2017年06月12日

八ヶ岳デイズVOL12

信州には大人のための情報誌「kura」という雑誌がある。
十数年前からの月刊誌で、写真、文、装丁などとても美しく、本屋でつい手にとってみたくなる本だ。
毎号同じような内容といえばそうなのだが、これだけ長い間発刊し続けているのだから、ファンが多いのだろう。
kuraを見るたびにいつも、八ヶ岳にもこういう情報誌があればいいのにと思っていた。
そう思う人が多いかったのか、「八ヶ岳テデイズ」ができ、12号にもなっている。
まぁ、正直にいえばkuraには負けてる。
でも私の住む八ヶ岳の情報誌なんだもの、応援はしたい。
それで今回、このムック本を紹介することにします。

vol12の特集は、「野辺山から麓の町までハイキングいしょう」。
野辺山にはJR小海線が走っていて、この駅は日本でもっとも教皇の高い駅として知られている。
八ヶ岳は標高3千メートル級の山々がそびえる連峰なので、本格登山もできればトレッキングもできる。
けれど今回はもっと緩いハイキング。
ゆっくり歩くから出会えるものもある。
お年寄りや小さな子ども、障害のあるひとでも楽しめるように、リフトやカートを利用してのハイキングコースだってある。
標高1900メートルの清里テラスで飲む珈琲。
やまびこが聞こえる場所。
美仏に会う道
歩くのに疲れたら天然温泉もある。

この本を見ていたら、「なんて私は素敵なところに住んでいるんだろう!」とうれしくなってくるし、誰彼となく自慢したくなってくる。
東京や横浜などの都会からの移住希望率が高いところだけあって、本当に素晴らしいところ。
山、森、空、水、星・・どれもどれも美しい。
大昔、縄文の時代からここはそういう土地だったのだ。

自然以外にも、ちょっと行ってみたい食事処も載っている。
先週そのなかの一店を訪れようと探してみたのだけれど、どうしても見つからず、あえなく近くにあるいうもの店で食べたのだけど、最近はどんどん新しいお店が出来ているようだ。
東京の外苑前にあった7年連続ミシュラン★★★の和食屋もこちらに移転してくるそうだ。
海がないので魚だけはないが、豚肉、鶏肉や卵は地産で有名なものがあるし、山梨は野菜と果物王国だ。
山菜やキノコ、それにジビエだってOK。料ずるに不足ない材料が揃っている。

こういう本を読んで初めて知る郷土史があるんですね。
たぶん小学生などなら、地元の歴史を学校で習ったり、野外学習でいろいろ学ぶのだろうけれど、移住組の大人の私たちにとってはなかなか知ることのできない情報を手に入れられるのがうれしい。
北杜市には将軍に献上する馬の飼育をしていたところがあったそうだ。北杜市の東の高根という町や北杜市の隣の韮崎市にあったという。
今でも北杜市の小淵沢は馬術クラブがあって、近くの武田信玄の棒道は舗装していない自然の道なので、週末には馬に乗って歩く人をよく見る。
その姿を目にすると、ヨーロッパの田舎に居るような気分になる。

八ヶ岳ではなく南アルプスの麓には、やはり献上米を作っていた地域があって、ここの米は収穫量が少ないものの、美味しいことで知られている。
南アルプスの伏流水で作る米は、農薬を極力少なくして栽培できるし、まったく無農薬でつくっている人も多い。
名水の地としても、ここ北杜市は有名なのですよ。

私はここで生れ育ったわけではないし、おそらく終の棲家にもならないと思っているのだけれど、現在住んでいる土地を愛したい気持ちは大きい。
そのガイドをしてくれる「八ヶ岳デイズ」、頑張れ!とエールを送ります。
posted by 北杜の星 at 07:34| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月10日

ハッチの週間身辺雑記

九州の梅雨入りが発表されましたが、ここ八ヶ岳南麓でも雨模様の日が多くなりました。
さいわいなことに、ここではムシムシすることがほとんどないので、不快指数は低いものの、やはり毎日雨雲を見て暮らすのは心理的に鬱陶しいです。

イスラムのラマダンの最中ですね。
なぜ私がそれを気にするかというと、私が一年ほど前に知り合った女性とその夫君がムスリムだからなのです。
現在は世界中でテロが起こり、普通のムスリムの人たちがどんなに心を痛めていることか。
どの宗教にも原理主義者はいます。でもそれはごくごく一部の人間。それをムスリム全体と考える、例えばあのアメリカの大統領のようなわけのわからないことを言う人間がいることで、世の中の一般の人たちがムスリムを誤解してしまっています。

という私も、ほとんどムスリムのことを知りません。
ラマダンのことだって「お日さまの出ている時は何も飲食してはいけない」ということだけを知っていた程度。
そのラマダンは毎年、10日ずつずれるんですって。
それは世界各地に存在するムスリムの人たちが公平にラマダンの期間を過ごすためだそうで、時期がずれなければ、毎年長い時間を食事できない国の人がいることになったり、いろいろ不公平が生じるからだと言います。
真夏の暑いなか、毎年水が飲めないのはツライですよね。
絶対すべての人に断食が義務付けられているのではなくて、病気や妊娠中のひと、幼い子どもたち、それに生理中の女性も食べてもいいそうです。

でもラマダンの本当の目的は断食にあるのではない、というのを初めて彼女から聞いて、これはすごい宗教だなと感服しました。
それは、食を絶つそもそもの目的は浄化することで、、要するにデトックスなんです。
だから体を浄化するために食を絶つ。それだけではなく心のデトックスも同時にする。むしろこっちが目的で、ラマダンの期間には、人の悪くしhを言ったり、悪い想念をもったりしてはいけないと固く戒められているそうです。
・・などなど、知れば知るほどムスリムの本当の教義に心打たれています。

週はじめの日曜日は、視覚障害者のための料理教室があって参加してきました。
料理の前に、食品の保存方法など、じっさいの視覚障害を持つ女性たちの経験トークがあり、みんなそれぞれ工夫をして家族のために料理をしていらっしゃることがわかりました。
そのなかのお一人のSさんは私の点字の文通仲間。お会いするのは初めてでしたが、想像通り聡明で独立心の強い女性でした。(なにしろ下のお子さんが幼稚園に通っていた頃は、目が見えないなかPTA会長をされていたほど)。
彼女のような人にとっては障害があるなしに関わらず、人生をポジティヴに生きられるのだと思いますが、障害をもつ人たちがみなそういうわけではない。
家から出ることなく、PCやスマホなどの機器の使用を知らずに引きこもって暮らす人だったいるのです。行政から受けられるサービスの知識すらない。
都会ではまだ情報交換が頻繁に行われますが、地方においては孤立している人がまだたくさんいます。
そんな人たちが少しでも社会とコミュニケートしながら積極的に活動してほしいものです。

私は時間がなかったので料理教習には参加できなかったのが残念でしたが、一つだけ料理をしていて不便なことがあったので、それを質問したら、料理研究家の先生がいいことを教えてくださいました。
炊飯器の水加減がどうも見えにくくて、どこまで水を入れていいのかわからなかったのです。
「米1合を米専用の180ccカップで測り、米を洗い笊で水切りしたら、水は200ccの計量カップ1杯。これが基本。つまり米の1.2倍の水を入れるということ。
二つの軽量カップを使って水加減するのです。
これなら見えなくても簡単。早速実行してみると、ホント、美味しく炊けました!
こんな簡単なことに気付かなかった私って、マヌケですけど。。

水曜日は東京へ。
3人の友人たちと会う予定だったのが、なかの一人の都合が悪くなってキャンセルとなっていたのですが、夫が東京に行く用ができたので私も便乗させてもらい一緒に出かけました。
4月にずっとお世話になっていた公認会計士さんが1年の闘病の果てにお亡くなりになり、極小事務所とはいえ、今後をどうするかということに。
ラッキーなことに新しく面倒を見てくれる税理士さんがすぐ近くに見つかって、顔合わせをするための東京行き。
決算月が近づいて、「もう、事務所は畳もう」ということになるのかと思ったら、ナント、「あと1、2年ほどお願いします」と言うことになって、私は少々驚いています。
まだ仕事、するんだぁ。。
まぁ、畳むのはいつでも簡単に畳めるので、その時はその時ですけど大丈夫か?
公認会計士さんより税理士さんの方が月々の顧問料が安いんですね。経費が少しでも少なくなるのは大歓迎。

久しぶりの夫と二人の東京なので、西新宿の超高層ホテルで、お鮨のランチをしました。
東京へ行きたがらない夫なので、今はほとんどそのレスランに行かなくなったのに、マネージャーさんがわざわざ挨拶にテーブルに来られて恐縮しましたが、ああいうサービス業の人ってすごいですね。ちゃんと顔と名前を覚えているのです。もっとも数年前までは毎日のように彼はそのホテルで食事をしていたのですが。
美味しい魚でした。
田舎のばあさん化している私には、ホテルの地下駐車場を出てすぐ見える西新宿の超高層ビル群を「ウワァー」と言いながら眺めました。オノボリさん丸出し。
往復4時間、滞在2時間の東京でしたが、列車で行って友人と会うくのとはまた別の新鮮さ。ときにはこういう場をと、二人で話しあった次第です。

楽しいひとときを過ごしてこちらに帰ると、やはりホットとします。緑がいっぱい、空が広くて爽やか。
それに我が家は花盛り。いろんなバラが咲き乱れています。
こんないいところを、でも、引っ越す人もいます。
お隣の山荘の方です。2年前に東欧を旅行中にご主人が突然お亡くなりになり、子どものいない奥さんだけではここを管理できなくなって、大好きだといつも仰っていたここを手放す決心をされたのです。
売るよう依頼した不動産屋が、眺望を確保するために我が家との境界にある木を伐り始めました。
南アルプスが眼前で、しかも前に電線など遮るものがないのですが、20年近くなると木々の生長が激しく、山が見えにくくなってしまっているのです。
とにかく「眺望が売り」ですから、木を伐るのは止むをえません。
ただ、素晴らしい花をつける山桜だけは何とか伐らないでと嘆願して、それは残してもらうことになったので安心しました。

その木の伐採。おじさんがたった一人で行っているんです。それももう70歳近い小柄なおじさん。
ものすごく高い水ナラの木にハシゴを二つかけ、その一つのハシゴを自分が登る高さまで引っ張り上げて木にくくりつけ、片手でチェーンソーを持って枝をはらい、最後に少しずつ幹を落としていくのです。
命綱をつけているとはいえ、すごいテクニック。(その命綱も「それでいいの?」というくらい簡便なもの。夫は「何かあったら、すぐに救急hさ呼ぶから安心して」と慰めにもならないことをおじさんに言ってましたけど)。
これまで大きな木の伐採にはクレーン車に乗った人が木を伐り、それを下に居る人が始末しながら。。という手順で、3人くらいが必要でしたが、それでも「スゴーイ」と見ていたのですが、このおじさん、スゴイなんてもんじゃない。まるでアクロバットです。
夫はすぐにそのおじさんの名前と電話番号を貰っていました。来年には我が家もお願いするためでしょう。
裏の山荘のSさんも同じことを頼んだと言うから、誰もがあのおじさんの仕事ぶりに感動したんですね。
それに重機を使わず人員も少ないのだから、伐採費用は多分安いと思いますが、それよりもなによりも、あの木に登ったおじさんの姿の神々しさをまた見たいです!
どんなジャンルにも「達人」はいるんですね。

そんなこんなの一週間でした。
posted by 北杜の星 at 07:59| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月08日

吉本ばなな「キッチン」

点字で読んだ本。
印字ではもう30年以上になるかな?
村上春樹とは違う意味で「新しいものを書く若い人が出てきた」と思った。

その後でイタリアに行くたびに、「Banana」「Banana」La cuccina」とかイタリア人から言われることが多く、最初はいったい何のことを言っているのかと訝しかったものの、「あー、あの本のことね」と少々驚いた。
イタリアで彼女の本がいちはやく翻訳されて人気になっていたのだった。

吉本ばななは好きな作家だ。
彼女の書くこと、これは伝えたいと思って書くことに共感ができるから。
それに彼女の本の読後感はとても読者を幸せにしてくれるものがある。
浅い、薄っぺらと悪口を言う向きもあるけれど、でも、そもそも彼女は重厚なものを書こうとしてなんかいない。

だけど彼女の文体文章はどうも私と相性が悪い。
はっきり言って、下手な文章だと思う。
目でなく指で点字を追っていると、これまで以上にそう感じてしまう。
ぐだぐだしているんですよね。
私の好みは、余分なものを削ぎ落した簡潔な文章なので、ちょっと読むのがつらかった。
(簡潔で鳴く饒舌であっても、町田康のように大好きな作家はいるのだけど。饒舌さが個性となっているような作家のものはイヤじゃないんです)。

それでも、やはり吉本ばななの感性に誘われて読む。
両親を亡くしたあと祖母と暮らしていたのが、その祖母も亡くして、祖母のちょっとした知り合いだった雄一とその母(実は父)の家で一緒に暮らすことになったみかげ。
孤独なみかげと同じようにどこか孤独な母と息子。
彼らと暮らすことでみかげは喪失感を癒すことができるのか。
喪失と再生が緩やかに美しく描かれている。
陽の光、風のそよぎ、公園の緑はみかげの日常にある。それを感じながら生きるみかげ。

たぶん街でみかげに出会ったとしても、彼女がそんな悲しみを抱えた若い女性だとはおもわないだろう。
でも街行く一人一人の人たちはみんな、なにがしかの悲しみと共に歩いているのかもしれない。
確かにあ今持っているものが、明日には消えて行くかもしれない不安も持ちながら。
みかげが特別な存在ではなく、すぐそこにいる人として思えてくる。
「キッチン」は連作短編集なので、これからまだまだたくさんのことが起きるのだが・・

作家のデビュー作品には作家のすべてが押し込まれているとは、よく言われること。
「キッチン」を再読してみて、それが本当だと私も思う。というか、全然彼女、変わっていない。
そのことに安堵。
(でもどうしても文章はダメですが、、)
posted by 北杜の星 at 07:27| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月07日

紫門ふみ「結婚の嘘」

結婚についての考察は古今東西、じつにあれこれされ続けてきた。
しかし(当たり前だが)、結論はでない。
なぜ当たり前かといえば、結婚が同じであるはずがないからだ。
家族構成が違うだけでなく、現代ではその形態まで異なり、別居結婚もあれば同一性の結婚もあるようになった。
そもそも「結婚の嘘」というのは、「結婚の本当」があると信じていた裏返しなのかもしれないが、結婚に嘘も本当もないんじゃないかな。

私のようなシニアになり、結婚歴ウン十年ともなれば、どちらも相手に多くは望まないようになる。
望んでもムダだし、こちらに望まれるのもおおいに迷惑だ。
おたがいにいい加減なところで折り合いをつけながら一緒に暮らす。。だってそれしかないでしょ。

結婚生活とは冷蔵庫のようなもの。
中に入っている食材で、いかに美味しく料理をするか・・
というのが結婚してすぐの紫門ふみさんの気持ちだったらしいが、20数年の結婚を続けるうちに、そんな甘いものじゃないとわかったとか。
それでこの本を書くことになった。
この本には彼女の結婚生活における固定概念覆したいろんな結婚の「嘘」が書かれていて、これをシリアスに受けとめるひともいれば、笑い話と受けとめる人もいるだろう。

「夫がいい人であることと、結婚生活の不満とは別」とあるが、これは誰もがそう感じているだろうなぁ。
どんなに善人、できた男であっても妻としては言いたいことは山ほどあるはず。むしろ「表面がいいんだから」の気持ちが強いのでは?
ここでなるほどと思ったのは、「妻の不満は永久不滅ポイント」という項だった。
男性というのは忘れやすい生きものだが、女性は言われた言葉一つ、されたこと一つ一つをじつによく覚えているもの。
何十年も前のことが忘れられなくて、ずっと溜まった不満がある日、コップの水があふれるように流れ出す。
定年を迎え、妻から離婚を言い渡される夫にとっては、「なぜだ!」だろうが、妻としては「積年の恨み」なのである。ただ期を待っていたいただけ。
これはどうやら男と女の脳の構造の違いなのか?

結婚式のとき、新郎新婦は神さまや仏dさまの前で誓いをたてる。
「富めるときも貧しいときも、病めるときも健やかなるときも」と。
誰かの小説で読んだことがあるのだが、それは誓わなければならないほど大変なことだからなのだ。
人生、長寿になって、結婚生活も長くなった。
長くなれば我慢するのはけっこうつらい。
いつも夫の悪口を言っている人を見ると、「なんで別れないんだろう」と不思議になるけど、そんな簡単に別れられないのが結婚というのもなのかもしれない。

ちなみにこれも何かで読んだのだが、シニアになって仲良く一緒に旅行をする80パーセントの夫婦に共通項があるそうだ。
それは、寝室を同じくしているということ。
別にセクシャルな意味ではなくて、同じ部屋で寝起きする夫婦には、そうでない夫婦にはない情みたいなものができるのか?面白い統計だ。
ちなみに私たちは寝室は同じ。よく一緒に旅行します。
寝入る前に読んでいる本のことを話したり、寝ている間の相手のイビキなどで健康状態がわかったり、起きた時の顔色をはかったりできるのは、いいことだと思う。

でも私が思うに、悪口にせよ、相手のことを話す間は、夫婦はまだ大丈夫!
無関心がいちばんコワイ。冷めきった関係なら悪口も出ないもの。
紫門ふみさん、そういう意味では心配なさそうですね。
posted by 北杜の星 at 07:18| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月06日

西村賢太「芝公園六角堂跡」

長年ファンだったミュージシャンから招待され、芝公園近くのホテルのライブ会場に赴いた貫太。
不遇の時代を経て、名の知れた文学賞を受賞し、有名ミュージシャンから特別待遇を受けるようになった彼の微妙な心理を描く連作短編集。

西村賢太の小説に貫太が登場すると、「あぁ、また会えた。しょもないヤツだけど。。」とそのいつものパターン化した文章に安心する。
良くも悪くも、そこには貫太がいるからだ。
芥川受賞後、彼はずいぶん忙しかった。書くこと以外にもテレビに出たり、インタビューを受けたり・・
そのため、忘れていたわけではないのだが、「没後弟子」を自認する私小説家の藤澤清造のことを、疎かにしていた。
ライブが終わりホテルの外に出た貫太は、そこが藤澤清造が凍える寒さのなか狂死した場所だと気付く。
といういわば、西村賢太の原点回帰の作品。
起承転結などがとても巧くなっていると思う。
いつも以上の自虐ユーモアも健在だ。
でもなんというのかな、「狙い過ぎ」なんじゃないかな?
もともと巧いひとではある。(そうと気がつかない読者がいるだろうが)、でも私は、こんな「こなれた」巧さは好きじゃない。

表題の「芝公園六角堂跡」よりも、他の「終われなかった夜の彼方へ」「深更の巡礼」の方が私には好ましかった。
これまでの私小説への傾倒ぶりがよくわかるし、それこそが作家の西村賢太を生んだ経緯でもあるからだ。
最後の「十二月に泣く」のラストも、ちょっと狙い過ぎ。
北陸七尾にある藤澤清造の菩提寺の住職の母堂が亡くなり、弔問にでかける話だが、最後清造の墓の前で、偶然にも彼の書簡が出て来たと古書店から連絡があり、そのタイミングに、貫太が哄笑、やがて哄笑は嗚咽に変わり。。というものなのだが、陳腐な終わりかたですよねぇ。
私的にはこれ、70点。

だけど田中英光や藤澤清造のことを西村賢太が書いてきたおかげで、彼らの小説が再発刊されたのは素晴らしいことだと思う。これは彼の功績だろう。
願わくば、乞食のような掘立小屋に住んでいた川崎長太郎のことも書いてほしいものだ。
私小説家のなかでは長太郎とか上林暁が好きです。
長太郎の自選全集をもっていたのだけど、古本屋に売ってしまったんですよね。。

くだんのミュージシャン、作中ではI・Jとあるが、稲垣潤一のことですよね。
稲垣潤一と西村賢太ってどうも不思議な取り合わせみたいだけど、彼の思い入れの強さは、少年のようで微笑ましかった。
それと笑ったのが、貫太ものには「根が・・・にできている貫太は」というフレーズがいくつかでてくるのだが、今回は「根が初対面の人間が滅法苦手にできている柴イヌ体質の貫太は」とあったところ。
柴イヌって、初対面の人間が苦手なの?初めて知ったけど、貫太は柴イヌほどカワイクはないかも。

次々に新しい芥川賞作家が出てきて、西村賢太の影が薄気うなりつつあるけれど、彼の書くジャンルは今どき貴重なので頑張ってほしいです!
posted by 北杜の星 at 08:13| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ナ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月05日

NHKスペシャル班「血糖値スパイクから身を守れ!」

最近私の友人が糖尿病予備軍と医師から言われ、糖質ダイエットを始めた。
パン・米飯・麺類を減らす食事を心がけるようになって2カ月近く、目に見えてほっそりしてきた。
パンは糖尿病専門医江部先生ご推奨の製品を「値段が高いのよぉ」と言いながら購入し食べている。
(でも彼女、スウィーツは食べてるんですけどね)。

また友人のご主人は長年の糖尿病を放置していたためか、脚を切断、失明寸前となってしまった。
目が見えなくなったら私のように点字をならうといいよと言ったら、感覚も悪くなっているので指で点字を読むことは難しいらしい。
(余談だが切断した脚は病院で処置してくれるのではなくて、書類を携えて、火葬炉に持って行ったのだそうだ)。

健康診断で血糖値を測るが、それは空腹時の数値。
しかしその数値が基準内であっても安心はできない。むしろ重要なのは「血糖値スパイラル」の方なのだそうだ。
「血糖値スパイラル」とは食べた後の血糖値のことで、食後1時間半から4時間くらいの間はぐんと血糖値が上がり、それ以降は急降下する。
その繰り返しを重ねていると、心臓病や脳血管系疾患や認知症の原因となるという。
そしてこの血糖値スパイクは若い人にも多くみられ、これが近い将来、糖尿病患者となるのだそうだ。

少し前まで、日本の糖尿病患者の治療としては、とにかく摂取カロリーの制限をすることが大切だと言われてきた。
でも糖尿病は糖の代謝が悪くなるのだから、それはおかしな話しだと私はずっと疑問に思ってきた。だから京都の江部先生の持論の糖質除去論を10年くらい前に知った時は、糖尿病ではない私が「そうよ、その通りですよね」と大賛同だった。
このところ、カロリーではなく糖質除去食事が推奨されるようになってきたのは、当然のことだろう。
でも病気になってからでは遅い。その前に予防することが大切。

この本はNHKスペシャルで特集された番組を書籍化したもので、番組への反響が大きく、発刊の運びとなったようだ。
それほど糖尿病は日本人にとって国民病となっている。
糖尿病が怖いのは、あるゆる体の部分に合併症が起きるからだ。
糖尿病は遺伝が関係していることが多いので、家族に病歴のあるひとはより注意が必要だろう。
若年や子どもの糖尿病も増えている。
痛くも痒くもない病気だから、いろんな合併症が出るまで真剣に対応しない人も多い。

なるべく糖質を控える。砂糖を摂る時は精製されていない白くないものをせめて選ぶ。
(日本の食事って、砂糖やみりんなど甘味調味料をよく使うので、それも考慮に入れたほうがいいと思う)。
炭水化物も精製されていない黒いパンや玄米。
食事のさいは、食べる順序を考えて、まず、繊維の多い野菜を、それから肉や魚を、そしてご飯やパンという順序で食べると、血糖値の急激な上昇が避けられる。
食事の間隔を空けないこと、規則正しく食べること。
睡眠不足だと血糖値は上がるそうだし、ストレスも関係する。

「親が死んでも食休み」なんて言葉があるが、それもダメ。
食後はチョコチョコ動くべし、そのほうが血糖値が上がらない。食後なので激しく動くのはNGですが。
そうそう、ゆkっくり食べることも血糖値を急に上げない秘訣だ。
(私、食べるの速いんですよね。お客さまの時には、一皿出して自分も食べて、すぐに次の料理を準備するために、どうしても食べるのが速くなるんです。最後のデザートとお茶のときにようやくほっと一息、ゆっくりできる)。

この本には血糖値スパイクの危険度チェック事項があって、それに印をつけて合計すると、私たち夫婦は危険度「低」と出た。
でもちゃんと医療機関で調べたわけではないので、正確かどうかは不明。
もしきちんと調べたいなら、「糖負荷試験(OGTT)という検査を受けてみてはいかが?
posted by 北杜の星 at 08:03| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月03日

ハッチの週間身辺雑記

この一週間はのんびり家で過ごしました。
このところ毎週遠出をしていたので、本を読む時間が少なく欲求不満気味だったけど、すっきり解消。
点字の本を含めてかなり読めました。

私は多くを望まない人間で、本当に安上がりだと自分でも思います。
映画と本と猫・・これがあれば人生ハッピー。
それが目が悪くなって、映画がまず初めにダメとなり(60歳過ぎたらシニア料金で観れるというのに、これまで映画に使ったお金が全然回収できません)、でもまぁ、これはなんとか諦められました。
これまでの人生で観た数百本の映画が、脳裏に焼き付いていますから。
本を読むのも苦痛になってきているけど、まだなんとか読めるし、印字の代わりに点字を習ったので、これも大丈夫。
問題は猫ですね。
猫がいない時間をこれから過ごすのかと思うと、とても寂しいです。
私の友人は犬を亡くし、8歳か9歳くらいの犬を新たな家族に迎えたそうです。保護されていた犬です。
そういう年齢の生きものなら、飼うのを全うできるでしょうが、どうも私は二の足を踏んでいて、猫はあきらめるしかありません。

というわけで、大好きなものがまわりから消えてゆくんですね。
でも楽天的なのかなぁ、私。
失ったものを数え立てるよりも、今持っているものを楽しもうとしているのだから、能天気なのかもしれません。
目が悪いから失うだけでなく、歳をとったからとか、他にもひとそれぞれの失う理由というのがあるような気がします。
大切なのは『受け止める」こと。だって、なっちゃったものはしようがないじゃないですか。それだけのことです。

楽しいといえば、日曜日、八ヶ岳アウトレットに行ってきました。
隣町で花市があって、それを見た帰りの途中で寄ったのです。
山林のなかに店が点在していて、高低差があるのでお年寄りにはつらいかもしれません。
いつもは(といってもアウトレットに行くのは2〜3年に一度だけなんですけど)、ウィークデーに行っていたのが、初めての日曜日。
空は真っ青、木々は緑、心地よい太陽・・
そこにヤング・ファミリーたしちが子連れ、犬連れで散歩していました。その姿がなんともハッピーそうで、普段あまり幼い子どもたちを見ることがないので、とってお新鮮でした。
この人たちがいつまでもこうして幸せでいれたらいいな、とソフトクリームを食べながら見続けていました。
こういう場所ってやはり、人出の多い土・日の方がいいみたい。
ファミリーにとってもアウトドアなので、子どもが騒いでも気にならないし、疲れたらベンチもあるし、お弁当を持って来ても、カフェに入って食事をしてもいい。
安全で入場料はなし。。けっこういい週末の過ごし方かもと思いました。

この八ヶ岳アウトレット、あまりいい店がないよなと思っていたのですが、もうすぐ店舗が現在の70から120に増えるそう。それに伴い駐車場も増設されるようです。
どんなお店が来るのか、楽しみ。
私たちがちょっと覗いてみようかという店は今のところ、Beamsくらいで、夫は白い夏用の短めパンツ、私はチュニックを買って、「若作り」します。
Beamsはもう40年くらい前、神宮前の小さなお店から出発したんです。今でいうセレクトショップのハシリでした。
今では大きくなって、衣服にとどまらずライフ・スタイル全般の会社になっています。
当時まだ生まれていなかった若いスタッフのお嬢さんが、感じの良い対応をしてくれました。

今年の我が家のバラはちょっとスゴイです。
どの木も花つきがたくさんで、しかもその花が活き活きしていてパワーを感じます。
深紅、白、黄色、ピンク、そして形容できない不思議な色と香りの大輪のものも。
植えたのを忘れていた木も、今年は他の植え込みの間から咲いているのです。
とくに肥料を与えるわけでもなし、とにかく我が夫は、植えたら植えっぱなし、愛情はあっても面倒はあまりみません。
一カ月に一度くらい、虫除けをスプレイするくらい。
これくらい咲けば、部屋に切り花で飾っても惜しくない。「えー、そんなに切るの」というくらい夫はたくさんのバラの花を切って家に持って入るので、私は少々花が気の毒になるのですが。。
本当のことを言えば、私はバラを植えるのには反対なのです。もっと自然の花の方が好きだからです。
だけどバラはやぱり花の女王。咲けばこれほど美しい花はないです。うっとりします。


ゴールデンアカシアの木の花も今年は本当に咲き誇っています。
アカシアの蜂蜜があるくらい、アカシアはいい香がします。
木の下を通ると、なんとも言えないいい香。蜂の気持ちがわかります。
ゴールデンアカシアは我が家のシンボリック・ツリーとして最初に植えた木です。これからもっともっと大きくなることでしょう。葉っぱの色が緑でもゴールデンっぽい薄緑なのが美しいです。

自然を壊して家を建てたのだから、敷地にはなるべく自然らしい生態系に添った植栽を心がけてきましたが、ゴールデンアカシアは外国の木ですね。
でも気候的にはここ八ヶ岳にぴったりの生育地なので、許してもらいたいです。

ハーブも少し植えています。
以前はいろいろと植えていたのですが、使うのは決まっているし、あんまりハーブの匂いが強い食べものは夫も私も好きではないので、青しその葉、三つ葉、ルッコラ、バジル、パセリ、イタリアンパセリ(これは友人がくれたもの)、それと寒い冬を何度か越してかなり大きくなったローズマリー、タイムは植えたけど雑草の中に埋もれてしまったみたい。
ミントは増えすぎて抜くのが大変。
それに加えてちょっとだけパクチーを植えてみました。これも夏頃になると猛々しく増えるんですけど、生春巻きやフォーを食べるときにはパクチーがないと気分が出ません。
私は大好きなのですが、夫は大嫌い。どうも男性は嫌いな人が多いようですね。
私はスープにも焼きそばにも、なんにでも散らしたいです。
ハーブの香りがふさわしのは夏の料理。これからが出番です。

そんなこんなの一週間でした。
posted by 北杜の星 at 07:47| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月01日

原田マハ「モネのあしあと」

作家になる前はキュレーターをしていた原田マハ。
その彼女がフランス印象派画家モネについて書いたこの本は、学術的なものではないけれど、彼女の「モネが好き!」が心地よく伝わってくる一冊だ。

文明開化で西洋の文化が入ってきた同じ時期に日本に紹介されたフランス印象派絵画。
日本人にとっての西洋絵画といえば、それはもう、印象派なのだ。
バロックでもルネサンスでもない。とにかく学校の美術の授業で教えられる画家のほとんどが印象派。
これほど日本人になじみの深い絵画はないだろう。
そのなかでも最近、モネの名前を見聞きする機会が多いような気がする。
モネの「睡蓮」のあの光。どこか日本画に似通ったところがあるのか、とても日本人好みだ。

この本には原田マハが都内の小さな美術館に勤めていた時に初めて見た、ホンモノのモネの絵との出会いが書かれていて(じっさいはこれ、口述らしいが)、そのアパレル会社のオーナーの絵画コレクションの一つだったらしいが、強いインパクトを受けたようだ。
それはずっと彼女のなかに残ったのだろう。
後に作家として書き、直木賞候補作品となった「ジヴェルニーの食卓」にもあるように、印象派のなかでもモネに対する想いが続いているようだ。

日本人は幸運なんですね。
印象派絵画を買い集めた先見の明を持つ先人たちがたくさんいてくれたおかげで、外国に出かけなくてもそれらを見ることができる。
彼女も書いているが、今どんなに中国やアラブの大金持ちが印象派絵画を求めようとしても、不可能らしい。

昔の日本の富豪は投資のためでなく、文化を愛するゆえに、それらを購入していたのだ。
日本とフランスの間のコネクションがそうあったとは思えないが、少しのそのコネクションはしかし、太いものだったようで、モネから孫のようにかわいがられた日本人富豪もいたようだ。
そのおかげで、現在日本中にはおよそ30点ものモネ作品があるというからすごい。

ブリジストン美術館(東京)、大原美術館(岡山)、ひろしま美術館(広島)、サントリー美術館(東京)、松岡美術館(東京)、笠間日動美術館(茨城)、アサヒビール大山崎山荘美術館(京都)では庭園に咲く睡蓮の花とモネの「睡蓮」の競演が楽しめるという。
また現代美術館においてもモネを所蔵していて、地中美術館(香川)や河村美術館(千葉)でも見ることができる。
(まぁ、日本ではコンテンポラリー作品だけではお客さんは来ないから、目玉作品としてお客を牽引するためにも必要なのかもしれない。そういう場合の印象派として、ルノアールじゃぁね、やはりモネということになるのではないだろうか)。

香川の直島の地中美術館にはモネが数点あって、モネの庭が作られていて散策することができるが、モネの「睡蓮」の部屋に入るには靴を脱がなくっちゃいけない。
あれがどうもイヤで、外国人の見学客もずいぶん多いのだから、あれは一考する方が良いのじゃないかと思う。

でもこんなにモネが日本にあるなんて、、これはうれしい驚き。
キュレエーターの彼女なので、モネの絵画説明もちゃんとあります。
「風景の一部を切り取る構図、筆跡を残す絵筆の使い方、モチーフの極端な抽象化(これこそが現在でもモネのファンが多い理有だと私は考えている)・・などをどのようにモネが手に入れたかが「モネのあしおと」を読めば、アート作家原田マハらしく書かれている。
posted by 北杜の星 at 07:33| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月30日

ドナルど・B・クレイビル「アーミッシュの謎」

アーミッとうシュの人たちを映像で見たことのある人は多いだろう。
地面に届く長いスカートを着て白いボンネットを被った女性が馬車に乗り、まるで西部劇に出てくる19世紀そのまま。
男性は黒い質素な服で鍬を担ぎながら、舗装されていない土の道を通っている。
彼らはキリスト教の一派である「アーミッシュ」の信者たちで、ドイツからアメリカやカナダに移ってきた当時からの生活様式を守って生活している人たちだ。
そのアーミッシュには様々な「謎」があるそうで、この本では彼らの「宗教・社会・生活」が紹介されている。

私はアーミッシュのコミュニティでは自動車も電気もまったくないのかと思っていたが、この本を読むと、どうもそうではないようだ。
自動車は所有をしてはいけないが運転はOKらしい。
トラクターはいいが、納屋周辺での使用に限り、農耕には馬を使わなければならない。
また電気はアーミッシュの工場内での溶接機や絞った牛乳をタンクで攪拌するときなのどには使用が認められている。
けれどその電源はオフグリッドで発電したものをバッテリーで蓄電している。
しかし家庭内ではほとんどの場合は、照明や電化製品は認められていない。

これらの境界線はどこにあるのか?
おそらく新しい道具や製品が世の中に現れるごとに、みんなで協議して決めるのではないか?
そこには彼らなりの価値観の上での妥協もあれば、拒絶もあるのだと思う。

キリスト教の一派として敬虔な信仰を持つアーミッシュだが、布教活動はいっさいしない。
また教会や祭壇や聖歌隊、司祭や牧師なども持たない。
そうしたシンボリックなものはどもすると特権に陥りやすいため、避けている。
それに関してはすがすがしい気持ちが持てますね。
イタリア中部のアッシジという小さな町は、聖フランチェスコの聖地として有名だが、そこには巨大な聖堂が建立されている。
そこにはジョットの壁画などがあって見どころは多いし、美しい場所なのだが、清貧に生きた聖フランチェスコの真意とはどこか違うような気がして、私は少々落ち着かないのだ。
だからアーミッシュの人たちのこうした信仰のありかたに納得してしまう。

彼らはどうやって生計をたてているのか?
ほとんどが自給自足だが、購入しなければならないものもある。
キルトなどの工芸品を売ったり、はちみつなどの食品を売ったりしているようだし、工場で製造した農耕具なども人気があるという。

コミューンとして相互扶助の精神のもとで暮らしているが、16歳になったらコミューンから出ることが義務付けられている。
他の世界を知り、そこでなんでも自由に選択し暮らし、一定期間を終えて成人したときに、アーミッシュの世界に戻るか、そのまま他の場で生きるかを自分で決定する。
だから自由を奪われるわけではないのだ。
ただいったんアーミッシュの信仰を手放した者は、家族とは縁が切れる。

矛盾を感じて否定的な人はアメリカにもいるみたいだが、何を選択して生きるかは各人の自由だと思う。
危険なカルト集団ではないので害はない。
むしろ現代社会に疑問を呈する人間が多いのか、アーミッシュの信者は毎年増加しているという。
たしかにそのコミュニティでは時間に追われることもなく、日の出とともに起き、日の入りと共に仕事を終え家族で過ごし、祈りを捧げる日々は、心静かなみたされるものがあるのだろう。
一カ月くらいなら私だって暮らしてみたい気がする。

アーミッシュと同じような暮らしをしていたキリスト教一派にシェーカー教徒がいる。
彼らはイギリスからアメリカに渡った人たちで、シンプルに美しい生活をしていた。
シェーカー家具はその美しさで今も愛好する人がいるし、作っている木工芸家も多い。
しかしシェーカー教徒は今はほとんど絶滅種化しているようである。
ただその生活のシンプルさはミニマリストたちにとってはなんらかの指針となっていると聞く。

アーミッシュ人口が増え、シェーカーが消えつつあるその理由は何なのか?
ちょっと観点がことなるのだが、この本を読んだら、そっちの方も気になりました。
posted by 北杜の星 at 08:02| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | タ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月29日

浅田次郎「帰郷」

戦争で大切な日常を奪われた人生を描く6編の短編集。

戦争を扱った小説や映画に接するときには、気をつけなければならない。
戦争の苦労をお涙頂戴でこれでもかと描くものには、とくに注意が必要だ。
それらはともすると戦争の悲惨さを前面に出しながら、じつは戦争を美化するものもあるからだ。(あのH氏の小説なんて、そうですよね)。
さいわい、私にはそういうものに対するちょっとした嗅覚があって、というか元々が疑い深いし批判精神も旺盛なので、「胡散臭いなぁ」と感じてしまうところがある。
まぁ、本能的なものかもしれない。

しかし浅田次郎の反戦小説はホンモノのような気がする。
根っこのところで信頼できる反戦小説を書く作家だ。
「でも、ハッチさんのこのブログで、浅田さんを取り上げたことって、ないじゃない?」と言われると、そう、その通りです。
嫌いなわけではない。まったく読んでこなかったわけでもない。
なんというか、私の好みからすると、ほんの少しエモーショナルなところが強すぎるんですね。
それに浅田次郎は大流行作家さん。私なんかが読まなくてもたくさんのファンを持っているから、そうした人が彼の小説について書けばいい。。そう思ってあえて書かずにいたところがある。

でも久しぶりに読んだ浅田次郎。
表題の「帰郷」は、終戦後の街娼と帰還兵の出会いのお話しだ。
どんな事情か新宿の闇市のそばで客を引く女。うずくまって煙草に火を点けているところに一人の男が声をかける。
客としてではなく、男は女に自分の話を聞いてくれと言う。
彼は信州のある場所の大地主の跡取り息子の庄一。
父親が手をまわして兵役を免れていたが、結局は戦線に送られ、玉砕の戦地から生きて日本に戻れた。
残してきた美しい妻と娘、出兵したとき妻のお腹にいたまだ見ぬ子どもに会うのだけを願って、故郷に帰ろうとするが、到着した駅で偶然会った義兄からとんでもないことを知らさせる。
故郷では庄一は死んだことになっていたのだ。
誰を恨むわけにも憎むわけにもいかない寄る辺なさ。
居場所を失った女と男の行く末は。。

といういのがあらすじ。
ええっとですね。悪くはないんです。悪くはないんだけど、どこかで読んだことがあるようなストーリー。
ゆっくり進んできた話が最後の2ページでトトトッとすごい速さでエンディングなってしまうので、余韻が残らなさ過ぎる。
他の短編も悪くはないんだけど、やはり知っているお話しのよう。。

でも戦争を描くのは大切なことだと思う。
戦後70年以上経過して、戦争体験のある人たちがめっきり少なくなり、戦争が風化しつつある現在、戦争について考えることは必要だ。
戦争はなぜ起きるのか?戦争はなぜいけないのか?
そしてこの「帰郷」に描かれる人たちの戦争によって失われるものの大きさを。
そういう意味でこの本、読んでよかったです。
posted by 北杜の星 at 07:22| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする