2015年07月03日

地曳いく子「服を買うなら、捨てなさい」

「フランス人は10着しか服を持たない」という本が評判になっている。
ライブラリーには結構な予約数で、いつ読めるかわからないほど。
フランスと日本では気候風土や慣習が異なるため、フランス流が必ずしも役に立つとは限らないし、検索してみたら同じような趣旨でしかも評価のより高い本があるのを知った。
それがベテランスタイリストの書いたこの本だ。

もともと私たち夫婦はモノを捨てるのが大好き。罰当たりなほどなんでもポンポンと捨てる。
東京暮らしから田舎暮らしを始めた時にはずいぶんたくさんのモノを捨てた。服もわんさか捨てた。
それでもこの数年間に増えてきている。しかも買ったはいいがあまり着ない服の多いこと。(田舎は店が少なく買い物はネットになるので、失敗があるからだ。)
いつも着る服は限られているような気がする。それは心地よく、マッチングのいい服だ。

日本人は「着回し」の呪縛にとらわれていると地曳さんは言う。
毎日違う服を着るための着回し術に振り回されすぎだと。
コーディネイトを変えれば変えるほどセンスは悪くなるらしい。たしかに「決まった」組み合わせはそうはないものだ。このパンツにはこのトップスと定番となる組み合わせがある。
だから品質の良く自分に似合っている服を週に2回も3回も着なさいというのが彼女の提案。
朝着ようと思って着るのをやめた服は、つまり不要な服。それを捨てなさい!
持っていてもその服はこれからも着ないはずだから。
うん、そうです。「どこか変かも」と思ったから着ないんだから、結局は着ないよね。そしてもし着たとしても、一日中 「居心地悪い。

私は他人から見ると「あの人、いつも同じ服を着ている」と思われていると思う。
夏は白のパンツ、冬は黒のパンツ、それもほとんどがデニム。
だけど他人が見て同じようでもじつは白も黒もそれぞれ10本くらいはある。素材やデザインが微妙に異なるのだ。
でも穿くのはいつも2、3本。つまり他のパンツは不要なのだ。それにもかかわらず持っているのは何故?
そんな服は潔く捨てるべき、と地曳さんは提言する。

その代わりに「買うべき」アイテムを紹介してくれている。
まず3万円から5万円の靴。これは高いといわれるかもしれないが、週に3回何年も履くとしたら安いもの。上等な靴はちゃんとソールを張り替えてもくれる。靴は体全体を支えるものだから装身具以上の役割をもつ大切なものだ。
それから2万円から3万円のストール。これも納得できるアイテムだ。ストールは差し色としても使えるし便利。
もう一つ、これは意外だった。一足5千円のタイツだ。タイツに5千円の大枚をはたくのにはちょっと勇気がいる。私はせいぜい千円のタイツで満足しているけれど、今度の冬は清水の舞台から飛び降りるつもりで一足試してみようかな。きっととても心地よいものだと思うが、地曳さんは「私は、5千円のタイツをはいている!」と自信がつくのだそうだ。

どんなに高い服でも着用頻度が増えると、ランニングコストは良くなる。つまりはコストパフォーマンスが高くなる。
地曳さんはバブル期に大量の服を買っていたけれど、何を着ていいかかえってわからない時があったという。
今は上質な服を週に何度も着るそうだ。他のスタイリストさんたちもそのような着方にシフトしてきているらしい。
モノを少し持つ。そしてしっかり活用する。
彼女は今の洋服には「一生もの」はないと断言している。素材は日進月歩で進化しているし、デザインも2年から3年で変わる。
自分のスタイルを持ってそれをいつも「素敵」と思わせるには、やはりUPDATEが必要なのだ。
同じスタイルだからといって、いつも同じ素材デザインのものを着ていると、それらはいつか時代遅れとなっているからだ。
普段着るものにお金をかけ、パーティなど着用頻度の少ないものはファストファッションの店で買えば良いのだ。今はザラやH&Mなどで1万円台でそうしたドレスが買える時代だ。)

これを読んでから私はTシャツを10枚くらい、パンツを5本ほど捨てた。
なかには高いものもあって迷ったが、着る頻度の少なかったものをこれから着るとは思えないから。
そして八ヶ岳アウトレットに2年ぶりに行って(八ヶ岳アウトレットって御殿場とか軽井沢と比べると良いお店がないんですよね)、夏の白のデニムを買った。
これはUPDATEなんだと自分に言い聞かせながら。

そうそう、この本の中で「そうかもしれない」と納得したのが、セールで買うよりも季節初めに定価で買うことが進められていたところ。
7月のセールで2カ月着るなら、5月に買って4カ月着れば、着る回数で服の値段は結局は同じことになるという。
安いから買うのではなく、本当に欲しいから買う・・夏物セールの時期だけど、私、行かないもんね。。多分、行かない。。。
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2015年06月30日

シェリ・フィンク「メモリアル病院の5日間」

2005年8月末、アメリカカリブ海沿岸と南東部をハリケーン・カトリーナが襲った。
9月になりその被害がだんだんと明らかになったが、死者は1800人を超えた。
なかでもニューオーリンズでは街の大部分が水没、食糧などの物資が不足し、供給は長い間ままならなかった。1800人の死者のうち1300人以上がニューオーリンズの犠牲者だった。
そのカトリーナが上陸してから5日間、街にあるメモリアル病院で起きたことの真実を究明したのがこのノン・フィクションで、この本の副題は「生か死か・・ハリケーンで破壊された病院に隠された真実」というもの。

メモリアル病院はハリケーンの上陸で電源を失い、病院として機能しなくなった。
入院患者たちを他所に避難させ終えるまでの5日間、重症者たちが多数亡くなったのだが、その死に疑いが持たれた。
パニックになった医師や看護師がモルヒネなどの鎮痛薬を投与して、患者を死に至らしめたというのだ。
それは本当にあったことなのか?
この本では実に多くの患者、家族、役人、法律家などへのインタビューがなされている。
後半は裁判について詳しく書かれていて、いかに判決が下されたかがわかる。
安楽死か殺人か?また安楽死の是非・・

これはとうてい他国のこととは思えなかった。
地震や火山噴火や台風などの自然災害の多い日本でも起こるかもしれない。
どんなに災害に対して備えていても完全ということは不可能だ。
そのときに目の前に病気や怪我をしていた人がいて、彼ら全員をケアできるのか?出来ない時はどうするのか?

戦場やひどい事故現場では「トリアージ」といって治療の優先順位を決めるシステムがある。
多数の被害者が出た場合に、手当の施しようのないひとや軽症の人を後回しにして、治療をすれば命の助かる見込みのある人を優先的に治療する方法である。
これは残酷なようだが必要なこととして現在実施されている。
おそらくメモリアル病院の医師や看護師たちには、これが念頭にあったのかもしれない。
また適切な医療行為ができなくて患者を苦しめるのが忍びなくて、安楽死を選んだのかもしれない。

彼らが有罪かどうかということもだが、それ以上に重く深く考えさせられる本だった。
しかしこれだけ緻密な取材をよくしたものだと思う。それだけで著者のジャーナリストとしての熱意と力量が伺える。
500ページ近い本を読むのは大変だったが、著者の筆力が一気に読ませた感じ。
結論はあえて書きません。興味のある方はこの本を読んでください。

シェリ・フィンクは他のレポートでピューリッツァー賞を受賞しています。
posted by 北杜の星 at 07:34| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月23日

ジョン・ウィリアムズ「ストーナー」

この本は私の友人M子さんが送ってきてくれたもの。
M子さんはイギリス人を先生として、英米文学作品を英語で読むという読書会を毎週数人で持っている。
読書会はもう十数年続いているそうだ。
これまでは「お勉強」という気持ちだったのだが、最近ようやく文学を楽しめるようになったと言う。
とくにこの本には心を揺さぶられ、ちょうど日本語訳が発刊されたので「どんな訳がしてあるのだろう」と購入したそうだ。
・・しかし1ページ目を読んで、「自分の『ストーナー』とは違う」という違和感でそれ以上読めず、私に「読んでみて」と送ってくれた次第。
原語でこんな厚い本はとても読めない私はありがたく読み始めた。

確かに最初は訳が硬い印象があった。
でも読み進んで行くうちに彼女の感じたであろう違和感は消えていった。
そして「ストーナー」が誰かに似ていると思い始めた。
そう、森博嗣の「喜嶋先生の静かな世界」のあの喜嶋先生だ。喜嶋先生は数学、ストーナーは英文学という学問の違いがあるが共に学究者としてよく似ているのだ。
もっともこの「ストーナー」が書かれたのは今からおよそ50年も前。だんだんと評価されてきて各国で翻訳されるようになったものだ。

貧しい農家の一人息子として生まれたウィリアム・ストーナーだが、これからは学問が大切と父親から大学入学を奨められた、
最初は農学部だったが、ある日ある教授の英文学の講義を受けたとき、彼の人生の舵は大きく切り替わった。
両親に黙って学部を変更。以来彼は人生を英文学を軸に生きることになる。
大学では二人の友が出来たが、一人は第一次世界大戦で死んでしまう。

ストーナーはあるパーティで出会ったイーディスに一目で心惹かれ、裕福な家柄の彼女と強引ともいえる情熱で結婚する。
しかしイーディスはエキセントリックな性格で、一女をもうけたものの、この結婚はストーナーにとって苛酷な暮らしを強いるものとなる。
四十代になり彼は教え子のキャサリンと愛し合うようになるが。。

大学は学問という聖域であるべきはずなのだが、どこにもあるような「世間」が大学にもあって、ストーナーは上司の執拗な怨嗟の的となってしまう。
だがストーナーが望むのは教授になることではなく、学究生活を続けることだった。
そのために彼はキャサリンと別れざるを得なくなるのだが、愛を貫けなかったのはその学究生活をお互いに手放さなければならなかったから。
ストーナーにとってもキャサリンにとっても英文学を研究することで自分が成り立っているのだから、もしその道が閉ざされたならば彼らは「別の人間」となってしまう。
それは自分にとっても前途あるキャサリンにとってもいいわけがない。
という結論に達したストーナーはしかし、けっして「世間」に屈したのではないと思う。譲れないところは彼なりに闘っている。
それはストーナーの両親や先祖たちが土地にしがみついて生活しながら、「世間」の抑圧に「無表情で寡黙で険しい顔を向けて」対峙するのと同じだったのだと思う。
第一次大戦、金融恐慌、第二次世界大戦と揺らぐ世界と世間であっても、ストーナーはストーナーで居続けたのだ。

読み終わって深い想いが残る小説だった。
ストーナーは幸せだったのだろうか?
英文学者となり、友を得、初恋の女性と結婚し娘を持ち、恋人もいた。
それでいてこんなにも悲しいのはなぜなのか?
つかんだもの、手放したもの、そのどれもがストーナーの人生なのだが、こうしか生きられなかった不器用で頑固な彼をとても愛おしく感じる。’この感想も喜嶋先生へのものと同じだ)

この中で19世紀ロマン派の詩人たち、シェリーやキーツ、バイロンなどの名前が出てくるが、少しだけそのころの文学をかじった私には懐かしかった。
「シェリーとヘレニズム」についてストーナーが生徒に質問している箇所があるが、それってどういうことなんだろう?シェリーとヘレニズムがどう結び付くのか知りたいものだ。
(1969年に最初にローマに行った時私が一番訪れたかったのは、バチカンでもコロッセオでもなく、シェリーとキーツの眠る場所だった。ほとんど知られていないが映画ローマの休日に出てjくる有名なスペイン階段の右の登り口には「キーツ・シェリー博物館」というのがあるんですよ。)

M子さんにたくさんのお礼を言いたい。
彼女が日本語訳のこれを読めなかったおかげで、私の珠玉の一冊が増えたのだから。
でも彼女の気に入らなかった東江一紀訳のこの本は、第一回日本翻訳大賞を受賞している。
選者は柴田元幸氏や岸本佐知子、金原瑞人ほか。
なお東江氏は最後の1ページだけを残して力尽き病気で亡くなられたそうである。
posted by 北杜の星 at 07:47| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月15日

桜木紫乃「それを愛とは呼ばず」

これまでの桜木紫乃の小説に比べるとキレがない。
ストーリーもいまいちだ。
だけどところどころに光る比喩や文章はあるので、最後まで読めた。
最後まできてビックリの結末が待っていたし、タイトルの「それを愛とは呼ばず」の意味がはっきりした。
彼女のほとんどの小説の舞台となっている釧路が今回は少しだけ。千歳空港の近くの湖と新潟がメインの土地だ。なぜ新潟だったのだろうか。

亮介は57歳。東京で勤めていたホテルが火事になり倒産、故郷の新潟で章子という辣腕女性社長の企業に就職した。
10歳年上の章子からプロポーズされ結婚し副社長になったものの、章子は結婚後10年で事故で意識不明となった。
同族会社での亮介の実権はなく、新潟を追われるように東京へ出て不動産会社に職を得るが、古びたリゾートマンションの部屋を売るために北海道に赴任する。
週に一度、彼は北海道から新潟に帰り、章子を見舞う。

紗季は30歳の芸能プロダクションに所属するタレントだが仕事はなく、銀座の老舗キャバレーに勤めている。
彼女は真面目でおとなしく一生懸命な女性。美貌とスタイルを保つために不断の努力をしているが、オーディションに落ちたことでプロダクションを解雇されてしまう。
あることがきっかけでキャバレーを辞めた紗季は、一度お客として会っただけの亮介の北海道のマンションを訪れる・・

亮介も紗季も失意の人間だ。
孤独で寄る辺なく、将来が見えない。
寄りそう気持ちはあっても、亮介にはそれを押しとどめる理性がある。その理性は章子への想いなのか、それとも紗季に対する違和感なのか。
生臭い男と女の関係はない。
でも「愛しい(いとしい)」と「愛しい(かなしい)」という感情が紗季には募ってゆく。

ホント、驚きのラストです。

2年前かな、新潟の街に初めて行った。
(JALホテルのクーポンがあって、2泊がタダになるので行ったのだけど)。
新潟というとあの田中角栄のイメージばかりがあって、それ以上の想像がなにもできなかったのだけど、整然としたとても清潔な街だった。
海と川と空が広々として、「いい気」が流れていた。水と米がとてつもなく美味だった。これで旨い酒が出来ないわけがないと下戸の私でも思った。
昔の良い方をすると「裏日本」で閉ざされた場所みたいな印象を受けるが、大陸に向かって開かれた土地なのだ。そういう明るさが感じられた。
もっとも私たちは夏に行ったので、冬の曇天を知らない。
新潟出身の友人は、「表日本」に住むようになった時、冬に布団が干してあるのを見て、心底驚いたと今でも話す。
新潟の冬は太陽が出ず、湿気もひどく、とても布団が干せる気候ではないのだと。
同じ日本なのに、なんて不公平だと思ったそうだ。

この小説に出てくる新潟の「古町」、私たちはホテルからJR駅前の間しか歩いていないので、今度行ったら是非川向うのあちらへ行ってみたい。
「古町」が以前の繁華街だったようだ。
posted by 北杜の星 at 07:35| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月09日

青来有一「人間のしわざ」

青来有一の作品を心待ちにしているのに、彼は長崎原爆資料館館長という仕事の合間に書く人なので、なかなか新作を読めない。
前作「夢の栓」は2012年だった。
これまでずっと長崎という原爆と信仰の町と人々を描き続けてきた彼が、今回は世界の紛争の地とローマ法王ヨハネ・パウロ2世を戦争ジャーナリストである一人のカメラマンの目を通して、時にはまるで写真のようにリアルに、時には彼の作品によくある幻想のように、描いている。
地味といえばこんなに地味な作家もいないが、確かな視点を持つ青来有一は私の大好きな作家の一人である。

50歳になる男と女。
彼らは30年前お互いを意識し合っていたが、若さゆえの自意識から結ばれることはなかった。
お互いにそのことを許せない二人がようやく再び出会った。
男は戦場カメラマンとして世界中の紛争の地を渡り歩いてきた。その間、妻は愛人をつくり死んでしまい、息子は引きこもりで原発テロを夢想している。
女は専業主婦だがやはり夫は若い女のもとに入り浸っている。
そんな男と女を結びつけるのは30年前のあの、南国とは思えないほどの雪に見舞われた朝。
長崎を訪れたヨハネ・パウロ2世を一目見るために、別々に沿道に詰めかけた二人。
男は雪のなかで過去にむごたらしく殺された殉教者たちの幻を見る。
そのことが男を戦場へと駆り立てていったのか。
むごたらしさの影は男を追い、女との性愛は影を消しされるのか。
閉じこもっているのは息子だけではない。男も同様に自分の内から抜け出られないで苦しんでいるのだ。
女はそんな男を癒やせるのか。
長崎の前に訪問した広島で法王は言った。「戦争は人間のしわざです。」と。

戦争が「人間のしわざ」ならば、「神のみわざ」とは何だろう。
この本には中編「人間のしわざ」と短編「神のみわざ」の連作が、あたかも対比するように収められている。
「神のみわざ」では、インターネットで男の戦場の直接的な写真を無断で流出させた息子を助手として、有明の干潟を撮影しに行く男を描く。
干潟は海と陸地の境界だ。
そこには泥の中に小さな生きものたちがいた。見上げると空があり、下を見ると水があり泥があり生きものがいる。
どんなにむごいことがあっても、なお続くものがあるとしたら、それが「神のみわざ」なのだろうか。

青来有一はこれまで以上に信仰を描いたと思う。宗教を超える信仰の力を感じる。
しかし抹香臭くないところで、深く重い命題を私たちに突きつけるのは、これがすぐれた文学だからだ。
青来有一は「爆心」も素晴らしいが、「人間のしわざ」も本当にいい作品だった。
(軽めだけど「てれんぱれん」も私は大好き。)
これだけ凝縮した作品の次はどんなものになるのか、せめて一年後くらいには読みたい。

余談ですが、いつもこのように深淵な小説を書く青来有一ですが、「青来(せいらい)」という名はセーラー・ムーンからとったのだそうです。
posted by 北杜の星 at 07:55| 山梨 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | サ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月08日

齋藤訓之「有機野菜はウソをつく」

「最近、農業に関する本をわりと読んでるけど、野菜を作っているの?」と友人から訊かれた。
東京から移住し田舎暮らしを始めたので、そう思われるかもしれないが、我が家では野菜は作っていない。夫はもっぱら花咲じいさんでひたすら花の咲く木を植えている。
だから野菜は頂くか、歩いて30分のところにある自然食品店で購入している。(歩くわけではなく車で行ってます)。

自然食品店の野菜は無農薬か低農薬。農家のひとは「これ自分用だからクスリはかけてないよ」と曲がったきゅうりやぽつぽつと皮が茶色になったところのある茄子やいびつなトマトを下さる。自然食品の野菜の方は有機野菜だが、農家の作物のほうはいろいろだと思う。コンポストの堆肥もあれば化学肥料もあるのではないだろうか。
でもどちらも採れたての新鮮な野菜なので、美味しい。

「有機野菜はウソをつく」というセンセーショナルなタイトルのこの本、有機野菜を否定しているわけではない。
有機野菜だけでなく、ちゃんと面倒をみて育てた野菜なら有機じゃなくても美味しい野菜がつくれると言っているのだ。
有機栽培と聞くと「安全」「安心」「美味しい」」というイメージがある。
レストランなどで「有機野菜を使ってます」とメニューに書いてあるとそれだけで「ちゃんとしてるんだな」と信じてしまうところがある。

日本の有機jAS規格がついた野菜だけが、理想的に育てられた野菜ではない。
安易なオーガニック信仰は誤解を招く。
そうした固定概念を改め、有機野菜を盲信しないようにしようというのがこの本だ。

じつはこの本、農業従事者や農業研究者にはわかりやすいかもしれないが、農業をまったく知らない人間にとってはかなり専門的な個所がある。
農業って、種を蒔いて水をやって肥料を施し、太陽さんさんで育てればいいものという簡単なものではない。
いや、簡単なのではあるが、その簡単なことをしっかり実行しているかどうかが、つまりは大切だと言う。
だから消費者も有機野菜と書いてあるだけで「美味しい」「健康に良い」と短絡的に考えないで、自分の目で見て判断すべき。泥つき野菜が自然だとも思わないこと。むしろ衛生的でない場合がある。(有機で育てられていると大腸菌がついていることだってある)。
まず旬のものを選ぶことが基本で、旬のものは無理な肥料を与えていないから安いし栄養価が高い。

ところで、最近は有機栽培ではなく「自然栽培」がだんだん盛んになりつつあるという。米を自然農法でつくっている。
これは青森県で林檎を完全無農薬で栽培している木村秋則さんたちが提唱しているもので、有機と違うのは、肥料を与えない、農薬を与えない、草取りをしないという農法だ。
自然だからといって、けっしてホッタラカシではない。むしろより目を向け、耳をすまし、気を配って栽培している。
土地に化学肥料を与えていると、土が痩せてしまう。
有機ですら肥料なので必要ない、という考え方だ。雑草もすべてを除去するわけではない。

ここ八ヶ岳南麓には「農業をしたい」と移住している人たちがずいぶんいる。
そのなかには自然農法で野菜作りをしている人もいる。野菜だけでなくワインのためのぶどうも自然農法で、葉についた虫を一匹一匹つまんでどけるという大変な作業をしているワイナリーだってある。(このワイナリーのワインはいまや幻のワインと言われ、入手困難になっている。)
東京と違って畑や田んぼがすぐそばにある暮らしになったからだろう、農業や林業に関心を持つようになった。

私について言えば、有機でも自然でもそのどちらでもなくていいけれど、安全でパワーのある野菜が食べたい!
南極観測の隊員さんたちが、生野菜がない長い南極生活の後で生の緑の野菜を食べた瞬間、身体中が浄化されるのがわかると言っていたけれど、確かに野菜にはそいういう力があると思う。クレソンなんてムシャムシャ食べるとそれだけで血がきれいになるような気がする。
野菜を流通ルートに乗せずに、すぐ手に入るところに居る私は幸せだ。
posted by 北杜の星 at 07:21| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月20日

最相葉月「れるられる」

岩波書店「シリーズ ここで生きる」全10巻のうちの一冊。
このところ最相葉月の新刊が出ると読むのが楽しみになっている。
ノンフィクション・ライターとして取材材への丁寧なアプローチはとても誠実で、「セラピスト」では自分自身の病気のカミングアウトまでしている。

今回この本では「れるられる」という日本語の動詞の活用がタイトルとなっている。
「れる」という能動と「られる」という他動の言葉の境界はどこにあるのか?
私たちは人生においてさまざまな局面に遭遇するとき、「れる」側に立つのか「られる」側に立つのか。

第一章 生む・生まれる
第二章 支える・支えられる
第三章 狂う・狂わされる
第四章 絶つ・絶たれる
第五章 聞く・聞かれる
第六章 愛する・愛される

赤ん坊を産む前に映像診断や遺伝子診断をするひとが増えている。授かったから「生む」命ではなくなっているが、それは障害者の存在を否定するものではないのだろうか。
3・11のときに「支える」側にいた警察官や消防士。しかし彼らの心は極限まできていて、彼らにも「支えられる」ことが必要なのだ。
うつ病や双極性障害、統合失調症などの精神の病の病名がつく患者だけでなく、その境界にいるひとは現在多く、誰にも起こりうること。
「絶つ」「絶たれる」、この場合は命を絶つことを指す。
耳を閉じることはできないにもかかわらず、聞こうとしなければ言葉は届かない。視覚障害者や暗闇では音はよく聞こえるのはなぜか。
田宮虎彦と妻千代の「愛する」「愛される」を例に、愛のかたちを問う。

最近ある人と話したのだが、彼女は学会でインドに今年行き、インドの人が言った言葉がとても印象的だったそうだ。
「人間はもともと迷惑をかける存在、だから迷惑をかけてもかけられても、それが当たり前なんだ」。
日本人は小さな時から「人に迷惑をかけてはいけない」としつけられる。
でも誰だって誰かに迷惑をかけているんだよね。だって人間は他の命を奪わないと生きていかれない。それだけで大きな迷惑。だから迷惑はかけてもかけられても「お互いさま」。
インドでは「れる」「られる」が背中合わせにある。
そう話してくれた人は私に「だからもっと人に甘えなさい」と諭してくれたのでした。

人に「与える」以上に「与えられる」には度量が要るんですよね。人間の大きさは「れる」より「られる」に現れると最近思うようになりました。
posted by 北杜の星 at 07:42| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月10日

柴崎友香「パノララ」

パノラマとどうしても言えなくて「パノララ」になってしまう小さな子どもとの対話から、このタイトルは取られている。
柴崎友香はこれ以上ないというほど細やかな日常を、まるで彼女の趣味のカメラのシャッターを押すように切りとる小説家だ。
どこにも大仰なものや重厚なものはない。
普通の人々が普通にかわす会話は、電車で私の席の前に座る若い女性たちそのままのもの。
そのリアルさがかえって特異に感じられるほどだ。
この「パノララ」はこれまでと同じようなそうした日常に加え、少し歪んだ世界を描いている。
とても魅力ある柴崎友香に出会えた感じ。

わたし(田中真紀子)は広告関連会社の派遣社員として働いている。
出身は関西だが現在は東京で一人住まい。
友人のイチローの家に住まないかと誘われて家を見に行ってみると、とても奇妙な家だった。
コンクリート三階建ての本館に黄色の二階やがくっつき、さらに赤いガレージがその脇に建っていた。
真紀子が借りる家は赤いほうの2階だ。
家が奇妙なだけではない。
真紀子を迎えたのは真っ裸に長靴を履きホースを持つ父親だった。
他に女優の母、ほとんど引きこもりのイラストレーターの長女、映画監督志望のモテ系の大学生の次女。
おかしな家族だ。

おかしいのはそれだけではない。
イチローは一日を二度体験するというし、長女はワープできるし、次女は誰かに罹って来た携帯が誰からわかりその精神状態まで当てることができるのだ。
まるで怪奇ノベルのようだが、これが柴崎友香の筆だとしごく日常の普通さに思えるから不思議だ。

真紀子は思ったことをそのまま口に出せない性格だ。(あの田中真紀子氏とは大違い!)
だからといって彼女にに内面がないわけではない。
言いたい気持ちより、言ってしまった後のことを考えてしまったり、うまく説明できないのなら黙っていようと思ったりするのだ。むしろ言葉は内側に溢れている。
そんな彼女には彼女を私物化して支配する母親と、ことなかれ主義としか思えない父がいて、神経症s的な母に育てられた経験から、真紀子の性格が作られたのだろう。

いっけん普通の真紀子の両親がじつは普通じゃない異常性を持ち、奇妙的列なイチローの家族のほうがマトモなのではないか。
真紀子はとても辛い一日をイチローのように繰り返すことになる。
イチローのように二度ではなくもっと何度も何度も。目が覚めるとあの日の朝と同じ。起こる出来事が同じ。
ここから抜け出せるのか、どこかに逃げられるのか。
日常が日常を超えて、違うものになってゆく恐怖。

実験小説っぽいラスト近くだが、真紀子の精神の不安を描くためにはこれが必要だったのだと思う。
現実に戻ること。その現実は自分が選びとり、自分が創り上げるしかないこと。たとえ家族を傷つけようとも。
ちょっぴり強くなった真紀子の居場所が奇妙なつぎはぎだらけのあの「家」ならば、そこが彼女の還る場所。
それらの経緯が真紀子の内面を通して描かれている。

400ページを超える長編なのでずいぶんいろんな出来事が起こる。
この小説が魅力的なのは人物配置が素晴らしいからだ。
女優の母親もミステリアスでいいけど、私は父の将春さんが好きだ。
真っ裸は困るけど、30年たっても妻のみすすさんに夢中な一途さと度量の大きさがいい。

柴崎友香は第151回芥川賞を受賞しているが、若い作家の中では「書ける」人だとずっと思っています。
彼女は個性がないようでいてそうじゃない。
強い個性があります。それはちょうど彼女の描く真紀子のような主人公と同じで、作品をじっくり読むと理解できるでしょう。
大好きな作家さんです。
posted by 北杜の星 at 07:24| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月02日

セルゲイ・ドヴラートフ「かばん」

ベトロフ・守屋愛訳、解説は沼野充義。
セルゲイ・ドヴラートフのこの本は以前から読みたいと思っていたもので、先日図書館の外国文学の棚に目を向けていたらちょうどまん前にあった。
本からピピッと気がでていた感じだったので、借り出してきた。
予想通りとてもよい本だった。

セルゲイ・ドヴラートフは1941年旧ソ連生まれ。
レニングラード大学中退後、軍隊の任務につき、ジャーナリストをしながら小説を書くが当局ににらまれ1978年ウィーンに亡命、その後家族とともにニューヨークに渡った。
創作活動をしていたが残念ながら50歳前に亡くなってしまった。
ソ連崩壊後のロシアでは彼の小説が何冊も出版され、現在では「ロシア人作家」として人気を博しているという。

「かばん」もそうしたドヴラートフの亡命を扱った連作短編集だが、この軽やかさはなんなのだろう。
ロシア文学というと重苦しい壮大な物語という印象や、教訓的な感じがあるのだが、彼の作品には思わず大声で笑ってしまうユーモアがある。
もちろん軽やかさの中に、体制批判はちゃんと描かれているのだけれど、それさえも軽妙なのだ。
連作短編小説という創作ではあるのだろうが、作者本人と思しき主人公はまるでエッセイのように文章の中にいる。

アメリカに亡命してからずいぶんたって部屋のクローゼットの隅に置かれていた「かばん」を見つけた。
それは主人公が亡命する時に持ってきたかばんでそのなかにはいくつかの物がそのまま入っていた。
フィンランド製の靴下、特権階級の靴、ダブルボタンのフォーマルスーツ、将校用ベルト、フェルナン・レジュのジャンパー、冬の帽子、運転用の手袋・・
どうしてこんなものを亡命かばんに入れたのかという物もある、というかほとんどが本当には必要のない物だったにちがいない。
だって何年もそれらのことを忘れて暮らしていたのだから。
それでも見ると様々なことが思い出される。
そしてその思い出のほとんどが彼の青春時代のこと。
違法行為だったり、ハチャメチャなおバカさんのことだったり。
今はどこにいるかもわからない友人たち、亡命している友人たち(私が意外だったのは、彼の周りでたくさんの人間が亡命していることだ、あんない亡命が簡単だったのかと思ってしまうくらいその数が多い。)

物から触発される記憶はこっけいでもあり悲しくもあり皮肉でもある。
けれどそれ以上に美しいノスタルジーだ。
「かばん」、お気に入りの一冊となりました。今は夫が読んでるけど彼も時々笑い声を立ててます。
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2015年03月31日

佐川光晴「主夫になろうよ!」

作家の佐川光晴は妻と二人の息子の4人暮らし。(現在は大学生の息子は家を離れている)。
妻は小学生教諭の仕事人間。家事や子育てに時間がとれない。ならば自分がと始めたら、これがなかなか面白く奥深い。
彼は完全な主夫となった。
その顛末を綴ったのがこの本「主夫になろうよ!」だ。

一日のスケジュールが書かれている。
朝6時半に起床、朝ごはん(もちろん彼が作る)のあとみんなの見送りが終わると、洗濯干し掃除、それからアイロンかけ。
そしてやっと自分の仕事である執筆にとりかかる。
食品買いだし(このとき本屋に立ち寄る)、昼時にやっとひといき。
それからまた執筆再開となるがすぐに夕飯の用意の時間となる。
夕食の後かたずけが終わってまたまた執筆・・

まとまった執筆時間がとれないのは作家としてつらいものがあるだろう。
ましてやそれぞれの家族の都合が変わるので、ますます執筆はイレギュラーになってしまう。
それでも長く主夫をしているだけあって細やかな注意が書かれている。手荒れにはコム手袋をとか、ペットボトルから注ぐとアイロンに入れ安とか主夫の知恵がたくさん。
もともと佐川さんは「家庭」を持ちたかった人らしく、「家庭」に浸ることを厭わなかった。

これを読んですがすがしいのは、頑張りだけでなく彼が楽しんで主夫をしていることだ。
長年の経験からすっかり慣れて楽しめるようになったのだろうけれど、家事を男がするのになんの抵抗もないのがいい。
赤ん坊のころから子どもと向き合うことで、男性にも「母性本能」があるのがわかる。

でも女としては気持ちが割り切れない部分もあって、それは女がするとごく当たり前のことが、男がするとどうして「本」になるほどなのかということ。
だって仕事をして家事をして子育てに奮闘している女性ってたくさんいるよね。特別なことではない。
男が甘やかされる社会だよな、と思わずにはいられない。

女性に対して偏見があるように、男性に対しての偏見もあって、「男が主夫なんて」と蔑む人間がいるんでしょうね。
不思議なことにそう考える女性がいるのも事実で、これは女性が自分の首を絞めることだと思う。
育児だけではない。介護だって女だけに押し付けるものではないはず。息子であっても自分の親は自分で看るべきと私は考えている。
だからこそこの佐川さんの「主夫になろうよ!」は、男性女性双方に一考を促す一冊になるかもしれない。

家庭のマネージメントって簡単なこと。
美味しいと言ってもらうと「よし、次ももっと美味しいもの作ろう」と思うし、掃除してきれいになると気持ち良いし、お日様にあたった洗濯物の匂いは幸せだ。
それは外で仕事をしてその仕事が成功したときのうれしさとなんら変わりはない。
そしてそれをするのに、男も女も関係ない。出来るほう、好きな方がすればいいだけのこと、ではないでしょうか?
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2015年03月16日

関口良雄「昔日の客」

本当に素晴らしい随筆集で、読み終わった後しばらく本を胸に抱えて離せなかった。
本を読む歓びがじんわりと身体を包み、しみじみ幸せだった。

30年前まで大森駅前に「山王書房」という古書店があった。
店主の名は関口良雄さんといって、詩や小説を愛し、また詩人や小説家をこよなく敬愛し、自ら俳句をつくった人。

馬込は昭和のはじめにたくさんの文士たちが住んでいたところ。彼の店にはそんなもの書きや文化人がずいぶん出入りしていた。
私小説家の上林暁や尾崎一雄、尾崎士郎、木山捷平(木山と関口さんは句集を刊行していた)、小田切進、五木寛之、近藤富枝、洲之内徹、長岡輝子、出久根達郎、萩原葉子、中谷孝雄などなど。
題の「昔日の客」は、野呂邦暢が書いた自著の署名からとっている。
野呂は山王書房の近くのガソリンスタンドで働いていた頃、よく店を訪れたそうだ。本を値切って関口さんから怒られたこともあるし、お金がなくてまけてもらったこともあるらしい。その野呂が故郷の九州諫早に戻り書いた小説「草のつるぎ」が芥川賞を受賞し、関口さんの店を再訪して、お土産代りに自分の本を置いて帰った。
その本の見返しに達筆な墨書きで「昔日の客より感謝をもって」とあったそうだ。
(野呂さんに関するこの随筆を読んでいると、野呂さんの抒情溢れる文章を読みたくなった)。

古書店の店主はなんとなくおっかなそうな印象があるが、関口さんは話し上手の聞き上手。興が乗れば歌や踊りが出る楽しい人。
そんな彼に客たちはみな矜持を開いた。
作家たちのさまざまなエピソードが楽しいし、なかにはじーんと涙が滲む文章もある。
飾り気のないまっすぐな関口さんの文章がなんとも心地よい。

しかしこの本の発刊直前に、関口さんは病に倒れ還らぬ人となってしまった。
どれほど無念んだったことだろうか。
この本は絶版となった後もじわりじわりと文学好き、古書好きの人間の評判を呼び、高値で取引されるようになっていた。
それを遺族の許可を得て、以前と変わらぬ装丁で、夏葉社から再刊されたのが2010年。
(初版は神田の三茶書房という古書店だが出版にも携わるところから出た。私は木山捷平の本を手に入れるために三茶書房を何度か訪れて先代のご主人と話したことがあるが、いろんな戦後作家のことを教えてもらった)。

夏葉社は島田さんという方がたった一人で経営されているとても小さな出版者で吉祥寺にある。
小さいのでたくさんの本の出版はないが、本好きにはたまらない素敵な本を選んでいる。この本のように絶版になった珠玉の作品が多い。
これまで私は夏葉社刊の本は、小島信夫「ラヴ・レター」と庄野潤三「親子の時間」しか読んでいないが、読みたいものがいっぱいあるのでこれから一冊一冊大切に読んでいきたいと館気ている。
好きな作家がいるように好きな出版社があるというのは、素敵なことだ。
島田さんはあるインタビューで「文学は人生の総体を学問している」と仰っているが、本当にそうだと思う。
ちなみにあの又吉さんもこの「昔日の客」の大ファンらしい。

関口さんの命は60年に満たなかったが、なんという幸せで充足した人生だったことか。
「古本と文学を愛するすべての人へ」この本をぜひぜひお薦めします。
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2015年02月17日

佐藤愛子「晩鐘」

佐藤愛子と聞いて思い浮かべるのは、「夫の借金返済」「豪放」「すぐ怒る」「超常現象」「物申す人」「一人娘とのあれこれ」・・
彼女の小説やエッセイを読むと痛快さに溜飲が下がる。そしてなんというエネルギーの持ち主かと感嘆する。
その佐藤愛子は今年92歳になる。
文壇でそれほどの高齢作家は瀬戸内寂聴と阿川弘之くらいになってしまった。
ここには長く生きた人間の寂寥がひしひしと感じられて胸が詰まるのだが、これを書かずには死ねないという彼女の渾身の作ではないだろうか。

佐藤愛子の代表作で直木賞受賞作の「戦いすんで日が暮れて」は夫の会社が倒産して莫大な借金を背負わされることになり、その返済にシャカリキになる顛末が描かれているものだが、その「元夫」田畑辰彦(この本での名前)はいったいどういう人間だったのかを彼の死後、出会いの頃のいきさつから掘り起こしている。
大金持ちの家に生まれ、小児まひで足が悪かった辰彦は、自分専用のマッサージ師が雇われていたほど、大切に甘やかされて育った。
ある人は辰彦のことを神さまのように素晴らしい人だと言った。ある人は詐欺師と読んだ。
杉(この本の主人公、佐藤愛子のこと)にとっては、「でくのぼう」としか言いようのない男だった。
辰彦にとって杉は「金の成る木」でしかなかったのか。

しかし杉には愛も憎もない。
自分がナメられていることに猛烈に腹を立てながらも、金は用立てる。
なぜなのか、自分にもわからない。
何度も煮え湯を飲まされているのに、同じことの繰り返し。それでも辰彦に罪悪感はなく、ヘロヘロと離婚した後も顔を出す。
その離婚は借金逃れのための偽装離婚だと言いくるめられたもので、辰彦は離婚後すぐに他の女と結婚したのだ。
人間は誰でも多面体で生きているが、それにしても辰彦というのはどんな人間なのか?
限りない善人なのか、それとも底なしの悪党なのか?

しかし90歳近くでこの筆力はどうだ!
そしてこの記憶力!
作家という人種のすごさを感じてしまう。
この本には物故した作家たちがモデルとなってたくさん登場しているのだが、これは誰、あれは誰と推察しながら読むのが楽しかった。
杉が先生に書いた手紙という設定の先生は北原武夫だろうし、川添というのは一世を風靡したあの好色小説作家の川上宗薫だ。
一緒に講演旅行に行ったのは遠藤周作だろう。西というのは北杜夫のことかもしれないな。
作家として名を成した人もいるし、消えた人もいる。(辰彦は文藝賞を受賞したことがある)
あの頃、それは彼らの青春だったのだ。
だけど、みんなみんないなくなった。

佐藤愛子の小説はどれも勢いがあるけれど、最後はどこかシンとさびしい印象がある。
私は「幸福の絵」が彼女の最高傑作だと思っているのだが、あれもさびしくかなしい。
男の優しいずるさをちゃんと見通している人だからこそのかなしさ。

男と女の「縁」ってなんなんだろうと、ため息がでた本。
「幸福の絵」に負けない佐藤愛子の代表作となること間違いない一冊、お薦めします。
posted by 北杜の星 at 08:09| 山梨 | Comment(0) | TrackBack(0) | サ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月10日

瀬戸内寂聴/山田詠美・川上未映子ほか「寂聴まんだら対談」

2010年1月から3年がかりで行われたこの対談は、文芸誌「群像」に連載されたもので、寂聴さんの好きな8人の作家と話をするという企画。
3年もの時間がかかったのは、書き下ろし小説を書かなければならなかったり、圧迫骨折をするアクシデントがあったからのようだ。
対談が全部終わった時彼女は90歳になっていた。

山田詠美、川上未映子、横尾忠則、花村萬月、河野多恵子、柳美里、酒井順子、島田雅彦。
横尾と河野多恵子以外は寂聴さんの子か孫という年齢だ。
頭を丸めて法衣を着る彼女はともすれば忘れがちだが、今も現役の「作家」である。
ここでは法話をする寂聴さんではなく「作家」としての寂聴さんがいる。
若い作家と話をしていろんな本を教えてもらい、その本をじつにマメに読んでいる。
どこにそんな時間があるのかと不思議なくらい、若い作家たちの作品に詳しいのだ。

相手が作家だからかこの本には、なぜ小説を書くようになったのか、書いているのか。
どのように制作しているのか。
個人的な体験がどのように作品として結実するのかなどが語り合われている。
それと文壇ゴシップなるものも加わって、つい出歯ガメ気分になってしまう。

若い人たちとの対談も面白かったけれど私にとってはやはり50年以上の付き合いだった河野多恵子との話に興味深々だった。
デビューする前からの50年だものお互い知り過ぎるほど知っている間柄。
お金がなくて困ったことや、当時の晴美(寂聴)の不倫相手の湘南の家を寒い夜二人でこっそり見に行ったり・・
それにしても寂聴さんの天真爛漫ぶりには恐れ入る。
あの小林秀雄に「あんまり原稿を書いていないようだけどどうやって食べているんですか」とは、勇気があると言うか怖いもの知らずというか。
柳美里の「命」三部作がベストセラーになったことに触れ、「いくら印税入ったの?」と単刀直入過ぎるんですけど。
でもあまりにもアッケンカランとしているので応える方も正直に答えるのかもしれない。

でも河野多恵子もつい最近、彼岸に旅立ってしまった。
友人知人のほとんどが居なくなり、思い出を語り合う人がいないって悲しいよね。
それでも90歳を超えて反原発集会に参加する気力体力はスゴイ。
まだまだこの世に必要な人間として、仏様から使命をうけているのだと思う。

100歳を超えるまで元気で生きて、昭和の文壇のあれこれを、書き遺してもらいたい。
平林たい子や円地文子など女流作家という現在では死語となった存在を、きちんと記録しておいてほしい。

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2015年01月23日

諏訪貴子「町工場の娘」

東京都大田区には小さな町工場がたくさんある。
小さいけれど「ものづくり」ではその優秀さは世界に知られている。
そんな工場の一つ、ダイヤ精機の創業社長である父親が急逝したため、主婦から2代目社長になった娘の10年間を綴ったのがこの本。

幼いころに亡くなった兄の代わりとして男のように育てられた貴子さん。
普通はこんなふうに育てられたら反感を覚えるだろうに、貴子さんは父の偉大さや頑張りを尊敬していたのだと思う。
大学も工学部しか行かせないと言われたらそのまま工学部へ。
父は一度も娘に後継ぎになれと言ったわけではないが、取引先に幼い彼女を連れて行ったり、自然に道をつけていたのではないか。
だから急死した父の跡継ぎになることに、それほど葛藤はなかった。

しかしもちろん、大変だった。
父が亡くなった時に会社は建て直しを迫られる状況にあったからだ。
後押ししてくれる社員たち、女性顧問弁護士からの励まし、取引先の温情・・
貴子さんは頑張ろうと決心した。
それなのに、吟行というのはアコギですね。血も涙もない。
若い女経営者と見くびったのか、同業他社との合併話しを持ちかけてきたのだ。
きっぱり断った貴子さんは、3年計画で経営地盤を確固たるものにした。

設備を新しくする。
IT導入で収益アップ。
若手を育成する。

これらはどれも父が手をつけていなかったことだった。
とくに町工場はどこも高齢化が進み、技術を継承することが難しくなっていた。
貴子さんは職人さんだけでなく幹部候補としての養成も手がけている。
2013年には日経ウーマンでの「ウーマン・オヴ・ザ・イヤー」を受賞。
受賞スピーチでダイヤ精機の役員たちが泣いているのをみて、号泣したそうだ。

30代初めで2代目社長になってから10年余。
クラシックバレーを習ってストレス発散しながら、ポジティヴに前に進むその姿に、私はただただ感服するばかり。
こういう人って本当にすごい。
リーマンショックで大変だったようなことがこの先も起こるかもしれない。
でも彼女ならきっと大丈夫。
それに10年前と違って、女性であることがマイナスではなくなりつつある。
むしろ女性だから細やかで正確な仕事ができるとの評価をしてもらえるようになっている。

20年後のダイヤ精機がどうなっているか、息子さんが3代目になっているのか、それとも幹部養成の地縁のない社員が社長になっているのか。
いまはまだ貴子さん自身にもわからないことだろうけれど。。
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2015年01月22日

佐藤正午「鳩の撃退法」

かつて有名な文学賞をニ度受賞したことのある津田伸一は現在、風俗店のドライバーをしている。(ここのコンパニオンの女の子の源氏名が浅丘ルリ子とか高峰秀子とか司葉子とか内藤洋子などの古さ!若い人は知らないよね。)
彼はある日知り合いの老人からキャリーバッグを受け取るが、その中にはピーター・パンの本と3千万円のお札が入っていた。
その頃、ある一家3人が行方不明となった。
町に起こる偽札事件と一家の繋がりは?

と書くとミステリーのようだが、そこは佐藤正午、単なる普通のミステリーではない。
第一、小説のなかに小説があるという小説の入れ子となっているのだ。
しかも時系列ではなく、現在と過去がバラバラ。けっしてわかりやすい構成ではない。
それなのに難しさは微塵もなくて、とにかく面白い!
それに加えて佐藤正午のユーモアが全開で、読んでいて爆笑する箇所がある。会話のやりとりはもう最高だ。

前作「身の上話」から5年がたつ。5年ぶりの長編小説だ。
じつは私はこの5年の空白を心配していた。
佐藤正午という作家には熱烈なファンがいるのだが、けっしてベストセラーを書く人ではないと思っていた。
それが「身の上話」は売れに売れた。
あんなに売れて、燃え尽き症候群にかかっんじゃないかと危惧していたのだ。
ごめんなさい。とんだ杞憂でした。
考えてみれば「身の上話」は優れた小説ではあったが、佐藤正午らしい「抜けた」「緩さ」の感じはなくシリアスだった。
こっちの方が断然彼らしい。

津田伸一という主人公は「5」という作品にも登場していた。
あのときも好きになれない男だなと思ったけど、今回もやっぱり、彼を友だちにも恋人にもしたくはないなぁ。
それでもこれ、すこぶるつきのワクワクさ。
小説を読む楽しさ満載だ。

ストーリーを書いたら謎解きの楽しさが消えるから書かないけれど、上・下巻約千ページがあっという間だった。
でも読んでいて思ったのは、女性より男性の方が佐藤正午をわかるのではないだろうかということ。
それは伊坂幸太郎を読むときにも感じることで、こういうのってboy's world のような気がする。
久しぶりで物語を読む素晴らしさに出会えた一冊でした。
posted by 北杜の星 at 07:55| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月12日

宗明美「年齢不詳力」

サブタイトルには「50歳を超えてもずっと心軽く・きれいでいるための47の心掛け」とある。
帯には美しい女性の写真が載っている。
著者の宗さんはスタイリストとして40年のキャリアを持ち、広告、雑誌、TV、映画、舞台などで女優さんたちが着る服をスタイリングしてきた。
40年のキャリアということは。。と思わず彼女の年齢を想像してしまったが、確かにこの写真は「年齢不詳」といえば年齢不詳の女性の顔だ。
だけど変に若づくりをしているわけじゃない。
そこには「若く見えるわね」と言われるよりも「いつも素敵なあのひとはいったい何歳なんだろう」と言われる方がいいと思う彼女が写っている。

年齢不詳というとどこか謎めいて聞こえる一方、なんだか怪しい響きもある。
若い頃はともかく、私のようなシニアになって年齢不詳というのはちょっとコワイけれど、年齢を超えたおしゃれをし行動するのは悪くないかもしれない。
私は小柄で丸顔なのでこれまでいつも実年齢より若く見られてきた。
この歳になるとさすがに実年齢そのものなのだけど、40代半ばのときに4歳年上の夫をイタリア人から「パパか?」と訊ねられたことがあり、これには絶句した。
私のこの年齢不詳ぶりの理由は姿かたちとともに、洋服にもあるかもしれない。
なにしろ年齢相応の格好がとんと似合わないのだ。
娘の時は娘らしい清楚な洋服はまったくダメだったし、結婚してからは奥様風の上品な服は噴飯ものだった。
現在も落ち着いた洋服はとんと縁がない。
どうも高価な服が似合わないようだ。若い頃ロンドンに住んでいたのでキッチュなものが好きなのだ。
だから今でもスリムのジーンズにブーツとか履いて歩いている。
ただこんな私が50代のときには悩んだ。何を着てもしっくりこなかったのだ。年齢が中途半端だったのだと思う。
でも60代になればコワイモノナシ。どんな服を着たって心地よければそれでいいのだと考えるようになった。

宗さんは仕事で培ったファッション・センスでいろいろアドバイスをこの本でしてくれている。
年齢を重ねたカジュアルは清潔感が大切とか。
それはそうだよね。若い頃の小汚い恰好はグランジだけど、歳を取って来たなかったらホームレスだよ。
でもアドバイスはファッションに関するものだけじゃない。
友人たちとの付き合い方とか、考えるのは夜ではなく朝に考えろとか、なるほどと肯ける事柄がたくさんだった。
ハッとしたのは、新しくできたホテルやレストランにはなるべく早い段階で出かけようという点。
以前は新しい商業施設ができれば六本木だろうが青山だろうが渋谷だろうがホクホクと出かけたものだが、最近はおっくうで腰が重くなっている。
これじゃぁ、いかん、いかん。
でも八ヶ岳という自然がいっぱいのところに住んでいると、別の刺激はあるのはある。
(宗さんと同じく、私もこれまで15回の引っ越しをしている)

彼女のお薦めのカレント・エリオットのジーンズを検索してみたけど、4万円も5万円もする!
素敵な年齢不詳への道は遠い。
posted by 北杜の星 at 07:53| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月18日

島本理生「RED」

結論を先に書くとこの本素晴らしかった。
帯に「島本理生が官能の世界に初めて挑む!」とあるのを見た時には、ナンダカナァと思った。
というのも数ヶ月前に読んだ青山七恵の「快楽」がやはり「官能小説」とのふれこみだったからだ。
官能は嫌いじゃない。大好きだ。でも「快楽」はアタマだけで書いた小説って感じで、その構成や人物造形もいまいち納得できなかった。
それまでの青山七恵の作風とは違い過ぎる戸惑いではなく、無理をしてると感じさせる未消化なものがあったからだ。
ましてや島本理生は10代でデビュー後、壊れもののような繊細な心理を描いてきた作家。大丈夫なのかと心配だった。
でも「RED」は確かに官能描写はあるし、それらは濃密なものなのだが、そこには必然があってその場面なしには成立しない小説だと思った。
(もっとも官能場面は半分以上読まなければ登場しない)。

イケメンで高収入で友人みんなから羨ましがられる結婚をしている塔子。
彼女は夫の真と2歳の娘翠と、真の両親と同居している。義父は出張で留守がち、義母の麻子は穏やかで優しくいつも塔子を助けてくれている。
しかし塔子は翠の保育園がなくて仕事を辞めざるを得なかったとき、真がなんの忖度もしてくれなかったことにわだかまりをもっている。
真は自分の稼ぎで充分暮らしていけるし、麻子がいることでずいぶん楽ができているはずだと信じ込んでいるようなのだ。
そのうえ彼らは3年間セックスレスだった。
そんなときに塔子は友人の結婚式で10年前に別れた昔の恋人鞍田と再会したのだった・・

というと単なる主婦の浮気物語みたいだけど、そうじゃない。
ひとを理解し受け入れ受け入れられることの難しさゆえの孤独、それを知っても踏み込めない孤独。
この作品に描かれるのはそうした孤独なのではないだろうか。
孤独を解消するためにひとは結婚したり、セックスでつながろうとする。
でもその選択がいつも正しいとは限らなくて、ひとはますますより深い孤独に陥ってしまう。

塔子に翠という娘がいなかったら、もと別の生き方があったのか?
どうしても捨てられない存在がひとにあるとしたら、やはりそれがこどもというものなのか?
子どものいない私にはわからないけれど。

小説のラストはせつない。
だけど小説はここでラストになるけれど、塔子や翠の時間はまだまだ続いていったのだ。
いろんなことを抱えながら、その抱えたことを自分の胸にしまいこみながら。

このなかで塔子の同僚の小鷹さんってチャラチャラした男だけど、けっこう洞察力が鋭くて脇役としては良い存在感を出している。
恋人や夫には御免蒙りたいけど、こういう男を友だちに持つのは悪くないような。。

400ページを超えるこの長編、好きだった。
posted by 北杜の星 at 08:03| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月08日

柴崎友香「きょうのできごと、十年後」

今年芥川賞を受賞した柴崎友香の13年前のデビュー作が「きょうのできごと」だった。
この作品は映画化され、静かな感動を人々に与えた。
芥川賞受賞後第一作として彼女が書いたのがこれ、「きょうのできごと」の若者たちの10年後の集まりのお話だ。

元恋人たち、サラリーマン、大学の研究員などになった彼らは大学時代の仲間が経営するカフェの5周年記念パーティに参加した。
自分に10年の月日が流れように、みんなの上にも同じだけの時間があった。
変わったこと、変わらないこと、それぞれが時に懐かしさをもって、時に冷ややかに語り合う様子には10年という時間が感じられる。
正直、いつも柴崎友香の小説の会話部分は最初、ちょっと退屈だ。
メリハリのどこにもない普通の日常の会話が続くからだ。
でも読み進めるうちにいつのまにか自分が彼らの輪の中にいるような気分で、関西弁が心地よく響いてくるようになる。

この作品の主人公は人間だけではない。
京都の街も主役となっているのではないだろうか。
歴史的で文化薫る京都だけでなく、今の猥雑な騒々しい京都のリアルさが重なり合っている。
こういう空気感を描かせたら、柴崎友香はものすごく巧い。
ちっとも説明的でなく淡々とした文章で書かれているのに、読後その印象が濃く残るのだ。
若いのに不思議な作家だと思う。

劇的な物語を好む人には物足らないかもしれない。
でも人間の日常というものはこうした「普通さ」で成り立っているのだ。
それをきちんと切りとる目を持つことは、スゴイこと。
100パーセント満足とは評せないところもあるけれど、柴崎友香らしい作品だった。
小説が大人(たいじん)ではなく小人(しょうじん)の説だとしたら、彼女は見事な小説家で、私はこういうのが大好きです。
posted by 北杜の星 at 07:35| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月07日

最相葉月「絶対音感」

ベストセラーとなった1998年初版のこの本を私は読んでいなかった。
そのことを別の最相作品を紹介したときに書いたら、友人が「私、持ってるから」と貸してくれた。
15年も前の本を今さらでお恥ずかしいのだが、さすが最相さん、当時から緻密な取材と文章力は卓越していたのですね。
この本が出るまで「絶対音感」という単語があることすら知らない人が多かったのではないだろうか。
かく言う私も、幼稚園の年長の時から小学校6年までピアノを習い(習わされ)、20代後半にも1年だけ(クラッシックではない)遊びで習ったけれど、もともと典型的な左脳人間の私には音楽の才能は皆無とわかるだけだった。(小さい時、ピアノを弾く前に先生から和音の聞き取りをさせられるのが嫌だったなぁ。)
「絶対音感」という大それたものではなく、音を聞きとる原始的な「耳」すら持ち合わせていなかったのだと思う。

「絶対音感」とはなにか?
それは天分なのか?それとも後天的に教育で身に着くものなのか?
演奏者にとって「絶対音感」は不可欠か?
この本にはそれらのことを検証しながら、「絶対音感」がある場合とない場合の両方の苦悩をルポしている。
そこには最相さんの「絶対音感」に関する受け止め方が透けて見える。

「絶対音感」とはある音高を聞いた時、その音を記憶し正確に知覚再生できる能力のことで、日本人にはこれを持つ割合が多いという。
このことから、日本での幼児音楽教育が「絶対音感」を育てていると言われている。
バイオリニストの五嶋みどりは母の節の音楽教育で「絶対音感」を見つけたが、異父弟の龍には生まれながらの「絶対音感」が備わっている。
「絶対音感」がある人には、BGMがBGMにはならなくて、音一つ一つを分析して拾い、ドミソの音階として耳に飛び込むらしい。
歌であっても歌詞は耳を通り越してしまい、音しか聞こえないことすらある。
また生活のすべての音も、ドレミで聞いてしまう。

しかし「絶対音感」がなくとも「相対音感」があれば、音楽家としてやってゆける。
むしろ「絶対音感」が邪魔になることもある。
それは各国で、また各オーケストラによって基準音が異なっていることが多く、日本では440ヘルツだがアメリカでは442ヘルツとかヨーロッパでも異なっているためだ。
また年々基準音は高くなる傾向があるという。
そのようにある基準音で慣れた「絶対音感」の持ち主は、他の基準音に違和感を強く持ち、矯正するのが大変となるそうだ。

音楽家の音に対する感覚の鋭さ、これが「絶対音感」なるものなのかと感嘆したのが、五嶋みどりの言葉。
もしカーテンの後ろで10人のバイオリニストが弾いていたとしたら、その10人の国籍を言い当てることができるそうで、性別さえわかるという。
また弦楽器の第一楽章だけでどこのオーケストラかがわかると。

結論を言うなれば「絶対音感」は必ずしも必要ではない。
あれば便利というくらいのもの。
しかし持たない者にとっては憧れの「絶対音感」なのも事実で、ここらあたりは微妙である。

芸術の道はどれも大変だ。
けれど絵画や文学は自分で自分のものを最初から創りだすことができる。
そこにいくとクラシックの音楽家は昔からある楽曲を「なぞる」だけ。しかもその「なぞり」方で自分を表現しなくてはならない。
ソロで演奏するのではなくオーケストラなど他の奏者と一緒なら、それに合わす必要もある。
「自由」の枠が小さい中で「自由」であるのはとても難しいことだと私は思う。

才能はあれば幸せというものではないようで、才能を持つゆえの悩みがあって、それはこの本の五嶋みどりのケースを読んでわかるけれどかなり痛々しい。
彼女が長く拒食症とウツに苦しんだことはよく知られているが、それを乗り越えるだけの素晴らしさが音楽にはあるのだろう。
(彼女がバイオリンは好きだが、自分が音楽が好き奈だろうかと自問しているのは、興味深かった)。
彼女は以前、コンサートのたびに豪華なホテルに泊まり一流レストランで食事するのがいやでたまらなかったそうだが、現在ではビジネスホテルに一人で荷物を運び込んで、質素な食事で過ごすことを、心の底からエンジョイしているという。
自分が自分でいることをようやく見つけ、家庭を持った五嶋みどりのこれからが楽しみだ。
posted by 北杜の星 at 06:22| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月10日

庄野潤三「親子の時間」

2009年に亡くなった庄野潤三の小説撰集。

庄野潤三は「第三の新人」に属し、「家族小説」を書いた作家である。
といってもいわゆる私小説とはニュアンスが違うと私は思う。
「プールサイド小景」などの初期作品にはどこか不穏な空気をはらんでいたけれど、だんだんとそのような感じはなくなって、読めば多幸感に包まれるようになった。
特に「丘の上の家」シリーズを読むと、涙ぐみそうになった。
それは、この小説集の選者である岡崎武志の言うように、庄野潤三の人間や人生に対する全肯定によるものだろう。

家族のたわいない会話と日常。
けれど世界の幸福はそうした家庭に宿るのだ。それはまさに聖家族そのもの。
須賀敦子はイタリア在住中に多くの日本文学をイタリア語に翻訳したが、そのなかに庄野潤三の「夕べの雲」がある。
川端や谷崎などとくらべると「なぜ、庄野?」と不思議だったが、信仰の人であった須賀敦子には庄野のなかの聖なるものがわかっていたのかもしれない。
穏やかな父、優しい母、ユーモアのある長女、子犬のようにじゃれあう兄弟。
誰もが望み羨む家庭がそこにはある。

長い間には平和なことばかりではないはずだ。
つらいこと、不快なことや腹立たしいこと、悲しいことなどが彼らにもあったに違いない。
長生きをした庄野なのだから、友人たちの死は避けられなかった。
とくに晩年近くでの小沼丹の死は堪えたと思う。

この撰集には「夕べの雲」からの一編と、生田に移ってからの八編が収められている。
好きだったのが「凧」。
長女が結婚することになり、引っ越し先に荷物を運ぶのだが、そのなかに大きな風呂敷包みがあった。凧だった。
両親は、なにもかも新しいお道具にそんなつぎはぎだらけの古いものを持って行くなと言うのだが、幼い頃によく飛ばしたその凧をどうしても持って行きたいと言うのだ。
私はこの長女(時に和子、時に夏子)の大ファンで、彼女が後に足柄に住むようになってから、両親の誕生日にお手製のアップルパイを送るときに添えるなんともユーモラスな手紙をいつも楽しみにしていた。
この本の中にも長女の日記が出てきて、その素直で観察の行き届いた文章に感嘆した。

庄野一家の住む生田から数駅先の柿生に住む河上徹太郎夫妻との交流も素敵だ。
クリスマスとお正月にお互いの家を行き来する様子、そのクリスマスでの一家の「余興」はどれほど楽しいものだったことか。
兄弟のアクロバット劇は見たかったなぁ。

いま書きながら思い出したのだが、「ガンビア滞在記」というのもあった。
庄野夫妻が一年間をアメリカの片田のガンビアで過ごす記録なのだが、あれはよかった。
あんまり話題にならない作品だけど、あれはよかった。

この「親子の時間」を発刊したのは「夏葉社」という小さな出版社である。
島田潤一郎という若い男性がたった一人で、数年前に吉祥寺で始めたものだ。
小さいが評判の書籍を出していて、ファンが増えている。
私は小島信夫の「ラヴ・レター」を読んだだけだが、既刊の「昔日の客」や「上林暁小説集」などはぜひ読みたい。
願わくば今後、小川国男や藤枝静男などを出してくれればうれしいのだけれど。
posted by 北杜の星 at 07:11| 山梨 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | サ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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