そんな彼も第二次世界大戦中は近江八幡を離れることを余儀なくされて、軽井沢にひっそりと暮らさなくてはならなかった。
石炭も薪も手に入らない軽井沢の冬の寒さが彼の健康を害す原因になったようだ。

戦後、メレルが果たした役割はあまり知られていないが、マッカーサーに天皇制について進言した経緯はもっと知られてもいいように思う。
それに関して、メレルは天皇から京都御所に呼ばれ、直接謝意を表されているのである。
それから十数年後、当時の皇太子が正田美智子さんと知り合ったのが、メレルの設計した軽井沢テニスコートのクラブハウスだった。

近江は山陰、奈良とともに私の大好きなところだ。
現在でもあまり交通の便が良くないので、京都や奈良ほど観光地化していないのがいい。
見學すべきお寺が多いし、戦禍にあっていないため、メレル設計の建物もたくさん残っている。
白州正子の「かくれ里」をパラパラ見ながら歩いた大昔から、近江はあんまり変わっていないような気がする。
そうそう、この本でメレルがよく買っていた和菓子の種屋さん、いまも「たねや」として立派に美味しい和菓子をつくり続けています。
posted by 北杜の星 at 07:51| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月18日

行本昌弘「老廃物を流す『官足法』で治る!」

健康本の多いこと。頭の先から足のつま先まで「ああしなさい」「こうしたらいい」と、すべてを実践していたら一日が終わってしまう。
どれも簡単にできそうなのだが、それが落とし穴で、簡単なほど取り組みやすいが、すぐに忘れてしなくなる。
私は医者嫌いなので、なるべく医者にかからなくてすむような自然療法的なものに手を出す傾向がある。
と言っても、こうした本は自分のお金ではなかなか買わない。さいわいなことにライブラリーにわんさと置いてあるので助かる。
新刊本をチェックする際に、おもしろそうな健康本があれば、借り出して読むようにしている。
だからこのブログで健康本の紹介が多くなる。

ホント、いろいろある健康維持法だが、足は大切。とくに足裏にはさまざまな体のツボがある。
30年前、その足をもむ、押すという「官足法」が日本に上陸してブームとなったが、その第一人者がこの本の著者。
「官足法」とは足反射区を刺激することで、悪いところを治すというものだ。
(反射区は体のあらゆる部分に散在いしていて、肩凝りのちきに肩を揉むだけではなく、肩の反射区を刺激すると治りがはやい。)

足の裏を押す「棒」があるんです。
手もいいのだけれど、あの棒を使って足裏を押すと、ものすごく痛い。だれかに押してもらっていると思わずその人を蹴っちゃうくらい痛い。
しかも体の悪い部分のツボほど痛いのだ。
でも、痛いほうが効くそう。

足の裏だけではなく、甲の部分を押すことも忘れてはいけない。
指と指の間の筋にそって、すーと押すと、これもかなり痛い。これはリンパの流れが良くなるそうだ。
また、足首、ふくらはぎ、膝など、とにかく膝の上あたりまでをケアしてやること。

私、これは信じている。というか、古来より正攻健康法だと思う。
足裏棒はああるけど、別にそれを使わなくても指でOK。お金がかからないし、坐っていても寝ていてもできる。
こういう健康法は即効性がないと思われがちだが、そんなことはないようで、風邪やインフルエンザ、しゃっくり、帯状疱疹の場合など、緊急時にも対応できるそうだ。
もちろん、慢性疾患の改善にもなりますよ。
官足法がもっとも得意とするのは、膝痛、腰痛などの関節痛だとか。経年疲労で私のまわりでも関節が痛いという人は多いから、教えてあげたい。

写真とイラストがたくさん載っているので、押すところがよくわかる。
私は足棒を買ったときに、足裏ツボ表も一緒に買ったのだが、それと同じだったので、この本を返却後は、その表を参考にしたい。
でもね、痛いのを覚悟!
posted by 北杜の星 at 07:26| 山梨 | Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月17日

山下澄人「シンセイカイ」

第156回芥川総受賞作品。
前回の受賞作である村田沙耶香の「コンビニ人間」はまだライブラリーの予約多数だというのに、これはすんなり借りられた。
人気がないのか?
でも私はこれまで2冊しか読んでいないものの、山下澄人の作風の前衛さはいかにも芥川賞向きだと思ってきた。
今村夏子の「あひる」にあげたいと、心情的には望んだが、まぁこれで妥当だった。

山下澄人が倉本聡の富良野塾の第二期生だったことはよく知られているが、この「シンセカイ」は入塾の最初の1年間を描いたもの。
ここには富良野塾の名前は明記されていないが、読んだ人ならすぐにそうとわかるだろう。
第一期生たちとの十数人での共同生活は密室の群像劇のようだ。
事実、町の人たちはここを「収容所」と呼んでいる。

俳優や脚本家志望の若い男女たち。
授業料は必要ないが、自分の食い扶持は自分で稼ぐため、近隣農家の農作業に出かけていく。
しかしどうやら、メインの仕事はログハウスの建設みたいである。
塾に受かった者たちはみな、トラックの運転ができたり、工務店の息子だったり、体が大きかったあり。。

一日食費300円での重労働に、スミトは栄養不良で倒れ、持病のぜんそく発作も出る。
ここの誰もが【先生】に対しては、ある感情を持っているが、当然それを言葉に出すことはできない。
みんな【先生】の「アイツは向いていない」のジャッジメントをなによりも怖れている。
そんななか、無口で無愛想なスミトはなぜか【先生】から「おもしろいヤツ」と認められているのだが。。

私はなによりもこういう集団生活が大嫌いなので、読んでいてだんだんと息苦しくなる。
【先生】の存在が、お山の大将というか、裸の王様のようでハズカシイ。
こんなところで君臨して、神様のようになる人間が、ハズカシイ。
そういう人間に従属するのもハズカシイ。
しかし文学がそのハズカシサを書くものだとしたら、これは成功しているのだろう。

2年間を【谷】で過ごした第一期生が卒業して出て行き、スミトらが第三期生を迎える立場となるところで、この小説は終わる。
みんなもう1年を、頑張るのかなぁ。
俳優や脚本家というのはそれほどの目標なのか?
【先生】はその目標に向かって、共に歩いてくれているのだと、信じるしかない。
そう信じれる人だけが【谷】に残れるのだろうけれど。。
posted by 北杜の星 at 07:33| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月15日

ハッチの週間身辺雑記

今週のブログは奈良旅行のため書けなかったので、久しぶりの記事アップです。

それにしても寒かった!
出発前に天気予報をチェックし寒いのは覚悟していたけれど、あれほど寒いとは。クリーニング屋さんに出す前の真冬のジャケットやダウンを持って行って正解でした。
晴れ女の私だというのに、火曜日はまるまる一日冷たい雨。
風邪気味の夫が心配でしたが、出かける前にはホテルのバスタブで足湯をして体を温めたので、無事でした。

何をした、どこに行ったというよりも、ひたすら「桜」を見た旅行でした。
どこに行っても桜、桜。
桜って本当に華やかな花なんですね。思わず「わぁー」と歓声が出ます。梅の花でもツツジでもこうはいかない。
あと桜の花に匹敵するものがあるとしたら、秋のモミジの紅葉でしょうか。
あれも「わぁ」と見とれますが。

室生寺に寄って、でも奥の院どころか五重塔までも登る気は寒さのためにしなくて、ちょこちょこっとお参りをしただけ。
それでも36年ぶりの室生寺は懐かしかったです。
数年前の台風で大きな被害を受けた五重塔は修復されていますが、なんだか新しい資材で作った塔を見たくなかったのも、登らなかった理由っでした。

吉野山の桜も満開のはずでしたが車の渋滞を考えると、吉野は一泊お山で宿泊して、夜桜を含めて楽しむのが一番と、これは次回ということに。
奈良の町を歩いたり、バスの一日500円券を購入してバスに揺られたり、どこに行くとの予定は立てずに過ごしました。
東大寺の二月堂には行きたかったので、すごい観光客をかき分けて一応、大仏様を拝んで、二月堂へ。
あの高みから見る奈良の町が美しいし、二月堂脇の土塀と石畳みの坂道を下りたかったので大満足。ここまで来ると観光客は全然いません。
ここも桜、桜。
夫もこの道の美しさに感じ入っていました。

バスで30分の浄瑠璃寺にも行きました。ここはもう40年くらい前まだ一緒に暮らす前、夫と訪れた寺です。
行政区としては奈良ではなく京都ですが、奈良に組み込まれている「当野(とうの)」という地域で、他には岩船寺があり、石仏が道々に置かれている鄙びたところ。
昔から私は浄瑠璃寺が大好きで、奈良に行くたびに訪れたいところなのです。
浄瑠璃寺は派手さの内草花の生息する庭なのですが、まだ少し季節が早かったようでした。

「奈良は田舎くさくて」とあまり好きではなかった夫も、今回の奈良は楽しかったようです。
大和野菜の食事を堪能し(京野菜は有名ですが大和野菜も種の保存に力を注いでいます)、「野菜って本当に美味しいね」と前菜からメインまですべて野菜のコースに結構満腹になりました。
でも説明を受けた野菜の名前はほとんど聞き流して覚えていない。大根だけでも5種類、芋だって数種類出たというのに、記憶にあるのは「ヤマトイモ」だけ。つまり、何にも新しい名前は何にもおぼえられなかったということ。情けない。。
お店の方があんなに一生懸命、説明してくださったというのに。

関西の鰻は蒸さずに焼きます。だからふわふわではなくカリカリ。これが大好物なのでやはり鰻好きの夫と行きたかった店へ。
カリカリパリパリ、生臭くなくって美味しかったです。
ただ以前に行った時にはそうは感じなかったのだけど、今回のご飯は少し柔らか過ぎでしたね。
柔らかいご飯が嫌いな私には不満が残りました。
関東の鰻屋と異なるのがお漬け物にもあらわれていて、さすが奈良。奈良漬も添えられています。

奈良につきあってくれた夫へのご褒美に、彼の大好きな本場ナポリとまったく同じ味というふれこみのpizzaを食べさせてくれるイタリアンに夕食に行きました、
奈良市内から車で1時間の大阪寄りの香芝市というところにある店です。
便利の良い場所とは言えないのに、店は大繁盛。
「ほんまに本場ナポリなのか?」とまず、ごまかしのきかないマリナーラを注文。
マリナーラはピザ生地にトマトソースとニンニクとオレガノだけが乗ったもので、私はこれがpizzaの基本だと思っているのです。
前菜よりもなによりも真っ先にこれを持って来てもらいました。

これが衝撃的!!
本当にナポリと同じなんです!!
小麦粉などすべての材料がナポリと同じとは言うけれど、それだけで同じ味になるわけではありません。
きっちりナポリで修業し、毎年ナポリに行って味を体に覚えさせ、日本風には絶対しないぞの気概がなければ出せない味でしょう。
私も夫も「創作イタリアン」が嫌いです。
アレンジすればするほど不味くなると考えているからです。
一度くらい食べるのなら美味しいかもしれませんが、そんな偽物、いつもいつも食べたくはありません。
たとえば外国で、「変にアレンジされた日本料理」なんて食べたいと思いませんよね。すくなくとも私は思わない。
奇妙的列な「sushi」など、考えただけでイヤ。
それと同じで、イタリアンだけでなく、何料理であっても、基本を外した料理は好きじゃない。
インドのカレーは美味しいし健康にいいけれど、日本のカレーライスを毎日食べたら多分体に良くないと思う。あれと同じです。
とにかく香芝市の「マガジーノ」の味は、オソルベシ本場の味でした。
完全脱帽です。
しかも二人で1万円しないのだから、東京と較べるとすごく安い。
次回、奈良に行くときにも、必ずこの店に行きたい!
1時間のドライブが苦になるどころか、ワクワク感が募ることでしょう。


奈良に2泊。帰りは三重県の旧東海道の宿場町の関宿を見学し、知多半島へ。
南知多のカフェで友人夫婦と待ち合わせ、その日は魚の宿に泊りました。
彼らは小淵沢なのですが、奈良で冷たい雨のあの火曜日は、小淵沢は雪が積もったとか。「雪で閉ざされて、来れないかと思ったよ」と笑っていました。
民宿に毛の生えたような宿でしたが、漁師さんの宿だけあって、魚は新鮮そのもの。
鯛や鯵やたいら貝の刺身、がざみ(渡り蟹)、ふぐ、愛知の名物大アサリ、ホウボウの煮つけなどなど、ふだん山の中にいる私たちには幸せな海の幸でした。
今年は強風のために、あさりがまったく採れないそうです。大あさりはまだなんとか採れるようですが。

じつはその日は、私たちの大切な友人が東京の病院で手術を受ける日でした。
旅行は手術の前々から決まっていたことなので出かけましたが、ずっと旅行の間、彼の無事が気になっていました。
速、命に関わる病気ではいものの、難病で症例数が少なくて、心配していたのでした。
でも手術成功との報にホッとしました。
退院して回復したら、みんなでどこか旅行を計画したいです。この年齢になると健康が一番です。

宿の人に「おさかな広場」を教えてもらって、魚の買い付けに。
保冷箱を車に入れて来たので、今が旬のシラスとかわかめやひじき、刺身などを買って帰りました。
こういう時にはつくづく、「海のそばに暮らしたいな」と思います。
我が家の方から魚を食べに行くとなると、熱海や湯河原方面か、ここ知多半島方面か、新潟や富山。
それぞれ違う魚が食べられるので、秋冬は日本海、春は知多方面となるかな?

寒かったけれど、暑いのが苦手な私にとっては疲れが出なくて、あんがい良かったかもしれません。
歩いてもへばらなかった。
寺の階段もなんのそので登れたし、食欲も落ちなかったです。

旅行の間、何回か「ハッチはさびしがっていないかな?」とふと思ってしまいました。
ハッチがいなくなったから、こうして旅行に出かけられたのに、まだハッチの不在に慣れていないのですね。
秋にはこれまた大好きな近江路にでも行こうかと、帰りの車の中で話しました。

我が家の桜は寒さのために、開花が始まったところ。
私たちの帰りを待っていてくれてありがとう!
来週はお花見ができるかな?
posted by 北杜の星 at 08:04| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする